大分の海苔、そして日本の海藻文化を未来へつなぐ「鶴亀フーズ」/大分県大分市

自然豊かな大分県には、海の恵みを受けた関あじ・関さばや、山の幸である椎茸などの農産物が豊富にある。その中でも、今はわずかしかいないという漁師たちが守り続ける「海苔」の存在はあまり知られていない。大分県北部でしか獲れないという、貴重な海苔を昔ながらの製法で作り続ける「鶴亀フーズ」が後世に伝えたい想いとは。

目次

大分県における海苔養殖業とは

「食卓のおとも」として、日本の食文化に欠かすことのできない「海苔」。

現在、海苔の国内生産量の約3〜4割を占めているのは、佐賀県など4県に囲まれた九州有明海の内海で水揚げされたもの。その有明海から見ると外海となる大分県では、周防灘(すおうなだ)に面した北部地方で海苔養殖が行われている。大分県における海苔養殖業は、明治から昭和の時代までは広島県から養殖業者を雇い入れるほど、とても盛んだったという。また、大分の郷土誌「豊後国史」を紐解くと、200年以上昔から海苔は大分の土産として有名なものだったとも言われており、海苔養殖も昔は数百軒、数百人の漁師がいたほど盛んだったが、現在は宇佐市、中津市で5軒のみと激減。停滞してきた原因のひとつとして挙げられるのが、漁師の高齢化だ。一部の若手漁師を除いては、ほとんどが70代、80代の漁師という。その年齢を考えると、大分における海苔養殖業の厳しさに直面する。

元の味を、昔ながらの製法をもとに進化

 そんな大分県の海苔を70年以上、加工販売業として手掛けているのが大分市内に本社を置く鶴亀フーズ。3代目の名を受け継ぐ幸野剛士さんの祖父が創業した、前身会社「鶴亀海苔」から大分県産の海苔にこだわり、その味を追求してきた。海苔の収穫量は自然に左右されるため、一時は他の産地から仕入れることも考えたというが「つくり手の顔が見える商品づくり」を第一に考え、大分県産にこだわる信念は今もなお受け継がれている。そんな鶴亀フーズを代表する商品は、いわゆる一般的によく見る板状の海苔ではなく、「あおさ」のようにフレーク状になった「摘み海苔」。

「バラ干し海苔」とも呼ばれており一見、ふわっとした見た目とは裏腹に、口に入れるとしっかりとした歯応えがあり、濃厚な海苔の旨味が広がっていくのが特徴だ。汁物や、炊き立てのご飯で作る卵かけご飯にプラスすれば、普段の料理が贅沢なひと皿に様変わり。大分市内の飲食店では、鰻屋や蕎麦屋の薬味としても提供されている。

海苔本来の味を求めて誕生した「摘み海苔」

「摘み海苔」誕生のきっかけとなったのは、今から30年以上前。昭和5、60年代頃から海苔生産の機械化が進み、生産量が伸びたことで供給過多が起こり、売れ残った海苔は焼却処分されていたという。そのような背景から食品ロスへの考慮はもちろんのこと、板状の海苔にはない新たな海苔の形と味を求め、辿り着いた。一般的な板状の海苔は、江戸時代後期頃に浅草和紙の技術を活かし誕生したとされる中、「摘み海苔」は、それ以前の江戸時代中期までに取り入れられていた、昔ながらの製法からヒントを得た。それは、海から摘み取った状態の生海苔を岩場で天日干しにし、乾燥させた後、火鉢で炙るというもの。「これこそが、昔懐かしいようで新しい海苔の食べ方だ」と考えた鶴亀フーズは試行錯誤しながら製品のアップデートを繰り返し、約30年という歳月をかけて、ようやく納得する味に辿り着いた。先人が行ってきたこの製法で作る“古くて新しい”海苔は、機械ではできない工程も多く、そのほとんどが手作業で行われる。手間も時間もかかるが、そこから生まれる風味や歯応えは唯一無二の味わいを生む。また、海苔本来の濃厚な味を味わうだけではなく、良質なタンパク質や葉酸など海本来の持つ栄養をそのまま摂取できることも大きな魅力のひとつである。

