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	<title>漆器 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>漆器 - NIHONMONO</title>
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		<title>輪島塗の原点を見つめ、未来につなぐ。塗師･赤木明登さん／石川県輪島市</title>
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		<pubDate>Mon, 21 Apr 2025 07:08:10 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[漆器]]></category>
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		<category><![CDATA[伝統工芸品]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_029.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本を代表する漆器のひとつ「輪島塗」。赤木明登（あかぎ あきと）さんが作る器は、洗練されたデザインと温かみのあるたたずまいで多くの人を魅了する。2024年、輪島塗の産地である石川県輪島市は、能登半島地震で甚大な被害を受け [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_029.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本を代表する漆器のひとつ「輪島塗」。赤木明登（あかぎ あきと）さんが作る器は、洗練されたデザインと温かみのあるたたずまいで多くの人を魅了する。2024年、輪島塗の産地である石川県輪島市は、能登半島地震で甚大な被害を受けた。赤木さんは輪島塗の源流を見つめながら、産地の復興と再生に取り組んでいる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">丁寧な手仕事から生まれる、丈夫で美しい輪島塗</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_041.jpg" alt="" class="wp-image-52715" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_041.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_041-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_041-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>能登半島の先端に位置する石川県輪島市は、「輪島塗」の産地として知られている。500年以上の歴史を持つ輪島塗は国の重要無形文化財に指定されており、世界に誇る漆器として名高い。</p>



<p>輪島塗の特徴は優れた耐久性にある。例えば椀の縁などに布を貼る「布着せ（ぬのきせ）」。傷みやすい部分をあらかじめ補強することで、耐久性は格段に向上する。下地材に使う「地の粉（じのこ）」も輪島塗独特の材料だ。地の粉とは、輪島で採掘される珪藻土（けいそうど）を焼いて粉末化したもので、下地の漆に混ぜて塗ることで硬度が上がる。こうした丹念な手仕事によって、「100年もつ」といわれる輪島塗が生み出される。</p>



<h3 class="wp-block-heading">124もの工程を分業制で担う</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_031.jpg" alt="" class="wp-image-52716" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_031.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_031-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_031-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>もうひとつの特徴は、124もの工程を支える分業制だ。器の木地を作る「木地師」、漆を塗り重ねる「塗師（ぬし）」、金粉などで装飾をほどこす「蒔絵（まきえ）師」など、それぞれの工程を専門の職人が担当する。分業制によって産地全体で効率的に生産できるだけでなく、職人は各工程に特化して技術を磨くことができる。こうして輪島のまち全体がひとつの漆器工房のように機能し、優れた品質の輪島塗が完成する。</p>



<h2 class="wp-block-heading">輪島塗と出合い、編集者から塗師に転身</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_047.jpg" alt="" class="wp-image-52717" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_047.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_047-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_047-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>輪島塗の塗師･赤木明登さんは、漆塗りの仕上げである「上塗り」を手がけながら、器作りのディレクションも行っている。全国各地で開く個展はいつも盛況。ドイツのディ･ノイエ･ザムルング美術館に作品が収蔵されるなど、海外での評価も高い。</p>



<p>赤木さんが輪島塗の世界に入ったのは1988年のこと。東京で編集者として忙しい日々を送っていた頃、輪島塗の名工･角偉三郎（かどいさぶろう）氏の器と出合った。</p>



<p>角氏は輪島塗の「異端児」とも「革命者」ともよばれた人物。輪島塗作家として早くから頭角を現して数々の公募展で入選を重ねたが、能登の暮らしに根ざした古い器に魅せられて公募展から退き、日常使いの器を作り続けた。漆器の原点を問い続けた角氏の器は生命力にあふれ、赤木さんはその力強いたたずまいに衝撃を受けたという。</p>



<p>赤木さんは角氏の器の魅力に引き寄せられるように輪島に移り住み、下地職人に弟子入りして技術を学んだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">暮らしに寄り添う器を作る</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_035.jpg" alt="" class="wp-image-52718" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_035.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_035-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_035-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>赤木さんが作るのは、鑑賞するための器ではなく、使うための器だ。そこにはシンプルで洗練された美しさがある。</p>



<p>「輪島塗にはきらびやかな美術工芸品のイメージがありますが、本来は輪島の暮らしと深く結びついた器だったはずです」と赤木さんは言う。「暮らしと深く結びついた器」の形や色にこそ、美しさがある。赤木さんはそう考え、輪島塗がまだ実用の器だった頃、特に江戸時代の器の写しを数多く作ってきた。輪島に息づく美しさ、豊かさとは何か。赤木さんは常にそう問い続けながら、器の形を追求している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">地震で倒壊した工房を再建するプロジェクト</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_013.jpg" alt="" class="wp-image-52719" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_013.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_013-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_013-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2024年の能登半島地震は、輪島塗の産地を直撃した。地震被害を受けた輪島塗事業者は全体の8割超。多くの職人が生活と仕事の場を失い、廃業した人、県外に避難したままの人も多い。</p>



<p>被災した職人の中に、赤木さんとともに美しい形を長年追い求めてきた木地師がいた。86歳の池下満雄（いけした みつお）さんだ。地震の後に赤木さんが池下さんを訪ねた時、工房は無残にも倒壊していた。池下さんは崩れた工房の前に2日間座り込んだまま動かず、3日目に意識を失って救急搬送されたという。「池下さんを絶望したまま死なせるわけにはいかない」。赤木さんはすぐさま工房の再建を決めた。</p>



<p>「池下さんの家は江戸時代から代々木地師。彼の体には古くからの美しい輪島塗の形がしみ込んでいます。だから池下さんと仕事をしていると、彼のご先祖と一緒に仕事をしているように感じられた」と赤木さんは言う。その技術を絶やすわけにはいかなかった。</p>



<p>赤木さんが立ち上げた「小さな木地屋さん再生プロジェクト」には多くの賛同者が集まり、地震から約3ヶ月という早さで池下さんの工房再建が完了。がれきだらけの街の中にひとつの灯りがともった。市外の2次避難所から戻った池下さんは工房の再建を喜び、再び木地を挽き始めた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ひとりの木地師から、次世代にバトンが渡された</h3>



