真牡蠣の産地といえば広島県や宮城県が有名だが、東京・豊洲市場では岩手県陸前高田市のマルテン水産の殻付き真牡蠣が、2017年から連続で初競り日本一を獲得しているという。同社の真牡蠣は3年かけて育てる「3年物」で、その大きさや風味の良さが高く評価されている。
栄養豊富・水質良好の広田湾で育つ

暖流と寒流がぶつかって多くの魚が集まることから、世界三大漁場のひとつとされる三陸海岸。マルテン水産のある陸前高田市の広田湾もその一角にあり、周囲の山々の落ち葉に含まれる植物プランクトンが伏流水や気仙川を通じて海に流れ込み、豊かな漁場となっている。しかも周囲には工業地帯が無く、都会とは違って生活排水量が少ないため、水質は良好。さらに、内湾で波が穏やかなので、昔からワカメやホタテ、真牡蠣などの養殖が盛んに行われている。
養殖筏には地元の気仙杉を利用

日本で多く流通している牡蠣は、主に真牡蠣と岩牡蠣の2種だ。前者は冬が旬で、ほとんどが養殖もの。それに対し後者は夏が旬で、養殖もののほか天然ものもあり、日本海側が主な産地になっている。
真牡蠣の養殖法にはいくつかあるが、マルテン水産では、“種”と呼ぶ牡蠣の幼生、つまり赤ちゃんを付けた貝殻をロープにくくりつけ、海上に浮かぶ筏(いかだ)に吊るす「筏式」で養殖している。牡蠣の種は宮城県から購入。種を海中で採取するためには遠浅の環境が必要で、県内では難しく、宮城県がその条件に適っているからだ。また、筏の材料には地元の気仙杉を使用。周辺の山に生育していたものを利用したのが始まりで、使ってみると丈夫だったことから現在も利用が続いている。
「3年物」の大きさ&身入りと風味の良さが高評価の秘密

一般的に真牡蠣の生産者は1〜2年育てて出荷するケースがほとんどだが、マルテン水産では3年かけて育てた「3年物」を出荷している。もともと他産地同様「1〜2年物」を市場に出荷していたが、昭和末期に佐々木さんの父親や同世代の生産者たちが、3年かけて大きく育て差別化・ブランド化を図ることに。現在広田湾の真牡蠣生産者は10人だが、そのうち佐々木さんを含めた4人がそれを継承しているのだ。佐々木さんが出荷する3年物の殻付きの牡蠣はSMLの3サイズがあり、Lサイズは大人の男性の手のひらからはみ出す大きさ。しかも中の身も大きく味も良いことから、豊洲市場の初競りで2017年から連続して日本一を獲得している。また、直売先の飲食店からも評判で、年々注文が増えている。
リスクがあっても「3年物」を手掛けたい

ただ、3年物を手掛けるにはリスクもある。海中で育てる期間が長くなるので、その間に時化で筏やロープから落下する確率が高くなるのだ。しかもそうしたリスクを抱えながら育てても、市場価格は2年物とほとんど変わらない。それでも佐々木さんが3年物にこだわって養殖しているのは、親世代の想いと努力を無駄にしたくないのと、繰り返し注文してくれる飲食店の要望に応えたいからだという。
身入りを良くするための工夫

前述のとおり、佐々木さんの3年物の殻付き牡蠣が高く評価されているのは、殻だけでなく身も大きく、味が良いからだ。その秘密は、出荷直前に牡蠣を1個ずつロープから外してネットに入れ、海中に沈める作業にある。日々海水温が下がるなか1か月間育てることで、身が大きく白くなり、引き締まるという。
「出荷できるサイズの殻付き牡蠣をさらに1か月間育てるので、手間もコストもかかるのですが、一目見て大きさがわかるむき身と違って殻付き牡蠣の身は殻の中で大きく育っているかどうかわからず、『当たり外れ』があります。例えば飲食店の方が来店客に殻を開けて提供したときに身が小さいと恥をかかせることになってしまいますが、逆に大きいと飲食店から信用を得られ、次の受注につながる。ですからできるだけ『外れ』がないよう、『出荷前の仕上げ』としてこの作業を行っているんです」と佐々木さん。実は、広島県など西日本ではキログラム単位で出荷するので重さで身の大きさを想定できるが、陸前高田市など宮城県より北の地域では個数単位で出荷するため身の大きさを想定できず、身が小さい「外れ」が紛れ込む可能性がある。その確率をできるだけ低くすることが、顧客からの信用獲得につながるのだ。
身を大きく育てるための工夫はほかにもある。稚貝のときの「間引き作業」と、夏に船上で75℃の湯に30秒ほどくぐらせる「温湯処理」だ。間引くことで、残った牡蠣は海中の栄養をたっぷり摂取することができるし、温湯処理によって殻に付いたワカメやフジツボなどの付着物を取り除くこともできる。これによって、殻に付着したワカメやフジツボが、牡蠣の成長に必要な海中の栄養を奪ってしまうのを防ぐのだ。
ちなみに牡蠣は殻が厚く密閉度が高いので、前述の温度・時間なら湯にくぐらせても生き続けるという。
生食のほかに「蒸し牡蠣」もおすすめ

佐々木さんの真牡蠣は、風味の面でも評価が高い。一般的に三陸産の牡蠣は西日本産や北海道産の牡蠣よりも塩分濃度が高く、噛むほどに甘みが感じられる。佐々木さんの真牡蠣もそのとおりで、さらに身が引き締まっているために生で食べるとサクサクした食感が楽しめる。一方で佐々木さんは、「子どもなど牡蠣を食べ慣れない人なら、蒸して食べるのがおすすめ」ともアドバイスする。磯の風味がやわらかくなるうえ甘みが増すそうだ。
直売で、付加価値と値段のアップを図る

マルテン水産では飲食店のほか、個人への直売にも力を入れている。前述のとおり市場では3年物の価格は2年物とほとんど変わらないため、直売することで3年物の付加価値と値段のアップを図っているのだ。「牡蠣は殻を開けるまで生きているので、店や家に届いた殻付き牡蠣はまだ生きている状態で新鮮。その最高な状態の牡蠣を味わってほしい」と佐々木さん。殻付き牡蠣の扱いに慣れていない人が殻を開けるのは難しいが、直売の際には、希望者に有料の「牡蠣オープナー(専用ナイフ)」を付けて発送しているので、それを使えば、直前まで生きていた牡蠣の身ならではのミルキーな味やサクサクした食感を体験できる。
同社を含め陸前高田市の牡蠣の生産者は、夏のウニ漁や冬のアワビ漁などをやらず、牡蠣専業が多いという。それだけ、一年中「いかに良質の牡蠣を育てるか」について考え、生産に力を入れているといえる。実は同市産の真牡蠣のむき身も、豊洲市場で日本一の単価で取り引きされているそうで、その背景にはそうした生産者の努力があることが想像できる。陸前高田市産の真牡蠣のブランド力は、ますます大きくなるに違いない。



