鳥取が誇る美味しい肉と美しい牛を。親子で二冠を目指す「伯耆前田牧場」/鳥取県伯耆町

鳥取県西部に位置する伯耆町(ほうきちょう)。中国地方最高峰「大山(だいせん)」のふもとで牛たちを育てる親子がいる。伯耆前田牧場の前田道夫さんと皓(ひかる)さんだ。自然豊かなこの場所で、牛たちがストレスなく過ごせる暮らしに向き合い、全国から求められる品質を追求し続けている。

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自然あふれる「伯耆富士」の恩恵を受けて

伯耆町は、鳥取県米子市や、島根県との県境からも近く、目の前には大山が迫る町。大山は見る角度からその姿が異なり、南北から見える姿は山々が壁のように連なることから「北壁」「南壁」と呼ばれている。大山の西側にある伯耆町からは、左右に山裾が降りたなだらかな姿となり、旧伯耆国の名前から「伯耆富士」として親しまれてきた。大山の火山灰から生まれた黒ボク土と、ミネラル豊富な大山の伏流水にも恵まれ、農業や畜産業にはもってこいの環境。そんな伯耆富士の恩恵をたっぷりと受けて牛を育てているのが前田牧場だ。

スイカ農家から畜産の道へ

もともとこの地では、道夫さんの祖父が乳牛とスイカを育てていた。その影響で、道夫さんも見よう見まねでスイカ作りを始めたという。「祖父から新しい作り方をしろと言われて。通常、ひとつの苗からスイカが2〜3玉採れるところ、1玉しかならない作り方に変えたんです。そうしたらスイカの大会で日本一を獲れたので、次は牛で日本一を獲ろうと畜産農家を目指し始めました」。

スイカ畑だった場所は現在、牛たちの食べる牧草が茂り、大山とのコントラストが印象的だ。

父は肥育、息子は繫殖のプロに

牛肉が出荷されるまでの行程は、母牛に子供を産ませ、子牛を育てて販売する「繁殖」と、産まれてから約30ヶ月かけて牛肉を育てる「肥育」の2段階に分けられる。分業している農家もいるが、前田牧場では繁殖農家として経営を行っており、息子の皓さんが「繫殖」、道夫さんが「肥育」を主に担当。現在は約190頭の牛を育てており、そのほとんどが繁殖で、肥育は10頭のみ。肥育に必要な餌代が高騰していること、牛肉の消費量が減り、売値が下がっていることから、なかなか肥育を増やせない状況だという。

牛に必要なのは愛情と丁寧な毎日の積み重ね

繁殖であろうと肥育であろうと、牛を育てる上で大切なポイントは変わらない。

とにかく愛情を込める。1頭ずつをずっと観察している。人間と一緒で、餌をやる時間を決めたら、ちゃんとその時間に餌をあげて、お昼寝もさせてあげる。そうやって、ストレスのないような飼い方をできさえすれば大丈夫」と道夫さんは語る。

餌の中身や、餌やりをする人を日々変えてしまうと、牛たちは食べなくなる。だからこそ毎日同じ時間に、なるべく同じ人が餌をあげる。何をしたら嫌がるか、どう接したら牛が快適に過ごせるか、毎日1頭ずつの個性と向き合う。人を怖がる子牛はそれだけで発育に影響するため、子牛たちと仲よくなることも大切だ。

雄大な伯耆富士が見える緑豊かな牧場で、美味しい水を飲んで、大好きな人からミルクをもらって、伸び伸びと過ごす。牛たちの日々の暮らしの中にあるストレスをどれだけ排除できるか、を常に考えているのだ。

そのため、二人に休みはない。「好きでやっているから」と笑う皓さん。「子牛たちは生まれてから10ヶ月弱で出荷になるので、その間にいかに自分の想いをぎゅっと詰め込むか。いかにこの子たちを笑顔にするか。それを目標にずっとやっています」。

畜産農家にとってのオリンピック「共進会」

牛にまっすぐに向き合っている二人には、目標としているものがある。それは、県内で行われる競りで評価されること、そして「和牛オリンピック」としても知られる「全国和牛能力共進会」で1位を獲ることだ。

