溶けたガラスが美しい輝きを放つ瞬間。吹きガラスは、その一瞬を切り取る工芸品だ。有永浩太(ありなが こうた)さんは“瞬間の美”ともいえる吹きガラスに、織物の工程に費やされる長い時間のイメージを封じ込める。七尾湾に浮かぶ能登島(のとじま)に工房を構え、ベネチアングラスの技法をもとに独自の世界観を表現する有永さんの思いに触れる。
緻密な繊維を織り込んだような、美しいガラスの世界

不規則な形をした泡のような模様が、今にも動き出しそうな造形。光と影の揺らぎに、はっと息をのむ。本来、無機質なはずのガラスに生命が宿っているようだ。近くで目を凝(こ)らすと、一つひとつの泡に緻密な繊維が見える。泡というより、目の粗い編み物なのか。
イタリアの伝統的なガラス工芸品・ベネチアングラスの技法「レースグラス」に着想を得て、ガラス作家・有永浩太さんが独自の技術で生み出した「netz」。網を意味するこの作品シリーズは、織物をイメージした「gaze」シリーズとともに、有永さんの代名詞となっている。
ガラスと織物。相反する時間の流れを作品に込める

「織物をイメージ」と聞くと、少し不思議に思うかもしれない。織物は、糸を紡ぎ、経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を交差させながら時間をかけて織り上げる。一方で、冷え固まる前に成形しなければならない吹きガラスは時間との勝負。ガラスと織物の工程は、まるで正反対のように思える。
有永さんは言う。「膨大な工程を経る織物の時間軸を、吹きガラスの『瞬間』に封じ込めてみたいと思ったんです」。この作品シリーズも、糸を撚(よ)るようにガラスを引きのばし、精密かつ手間のかかる工程を経て生み出される。ガラスと織物の時間軸が重なった時、作品に深い奥行きが生まれる。
ベネチアングラスの技法を、日本の美的感覚でアレンジする
ベネチアングラスは洗練された完璧なフォルムや規則的なデザインを特徴とするが、有永さんの作品には動きやゆがみ、独特の表情がある。目指すのはベネチアングラスの再現ではなく、この技法を「日本人の感覚や美意識で再構築」することだという。
不完全なものに自然の美を見出す、日本人特有の美意識。有永さんは、緻密に計算された高度な技術を用いながら、そうした「破調(はちょう)の美」を表現する。
四季を感じる能登島の工房で、日々の器を作る

工房がある石川県七尾市能登島は、豊かな四季の移ろいを感じられる場所。光と緑に包まれた工房で、有永さんは毎日何十個もの器を作る。繰り返し器を作り、体に動きをしみ込ませながら自分の形を作り上げるのだという。

有永さんにとって、繊細な技法を凝らした1点ものの大作も、日常の器も、同じものづくりのライン上にある。
「技術や技法は、表現のための道具。だから手入れして磨き続けなきゃいけないし、使い続けないとうまくならない」。手を動かし続けて日常の器を作りながら技術を磨き上げ、自分の形を取り出していく。有永さんの制作スタイルは職人的でストイックだ。
使い手の心と暮らしを豊かにする器

日々の器作りの中で、有永さんは手を動かしながらさまざまなことを考え、試みる。例えば形が異なる酒器のセット。口が広がった平杯は、グラスの縁と舌が平行に近い角度になり、液体が舌の先端で一旦止まるようになり、甘味と苦味を感じやすい形状。口径が小さいぐい飲みは、すっきりとした味わいを楽しめるという。一方、口の窄(すぼ)まった香杯は、液体が口の中に流れ込みやすい設計となっている。これにより、お酒が横に広がり、味わいを強く感じさせる。口を絞っているため、余韻が長く楽しめるのも特徴だ。
ヒントをくれたのは、ある居酒屋の店主だった。「僕がガラスをやっていると知って教えてくれたんですよ。『盃の形で酒の味がこんなに違うんだ』と」。その店主は、有永さんに向かって終始こんこんと説明するものだから、「その時は全くお酒の味がしなかった」とおかしそうに笑う。器作りに向かっている時にふと居酒屋での記憶が浮かび、それを体感できる酒器を作ってみたのだという。
日常で使う器は使いやすく、心を豊かにするものであってほしい。そう願って生み出した器は、使い手の暮らしに彩りと小さな発見を与えてくれる。
震災後の非日常の中で、器作りの手が止まった

2024年1月1日に発生した能登半島地震は、能登島にある工房にも被害をもたらした。800㎏もある窯が大きく動いて床に亀裂が入り、作品のほとんどが割れてしまった。その年に予定していた個展の多くはキャンセルするしかなく、ショックは大きかったという。
「作らなければ収入がないんだから、とにかく作らないと」と工房復旧に取り組んだが、非日常が続く毎日で気持ちばかりが焦ったという。周囲の被害があまりにも大きく、「自分だけが仕事を始めてもいいのだろうか」という迷いもあった。
そんな時に、旧知のギャラリーオーナーから「どんどん作って。私がしっかり売るから」と連絡があった。その声を聞いて「作り始めてもいいんだ」と前を向くことができたという。
割れたガラス破片から、美しいブルーが生まれた

割れてしまった作品は全て一緒にして溶かし、新たな作品に再生した。破片の色合いはばらばらだったが、混ざり合って生まれた色は柔らかなブルー。まるで能登の海を思わせるような色に、地震発生日を冠した「0101(ゼロイチゼロイチ)ブルー」と名付けた。
被災後1年間は創作活動のリズムを取り戻そうと必死だったが、翌年1月1日のあの時間を越えた時に「大変なことがあったんだから、自分のペースや作風が変わっても当然だなと思えたんです」と有永さん。変化を受け入れた時、ふっと肩の力が抜けたという。
コンパクトな次世代型の窯を開発

有永さんには、創作活動と並行して取り組んでいることがある。それはガラス業界の裾野を広げることだ。
ガラス業界で作家として独立するのはハードルが高い。要因の一つが窯の問題。ガラスを溶かす窯は、基本的に一度火を入れたら止めることはない。火を止めるとガラスを溶かすための坩堝(るつぼ)を交換しなければならないし、再び温度を上げる際に時間と燃料費が余計にかかるためだ。火を入れたままの窯を維持するために、長時間不在にすることもできない。
「もっとコンパクトでコントロールしやすく、自由度が高い窯があれば」と考えた有永さんは、窯のメーカーにアイデアを持ち込み、使わない時に火を止められる窯を開発した。
吹きガラスの可能性を広げるモデルケールになりたい

作り手が減れば、窯や坩堝、道具を作る人もいなくなる。ガラス業界全体が立ち行かなくなったら「みんなが困るし、僕も困る」と有永さんは言う。作家としてスタートを切る時に使いやすい窯があれば、作り手を増やせるかもしれない。実際に若手作家を中心に「有永式」の窯の導入が広がり、改良も進んでいるという。

自身が開発に携わった「有永式」の窯でガラスと向き合う日々。「この窯で『こんな表現ができるんだ』と知ってもらうためにも、もっと自分の仕事の幅を広げていきたい」と思いはふくらむ。
ガラスの糸を紡ぎ、織り上げていく。「時間軸」をガラスに封じ込めた有永さんの作品には、未来へとつながる時間も織り込まれているように感じられた。