蒔絵と七宝をあしらったオリンピックメダル。
1998年に開催された長野オリンピックでは、一風変わった金・銀・銅メダルが採用されたのをご存知だろうか?じつはこのメダル、「日本らしさ」をアピールするために、素材に木曽漆を用い、メダルの中心部には蒔絵が使われ、七宝焼きの大会エンブレムがあしらわれているのだ。
この漆メダルを考案したのが、塩尻市木曽平沢で漆器店を営む漆職人、伊藤猛さん。伊藤さんは蒔絵の人間国宝である大場松魚(しょうぎょ)氏のもとで漆の技術を学び、その後、家業の「まる又漆器店」を継いで、漆職人としてスタートした。その過程で漆の新たな可能性をもとめて、セイコーエプソン社(当時の諏訪精工舎)とともに金属に漆を定着させる技術を開発した。
そして長野オリンピックが開催前にその技術を生かしたメダルを考案し、オリンピック至上最も美しいと評された「漆メダル」が作られたのである。
金属に漆を定着させる。
漆メダルの技術はその後も発展し続けている。2004年には文字盤に蒔絵をほどこした時計を作り、スイス・バーゼルの世界最大の時計見本市で高く評価された。去年にも再び、地元メーカー2社の協力をえて5種類の蒔絵技法を駆使した機械式時計を開発制作している。
工房では、時計盤の工程のサンプルを拝見させていただく。まっさらな真鍮の原版から、仕上がりまでは30工程を超えるという。金属に漆を焼きつけ、砥ぎ、また別の漆を塗り乾燥させる。その工程の中には、蒔絵もあり、時計製作ならではの新たな特殊技術も施されているのだ。何分にも制度を要求される時計の仕事は、手仕事ならではの経験と勘を頼りにするしかないのだという。
「漆を乾燥させる時間というのは、木に塗るときと、金属に塗る場合では違うのですか?」と質問する中田。
「金属に漆を密着させるためには、漆を塗り120度の電気炉で二時間半ほど焼き付け乾かします。その上に重ねていく漆の乾燥時間は、木に塗るときと同じです。」と話してくださった。
伊藤さんは、さらに幅広い漆による表現を求め、漆塗りという伝統技術と精密機械の最新技術が融合する製品を世に送り出しているのだ。