<p>しかし、池下さんには後継者がいなかったため、赤木さんの工房から2人の弟子が出向して木地挽きを教わることになった。「この子たちが一人前になるまで長生きする」と張り切っていた池下さんだったが、再建から間もない2024年7月、静かに息を引き取った。</p>



<p>池下さん亡き後、かつて角偉三郎氏の椀を挽いていた木地師が工房を引き継いだ。しかし被災後の心労が重なっていたのか、椀を20個挽いたところで倒れ、帰らぬ人に。現在はその息子が工房を継いでいる。彼は被災後に木地師をやめて県外で職を得たが、赤木さんの説得もあり、輪島に戻って再び木地を挽くことにしたという。赤木さんの工房から出向した2人の弟子も、新たな親方を得て技術習得に励んでいる。池下さんの技と魂が宿った「小さな木地屋さん」は、こうして次の世代へとつながれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">失われていく能登の景観を再建する</h2>



<p>赤木さんは地震後、輪島の景観を取り戻す活動にも力を注いでいる。もともと輪島市内で古民家を改修したオーベルジュと出版社を営んでいたが、いずれの建物も地震で損壊。特にオーベルジュの被害は大きく、再建には長い時間がかかると分かった。そこで急遽、海辺の集落にあった出版社の建物を修繕し、オーベルジュの仮店舗をオープンすることにした。</p>



<p>海辺の集落で仮店舗の工事を進めていた赤木さんは、集落の多くの家屋が全半壊し、解体を待っていることを知る。全半壊した建物の解体は全額公費でまかなわれるが、修繕や再建をする場合は自助が原則。高齢化、過疎化が進み、空き家も多い集落で再建はままならず、やむなく公費解体を申請する人も多いという。</p>



<p>この集落では、板張りの外壁に格子をはめ、黒い瓦屋根をのせた伝統的な家屋が多く、統一感のある美しい景観を形作っていた。公費解体が進めばこの景観は失われ、二度と取り戻すことはできない。赤木さんは「能登の景観の歴史的･文化的な価値を守りたい」と仮店舗の周囲にある2軒の家を買い取り、もとの姿に再建することを決めた。</p>



<p>さらに「ここを拠点になりわいを再生すれば、若い人の定住にもつながる」と考え、これらの家を弟子の住まいとブックカフェとして活用する予定だ。</p>



<p>能登半島地震による公費解体の申請数は、2025年3月現在で約3万8,000棟にのぼる。これらの中には修繕すれば住み続けられる建物も少なくない。「このまま景観を考慮することなく解体を進めれば、個性のない画一的な町並みに変わってしまう。景観の価値にもっと目を向けてほしい」。赤木さんが公的支援に頼らずに自力で再建できる範囲は限られているが、能登の伝統的な景観を未来につなぐ大切さを発信し続け、活動の輪を広げたいと思っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">輪島塗のふるさとを未来につなぐ「器屋」でありたい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_038.jpg" alt="" class="wp-image-52720" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_038.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_038-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/akagiakito_038-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>塗師の仕事と景観の再建は、はたから見れば関連性がないように思うかもしれない。しかし赤木さんの中では、すべて同じ「ものづくり」であるという。「形あるものはいつか壊れる。それは逃れられない運命です。僕にとってのものづくりは、壊れていくもの、失われていくものにあがらい続けることなんじゃないかな。地震を経験してそのことを強く実感しました」。</p>



<p>失われた古い時代の輪島塗の美を掘り起こし、倒壊した木地師の工房を再建して技術をつなぎ止め、消えゆく能登の景観をよみがえらせる。赤木さんの「ものづくり」は、必死にあらがい続ける中で形になっていく。</p>



<p>「僕は器屋なんですよ」と赤木さんは言う。「お椀はもちろん、人が入る家も器。たくさんの人が入るまちも器です。ものづくりを通じて輪島の器を未来につなぐことが、器屋の自分に与えられた仕事だと思っています」。50年後、100年後の赤木さんの「器」は、どんな形をしているだろうか。輪島の美しい器をつなぐ物語は、これからも続いていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52714/">輪島塗の原点を見つめ、未来につなぐ。塗師･赤木明登さん／石川県輪島市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>大量生産の産地で「作家」として生きる。越前漆器の塗師・中野知昭さん</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/38790/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 26 Sep 2023 01:00:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[食器]]></category>
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		<category><![CDATA[福井県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7427-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>塗師・中野知昭さんは、福井県鯖江市にて「河和田塗り（越前漆器）」の制作を行う作家です。熟練の技と経験から生み出される中野さんの作品は、漆ならではの温かく優しげな質感とふっくらした手触りが特長。どこから見ても美しい一生物の [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7427-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>塗師・中野知昭さんは、福井県鯖江市にて「河和田塗り（越前漆器）」の制作を行う作家です。<br>熟練の技と経験から生み出される中野さんの作品は、<br>漆ならではの温かく優しげな質感とふっくらした手触りが特長。<br>どこから見ても美しい一生物の器が、生活に優しく寄り添います。</strong></p>







<p>中野知昭さんは、福井県鯖江市の河和田地区で同地の伝統工芸である「越前漆器」を制作している。越前漆器はホテルやレストランなどで使われる業務用漆器の分野で圧倒的なシェアを誇っているため、旅先や外食した先で手にしたことがある人も多いのではないだろうか。そんな大量生産に優れた越前漆器を作品の域にまで昇華させ、数を絞ってでも手塗りを徹底。マスプロダクツではなく、高付加価値の漆器に仕上げ、作家として生きる道を選んだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">福井県で現代の暮らしに合う漆器</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7316-1024x694.jpg" alt="" class="wp-image-38796" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>中野さんの工房は、県道18号線･通称<strong>「うるしの里通り」</strong>からすぐ近くにある。この通りの名称の由来は、通り沿いに漆器の絵付け体験などができる<strong>「うるしの里会館」</strong>があり、周辺には古くから漆器の工房や職人の家屋が数多く建ち並んでいるから。</p>







