「水郷(すいきょう)ひた」とよばれ、水資源に富んだ大分県日田市。盆地特有の大きな寒暖差と周囲の山から流れ込む豊富な水資源は、多くの農作物をはじめスイカ栽培に最適な地域なのだという。この地でスイカ農園を営む「ふりや重石農園」は、品質にこだわり、高い糖度やしゃりしゃりとした口触りの良い食感を追究し続けている。
苦手なスイカを大好きに
大分県日田市で「ふりや重石農園」を営む重石公章さん。糖度が高く、食感の良いスイカにこだわり、近年ではさまざまな品種の栽培にも力を注ぐ日田市産スイカ農家のホープだが、じつは彼、昔からスイカが苦手だったのだそう。
祖父の代から農園を営んでおり、そこでもスイカを栽培していたため馴染みはあったが、何度食べてみてもおいしいと感じることはなかったという。そのため、重石さん自身が農園を継いだ際もスイカ栽培に興味はなく、挑戦しようとすら思っていなかった。
ところが、たまたまが知人からスイカの苗を譲り受ける機会があり育ててみたところ、周囲からの評判が良かった。それがなんとなくうれしくて、いつの間にか、スイカ栽培の魅力に取りつかれていった。
ただ、重石さんがスイカをつくり始めた当時、祖父は他界しており、この分野に関しては手探り。素人同然だったため、独学ながら参考資料を読み漁り、トライアンドエラーを繰り返した。
また日田市自体、全国的に知られるスイカの名産地に比べれば知名度や出荷量、作付面積も遠く及ばないのが現状。だからこそ品質で勝負し、とにかく“おいしいスイカ”を届けたいという気持ちを胸にスイカ栽培と向き合う日々がはじまった。
白菜と土と水からなる味
ふりや重石農園がスイカ栽培を始めて20年余り。高品質で糖度が高いスイカを育てるためには「裏作(うらさく)」が重要だとわかってきた。裏作とは、主要な農作物を収穫した後に、次の作付けまで違う作物を栽培すること。同じ作物をつくり続けていることで根っこの部分に緊密度が高まり、葉や蔓が枯れる「連作障害」を防ぐために行う工程だ。ここでは、スイカの裏作として相性の良い白菜をつくる。夏や秋にスイカをつくったあと、冬に白菜を植えることが栄養面でもいい影響を与え、土壌のバランスを保つのだという。また、日田の土壌は肥料もちがよく排水のよい赤土であることが特徴のひとつ。その利便性を活かしながら、なるべく化成肥料に頼らず、牛糞堆肥もしくは牛の飼料となる牧草である緑肥を鋤き込んで土を肥沃にしている。畑ごとにスイカと白菜、緑肥とローテーションで場所を変えながら土壌改良することが、スイカに適した土づくりにつながっている。
水の町だからできる農業
また、土づくりと同じくらい重要になるのが水。スイカに限らず農作物は、必要な時期にしっかり水を与えられ、潅水設備が整っていることが大事となるが、ここ日田は昔から水とともに栄えてきた町。日田の地下深層部から汲み上げられ、ミネラルを多く含んだ天然水「日田天領水」はその代名詞ともいえる。
その要因として、日田が由布岳や九重連山など山々に囲まれた盆地であることや、原生林が多く残されていることで、ここに自生する樹木から落ち、腐葉土となったものが堆積した地層が自然のフィルターとなり、これを通った雨水が長い年月を掛けてろ過されるため、不純物が取り除かれた清らかで良質な水が豊富なことが挙げられる。
これが、農業をする上では大きな味方となっているのだ。ただ、スイカの糖度を上げるためには存分に水を与えるのではなく、収穫前に水を断つことも重要な作業となる。露地栽培でのスイカ栽培は、水分量の調節のほか天候に左右される難しさも併せ持つ。また「葉っぱと蔓をどういう風につくっていくか、コントロールしていく難しさは大きい」と重石さんはいう。良質なスイカを作るには蔓づくりは大きなポイントとなり交配期の蔓の状態が、収穫まで影響する。蔓が弱いと草勢(そうせい)も弱く玉の肥大も小さく、強すぎると雌花の充実が悪く着果性が劣るのだ。重石さんは365日スイカと向き合い、天候と戦いながら「完全に作れないのも農業の魅力」だと笑顔をみせる。
こだわりの糖度・シャリ感を生むために
