加工販売の強化と循環型酪農で強い酪農を目指す「髙秀牧場」/千葉県いすみ市

牛の排泄物から堆肥や液肥を作り、その肥料を使って地域の農家が牛の餌となる飼料米を栽培する「循環型酪農」のなかで酪農を営む髙秀(たかひで)牧場。チーズやジェラートなどを作る加工所も開設し、直売という販売スタイルを通じて地域観光の一翼を担うスポットに成長した。攻めの経営に邁進するその想いを追いかける。

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いすみ市で牛を飼い続けて40年

牧場の牛乳を使ってつくられたジェラートやピザ、そしてチーズが観光客に人気の髙秀牧場。約180頭のホルスタインが飼育され、直売所兼カフェ「ミルク工房」のテラスからは屋外に放たれた牛たちがのんびりくつろぐ光景が広がる。千葉県南東部、外房エリアの定番観光スポットであると同時に、酪農体験会を実施するなど、酪農の魅力を伝える活動にも積極的である。

牛乳の組合出荷にとどまらない経営戦略へ

そんな髙秀牧場は1983年、代表の髙橋憲二(けんじ)さんがいすみ市で始めた。それ以前は千葉県北部に位置する八千代(やちよ)市で、髙橋さんの父親が牛を飼っていた。「私が生まれた頃に家で酪農を始めたんですけど、それからずっと牛が大好きで」と、少年のような笑顔を見せる髙橋さん。幼い頃から将来の夢は酪農家になることであり、その夢が実現したのがこの髙秀牧場だった。

髙秀牧場の牛乳は父親の頃からの縁で、生産者組合である「千葉北部酪農協同組合」に出荷している。千葉北部酪農のブランドである「八千代牛乳」は、千葉県北部住民にとっては給食で提供されるお馴染みのご当地牛乳。現在、一般流通している牛乳の主流が120~150℃で1~3秒殺菌する超高温殺菌牛乳であるのに対し、八千代牛乳はHTST法と呼ばれる、比較的低温で殺菌(75℃15秒)する手法がとられており、熱による風味の変質を抑えた味わいが特徴である。

一般的に牛乳は、酪農家から流通事業者に買い取られ、乳業メーカー、小売店、消費者へと流通していくが、髙橋さんは「買い取られる乳価が安すぎることが、辞めていく酪農家が増える大きな要因」と指摘。「牛乳の値段を酪農家自身が決められないことが問題」と強調する。その課題に組合として取り組むべく、千葉北部酪農では先に挙げた殺菌方法と千葉県産牛乳の地産地消という付加価値を付ける戦略を実践し、学校給食や県内生協への販路を拡大するなど成果を上げている。しかしなお、組合の構成員である酪農家は減少の一途をたどり、厳しい状況であるという。

そんな現状を見据えて動き続けている髙橋さんが一貫して力を入れてきたのが「六次産業化」と「循環型酪農」である。

適正価格の販売を目指した六次産業化

髙秀牧場でチーズ製造の責任者を担う大倉典之(のりゆき)さん。大手乳業メーカーでチーズ製造に携わったのち、「食べてくれる方の顔が見える距離感でチーズづくりをしたい」と、2017年に髙秀牧場へ。チーズ工房の二代目の製造責任者として日々、研鑽を積んでいる。

牧場内で乳製品加工と販売を開始

髙秀牧場では牛乳の加工品製造(二次産業)と、その販売と観光(三次産業)を掛け合わせる「六次産業化拠点」として、2011年にチーズ工房を、2016年にはジェラートやピザを提供するミルク工房をオープン。ミルク工房は髙橋さんの長女、温香(はるか)さんが礎を築き、2021年には千葉市の中心市街地に髙秀牧場のアンテナショップ「牛かうばっか~高秀牧場のじぇらーと屋さん~」も開店した。

一方のチーズ工房では前任の職人が技術を磨き、牧場産牛乳によるチーズ造りを確立させた。一ヶ月以上熟成して作るセミハードタイプの「まきばの太陽」は2014年「JAPAN CHEESE AWARD」で金賞を受賞。牛乳の甘みと青カビ独特の風味を融合させたブルーチーズ「草原の青空」は2015年に国際的なコンクール「Mondial du Fromage」でSuper Goldを受賞するなど実績を残している。

