オーガニックドライフルーツの輸入販売事業「AMBESSA」を運営しつつ、自然栽培で自らの食糧を自給し、太陽光でエネルギーをまかない、店舗もセルフビルド。世界を巡る旅で触れた「生きる力」を南房総で身に付け続ける君島さんは、これからの暮らし方、仕事のあり方を静かに問いかけている。
南房総のAMBESSA直営グロサリー「Abyssinia」へ

房総半島南部は柑橘類や花卉などの栽培が盛んな、千葉県の中でも特に温暖な地域。その南房総の太平洋に面した地域で君島さんは妻の阿久里(あぐり)さん、2人のお子さんの一家4人で暮らしている。海まで歩いて10分足らずの場所ながら、房総丘陵のゆるやかな起伏がある山並みが海沿いにまで迫り、緑豊かな里山を背後に抱えている。この南房総の風景に溶け込むかのように佇んでいるのが、母屋の敷地内にあるAMBESSAの直営店、「Organic Grocery Abyssinia(オーガニックグロサリー・アビシニア)」である。
ちなみにこれらの屋号の由来は、君島さんのフィロソフィーに大きな影響を与えたというラスタ思想から。その起点となるエチオピアの各所でシンボル的に使われているライオンを現地の古代言語でAMBESSAといい、エチオピアのことはAbyssiniaと呼ばれている。
「土に還る店」を建てる

2018年に開店したAbyssiniaは、房総半島中部にあるいすみ市の建築事務所「光風林(こうふうりん)」の指導を受けつつ、君島さん自ら設計と施工に挑戦し、山の粘土、海の砂、間伐材や米の籾殻など、暮らしのフィールドにある自然素材を建材として建てた店舗だ。
「形になるまで3年半くらいかかり本当に大変だったんですけども、自分でメンテナンスできますし、機能性もしっかり持たせることができました。例えば、壁に入れた茅(かや)のおかげで断熱ができるようになっています」。自ら自然素材の建築を実践したことで、日本の古民家の良さを再認識したと振り返る。
この「土に還る店」にはオーガニックドライフルーツやナッツ、スパイスやハーブ、そして阿久里さんが作るパンや焼き菓子などがずらりと並ぶ。
規格外にされてしまう食材に価値を与える

風味の凝縮されたドライフルーツを直接買い求めることができるのがAbyssinia。まず君島さんにおすすめされたのが、青森県で農薬や肥料を与えずに自然栽培されたリンゴを使ったドライフルーツ。AMBESSAの定番商品の一つであり、 繊細で甘やかな風味と、咀嚼(そしゃく)するたびに滲み出る滋味に富んだ味わいが特徴的だ。
このドライ素材となるリンゴはもともと大きさが小さかったりキズがあったりと、一般的な流通においては規格外とされるもの。規格外とはいえ、味は確かなものである。「そういう市場に流通できないような果物や野菜を買い取り、ドライにして価値を高める。ドライへの加工はそういう取り組みとしての意味も持っています」。
選び抜かれた素材をドライ加工する

AMBESSAでは2010年より、海外からドライフルーツなどの農産物の輸入を開始し、国内の自然食品店やレストランなどへ卸している。商品は原則として無農薬・無化学肥料で栽培され、添加物や保存料なども使用していないものに限定している。
近年は君島さん一家が栽培するミカンやブルーベリー、レーズン、プルーンなどに加え、知り合いの縁でつながった農園の果実を活用する機会が増えた。これら国産フルーツはアトリエの乾燥機でドライ加工される。
「水分量は15パーセントぐらいが1番いいんですが、乾燥させすぎると干からびてほとんどなくなってしまいますし、乾燥が足りないとカビが発生する原因になります」と、解説する君島さん。「そのギリギリのところを狙うのが難しくもあり、面白みを感じるところ」であるという。
そして、AMBESSAで欠くことのできないドライフルーツが「デーツ(なつめやし)」である。実は、君島さんが北アフリカを旅した時に出会ったデーツが、ドライフルーツの輸入販売を行うきっかけとなったのだ。
ドライフルーツを日本へ届けたい

