循環型農業で人と自然を結びつける農家ユニット「ハタムグリ」斉藤健太朗さん、石井美帆さん/千葉県佐倉市

循環型農業で地域の自然を残したいとの想いから、耕作放棄地を蘇らせてきたハタムグリ。農薬や化学肥料を使用せず、バイオ炭を活用した独特の農法が共感を呼び、「ちばガストロノミーaward 2023」生産者部門のトップ30に選出。トップレベルのシェフも注目している。

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循環型農業を目指す二人組ユニット

千葉県北部に位置する佐倉市はかつて城下町として栄え、今も武家屋敷が往時の面影を残し、博物館や美術館が点在する文化の薫り漂う街である。また、市域一帯に広がる北総台地は古くから農業が盛んな場所であり、2023年には木更津市とともに有機農業の生産から消費までを推進する「オーガニックビレッジ」を宣言した。

そんな佐倉市で「バイオ炭」を活用して耕作放棄地を再生させ、農薬や化学肥料を使用しない循環型の農業を行う二人組の農家ユニットが「ハタムグリ」である。

ハタムグリの営農スタイル

ハタムグリは2020年、斉藤健太朗さんと石井美帆さんの二人で結成された農家ユニットで、花粉を媒介する昆虫である「ハナムグリ」にちなみ「ハタムグリ」と名付けた。約2ヘクタールの畑で有機栽培により100品目に及ぶ作物を栽培している。一般的な野菜だけでなく、ハーブやエディブルフラワーのほか、蕎麦を実ではなくスプラウト(植物の新芽の食用部分)として出荷するなど 、手掛ける作物は実に多彩だ。なかでも人気なのがジャンボニンニクで、「リーキという西洋ネギの仲間で、ホイル焼きがおすすめです。醤油漬けにすると万能調味料になりますよ」と、斉藤さんのレシピ解説にも熱が入る。

圃場の大部分で有機JASの認証を取得。小規模な平飼い養鶏も行っており、農場の野菜や小麦、自家製の発酵飼料で育った鶏の糞は肥料として活用。また、石井さんが飼っている馬の馬糞も堆肥化している。「収量と、かかる費用や手間を天秤にかけた」結果、ビニールマルチ(抑草や蓄熱を目的として耕地を覆う資材)やハウスもほとんど使わない。「生態系に負担をかけない循環型農業を目指す」ことが二人の共通認識となっている。

二人で農家ユニットを結成

佐倉が地元という石井さんは元、動物園の飼育員。自ら馬を飼いながらアニマルセラピーを学んでいたが、子供が産まれたことをきっかけに「安心してそのまま食べられる野菜を作りたい」と、馬糞を使った野菜の有機栽培を個人的に始める。その後、保育園向けに有機野菜を栽培する社会福祉法人に転職した。

もともと一次産業に興味があったという斉藤さんは農業系の高校を卒業。千葉県内の農業法人を渡り歩き、たどり着いたのが石井さんと同じ社会福祉法人だった。

だが、その社会福祉法人の農業部門が廃止されてしまい、二人とも退職を余儀なくされてしまう。そんな中、現在畑にしている土地を借りられるという話が舞い込んでくる。斉藤さん、石井さんともに農薬や化学肥料を活用する一般的な農法を経験せず、これまでずっと有機農業をやってきていたこともあり、循環型農業を目指す考え方が一致。お互い隣同士の畑を借り、作業小屋や農業機械を共同利用する農家ユニットの結成へと至った。

バイオ炭による土づくりに挑む

新天地で農業を始めることにした二人だったが、まず借りた土地の土壌を再生させなければならなかった。「桑畑だったところが数十年以上にわたって耕作されなくなってまして、その間、草が生えないよう耕運され続けていたんですね。管理しすぎちゃって生物の気配すらない砂漠のような土地でした」。そこで目をつけたのが「バイオ炭」である。

バイオ炭とは有機資源を炭化させたもので、生物層や土壌など自然環境の改善に効果をもたらすものを指す。もともと子供向けの炭焼きキャンプのボランティア活動に参加していたことから炭に興味を持っていた斉藤さん。そんな中、ハタムグリの取引先からバイオ炭の存在を教えてもらう機会に恵まれたのがきっかけで、自分たちの畑でも活用してみることにした。ハタムグリでは資源循環と土地の整備を兼ねて、畑や地域の里山で繁茂しすぎてしまった竹や不要になった剪定枝などを炭の原料として使う。「あるものを活かす。それが僕らのやり方の基本です」と斉藤さんは話す。

