自然の中で、命をいただくということ。「Antler Crafts」主宰・小野寺 望さん/宮城県石巻市

狩猟を通して“命をいただく”という営みと向き合い続けている小野寺さん。気仙沼市で育ち、東京で料理人として働いたのち、再び宮城の地へ。狩猟から解体、販売までを手がけながら、自然と人との共生に向き合い、命の循環を未来へつなぐ活動を続ける理由とは。

目次

島育ちから東京でフレンチの料理人へ

小野寺さんは、石巻市よりも北にある気仙沼市大島の出身。2019年に気仙沼大橋ができるまで、船で本土と行き来していた島育ちだ。

かつてマグロ漁で潤っていた気仙沼市は、大手百貨店が進出するなど、大変な賑わいを誇っていたそうだ。そんな気仙沼市で青春時代を過ごした小野寺さんは、卒業後、東京へ出る。

テレビや雑誌で見た憧れの都会生活。ファッションや遊びに勤しみ、フレンチの料理人として働いていたが、慣れない都会の生活や、厨房の激務により、徐々に体と心が限界を迎え、上京から3年ほどで地元へ戻ることを決めた。 

狩猟を通し、命との向き合い方を見直す

地元に戻った小野寺さんは、アパレルとレジャー産業を展開する会社に転職。そこで自然と向き合う仕事に携わるなか、会社の代表がハンターだったことや、叔父も趣味で猟をしていたことから、狩猟に興味を持ち始めた。当時、宮城県内ではニホンジカによる農作物や森林への被害が問題になりつつあり、害獣対策としての捕獲活動も広がっていた。そうした背景も後押しとなり、狩猟免許を取得するに至った。 

当時、ニホンジカの狩猟期間は約90日であり、1日の狩猟数はオス1匹までと決められていた。狩猟はチームで行い、小野寺さんのチームは25人ほど。狩猟犬ではなく雑種の犬を連れて行ったり、銃器の性能も劣っていたりしたが、「まるっきり素人の集団だったけど、草野球チームみたいで楽しかったですよ」と笑いながら評する。

仕留めたニホンジカはチームメンバーで分け合ったが、お世辞にもプロフェッショナルとは言えないハンター集団が行う血抜きや内臓処理は十分ではなく、捕獲から処理まで時間も掛かってしまうため、ストレスから旨味成分であるグリコーゲンが枯渇してしまったり、身体中に血がまわってしまったり、調理しても臭みが強くおいしくなかった。

かつてフレンチで鹿肉を扱っていた経験から、「こんなはずじゃない……ジビエはもっとおいしいはず」と感じた小野寺さん。駆除するだけではなく、おいしく食べてあげたいという思いが芽生えたという。

「なぜ獲るのか」に立ち止まり、進むべき道を定める

2010年ごろ、宮城県内のニホンジカの生息数増大に伴い、農作物や森林への被害が大きくなり、狩猟による捕獲を行う計画が発表された。これにより、狩猟期間外でも捕獲をすることになった小野寺さん。しかし、1日で獲れる鹿の頭数が増えると、仲間内でも「鹿肉は要らない」という人たちが出始めた。廃棄され、腐っていくニホンジカの姿を見て、小野寺さんは「何のためにやっているんだろう」と疑問を持つようになった。

ニホンジカは、本能に従って子孫を増やそうとしているだけ。人間の都合で住む場所が狭まり、里に下りて来らざるを得ないものを、“人間の生活を脅かす”と駆除の対象にされる。幼いころから動物が大好きだった小野寺さんは、狩猟仲間の「かわいそうなんて思ったらダメだ」の言葉に、「自分はそんなメンタルは持ち合わせていない」と感じたのだという。

「せめて自分の獲った鹿は、おいしく食べられるものにしよう」。その覚悟が、小野寺さんの狩猟人生を大きく変えていった。

震災を経て、食の再生への道を辿る

鹿肉をおいしく食べられるよう、血抜きや内臓処理、沢の水や海水に漬けるなど、試行錯誤を重ねていた2011年、東日本大震災が石巻市を襲った。山から戻った小野寺さんの目に映ったのは、一変した故郷の姿だった。津波が街を飲み込み、見慣れた風景は跡形もなく消えていた。それでも小野寺さんは、できることをするしかなかった。手元にあった鹿肉を持ち寄り、避難所へ届けた。命をいただいた肉が誰かの力になる。その実感が、小野寺さんの中で静かに根を張っていった。被災を乗り越えた小野寺さんは、やがて炊き出しに訪れた東京の有名シェフたちと出会う。 

「ちょっとズルい気持ちもあったんだけれど……」と振り返る小野寺さん。自身の捌いた鹿肉や鹿肉の生ハムなどを有名シェフらに試食してもらい、味の改良を重ねた。

そうした活動の中で縁があり、音楽プロデューサーとして知られ、東日本大震災後の復興支援にも深く関わってきた小林武史氏と出会い、氏が主宰するアートフェスティバル「Reborn-Art Festival」に携わる。小野寺さんの活動を知った小林氏は「せっかくだから処理場を作りましょう」と提案。そして2017年、現在の処理場が完成。ニホンジカの解体から販売までを一貫して行えるようになった。 

命をいただくための最低限のルール

小野寺さんは、ニホンジカの頭部または首元を狙って一撃で仕留める方法で狩猟をする。ライフル銃を手に、右目でスコープ、左目で背景を見ながら、猟犬が追ってきたニホンジカに狙いを定める。この狩猟方法は、ニホンジカに最も負担のない方法だ。傷が一カ所で済むため、使える肉の量も多くなる。とても難しい方法のように思えるが、小野寺さんは「一瞬の判断が重要なだけ。慣れれば大丈夫」と、笑顔で語ってくれた。

仕留めたニホンジカは、心臓が動いている間にすぐに血抜きを行う。そして自社の処理場で解体し、1カ月ほどかけて水分を無菌室で水分を抜いていく。おいしい食肉に加工することは、「命をいただく上での、最低限のルール」と、小野寺さんは穏やかに話す。

森と人の未来を見据えて

現在はニホンジカの駆除だけだが、「ひとつの動物だけを駆除するのではなく、森全体の生態系を考慮した解決策が必要」と見通しを立てる小野寺さん。動物だけでなく植物を含めた森の保全が喫緊の課題だ。

その啓蒙活動として、定期的にワークショップやアートイベントを開催している。子どもたちに「野生動物が“食べ物”に変わり、命をいただくこと」の尊さを学んでもらったり、アートをきっかけに自分の周囲にある生態系や自然に関心をもったりしてもらいたいと考えている。

そんな小野寺さんを慕って、多くの若者やアーティストもこの場所に集まる。
「まぁ勝手に集まって、好きにやってくれたらいい」と、小野寺さんも笑顔を見せて、彼らを受け入れている。

人間の都合で捕獲される野生動物たちを、絶品の食材に加工して、余すことなく利活用する小野寺さん。その姿は、生きとし生けるすべての命に感謝し、自然の恵みを享受する、あるべき人間の姿に思えた。

ACCESS

Antler Crafts
宮城県石巻市荻浜字有田浜23-1
TEL 非公開
URL https://antlercrafts.jp/
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