世界初の地下海水を使った青のりの陸上栽培で、海藻の食文化と豊かな海の継承を目指す「合同会社シーベジタブル」/高知県高知市

近年、海水温の上昇により海藻が海で育たない「磯焼け」という現象が世界的に海洋環境の問題となり、日本国内の海の天然の藻場(もば)は年間で東京ドーム千二百個分が消えているとも言われる。海の生態系の土台が揺らぎ、漁業全体に影響を及ぼしている現状に危機感を覚えた高知県の「合同会社シーベジタブル」(以下、シーベジタブル)は、2016年に世界初となる地下海水を用いた青のりの陸上栽培をスタートさせた。全国各地に地域のパートナーと共に海藻ファームを展開して意欲的に陸上栽培と海面栽培に取り組むことで、豊かな海と海藻の食文化を残そうとしている。

目次

四万十川から消えた青のりを陸上栽培する

青い空から降り注ぐ強い日差しと温暖な気候で知られる高知県。東西に細長い地形で、南側は太平洋に面し北側には四国山脈がそびえる。シーベジタブルの陸上拠点では、青のりの中でも最高級品種として知られる「すじ青のり」が世界初の陸上栽培技術で育てられている。

大学時代から抱いた、大好きな海への想い

共同代表の蜂谷潤さんは岡山県出身で、高知大学に在学中から“海洋深層水を活用したアワビ類及び海藻類の複合養殖”ビジネスプランを構想。共同代表の友廣裕一さんの協力を得て、事業化に向けた実証研究を行っていた。海洋深層水とは、高知県の室戸沖の水深320〜374メートルの深さから汲み上げるため、年間を通して約10度と低温で安定している海水だ。

蜂谷さんは、もともと海に潜り、間近で見る魚を獲ることが好きだったという。「毎年同じ場所に潜るたびに、魚の数が目に見えて減っていきました。魚が多く集まる場所には必ず海藻があると気づき、海に魚を戻したいという想いから海藻の研究に打ち込んでいきました」。

温暖化による海水温の上昇は、魚の生息域を変え、高知県の海藻産業にも影響を及ぼしていた。最後の清流と呼ばれる四万十川(しまんとがわ)の河口付近の、淡水と海水が混じり合う汽水域(きすいいき)は、国内一の「すじ青のり」の天然漁場だったが、2020年には漁獲量がほぼゼロになった。河口域の水温の上昇と、水揚げの低下が比例しているとされている。

蜂谷さんは、天然で採れなくなったすじ青のりを復活させようと、立ち上がった。海域で海藻が育たなくなったのであれば、陸上で育てよう、海藻の食文化を絶やさないために挑戦をしてみようと、想いは深まっていったという。

太平洋のそばに造られた大水槽で、すじ青のりが漂う

太平洋を臨む海沿いにあるシーベジタブルの陸上拠点を訪ねると、いくつも並ぶ巨大な円形水槽に驚かされる。一番大きいものは直径が約25メートルと、小学校のプール程度の長さがある。

すじ青のりは、成長が驚くほど早く、条件が整えば一日で倍ほどの大きさになることもあり、朝と夕方で姿が変わるほどの生命力を持つのだそうだ。水槽は4つのサイズがあり、約1週間ごとにサイズの大きな水槽へ育ったすじ青のりの移し替えを行う。

「収穫するサイズがこれぐらいだったら美味しいという大きさがありまして、その大きさに育つように逆算して4つのサイズの円形水槽を造りました」と、蜂谷さん。

「地下海水」を汲み上げ、攪拌を続ける

水槽には「地下海水」が満たされ、海藻の成長に理想的な環境が一年を通して維持されているという。地下20メートルから汲み上げる「地下海水」は、海から砂などの地層を通ることで自然に濾過され、清浄で安定した水温を保つことができるのだ。また、雨が降れば淡水が混ざり、晴れれば光合成が進む。海と川が交わる汽水域を好む海藻にとって、この場所は自然に近い環境なのだ。

さらに水槽に張られた「地下海水」は、ゆっくりと円を描くように回っていた。すじ青のりは藻体の表面から栄養を吸収し、光合成によって成長するため、常に水が流れ、光が均等に当たる環境が欠かせないという。そもそも海藻は通常は石や岩などの基物に付着器を張ることで正常に育つが、ここのすじ青のりは、海藻同士を互いに付着させている。根の位置にあたる付着器を中心に放射状に広がり、まるで細い糸が束になったような姿で水中を漂わせて育てることで、均一な大きさに育っていくのだ。

海での栽培とは異なる可能性を秘める、陸上栽培

水槽に手を入れさせてもらうと、緑のすじ青のりが、ふわりと揺れて指先に触れた。生のまま口に含むと、みずみずしい青さが広がる。乾燥させたすじ青のりはより鮮やかな緑色に変わり生よりも香りが強いという。生のすじ青のりを天ぷらにして食べると聞いたが、いずれにしても海藻本来の清々しさが際立ちそうだ。

すじ青のりは、北海道から沖縄まで広く分布するため、同じ種でも温度に対する耐性や成長速度など性質が地域によって違う。シーベジタブルは、高知で陸上栽培を始めるにあたって、性質特性はもちろん、食材としての香りや食感に優れたエリートの株をにこだわり、全国のすじ青のりの中から選抜を行い、試行錯誤を重ねてきたそうだ。

今度は、蜂谷さんのお勧めの食べ方を試してみる。袋に入った薄い塩味のポテトチップスに陸上栽培したすじ青のりの粉末を振りかけると、磯の旨味や深い香りが感じられた。陸上で育てることで栄養管理が行き届き、香りや旨味がより濃くなるという。