究極の海苔を追求し、原点回帰

創業から「食卓へおいしいものを届ける」という信念を持つ鶴亀フーズ。数年前から、その原点に返り、海苔本来の持つ究極の味を求め取り入れたのが、宇佐市で海苔養殖を営む漁師・松本泰英さんが獲る海苔だ。それまでも宇佐や中津の海苔を使用していた中で、データや味を集計し比べていくと、松本さんの獲る海苔の味が際立っていることに気が付いたという。「普通、水揚げされた海苔に付く珪藻(けいそう)ですが、松本さんの海苔は丁寧に手入れされているので珪藻が入ることがあまりありません。それから松本さんが獲った海苔だけを仕入れるようにしました。」と幸野さん。また、それまで鶴亀フーズでは獲れた海苔は一度冷凍し使用していたが、生の状態で仕入れるように変えたことで風味や味わいが格段に上がり、味に絶対的な確信が持てたという。

若手漁師が受け継ぐ漁から生まれる“大分の海苔”

父親の跡を継ぎ、若くして海苔漁師となった松本さんは、海苔養殖を営む家に育った。物心ついた頃から、両親が働く工場の傍らで過ごすことがほとんどだったという。20代の頃、一度は県外で働いていたが、両親の体調不良により帰郷。漁師という職業が大変な仕事であることは理解しながらも、手伝っていく内に“いい仕事だな”と感じることが増え、この仕事で生きる覚悟を決めたと松本さんは当時を振り返る。そんな松本さんが行う養殖方法は、「支柱式」。漁師が海に支柱を打ち込み、支柱と支柱の間に海苔網を張る天然海苔の生育に近い方法だ。潮の満ち引きを活かし、海の水が浸る満潮時には海の栄養素を吸収させ、海苔が海から完全に出る干潮時に日光を浴びた海苔は病気に強く、旨味が凝縮される。「海面が上下することで、海苔が乾燥しすぎることはないか、また水に浸りすぎてはいないかのバランスを常に管理しないといけません。」と、松本さんは毎日、潮の満ち引きを見極めながら網の高さを調節するという作業を繰り返し、大分市内にある鶴亀フーズまで往復4時間をかけてとれたての海苔を運んでいる。

常に前進し、大分の海藻文化を伝え続ける

こうした海苔漁師の過酷な重労働は、確かに高齢化の進む漁師たちには大きな問題ではあるが、それは海苔養殖に限ったことではないと幸野さんは言う。「農業や漁業、小さな産地であればあるほど高齢化、後継者問題は避けては通れない問題。だからこそ今、私たちにできるのは大分の海苔の魅力やおいしさを発信して、海苔の評価を上げること。それが課題解決に繋がればと願い挑戦を続けています。」優れた製品をつくることが魅力となり、後継者を生む。衰退していく海苔養殖業の世界を変えるためには、常に進化し続けなければならないのだ。

2020年以降のコロナ禍には売り上げの減少は否めなかったというが、鶴亀フーズは逆境を逆手に取り、代表作である「鶴亀海苔摘み海苔」を様々なコンテストに出品。その結果、2022年には「料理王国100選」で優秀賞、「食べるJAPAN美味アワード2023」では準グランプリを受賞した。全国規模の賞を受賞したことで変わったのは、お客様の商品の受け入れスピードだという。「自分たちのこだわりを伝えることはもちろん大切。ただ受賞したことで、お客様に興味を持ってもらえる速度がかなり早くなりました。」長い歴史の中で培った味に自信はあるが、世の中に訴えるための武器を持ったことで、認知度は増した。

「大分の海苔養殖が最盛期だった頃、私たちの歴史も始まった。だからこそ、この文化を絶やすことなく大分の海藻文化を継承する企業として使命感を持ち、今後の商品づくりに活かしていきたいです。」と幸野さん。

大分生まれ、大分育ち。まさに地元の味にこだわった鶴亀フーズの海苔は今、全国の食卓へと羽ばたいている。

ACCESS

有限会社鶴亀フーズ
大分県大分市大字里2422番地の1
TEL 097-524-2265
URL https://www.tsurukamefoods.com/
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