ガラスを削る、そのひと手間が自分らしさ。光を宿して魅せる表情「工房 麿」/山梨県富士河口湖町

約1200年前に噴火した富士山の溶岩流が冷え固まり、その上に木々が生い茂って形成された「青木ヶ原樹海」。原生林が広がる富士の麓、山梨県富士河口湖町にある工房「麿(まろ)」には、丁寧な「削り」によって生み出された繊細なガラス作品が並んでいる。模様や色彩豊かなガラスは、手に取る人の生活に溶け込む柔らかな光をもたらす。

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一つひとつ、時間をかけて丁寧に

ガラス作家松尾一朝(まつおいっちょう)さんの作品には、「コールドワーク」と呼ばれる技法によって作り出される繊細なディティールや質感が表れている。コールドワークは熱を加えずに冷えたガラスに磨きや装飾、彫刻を施す技法で、例えばガラスをカットして模様を施していく江戸切子もそのうちのひとつだ。ガラスの表面は砂状の研磨剤を吹き付けて削る「サンドブラスト」という技法でツヤを消し、不透明な「すりガラス」状のマットな質感に仕上げる。綺麗に馴染ませてすりガラスのサラサラとした感触を活かしたものや、彫刻のように削り跡をつけたりと、作品によってその表現はさまざま。あくまでコールドワークは仕上げ段階での技法になるが、ここに至るまでの工程にも、松尾さんならではの“ひと手間”が凝らされている。

ガラスの特性を活かした表現の可能性

松尾さんの作品は「ぐい吞み」「酒盃(しゅはい)」「蓋物(ふたもの)」などバリエーションは様々。これらの作品で色の付いた線や花のような模様になって見えるものは、熱して棒状にしておいた色ガラスを透明なガラスの中に入れて溶かし合わせている。色ガラスは真っすぐなものや螺旋状のものなどがあり、透明なガラスと溶け合って浮かび上がるような模様が生まれる。

対してシリーズ化している作品のひとつの「ハニカム模様」では、透明なガラスと境目をつけてはっきりとした模様を出すため、色ガラスを棒状へ加工する際に白いガラスの粉を付けている。ハニカム模様とは英語で「ミツバチの巣」を意味し、ガラスが溶けあう際にお互いを押し合う性質を活かしながら、美しく並んだ六角形が表れる。綺麗な六角形を作るため、事前にガラス棒の太さを測りながら使う素材を選定し、輪切りにしたガラス棒のパーツを規則的に並べ、電気炉で板状に溶かし固めていく。このようにしてパーツ作りから仕上げまで、いくつもの工程をほぼひとりでこなすという松尾さん。感触や色彩、透明感にこだわり、一つひとつ丁寧に作られた作品には根強いファンがおり、2023年に東京で開催されたガラス作品展「ひかりのいれもの」にも連日多くの人々が足を運んだ。

初めて知ったガラスの感触

松尾さんがガラス工芸に興味を持ったのは31年前のこと。両親の勧めもあり、山梨県富士河口湖町からひとり離れて進学し、埼玉県の私立中高一貫校のガラス細工部で作品に触れたことが現在の道を歩むきっかけとなった。初めてガラスに触れた際、「溶ける、伸びる、丸まる、そうした一つひとつの変化が面白かった」と松尾さん。理科室にあるバーナーでガラスを溶かし、本を見ながら模様作りの技法を探る。そうした部員たちとの充実した活動にのめり込んでいく中、高校2年生の時、突如父親が他界してしまう。

これからは自分の力で生きていかなければならない。将来のことを考え、卒業後の進路についても大いに悩んだという。「ガラスが好きだという気持ちと、自分が作ったもので人が喜んでくれることが嬉しかった」と、ガラス工芸の道に進むことを決意。美大への進学を目指し、高校卒業後の1年間は予備校でデッサンについて学んでいくこととなる。

大学時代で学んだ“漆”

デッサンの勉強をしている間もガラスへの思いが募る一方、「ガラスに熱中するあまり、他の素材に目を向けられていなかった」と自らを顧みる。まずは違う素材についても理解を深めた上で、今後さらに広い視野でガラス工芸と向き合えるよう、敢えてガラス工芸の学科がない石川県の金沢美術工芸大学を受験する。そこで松尾さんが専攻したのが工芸科の漆コースだった。

「漆が出す“光沢”にガラスに似たものを感じました」。石川県には輪島漆器や山中漆器などの伝統工芸品があり、漆を学ぶには最適な環境。実際に地域で活動する職人たちの元へ通いながら、漆という素材の魅力に惹き込まれていったという。

漆芸(しつげい)を学ぶ中で「漆はあくまでも作品の表面に装飾を施す“外側の素材”であるのに対して、透けるという性質を持つガラスは中の見え方も表現となる“内側の素材”」だと捉えるようになったそう。そこで、「ガラスの色や形、透過性を活かしながら、テクスチャーや装飾でも表現の可能性を広げることはできないだろうか」と、現在の作風に繋がる糸口を見出す。また、「自分は元々細かい作業が不得意だった」と話す松尾さんだが、工程の殆どが機械作業のガラス工芸に対し、丁寧で細やかな手作業が試される漆芸の経験が、後のガラス工芸にも活きることになったのだという。「真摯に漆と向き合った結果、自分でも気付かないうちに技術が身につきました」と、当時を振り返る。