炭化炉(たんかろ)に投入した竹や木々は約350度で燃焼し、灰にならない程度で火を落とす。手で握るとぼろぼろになるくらいで完成となる。このバイオ炭を土地にまきつづけた結果、徐々に生物層が回復してきたという。

微生物のすみかとなるバイオ炭

斉藤さんはバイオ炭の効果を、端的に「微生物のすみかを作ること」と表現する。炭は微細な穴が数多く空いている多孔質(たこうしつ)と呼ばれる構造を持ち、その穴に水分が保持され微生物が住み着くことができるようになるため、土壌に入れたバイオ炭が豊かな生物層を育くむきっかけになるのだという。

「実際にここの大根畑でバイオ炭の効果についての研究協力もやりました。その結果、バイオ炭を入れた畑の方が、入れなかった畑と比べて水分を保持でき、成長が良かったんです」。今もハタムグリにとってバイオ炭は重要な土壌改良剤であるとともに、佐倉市と竹林・里山整備で協力関係を結ぶきっかけともなった、欠くことのできない存在となってい

る。

多様な人たちと積極的に関わること

「こういう農法でやっているのは、せっかく作るならおいしいものが食べたいというのが大きいですね」と斉藤さんが話す一方、石井さんは「肥料はかなり抑えるし、成長もゆっくりですので最初はやっぱり不安でした」と振り返る。そのうえで、「その分、味は濃くなる」と自信を持って話す石井さん。現在ハタムグリでは個人宅配やネット販売、直売所への出荷などを販路としているが、年々そのおいしさや農業のスタンスが共感を呼び、飲食店での扱いが増えていっている。

特に、前職時代に取引が始まった、同じ佐倉市内にある「プレゼンテスギ」と今も継続して付き合いがあるのが大きいという。プレゼンテスギは、ミシュランと並ぶ影響力があるとされるフランスのレストランガイド「Gault & Millau(ゴ・エ・ミヨ)」日本版で2022年より掲載の常連となっているレストランである。

「シェフが畑に来てくれるんですけど、その度にいろいろとご要望をいただくんです。今までにエディブルフラワーやほうれん草の根っこ、昆虫食用にカメムシまで提供したことがありますね」と笑う斉藤さん。そうしたシェフとの付き合いにより「どんな作物が求められるのか、野草も使えるんじゃないかとか、畑を見る景色が変わった」という。

地域のモデルとして農と自然を未来へつなぐ

ハタムグリではシェフたちとの付き合いにとどまらず、消費者との交流にも力を入れている。

毎週日曜日には間借りで飲食営業できるスペースで、畑の食材を使った食事を振る舞うレストランを開く。自分たちで栽培した小麦の生地から作るピザが特に好評だ。「私たちの活動を知ってもらうきっかけになれば」という石井さん。興味を持ったお客が実際に畑に来てもらえるよう、畑で作物の買い物や里山散歩、農業体験ができる「ハタメグリ」も企画。「自然の恵みや循環を体感出来る場」として、さまざまな人たちを迎え入れている。

そんな二人がこれから取り組みたいとしているのが加工品製造だ。佐倉市がオーガニックビレッジを宣言したことで、大手スーパーから有機野菜の引き合いが増加。スーパーの受け入れが難しい規格外野菜を加工品として活用できればと考えている。

また、「有機農業の仲間を増やすためにも、新規就農者が来たときに僕らのノウハウを提供できるような体制にしていきたいですね」と斉藤さん。石井さんも「耕作放棄地だったところから資源を循環させ、ちゃんとお金も回っていく。そういう小さくても確立した農業のモデルになれれば」と語り、さらにこう続けた。「ここは私の地元でもあるので、どうにかこの自然を残したい。そこがすべての根本です」と。

ハタムグリをきっかけに、さらに豊かな農と自然の世界が地域に広がっていく。そんな未来が訪れることを期待せずにはいられない。

ACCESS

ハタムグリ
千葉県佐倉市下志津
TEL 非公開
URL https://www.instagram.com/hatamuguri2020/
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