ゆずの可能性を示し、北緯36度の「宮ゆず」を世界へ。床井柚子園/栃木県宇都宮市

秋から冬にかけて、黄色く色付くゆず。宇都宮市新里町(にっさとまち)で栽培されている「宮ゆず」は、その豊かな風味で、有名レストランのシェフたちの評価も高い。ゆずは西日本で栽培が盛んだが、北関東で育ったゆずにはどんな違いがあるのか。「宮ゆず」を栽培する、床井柚子園を訪れた。

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北関東の冷涼な気候で、ゆずを育てる

宇都宮市の北西部に位置する、新里町(にっさとまち)。三方を山に囲まれ、地域の大半が山林。平地では農業が盛んで、里芋や、江戸時代から栽培されてきた伝統的な曲がりねぎ「新里ねぎ」の名産地でもある。

そんな新里町にある床井(とこい)柚子園。ここには現在約250本のゆずの木が植えられ、約10tのゆずの実を栽培、収穫後は農園内の施設で加工を行っている。

父が植えた、100本のゆずの木

農園を経営するのは代表の床井光雄さん。床井農園は1964年(昭和39年)に、床井さんの父・忠雄さんが100本のゆずの木を植えたことが始まりだった。戦後の高度経済成長期の中で、変化していく人々の志向に合わせ、食べるだけではない、嗜好品として香りを楽しめる「ゆず」に着目。この地を産地化しようとした。

しかし、柑橘類であるゆずは、暖かい地域での栽培に適した果実。現在も、ゆずの生産量は高知県が半数を超え、次に徳島県、愛媛県と続き、温暖な西日本が中心。当時も県内では本格的な栽培をしている農家はおらず、高知県や埼玉県の先駆者から指導を受けたそう。

試行錯誤を重ね、10年目となる1974年(昭和49)年に初出荷を達成。新品種の導入や「ゆずの低温貯蔵庫」を造るなど、一時期は各地から視察が相次ぐ注目の産地にまでなったそうだが、次第に西日本の暖かい地域のゆずが多く関東にも流通するようになると、価格が買い叩かれるように。
生産者たちも意欲を失い、地域では放置されるゆずの木が増加。床井さんの言葉を借りれば「産地間競争に負け」てしまったのだ。

ゆずは風呂に入れるもの?

大変厳しい状況の中、2010年に父・忠雄さんが亡くなり、床井さんが農園を継ぐことに。この時の床井さんの頭にあったのは、「この地域を守らなければ」という想いだけだったという。当時は全く儲からなくなっていたゆず栽培。地元でも「ゆずは風呂に入れるもの」という感覚しかないため、二束三文でしか売れない。

そのため、もっと広く、ゆずについて発信していかなければいけない。もっとPRをしないといけないと考え、ゆずの「食べ方や使い方を提案」することに、力を入れることにした。

そこで、床井さんと同じ地域のゆずの生産者たちと共に手を取り合い、それまでの「新里ゆず生産出荷組合」という名前を「宇都宮ゆず組合」に改め、「宮ゆず」という名前で地域ブランド化を目指した。

皮の厚いゆずの特徴を「魅力」へ転換

暖かい地域で育つゆずは果汁が多いのが特徴。しかし冷涼な気候で育ったゆずは、やや小ぶりで皮が厚くなってしまう。しかしこの皮の厚みこそが、「宮ゆず」の魅力となった。

ゆずの皮には、ビタミンCやヘスペリジンやリモネンなどの血流を改善する効果のある成分も多く含まれると言われている。さらに、ゆずの香り成分は皮に多く含まれるため、厚い皮のゆずは香りが強くなる。

床井柚子園では、ゆずを生のまま出荷することはほぼない。収穫した9割は鮮度を保ったまま冷凍し、加工品として出荷している。一般消費者向けのドレッシングやゆずこしょう、ゆべしなどもあるが、それらに加え、冷凍スライスした皮や粉末、果汁などの一次加工品を、ホテルやレストランへ販売することが多い。

