唯一無二の品質を誇り、国内外の料理人から厚い支持を集める紀州備長炭。江戸時代から続くその製炭技術は、和歌山県の無形文化遺産に指定されている。紀州備長炭の生産量日本一の日高川町(ひだかがわちょう)で、製炭士として炭づくりを行っているのが、「B-STYLE」の湯上彰浩さんだ。
紀州備長炭とは?江戸時代から続く伝統の炭

紀州備長炭は、ウバメガシやカシを原料に作られる「白炭(しろずみ)」の一種。一般的な「黒炭(くろずみ)」とは異なり、高温で焼き上げて急冷することで、硬く締まった炭に仕上がるのが特徴だ。その歴史は古く、紀州では平安時代にはすでに製炭が行われていたとされている。江戸時代には、品質の高さが評判を呼び全国へと広がった。
そんな歴史を背景に今も伝統的な炭づくりを受け継ぎ、紀州備長炭の一大産地となっているのが、和歌山県の中央に位置する日高川町。町名の由来となった日高川が流れ、面積のほとんどを山林が占める自然豊かな地域で、原料となるウバメガシをはじめとする広葉樹が多く自生している。
「現在、町内には30軒ほどの炭焼きがいます」と話すのは、同町で製炭士として紀州備長炭づくりに励む湯上彰浩さん。江戸時代から続く製炭士の家に生まれた4代目だ。高校卒業後は別の仕事を経て、30歳まで看護師として働いた後、家業である炭焼きの世界へ飛び込んだ。「決まりきった働き方は、 自分には合わなかった」と振り返る湯上さん。今は「自分たちでスケジュールを決めながら仕事ができるのが自分には合っている」と笑う。現在、先に炭焼きに従事していた弟の彰太さんや仲間とともに若手製炭士チーム「B-STYLE」を結成し、役割を分担しながら紀州備長炭づくりに取り組んでいる。「ありがたい話ですが、親父が良い炭焼きだったんで、その技術をそのまま引き継ぐことができました。ものづくりは大変ですが、その分楽しさもあります」と話す。
過酷な山仕事から始まる紀州備長炭づくり

紀州備長炭の原料の90%以上を占めるのが、ウバメガシだ。木質が緻密で硬く、炭にすると重く締まった質の高い備長炭になる。紀州備長炭づくりは、そのウバメガシを山で伐採するところから始まる。ウバメガシは傾斜のきつい中腹から山頂付近に群生することが多く、足場の悪い斜面での作業は想像以上に過酷だ。さらに、若い木を残しながら必要な木だけを選別し、原木林を守る伝統的な伐採方法が受け継がれているため、重機で一気に刈り取ることはできない。
湯上さんは、「伐採した木を運び出すだけでも大仕事。重機を入れてガサガサっとやれば早いんですけど、そういうわけにはいきません」と語る。急斜面では滑落の危険も常につきまとう。「擦り傷や切り傷は日常茶飯事。僕もチェーンソーで足を切って、ドクターヘリで運ばれたことがありますよ」。それでも山へ入り続けるのは、この山で育ったウバメガシこそが、高品質な紀州備長炭を生み出す原木だからだ。
まっすぐに整えた原木を、高温の窯の中へ

切り出した原木は長さをそろえ、曲がった原木には切れ目を入れてくさびを打ち込み、紀州備長炭特有のまっすぐで美しい形状に整える。その後、前回の窯出しで残った熱が冷めきらないうちに、新しい原木を窯へ。人が入れる程度まで温度が下がったところで窯に入り、原木を一本一本手作業で立てながら、隙間なくぎっしりと詰めていく。原木を立てて入れるのは、紀州備長炭づくりの特徴のひとつだ。
一度に窯へ入れる原木は約5トン。人が入れる温度とはいえ、温度計は約100℃を示すほどの高温だ。窯の中での作業は数人がかりで2〜3時間に及び、「夏場は地獄ですね」と湯上さんは笑う。
見えない窯の中を“煙で読む”職人の技

窯詰めを終えると窯口を石と粘土でふさぎ、下部の雑木に火をつけて窯の温度を上げ、約1週間かけて原木の水分を抜いていく。窯の中を直接見ることはできないため、炭化の進み具合を見極める手掛かりとなるのが、煙の量や色、臭いだ。「初めは水分を含んだ白い煙が出ますが、炭化が始まるころには青みがかって、酸っぱい臭いが混じってくるんです」と湯上さん。炭化が始まると焚き口を閉じ、わずかに空気穴を残して蒸し焼きにする。
炭の純度を高める重要な工程「ねらし」

