NIHONMONO「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン

あるがままに現代の民藝を 陶芸家・村上雄一

あるがままに現代の民藝を 陶芸家・村上雄一

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大正時代、柳宗悦らによって提唱された「民藝(民衆的工芸の略)」。民衆が日々手に取り日常の生活といつも同居しているもの。珍しいものでもなく、誰もが手にしやすく、どこにでもあるもので、無名の作り手がつくった日用品の中にこそ、実用性から生まれる美しさ(用の美)があると柳は考えた。この新しい見立てにより、各地の文化風土に根ざした手仕事にスポットが当てられた。いわば、工芸の民主化、定義の広がりに多くの陶芸家や作家が共鳴し、日本人ならではの美意識として、ものづくりの世界に浸透したとされている。そして「民衆の民衆による民衆のための工芸」ともいうべき「民藝」の思想は、現代のものづくりにおいても変わる事なく受け継がれている。

「僕が考える民藝とは“潔さ”。その時代にある素材を受け入れて、一般的な生活者が購入できる価格の良いものをつくること。民藝とは何かも知らずに入った世界でまだまだ勉強中ですが、今の暮らしに合ったものをつくるのが大事だと思うんです」と話す陶芸家の村上雄一さん。焼き物のまち、岐阜県南東部に位置する土岐市に工房を構え、多彩なうつわを作陶する新進気鋭の作家だ。「湖水色」「薄墨色」など湖をイメージしたプレートシリーズでは、窯変(ようへん)によるまだらな色彩と模様によって独特の色彩感覚を表現。工業的な白さをあえて生かした白磁は、日常づかいしやすいよう、縁をやや分厚く仕上げ、機能美を持たせる。特定の様式や素材に固執せず、時代の空気感を使いやすさに落とし込み、モダンなうつわで表現するのが村上さんのスタイルだ。そして村上さんを語るときに外せないのは茶器の存在。昔からお茶を飲むのが好きだったことがきっかけで中国茶器を作るようになったのだそうだ。そして必然の様に中国茶の世界にも誘われるように足を踏み入れ、中国、台湾などのお茶愛好家からの引き合いがたえない。お茶を愛するがゆえにそのお茶をいかに美味しく飲む為の道具を作るか、その熱量がそれぞれの器にしっかりと映し出される。日常使いでありながら細やかな手仕事が光る作品がならぶ。

そのルーツは、高校卒業後に挑戦した全国のものづくりの現場を徒歩で巡る旅。生まれ育った東京都世田谷区を出発し南に向かうことだけを決めて、気の向くまま歩いた。電車もバスも乗らない、ヒッチハイクもしない旅。とにかく歩いて歩いて歩いて歩いた。はじめに出会ったものづくりの現場は静岡県の「井川めんぱ」。天然漆の美しい光沢が特徴の曲物だ。そこでは職人たちが手際よく作り上げていく姿に目を奪われた。自分でもお弁当箱を作ってみようと丸太とノミ一つを握り、削りながら旅をして、たどり着いた福井県の越前で漆を塗ってもらった。そして輪島塗が見たいと思えば石川県にも向かった。時には神社の境内や無人駅に寝袋を敷いて眠ることも。旅の途中、京都では3か月バイトもした。JAZZ Barや内装業の手伝いなど創作のヒントになる経験を積んだ。1年ほど歩いてたどり着いた沖縄の地で、出会ったのは、国内はもとより海外でも高く評価され、数々の賞を受賞している陶芸家 山田真萬さんだった。沖縄に来るまで焼き物に触れたのは父方の親族が営む工房1軒だけだった。そこで手びねりのカップを作ったのが陶土を触った初めての経験。この時はまだ陶芸に興味がわかないでいたのだが、山田さんの作品に出合い衝撃を受け、そのまま師事。「自然を見ろ、自然が完璧に美しい」という山田さんの教えの中から技術だけでなく多くの事を学んだ。5年ほど「やちむん」の修行を積んだのち、多治見市が管理運営する窯業に関する研究機関である「多治見市陶磁器意匠研究所」に入学。これまでの経験とは違った角度から焼き物と向き合い、学びを深めた後に独立。一見非効率で遠回りなようにも見える道を経たことで、人々の暮らしの中での自分のうつわのあり方を早い段階で見出すことができたという。

「最近、自分のアイデンティティは東京にあるのだと改めて感じています」と村上さん。若い頃、古着屋やアンティークショップを回って、自分の直感をもとに選んだアイテムをスタイリングしていたように、モダンでありながらも使い心地の良いスタイリッシュな器に仕立てる。使い手の気持ちに寄り添うクラフトマンシップと都市生活者ならではの見立て。村上さんにだからこそ創り出せる世界観なのだろう。もしいつもの生活の中に何か新しさがほしくなった時は、是非村上さんの器を手にしてみてほしい。良い塩梅で合わさったセンスが思いもよらぬハーモニーを奏で貴方の食器棚や食卓をぐっと格上げしてくれるはずだ。

ACCESS

村上 雄一
岐阜県土岐市
URL https://yuichimurakami.com/