<h3 class="wp-block-heading">漆器作りのすべてに関わる</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7412-1024x742.jpg" alt="" class="wp-image-38799" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>漆器作りには、大きく分けて「木地作り」、「下地塗り」、「中塗り･上塗り」などの工程があり、各工程を請け負う職人が異なる分業制が一般的。しかし中野さんは、<strong>自らデザイン画を書いて木地職人に発注し、下地塗りから仕上げの上塗りまですべて自分で行う。</strong>木地を発注してから完成品の漆器として出荷するまでには、なんと１年もかかるという。顧客からの注文に応じて、それぞれが専門的に仕事をこなす中で、一貫して自分の手で作品を作り上げる中野さんは、稀有な存在だ。</p>







<h3 class="wp-block-heading">全国のギャラリーから注目を集める</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38802" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>中野さんの作品はシンプルながらも漆ならではの気品があり、美しい。その評判は日本中に轟き、展示会は年間で10を超えるようになった。今や中野さんは、<strong>全国のギャラリーなどから熱い注目を集める気鋭の漆器作家だ。</strong></p>







<h3 class="wp-block-heading">仕上げの美しさで魅了する</h3>



<p>中野さんが制作する漆器の中でも特に人気が高いのが、<strong>華美な装飾を廃した椀</strong>。冠婚葬祭やハレの日だけでなく日常の食卓で使いやすいデザインや、美しいフォルムの中に温かみを感じる質感が、モダンな感性を持つ消費者から支持されている。その独特の質感を生み出しているのが<strong>「真塗り」という仕上げ。</strong>真塗りは、上塗りの最後に磨きをかけずそのまま仕上げるため、熟練した塗りの技術が求められる。中野さんは、「越前漆器は上塗りが得意」と言われるほど、職人たちの上塗りの技術が総じて高い同エリアにて、27年間、塗りの技術を磨き続けてきた。</p>







<h3 class="wp-block-heading">上塗り用の漆も手仕事にこだわる</h3>



<p>漆器の上塗りには<strong>「上塗用の漆」</strong>が使われる。上塗漆を作る作業は「手黒目（てくろめ）」と呼ばれ、昔は産地でよく行われていた。しかし、手作りの「上塗漆」は4～5年寝かせる必要があるなど時間も手間もかかる。そのため、時代と共に既製品を購入する職人がほとんどになっていたが、中野さんは<strong> “手仕事こそ、漆器の価値を高める”</strong>と考え、2004年から年に一度のペースで生漆（きうるし）を日光に当てて水分を蒸発させ、上塗り用の漆を作る、手黒目を行っている。</p>







<h2 class="wp-block-heading">作家として生きるために</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7339-1024x731.jpg" alt="" class="wp-image-38805" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>鯖江市で生まれ育った中野さんは高専を卒業後、土木設計の仕事に就いたのだが、越前漆器の上塗り師として産地の仕事を請け負う父が病に倒れ、それを機に父の仕事を手伝うことになった。幸いなことに父はその後、病から回復し、塗りの技術を父から学ぶことができた。</p>



<p>その基礎が今に生きているんだという。「当時はお陰様で仕事も忙しくて、色々なものを塗らせてもらいました。この産地の上塗り師は、<strong>丸いものを塗る丸物師と四角いものを塗る角物師</strong>とに分かれます。父の工房は丸物が得意でしたが角物を扱うこともあり、両方の幅広い技術が身に付きました」。</p>







<h3 class="wp-block-heading">産地の仕事に感じた違和感</h3>



<p>父の工房で修業を積んでいた中野さんは、樹脂の器に漆を塗ったり、化学塗料で下地をしたものに上塗りをしたりする仕事に疑問を抱くようになる。「漆器と呼ばれるものの中にはスプレーガンで塗料を吹き付けるものもありますが、私はあくまで手塗りでしか出せない美しい仕上げにこだわりたかった」。中野さんは仕事と並行して自分自身の作品を作り始める。その作品をコンテストに出品したところ、<strong>「酒の器展」大賞、「椀One大賞」優秀賞、「越前漆器展覧会」福井県知事賞</strong>など権威ある賞を次々と受賞。作家として才能が開花していることは誰の目から見ても明らかだった。</p>







<h3 class="wp-block-heading">憧れの作家の存在</h3>



<p>父のほかにも中野さんに大きな影響を与えた人物がいる。中野さんと同じく福井を拠点に漆器作家として活動していた山本英明さんだ。山本さんは、今でこそよく耳にするようになった<strong> “普段使いの漆器” </strong>という言葉が広まるきっかけをつくったと言われる人。自分で考えた木地に下地をしっかりと塗り、無地のお椀や重箱に仕上げる山本さんのスタイルに中野さんは強く惹かれたという。山本さんが「手黒目の漆」を作っているのを見て、中野さんも同じく作り始めた。山本さんはすでに亡くなってしまったが、その作品づくりのスピリッツは、現在でも中野さんの心に深く刻まれている。</p>







<h3 class="wp-block-heading">営業や展示会で人脈を増やす</h3>



<p>中野さんは山本さんの死後、同氏に倣って自分自身の仕事を楽しむために、作家として生きていく道を選んだ。その当時、「家庭画報」や「婦人画報」といった女性誌から人気ギャラリーの情報を集め、作品を大きなリュックに詰め込み、そのギャラリーをめがけて営業に回ったりもした。その成果もあってか、長野県松本市で開催されている全国でも最大規模の工芸展示会<strong>「クラフトフェアまつもと」</strong>に出展。そこに集まる器屋やギャラリーとのつながりを広げていった。</p>







<h3 class="wp-block-heading">自分の工房を構えて独立</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38808" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>営業まわりやイベントへの出展を続ける中で、少しずつギャラリーから個展やグループ展への誘いが増え、作家として食べていける目処がたってきた。そこで<strong>2014年に現在の場所に小さな展示室を備えた工房を構えて独立。</strong>父の仕事は兄が継承した。</p>



<p>中野さんの個展やグループ展は年を追うごとに回数を増やし、2019年には年に10回を数えるまでになっていた。現在は、一度の個展で2〜300の漆器を用意する。</p>







<h3 class="wp-block-heading">パートナーの大きな支え</h3>



<p>中野さんは個展に合わせて常に1、2点の新作を発表する。期間中はギャラリーになるべく在廊するようにして来場者にその魅力を直接語り伝えることでファンを増やしている。最近ではギャラリーの要望に応えて、漆器では珍しいオーバル皿やスプーンなども制作。<strong>妻の柳子さんが個展やグループ展の準備、事務作業などをサポートし</strong>てくれることも創作活動の大きな助けとなっている。</p>







