ウニの水揚げ量が全国2位の岩手県。そのなかでトップの水揚げ量を誇る産地が、洋野町種市(ひろのちょうたねいち)だ。この町でウニの加工販売を手掛ける「北三陸ファクトリー」は、町内産の天然ウニのブランド化を進める一方、「磯焼け」の影響で身入りが悪くなったウニの「再生養殖」にも取り組んでいる。
外海に面し、天然の魚介類が豊富

岩手県沿岸の最北端に位置する洋野町は、三陸海岸では珍しく、湾のない、外海に面した町だ。荒海にさらされるため養殖業には不向きである一方、親潮と黒潮の影響を直接受けることから天然のホヤやアワビ、ウニなどが豊富に獲れる。
もう一度、水産業で活気あふれる町に

「北三陸ファクトリー」の代表取締役CEO・下苧坪之典さんは、洋野町種市で代々水産業を営む家に生まれ育った。小学生の頃、海に潜ると昆布が森のように茂り、それをエサとするウニが辺り一面にいたことを覚えている。それほど水産資源が豊富で、町にも活気があったという。しかし、1990年代になると水産物原料供給の不安定さと、日本国内の水産物の消費の低迷などにより、地域の水産業が衰退し、父親の会社も傾く。当時中学生だったが「もう水産業では生活できない」と感じ、大学を卒業して自動車販売会社の営業マンになった。
転職も経験しながら、東京、仙台、盛岡などで働いていた下苧坪さんだったが、父親の病気をきっかけに2009年に帰郷。故郷で暮らすうちに海が豊かで町が賑わっていた頃を思い出し、「あの頃のように水産業で活気にあふれていた町を、自分の手でもう一度つくりたい」と、2010年に水産加工販売の「ひろの屋」を創業した。その後、ブランド「北三陸ファクトリー」を立ち上げ、それを法人化したのが2018年だ。
「洋野町産ウニ」の価値を高めたい

事業の核として下苧坪さんが着目したのが、ウニだった。洋野町産のウニの種類はキタムラサキウニ。春から夏にかけて収穫され、水揚げ量が多いだけでなく、味も良い。しかし市場では他産地のものと一緒に「三陸産」として流通していることから、なんとか「洋野町産」のブランドを確立し、価値を高めたいと考えたのだ。
4年目の天然ウニを「うに牧場」で水揚げ

じつは洋野町のウニのおいしさには、独自の理由がある。約60年前に海岸に人工的に造られた178本の「増殖溝」だ。「増殖溝」とは、昆布などの海藻が安定的に流れ込むように岩盤に掘った溝のこと、洋野町の海は遠浅で、干潮時には海水が干上がり海藻が枯れてしまうことから、地元の漁協が、海藻が生い茂る「藻場」として増殖溝を造ったという。おかげで干潮時でも、ウニは増殖溝で天然の海藻を食べることが可能に。下苧坪さん曰く「ウニの味はエサで決まり、天然の昆布が一番」であるため、洋野町のウニは濃厚な旨みを持つようになるのである。
とはいえ、洋野町の海に生息するウニがすべて増殖溝に入るとは限らず、また、一度にたくさんのウニが増殖溝に入ると海藻の取り合いになる。そこで洋野町の漁師は長年積み重ねてきた経験と知恵を駆使し、ウニの生育を管理し、もっともおいしい「4年」で出荷できる仕組みをつくった。
具体的には、種市漁港のそばにある県営の「うに栽培漁業センター」で稚ウニを孵化させ1年間育てたあと、外洋に2年間放流し、その後、増殖溝に移して1年間育てて出荷するというもの。出荷前の1年間、増殖溝に繁茂する天然の昆布などを安定的に食べさせることで、旨みが強く身入りの良いウニに仕上げるというわけだ。下苧坪さんはさらに、この増殖溝を「うに牧場®」、出荷するむき身の生ウニを「洋野うに牧場の四年うに®」と名付けてブランド化。殻付きの生ウニとともに4月末から8月中旬頃にかけて販売しており、飲食店を中心に高い評価を得ている。ちなみに一般的なウニの養殖法は陸上または海面の施設で専用のエサを与えて育てるものだが、「四年うに」の場合、人により放流されたり移されたりするものの海の中で海藻だけを食べて育つので、「養殖もの」ではなく「天然もの」として流通する。
独自のエサを与え、痩せたウニを「再生養殖」

