日本のほぼ中央、岐阜県中心部に位置する美濃市。安土桃山時代の頃から商業の中心として栄えていた小倉山城の城下町に、江戸時代から明治時代にかけて造られた“うだつの上がる町並み”が今も残り、その景色を一目見ようと毎年多くの観光客が訪れている。この辺りは1300年以上の歴史を誇る伝統工芸で「日本の手すき和紙技術」としてユネスコ無形文化遺産に登録された「美濃和紙」の取引で商人たちが財をなしたエリア。立派な“うだつ”をかかげた屋敷跡が並び、当時にタイムスリップしたような雰囲気を楽しむことができる。
町自体が丘の上という立地で水の便が悪く、火災に弱い一面があったため、防火対策として屋根の両はしを一段高くして隣家から火が燃え移るのを防ぐために設置された“うだつ”。ただし、“うだつ”の設置には相当な費用を要したため、家に立派な“うだつ”があることは富の象徴とされ、現在も使われている慣用句「うだつが上がらない」の語源となっている。
和紙がつくった町ならではのおもてなし、美濃商家町
そんな“うだつの上がる町並み”に佇む『NIPPONIA 美濃商家町』は「和紙がつくった町に逢う」をコンセプトに、築100年以上の古民家をリノベーションして、2019年に開業した町屋ホテルだ。ベースとなったのは、明治後期から大正初期にかけて建てられた美濃和紙の原料問屋・松久氏の邸宅と蔵。豪商であり、茶をこよなく愛した文化人でもあった松久氏が、建築当時5年の歳月をかけて完成させたこだわりの数寄屋風の木造建築の屋敷だ。
「YAMAJOU(やまじょう)棟」と名付けられた、「主屋」と「蔵」の2タイプからなる客室は「残月」「満月」「綾錦」「陽明殿」「大極殿」「金剛」の全6室。印象的な客室の名前は障子紙の銘柄にちなんでつけられている。客室にも壁紙や障子など随所に美濃和紙が取り入れられ、和紙の町ならではの工夫がほどこされている。また訪れた人々が部屋ごとに違う庭を見られるように中庭を囲んで各部屋を配置するなど、松久氏ならではの見立てを楽しむことができる。モダンで心地良い空間でありながら和の風情も味わえる設えになっている。さらに、2020年には「YAMAJOU棟」から歩いて5分ほどの距離にある、和紙問屋として大地主となった須田氏の邸宅をリノベーションした、「YAMASITI(やましち)棟」をオープン。ペットと宿泊できるドッグラン付きの部屋も用意され4室が加わり全10室の施設となった。YAMAJOU棟にはカフェが併設されていて宿泊客はチェックイン時に受け取るチケットを利用する事が出来る。町中に客室が点在する「分散型ホテル」として周辺地区全体の発展を目指し、周辺エリアのお勧め情報をたくさん用意し宿泊客にエリア全体を楽しんでもらえるよう工夫をこらしている。
美濃の風土・文化を肌で感じる
『NIPPONIA 美濃商家町』が提案する旅のかたちは「訪れた人が、その土地を知ること」。ホテルの敷地内にある和紙専門ショップ「Washi-nary(ワシナリー)」では、“和紙ソムリエ”がワインの歴史やその魅力を語るように、和紙の奥深い世界に誘う。事前に問い合わせの上、希望すれば「活版印刷」が体験できるアクティビティプランなどの用意もある。また2021年には「Washi-nary(ワシナリー)」に隣接して現代美術を紹介するギャラリー「GALLERY COLLAGE」をオープン。美濃にまつわる様々なアート作品を楽しめる空間も加わった。
『NIPPONIA 美濃商家町』では夕食の提供はない。そのため、“うだつの上がる町並み”に灯りが灯る頃には、まちなかの趣や空気を感じながら食を楽しんでほしいと、現地在住のスタッフが客の好みに応じておすすめの飲食店をガイド。懐かしさあふれる町並みをぞんぶんに楽しんだ後は静寂に包まれた空間でゆったりと眠りにつく。目が覚めれば部屋まで運ばれてくる朝食を堪能する。地元食材をふんだんに使い、和え物や煮物を中心に土鍋で炊き上げたごはんなどを取り合わせた、丁寧で美しい和朝食だ。歴史を感じられる建物に宿泊し、まちを歩いて回り、その土地の風土や文化を直に感じること。この町でのリアルな体験が、知識を深め、心を育み、より色彩豊かな景色を見せてくれることだろう。