熱量日本一の温泉地で生み出される、自然の恵みをゆっくりと凝縮したまろやかな塩/長崎県雲仙市

湧出量×湯温で求められる「温泉熱量」が日本一ともいわれる、高温の源泉が豊富に湧く温泉地が長崎にある。島原半島の西側、町の至る所で湯けむりが立ちのぼる「小浜温泉」だ。この土地が持つエネルギーを活用した環境に優しい製法で、一人塩作りを続ける「雲仙エコロ塩」木村建洋さんを訪ねた。

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小浜温泉がある島原半島について

長崎県南部、有明海に迫り出す自然豊かな島原半島は、活火山である「雲仙火山」を中心とした「長崎県島原半島ユネスコ世界ジオパーク」としても知られている。この半島の地下には大きなマグマ溜まりがあり、時に大きな災害をもたらしながらも、その土地に住む人々に地熱や温泉といった恩恵を与えてきた。半島には東西に横切るように温泉地「島原」「雲仙」「小浜」が並び、さらに南北にも多くの温泉が点在することから、総称して「雲仙温泉郷」とも呼ばれている。

小浜温泉の特徴

雲仙温泉郷の西側に位置する「小浜温泉」は、夕日が美しい橘湾を望む風光明媚な温泉街だ。約30カ所に及ぶ源泉が点在するため、町のあちこちで湯煙が立ちのぼる様子が見られる。源泉の温度は105度前後と非常に高温で、湧出量×湯温で求められる「温泉熱量」は日本一。発電プロジェクトが進められるほどの地熱エネルギーを持つエリアでもある。

小浜温泉と塩づくりの歴史

類まれなる温泉熱量を誇る小浜温泉は、かつて製塩業で栄えた歴史を持つ。海岸のすぐそばに高温泉が湧出するという地の利を活かし、1941年から本格的な製塩業が始まったのだ。製塩方法は、汲み上げた温泉水を源泉の熱で蒸発させる湯煎方式。第二次世界大戦の影響で輸入塩が激減し、早急に国内産塩を確保しなければならなかった時代背景もあり、最盛期には40余りの製塩工場が海岸一帯に建ち並んでいたという。戦後の物資不足の時代には国内製塩量の2%を占めるほどの生産量を誇っていたが、大量の温泉水を必要とする製塩方法が影響し、1955年には源泉が枯渇寸前に。さらに自然災害や海外からの安価な輸入塩の影響で徐々に採算が合わなくなり、1965年、小浜温泉の塩づくりは完全に途絶えてしまった

小浜温泉の塩づくりを復活させた木村建洋さん

すっかり途切れた小浜温泉の製塩業の歴史。しかし約50年の時を経て、環境に優しい製法を用い、たった一人で小浜の塩づくりを再スタートさせた人がいる。「雲仙エコロ塩」の木村建洋さんだ。  

元々長崎市内で寿司店を営み、自らも職人として腕を振るっていた木村さん。美味しい料理を食べてもらいたい、と味へのこだわりが強く、市販の塩の味では物足りず店では故郷・小浜の温泉水で作った塩を用いて料理を提供していた。「自分なりのやり方で塩を作っていました。これがいつも好評で、特に吸物はお客さんがみんな口を揃えておいしい!と感動してくれて。料理における塩の大切さを目の当たりにしたことが、いつか故郷で『本当においしい塩』を作りたいと考えるきっかけになりました」。  

塩づくりへの思いが日に日に増していった木村さん。意を決して寿司屋をたたみ、製塩業の世界へ飛び込んだのは60歳の時だった。「小浜の製塩工場の元職員から温泉熱を利用した塩づくりの仕組みを教わったり、全国の塩づくり職人を訪ねたり。試行錯誤を経て現在のやり方に辿りつきました」。市が管理していた源泉で製塩業を営む許可が出たことを機に、2011年、遂に木村さんの塩づくりが本格的にスタートした。

「雲仙エコロ塩株式会社」を訪ねる

小浜温泉街中心地からほど近く、海岸沿いの「雲仙エコロ塩」を訪ねると、木村さんが源泉の熱気に満ちた工場で一人黙々と作業をしていた。湯けむりが立ちのぼる工場脇の掘削機からは、水路を伝って湯がとめどなく流れ出ている。「源泉温度は105度ですが、この湯は空気に触れているから92,3度くらいかな」と木村さん。「橘湾の海底には大きなマグマ溜まりがあるんです。小浜温泉に高温の湯が湧くのは、このマグマ溜まりにとても近いからなんですよ」と、目の前に広がる穏やかな橘湾を指差しながら話す。

