山本憲卓(やまもとのりたか)さんの陶器は、自然のエネルギーを感じさせる独特の風合いが魅力。土の発酵や火の走り方など、人智の及ばない偶発性をおおらかに受け入れる姿勢が唯一無二の表現となって、見るものを惹きつける。
やちむんとの出会いと学び
沖縄では焼き物のことを“やちむん”と呼ぶ。三重県伊勢志摩出身の山本憲卓さんは、沖縄県立芸術大学でやちむんと出会い、その伝統的な技法を学んだ。学生時代は若さゆえの反発心もあって、「自分で土を取ってきて焼くと、教科書通りにならないことが楽しくて」、オブジェ制作などの表現活動にも情熱を注いだという。
大学卒業後は、沖縄を代表する陶芸家である大嶺實清氏の工房に入り、7年間修行を積んだ。器としての実用性や機能美が重視される工房での仕事は、山本さんに実践的なスキルと、「使いやすさと表現とのバランス」という新たな視点をもたらした。
自分らしさとの葛藤
独立し、読谷村の海辺の集落に工房を構えて8年。当初は、自らの創作について葛藤した時期もあったという。「自分の表現をしようと思っても、いざ器を作ろうとすると、体が覚えている“大嶺工房のもの”になってしまう。あれ?俺が作りたかったのはこれだったのか? 自由にオブジェを作っていた頃の俺はどこへいった? という状態から抜け出すのに、3年くらいかかりましたね」
真剣勝負の面白さ
山本さんは、「土は一度焼いたら元には戻らない。だから、土に対する責任がある」という。そして、その責任が「面白い」という。また、共同の登り窯で作品を焼く時に感じるプレッシャーも「面白い」という。「もし失敗したら、1〜2ヶ月かけた仕事が全部パーになってしまう。でもそのぶん、仕上がった時の喜びも大きい。真剣になってピリついている感じが本当に楽しくて。修行中は親方が責任を取ってくれましたけど、独立してからは自分の責任なので、“窯の中で何が起こっているのか?” をものすごく考えるようになりました」
「受け入れる」ということ
山本さんが作り出す作品には、大きく分けて二つのラインがある。一つは、タタラと呼ばれる板状の土から成形し、釉薬をかけずに焼いた「焼締」や、白い化粧土と透明な釉薬だけをかけて焼いた「粉引」などの素朴でシンプルな器。もう一つは、主に沖縄の土で作られる独創的なオブジェ。方向性は異なるが、そのどちらからも火のエネルギーをまとった豊かな土の表情と質感が感じられる。
自然のまま、ありのままに
工房で使っている窯は、火が近くて馬力があり、焼き方についても「ガス窯に比べると比較的、自由が効く」という灯油窯。この窯で、クチャと呼ばれる沖縄本島南部の泥土を、炭の粉を詰めた鉢に密封していぶすようにして焼く、炭化焼成という手法を用いた実験的な作品にも取り組んでいる。
「クチャというのは海泥で、たぶん有機物がたくさん含まれているので発酵するんです。これを、平御香(沖縄の線香)の粉を詰めた鉢に密閉して焼くとパンのように膨らんで、ものすごく面白いんですよ」と、山本さん。焼き上がったものを手にすると、溶岩のような見た目とは裏腹に、軽石のように軽くて水に浮く。
「この方法で焼くと、土がほんの少し動くだけで、人間の想像を越えたものが生まれるんです。こんな形は、人間には絶対に作れない。昔は割と“思った通りに作りたい”と思うタイプだったんですけれど、こういう自然の力を見てしまったら、もう受け入れるしかない」
実際に、クチャを使った作品づくりが山本さんにとって転機となった。
「そうそう、これでいいよね、これがかっこいいよね、と受け入れられるようになったら、ものづくりがだいぶ楽になりました」
ありのままの美しさ
「ありのままを受け入れる」ということは、土と火が持つエネルギーを最大限に生かすことでもある。偶発的に生まれる美しさを孕(はら)んだ山本さんの作品からは、人間には制御不可能な自然の息吹が満ち溢れている。
「売れるのはやっぱり器なんですが、このクチャの作品をギャラリーに初めて置いてもらった時に、一個売れたんです。それがとても嬉しくて」
器をどのように使うかはその人次第。正解も不正解もない。今では、山本さんにしか生み出せない陶芸作品を求めて、世界一予約が取れないことで知られるコペンハーゲンのレストラン「Noma」が、期間限定で京都に出店するポップアップレストラン「Noma in Kyoto」などの名店も買い付けに訪れるそうだ。
作り手として、攻めていきたい
山本さんの根底には、「人間は自然には叶わない」という想いがある。陶芸は、成形後の工程で一旦人の手を離れることで、人智を越えた力との対話を楽しみ、そこから未知の表現を生み出すもの。「できるだけ触りたくないし、触らない方がいいんじゃないかと思いながら、“こうやったら、どうなるだろう?”という真剣勝負をずっと繰り返している感じです」という。
「土づくりも釉薬も焼き方も、先人たちが実験しながら切り拓いてきた道。だから、自分が新しいことをやっているという感覚はないです」という山本さん。気負わずに楽しみながら、「窯を開けた時に、今までに見たことのないものを見たい」という攻めの作陶が、これからも続いていく。