スイカの種類は数多くあるが、主にふりや重石農園で扱っている品種は、2016年頃に新品種として誕生した羅皇(らおう)という銘柄。ここでは一玉に十分な栄養と甘さが行き届くよう、一つの苗から一玉しか収穫しない一株一果(ひとかぶいっか)取りの栽培法を行う。そのため出荷数としてはまだ多くはないが、そのおいしさから注目を集め、ここ数年で全国各地へ広がりをみせているスイカ界の大注目株だ。糖度が高く、しゃりしゃりとした口触りの良い食感「シャリ感」が感じられることが最大の特長である「羅皇ザ・スウィート」や、黄色いスイカの概念を変えた高糖度の「金色羅皇(こんじきらおう)」は今や農園の顔。通常、スーパーで見かけるスイカの糖度は9〜11度のものが一般的だが、ふりやのスイカは12度を切らない。食味が濃く、皮ぎわまで甘いと評判だ。
個体差はあるものの、昨年の最高糖度は高級メロンに引けを取らない17度を記録した。その甘さの秘訣は台木と呼ばれる接ぎ木苗の根となる土台にあるという。通常、病気や害虫に強いスイカを育てるため台木をつくる。その際、一般的には他の野菜の台木を使用するが、同園では濃厚なスイカの旨みを最大限引き出すため、スイカそのものの台木を使用して掛け合わせるのが特徴。これは極めて難しく、高い栽培技術と多くの手間が必要とされるが、それにより食味が濃く、まろやかな甘みも増す。また、一玉ひとたまの品質を高めるためには生産量をあえて減らしたり、どのスイカがいつ植えられ、何日経過しているかもすべて把握できるよう記録している。これらの丁寧な仕事が、質の高いスイカ栽培に繋がっているのだ。
また羅皇シリーズ以外にも「紅孔雀」という品種も手掛ける。羅皇に比べると食感は柔らかく、爽やかな甘みが特徴。様々な品種がある中で羅皇にこだわるのは、自分たちが食べておいしいと感じることが一番の理由だと重石さん。「昔は柔らかい食感が人気だったが、今は少し固めのシャリ感を求めるお客様が増えてきた。時代により好まれる味や食感も視野に入れるが、何より作り手の私たちが好きなスイカを提供していきたい。」固さもあるため、カットした時の角の美しさも羅皇の素晴らしさだという重石さんの言葉の端々には、スイカへの惜しみない愛情が溢れている。
市場出荷へのジレンマ
こうして試行錯誤の末に、ようやく納得いく品質となった「ふりや」のスイカ。現在ではブランドスイカとして高い人気を誇るが、栽培を始めた当初は、想いが先行しすぎて気持ちが折れそうになったことも何度もあったと振り返る。
「市場に出荷する場合、糖度などの品質もある程度は評価されるが、結局はキロ単価。自分たちがどれだけ品質にこだわり納得いくものができたとしても、どの農家のスイカも同じ土俵に立たされることに疑問を感じることもありましたね。」品質にこだわり、必死にがんばっても報われない。そんな悩みが重石さんの心に重くのしかかっていたのだ。
お客様に選ばれる、ふりやのスイカが完成
それでも諦めず、こだわりを持った栽培を続けた成果は、10年以上経った頃にようやく実を結んできた。ふりやのスイカを食べた人からの口コミが広まり、「あそこのスイカは味が良い」と、自社のインターネットサイトや直売所で次々にスイカが売れ始めたのだ。
また、インターネットでの販売が好調になったことで、消費者からのレコメンドや要望が直接聞けるようになり、それをスイカ栽培に反映できるという好循環が生まれた。いよいよ評判は全国へと広がり、「ふりやスイカ」がブランドとして選ばれるようになっていった。
こうしてスイカ栽培を確立させた重石さん。これまで想いやこだわりがなかなか理解されず苦しい思いもしてきたが、量より質を求める人も増えたこと、何より自分たちのスイカをおいしいと感じてくれた人が広がり、ブランディングできている実感もある。今後はもっと多くの品種にチャレンジし、多くの人にスイカの魅力を伝えていきたいと意気込む。そのためには法人化を含め、後継者を育てるための組織づくりも大切になると言葉を重ねた。
「いつかは世界中に需要を拡大し続けるシャインマスカットのように、スイカも品種名で愛される果物になること。そして、日本各地でみんなが笑顔でスイカを食べるシーンを増やしたい。」
ふりや重石農園はこれからも、たくさんの人に選ばれるスイカづくりを目指し、思い描く未来へ向かい挑戦を続けていく。