“ガラスの町”で学んだ技法

大学卒業後、富山ガラス造形研究所に進学。まず2年間は造形科で吹きガラスなどの熱で溶かして加工する「ホットワーク」や、電気炉を使った鋳造制作などを行う「キルンワーク」、そして先述した「コールドワーク」の3本柱でガラスの技法を学んだ。その後、残りの2年間で改めてガラス作家としての方向性を探る中で、「自分の手の中でガラスを削り模様が変わっていく感覚が、彫刻に似たものを感じた」。その背景には木彫家として活動していた父親の存在も大きかったという。幼い頃から“木”という素材が身近にあったこともあり、彫ると模様が表れていく木面のように、削ることで独特な模様を生み出していくコールドワークのガラス加工を、自身の作風として意識していくこととなる。

本格的にガラス職人として活動することを視野に入れ、在学中の2006年に初の個展となる「ガラスでできた宝物」を開催。卒業後は富山でアルバイトをしながらガラス作品の制作を続け、2010年からは神戸芸術工科大学クラフト・美術学科のガラスコースで実習助手を務めた。その間にも知人作家から作品の批評や、収益化の方法など具体的なアドバイスを仰ぎながら腕に磨きをかけ、2014年に故郷である山梨で工房「麿」を設立した。

“削る”楽しさ

松尾さんの作品は複数のガラス工芸の技法を組み合わせて作られている。ホットワークでのパーツ作りから始まり、キルンワークでは器などの原型を作る作業、最後にコールドワークで作品を仕上げる。一般的に、吹きガラスなどでは職人の息使いによる偶発的な作品の良さを活かすため、松尾さんのように手を加えていこうとする作家は少ないのだそう。「ガラス作りを続ける中で“時間を掛けても最後は自分の手の中で作品を完結させること”が、大切にすべき自分のスタイルだと自覚するようになったんです」。

ホットワークやキルンワーク作品における偶然の作品性も魅力であるが、「イメージを膨らませながら自分の手で形を変えられる」ところに、削る面白さがあるのだという。削ることで表情が変わり、思いがけなかった新しい表現が生まれていく。手塩にかけた自らの作品を眺めながら、「削っている時間が楽しい」と松尾さんは無邪気に笑う。

「大切なものをしまってほしい」蓋物に込めた願い

松尾さんの代表作は、ガラスの中に柔らかな光が溜まり、透明さの中に色が滲み出す「蓋物」シリーズ。ガラスならではの魅力が詰まったこのシリーズは、美しいもの、大切なものを意味する“珠”という語を使って「珠箱(たまばこ)」と名付けられた。窓際などの日が当たる場所に置くと、内側からふんわりと優しい光が表れる。

「ガラスの中に光が溜まることと、蓋物の中に何かをしまうことが繋がっている気がするんです。何を入れたらいいのか聞かれることがよくありますが、例えば記念日の指輪や、子どもが拾ってきたどんぐりなど、『あなたの思う小さく大切なものを入れてください』とお答えしています」

以前手元供養の器として購入した人がいたそうだが、“亡き父の遺骨を入れたくなるようなものを作ること”をひとつのテーマに制作していた学生時代を思い返し、「気持ちが通じた」と感じたという。「人によって“大切なもの”は様々だけれど、自分が作った蓋物をふと見た時に、何か大切な気持ちを思い出してもらえたら嬉しいですね」。

少しずつ見つけていった自分らしさ

山梨に戻り工房を構えてからは、誰に教わることもできない環境で「試行錯誤を繰り返す毎日だった」と松尾さん。周囲の意見を取り入れながら、器としての使いやすさと、工芸品としての美しさを兼ね備えた自分らしい作品のスタイルを少しずつ磨き上げていった。

「ひとりになったことで、恵まれた環境であったからこそ知らぬ間にインプットできていたものや、既成概念に囚われてしまっていたことに気付くことができました。失敗もありましたが、自分のスタイルを考え直す中でどんどんとやりたいことを見出すことができたんです」

体調を崩してしまい制作が思うように進まない時期もあったそうだが、「自分が良いと思うものを妥協せずに作りたい」という気持ちは変わらなかった。そこで、年に何度も行っていた個展の回数を減らすことで制作ペースを調整しながら、2022年には新たにオンラインショップを開設。自身のコンディションを保ち納得のいく作品を生み出しながら、インターネットの力を借りた収益化の形も模索している。「好きなこととして、仕事として『長く続ける』こと」を目標に歩む松尾さんの挑戦は終わらない。

ガラスの魅力を知ってほしい


ガラス作家として、「作ったものを通してガラスの魅力を多くの人に知ってほしい」と話す松尾さん。積み重ねてきた経験の先にある“ひと手間”を、「無駄は多いと思うけれど、地道な作業やひと手間が“自分らしさ”」と語る姿は穏やかだ。磨きあげた蓋物を手にしながら、「今後も自分が作った作品が、他人の人生のなかに絡められたら幸せです」と微笑む表情が、印象的だった。

ACCESS

工房「麿」
山梨県富士河口湖町
TEL 非公開
URL https://kobomaro.base.shop/
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