煤を採り、墨を生み出す。たった一人の職人「墨工房 紀州松煙」堀池雅夫さん/和歌山県田辺市

紀伊山地の山奥で、約1000年前から続く「松煙煤」と約2000年の歴史を持つ「松煙墨」を作り続ける唯一の職人、「墨工房 紀州松煙」の堀池雅夫さん。100時間炎を操る伝統製法を守りながら、煤(すす)と膠(にかわ)だけで作る一丁一丁の墨に思いを込めている。

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紀伊山地の山奥で伝統を紡ぐ「松煙煤」と「松煙墨」

平安時代、熊野詣(くまのもうで)で多くの参詣者が歩いた熊野古道・中辺路(なかへち)。「墨工房 紀州松煙」の工房は、その玄関口にあたる田辺市鮎川の人里離れた山村にある。静岡県出身の堀池雅夫さんは紀南に移り住み、妻の実家の家業であった「松煙づくり」を継承。かつては田辺市の市街地に工房を構えていたが、「煙」を扱う仕事ゆえ約35年前に現在の場所に移転し、約40年にわたり伝統の技を守り続けている。

江戸時代から続く製法を受け継ぐ唯一の職人

「松煙」とは、脂分を含んだ粘り気のある樹液「松脂(まつやに)」の多い松の木を不完全燃焼させたときに、壁面などに付着する煤を集めた炭素黒色顔料のことを指す。堀池さんは、約400年前、江戸時代に紀州に伝えられた、100時間近く炎を管理する「障子焚(しょうじだき)方式」という伝統製法で、きめ細かな煤を採取している。今、この技法で「松煙」を作り続ける職人は、堀池さんたった一人だという。さらに、自ら採煙した「松煙煤(しょうえんばい)」を使って、水墨画や書道に用いられる固形墨「松煙墨(しょうえんぼく)」にまで仕上げる墨職人でもある。

「木の国」の風土に育まれ、紀州徳川家の保護下で発展

和歌山県は県土の約77%を森林が占めることから「木の国」と呼ばれ、古くから人々は山の恵みを生かして暮らしてきた。「海と山に囲まれ、平地の少ない紀州で、備長炭を焼くか、松煙を採るか。山仕事や狩猟に携わるか…。そうして昔は、みんな食ってきたんですよ」と堀池さんは言う。

紀州で松煙は江戸時代に、紀州徳川家の保護下で発展。明治から大正にかけては、田辺の墨匠(ぼくしょう)・鈴木梅仙(ばいせん)が全国にその名を広め、「梅仙墨(ばいせんぼく)」は今もなお古墨の名品として書家や愛好家から高い評価を受けている。しかし、昭和に入り戦後の高度経済成長とともに工業化が進み、人々は山を離れてまちで働くようになった。林業や松煙づくりの担い手は次第に減り、紀州で栄えた伝統産業は衰退の一途をたどっていく。 

原料は松脂をたっぷり含んだアカマツ

堀池さんの松煙づくりには、松の中でもアカマツが使われる。「クロマツでもできますが、クロマツは海辺に多く自生する木。冷涼な高原や山地で育つシラカバも樹脂が多くてよく燃えますが、温暖な和歌山ではほとんど見られません。この辺りの山の中だと、必然的にアカマツになるんです」と説明。ただ、昨今はその「松集め」に苦労しているという。アカマツは幹を傷つけたり、皮を剥いだりすると松脂がにじみ出る。半年ほどすると再び樹脂がたまるため、もう一度皮を剥ぐという作業を繰り返し、一昔前は、山で500~600本の松の木を管理していると、10年分ほどの原料が確保できたそうだ

500kgのアカマツから採れる松煙煤はわずか10kg

しかし、山林を取り巻く環境は大きく変わり、今は山仕事に携わる人たちにお願いして、山で朽ちた倒木のアカマツを集めてもらっているが、森林伐採も人力から機械化が進む中で、それすらも困難になってきているのが実情。「500kgのアカマツから作ることができる松煙煤はわずか10kg程度なんです」。だからこそ、一片たりとも無駄にはできない。見せてもらったアカマツの切り口には、飴色の松脂がたっぷりと含まれていた。