<h3 class="wp-block-heading">ただ良いものを作り続ける</h3>



<p>「最初に出会う漆器の良し悪しで、その人が漆器を長く使うようになるかどうかが決まるからこそ、良いものを作り続けたいんです」と話す中野さん。</p>



<p><strong>個展では、過去に購入してもらった漆器を持ち込んでもらえれば、それの塗り直しも行なっている。</strong>丁寧に使い込まれた器が自分のもとに戻ってくることは中野さんにとって最上の喜びだという。「漆器は洗う度にきちんと拭くと美しいツヤが出てきます。それを見るのが一番うれしい。毎日使ってもらってきれいに育ったな、と感じる」と顔をほころばせる。</p>



<p>中野さんが心血を注ぐ漆器は、<strong>使った人の生活を反映し、その人ならではの個性が生まれる。</strong>やがて、使う人の暮らしになくてはならない存在となり、その食卓、ひいては生活までも豊かにしてくれることだろう。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/cc774ec255a82feda573df88bfe42da2.jpg" alt="" class="wp-image-47747" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/cc774ec255a82feda573df88bfe42da2.jpg 960w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/cc774ec255a82feda573df88bfe42da2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/cc774ec255a82feda573df88bfe42da2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">塗師　中野知昭さん</figcaption></figure></div>


<p>漆器というと扱いが難しいと思われがちですが、毎日の生活で気軽にお使いいただけるよう、手間暇をかけ、丈夫で実用性の高い漆器を制作しております。手入れも簡単で、万が一に傷んだ際は修理が出来るのも、漆器の利点です。末長く使える漆器を、ぜひ日常に取り入れてみてください。</p>



<p><br></p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38790/">大量生産の産地で「作家」として生きる。越前漆器の塗師・中野知昭さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>真剣に遊び、滋賀で生まれた出会いをつなぐギャラリー「季の雲」</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 18 Jul 2023 01:00:12 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀県]]></category>
		<category><![CDATA[建築]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[木工]]></category>
		<category><![CDATA[ギャラリー]]></category>
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		<category><![CDATA[滋賀]]></category>
		<category><![CDATA[ガラス]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
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		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<category><![CDATA[金属]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-26-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>滋賀県長浜市の住宅街にこつ然と現れるモダンな建築が、ギャラリー「季の雲（ときのくも）」。器を中心とした、現代作家による多彩な工芸品の展示や販売を行っています。またギャラリーのオーナー自身も、シンプルな美しさをまとった暮ら [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/37814/">真剣に遊び、滋賀で生まれた出会いをつなぐギャラリー「季の雲」</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-26-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p><a href="https://nihonmono.jp/article/37814/" target="_blank" rel="noreferrer noopener"></a></p>



<p class="has-text-align-center"><strong>滋賀県長浜市の住宅街にこつ然と現れるモダンな建築が、ギャラリー「季の雲（ときのくも）」。<br>器を中心とした、現代作家による多彩な工芸品の展示や販売を行っています。<br>またギャラリーのオーナー自身も、<br>シンプルな美しさをまとった暮らしの器を作る陶芸家として活躍しています。</strong></p>







<p>やわらかな自然光が差し込むコンクリート打ちっぱなしの空間に、さまざまな作風の器が並ぶ。滋賀県長浜市にある「季の雲（ときのくも）」は、国内外で活躍する作家の作品や古道具、そして日本ではめずらしく、中国茶器を常設で扱うギャラリーだ。全国各地から訪れるファンからはもちろん、作家達からも“帰ってくる場所”と呼ばれ愛されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">どんな作品も受け入れる凛とした空間</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="601" height="400" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-12.jpg" alt="" class="wp-image-37820" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-12.jpg 601w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-12-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 601px) 100vw, 601px" /></figure></div>


<p>季の雲がある滋賀県長浜市の中心部は、豊臣秀吉の建てた長浜城がある城下町。観光客で賑わう駅前通りを抜け、静かな住宅地を進むと、ひときわ目を引く白い建物が現れる。鉄製の大きなドアを開くと、そこに広がるのは<strong>天井高5メートルの開放的なギャラリー空間</strong>。ギャラリーでは月に2回のペースで企画展が開催されており、<strong>陶磁器や漆器、ガラス、木工、金属</strong>など、さまざまな作家の作品を展示、販売している。</p>



<p>「新婚旅行でニューヨークに行った時、レストランやお店など、どこに行っても天井がすごく高くて。開放感とモダンな雰囲気に憧れて、それを形にしました。内装は最初からあまり作り込まず、その時々のイメージに合わせて装飾などで変えられる余白を残しています」と話すのは、オーナーの中村豊実さん。<strong>「他では展示できない大きな壺や、壁から吊るすような作品も持って来られる」</strong>と作家からも喜ばれているそうだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「子どもに誇れるような、本当に好きな仕事がしたい」</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37825" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>30代まではごく普通の会社員だったという中村さん。結婚し、子どもが生まれる時に<strong>「子どもに誇れるような、本当に好きな仕事がしたい」</strong>と考えたのが、この場所に店を構えたきっかけだった。とはいえ最初からギャラリーを始めたわけではないという。「最初にオープンしたのは、ずっと夢だったダイニングバー。どうせやるなら<strong>日本中のお客さんに来てもらえるお店にしたい</strong>と思って、七輪を使った焼きたての料理を食べながら日本酒が味わえるお店を開きました」。当時から器が好きだったそうで、作家ものの器を使ってめずらしい日本酒や料理を提供しているうちにファンが増え、うわさを聞きつけた人々が東京や神奈川など遠方からも遥々訪れるようになった。数年後には器を展示するギャラリーを併設し、ダイニングバーからイタリアンレストランに転向。その後、ギャラリーとしてのニーズが増えたこと、そして器に対する興味のウェイトが大きくなったことをきっかけに、レストランだった場所までギャラリーに作り変え、現在の季の雲が誕生した。2023年にはギャラリーを始めて20年になるという中村さん。「ずっと来てくれている常連さんとは一緒に歳を重ねていく楽しさがありますし、最近は若い人が『SNSで見て、やっと来られました』と言ってくれることもあります。やっぱり、いろんな年齢層の方が来てくださるのは嬉しいですよ」と笑顔がこぼれる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">器好きの先にあった、古道具の世界</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37828" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>2階建ての店内は、1階が企画展と常設の作品が並ぶギャラリースペース、2階は中村さんが買い集めた<strong>古道具</strong>の販売スペースになっている。古いものを好きになったのは店を始めてからだそうで、日々作家ものの器を見ているともっと昔に作られたものにも興味が出てきて、骨董市などを見て回っているうちに自分でも買い付けて販売するようになったという。「うちに置いているのは、骨董というより古道具やガラクタ（笑）。何に使うかわからない</p>



