千葉の食文化を担う洗練を重ねた酒造り「寒菊銘醸」5代目・佐瀬建一さん/千葉県山武市

千葉の風土を醸すことをコンセプトに酒質の洗練を重ねてきた寒菊(かんきく)銘醸は、今や千葉県の酒蔵を代表するホープとして注目。一時は前任杜氏の引退で苦境に陥るも、飲み手を第一に考える一途な想いで起死回生。日本酒と並行して製造しているクラフトビールも世界コンペで受賞を果たし、挑戦し続ける姿勢は今も色褪せない。

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千葉の食文化の一端を担う酒を目指して

太平洋に臨む九十九里浜のほど近く、地平に広がる水田地帯の一角に寒菊銘醸はある。この地を潤す地下水と豊富な米を原料に、1883年より日本酒醸造を開始した歴史ある酒蔵である。昭和から平成の時代にかけて千葉県内の大手スーパーとの取引が増えていった中で、寒菊5代目、佐瀬建一(させけんいち)さんの主導により、商品の高付加価値化を推進するため全銘柄をリブランディング。全国の酒販店に取引の軸足を移し、ブラッシュアップされた酒質が評価されて製造量は佐瀬さんが5代目を引き継いでから毎年製造量を増やすに至った。

料理との相乗効果を成す酒

佐瀬さんは「軽快さがあって飲みやすい酒」を目指していると話すが、それは「薄っぺらいお酒ということではなく、ある意味で少し厚みのあるお酒」でもあるという。酒の風味が料理に寄り添い、おいしさの相乗効果を生むだけの存在感のある酒。かつ、料理を邪魔せず飲み疲れない、軽やかな飲み口できれいなアフターテイストを感じさせる酒。そうした食文化を下支えする酒こそが、寒菊の酒造りの指針となっている。

千葉の風土や情景を酒に宿す

そんな寒菊が力を入れるのが、「千葉・九十九里らしさ」を全面に出した酒のシリーズだ。それぞれの商品イメージから、酒を味わうシチュエーションを想像力豊かに提案している。

「総乃寒菊(ふさのかんきく)」は日常的に味わいたいベーシックな酒として提案するシリーズ。4つあるラインナップの一部に千葉県産米を使い、地場の米の可能性を追求。全量千葉県産を使用するDISCOVERYシリーズはうすにごりの生酒にすることで爽快感を演出している。同じく生酒の「Occasional(オケーショナル)」シリーズは「特別な瞬間を彩る」をコンセプトに商品設計された、年に一度だけ醸す純米大吟醸の無濾過生原酒である。

そして寒菊の顔ともいえるのが、九十九里の風土をテーマにした「OCEAN99」シリーズだ。四季折々の様々な情景を魅せる九十九里の浜辺からインスピレーションを得て造る、季節限定の純米吟醸・純米大吟醸酒で、いずれも潮風や白波を想起させる爽やかさでキレのある風味が特徴的である。原料米は季節ごとに変え、千葉県産の米はもちろん、北海道の酒造好適米である彗星(すいせい)、山形の出羽燦々(でわさんさん)など、商品イメージから逆算してさまざまな米での仕込みに挑戦している。

フレッシュ感を残す酒造り

寒菊の醸造蔵では、米の持ち味を生かしつつも爽快感を出すための工夫が随所に見られる。先に紹介したOCEAN99は、一部に火入れしているお酒もあり、瓶詰め後に加熱処理ができる機械「パストライザー」を導入したことで、生酒のような軽やかな味わいを実現している。

加えて寒菊の醸造で特徴的なのが、もろみを搾ったばかりの清酒がすぐさま冷蔵機能のついたサーマルタンクに直送されるなど、設備の動線が最短で結ばれていることである。「うちでは3日ほどでできますので、一度火入れをしたものでもフレッシュ感を残すことができるんです」と、佐瀬さんは解説する。

また、安定した品質を確保するための発酵過程における成分分析の実施や、温暖な千葉県における温度管理された貯蔵施設の活用など、あらゆる角度から品質の維持向上に努めている。

杜氏の引退宣言から必死の酒を造りが始まる

佐瀬さんが蔵を継いでから最大の転機になったのが、醸造責任者である前任の杜氏(とうじ)が、翌年からもう杜氏はやらないと引退宣言したことだ。高齢が理由とはいえ、突然の出来事に頭を抱えた佐瀬さん。その時、まだ弱冠20代後半だった柳下祐亮(やぎしたゆうすけ)さんが自ら杜氏をやると名乗り出た。

そこから必死で醸造技術の習得に励んだ柳下さん。前杜氏も技術の伝授のためにしばらく伴走してくれたこともあり、少しずつ納得のいく仕上がりができるようになっていった。「みんなでああだこうだって、もう夜中の2時、3時からいろんなお酒を飲んだりして勉強しながら新しいお酒を作っていったんだよね」と、懐かしそうに当時を振り返る佐瀬さん。「お店でお酒を飲んでいて、そろそろ帰ろうかなってなった時に、もう1回これを飲んでから帰ろうかなって思うようなお酒。そういう記憶に残るようなもの造りたいっていう気持ちが、みんなすごく強かったんです」。

現在に至るまで途切れることのないこの一途な想いが、躍進の原動力になっているのである。

これからも挑戦し続ける

寒菊の挑戦はとどまることを知らない。実は、寒菊では敷地内のブルワリーで1997年からクラフトビールも製造しているのだが、ビールの国際コンペティションである「ワールド・ビア・アワード2022」で「KUJUKURI OCEAN RICE ALE(クジュウクリオーシャン ライスエール)」がライスビール部門の最優秀賞に輝いたのだ。このライスエールにも千葉県産コシヒカリを副原料に使い、しっかり千葉というアイデンティティをビールに宿している。

2024年秋には寒菊のクラフトビールを味わえるタップルーム「TAP ROOM 99」を千葉駅近くにオープンした。「ビールも、日本酒もそうですが、飲んでいただけるお客様の声を聞きたいんですね。みなさんがどういうお酒を求めているのかを突き詰めながら、少しずつ酒造りをマイナーチェンジしていくことが必要だと考えています」。

「寒菊」という社名は、冬に小粒ながらも凛とした花を咲かせる冬菊になぞらえ、小さい蔵元ながらも凛とした酒を醸したいという想いから命名されたという。飲み手を第一に考えたこの謙虚な姿勢こそ、変化を恐れないチャレンジ精神に満ちた、未来につながる酒造りの伝統となっていくのかもしれない。

ACCESS

合資会社 寒菊銘醸
千葉県山武市松尾町武野里11
TEL 0479-86-3050
URL https://kankiku.com/
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