その先代から技術を受け継ぎ、二代目として工房を取り仕切るのが大倉さんだ。多様な種類のチーズ造りに挑みつつジェラート部門にも改良を加え、草原の青空を原料にしたジェラートをヒットさせるなど手腕を発揮。工房に着任以来、ジェラート、チーズともに販売量は約三倍の伸びをみせている。「加工部門はうまくやればもっと伸びると思ってます。なにより自分たちで価格を決められるのが大きい。かかった経費を考慮した適正価格であってこそ、酪農は継続できるものと考えています」。大倉さんは、酪農業のこれからに危機感を抱く若手酪農家が髙秀牧場へ視察にやって来ることも多いと話す。

酪農家と米農家双方の課題に循環型で対応

髙秀牧場では牛に与える餌の国産化や地域内自給を推進している。その目的のひとつは、価格が高騰ししている輸入飼料にできるだけ頼らないようにするためだ。現在、酪農における飼料の多くは輸入に依存しており、価格高騰による影響を抑える必要に迫られている現状がある。なかでも牛乳にコクを与えるために給餌されるコーン類は輸入飼料の代表格。だが、「コーンなどの輸入飼料を国産に切り替えるとタンパク源が不足しがちになる」と話す髙橋さん。その対策として醤油醸造の盛んな千葉県の土地柄を活かし、醤油を絞った後の大豆かすをエコフィード(食品残渣を活用した飼料)として使うほか、牧場内でもトウモロコシの栽培を始めている。

そして、もうひとつの大きな目的は「酪農家と米農家、それぞれの課題にともに向き合うこと」である。飼料米における地域内自給のスタイルが「循環型」になっているのはそのためだ。牧場で出た牛の糞は牧場内で発酵させ堆肥に、尿は専用のラグーンと呼ばれる施設で液肥にする。その堆肥や液肥を地元の農家が飼料米栽培に活用。そこで収穫された米を牛が餌にするというサイクルだ。

いすみにおいても担い手の高齢化により田んぼの耕作放棄地が増加。その状況を踏まえて、食糧米よりも栽培しやすい飼料米をサイクルに組み込み、米の栽培需要を生み出すことで農業経営の下支えになることを目指す。一方で、牧場側にとっては牛の排泄物の活用と飼料の安定供給につながる。「そうやって地域とともに課題に向き合うことで里山の風景も守れますし、強い酪農経営ができてくるのかなと思っています」と大倉さんは話す。

地域の米を餌にした牛の乳でチーズをつくる

「うちの牛乳は少し甘みがあって爽やかな感じなんですが、その甘みはお米からきてると思っているんです」。例えば、「草原の青空」はその甘みを生かしてブルーチーズをマイルドに仕上げた象徴的な商品といえる。

大倉さんはチーズ造りのためにジャージー牛やブラウンスイスといった違う品種の牛を選択するということを、あえては行わない。地域ぐるみの取り組みとなっている「循環型酪農」があってこそ、髙秀牧場も地域も支えられているとの想いがあるからこそ、あくまでも「工房に持ってきてもらった牛乳に対してベストを尽くす」という考え方なのだ。

さらに次の一歩へ

そんな髙秀牧場のあり方をチーズ造りに込める大倉さんは、使う乳酸菌を変えてみたりと試行錯誤を続けながら「米主体の飼料で育った牛の牛乳に対して、自分の持てる最大限の技術を持って個性あるチーズを目指したい」と意気込む。髙橋さんも、さらに次の一歩へ動き出している。近隣地域の十数軒の酪農家たちと共同で「TMRセンター」を作る計画を進めているのだ。

TMRセンターとは「牛のための給食センター」のこと。一軒の酪農家が自給作物を生産しようとすると、酪農経営にプラスする形で飼料生産という労働コストが多大にかかってしまう。稼働させるトラクターも一台数千万という膨大な金額がかかり、個人で購入するのはハードルが高い。そこで飼料生産を共同化し、拠点となるセンターを設けることで効率化を図り、地域全体で飼料自給率を向上させようというのである。「特に、酪農部分と飼料生産部分を分業化するような仕組みが必要。一日14時間とか15時間も働くなんていったら、やっぱり若い人は続かないと思うんだよね」と髙橋さんは次世代の酪農経営を見据える。地域とともに歩む牧場の挑戦は様々な人たちを巻き込みながら、これからも続いていくだろう。

ACCESS

髙秀牧場
千葉県いすみ市須賀谷1339-1
TEL 0470-62-6669
URL https://www.takahide-dairyfarm.com
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