「アレキ」から「シャイン」へ。マスカットの一大産地の誇りと挑戦/岡山県倉敷市

岡山県南西部に位置する倉敷市。丘陵地帯にある船穂地区は、県内有数のブドウの産地であり、岡山県は国内で出荷されるマスカット・オブ・アレキサンドリアの約9割を栽培。近年は、シャインマスカットの栽培にも取り組み、大粒で高品質なマスカットが国内はもとより海外でも人気を集めている。

目次

地域の特性を生かしたマスカット栽培 

町家や白壁の蔵が今なお残る倉敷市美観地区。
倉敷市中心部からクルマで約20分の場所にある船穂地区は、一級河川・高梁川沿いに位置し、小高い丘陵地からは瀬戸内海に浮かぶ島々、海に面するように広がる水島工業地帯を望むことができる。
急な斜面に張り付くように立ち並ぶのは、マスカットのビニールハウスで、船穂地区はマスカット・オブ・アレキサンドリアの一大産地として知られる。実は、国内で出荷されているマスカット・オブ・アレキサンドリアの約9割が岡山県内で栽培されており、その中で船穂地区は県出荷量の4割、販売額の6割を占め、特に加温栽培では5月~7月の出荷量及び販売額の7割を占めている(令和3年実績)。

当地で、約40年にわたりブドウ農家を営み、「JA晴れの国岡山 船穂町ぶどう部会」で部会長を務めているのが浅野三門(あさのみかど)さんだ。


いち早くマスカット・オブ・アレキサンドリアの早期加温栽培に取り組んだ船穂地区

浅野さんは、3代続くブドウ農家で、現在13棟ものハウスでマスカット・オブ・アレキサンドリアなどを栽培。

岡山県でブドウ栽培が始まったのが明治8年頃といわれている。晴天率が高く、少雨で水はけの良い土壌を持つ同県はブドウの栽培に適しており、積極的に植樹が進められてきた。そのため技術開発や品種改良も盛んに行われ。さまざまな品種が栽培されてきたが、全国でも特に栽培環境の適性が高かったのが、マスカット・オブ・アレキサンドリアだった。

マスカットは病害に弱いのが難点だったが、「晴れの国岡山」と称されるように少ない降水量が産地に適しており、なかでも船穂地区は南向きの丘陵地帯をかつようすることで長い日照時間、そして斜面を利用した換気で湿度を低く保ち病気を減少させるだけでなく、果紛ののりを高めることを可能にしたことをきっかけに昭和26年から同品種の栽培が行われた。

昭和35年には、ガラス室での12月加温(5月上旬出荷)に成功。昭和45年には、ビニールハウスを利用した加温栽培に転換したことでハウスを建てるコストが軽減し、産地として飛躍する契機となった。

