「京都は伝統を守るだけでなく、それを昇華させて新たな価値を生み出す力がある。その気概に心を動かされます」と語るのは、クラフトジン「季の美(きのび)」の製造を担う、株式会社京都蒸溜所の蒸溜技師・高橋将(まさし)さん。世界的な酒類コンペティションでの受賞をはじめ、国内外から注目を集める「季の美」は、どのようにして生まれたのか。その誕生や独自製法には、京都への深いリスペクトがある。
日本発のクラフトジン専門蒸溜所での新たな試み

京都蒸溜所の始まりは2015年にさかのぼる。創業者は酒の輸入販売に長年携わっていたが、「仕入れ販売ではなく、自らの手でつくった酒を届けたい」との想いから、2015年に京都蒸溜所を創業。
「イギリス出身の創業者にとって、身近な存在だったのがジン。友人との会話を楽しんだり、ラグビーを見に行ったりするときには、いつも片手にジンがあり、暮らしに寄り添う存在でした。そこに日本を愛する気持ちが重なり、『日本の風土に馴染むジンを作り、世界中で愛されるものを』との決断に至りました」と語る高橋さん。
ちなみにジンとは、農産物を原料にしたアルコールにジュニパーベリーで香りをつけ、ジュニパーベリーの香りが主となるようにつくられるお酒。瓶詰めアルコール度数は37.5%以上と定められており、香りづけには自然由来の成分や、それに化学的に一致する成分のみが使われている。
調査研究や準備を重ねた後、京都で初となるジンの製造免許を取得。2016年に工場が完成し、同年10月には「季の美 京都ドライジン」が発売開始となった。
京都という土地にこめた想いと理由

「季の美」の魅力のひとつは、京都という土地に根ざした原料と文化だ。一般的なジンが小麦や大麦などを原料にするのに対し、「季の美」は“米”を原料として蒸留し、スピリッツにしている。そこに、香りや風味づけを行う京都産ボタニカルが加わり、日本人の舌に馴染む繊細でまろやかな味わいになっている。
ボタニカルは玉露や柚子、赤松、山椒など、海外では殆ど生産されていない素材。「玉露のほのかな渋みが、ベースである米の甘みを引き立ててくれるんです」と高橋さん。素材の相性とバランスを大切にしていることが窺える。ジンづくりに欠かせない水は、日本有数の酒どころ”伏見”の伏流水を使用。日本の暮らしに馴染むよう、地のものが一つひとつ丁寧に選び抜かれている。
また、京都では幾多の伝統工芸が受け継がれており、クラフトマンシップが深く根付く場所だと創業者は考えていた。その世界観を表現したかったのも、京都という場所を選んだ理由のひとつ。
京都産ボタニカルが織りなす、日本らしさの演出

世界で流通しているジンの多くは、さわやかで切れのある辛口の味わいが特徴。対して、「季の美」の個性は、マイルドで優しい味わい。この一見相反するオリジナリティを実現しているのは、京都蒸溜所の独自製法による。
一般的なジンは、アルコールとボタニカルをすべて一括で蒸溜する。しかし、「季の美」では11種類のボタニカルを特性ごとに6つのグループに分類し、別々に蒸溜してからブレンドするという手間のかかる方法を採用している。
その6分類は、「ベース(礎)」「シトラス(柑)」「ティー(茶)」「スパイス(辛)」「フルーティ&フローラル(芳)」「ハーバル(凛)」。それぞれの素材の香りと味わいを最大限に引き出すために、最適なタイミングで蒸溜している。

「京都産ボタニカルをフレッシュな状態で使うことが当社のこだわり。どの素材も一番いい状態で引き出してあげたい。その想いから、蒸溜の順番も温度も、すべて変えています」。真剣な眼差しで語る高橋さんの言葉からは、ジンづくりへの深い愛情がにじむ。
洋酒に宿る「和の世界観」

「季の美」は味わいだけでなく、視覚や触感でも“日本”を感じられるようデザインされている。墨色のボトルは、江戸時代から続く唐紙屋・KIRA KARACHO(雲母唐長)の文様をあしらったもので、日本の伝統美を現代に伝える粋な装いだ。
「ラベルを目にしたとき、手に取ったとき、日本の四季や文化が感じられるように」。まさに、飲む前から“体験”が始まっているのだ。
世界的な評価を獲得し、次に目指すのは「日本文化を世界へ」

日本発のジン専門蒸溜所を設立してから、わずか数年で世界的な評価を獲得した京都蒸溜所。
2021年のIWSC(インターナショナルワイン&スピリッツ コンペティション)では最高賞となる“Trophy”を受賞し、World Gin Awards2022では4つの賞を受賞した。
「本場のジンにはない日本らしさを評価いただきました。当社独自の11種ボタニカルを6グループごとに蒸溜する製法も新鮮だったようです」。
「季の美」は、日本らしさを巧みに表現したクラフトジンとして、世界にその存在感を放っている。原料、製法、デザインなど細部まで日本文化が息づいている。
現在約70ヵ国に輸出しており海外のファンも魅了するジンに成長している。「より多くの方に“季の美”を知っていただき、世界中の人に日本の素晴らしさを感じてもらいたい」と高橋さんは熱く語る。京都から始まったこの挑戦に、これからも注目が集まる。