山梨県は国内トップクラスの採水量を誇り、ミネラルウォーターの出荷額は日本一。富士吉田市の富士箱根伊豆国立公園内に工場で作られる「富士ミネラルウォーター」は、1929年創立の国内初となるミネラルウォーターブランドだ。“水を買う時代”となった現在に至るまで辿ってきたその道筋と、彼らが社会に与えた影響とは。
創始から発展へ

富士ミネラルウォーターは、富士山麓地域を中心に交通機関やリゾート開発を行う富士急グループ(富士急行株式会社)創設者の堀内良平が、1929年(昭和4年)に堀内合名会社として創設。「日本エビアン」というブランド名で、日本初となるミネラルウォーターの製造・販売をスタートさせた。日本は水資源に恵まれていることから当時は水を買うという概念がなく、「水が売れるわけない」と嘲笑の的であったという。その苦境の中でミネラルウォーターが知られるきっかけとなったのは、創業者の堀内良平氏が発足人となった「水を飲む会」という頒布会(はんぷかい)の存在だった。当時堀内氏と親交があった政治家の後藤新平氏の勧めにより始まったこの会は、著名人や政治家、文化人が日本各地から天然水を取り寄せて味わいを楽しんでいたという。そこでミネラルウォーターを瓶に入れ一升瓶10本で3円という値段で販売を始めると、徐々に会員は300人程に及び富裕層を中心に愛飲者は増えていった。「日本中の皆さんに美味しい水を飲んでいただきたいという思惑があったのではないか」と、現代表取締役社長の山本裕彦さんと工場長の守屋春仁さんは語る。
当時堀内合名会社と最初に取引を行ったのは帝国ホテルで、テーブルウォーターとして日本エビアンが提供されていた。それから戦後の高度経済成長期を迎える頃にはウイスキーの水割りブームが起こり、バーでの取り扱いが急増。さらに水質汚染が問題視される中で「全国名水百選」の選定が始まり、“安心で美味しい水”への関心が高まりミネラルウォーターバーが登場するなど、需要が徐々に増えていったという。
水に対する意識の変化

戦時下の時代に差し掛かると、敵対国や交戦国の言語を意味する敵性語が使用禁止となり、「日本エビアン」から日本名の「富士鉱泉水」へ改名。その後終戦を迎えた1946年(昭和21年)には、現在の「富士ミネラルウォーター」というブランド名に変更された。

ミネラルウォーターの存在が知られていく中、さらに同社が注目を集める出来事が起こる。1965年(昭和40年)に山形県で海難事故に遭った漁船が、「救命水」と名の付いた堀内合名会社の備蓄水を積んでいたのだ。
この備えによって、漁船は11日間の漂流期間を経て無事に生還したという報道が流れると、船舶に救命水を備蓄することが定められ、その重要性が浸透していくことになる。
そもそも救命水とは同社の専売商品ではなく、1950年代の船舶安全法改正に伴って客船や漁船に備蓄が義務付けられた長期保存用の水の総称で、当初は複数のメーカーが製造・販売を行っていたが、加熱殺菌等の技術に長けていた堀内合名会社の救命水こそが、そのパイオニアであり、国内でも大きなシェアを持っていたと言われている。
この救命水が前身となり、1971年(昭和46年)にポリエチレン容器で非常用保存飲料水の発売、そして1996年(平成8年)の富士ミネラルウォーター非常用保存水の発売に至った。
1995年(平成7年)に富士急グループの傘下へ加わることとなり、その際社名を、ブランド名に合わせた「富士ミネラルウォーター株式会社」へ変更し、現在に至る。
日本が誇る、富士山麓の天然水

「水を飲む会」の発足にも関わった後藤新平氏が山梨県の下部温泉を訪れた際、現地の湧き水を称賛したことから着想を得て始まったといわれる当事業。長らく旧・下部町(現在の身延町)で採水していたが、現在は採水地を富士吉田市に変更している。山梨県は南アルプス連峰や大菩薩嶺など水源に恵まれ、採水地によって水の個性は様々。その中でも富士山麓を選んだ理由として、「富士山は海外からも注目を集めつつあるし、水資源は特に豊富で採水にはかなり適している。日本人が好む軟水で、美味しいと自信を持って提供できています」と守屋工場長は話す。
富士山の麓、標高約1,000mで採水された原水は、雨や雪解け水が約40年もの歳月をかけてゆっくりと玄武岩層でろ過され湧き出たもので、弱アルカリ性、硬度が38mg/Lの軟水で、口当たりはまろやか。多層の玄武岩層は世界的にも希少であり、天然水は浸透する際に溶け込んだカルシウム、マグネシウム、カリウム、ナトリウムといった4大ミネラルを多く含んでいる。
おいしくて、安心・高品質な水

