静岡県との県境にある愛知県豊橋市で約5ヘクタールにわたって緑鮮やかな美しい茶畑が広がる「翠茗園 岡本製茶」。祖父の代でお茶の産地として有名な牧ノ原台地を有する静岡県牧之原市から移住し、土地を開墾。土壌作りなど努力を重ね、親子3代で農林水産大臣賞を受賞した。4代目の岡本広敏さんはお茶を楽しむ入口を広げるべく、粉末やティーパックの商品化や、農場を開放するオープンファームにも取り組む。未来を見据える広敏さんが目指すお茶作りを探る。
紅茶の栽培も盛んな愛知県の豊橋茶
愛知県の南東部、静岡県との県境にある豊橋市は、東三河地方の中心都市であり、愛知県内5位の人口を抱えている。西部は三河湾、南部は太平洋と接しており、1年を通して比較的温暖な気候だ。
そんな豊橋市は、全国有数の出荷量を誇るキャベツや全国一の産地を誇る大葉をはじめ、国内でも有数の園芸産地である。その土壌ゆえ、「香りが高い」といわれるのが豊橋茶だ。
起源は明らかになっていないが、戦前は豊橋市の中央部にある高師原地区に数軒の茶農家があったようだ。昭和20年代は戦後の復興とともに紅茶の製造が盛んになったという。その後、煎茶の製造にも取り組むようになり、現在の豊橋茶につながっているそうだ。温暖な地域のため、静岡よりも3〜4日早く収穫期を迎えることも豊橋茶の特徴のひとつだ。
静岡県牧之原市から茶園を移し、一から土地を開拓
広敏さんが営む「翠茗園(すいめいえん) 岡本製茶」は、5つの主要産地のうちの東細谷町にある。自宅を取り囲むように約5ヘクタールの茶畑が広がっており、「大井早生(おおいわせ)」「くりたわせ」「やえほ」「ゆたかみどり」「さえみどり」「つゆひかり」「やぶきた」「めいりょく」「さやまかおり」「やまかい」「おくみどり」と、早生(わせ)から晩生(おくて)まで収穫の時期が異なる複数の品種を栽培している。この理由は3~4日といわれる茶葉の収穫適期に合わせて収穫を行うことで、常に高い品質のお茶を流通させるため。
元は静岡県有数の茶の産地・牧之原台地に茶園を持っていたが、太平洋戦争の影響により2代目が現在の地へ移住。当時、何もなかった土地を開墾し、独特な起伏のある土地に耕した。水はけがよくなるように若干の傾斜をつけ、地上や地中の水を集めて排水路へ流す「暗渠排水(あんきょはいすい)」も設置。そのおかげで水はけに優れた茶園となり、お茶の栽培に適していると言われる柔らかい赤土にも恵まれ、良質な茶葉の栽培が可能となった。
お茶作りは土作りから
4代目である岡本さんは子どもの頃から茶摘みを身近に見て育った。自宅、製茶工場の周りに茶畑が広がる。茶園の管理から製造、パック詰めまで家族経営。自分の作ったものが人を幸せにできる。また、お茶の木を作るところから製造まですべてが自分の責任。夢ややりがいを肌で感じ、後継者になる道を選んだのも自然な流れだった。
「お茶の味や香りは土壌で変わる」と話す岡本さん。お茶の木の根が太く、深くまで伸びるためには土の柔らかさが必要だ。だが機械を使って摘採すると、どうしても土が踏み固められてしまう。そこで岡本さんは二番茶を摘み取ったあと、三番茶の芽が出ても刈って畑へ戻すことにしている。一般的には三番茶として販売できるものだが、有機物をできるだけ土へ与えることで土壌生物を増やし、土壌自体が持つ力を維持させたいと考えているのだ。
摘採時期をずらすため、複数の品種を栽培
家族経営ゆえの大変さもある。摘採時期が重なってしまうと手が足らず、ベストな収穫タイミングを逃してしまう場合があることだ。収穫が2〜3日遅れるだけでも茶葉の繊維質が増え、味に大きな違いが出てしまう。5ヘクタールの茶畑を一度に摘採することは難しいため、早生と晩生という摘採時期の異なる品種を植えることで、どのお茶もちょうどいいタイミングで摘採できるよう工夫している。適期で摘採したものは「触り心地が全然違う。ずっと触っていたいぐらい心地いい」そうだ。