もちろん最初から順調に売れていたわけではない。ゆずを使いたい料理人や企業との商談の中で、どういう風に使いたいのか、どのような加工をすれば使ってもらえるのかをヒアリングし、商品に活かしていった。それを何度も繰り返すことで、買ってくれる先は増えていった。そうすると、今度はまた「もっとこれに使いたい」という意見がもらえるようになり、それがさらに商品開発に生かされるようになった。

また、手間暇がかかり大量生産が出来ないため、一部のホテルやJR四季島などにしか販売していないが、11世紀頃から日本で作られてきた歴史もある珍味の「ゆべし」も製造している。

地元では「冬の風呂に入れるもの」くらいの認識だったゆずだが、「一次加工までして初めてマッチングが生まれたんです」と床井さんは微笑む。

海外の評価を体感したことが自信になった

ゆずの原産地は中国の揚子江上流で、奈良時代前後に日本に伝わったと言われている。現在は、日本が生産量世界一で、中国や韓国、オーストラリア、スペイン、イタリア、フランスでも栽培が進んでいるが、日本のゆずは海外のゆずと比べても香りが高いのが特徴だという。

2018年と2019年には、国による日本食の販路を海外へ拡大するための事業の一貫で床井さんに声がかかり、フランス・パリへ渡った。そこで床井さんは、「日本のゆずって、こんなにフランスで評価されているのか!」と心から驚いたという。

また、タイのバンコクに行った際も「タイの人って、ゆずの味がわかるのだろうか」と思っていた床井さんだが、そこでも「タイの人たちのゆずに対しての真剣味が違う」と感じた。

現地にはゆず専門店が20店舗ほどあったそうで「海外の人のほうが、日本人よりゆずを評価してくれているんだ」という実感と共に、自信にもつながった。

地方の小さな農園だからできること

床井柚子園の柚子の木は、日当たりと風当たりがよくなるよう、こまめな剪定を行うため背が低い。そうすることで、良い実がなって、病気にもなりにくくなるという。実が青いうちに摘果し、その実のほとんどは柚子こしょうにされる。そのままではニーズの少ない青柚子も、捨てずに無駄なく有効活用しているのだ。現在農園では、2品種を栽培。ひとつは、香りが強くゆずらしい苦みも持つ「大実柚子」。そして、レモンのように果汁が多く、種のない「多田錦」。
毎年11月中旬ごろには実が黄色く色づくので、1ヶ月ほどの間に一気に収穫。霜が降りる前に収穫を完了させる。収穫をしたら、2〜3日の間には加工を行う。収穫から加工までの時間を短くすることで、香りの良い状態を保てるという。「小さな産地だからできることかもしれません」と床井さん。栽培も収穫も加工も、自身の目と手が届く範囲で行っていることこそ、良いゆずを育てる秘訣なのかもしれない。

「ゆずはこの土地の気候風土が育ててくれているもので、私たちはそのお手伝いをさせてもらっている感覚です」と床井さん。キャッチコピーを「光と風が育む北緯36度宮ゆず」としているのは、そのためだ。

宮ゆずを知りに、地方へ来て欲しい

現在、床井柚子園のゆずは、「ザ・リッツ・カールトン日光」や「日光金谷ホテル」、「パレスホテル大宮」など一流ホテルのレストランでも多く使われている。評判が評判を呼び、現在の生産量では追いつかないほどのオファーがあるという。

しかし、今後も大規模にやるつもりはないという床井さん。「実際に柚子園を見てもらって、宮ゆずの良さを理解した人に使ってもらいたい。シェフたちとも、本音で話し合いができるようになってきました。宮ゆずにふさわしい商品や料理を作って欲しい想いがありますし、そのためにお互いにはっきり意見を言い合える付き合いがしたいです」。2024年には、長らく宇都宮大学と行っていたゆずの成分研究の結果を活かし、宮ゆずの香りを再現したルームフレグランスと、宮ゆずの香りをベースに調合した、抗ストレス作用があるとされる香料で作ったルームスプレーも発売。

「食」だけにとどまらず、宮ゆずの魅力はこれからも広がっていくのだろう。  

ACCESS

床井柚子園
栃木県宇都宮市新里町乙537
TEL 028-665-1745
URL https://www.miyayuzu.jp
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