伝統を継承し、再構築した焼きものを。「高田焼 竜元窯」江上晋さん/熊本県八代郡氷川町

まるでガラスのような透明感。陶芸家・江上晋(しん)さんの作品群のひとつ「白磁釉象嵌(はくじゆうぞうがん)」は、焼きものでありながら透明感を湛えた表情が印象的だ。熊本を代表する伝統工芸「高田焼」の流れを汲む窯元に生まれた江上さんは、伝統を継承しながらも新たな可能性を探り、自分なりの表現を追究している。

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父親が開いた窯を受け継いで陶芸家に

八代平野にある湧水池のほとりにある「高田焼 竜元窯(こうだやき りゅうげんがま)」。江上さんは「高田焼 竜元窯」の二代目。熊本県美術協会展や西部伝統工芸展、日本伝統工芸展などで受賞歴を持つ。

江上さんは地元の高校を卒業し、熊本市内の大学へ進学。1987年に「高田焼 竜元窯」を開いた父親の元(げん)さんから窯を継ぐように言われたことは一度もなく、自宅と工房が離れていたため元さんの作陶の様子を見たこともほとんどなかった。だから、焼き物をしようと考えたこともなかったという。そんな晋さんの転機となったのは、就職活動だった。

「自分のしたい仕事は何かと考えてみたら、洋画家だった祖父との思い出が蘇ってきました」と江上さん。幼い頃に遊びに行ったアトリエで目にした油絵や彫塑(ちょうそ)の美しさに心を動かされた記憶から、心のどこかでものづくりへの憧れと興味を抱いていた自分に気付いた。そして、自分は陶芸をするのに最適な環境にいるのだと、初めて認識したのだった。

大学を卒業後は佐賀県立有田窯業大学校で陶芸の基本を学び、26歳で帰郷。「高田焼 竜元窯」で父親とともに作陶に打ち込む日々が始まった。

“肥後の御用窯”の系譜を継ぐ「竜元窯」

「高田焼 竜元窯」は熊本を代表する伝統工芸・高田焼の流れを汲む。高田焼の歴史は古く、江戸時代初期の1632年に尊楷(そんかい)によって現在の八代市に窯が築かれたとされる。尊楷は1602年に豊前小倉藩主・細川忠興によって召し抱えられた朝鮮の陶工で、当初は忠興が治める上野(現在の田川郡福智町)で築窯したものの、細川家の領地移転にともなって八代へ。高田焼は「八代焼」とも呼ばれ、肥後藩の御用窯として保護されてきたが、明治維新後に保護を失う。現存する高田焼の窯元は宗家である「上野窯(あがのがま)」と、「伝七窯(でんしちがま)」「竜元窯」の3つ。江上さんの父親の元さんは「伝七窯」での修行を経て、「竜元窯」を開いた。

高田焼は陶土から成形した素地に模様を彫り込み、そのくぼみに白土を埋め込む「象嵌(ぞうがん)」と呼ばれる技法が特徴だ。中でも代表的な作品群が青磁釉をかけて焼き上げる「青磁象嵌」で、灰色がかった青磁釉から透けて見える象嵌模様が優美な雰囲気を醸し出している。だが、象嵌技法そのものの難度が高いだけでなく、素地と象嵌部分の収縮率が異なるために焼成時に割れや歪みが生じるリスクもあり、優美さの裏側で作り手には高い技術力が求められる。

伝統を再構築し、新しいものを生み出す試み

江上さんの父親の元さんは古来の伝統技法を受け継ぎながら、型にとらわれない高田焼を目指した。そして江上さんもまた、伝統を継承しながらも高田焼の新たな可能性を探り、自分なりの表現を追究している。

江上さんは「高田焼を構成する“土・釉薬・象嵌”の3つの要素を守りながらも再構築することで、“今の高田焼”を見せられるのではないかと考えています」と話す。三要素は高田焼に欠かせない核であり、作品づくりの出発点でもある。

中でも土づくりは大きなこだわりのひとつだ。現代では市販の陶土を使う陶芸家も少なくないが、江上さんは自ら山へ行き、原土を掘り出す。原土は工房へ運び、水を混ぜ、目の細かい網に通して不純物を除去する。一連の作業は時間も手間もかかるが、自分の目で土を選び、自分の手で精製することで、市販品よりもきめの細かな粘土が生まれる。そしてその粘土が、斑点などのノイズのない作品へと姿を変える。

江上さんの思想は作品群にもあらわれている。作品は「青磁象嵌」「焼締象嵌」「白磁釉象嵌」の大きく3つに分けられる。受賞作品の多くを占める「青磁象嵌」は、自作のブラウンの土と、それを引き立てる独自調合の青磁釉の対比が象徴的だ。「焼締象嵌」は象嵌を施した生地に釉薬をかけずに穴窯で焼くことで、温もりと力強さを感じられる肌合いに。そして冒頭でも触れた「白磁釉象嵌」は、白磁に施したくぼみに釉薬を流し込み、ガラスのような透明感と、くぼみ部分に表れる陰影が幽玄の美を生み出している。

伝統とは守るものではなく、作り出していくもの

江上さんは2018年に、日本伝統工芸展で4回以上の入選を果たした作家だけに認められる「日本工芸会正会員」に認定されている。日本工芸会は、重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝を中心に構成される団体で、正会員は全国でも約1,300人ほどしかいない狭き門だ。日本伝統工芸展は国内最高峰の工芸公募展とされ、その中で4回以上の入選を果たすというのは、一時的な評価ではなく技量が継続的かつ公的に認められたことを意味する。だが、江上さんは満足することなく、今も新たな表現を模索し続けている。

「高田焼という枠組みの中で、“これまでにない焼きもの”を追究したい。伝統は守るものではなく、作り出していくものだと思うから」と江上さん。この言葉は、地域に根差した工芸だからこそ生まれる緊張感の中で紡がれてきたものだ。首都圏の百貨店で新作を発表する一方、地元・八代市での個展も毎年欠かすことなく続けている。そこには、約390年続く高田焼を見守ってきた地元の“目”がある。「八代には、高田焼を地元の誇りとする方々がいます。父の作品についてもよくご存知で、私よりも長い時間、高田焼を見つめてきた方々です」。新しい作風に厳しい声が向けられることもあるが、江上さんはそれを退けるのではなく、次の一歩のための学びとして受け止めている。

伝統工芸の世界では、変化は必ずしも歓迎されるとは限らない。だからこそ、守るべきものを見極めながら新しい表現に挑む姿勢そのものが、後に続く作り手たちの指針になる。父親の作品と自身の作品を見つめながら語る江上さんの目は、過去を敬いながらも、しっかりと未来を見据えている。地域に根ざした一つの窯の挑戦は、約390年続く伝統をどう次の世代へ手渡していくかという、工芸全体が向き合う普遍的な問いにも重なっていく。

ACCESS

高田焼 竜元窯
熊本県八代郡氷川町網道858-2
TEL 0965-52-1817
URL https://egamishin.jp
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