人呼んで“鍋の聖地”。手仕事の美しさ輝く店「鍛金工房WESTSIDE33」

人呼んで“鍋の聖地”。手仕事の美しさ輝く店「鍛金工房WESTSIDE33」

柔らかな光を放つ、無数のうろこ模様。その一つひとつは、職人の手仕事によって生み出されている。京都市東山区の「鍛金工房WESTSIDE33」は、金属を打ち出して成形する鍛金(たんきん)という技術によって作られた、使い勝手の良さと美しさを兼ね備えた調理道具を製造販売する店だ。創業者は、京都で70年以上鍛金職人を続けてきた寺地茂さんだ。


三十三間堂の西側、京都旅行の観光客からプロの料理人まで多くの人が訪れる店



本堂に並んだ1,000体の千手観音像や、晴れ着姿の新成人が一斉に矢を射る「通し矢」で有名な京都市東山区の三十三間堂。その西側を走る大和大路(やまとおおじ)通りを七条通りから南へ行った所に「鍛金工房 WESTSIDE33」はある。


三十三間堂(33)の西側(WESTSIDE)という立地にちなんだ名前のこの店を寺地さんが開いたのは1994年のこと。店のある場所は、もとは寺地家の工房だった。


寺地さんが鍛金職人の仕事に初めて携わったのは、終戦を迎えて間もなくの小学校6年生の時。父親が始めた鍛金の仕事を手伝ったのがきっかけだった。京都駅周辺の宿屋を回り、料理道具の修理を引き受けた日々から始まり、やがて寺地さんは料理道具の有名店「有次(ありつぐ)」から鍛金鍋の発注を受けるなど、京都の料理人たちから一目置かれる職人となる。WESTSIDE33は、そうしたキャリアを築いた後に開いた店だ。「下請けとして鍛金製品を卸しているだけでは未来がない。かなり覚悟が必要やったけど、自分の店を持って、自分たちが作った物を直接買ってもらおうと思って店を出した」と寺地さんは振り返る。


以来、WESTSIDE33は、プロの料理人ばかりか、店の評判を聞きつけて遠方からやって来た一般客なども訪れる場所となっている。


このようにさまざまな人たちを魅了するこの店の調理道具は、大きな鍋からカトラリー、箸置きに至るまですべてが職人の手仕事によるものだ。京都市郊外にある工房で、寺地さんの息子の伸行さんと弟子たちが1点1点を手作りしている


熱伝導率にすぐれた調理器具・鍛金鍋



鍛金とは、金属を叩いて加工する技法のこと。熱処理で柔らかくした金属板を、当て金(あてがね)という鉄製の道具の上に置き、金槌(かなづち)で叩きながら形成する。大きさや用途の異なる何十本もの金槌を使い分けながら、根気よく叩き続け、思い通りの形に仕上げていくのだ。


このように職人が金槌で叩いた槌跡(つちあと)が、調理道具に美しいうろこ模様を残していく。行平(ゆきひら)鍋などによく見られる模様だが、市販の行平鍋の場合、機械で模様を付けていることがほとんどだそうだ。


「機械だと、どの部分も均等に模様が出るけど、金槌を手で打っているときは打つ場所によって力加減を変えるから、大きさや形は均一じゃなくなる。でもそれが味になる。手で打った槌跡は、なんとなくきれいでしょ」と寺地さん。


金槌で打つのは、金属を叩くことで表面積が広がり、熱伝導が良くなるからだ。熱伝導率がいいと、食材にムラなく火が通り、おいしさを短時間で引き出せる。優れた職人技で作られた鍋ほど厚みが均一になり、こうした機能を実感しやすいのだ。


京都東山の観光地でプロの料理人や愛好家が買い求める銅製の調理道具



鍛金工房WESTSIDE33の商品の中でも、プロの料理人から高い支持を得ているのが銅製の道具だ。また、そうした情報を聞きつけて、料理好きな一般客が買い求めていくことも多いという。


銅は金属の中でも熱伝導率が高く、高温を保持することにも優れている。そのため、お湯がすぐに沸く、煮物に早く火が通り煮崩れしにくい、冷たい食材を入れても温度が下がらないといった強みがある。さらに、使い込むほどに飴色へと変わる赤みがかった美しい色合いに魅了され、決して安くはない買い物に踏み切ったという人も少なくないようだ。


銅は水や酸、塩分などが付くと緑青(ろくしょう)というサビが発生しやすくなるデリケートな素材だが、鍋の内側には溶かした錫を伸ばしてコーティングした錫(すず)引きという加工が施されているので、煮物などのように素材が鍋に入ったままでも変色しにくい。また、経年により表面の色がくすんできた場合は、酢に適量の塩を混ぜたものを布に付けて磨けば、元の色合いに戻ってくれるそうだ。もちろん、メンテナンスも有料ではあるが、対応してもらえるので、一生物の道具として使い込むことができる。


軽くて熱伝導率もルックスもいい、優秀なアルミ製品



銅製のものよりもさらに一般向けの道具として、数多く並んだアルミ製の道具も人気がある。


アルミ製の鍋の魅力は、何と言ってもその軽さだ。軽量な分取り回しがしやすく、おまけに銅製の道具に比べると手頃な価格となるのもうれしいところ。熱伝導率も銅に比べると劣るものの鉄に比べると約3倍高く、また耐食性もあるぶん手入れがしやすいこともメリットといえる。


