日本人の主食「米」
食の欧米化とともに米離れが進んだとは言われるが、日本人の主食は常に米だ。日本中の家庭やコンビニエンスストアにも至極当然のものとしてある。しかし、米の歴史を知る人は少ない。諸説あるものの日本で稲作が始まったのは3,000年ほど前の縄文時代。ユーラシア大陸より稲作技術とともに伝えられ、明治時代以前は税として米が徴収されていたことからも、日本人の生活に最も身近な食べ物であり続けたことがうかがえる。 また、世界で生産されている米の種類は大きく分けると、日本ではお馴染み、朝鮮半島などでも広く主食として親しまれている「ジャポニカ米」、細長い形状でタイ料理などでよく見かける「インディカ米」、幅が広く大粒の形状で粘りはあるがあっさりしていてパエリアやリゾットに使われる「ジャバニカ米」の3種類。世界で生産されている米の8割以上を占めるというインディカ米は日本ではあまり生産されておらず、短い粒と粘り気があるジャポニカ米が多くの日本人に好まれている。中でも、1956年に品種登録されたコシヒカリは全国の田んぼの3分の1で生産されており、一般的な日本人が考える米の基準となっている。
可能性を秘めた米、「龍の瞳」誕生
2000年、当時農林水産省に勤めていた今井隆さんは、岐阜県下呂市にて稲の生育を確認するためコシヒカリの田んぼを見回っていた時、ある異変に気づいた。「明らかにコシヒカリではない背の高い稲が混じっていて、よく見ると籾もかなりの大粒でした。」そして、翌年にその籾を育て、収穫して炊いてみたところ、これまで体験したことがなかった甘みや香り、歯ごたえがあり、今井さんは米の概念を覆すような衝撃を覚えた。この米は新品種に違いないと考えた今井さんは遺伝子検査を専門の会社に依頼したものの解析できず、何を起源とする米か分からなかった。しかし明らかにコシヒカリとは違う品種であるという確信をもった。 2002年には、品種登録すべく秘密裏に品種登録に向けた試験栽培を行い、データを確定して2003年4月1日に農林水産省に品種登録を出願した。出願時の品種名は、「龍の瞳」。稲作りに大切な水の神様である「龍」を名前に付けたかった。そして、大きな米粒を「瞳」に見立てた。 同時に、ブランド戦略を確立するために商品名としての「龍の瞳」が必要になり、特許庁に「龍の瞳」として商標登録を出願して受理された。農林水産省から「龍の瞳」では品種登録ができないという文書が来るのは折り込み済みで、田んぼはいのちが集まる場所であること、次世代の稲のいのちである種を食すことから「龍の瞳」から「いのちの壱」に品種名を変えることにした。2006年、無事品種登録されると、よりおいしく、安全なお米として育て守る為に走り出した。 しかし、背丈が高く穂も大きく育つが故に倒れやすく、病気に弱いため、栽培するのは極めて難しかった。そこで、未知であるが、特大の可能性を秘めた米を守り、後世に残したいと、今井さんは51歳で農林水産省を退職。みんなが美味しくて安全に食べられる米をつくりたいと、米作りの匠を目指す仲間を集め「龍の瞳」の栽培、普及活動に専念した。
「龍の瞳」の厳格な基準を作成し、基準をクリアした契約農家だけが、定められたマニュアルのもとに栽培を許されており、「龍の瞳」のブランド価値を守り、高めている。また龍の瞳の品質維持のために種籾である「いのちの壱」の原種管理にも力を注いでいる。その様な活動の甲斐あって、現在までに今井さん本人のみならず、契約農家の生産者までもが、全国米・食味分析鑑定コンクールで金賞受賞や、あなたが選ぶ日本一おいしい米コンテスト最優秀賞を受賞するなど幾多の全国コンクールで最優秀賞を獲得し、日本を代表するブランド米として、生産者や米好きに認知されるようになった。
「龍の瞳」で日本の米を守る
今井さんが憂うのは、日本人の米の消費量が1962年の年間約118kgをピークに減少を続け、現在はその半分以下になっていること。「当時は肉体労働中心で日の丸弁当を食べていた時代だったとはいえ、昔ながらの栽培方法で育てた米が単純に美味しかったから多くの人が米を食べていたと思うんです。だから、私はなるべく農薬を使わずに美味しいお米を作って、またこれを食べたいという人を増やしたい」と話す。実際今井さんの畑ではハーブを植える事で農薬の代替えにするなどの取り組みを行っている。2017年にはより世界水準で評価された、安全で安心なお米を提供できるようにと「グローバルGAP」の認証も取得した。このような安心安全なお米を季節によって適した炊き方をすることでより美味しく食べることができる。 天の恵みのように現れて今井さんが人生をかけ、情熱を注ぎ守り続けてきた「龍の瞳」が、離れていた日本人の米を愛する心を呼び覚まし、日本の米作りが世界に誇れる素晴らしい技術であり継承されていくべき文化であることを再び認知させる光となるだろう。