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全国に15人、茶師十段の手がけた「焙じ茶専門店 近江茶 丸吉」

全国に15人、茶師十段の手がけた「焙じ茶専門店 近江茶 丸吉」

この数年ほどの間に、着実な人気の高まりを見せているほうじ茶。「ほうじ茶ラテ」というスタイルもすっかり浸透した感がある。そのほうじ茶の魅力にいち早く目を付けた人物が、滋賀県の茶の一大産地・土山町の「焙じ茶専門店 近江茶丸吉」代表・吉永健治さんである。

滋賀県最大の茶産地・土山に誕生した「焙じ茶専門店」

滋賀県と三重県を隔てる鈴鹿山脈のふもとの町・土山町。夏場は35℃、冬場は-5℃という寒暖差が茶の栽培に適し、茶の栽培面積・生産量とも滋賀県一を誇る。しかし、そもそも滋賀県の茶の生産量は全国13位(2020年)で、産地としての知名度は決して高くはない。かつては300戸ほどだった茶農家の数は、現在は100戸ほどに減少している。


「ほうじ茶専門店」その仕掛け人とは

そうした中、他店にはない打ち出しを工夫し、品質の高い茶を提供しながら滋賀県産の茶の知名度を上げたいと奮闘しているのが、「焙じ茶専門店 近江茶丸吉」の吉永健治さんだ。吉永さんは、土山町で100年以上の歴史を持つ茶問屋「マルヨシ近江茶」の7代目。そして日本にわずか15人しかいない「茶師十段」の肩書を持つ一人でもある。茶農家によって一次加工された荒茶を、ふるい分けや、合組(ごうぐみ)と呼ばれるブレンド、茶葉の火入れといった作業をしながら商品に仕上げていくプロである。


「茶師十段」とは?

ここで吉永さんの「茶師十段」という肩書きについてもう少し説明したい。

茶師十段とは、全国茶業連合青年団が年1回主催する「全国茶審査技術競技大会」で授与される茶審査鑑定技術の最高位。製茶業界でも至難の業といわれ、同大会が開催されて約70年間の歴史において15人しか認定されていない。同店のほうじ茶には、その目利きの技がいかんなく発揮されているというわけだ。


海外でのほろ苦い経験が、ほうじ茶の可能性に気づかせた

自社で手がけた茶を「滋賀の茶」として売り出したいとの思いもあったが、吉永さんがこの世界に入った2000年頃、緑茶の消費量は下降の一途をたどっていた。吉永さんは新たな販路獲得を目指し、海外営業に出るようになる。


やがて、アメリカ、シンガポール、中国など海外での展示会へと出張するようになるが、どこに行っても思うような手応えは得られなかった。煎茶を口にしたバイヤーの反応は「まずい」「しょっぱい」「苦い」「渋い」と否定的なものばかり。そして、吉永さんはあることに気づいた。

「ついでに持参したほうじ茶のほうが、香ばしくて美味しいと受けが良い

また、日本の若年層からの反応も似通っていたという。苦みを嫌い、香りの高いお茶を好む傾向が若い人にはある。そう感じた吉永さんは、ほうじ茶に特化することを決意した。

これまでのマルヨシの歴史の中でも時流に合わせた事業展開を行ってきた。幸いな事に焙煎技術に関しては、他のメーカーからの要望を引き受けるなどして、そのノウハウを蓄積してきた事もあり、香りを重視したお茶である「ほうじ茶」に舵を切ることに不安はなかった。むしろ転換しなければならないという使命感すら感じた。


進むべき道が見えた

「ここ土山のお茶は、ほうじ茶に向いていると思います。山間部で寒暖差がはげしい分、茶葉の生育には時間がかかりますが、その分、味も香りもしっかりした重厚なお茶ができる。火入れを行うとお茶のコクが弱くなりがちなのですが、土山のお茶は火を入れても茶の味わいが残るんです」と吉永さん。

また、茶問屋として煎茶もほうじ茶も幅広く手がけてきた経験が、ほうじ茶専門店を開くにあたり役立った。しかし、今後は「何でもできる」ではなく「ほうじ茶一本でやっていく」にシフトする。そう決めたとき、進むべき道が明確になったと吉永さんは語った。

2014年にオープンした「焙じ茶専門店 近江茶 丸吉」の店内にはいろんなパッケージの商品が並び、ほうじ茶だけでこれほど多くのバリエーションを楽しめるのかと驚く。国産の良質な茶葉をほうじ茶に仕立て、独自の製法で粉末状にしたものに、はちみつを加えてつくった「糖蜜ほうじ」といったものもあり、美味しいほうじ茶ラテが作れると急須でお茶をいれる習慣がない層にも受けているという。


試作は100種以上、“振り幅の広さ”がほうじ茶の魅力

定番となっている10種類のほうじ茶は、吉永さんが100種以上もの試作を重ねた末に誕生したもの。茶葉を並べただけでも、見た目が随分違うことに驚く。

例えば、一番「最高級 土山ほうじ茶」は、一番茶の新芽だけを選んで、じっくり低温で焙煎したもの。グリーンの茶葉は、一見しただけでは“ほうじ茶”とはわからないが、鼻を近づけると、わずかに焙煎香が漂う。飲むと香りがすっきりと鼻に抜け、口にはまろやかなうまみも残る。