100時間絶やすことのない火

採煙を行う「煤採取工房」は薄暗く、もちろん煤で真っ黒。2畳ほどの小部屋が10室ほど並び、それぞれが目の細かな金網で仕切られている。昔は障子で仕切られていたが、火災の危険性を考慮し、現在の形へと改められた。

松片は不完全燃焼

各小部屋には、火種を入れるための小窓があり、松片を焚(く)べて順番に不完全燃焼させていく。小部屋を一巡すると、最初に燃やした松片がちょうど燃え尽きる頃合いとなり、再び松片をくべる。この作業を繰り返しながら、炎を絶やさず管理し続ける工程は、実に100時間にも及ぶ。

辛抱強く小さい火で細かい粒子に

「100時間通しではできませんので、何時間か作業をした後火を消して、また続きからというやり方ですが。辛抱強く小さい火で長い時間かけて燃やせば細かい粒子の、大窯で一気に燃焼させれば大きい粒子の煤になります。昔は問屋さんが粒子の細かさによる色味の違いで等級をつけていたらしいです」と堀池さんは話す。

100時間かけて松片を燃やし、手作業で採煙された「松煙煤」はゴミを取り除き、圧縮機にかけて空気を抜く。そして、「墨製造工房」で、墨へと形を変えていく。

 原料も製法も2000年前と変わらない墨

墨の原料となる黒色顔料には、松脂を燃やして採る「松煙」、菜種油やごま油などの植物油を燃やして採る「油煙(ゆえん)」、石油などを原料に工業的に製造される「カーボンブラック」がある。それらに動物の皮や骨、腱などから作る天然の接着剤「膠」 を加えて練り、固形の墨に仕上げていく。

煤の粒子が墨の性質を決める

「私が作る『松煙墨』は、『松煙煤』に膠を混ぜて練り、固めて乾燥させるだけ」。その原料や製法は、およそ2000年前、漢の時代の中国で作られた墨と同じ。「単純だからこそ、2000年もの間生き残っているんですよ」と堀池さんは言葉を重ねる。煤が6に対し、膠が4の配合で、強力粉に水を加えてパン生地にするような感覚で、素手で丁寧に粘土状に練っていく。気温や湿度によって配合は微調整するものの、6:4の比率は職人の感覚と経験から導き出した黄金比だ。しかし、堀池さんは配合よりも、「煤の粒子と膠の良し悪しが、墨の性質を決める」と強調する

手をかけて仕上げる乾燥工程

乾燥も気の抜けない工程だという。成形した墨は、新聞紙に包んで木箱の灰の中に埋め、季節にもよるが約1ヵ月、大きいものなら2〜3ヵ月かけてじっくりと水分を抜いていく。その間、新聞紙を取り換え、向きを変えながら、まっすぐな墨に仕上がるよう幾度となく手を入れる。灰乾燥を終えた墨は、次は毛布に包んで自然乾燥。天井から吊るしたり、ざるに入れたりとその乾燥方法は工房によってさまざまだが、毛布で一定の温度を保ちながら、内側からゆっくりと水分を抜いていく方法は、堀池さんが長年の経験から編み出した知恵だ。乾燥の工程もしかり、100時間火を焚べ続ける採煙もしかり、墨づくりは冬の方が向いているという。

最大の特徴は「にじみ」の面白さ

工房には、「墨の芸術展」の審査員やNHK学園水墨画講師を務める、墨画GROUP82主宰・松下黄沙氏が「彩煙-墨五彩」を使用して描いたナマハゲも飾られている。同氏は堀池さんが尊敬する墨絵画家のひとりだが、じつは堀池さん自身も自ら作った松煙墨を使ってやさしく、かわいらしい文字や絵を描き、墨絵の体験教室を開くなど、墨絵画家の側面も持っている。

