日本とフィンランド。布と陶で二つの原風景を紡ぐ「Mustakivi」石本藤雄さん・黒川栄作さん/愛媛県松山市

マリメッコ社でテキスタイルデザイナーとして活躍し、400種以上のデザインを生み出した石本藤雄さん。50年の北欧生活を経て、故郷・愛媛へ帰ってきた彼が新たな創作の地に選んだのは道後。黒川栄作さんと共に立ち上げたブランド「Mustakivi(ムスタキビ)」で、人と地域、暮らしに根ざした表現を届けている。

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二人の故郷、愛媛で生まれた「Mustakivi」 

2017年、石本さんと黒川さんが故郷・愛媛で立ち上げたMustakiviは、テーブルウェアやテキスタイルなどを扱うライフスタイルブランド。Mustakiviはフィンランド語で「黒」を意味する「Musta」と、「石」を意味する「Kivi」から成る造語。二人の名前を重ね合わせた。

そもそも、二人はいかにして出会ったのか。それは、仕事でフィンランドを訪れた黒川さんが、フィンランド・デザインの魅力に惹かれたことから始まる。帰国後もその想いを深めていった彼は、2013年、愛媛で初個展を開催した石本さんとついに初対面を果たした。

立ち上げ以来、Mustakiviは日本の手仕事と協業しながら、日常生活に寄り添う器や布を制作している。

「単なる物販にとどまらず、文化を生み、発信する存在でありたい」と黒川さん。石本さんの作品を通して、人々が改めて地域の価値に気づく、そんな場所をつくりたいと考えている。

愛媛と北欧、二つの原風景が創作の源 

釉薬によるデザインが美しい器、自然にあるものをモチーフにした手ぬぐいやタオルなどのファブリック。シックな配色で自然を描いたり、ぼかしの表現を用いたりと、日本の美意識や技法を感じさせる石本さんのデザイン。その源には、故郷・愛媛の原風景がある。

1941年、砥部焼の産地として知られる愛媛県砥部町に生まれた石本さん。6人兄弟の5番目。実家はみかん農家だったが、家の周辺には廃業した登窯の跡や煙突があり、陶器のかけらや窯道具が転がる風景が、後の創作活動の原点となる。

「そのあたりにいっぱい転がっていたうつわの破片を集めては遊び道具にしていました。大人が立ったまま入れるほどの大きな登り窯が3つほどあり、その中でよく遊んだものです」と話す。幼い頃の記憶は、今も鮮明に残っている。

東京藝術大学で学んだのち、世界各地を旅し、最終的に行き着いたのがフィンランドだ。

1974年から2006年まで、フィンランドを代表するデザインハウス・マリメッコ社でデザイナーとして活躍し、400種を超えるテキスタイルデザインを手がけた。

大胆かつ個性的なテキスタイルデザインを展開し、創業から70年を超えてなお世界中にファンを持つマリメッコ。これまで名だたるデザイナーがマリメッコの根幹を支えてきたが、石本さんも間違いなくその一人といえるだろう。さまざまな技法やスタイルを駆使した彼のデザインは、今もマリメッコの定番として親しまれている。

また、1980年代より陶芸にも関心を向けた石本さんは、フィンランドの伝統的な製陶所・アラビア社のアート部門にも属し、自然のモチーフを取り入れた表現力豊かな陶芸作品を生み出した。

故郷・愛媛でのものづくりが始まる

「いつかは日本に帰って制作活動をしようと思っていた」という石本さんは2020年、半世紀ぶりに帰国を果たした。長く海外に暮らしているからこそ見えてきた、日本の暮らしに宿る美しさと、故郷の原風景。それらを故郷で表現したいとの思いからだった。

故郷での新たなスタートを支えたのが、黒川栄作さんだった。2021年にアトリエが完成した翌年にショップ兼ギャラリー「Mustakivi gallery&(ムスタキビギャラリーアンド)」を開いた。

アトリエには電気窯を設置し、日々デザインや作陶など創作活動に打ち込む石本さん。「作るのは楽しい。健康のためにもいいんですよ」と笑顔を見せる。

実家は、砥部焼の陶祖といわれる杉野丈助が開いた窯の近くにあった。そこで生まれ育った石本さんが今、やきものに取り組んでいることに偶然とは思えないめぐり合わせを感じる。

自然は、思い通りにならないからおもしろい 

石本さんのデザインの源泉は、素材がもたらす制限にある。

「フィンランドも日本も、木がもたらしたものは大きいですよね。かつて人々は、身近な木を切り出して自分たちでお皿を作り、使っていた。だからフィンランド人の持っている“かたち”に対する感覚は木にあると思うんです。日本も、木からできたかたちが多いです」

自分では思い通りにならないのが自然。だからこそ、生まれるかたちがある。それは作陶も同じ。自分の意思が全面的に通るわけではない、ある種の制限から生まれるデザインの美しさを、石本さんは楽しんでいるようだ。

日本とフィンランドに共通する、四季を慈しむ心

もうひとつ、フィンランドと日本に共通するものがある。それは四季だ。「フィンランドも四季がはっきりしていて、季節を祝おう、楽しもうという感覚がありますね」と黒川さん。

Mustakiviでは、3カ月に一度、新作の手ぬぐいを発表している。草花、果物、風景、色、かたちなどをモチーフにした手ぬぐいが、季節を彩る。テーブルに敷いたり、壁に飾ったり、暮らしのなかで四季を楽しむアイテムとして取り入れたい。

暮らしと結びつき、文化が根付いていく 

「石本先生のデザインを見て、『愛媛出身の方だったんだ、うれしい』と地元の方に言っていただけたときは、私もうれしかったですね」と黒川さん。愛媛の風物をモチーフとした作品から、自分が住んでいる地域の美しさを改めて感じ、故郷に誇りを持てるようになる。「そんな誇りが地域をつなげる団結感の源になっていくのではないか」と考えている。

そんな想いを込めて、2026年には松山城の近くに「石本藤雄デザインミュージアム」を開設予定だという。

「純粋なつながり、人と人との関係を大切に、この地域で、僕らにしかできないことをしっかり長く続けていきたいという気持ちがあります」と黒川さんは、新たな文化的拠点への想いを込める。

日常のしあわせに気づく場所

アートとデザインという二つの領域を自在に行き来しながら、日常に潜む小さなときめきをすくい上げ、デザインに落とし込んできた石本さん。その感性を丁寧に受けとめ、ブランドとして結晶化させてきた黒川さん。二人が歩んできた時間と記憶は、「Mustakivi」を通して、今も静かに広がり続けている。

半世紀を過ごしたフィンランドの記憶、そして愛媛の原風景を起点に生まれる作品は、どれも暮らしに寄り添いながら、私たちに新しい景色を見せてくれるだろう。

ACCESS

Mustakivi
愛媛県松山市大街道3-2-34
TEL 089-993-7497
URL https://mustakivi.jp/
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