備長炭づくりでは、薪の火を直接原木へ移してはいけない。十分に乾燥した原木は、窯の温度が上がることで上層部から自然発火し、その火がじわじわと広がりながら炭化が進む。火力が強すぎれば、一晩で燃え尽きてしまうこともあるため、自然発火した炭材が炎を立てないよう、約1週間かけてゆっくりと炭化を進めていくことが重要だ。
空気を調整し、火力の“良い塩梅”を見極めるのが、製炭士の腕の見せどころ。判断が遅れれば、酸素が入りすぎて火力が強くなり、炭が焼けてしまう。煙のわずかな変化を読み取り、最適な瞬間を逃さないことが求められる。「自然発火が始まるタイミングでの火力調整が命。そのタイミングって、もう数分の勝負なんですよ」と湯上さんは話す。
炭化の最終段階では、煙の色が青色から無色になる。このときに行うのが、炭に含まれる不純物を燃やし切るための作業「ねらし」だ。焚き口を少しずつ広げて空気を送り込み、やがて窯の中の温度は1000℃を超える高温に。この過程によって、炭素の純度の高い炭へと仕上がっていく。
十分に焼き上がったところで、「窯出し」へ。明るいオレンジ色に熾(いこ)った炭を窯から掻き出し、土と灰を混ぜた「素灰(すばい)」をかけて燃焼を止める。このとき表面に白い灰が付着することが、「白炭」と呼ばれる由来だ。 この急冷によって、ギュッと硬く締まった紀州備長炭が完成する。
料理人を魅了する紀州備長炭の力

幾重もの工程と職人の技によって生み出される紀州備長炭。その大きな特徴は、高い炭素率にある。一般的な黒炭の炭素率が70〜80%程度なのに対し、紀州備長炭は90%以上。一度火が入ると長時間安定した火力が保たれ、焼き物の脂やタレが炭に落ちて一度火が弱くなっても、またしっかり火が戻ってくる。炎や煙が立ちにくく、余分な香りもつきにくい。
湯上さんらが手掛ける紀州備長炭の出荷先は、ミシュラン掲載店をはじめとした県内外の名だたる料理店。素材本来の味を損なわず、繊細な火入れが求められる焼き鳥やうなぎ、日本料理などの現場で高く評価されている。
炭づくりを実際に見ようと、遠方から工房を訪れる料理人も少なくない。良い炭を作ることに全力を注ぎ、その先でどう使うかは、使い手に委ねている湯上さん。それでも、炭づくりについて熱心に学ぼうとする料理人の姿を見ると、「関心を持って大事に使ってくれているんだな」と感じ、作り手としてのやりがいにつながっているという。
“これぞ紀州備長炭!”という炭を目指して

紀州備長炭のクオリティを左右するのは、炭焼きがどれだけ上手くできるかどうか。「ここまでの製法を築き上げた昔の人たちは本当にすごいと思います。ただ、同じ製法で焼いても、やっぱり職人によって炭の出来は変わってくるんです」。そう話す湯上さんにとって、大きな目標となっているのが父の存在だ。
「うちの先代は、本当に炭づくりが上手でした。親父のような炭を焼ければ、どこに出しても恥ずかしくない。“これぞ紀州備長炭!”という炭なんです」。目指すのは、父が焼いたような高品質の炭を、安定して作り続けること。
季節や木の状態、ほんのわずかな火加減の違いによって仕上がりが変わる炭づくり。湯上さんは、「ものづくりとして、良いものを作る」ということを意識しながら、季節ごとの違いや窯の癖、一つひとつの変化と向き合い、ときにはベテランの炭焼きたちの話に耳を傾け、経験を積み重ねている。
「紀州備長炭は、ハイクオリティであることがブランドとしての大前提。先人の技を受け継ぎながら、そのクオリティを維持していきたいですね」と湯上さん。
原木を山から運び出し、煙の色や臭いを読み、わずかな火加減を見極める。そうした地道な仕事の積み重ねによって生まれる紀州備長炭が、これからも料理人の技と日本の食を支えていく。