数秒の違いが味に表れる製茶工程
収穫されたお茶は自宅近くにある製茶工場に集約。すぐさま蒸気で蒸され、その後冷却器によって冷やされる。摘採した生葉を放置しておくとすぐに酸化してしまうため、時間との勝負だ。さらに葉の緑を維持しながら青臭さを取り除かなければならず、この蒸し時間の長さで味、香り、水の色が決まるといわれている。数秒の違いが味の違いに表れるため、少しの油断も許されない工程だ。
収穫から製造まですべてを担っている岡本さんは、茶摘み時期の1カ月ほどはつきっきりとなり、寝る暇もない。そんな状況でも「好きでやっている仕事なので、全く苦ではない。納得のいくお茶作りをしたいから」と岡本さんは微笑む。
結露と酸化を防ぐため7度で保存
お茶の販売まで手がけている岡本製茶では、工場内の冷蔵庫で製茶後の商品を保存している。その設定温度は7度。「冷えすぎると、冷蔵庫から出して常温に戻したときに結露してしまう可能性があります。お茶は水分を吸収すると傷んでしまうので、できるだけ結露は避けたい。かといって温度を上げると酸化が進んでしまいます。結露と酸化を避けるギリギリの温度が7度」と、その理由を教えてくれた。
親子三代で農林水産大臣賞を受賞
毎年、その年のお茶の出来栄えを生産者らが競う「茶品評会」が全国各地で開催されている。お茶の審査技術を持つ専門家が、茶葉の見た目、お茶の色、香り、味の4項目を評価する。岡本製茶では、全国・愛知県の両方の品評会で、親子3代にわたって最高賞である「農林水産大臣賞」を受賞。特に香りが高いという評価を受けた。
岡本さんが目指すお茶を聞いてみると、「味の好みは人それぞれですが」と前置きしたうえで「緑茶らしい渋味がしっかりあり、飲んでみてぐっとくるお茶」と答えてくれた。しかし、自然相手であるがゆえにそう簡単には作れないという。「毎年同じことをやっても味が変わりますし、同じ管理方法であっても畑ごとに違いが生まれることもあります。1年に1度しか挑戦できないので、毎年勉強ですね」。
奥さまとの二人三脚で、消費者から求められる商品開発を
近年、茶葉タイプのお茶の若者離れが進んでいる。急須でお茶を淹れることが面倒だと思われているためだ。そこで岡本さんが取り組んだのが、手軽にお茶を淹れられる「粉末茶」の開発。
だが、粉末にしたときに茶葉で淹れたものと同じ味にはならない。思ったようなきれいな色が出なかったりもする。品種を変えたり、粉末にするまでの過程で試行錯誤したりと、開発には苦労したという。開発には、奥さまの意見を積極的に採用した。茶農家で育っていないからこその、一般消費者の視点を存分に反映させたのだ。そして、煎茶、玄米茶、ほうじ茶、紅茶の粉末茶を完成させた。
粉末茶の販売により、これまでとは異なる客層を発掘することができ、手応えを感じたそう。第2弾として三角ティーバッグの商品開発に着手し、オンラインショップなどで販売。リーフで淹れるお茶により近い味を、手軽に楽しめるそうだ。
目標は問屋から指名されるお茶作り
4代目として新商品開発を精力的に手がけるものの、効率化や品質の向上など改善したい点はまだまだ多いという。家族経営でやっている分、品種や天候によって収穫時期が遅れてしまうことへの対策や、お茶の木そのものの質を向上させることにも力を入れていく方針だ。
お茶の栽培面積が拡大している地域はあるものの、全国的に見るとお茶の生産量は減少傾向にある。また世帯当たりのリーフ茶消費量も減少傾向にあり、業界全体が縮小傾向にあるといわざるを得ない。「厳しい状況ではありますが、そのなかでも『岡本製茶のお茶が欲しい』と言ってもらえるよう、こだわりの茶葉をつくりたい」。お茶を愛し、お茶とひたむきに向き合う広敏さんは志を持ち続けている。
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