こうした優れた機能性をより引き出すために、純度の高いピュアアルミ板を用い、金槌で均一に叩き締めて耐久性を出している。もちろん銅製品と同様、一生物として使用でき、修繕にも対応してもらえる。また、銅製品、アルミ製品のほか真鍮(しんちゅう)製のものもある。


サイズや種類は鍋だけでも300種類以上



鍛金工房WESTSIDE33の店内に並んだ調理道具は、鍋の種類だけでも300種類以上あるそう。その種類の豊富さから、この店のことを「鍋の聖地」と評するSNSの書き込みもあったほどだ。


中でも幅広いサイズ展開は、大きな特徴の1つかもしれない。


何の料理を作るのか、一度に何人分の量を作るのか、作る人の腕力や手の大きさはどれくらいなのか。こうしたことを考えていくと、“ちょうどいい”鍋の形や大きさは人それぞれ。この店の細かなサイズ展開には、できるだけ多くの人が自分にぴったりの鍋に出会えるようにといった配慮が感じられる。しかし、決して料理人たちの要望に細かく応え、さながらフルオーダーのような調理道具を作ってきたわけではないようだ。

むしろ寺地さん曰く「はじめのうちは料理人がうちの道具をうまい事使って料理をするとおいしくできたから、次第に使うようになったんやと思う」と話すほど。自身が良いと思ったものづくりを貫いてきた結果、試行錯誤しながら品数は増え、自然とさまざまなニーズを網羅できるまでに至ったというのが聖地誕生秘話だろう。


両手鍋に四角鍋、オーバル鍋。料理好きだからこそ生まれた多彩なデザイン



鍋のデザインもバリエーションが豊富だ。


吹きこぼれを防ぐための段が設けられた両手鍋は、煮物やスープにはもちろん、ご飯を炊くにも便利だし、鍋物などに役立つ四角鍋や波打った縁が花の形のようになったうどんすき鍋は、そのスタイリッシュさゆえ、おもてなしの場面でも器やボウルとしても活躍しそうだ。


どれもいろいろな場面で使いたくなる、実用性とおしゃれさを兼ね備えたデザインばかり。なぜこれほどまでに次々とアイデアが繰り出されるのだろうかと驚くが、その理由の根底には、寺地さん自身の料理に対する溢れんばかりの“愛”があるようだ。釣りもするし、猟もするという寺地さん。それこそ、自身で釣った魚をいかにおいしく食べるか、ということに関しては強いこだわりがあるようで、鍋を持って釣りに出かけていたほど。


人気商品のオーバル鍋も、釣り好きな寺地さんが「金目鯛をまるごと一匹料理できる鍋が欲しい」と作ったものだそう。


「人間って、食べるならなるべくおいしいものを食べたいと思う。そのためにはどうしたら良いか考えて作り出されたのが調理道具。魚に限らず、昔は牛肉も今ほど種類がなかったから、調理法ひとつで味がガラッと変わっていた。だからこそ、道具がその一助になるようにと作ってきたんだ。」と話す寺地さん。

料理への愛が深いからこそ、本当に良いものづくりができるのではないだろうか。


いいものは美しい



鍛金工房WESTSIDE33の調理道具には、どれも凛とした美しさが漂う。


優れた機能や取り扱いのしやすさが大事なのは当然として、職人の手から生み出される道具は、美しいものでないといけないと寺地さんは考えている。「いいものは、美しいもんやと思う」というのが信条だ。


それは70年以上に及ぶ職人人生の中で、正しく施した手仕事は美しいものを生むということを、身をもって知っているからこその言葉。鍛金職人の家に生まれ育った寺地さんは、金槌が金属を叩く槌音(つちおと)を聞けば、叩き方が上手か下手かも、金属の質の良し悪しもわかるという。


多くの人の日常にもたらすささやかな幸せ


鍛金工房WESTSIDE33を開業してからというもの、寺地さんたちの手がけた調理道具は、手作りの温かみ、機能性や美しさから評判を呼び、話題となっていく。その評判を聞きつけたテレビ局や出版社が工房を取り上げ、より一層、知名度は上昇。プロの料理人だけでなく、世界中の一般消費者にも広く知れ渡った。


現在では、SNSやブログなどインターネット上に、この店の道具を購入し、使った人たちの書き込みが多く見つかる。料理教室の先生が使っているのを見て銅鍋を買ったという人、京都観光の折この店を訪ね、長年の憧れだった調理道具を買った人、銅製のオーバル鍋の熱伝導の良さと美しい色合いに感激し、作った料理をアップしている人、この店で買った商品をメンテナンスしてもらって、新品のような姿に戻ったことに驚いている人……。

いずれの書き込みも寺地さんらが生み出したものへの憧れや愛情にあふれている。それに、海外からの注文や問い合わせも来るそうだ。


毎日手にする調理道具の使い勝手が良く、おまけに気分の上がるデザインだと、そこで幸せが得られるし、使い込むことも手入れをすることも喜びとなり、誇りとなる。こうした時間は、日々のささやかな支えとなってくれるだろう。


「私たち鍛金職人は、単にモノを作っているだけじゃない。美しいものを作らないと」。こう話す寺地さんらの手仕事は、今日も世界中の厨房や台所に幸せを届けている。


ACCESS

鍛金工房 WESTSIDE33
京都市東山区大和大路通七条下ル七軒町578
TEL 075-561-5294