栗きんとん発祥の地
岐阜県南東部に位置し愛知県、長野県に隣接する恵那市。豊かな自然と歴史の息吹を感じるまちだ。かつては交通の要所として栄えた。中山道49番目の宿場である大井宿(おおいじゅく)は、美濃十六宿中随一の規模。格式高い本陣の門や格子戸の見られる庄屋宅が立ち並び、明治13年の明治天皇巡行の折にもご宿泊所となった場所だ。宿場内には敵の進入を防ぐために設けられた「桝形」が6か所にも見られるが、これほどの数が見られるのはここ大井宿だけ。当時の繁栄ぶりがうかがえる。信州・木曽へ塩や織物を運ぶ南北街道、繭(まゆ)や薪を運ぶ中馬(ちゅうま)街道が交差する宿場町として、伊勢参りの往来客などでおおいに賑わった。
こうして行きかう旅人をもてなすために恵那地方の山で採れた栗を茹で、布巾で絞って菓子としてふるまったのが、栗きんとんのはじまりとされている。恵那地方の一部であるJR中津川駅前には「栗きんとん発祥の地」と記された石碑が立てられ、9月9日の“重陽の節句”には駅前で無料の栗きんとんがふるまわれ、感謝の気持ちを込めた神事が行われている。宿場町としての機能は縮小したものの風情ある街並みが残る現在は、栗が収穫できる秋口から1月頃までしか販売されないこともあり、栗きんとんを目当てに足を運ぶ観光客も多い。
栗きんとんの魅力は、なんといっても素材を生かした味だ。上品でありながらも、どこか懐かしさを感じる素朴な風味がクセになる。また栗自体がカリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、亜鉛、鉄などの人間の健康に欠かせないミネラルが豊富なことに加え、ビタミンも多く、食物繊維も摂取できるとあって、美味しいばかりでなく健康促進にも一役かってくれるのも嬉しい。製法は至ってシンプル。炊いた栗を丁寧に裏ごしし、砂糖を加えて茶巾で成形するのみ。だからこそ、素材と技術の違いが顕著に現れ、客はシビアに評価する。
伝統とアレンジの「恵那寿や」の栗きんとん
岐阜県恵那市を中心に、陶器のまちとして知られる多治見市などを含む東濃地区で6店舗を展開する和菓子店『恵那寿や(えなすや)』は60年以上続く老舗。江戸時代に創業した『中津川すや』からのれん分けする形で始まったとされる。東濃地方には、ほかにも多くの和菓子店が地元で採れた栗を使った各店独自の栗きんとんを展開しており、しのぎを削っている。『恵那寿や』の栗きんとんの特徴は、伝統的な製法を大事にしつつ、栗の粒を残して炊き上げることで、食感にアレンジを加えていること。栗の粒を噛みしめると、こっくりとした甘さとともに豊かな風味が口の中いっぱいにふんわりと広がる。
「恵那寿や」は、中津川市や恵那市周辺の名産である恵那栗に固執せず、全国からその年、その時に良い栗を厳選し、熟練の和菓子職人たちが、その状態を見極めて微調整を加えながら繊細な味わいを完成させていく。
また本店から車で10分ほどにある本社工場に併設された観音寺店は伝統的な数寄屋造りを採用しており、趣のある佇まいが自然豊かな美しい周辺風景に溶け込んでいる。新緑や紅葉が美しい庭の景色を楽しめる飲食スペースを携え、そのノウハウを生かした「栗パフェ」を展開するなどして、匠の技と現代のニーズのマッチングを図っている。栗を熟知する職人ならではの商品を数多く展開しており、客を飽きさせない。
栗ひとつとっても、さまざまな楽しみ方を提案できる技術とアイデアから、和菓子を堪能するだけでなく、見立てのあり方を自然と学べる場所なのだ。周辺には「天空の城」と名高い国指定史跡の苗木城跡などの観光名所もありドライブをしながら周辺を訪ね、休憩を兼ねて立ち寄ってみるのもよさそうだ。