もうひとつ、洋野町産天然ウニのブランド化とともに下苧坪さんが取り組んだのが、磯焼けの影響で身がほとんど詰まっていないウニの「再生養殖」である。
海底に海藻が生えておらず砂漠のような状態の「磯焼け」と、それによる水産物の水揚げ量の減少は、洋野町も含め日本各地で問題になっており、その大きな原因のひとつが、海藻を食べるウニの過剰増殖といわれる。繁殖力が強いウニは海藻を食べ尽くし、しかも雑食性なので海藻が無くなっても生き続けるという。そのうえ、海水温が上がると動きがより活発になることから、昨今の地球温暖化にともなう海水温の上昇によってどんどん増殖しているのだ。そこで、磯焼けを食い止めるためにはウニの採捕が必要なのだが、磯焼けの海域で生き続けているウニには身がほとんど入っていないので商品価値がなく、廃棄料を払って廃棄せざるを得ず、一方で商品として出荷できるウニの水揚げ量は減るばかり。どうしたらよいものか……と漁師から相談を受けた下苧坪さんは、痩せたウニに人工のエサを与え、おいしい身が詰まったウニに「再生」させようと決意。以前からウニの養殖技術を研究している北海道大学水産学部浦和寛准教授に教えを請い、エサと海面養殖法の研究開発に取り組んだ。
「開発は想像以上に大変でした。身はぎっしり詰まってきれいな色なのですが、肝心の味がおいしくなくて」と下苧坪さん。それでも試行錯誤の結果、8年目にようやく、天然ウニに近い食味の身が詰まったウニの「再生養殖」に成功した。具体的には、ウニを入れて管理する専用のかごと、天然の海藻の搾りかすを混ぜたエサを開発したのだ。このウニは「はぐくむうに」と名付けられ、味や身入りの良さのほか、一年中出荷が可能である点でも注目を浴びている。
その後下苧坪さんは、このウニの再生養殖システムで世界の海の磯焼けを改善し、同社のミッション「北三陸から、世界の海を豊かにする」を達成したいと、2023年にオーストラリアに現地法人を設立。日豪の二拠点生活で、養殖に取り組んでいる。
「EU HACCP」の認定を受け、ヨーロッパ輸出を目指す

しかし残念ながら、過剰増殖したウニを完全に駆除し、海を海藻が生い茂る状態に戻すには時間がかかる。実際、前述のとおり磯焼けによってウニの水揚げ量は年々減少しており、2024年は6割減だったという。さらに、海水温の上昇が続くために海面養殖のウニの量も不安定になってきている。
そこで下苧坪さんが進めているのが、町内での陸上養殖施設の整備だ。前浜沖から引いた新鮮な海水を陸上の生け簀に引いてかけ流しにしながら温度管理し、その中で身入りの悪いウニを再生養殖するものである。現在同社で取り扱うウニの多くは天然だが、施設操業後は養殖のほうが多くなると見込まれることから、養殖ウニの食味が天然ウニによりいっそう近くなるよう、エサのブラッシュアップも目指す。
また、海外のマーケットにも目を向ける。同社は「塩ウニ」や「ウニバター」などの加工品を多く手掛けており、2024年12月には本社工場が、ウニでは日本初の「EU HACCP」の認定を受けた。これを機に、加工品や冷凍の養殖ウニなどのヨーロッパへの輸出を見据える。下苧坪さんによると、ウニの国内マーケットは海外産の日本参入により、価格競争が年々厳しくなっているそうで、事業存続のためには世界レベルで自社商品を高く評価してもらうことが不可欠。幸いにも海外でウニの人気は高まっているので、まずはヨーロッパで洋野のウニのブランドを確立したいと考えている。そしてそれが、いつの日か洋野町の再生につながると信じ、下苧坪さんは今日も世界各地を飛び回る。