<p>ものも混じっていますが、僕はそういうものの方が好きで。<strong>何の道具か、どうやって使うのか想像するだけでおもしろい</strong>じゃないですか」。</p>



<p>日本の古道具と西洋のアンティークが混ざり合った空間は、屋根裏に作られた秘密基地のよう。中村さんが<strong>金継ぎ</strong>を施した古い器も一緒に並んでいて、まるで宝探しをしているような楽しみが味わえる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">つながりのある作家は100人以上</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37829" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>季の雲では、年間20回以上もの企画展が開催されており、これまでに<strong>通算100人を超える現代作家の企画展や作品の販売を行ってきた</strong>。他にも白磁作家として世界的に知られる<strong>黒田泰蔵氏</strong>のサインがエントランスに残されていたり、「ギャルリ百草」を主宰する<strong>安藤雅信氏</strong>とはオープン当初から交流が続いていたりと、多くの作家と一緒に楽しみながら仕事を続けているという。「もうこれ以上増やすのはやめよう」と思っても、いい作家を見つけるとどうしてもお客さんに紹介したくなるのが中村さんの性分だ。しかも、新しく扱う作家のもとには必ず夫婦2人で訪問してから取引を依頼する。「いいなと思ったら、作品だけでなくその人自身を知りたくなるんです。20年も続けていると、出会った頃はまだ20代の駆け出しだった作家さんでも、今では40代の立派な中堅作家になっている。今は世界を舞台に活躍している<strong>青木良太さん</strong>もそのひとりです。人気が出たり大成功したり、そういうのを見ていると『やっててよかったな』としみじみ思います」。まだ知られていない作家を発見し、その成長過程に立ち会えるのもギャラリーとしての醍醐味だろう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">新しい風やインスピレーションが生まれる場所に</h3>



<p>季の雲は、<strong>作家達の貴重な交流の場</strong>にもなっている。「展覧会の初日は在廊してくださる作家さんが多いのですが、その日の夜は必ず『うちで食べて飲もうよ』って声をかけるんです。みんなでご飯を食べてお酒を飲んで、うちに泊まっていくのがもう定番になっています。普段は工房にこもっている人が多い分、展覧会があったら自分で納品に来てそのまま在廊して、現地の人達と一緒にお酒を飲んだり、時間があったら釣りをしてみたり。ちょっとしたリフレッシュも兼ねて楽しみにされている方も多いです」と中村さん。毎年恒例の新年会には数十名の作家が集まるという。みんなで集まって酒を酌み交わせば、初めて会った作家同士が仲良くなって<strong>「二人展をやろうか」</strong>と言い出したり、陶芸家と漆器の作家が夜遅くまで話し込んだり。そんな出会いから、<strong>新しい風やインスピレーションが生まれていくのが嬉しいし、それがギャラリーの役目でもある</strong>と、中村さんはほほ笑む。</p>



<h2 class="wp-block-heading">飲食店の日常から始まった器づくり</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37839" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-37840" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>じつは、中村さん自身にも作り手としての一面がある。「僕は、作家活動はしていないので……」と言う中村さんに、自宅の工房を見せてもらった。</p>



<p>中村さんが器づくりを始めたのは、季の雲がまだ飲食店だった頃。店で使っている器が頻繁に割れたり欠けたりするのを目の当たりにして、<strong>「こんなにしょっちゅう買い替えるぐらいなら、自分で作ろうか」</strong>と思ったのがきっかけだったそう。好きなこと、興味があることは何でもやってみるという中村さんならではの挑戦だ。焼き物といえばろくろを思い浮かべる人が多いが、中村さんの技法は<strong>「タタラ作り」</strong>。まず石膏型を掘り、その型に粘土をあてて乾燥させた後、型から抜いて焼き上げる方法だ。実用性を求めて始まった作陶は、<strong>割れにくく、使いやすく、何より料理が映える器づくり</strong>を基準にしている。「自分が使いたいと思うものを作る」という中村さんの思いが表れたシンプルで美しい器や直火にかけられるプレートは、季の雲のギャラリーにも並び、人気を博している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">中国茶器との出会い、つながる縁</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37841" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>台湾の茶人が日本の作家のものを買っていくのを見て興味を持ち、妻の敬子さんと一緒に茶人を招いた<strong>中国茶</strong>の教室を始めた。中国人客が来たら話を聞いたり、自分でも中国に行ったりして勉強するなかで、<strong>日本では中国茶器を専門に作っている作家も扱っているギャラリーも見当たらない</strong>ことに気づく。「それならうちでやってみようか」と考えて交流のある日本人作家達たちに中国茶器の制作を依頼したところ、これが大ヒット。日本人が普段使う食器ばかり作り続けてきたから、中国茶器の制作は新鮮だったのか、ほとんどの作家が<strong>「ぜひやってみたい」</strong>と快く引き受けてくれたという。</p>



<p>また、敬子さんはギャラリーで行う中国茶の教室ばかりでなく、いろいろな土地や場所に赴いて茶人と一緒に作り上げていくお茶会の企画「茶遊記」も開催している。日本国内をはじめ、中国の各地やモンゴルでも開催されたこのイベントは、「お茶で真剣に遊び、その魅力を行く先々で伝え、感じる旅」がコンセプト。訪れるのはもちろん現地の人で、お茶と器を通じて人々の縁がつながれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">手に取ることで作品をより身近に感じてほしい</h3>



