顧客の好みに合わせたオーダーメイドの魚を。未来を見つめて漁師と切磋琢磨する「塩谷魚店」/青森県青森市

日本海、太平洋、津軽海峡、陸奥湾の4つの漁場を持つ青森県。その中央に位置する青森市で、鮮魚の卸・小売店「塩谷(しおや)魚店」を営む五代目の塩谷孝さんと息子の直紀さんは、神経締めなど高度な技術を用いて、県内外の料理人一人ひとりの要望に合わせた魚を届けている。根底にあるのは、漁業の衰退を食い止め漁師に恩返しがしたいという強い想いだ。

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青森が誇る魚を、最高のクオリティで届ける

三方を海が囲む青森県は、日本海側、津軽海峡、太平洋側、そして内湾である陸奥湾の4つの異なる性質の漁場を持つ魚介類の宝庫だ。日本海側では対馬暖流が北上し、その一部が津軽海峡に入って津軽暖流になり、太平洋側へと抜けていく。津軽暖流と北からの親潮、南からの黒潮は八戸沖でぶつかる。青森県の各漁場で多種多様の漁があり、漁師たちは海と向き合い伝承してきた技術を用いて、質のいい水産物を水揚げしている。

そんな豊かな青森の海の恵みを、豊富な知識と高度な技術、そして何より熱い想いで最高品質の商品に仕上げて料理人や消費者に届けているのが、青森市の鮮魚の卸・小売店「塩谷魚店」だ。店を切り盛りする五代目の塩谷孝さんは、「浜の仕事人 北日本神経〆師会」の代表でもある。同会は孝さんが発起人となり、青森県、北海道、岩手県、宮城県などの神経締めに取り組む漁業関連者で結成された組織。神経締めとは、魚の鮮度を保つために魚の死後硬直を遅らせる技術のことだ。これにより、離れた場所にも鮮度の高い魚を届けることができる。

悔しさを力に変えて辿り着いた神経締め

孝さんが神経締めに取り組むようになったきっかけは、青森から遠く離れた西日本で「青森の魚は鮮度が悪く美味しくない」と言われたことだったという。1933年(昭和8年)に魚屋4軒が集まり始まった「塩谷魚店」は、孝さんが入った頃には近隣の飲食店やホテルが主な取引先だった。「美味しい青森の魚を県外の人にも食べてもらいたい」と考えた孝さんは、40代半ばを過ぎた頃、全国展開に挑戦。しかし遠方への輸送は時間がかかり、先の言葉を耳にすることになる。

「なんとか青森の魚を新鮮なままで全国に届ける方法がないか」と、悔しさをバネに勉強と研究を重ねて辿り着いたのが神経締めだった。さらには直紀さんとともに佐井村や深浦町など県内の漁村の漁師のもとに出向き、知識や技術を漁の現場と共有することにも力を注いだ。締めるときの魚の状態が美味しさに直結するため、いかに漁師がいい状態で魚を獲り、適切な処理を施すかが重要になるからだ。関係者が一体となって高みを目指すために、情報交換や技術向上の機会を創出しようと立ち上げたのが「浜の仕事人 北日本神経〆師会」であり、その決起のときには、愛媛や神奈川などから神経締めのプロフェッショナルがレクチャーしに来てくれたという。塩谷さん親子の熱意に心を動かされ、二人と想いをひとつにした漁師は少なくない。

ワンチームでオーダーメイドの魚を作る

独自のスタイルに進化させた技術を駆使して、青森の漁師たちと塩谷魚店がワンチームで作る魚には、いまや全国の名だたるシェフが注目している。求めた通りか、それ以上の魚が届くからだ。塩谷魚店では、注文が入るとあらかじめ信頼できる漁師に「こういう魚が欲しい」と説明をする。すると漁師は締めるタイミングが船の上のほうがいいのか活魚のまま送るのがいいのか、生簀をどんな状態にしておくのがベストなのか、要望に応えるべく都度見極める。そうして届いた魚は塩谷魚店でも管理を徹底し、その魚が何を食べているかまで考慮しながら、神経締めなど適切な処理を選択する。両者のプロフェッショナルな仕事の連携が、塩谷魚店が大切にする「お客さん一人ひとりに合わせたオーダーメイドの魚」を作ることを可能にするのだ。

