日本の食文化を丁寧に、そして独創的に発信する「酢重正之商店」

日本の食文化を丁寧に、そして独創的に発信する「酢重正之商店」

長野県の東部に位置する小諸市といえば、漫画作品をきっかけに広く認知されるようになった千石秀久が初代藩主をつとめ、小説家・島崎藤村が半生を過ごした歴史ある町だ。江戸の時代より、小諸藩御用達を賜り、この町の豪商小山家が代々営んだ酢久(すきゅう)商店では味噌や醤油、酢などを醸造していた。1872年そこから分家する形で味噌蔵「酢重(すじゅう)」は生まれた。
それから200余年、本家・酢久とともに、地元の醸造文化の発展に尽力してきたが、日本に洋食が普及しはじめると同時に味噌の需要が低迷。様々な事情が折り重なり昭和なかばに、酢重は醸造の商いを閉じる事となった。
それから半世紀ほどたった2004年、酢重小山家の直系である小山正(こやままさし)さんが初代当主「重右衛門正之」の名をもらい、「酢重正之商店」として屋号を復活させ、酢重の新たな歴史を刻み始めた。

小山さんは高校生の頃、アイスホッケーの選手としてカナダへ留学していたのだが、留学先で日本食の魅力が十分に伝わっていない現状を目の当たりにし、どうすれば自分が普段「美味しい」と感じている日本食の魅力を最良のかたちで伝える事ができるだろうかと、常々その発信方法について考えを巡らせていた。
当時から蓄え続けたそのアイデアを実現するために2000年、株式会社FONZ(フォンス)を立ち上げた。日本の食文化の代表である蕎麦の世界に着目し、酒と肴を楽しんで蕎麦で〆る江戸時代の粋な文化“蕎麦屋酒”を現代的表現にした「川上庵」が消費者に受け入れられ、次のステップとして、味噌や醤油など食卓に欠かすことのできない調味料を販売するセレクトショップ「酢重正之商店」がスタートした。これこそが小山さんのルーツである酢重のアイデンティティであり海外に広く発信していきたいと考えていた日本ならではの食。
酢重正之商店では日本の“おいしい”の根底は醤油や味噌、米などにあると考え、奇をてらったものではなく、伝統に沿って丁寧に造られた商品を並べ、日々の食卓を豊かにしてくれる調味料や総菜の魅力を発信しつづけた。

こうして自ブランドのファンを増やすことに成功し、2007年には酢重正之商店で展開する調味料を使った料理を楽しめる食処「レストラン 酢重正之」を軽井沢にオープンした。
「酢重正之商店」で主に販売しているのは味噌や醤油だが、それを単品で味わってもらうのはなかなか難しい。だからこそ、それらを受け止める理想の相方ともいえる、白飯が主役の食事を提供することで、自社商品の魅力もより伝えられるのではないかと考えたのだ。特別な料理や食材ではないけれど、また来たいと足を運んでもらえる美味しい料理、温かい空間やサービスを提供したいという想いから生まれたアイデアでもあった。

それを叶えるために採用した“銅釜”は、土鍋と比較すると熱伝導が良く、高温で一気に炊き上げるため調理時間が短縮できる。そのため、一釜毎で常に「美味しい炊き立てごはん」の提供ができる。採用に至った最大の理由は、小山さん自身が中学生の頃に軽井沢の銅作家宅で食べた銅釜で炊いた「炊き立てごはん」の風味が忘れられないほど美味しかった実体験から。こうして銅釜を職人と共同で開発し、その時感じた「美味しい」をレストラン酢重正之のメインに置いた。こだわりの炊きたてごはんと、希少な大豆で作られた酢重自慢の味噌を使った味噌汁という、シンプルながらも飽きのこない、毎日食べたいと思ってもらえる和食を提供している。この炊き立てごはんとお味噌汁は海外に店舗を展開する現在でも、海外で「ほんものの日本食」を伝える礎となっている。

小山さんは、この2ブランド以降も日本ひいては自然豊かな長野県の食材の魅力を最良の形で伝えたいという想いを強く持ち、ベーカリー&レストラン「沢村」、「銀座 真田」など多くの飲食ブランドを展開しつづけている。
そんな中、後継者を探していた本家・酢久商店の事業を小山さんが継承することになった。
こうして2021年、一度分かれた両家が再びひとつとなり、これから先の歴史を一緒に紡いでいくこととなる。これにより、新たな事業の可能性も拡がった。小山さんが叶えたかった“日本の食文化を世界に発信する”というビジョンが、より具体的になり、現在店舗を構えるアジア圏ばかりではなく、欧米諸国への出店計画も着手視野にいれている。
日本食の素晴らしさを愛し、それを世界に伝えんと思いを巡らせた青年の夢は、大きく飛躍し日本中の食通たちを唸らすほどのブランドに成長。いよいよ世界中の人が酢重正之の和食を囲んで酒や会話を愉しむ、そんな“日本の粋”が世界のスタンダードとなる日も、もう間もなくかもしれない。

ACCESS

酢重正之商店
長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢1-6
TEL 0267-41-2929
URL https://www.suju-masayuki.com/