ハウスごとに加温する時期をずらすことで、出荷時期をコントロールするだけでなく、作業を分散させることで生産力の向上に繋がっている。

現在、浅野さんのハウスでは加温(12月~3月加温)を中心に、6月の頭から10月の頭までマスカットを連続して出荷。

進物の時期に合わせるのはもちろん、部会長として絶えず市場と連携しニーズに応え続けることで、船穂のブドウは市場でブランドを確立していった。

技術の継承を行い、高品質のマスカットを安定的に供給

芳醇な香りと、上品な甘さから「果物の女王」と称されるマスカット・オブ・アレキサンドリア。

船穂地区のブドウは、味だけでなく房の形状や粒揃いなどの外観がすばらしいのが特長だ。

毎年のように東京の老舗高級フルーツ店からバイヤーが訪れ、近年では台湾や香港など海外にも輸出。その品質は国内はもとより海外でも高く評価されている。

船穂地区は高品質なブドウを安定して出荷しているが、それは「先人たちのおかげ」と語る浅野さん。

船穂地区のマスカット栽培で、特徴的なのが土づくりだ。

ハウス内の土に、牛ふん、もみ殻、樹皮からなるバークチップを混ぜ合わせた「堆肥」を毎年加えることで、 根が広く張って立派な木になるという。

浅野さんがブドウを栽培を始めた40年前にはすでにこの方法が確立されていたのだとか。

浅野さんが会長を務める「JA晴れの国岡山 船穂町ぶどう部会」では、ブドウ栽培における講習会を実施している。

農業普及指導センターの指導や関係機関・部会員などから得られた知識を部会で共有し、船穂地区全体の底上げを図るべく活動しているという。

市場ニーズの変化によるピンチをチャンスに

提供/JA晴れの国岡山

岡山県を代表する果物であるマスカット・オブ・アレキサンドリアだが、近年は「種なしブドウ」が主流になったことで生産量が激減

県内のマスカット・オブ・アレキサンドリアの生産量は景気にも左右され、1989年から2018 年の間で約10分の1にもなってしまった。それは船穂地区でも同様で、6分の1程度まで落ち込んだという。

そこで着目したのが糖度が高く皮ごと食べられる「種なし」のシャインマスカットだ。

シャインマスカットは病害にも強く、天候や土壌、生育環境などに左右されにくいため、繊細なマスカット・オブ・アレキサンドリアに比べると手間がかからず従来よりも省力で栽培できる。数値で表すと、マスカット・オブ・アレキサンドリアのほうが約3倍、手間がかかるという。そういった点でもシャインマスカットは農家たちに支持され、船穂地区でも生産が拡大

浅野さん自身も例外ではなくマスカット・オブ・アレキサンドリアとシャインマスカットを栽培する比率が年々変化。シャインマスカットの生産をはじめて十数年もしないうちに、その比率は逆転し、現在では3:7の割合で栽培している。

船穂地区はマスカット・オブ・アレキサンドリアでは後発産地であったが、トップ産地を目指して様々なチャレンジと努力により現在の地域を築き上げた。その技術をシャインマスカットに応用し、他産地に先駆けて加温栽培に取り組んだ。

その結果、糖度や粒の大きさ、張りなど、他地域と比較しても高い品質のブドウが生産できた。先人たちから受け継いだ技術を更に発展させ新たな品種のブドウに活用することで、他の産地に先駆けて市場での地位を確立し、ピンチをチャンスへと転換させていったのだ。

マスカットの産地、船穂地区の未来とは

アレキサンドリア 提供/JA晴れの国岡山

パンパンに張った果実、皮がパリッと割れたときの弾けるような食感、みずみずしさ、しっかりとした甘み。船穂地区のシャインマスカットを味わえば、誰しもがたちまち虜になる。

「それでも総合的なおいしさは、私はアレキに勝るものはないと思って栽培しよるんです」 と浅野さん。船穂地区のブドウ栽培の歴史を考えると「決して絶やすことはできない」とブドウ農家としての矜持がにじむ。

マスカット・オブ・アレキサンドリアとシャインマスカットの生産と品質の向上、その両立がこれからの課題となりそうだ。全国的に農家の担い手不足が叫ばれる時代だが、実は船穂地区はそれとは無縁。以前は「船穂でブドウをつくりたい」という新規就農者(新規参入)の受け入れを積極的に進めていたが、後継者へのバトンタッチも上手く進んだことから、新規就農に必要な空きのハウスが足りないという。ゆえに現在は受け入れをストップせざるえないという状況だとか。

押しも押されぬマスカットの産地として地位を確立した船穂地区。それは、先人たちが試行錯誤を繰り返して確立した技術と、それを継承し磨いてきた不断の努力があってこそ。最初にマスカット・オブ・アレキサンドリアを当地で栽培して約70年。

主な生産品種がシャインマスカットに移り変わっても、ひと粒ひと粒が大きく、房の姿が見事なまでに美しいブドウは、船穂地区のブドウ農家の誇りである。

ACCESS

JA 晴れの国岡山 船穂町ぶどう部会 浅野 三門
岡山県倉敷市船穂町船穂
TEL 086-552-2703(事務局)
URL https://www.ja-hareoka.or.jp/specialty/muscat.php
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