「オーダーメイドのスーツを着るとぴったりだと満足できるように、値段以上の満足感を感じてもらいたい」と孝さんは話す。「食感重視か、それとも香りかというように、料理人それぞれに欲しい要素は異なります。私たちは魚ごとの個性を熟知したうえで、料理するタイミングまで計算してその要望に応えていく。そして食べる方が口に入れたときに最高に美味しいと思う魚を作ることが、オーダーメイドの魚を作るということ。神経締めは、そのための手段のひとつなのです」。

魚種、状態、要望によりプロセスを変える、塩谷さんの神経締め

神経締めは脊髄を破壊する処理であり、脳を破壊する悩殺、血を抜く放血、のふたつの処理を一緒に行うのが一般的。孝さんの卓越しているのは、届いた魚の種類や状態、顧客の要望によって悩殺を優先するか放血を優先するかを見極めて、味や鮮度を調整することだ。「悩殺優先では血抜きよりも先に脳を破壊し神経締めすることで、ある程度の血を残します。あえて血を残したほうが香り、旨みがでてくるので、届いたらすぐに使うというお客様には悩殺を優先しています。一方放血優先は血抜きに特化した手法です。血が残ると身の劣化が早まるので、寝かせたいなどの理由ですぐに調理をしないお客様にはこちらで行います」と話すのは直紀さん。孝さん直伝の職人技で、悩殺をレクチャーする。

ワイヤーで脊髄の神経を破壊するのが神経締めだ。どこに神経が通っているかは魚種によって異なるため、経験と感覚が頼りの職人技である。「ワイヤーは螺旋状になっていて、神経をからめとるような感じ」と直紀さん。神経を抜くと、活きのいい魚では一気に色が引く。美味しい魚かどうかの目安にもなるという。​​

放血のやり方はさまざまあるが、魚の心臓の力だけで抜くのが塩谷さん流。ここでも魚がいかに元気であるかが重要になるという。活きのいい魚であれば、内部までしっかり冷やすと10分ほどで血がほとんどが抜けて、透明感ある状態に仕上がる。

どの処理を行うにしても、前提として魚の状態がよくなければならない。「漁師さんが徹底して管理する魚を扱わせてもらうから、私たちもより高みを追求できる。漁師さんあってこその仕事なんです」と、孝さんも直紀さんも、感謝の気持ちを口にする。

魚価を上げて漁業の衰退を食い止め、食文化を繋げていきたい

「全国でも通用できる魚を作りたい。ミシュランガイドブックに載るシェフたちに認めてもらえるような魚を」。当初はそんな夢を持っていた孝さんだったが、いつしか「漁師たちに恩返しがしたい」という想いが強くなっていった。「漁師さんから学んだ部分がすごく多いし、今こうしてやっているのも、一緒に歩んでくれる漁師さんあってこそ。受けた恩を返す番」と、孝さん。魚がどんどん少なくなっているのを肌で感じ、危機感を抱いているのだ。

「浜に行くとよく、息子が跡を継ぎたいと言っても水揚げがないと食べさせる余裕がなく断念してもらう、という残念な話を聞きます。繰り返しになりますが、私たちの生業というのは地元の漁師さんあってこそ。漁師さんによって生かされているんです。それに、この地の魚食文化も途絶えかねません。じゃあどうするのかというと、魚価を上げるしかない。特に底値を上げなければ」というのが孝さんの考えだ。「そのために、これまでに得た知識や技術を県全域に広めていって、県全体で魚の価値を高めていきたい」と考えている。

漁師たちがいい状況で代々続いていくことで、直紀さんの代もこの仕事を続けていける。さらには先人たちから伝わってきた食文化を守っていくこともできる。これが孝さんの描く未来だ。「最後はやっぱり青森の魚を美味しく食べてもらうこと。また食べたいと思える魚を、これからもたくさんの人に届けていきたいですね」。

ACCESS

塩谷魚店
青森県青森市本町5-10-7
TEL 017-734-8221
URL http://www.shioyagyoten.com/index.html
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