一方、一番人気という五番「名物 頓宮(とんぐう)ほうじ茶」は、深炒り直火焙煎の、オレンジがかった黒色の茶葉だ。コクのある味わいを求める本気のお茶好きに受けていて、トップの香り高さからもほうじ茶らしさが感じられる。

このように、ひと言でほうじ茶と言っても個性が違うのが面白い。誰もが自分好みの味に出会えそうだ。


焙煎によって香りや味を自在にあやつる

ところで、ほうじ茶の味のバリエーションはどうやって出すのだろうか。茶の品種によって違いが出るというよりは、むしろ、使用する部位(葉、茎など)や、茶葉の摘まれた時期茶葉の摘み方焙煎温度や時間といった組み合わせによって変化がつくという。

例えば、同じ茶葉を使っても、低温で焙煎すると味に重厚感が出るが、高温で焙煎したら、味わいは軽やかで飲み初めに香りが立つなど、違った味わいのお茶が生まれる。

また、茶葉の葉脈の香りを取り込めることもほうじ茶ならではの特徴だ。葉脈は焙煎すると膨らみ、香りを放つ。一番茶は葉脈が柔らかいため、焙煎するとひときわ甘い香りとなる。こうした特徴を熟知したうえでさまざまな組み合わせを試し、美味しさを追求していくのだ。


カフェイン量が減るなど、健康上のメリットも

香りが増すこと以外にも、焙煎は健康面でもメリットをもたらす。焙煎によって、カフェインの含有量が減少したり、ピラジンの含有量が高まって血行が促進されるともいわれている。

ほうじ茶というと「煎茶よりも安い」「古いお茶を焙煎して使っている」といったイメージを持つ人もいるかもしれないが、近江茶丸吉が提供する、厳選した茶葉でつくったほうじ茶は、“焙煎”というひと手間を加えて提供している商品だと吉永さんは胸を張る。茶葉の美味しさを何倍にも引き出す焙煎技術が、付加価値というわけだ。


産地一体の挑戦。土山から“新しい香りのほうじ茶”を発信

吉永さんは、4年前から土山の茶農家や茶問屋、農協などと連携しながら「産地ブランド」をつくるプロジェクトを進めてきた。

そして、2022年9月には、新ブランド『土山一晩(ひとばん)ほうじ』をデビューさせる。


『土山一晩ほうじ』、香りの決め手は「萎凋」

『土山一晩ほうじ』には、萎凋(いちょう)させた茶葉を使用する。萎凋とは、収穫した

茶葉をすぐに火入れをせずに風通しのよい場所などに放置し、葉を萎れさせてることで華やかな「花香(はなか)」をまとわせる方法のこと。摘まれた茶葉は身を守るために酵素を出し、酸化反応の過程で芳香成分を発するので、その性質を利用している。台湾で人気ウーロン茶もこの製法を応用して作られている。

萎凋させた茶葉を焙煎してほうじ茶に仕立てることも異色の挑戦であり、このプロジェクトの肝の部分だ。華やかな茶葉の香りと、こうばしい焙煎香が組み合わさった、これまでにないほうじ茶を土山から発信する。ほうじ茶づくりに特化し、茶師十段の目利き力を持つ吉永さんがいるからこそ実現できた試みだ。

『土山一晩ほうじ』には「土山産の茶葉を使う」「12時間以上萎凋させた香り高い茶葉を使う」「滋賀県内の茶匠及び土山の生産者が焙煎する」といった規格が設けられた。今後はこの規格のもと、土山の各生産者や茶問屋が独自の『土山一晩ほうじ』を生み出していく。


小規模ならではの個性の強さを生かす。茶産地の誇りをかけて打って出る

冒頭で紹介した通り、土山は滋賀最大の茶産地でありながら、茶農家の数は最盛期の3分の1ほどに減少しているという。

しかし、今も土山町には個性を持った小規模の茶農家が多い。小規模な分、生産に手間ひまをかけて萎凋を施し、時間をかけて『土山一晩ほうじ』づくりに取り組める環境が整っていると言えるし、茶問屋も同じく、それぞれの茶農家の個性を生かす焙煎を編み出そうと切磋琢磨している。こうした強みを生かしながら、茶農家と茶問屋が協力し、それぞれの個性の掛け合わせで土山一晩ほうじを生み出していくという。

「萎凋茶という茶葉の発酵に挑戦中ですが、発酵は奥が深すぎますね。気候や湿度、品種などによって、どう仕上がるか可能性は無限大。今日成功したからといって、明日もそうとは限りませんから」

そう話しながらも、吉永さんはどこか楽しそうだ。今回の『土山一晩ほうじ』では、1店としてではなく茶産地として、ほうじ茶で勝負をかける。世界を舞台に茶師吉永健治のプライドをかけたほうじ茶の可能性を背負った挑戦から目が離せない。甲賀の地が産地をあげて世界に向けて送り出すほうじ茶をぜひ味わってみてほしい。

ACCESS

焙じ茶専門店 近江茶 丸吉
滋賀県甲賀市土山町大野2723
TEL 0748-67-0325
URL https://houjicha-maruyoshi.com/