<p>「僕達がやっているのはギャラリーなので。やっぱり<strong>手で触れて、重さや質感を感じて買っていただきたい。作品をより身近に感じてもらえるのがギャラリーの良さ</strong>だと思っています」と中村さんは話す。</p>



<p>何を買うにもオンラインで検索し、そのまま購入することが当たり前になりつつある現代。欲しいものにピンポイントでたどり着ける便利さの一方で、なぜか無性に心惹かれるものと偶然に出会い、視野が広がるという経験は少なくなっているのではないだろうか。“無駄”が排除される時代だからこそ、可能性を含んだ“余白”が求められている。このように、まだ見ぬ素晴らしい作品との出会いを提供し世界観を広げてくれるギャラリーの存在は、ここを訪れる人やコレクターばかりではなく、作品の作り手たちからも大いに注目され、その価値を高め続けていくだろう。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012-1024x683.png" alt="" class="wp-image-47724" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012-1024x683.png 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012-768x512.png 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012.png 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">季の雲 代表取締役 中村豊実さん</figcaption></figure></div>


<p>ギャラリーでは、私たちだからこそできる展示やイベントをこれからも模索していきたいですね。私自身でも器を作るようになってから15年余りになりますが、料理など受け入れるものの邪魔をしないシンプルなものを目指しています。手に取った方や実際使った方によかったと思っていただけるよう、日々精進するのみです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/37814/">真剣に遊び、滋賀で生まれた出会いをつなぐギャラリー「季の雲」</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>現代生活に合った色や実用性で漆器の歴史を塗り替える。塗師屋「漆琳堂」８代目内田徹さん/福井県鯖江市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/33952/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 02 Dec 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[漆器]]></category>
		<category><![CDATA[漆]]></category>
		<category><![CDATA[福井県]]></category>
		<category><![CDATA[鯖江市]]></category>
		<category><![CDATA[塗師屋]]></category>
		<category><![CDATA[漆琳堂]]></category>
		<category><![CDATA[業務用漆器]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-14-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本最古の漆器の産地といわれる福井県鯖江市河和田地区。この地で江戸時代から８代続く老舗「漆琳堂」は伝統を継承しながら「漆器をもっと気軽に日常に」という思いのもと、現代の生活に合わせた商品を開発、展開しています。食洗機対応 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33952/">現代生活に合った色や実用性で漆器の歴史を塗り替える。塗師屋「漆琳堂」８代目内田徹さん/福井県鯖江市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-14-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>日本最古の漆器の産地といわれる福井県鯖江市河和田地区。<br>この地で江戸時代から８代続く老舗「漆琳堂」は<br>伝統を継承しながら「漆器をもっと気軽に日常に」という思いのもと、<br>現代の生活に合わせた商品を開発、展開しています。<br>食洗機対応の本漆手塗りの漆器など生活に寄り添う器を提案しています。</strong></p>







<p>福井県の中央付近に位置する鯖江市の東部、河和田地区で生産される「越前漆器」は長らく国内の業務用漆器の約80％のシェアを誇ってきた。しかし食生活の多様化や安価なプラスチック食器などの普及によって、業界は縮小するばかり。その中にあって自らをブランド化し、現代に合わせた器を生み出したのが「漆琳堂」だ。カラフルな色彩と食洗機で使えるという機能性を追求した器は世界からも注目され、漆器の歴史を塗り替えた。</p>







<h2 class="wp-block-heading">業務用漆器を得意とする河和田地区</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/11/kiji1-14.jpg" alt="" class="wp-image-31997" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>昭和50年には伝統工芸品として国の指定も受けている「越前漆器」。その産地・河和田（かわだ）地区は福井県のほぼ中央、眼鏡で知られる鯖江市の東部にあり、戦国史跡で有名な一乗谷朝倉氏遺跡とは山一つ隔てた静かな盆地にある。地域全体で漆器づくりを行っており、漆器作りの過程を担う木地師、下地師、塗師、蒔絵師、それぞれが工房を構え、専門分野の研鑽に励んでいる。</p>







<h3 class="wp-block-heading">ピーク時には旅館や飲食店に向けた業務用漆器国内シェア約80％を占める</h3>



<p>一説によると、河和田漆器の歴史は1500年余り。継体（けいたい）天皇の壊れた冠を塗り替えたことに始まると伝えられ、以来、旅館や飲食店などで使用される<strong>業務用漆器の国内シェア約80％</strong>までに成長した。</p>



<p>古くから漆液を採集するため全国に出稼ぎに出る「漆掻き」というプロ集団も生まれ、漆に傷をつけるための鉄刃物を普及させるなど、各地の漆産業に影響を与えていった。そうして河和田では、個々の職人はもちろん、それらを一貫して行う企業も成長。その中のひとつである、「漆琳堂」は、寛政5年（1793年）から200年以上続く漆器製造の老舗中の老舗だ。</p>







<h3 class="wp-block-heading">時代が変化し、得意分野が未来を阻む</h3>



<p><strong>漆器産地の河和田が得意とするのは、クライアントの要求に柔軟に応える受注生産だ</strong>。主に旅館や飲食店に向けてのハードな使用に耐えられる丈夫さやクライアントが求める価格帯、さらに大量生産が可能といった実用性の高さで業務用漆器の市場を獲得していった。しかしバブル終焉後、安い海外生産品との競争やプラスチック製品の台頭、食生活の変化や食器の多様化とともにニーズは激減。日々縮小する業界に産地は頭を抱えることになる。</p>







<h2 class="wp-block-heading">老舗の跡継ぎが着目した、産地ならではの高いハードル</h2>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji2-14.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>塗師屋業を中心に家族経営で漆器の製造・販売を担ってきた「漆琳堂」も伸び悩む売上に頭を悩ませていた企業のひとつだ。だが、時代の急激な変化に追いつけずにあがく河和田の中で、20代前半だった内田徹さんは家業を継ぐことを決める。</p>



<p>若い頃は野球に夢中で、進学したのも県外の大学の体育学部だった。ボールをしっかりと握りしめる大きな手は塗り師にふさわしいと周囲から期待が寄せられていた。業界の状況を知っていただけに大学卒業を前にしても家業を継ぐ決心はつかなかったが、就職活動の中でも頭にあったのは漆器のことだった。「インテリアの会社を訪問した時、実家の漆器もここに並べられないかな、なんて考えていました」。</p>