「雲仙エコロ塩」の塩づくり

工場には高温の温泉水で満たされたプールがあり、そこに畳一畳ほどの大きさの容器が複数浮かべられている。この容器に、温泉水と橘湾海底から汲み上げた海水を入れ、プールでゆっくりと湯煎しながら塩分を濃縮させる。塩分濃度は温泉水0.2%、海水3%ほど。ブレンドすることで、海水だけでは表現できないまろやかさが生まれるという。どちらも1時間で約1%ずつ濃度が上がっていき、塩の結晶が固まってきた頃を見計らって木製の専用ヘラでざっくりと刮ぎ取る。この時点の塩を舐めるとニガリ成分による刺激が舌に残るが、工場隣の小屋で天日干しにすることで味わいが丸くなり、サラリとした質感に。自然の恵みをゆっくり丁寧に濃縮させた小浜の塩は口コミで評判となり、現在ホテルのレストランやステーキハウス、寿司店、ブーランジェリーといった全国の有名店からの注文が相次いでいる。

急激な温度変化が無いため雪の様な滑らかな塩ができる。

火の入れ方によって結晶の大きさ、食感が変わる。

環境に優しい塩づくり

現在日本で出回っている塩の多くは大量の燃料を必要とする製塩方法で作られており、CO2排出量の多さから環境破壊が懸念されている。一方「雲仙エコロ塩」で行われているのは、温泉の熱を効率的に利用した環境に優しい塩づくり使用しているのは、これまで使われないまま海に捨てられてしまっていた温泉水だ。「小浜では1日で1万5,000トンもの温泉水が湧き出しています。しかし実はそのうち約35%が未使用のまま海に排出されているのです。これは本当にもったいないこと。塩づくりに活用しない手はないと思いました」と木村さん。現在「雲仙エコロ塩」では年間約1トンの塩を生産しているが、光熱費はたったの6,000円。高温の源泉で鹹水(かんすい)を少しずつ蒸発させていくため、ほとんど燃料を必要としないのだ。まさに環境に優しく、自然の恵みを無駄にしない製塩方法といえる。

商品の使い方や特徴

ボーリングして汲み上げた地下海水の運搬、検品、袋詰めまで、全て木村さんが手作業で行う「雲仙エコロ塩」の塩づくり。雪のように溶ける細やかな粉状のものから、程よい舌触りを残す粒、液体のものまで様々な塩があるが、中でも特に人気なのが 「小浜温泉 塩の宝石」と「調味液体の塩」だ。

「小浜温泉 塩の宝石」

温泉水に溶け込んだミネラルや旨味を感じる、まろやかな塩。温泉水と橘湾海底から汲み上げた海水がバランス良くブレンドされており、結晶はやや粗め。素材本来の味わいを穏やかに引き立てる

「調味液体の塩」

温泉水と海水をブレンドした、塩分濃度約20%の液体の塩。「刺身を浸して冷蔵庫で半日から2日ほど寝かすと、身が引き締まり旨味もアップします。焼き魚、焼き鳥、パン作りなどに活用できますし、おにぎりを握る際に使用するのもお薦めです」と木村さん。元寿司職人としての経験を活かした商品だ。

木村さんの塩づくりへの思い

とある調査で、木村さんが作る塩は人体に最適なミネラルがバランスよく含まれているという分析結果が発表された。「塩は人間にとって空気のようなもの。あって当たり前だからこそ、質が大切」と木村さんは話す。天候や気温で味わいが微妙に変化し、まるで生き物のように日々違った表情を見せる塩。その魅力と可能性に、木村さんは残りの人生を賭けるつもりだという。  

塩づくりを始めて10年、今後の展望を尋ねると「塩づくりにはロマンがあります。これからも黙々と、自分が作る塩が一番おいしいという信念を持って作り続けるだけです」と一言。「雲仙エコロ塩」の塩が食のプロたちに支持されるのは、海の恵み、山の恵みを凝縮させた味わいはもちろん、木村さんのひたむきな情熱が込められているからだろう。  

ACCESS

雲仙エコロ 製塩所
長崎県雲仙市小浜町マリーナ
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