そんな堀池さんが語る「松煙墨」の最大の特徴は、「にじみ」の面白さ。「墨で紙に文字を書いたり、絵を描いたりすると、墨の線や点がその輪郭からじわじわと外側へ広がっていく。それが妙味」と、長年、墨と向き合ってきた表現者らしい言葉である。

不ぞろいな粒子が生み出す豊かな表現

その「にじみ」に、堀池さんが繰り返し述べる「煤の粒子が墨の性質を決める」という信念が結び付く。墨を水で磨った「墨液」は、煤が水に溶けているのではなく、煤の粒子を包んだ膠が水の中で分散している状態で、それらが和紙の繊維に引っかかり、大きな粒子は手前でとどまり、小さな粒子ほど奥へ奥へと進んでいく。もちろん、「油煙墨」やカーボンブラックを使った墨にも「にじみ」はある。しかし、これらは粒子の大きさが均一で、画一的な「にじみ」になるのが「松煙墨」との違い。堀池さんの言う「火の勢いや燃え方によって大きさがばらつく不ぞろいな粒子」が、味わい深い「にじみ」となって、書や絵に豊かな濃淡や奥行きを生み出すのである。

伝統を礎に生まれた40色の「彩煙墨」

堀池さんは、松煙墨の伝統を守る傍ら、20年ほど前から、藤色や牡丹色、利休茶色などの日本の伝統色に加え、金色や銀色、白色といった色墨も手がけている。「弁柄(べんがら)」や「黄土(おうど)」などの顔料に膠を合わせ、約40色を商品化。「彩煙墨(さいえんぼく)」と名付けた色墨は、混色によって表現の幅が広がるだけでなく、「重ね描き」にも適している。絵の具は一度塗った色の上に重ねると、下の色がにじみやすい。一方、墨は乾くと水をかけてもにじみにくく、重ねた色が美しく発色するため、黒墨の上に色墨を重ねることも可能だ。

「『彩煙墨』を作れるのは、私の墨づくりは乳鉢で顔料と膠を混ぜ合わせ、少量ずつ手練りで仕上げているから。機械だと黒い墨の色が残り、白や淡い色を美しく仕上げることは難しいでしょう」と堀池さんは誇らしげに話す。

顔料によって膠の配合も変えるなど、一色一色に職人の経験と勘も息づいている。

墨の文化、欧米へ

紀州の山奥で、「松煙煤」と「松煙墨」を作り続ける堀池さんに弟子はいない。原料となるアカマツの確保も年々難しくなり、日本の伝統的な製法を用い、職人の手作業で一つひとつ作られる純国産の「和膠(わこう)」を製造する工房も15年ほど前に廃業。さらに、墨を成形するための木型を作る職人も高齢化している。それでも百貨店の催事などに足を運び、一丁一丁の墨に込めた思いを伝え続けている。

「外国人の方がすごく興味を示してくれるんですよ。もう20年若ければ、絶対に世界へ行っていましたね」

そう笑う堀池さんが見据えるのは、世界へ広がる可能性。日本では、書道教室でも墨汁を使うことが増え、自ら墨を磨る文化は少しずつ遠ざかりつつある。一方、海外では日本文化への関心の高まりを背景に、墨に魅力を感じ、実際、西洋書道とも呼ばれる「カリグラフィー」に彩煙墨を使う人もいるという。

「日本には『にじみ』を美しさとして受け入れる文化があります。対して、欧米では線を正確に描く表現が主流です。だからこそ、墨が広がれば、また違った使い方をするかもしれないし、新しい文化が生まれるかもしれません」

1000年以上受け継がれてきた「松煙煤」と、約2000年の歴史を持つ「松煙墨」。その技と表現を胸に、和歌山の小さな工房から世界へ向けて静かに闘志を燃やしている。

ACCESS

墨工房 紀州松煙
和歌山県田辺市鮎川1912
TEL 0739-49-0801
URL https://www.kishu-shoen.com/
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