2016年に誕生した「アクアワークス」と名付けられた工場では、原水のくみ上げから製造まで、全ての工程を行っている。守屋工場長は「製造過程で1番重要なものは殺菌の工程」だと話す。地下水は地中の微生物やカビを含んでおり、放置すると増殖して水は腐ってしまうため、一度殺菌して微生物やカビを死滅させた状態にしてから充填作業に移る必要があるのだそう。富士ミネラルウォーターでは、原水を超高温加熱殺菌(UHT殺菌)という方式により120℃の高温で2〜3秒かけて殺菌処理を行っている。本来食品衛生法では85℃で30分の加熱殺菌を行うことが基準となっているが、温度を上げることで短時間での殺菌が可能になるとのこと。殺菌後水は120℃から85℃まで温度を下げてから充填されるが、常温まで下げないのは高温のまま容器の殺菌も同時に行う、「ホット充填」という方式をとっているからだという。
製造後はさらに外部機関に分析を委託するなど、これら厳正な品質管理により先述した非常用保存水は5年6ヶ月という長期の賞味期限を実現している。創業以来安全で安心な品質を保ってきたのは、「富士ミネラルウォーターブランドとしてのプライドとこだわり」なのだと守屋工場長は話す。
山梨のミネラルウォーターブランドだからできる良品

ミネラルウォーターの他には、1935年(昭和10年)に日本初のワインビネガーとなる「ホリス・ワインビネガー」を発売した。「ワインの醸造や葡萄の産地として知られる“山梨らしい商品”をという思いがあったのかもしれない」と山本さん。県内産の葡萄を100%使用し熟成されたビネガーは、現在はレストラン等で業務用として愛用される1000mlの他、小さな子供がいる家庭でも扱いやすいようにと配慮されたアルコールフリーの250mlの2種を展開。1959年(昭和34年)からは原料のワインもろみを仕入れていた県内企業のアサヤ食品株式会社に委託製造となり、「ホリス」の愛称で親しまれるロングセラー商品となった。
また昨今の炭酸ブームの中、2015年に「富士プレミアムスパークリングウォーター」を発売。その名のごとく、“日本を代表するプレミアムな炭酸水を”という思いが込められている。飲みやすい良質な軟水を使っているため柔らかさは残しながらも、強炭酸とは異なる繊細な泡が特徴。炭酸ガスが水に溶け込む量を表すガスボリュームは“4.2”という数値にこだわっており、「高すぎても低すぎてもこの口当たりは生まれない」と守屋工場長は話す。
2016年開催のG7広島外相会合をはじめ国際会議においてテーブルウォーターとして採用されたり、関東1都7県の地場産品を対象とした国の「お墨付き」として訪日外国人への商品PRを行う認定事業「TOKYO&AROUND TOKYO」ブランドに認定されるなどの成功を収めた。
瓶へのこだわり

富士プレミアムスパークリングウォーターがボトリングされているのは、日本の「和」の精神をイメージした淡いブルーに、持ちやすく丸みを帯びたオリジナルの瓶。創業当時からのルーツである「瓶詰めされた水」にこだわりを持ち、現在もそのスタイルを貫いている。瓶が醸す“プレミアム”なイメージ戦略もある一方、現在業務用のミネラルウォーターに関してはリターナブルタイプの瓶も扱い、使用後に回収・洗浄してリユースするといった環境への配慮が見られる取り組みも行っているのだという。
ミネラルウォーターの新たなスタイルを

近年SDGs(持続可能な開発目標)への取り組みが求められる中、2021年にはプラスチック使用量の削減として紙パック容器を用いたミネラルウォーターを発売。容器内側はアルミニウム箔で遮光性に優れた素材を使用し、常温で約1年の保存を可能にし、これまでの品質を維持しながら約74~75%のプラスチックを削減。2023年のG7広島サミットではサステナビリティのアイコンという意味が込められテーブルウォーターの採用に至り、各国から注目を浴びた。さらに2024年4月には一部商品のキャップをサトウキビ由来の素材を使用したバイオキャップへリニューアルする見通しだ。「まだ国内の大手飲料メーカーのミネラルウォーターはペットボトル容器が主流、紙パック容器はまだマイノリティーな立ち位置だけれど、需要が高まりつつある機会を逃さず、販促に注力していきたい」と、山本さんの言葉に力が込められる。
“富士”のブランドが目指す先

創業当初は常用水というより嗜好品に近く、高級ホテルやレストランといった場で提供されることから始まった富士ミネラルウォーター。今もなお特別なシチュエーションで振る舞われる“ハイブランド”としてそのポジションを確立しながらも、“水”を巡る時代のニーズに合わせたビジネスを展開してきた。過去の海難事故がきっかけとなり現在の形に至った非常用保存水は、近頃頻発する災害対策の必需品として意識が高まっている。また、サステナブルな循環型社会が世界規模で目標とされる中、ペットボトルのラベルレス化、紙パック容器での商品化など早急に環境負荷低減への取り組みを始めている。
大手メーカーによる様々な水が量販店に並び、“水を買う時代”となった現在だが、「今後も価格競争とは一線を画し、90年以上にわたり培ってきた“おいしくて、安心・高品質な水”を飲んでもらえるようにブランディングを続けていくことが使命」と山本さん。「創業時からのルーツである瓶の水はスペシャルなシーンで、持ち運びなど実用的な面では紙パックをチョイスしていただくなど、用途によるすみ分けを図っていきたい」と今後の展望を語る。
新容器になっても“富士”を象徴としたデザインをこれまでほとんど変えずにやってきたのは、「時代を超えて伝統あるブランドイメージを浸透させたい」という思いから。今後は輸出の販路拡大も計画しているとのことで、日本のシンボルとも言える富士の名を冠したブランドの海外へのさらなる躍進に期待が高まる。