<h3 class="wp-block-heading">「自分が産地を背負う」覚悟</h3>



<p><strong>作ることはできても、売ることは難しい</strong>。産地の問題の本質に気が付く中で、内田さんは漆器の世界で生きる覚悟を決める。学生時代に帰省した際、誠実に仕事に向き合う祖父や父、家族の姿をあらためて間近で見たことが決め手となった。「いつか家業を継ぐつもりがあるなら、他の会社で働いて寄り道する時間を塗りの修行に当てたい」。家に戻るとすぐ、祖父や父から塗師としての技術を学び始めた。</p>







<h2 class="wp-block-heading">越前漆器の伝統美を塗り替える新ブランドを次々と発表</h2>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji3-14.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>家に代々伝わる技術を学び、塗師としてスタートを切ったものの、業界そのものに元気がなく会社としての売上は落ちる一方だった。業務用漆器は、吸い物椀や煮物椀、止め椀などの用途でサイズが決まっており、また季節感のあるきらびやかな蒔絵を施すというセオリーがある。家庭用としては少し派手過ぎたり使いづらさがあったりで一般向けには売れなかった。また大量の注文をこなす中で、職人として漆器づくりの工程の一つを担うだけでは、器を使う人のニーズや満足度はわからず、自分が器に込めた工夫や気持ちも伝わらないと考えるようになった。</p>



<p>今、世の中の一般ユーザーにはどんな器が必要とされているのか。そこを見極めないと、産地としての活路はない。内田さんは、漆琳堂の名を冠した個人向けブランド漆器づくりに取り組み、百貨店などの展示販売に自ら立つという、当時の産地としては稀有な取り組みに力を入れていった。</p>







<h3 class="wp-block-heading">漆器そのものをインテリアに。【aisomo cosomo】</h3>



<p>続いて内田さんが取った行動は、<strong>自らの製品のプロデュースをプロに任せること</strong>だった。依頼したのは日本の伝統的な匠の技と最新の技術をつなぎ、新たなモノづくりを提案することで知られていた、<strong>丸若屋プロダクトプロデューサーの丸若裕俊氏</strong>。「親しみ」というコンセプトに色遊びを添えたシリーズは、<strong>インテリア雑貨「aisomo cosomo」</strong>としてデビューした。さっそく県外の大きな美術館のショップに置いてもらったが、当初は見向きもされなかったという。しかし１年が過ぎる頃、「日本の伝統工芸を元気にする」というビジョンの元でモノづくり、開発を行ってきた中川政七商店が手掛ける<strong>「大日本市」への出展</strong>を機に、大手デパートや全国クラスのセレクトショップでの扱いが次々と決まっていった。</p>



<p>漆器がもつ高級感というイメージからあえて離れつつも、それでいて品質の良さや伝統の技が感じられ、誰もが手に取りやすい器。青、赤、黄色。カラフルながらもどこか日本になじむ深い色をバイカラーにした。形やサイズにもこだわり、汁椀、飯椀、小鉢、箸、お盆、祝い皿などを展開。価格帯も2000円台～9000円台と若い世代にも受け入れやすい設定とした。「塗りをメインとしてきた老舗だったので、いろんな色を作ることができました。インテリアのように使える雰囲気が、感度の高い人たちに受けたのかもしれません」。</p>



<p>ブランドを全国展開するには数が必要だが、もともと漆琳堂に<strong>中量生産の体制</strong>が整っていたことが勝機に繋がった。質の高さを維持したまま量産を実現できたのだ。目に新しい漆器は、多くの人の目に留まりドイツや台湾など海外の展示会にも招待されるようになっていく。そんな中、内田さんは2012年、福井県内最年少の35歳で伝統工芸士に認定された。</p>







<h3 class="wp-block-heading">食洗器で使えてお手入れしやすい【RIN&amp;CO.】</h3>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji4-15.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>内田さんがさらに業界を驚かせたのは、2020年に発表した食器洗い機に対応した漆器「RIN&amp;CO.」だった。「漆は世界最高峰の天然塗料。漆が最も硬くなるのは塗り上げてから100年後ともいわれます。今の漆器はその力を最大限に引き出せてはいないと思ったんです」。通常、問屋から仕入れる漆液は、塗りやすくするために薬品などを加えて調合している。内田さんは、地元・福井県や福井大学と連携して漆液のブレンドや加工を研究し、食器洗い機にも耐える硬い塗膜「越前硬漆（えちぜんかたうるし）」を開発した。木地も見直し、木の粉末に樹脂を染み込ませて成形するという業務用漆器の技術を転用することでヒビや歪みに強いより頑丈なものに改良していった。</p>







<h3 class="wp-block-heading">暮らしの中で目にする色を器に</h3>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji5-13.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>ここでもこだわったのは器の色合いだった。北陸の天気、気候からイメージする何百もの色のパターンを作り、「くまモン」のデザインなどで知られる水野学氏に監修を依頼した。福井の冬の空を表すグレーに近いブルー。日本海の荒波を思わせるネイビーグレー。夕暮れの地平線を彩る薄紅のグラデーション。「父親は大反対。特に寒色系は食欲が減退すると料理の専門家にも酷評されましたが、ふたを開けてみたらすごく好評でした」。と内田さん。食事の時だけでなく生活の中に置きたくなるカラーリングは、人の暮らしは季節とともにあることを器の風景が教えてくれる。漆器は保温性にとても優れていて、ご飯を盛れば冷めにくく炊き立てアツアツが楽しめ、冷たいものも溶けにくくひんやりした味わいが長く続くので夏のデザート用としても最適なのだという。</p>



<p>塗りの技法にもひと工夫し、刷毛で塗った跡をあえて残す「刷毛目技法」を採用した。塗り直しがきかないため高度な技が必要だが、世界に一つしかない模様となる。またキズがついても目立たない。ただひとつ、黒色の器のみ刷毛目の残らない「真塗り技法」で高級感ある仕上がりとしている。いずれもツヤを消したマットな質感を表現した。「現代の家って隅々まで照明が届いて明るいんです。艶のある器だと煌びやかすぎる印象になっちゃう」。少し小さめのサイズ感は、「カワイイ」という衝動で器を購入したくなることを計算したものだ。</p>