青のりだけにとどまらない、未来への展望

海藻は胞子で増えるため、種類ごとに発芽や成長の条件が異なる。シーベジタブルでは一つひとつの特性を解き明かしながら、最適な育成方法を探る研究が続けられている。

黒海苔の栽培も本格始動

日本の食文化を支えてきた黒海苔の陸上栽培技術も確立した。2025年度には、黒海苔の陸上栽培での量産(乾燥重量300kg以上)に成功し、2026年度から量産に向けた準備に入る予定だという。

蜂谷さんは、「黒海苔に関しては世界に向けてすごく大きなマーケットがあるので、まず、陸上で生産する技術を確立して、その技術を沿岸部で仕事を失いつつある漁師さんや企業の方々に提供することで新たな生業を生み出したい。並行して、日本は地域ごとに独自の海藻が存在しており絶滅の危機にある種類も少なくないのですが、そうした海藻を再び陸上で種苗を育て、それぞれの地域で海に戻して養殖藻場をつくっていくことも考えています」という。最終的には、海に海藻がある状況を取り戻したいのだ。

ただ、日本人の一人あたりの海藻の消費量は、食の多様化とともに30年前の約半分ほどにまで落ち込んでいる。かつては和食とともに自然に食卓へ上がっていた海藻も、洋食や中華が日常に広がる中で存在感を失いつつある。蜂谷さんは「海藻の可能性は和食にとどまりません。青のりはピザにもよく合い、ポテトチップスに振りかければ驚くほど豊かな香りが広がります。これまで試してこなかったジャンルにこそ、消費の落ち込みという課題を解決するヒントがあると感じているので、いろいろ検証を行い発信していきたいです」と語る。

すじ青のりでつくる醤油を開発、海藻専門店をオープン

新たな挑戦のひとつが、すじ青のりからつくる「青のりしょうゆ」だ。大豆や小麦を使わず、青のりと塩、米だけを発酵させてつくる調味料だ。淡い琥珀色を帯びている。口に含むと海の香りが立ち上がり、魚介との相性は抜群だ。グルテンフリーで大豆も不使用であることから海外からの問い合わせも多く、海藻の新たな価値を示す存在となっている。

東京駅近くには、海藻料理を専門に扱う「シーベジスタンド」をオープンさせた。すじ青のりポテト、熊本などで昔から食されてきた幻の赤い海藻「みりん」を使った料理、海藻を贅沢にのせたラーメンなど、海藻の魅力を多角的に伝える拠点だ。海藻を“食べる文化”を再び広げる試みが、ここから始まっている。

成功の鍵を研究者が握る

シーベジタブルの事業の鍵を握るのがラボだ。ラボは、すじ青のりの陸上栽培を支える最重要な第一工程を担う。ラボで、採取・育成された青のりは約1ヶ月で陸上拠点に移り、さらに1ヶ月間育てられた後に収穫されるという。

気の遠くなるような、胞子の選り分け作業

「陸上栽培を成功させるためには、まず、すじ青のりの親から出てくる胞子を安定的に取り出して、それを死なせず生き残らせて育てていくということが一番大事です。そこで死んでしまうと、当然、栽培場に送り出すものがなくなるわけですから。バクテリアとか青のりの胞子に害を与えるようなものを取り除いて、育て上げるということが重要になってきます」と話すのは研究者の和(にぎ)さん。

すじ青のりの栽培において最も困難なのは、年間を通じて安定して胞子を供給するために、親株を常に健康な状態で維持し続けること。そして、親株から胞子を取り出し、死なせずに安定して成長させるプロセスだという。胞子を健全に育てるためには、バクテリアなどの有害な不純物を徹底的に排除し、適切な温度管理を行う必要がある。

和さんが、小さなシャーレを手に言う。「最初は本当に10ミクロンぐらいの、丸いつぶつぶなんです」。10ミクロンとは、0.01ミリ。肉眼では見えない胞子も、顕微鏡を覗けば確認することができ、数日後には青のりらしい姿で生長する様子が見られるそうだ。

和さんは、ピペットで約10ミクロンの胞子を丁寧に吸い取ることを何度も繰り返して“純度の高い胞子”だけを取り出していく気の遠くなるような繊細な作業を行っていた。

シーベジタブルを支える研究者

さらに、和さんは「天然の海苔は秋から春先までが収穫期で、夏は成長が止まるため収穫には適しませんでした。ですが、陸上栽培で施設を最大限稼働させるためにも、温度耐性の違う株を組み合わせて育てる必要があります。ですので、同じすじ青のりでも、北海道から沖縄までさまざまな株を100株ほど試し、適したものを見つけてきました」と話す。

一般的に陸上栽培は設備投資やランニングコストが大きく、採算性が重要になる。だからこそ、環境に強く、効率よく育つ株を選び抜くことが、産業として成立させるための鍵となる。研究者たちはその課題に向き合いながら、海藻の未来を切り開こうとしている。

海藻が戻ると、海の未来が変わる

海藻は、海の生態系の土台を支える存在だ。天然の藻場が減少する中、一般社団法人グッドシーの調査報告書では、陸上で育てた種苗を用いて海面栽培を行うことで、栽培していない海域と比べて魚の個体数が最大約36倍に増加するという驚くべき結果が示されている。

海藻が増えれば魚が戻り、海が再び豊かさを取り戻す。海藻の栽培は、食文化を守るだけでなく、海の未来を支える取り組みでもある。シーベジタブルは、日本という枠を超えて、豊かな海を次の世代へ手渡す確かな力になろうとしている。

ACCESS

合同会社シーベジタブル
高知県安芸市穴内乙688-9
TEL 0887-37-9835
URL https://seaveges.com/
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