高知の素材と人が醸す、唯一無二のクラフトビール「高知カンパーニュブルワリー」/高知県香美市

古くから林業や農業が息づく高知県香美市。この地には、白髪山(しらがやま)を源に土佐湾へ注ぐ一級河川・物部川が流れる。上流の山々から運ばれる清らかな水、扇状地ならではの水はけのよさ、昼夜の寒暖差が大きい内陸気候。そんな恵まれた環境に魅せられた移住者がブルワリーを立ち上げ、地域とともに唯一無二のクラフトビールをつくっている。

目次

大阪から高知へ。「暮らし」に惹かれた移住の始まり

瀬戸口信弥さんが初めて高知を訪れたのは、義兄が高知大学に通っていた縁からだった。

手つかずの自然、身体が喜ぶ食、人情深い人々。そのすべてに心を掴まれ、「まずはこの土地に住みたい」と思ったという。

当時の瀬戸口さんは工業高校から大学院まで理工系学部で学んだエンジニア。電子機器を扱う仕事に携わりながらも、心のどこかで「人生を捧げられる仕事」を探し続けていた。20代後半、迷いと模索の中で出会ったのがクラフトビールだった。

全国のブルワリーを巡り、職人たちの姿勢に触れ、ビールが土地の文化として成立していることを知る。さらにアメリカ・ポートランドで研修を受け、帰国後は島根県の株式会社石見麦酒で1年間修行。「一生つくり続けたいもの」が確かな形を持ち始めた瞬間だった。

クラフトビールは、素材と向き合い、土地と向き合い、人と向き合う仕事だ。瀬戸口さんはその奥深さに魅了され、やがて「自分のビールを、自分の選んだ土地でつくりたい」と強く願うようになった。

地域に支えられた、小さなブルワリーの誕生 

高知へ移住して8年後、瀬戸口さんは香美市でブルワリーを開業する。

最初の工房は、地域の人が「ここなら安く貸せるよ」と差し出してくれた古い居抜き物件だった。床を磨き、壁を塗り、設備を自作し、仕込みもすべてひとりでこなす。まさにゼロからのスタートだったが、瀬戸口さんは「この土地でつくる」という決意だけを胸に、黙々と作業を続けた。

やがて新聞やテレビで紹介されると注文が急増。1日2回仕込んでも追いつかず、疲労はピークに達した。

そんな時、「困っちゅうがやろ?」と地域の人が半年もの間、ボランティアでラベル貼りを手伝ってくれた。

移住者である彼を地域が丸ごと受け止めた瞬間だった。瀬戸口さんは「自分はひとりでビールをつくっているのではない。地域と一緒につくっているのだ」と強く感じたという。

高知でしかつくれないビールを。素材を主役に据える哲学

瀬戸口さんのビールづくりの中心には常に「素材」がある。最初に手がけたのは高知産のユズ、棚田米と山椒、土佐文旦だった。

「素材を隠し味ではなく主役にする」という。渋みが出る素材ならビール側の設計で包み込み、香りを立たせたい素材なら発酵温度やホップで輪郭を整える。素材の個性を尊重しながら、ビールとしての調和を生み出す。モルトは現状ドイツ産だが、糖化効率や味の相性を何度も試し、ブレンドを重ねて最適解を探す。

「高知でつくる意味」を素材から逆算して組み立てる姿勢が、ビールに揺るぎない芯を与えている。

瀬戸口さんは「素材の背景まで含めてビールの味になる」と語る。

生産者の想い、土地の風土、季節の移ろい。それらすべてがビールの一部だ。だからこそ、素材を主役に据えることは、高知という土地そのものをビールに封じ込める行為でもある。

コロナ禍で原点回帰「地域限定ビール」の誕生

順調に成長していたブルワリーを襲ったコロナ禍。売上は半減し、社員を休ませざるを得ない状況に追い込まれた。しかし、この「強制停止」が瀬戸口さんを原点へと立ち返らせた。

「地域のためにビールをつくる」という強い想いが、再び胸に灯った。

こうして「四万十ぶしゅかんエール」「日高村フルーツトマトエール」など地域限定ビールが誕生。新聞掲載をきっかけに県内の道の駅から依頼が相次ぎ、地域コラボビールが次々と生まれていった。

地域の素材を使い、地域の人とつくり、地域で飲まれるビール。

それは単なる商品ではなく、土地の物語を伝えるメディアのような存在だった。

和と洋の発酵文化が交差する「和醸ケルシュ」

瀬戸口さんの工房には、ビール醸造所では珍しい「甑(こしき)」がある。

ここでお米や芋、栗、在来種トウモロコシを「直火」で蒸し、甘酒糖化タンクで48時間かけてグルコースに変える。

さらに、日本酒酵母とビール酵母を掛け合わせた独自の発酵技法「和醸」を考案。

これによって生まれたフルーティーな香りと、すっきりとしたキレのある後味が、ドイツ西部・ケルン地方で伝統的に造られるビールスタイル「ケルシュ」に通じるものがあったため、和醸ケルシュと名付けた。

日本酒酵母の繊細さとビール酵母の力強さが再構成する香りは、料理では決して生まれない発酵の魔法だ。

ホップの代わりに「カヤの実」を使うなど、地域素材を大胆に取り入れた挑戦も続いている。

和と洋の発酵文化が交差するこのビールは、瀬戸口さんの哲学そのものだ。

「土地の素材を使い、土地の水で、土地の人とつくる」。その姿勢が新しい発酵文化を生み出している。

龍河洞の硬水がつくる「抜けの良さ」

ブルワリーがある山の上には、日本三大鍾乳洞のひとつ・龍河洞(りゅうがどう)もあるほど、この地域は石灰質な地層をもつ。ブルワリーの井戸水は、この山の水脈を源とするため、1億年以上の時をかけて地底を流れ、ミネラルやマグネシウムを豊富に含んだ中硬水だ。日本の多くのブルワリーが軟水で仕込む中、ここではヨーロッパのエール文化に近い水質で醸造できる。

瀬戸口さんは「水が味の方向性を決める」と語る。

ほどよい硬水は甘み・旨みだけでなく、苦味と渋味の背骨をつくる。香りから後味まで一本の線でスッと抜けていく「抜けの良さ」は、この水が支えている。

龍河洞とも由来を同じくする硬めの水が、高知カンパーニュブルワリーのビールに独特のキレと深みを与え、他にはない個性を生み出している。

「分かち合いのビール」。物部川流域ブランド発信!

瀬戸口さんの夢は、物部川流域全体をひとつのブランドとして育てることだ。飲食・宿泊・体験を通じて、訪れた人がこの土地の魅力をまるごと味わえる場所をつくりたいと考えている。

その空間に欠かせないのが、同じテーブルを囲み、笑いながら乾杯を分かち合える飲み物である。ビールが好きな人にも苦手な人にも届けられるよう、低アルコールやノンアルコールビールの開発を今後のテーマとしている。

動画制作チームを迎え、素材の背景や生産者の想いを発信していく準備も進む。

感動を共創し、伝える。その理念を胸に、瀬戸口さんは今日も、この土地でしか生まれ得ないビールを醸し続けている。

ACCESS

高知カンパーニュブルワリー
高知県香美市香北町橋川野584-1
TEL 0887-59-2633
URL https://tosaco-brewing.com/
  • URLをコピーしました!
目次