共進会は5年に1度開催される畜産農家のための大会で、牛の容姿などを競う部門や、肉に含まれる成分や脂質のバランスを競う部門など、全8部門に分かれて審査される。なかでも「総合評価」の部門は、牛の容姿と肉の両方を、複数頭で審査する。容姿の審査では、毛並みが美しいか、しつけ通りに歩けるかなどが評価される。一方、肉の審査では、枝肉の肉量・肉質・脂肪の質などが審査対象だ。

総合評価の部門は、個人ではなく鳥取県内の農家合同で団体での挑戦となるが、そこにもこだわるのは鳥取和牛を広めたいという想いがあるからだ。

鳥取の誇る牛【白鵬85の3】を目指して

2017年の宮城大会で、鳥取県が出品した種牛『白鵬85の3』が、総合評価の部門・肉牛群において全国1位を獲った。その後、その名前は広く知れ渡り、白鵬85の3を求める畜産農家が増えたのだ。畜産農家にとって、血統は売買の物差しとなる。サシの入り具合、肉の量や品質が血統によって左右されるからだ。「白鵬85の3の血筋を継いでいる=良い肉になる」と判断されるようになり、子牛も通常の品種より高く売れるようになった。

共進会で評価されれば、繫殖に利用したい農家が増え、のちに行われる競りでも子牛が高く売れる。共進会の場では販売は行われず、評価されて終わりだが、その後に与える影響は大きい。

2022年の鹿児島大会では前田さん親子も鳥取県として出場し、総合評価の部門(第6区)で10位、脂肪の質評価の部門(第7区)で6位だった。

「自分たちの目標以上の牛を出し、団体戦だから参加者全員が本気で勝ちたい、という思いで取り組みました。その結果よい評価を頂きました。白鵬85の3のように鳥取和牛が評価されて、全国から求められるよう、次の北海道大会ではみんなで協力して絶対勝ちますよ」と道夫さんも意気込みを見せる。

美味しい肉と美しい牛。親子で二冠を

2022年の鹿児島大会が初参加だった皓さんは、次回は肉だけではなく、容姿が審査される雌牛の部にも挑戦するつもりだ。「雌牛に挑戦してみたらと言われたので、肉も牛も両方やろうと思って。白鵬85の3のときみたいに、鳥取県としてまた一位を獲りたい。今度は親子でそれを達成できたらおもしろいと思ってるんです」と決意を見せる。

容姿の審査で評価されるためには、毎日つきっきりで面倒をみなければならない。朝早く起きて、お湯で毛並みを整える。1時間もの間、同じ格好で立っていられるよう訓練をする。そうして、いつも以上に努力を重ねなければならないのだ。他の牛たちの世話をしながら訓練するのは並大抵のことではないが、美味しい肉と美しい牛、どちらも目指す覚悟だと教えてくれた。

鳥取県を盛り上げる存在に

競りで認められる牛を追求すると、やはり最終的に目指すところは「美味しい肉」にたどり着く。しかし近年、物価の上昇によって畜産業界も厳しい現状に立たされていて、美味しさと経営を両立させるのは簡単なことではない。

個人としても、鳥取県を盛り上げていかないと。みんながそれぞれ県外の人とのつながりを作って、買いに来てくれる人を増やさないと相場は絶対上がらない。そのためにも自分が外に出て、つながりを増やしていく予定です」と皓さん。共進会や取引先はもちろん、仕事終わりには居酒屋などに出向き、様々な業種の人との出会いを積み重ねている。

また、競りで購入してくれたお客様には前回の肉の感想などを聞き、改善点を常に模索。「前田牧場の牛なら間違いない」と誰もが認め、全国から求められる。そうやって肉の価値が上がる。そんな未来を描いている。

現在は人材を育てることに注力している皓さん。人材が育てば、販売にも時間をあてられるようになる。最終的には、繫殖から販売までをすべて自社で行い、畜産農家の可能性を探っていくつもりだ。

ACCESS

伯耆前田牧場
鳥取県西伯郡伯耆町上野760番地-1-4
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