島根県出雲市の日本海沿いにある十六島(うっぷるい)町。ここで収獲した十六島海苔(うっぷるいのり)は、冬の荒海と向き合いながら手摘みされる天然の岩のりだ。強い風と波の中で育ち、その恵みを受け取るように続けられてきた営みは、いまも変わらずこの場所に根付いている。歴史と自然が重なり合う中で、この海苔は特別な存在として受け継がれてきた。
日本海の岩場で育まれ、受け継がれてきた十六島海苔

島根県出雲市の日本海に面した町、十六島。その海岸は、岬の先に大岩や奇岩が連なる独特の景観を持つ。日本海の荒波に長い年月さらされてきたその風景は、山陰でも屈指の海岸美とされる場所だ。
その岩場に張り付くようにして育つのが、この地の特産物、十六島海苔である。天然の岩のりで、その歴史は古く、奈良・平安時代には朝廷に献上され、江戸時代には将軍家への献上品として扱われてきたと伝えられている。
自然に向き合い続ける収穫の現場
そんな十六島海苔が収穫できるのは12月から2月にかけての短い期間のみ。強い季節風と荒波という厳しい環境の中で育ち、その条件がそのまま海苔の質を決める。
かつては村内に50軒弱の十六島海苔の生産者がいたが、現在十数軒ほどにまで減少。生産量も年間1トンに満たないと言われている。また、その多くが県内で消費されるため、県外ではなかなか味わうことができない希少な海苔でもある。
樋野峯夫(ひのみねお)さんは、そんな十六島海苔の収穫を続ける一人だ。
十六島海苔に携わってきたのは、およそ70年。一度は大阪へ出たものの、十六島海苔漁師である親からの声をきっかけにこの場所へ戻ってきた。
「十六島海苔は海からいただいているもの」
そう語る言葉には、自然とともにある仕事の本質がにじんでいた。人がつくるというよりも、海が育てたものを受け取る。その意識が、この営みを支えている。
荒波にさらされる岩場での収穫

海苔を摘む岩場へは、まず山道を15分から20分ほど歩いて向かう。細く険しい道を進み、その先に現れるのは、海に向かって傾斜した岩場だ。
遠くから見れば黒い岩にしか見えないその場所に、びっしりと付いているのが十六島海苔だ。近づくと岩は濡れて光り、波が当たるたびにその表情を変える。
岩には波が絶えず打ち付けてくるため、常に注意が必要だ。波は足元まで届き、ときには体にかかることもある。まさに命懸けの作業だ。
樋野さんはカッパと長靴を身につけ、淡々と作業を行う。波を受けても動じることなく、そのまま手を動かし続ける姿は、この場所で積み重ねてきた経験の深さを感じさせる。
長年の経験で波のうねりを見極める

天然の岩のりである十六島海苔の収穫は、自然の状態に大きく左右される。波が強すぎれば海苔はちぎれ、波が弱ければ十分に育たない。
必要なのは、強さと穏やかさが共存するわずかな条件だ。
収穫を行う11月から2月の日本海は、強い季節風によって海が大きく荒れる時期。岩場には絶えず波が打ち付け、海苔のぬめりで岩は滑りやすい。タイミングを見誤れば波に体を持っていかれる危険もあり、一歩間違えれば命に関わる作業だ。
樋野さんは、その波のうねりを見ながら、その合間を縫うようにして海苔を摘んでいく。自然のリズムに合わせて体を動かすその作業は、長年の経験によって支えられている。
この技術は、親の背中を見て覚えてきたものだという。見よう見まねで手伝いながら身につけ、いまもなお、その日の海に応じて判断を重ねている。
海苔を摘む手の感覚も重要だ。力を入れすぎれば繊維が切れ、短くなってしまう。やわらかく、しかし確実に摘んでいく。その繊細な作業の積み重ねが、海苔の品質を左右するのだ。
自然のままを、手作業で一枚ずつ仕上げる

早朝からの作業を終え、正午ごろに引き上げると、次は海苔を乾燥する工程に入る。
海苔簀(のりす)と呼ばれるすだれに海苔を広げ、自然の繊維や形を残したまま一枚にしていく。乾いたときの厚みを考えながら、手の感覚で均一に整えていく。
出来上がった海苔は黒く、香りが強い。やわらかく口どけの良い一般的な養殖海苔と比べ、天然の岩のりならではのシャキシャキとした歯応えのある食感と、強い磯の風味が特徴だ。
出雲の食文化と海苔摘みの技を次世代へ

十六島海苔は、出雲地方では正月の雑煮に欠かせない存在だ。お餅が入った出汁に浮かべると、磯の香りが広がり、特別な一杯になる。
こうして、十六島海苔はハレの日の食として受け継がれてきた。
一方で樋野さんは、「お雑煮だけでなく、いろんな食べ方を知ってほしい」と話す。天ぷらや茶碗蒸し、おにぎりやそばなど、日常の中でもその風味を楽しむことができる。
受け継がれてきた営みを伝えていく

以前は夫婦で収穫作業を行っていたが、妻の美保子さんが足を悪くしてからは樋野さんが中心となって作業を担っている。波が打ち付ける岩場での一人作業は危険を伴うため、現在はともに作業する人が新たに加わり、支え合いながら収穫が続けられている。
この仕事は経験が必要で、簡単に引き継げるものではない。波の見極め、摘み方、作業の判断。そのすべてが長い時間の中で培われてきたものだ。
それでも、十六島海苔を次世代に繋いで行くために、人を育てていくことは欠かせない。ともに岩場に立つ中で、その感覚や判断は少しずつ受け渡されていく。
自然に委ねながら、必要な分だけを頂く。その向き合い方はこれからも変わらない。
この海で摘まれた一枚が、出雲や全国の食卓へ、そしてその先へと渡っていくように。十六島海苔の営みもまた、次の世代へと静かにつながっていく。