1977年、東京の深川に生まれた君島さん。「会社勤めをすることにすごく抵抗があった」と、20代の頃はアルバイトをして資金が貯まるたびにバックパッカーとして世界各国を旅するような生活を送っていた。
その旅の途上でチュニジア産のドライのデーツを口にした君島さんはそのおいしさに驚くとともに、「当時、クオリティの高いオーガニックドライフルーツが日本に全然なかった」ことからビジネスとしての可能性を見出し、輸入を始めることにした。ただ一方で、君島さんは単にビジネスという側面だけで、ドライフルーツと関わろうと考えていた訳ではない。その頃の君島さんは食事のスタイルを菜食にしており、ドライフルーツへの関心が高まっていた時期だった。
中米で体感した自然と共生する暮らし

デーツと出会うよりも前のこと。君島さんは中米の旅で、レゲエ音楽や菜食主義などに影響を与えたラスタファリズム(1930年代にジャマイカの労働者階級と農民を中心にして発生した宗教的思想運動)のコミューンに滞在しており、そこで自然と共生する生き方を体感したことが、自身のフィロソフィーに大きな影響を与えた。
「ラスタファリズムの共同体にあったような自然とともにある生き方は、社会が抱えてるいろいろな課題を少しずつ解決できるヒントになると感じました。そうしたことをドライフルーツなどの商品を通じて伝えられないかなと、当時から漠然とそんなことを思っていたんですね。そして自分自身も、コミューンでお世話になった人たちのように、生きる力を身につけたいと思ったんです」。
その後の旅で、ラスタ思想の起点となっているエチオピアを訪ねた君島さんは、この地を自身における生き方の原点と位置付けた。
自給生活の実践

旅から戻った君島さんは、阿久里さんの実家が千葉県内にあったこともあり、南房総で新たな暮らしのスタートを切った。築80年の古民家を改修し、太陽光で自家発電をしながら、田んぼや畑では農薬や肥料を一切使わない自然栽培を実践。自らの手で暮らしと生業を成り立たせる生活を送っている。
米はカレーやパエリアと抜群の相性を成す品種、サリークイーンなどを栽培。ライ麦は阿久里さんが作るパンやシュトーレンの原料となる。店舗裏にある畑では自給用の野菜や果樹が育ち、収穫後は種取りも行っている。「自分が生きるということを、お金を通じて誰かに委ねるんじゃなくて、自分たちでできることを増やしていく。そうすると、今の生きにくい今の社会が、もう少し楽しく地球と調和したものになっていくんじゃないかなって気がするんです」。
生きる楽しさを、次世代に向けて

そんな君島さんは「遊び」も思い切り楽しむ人だ。敷地内の倉庫を改装し、なんとディスコまで作ってしまった。
「太陽光で生み出した電気で音を出して、ミラーボールを回して、知り合いがうちの果実で仕込んでくれたクラフトビールを飲みながら食事をしたり。友人たちとそんな風に遊んだりします」と笑う君島さん。商品を通じてAMBESSAの取り組みに関心を持ってもらいつつも、「こうした楽しいことに転換して直接思いを伝える場を開いていきたい」と考えている。
そして今後は、同じコミュニティ内の生産者と消費者が連携し、フードロスの削減に取り組んだり生産物を買い支えたりする「CSA(Community Supported Agriculture)」と呼ばれる地域支援型農業を広めていければと、君島さんはビジョンを描く。「僕らのやってることは未来の世代のためでもあるんです。きれいごとじゃないですけど、やっぱり子供たちに豊かな自然を残していかなきゃいけない。そのために、思いを同じくする仲間たちと一緒に動いていきたいと思うんです」。
今生きていることを実感できる、南房総での日々の生活。君島さんたちはおいしさを通じて、人間としての根源的な喜びや楽しさとは何かを考えるきっかけを与えてくれている。