<h3 class="wp-block-heading">若い人が働きたいと思う会社環境に。</h3>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji6-13.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>こぢんまりとした家族経営だった漆琳堂は、年々生産量を拡大しながらスタッフを増やし、現在は12名の社員を抱える。若い人が多いのは、産地に残る若手を育てたいという意識からだ。「美大卒や工芸を学んだ人だけでなく、一から職人を目指すスタッフを積極的に受け入れています。作り手と使い手の年齢が近いと、伝統的な漆器を若い人に響かせるために何が必要かがよりわかると思うんです」。 </p>






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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji7-11.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>2021年には、昔ながらの伝統的なフォルムの漆器も食洗機対応にアップデートして発売した。100％天然漆の器は抗菌効果も期待でき、金継ぎなどで補修も可能だ。高級感のある伝統的な漆器はギフトとしての需要も高い。「アジア圏では各国に漆の木が自生していますが、どの国でも漆器はすでに産業というほども残っていないんです」。世界的に工芸品が衰退していく中で漆琳堂は伝統工芸品に新しい活路を切り開いた形になる。当然、似たような製品も多く作られていくが、内田さんは自社ブランドが成功した証だと自信を持っている。「真似するより真似される側になれ、です」。次世代を担う職人とともに新しい価値観にかなうニーズの発掘で、漆器の歴史を塗り替えていく。 </p>






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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/131_kao_DSCF0873-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-47773" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/131_kao_DSCF0873-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/131_kao_DSCF0873-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/131_kao_DSCF0873-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/131_kao_DSCF0873.jpg 1200w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">漆琳堂　八代目 内田徹さん</figcaption></figure></div>


<p>お客さまの声から生まれた食洗機対応の漆器は、福井県や、福井大学との産学官連携で開発した100％天然漆の塗膜「越前硬漆」で作られています。日常使いの漆器として親しんでいただきたいです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33952/">現代生活に合った色や実用性で漆器の歴史を塗り替える。塗師屋「漆琳堂」８代目内田徹さん/福井県鯖江市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>表現力の豊富さと遊び心が魅力。変塗の宝庫と呼ばれる「新潟漆器」真田桃子さん／新潟県</title>
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		<pubDate>Tue, 15 Nov 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[職人]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸品]]></category>
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		<category><![CDATA[変塗の宝庫]]></category>
		<category><![CDATA[漆器]]></category>
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		<category><![CDATA[作品]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-5.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>新潟漆器の歴史 新潟県の北部に位置し、本州日本海側最大の都市として人口81万人を抱える新潟市は、古くから「みなとまち」として栄え、江戸時代から明治期にかけては日本海を航行した廻船「北前船」の寄港地でもあった。そのため物資 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33719/">表現力の豊富さと遊び心が魅力。変塗の宝庫と呼ばれる「新潟漆器」真田桃子さん／新潟県</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-5.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">新潟漆器の歴史</h2>



<p>新潟県の北部に位置し、本州日本海側最大の都市として人口81万人を抱える新潟市は、古くから「みなとまち」として栄え、江戸時代から明治期にかけては日本海を航行した廻船「北前船」の寄港地でもあった。そのため物資の交易が盛んで、海や陸から日本各地の文化が続々と入ってきた。</p>



<p>その中のひとつに漆器の文化がある。約400年前の江戸初期に、現在の秋田県の伝統工芸の一つである「能代春慶（のしろしゅんけい）」が伝えられたのがその始まりとされている。繁華街・古町に椀店（わんだな）と呼ばれる漆器の専売地域が設けられ保護政策がとられ、さまざまな技術と職人がこの地に集まったといわれている。主に、<span class="swl-marker mark_yellow">お膳やお盆などの日用品が作られ、江戸末期には江戸・大阪はもちろんのこと、北海道にまでその販路は拡がりを見せ、漆器産地として独自の進化をとげ現在の「新潟漆器」となった。  </span></p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji2-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">「変塗の宝庫」新潟漆器の特徴</h3>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">新潟漆器の特徴は、「変塗（かわりぬり）の宝庫」と呼ばれるほどの、塗りの技法のバリエーションの豊富さだ。何かに見立てて、それを塗りの技法だけで表現する、そんな職人たちの遊び心と情熱がこれらを生み出してきた。</span></p>



<p>例えばそのうちのひとつ「竹塗」は、竹の肌合いを実際の竹ではなく、漆によって表現する。江戸で生み出され、当時武士の刀の鞘を竹塗にするのが流行ったことをきっかけに人気を博し各地に伝わった技法。新潟と一部地域にはその後も定着し、現在では新潟漆器を代表する塗り技法になっている。漆に砥粉を混ぜた錆で竹の節や筋をつくり、 真菰（まこも）粉で煤けた質感を表す独特の技法だ。</p>



<p>他にも、石のざらざら感を表現した「石目塗（いしめぬり）」、重ね塗りによる不規則なまだら文様が特徴の「錦塗」などがあり、平成15年（2003年）には国の伝統的工芸品の指定（花塗、石目塗、錦塗、磯草塗、竹塗の5技法）を受けた。  </p>



<h2 class="wp-block-heading">竹塗の美しさに魅了され新潟漆器職人へ</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji3-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>新潟漆器職人として活躍する真田桃子さんは、24歳の時に竹塗の美しさに魅了されてこの世界に足を踏み入れた。それまでこの業界には全く無縁だった真田さんは、竹塗がすべて漆でもって作られることへの驚きと、竹で作られている様にしか見えないその美しさに魅了され夢中になったと当時を振り返る。</p>



<p>周囲が驚くほどのスピードで技術を吸収し、新潟で一番と言われる漆芸家の先生に学びその技術を磨いてきた。自身が生まれ育った新潟の町の歴史を未来に繋ぎたい、使命感の様な思いもあったという。  </p>



<h3 class="wp-block-heading">伝統工芸でモダンさを表現する</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji4-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>真田さんの生み出す作品には「伝統工芸」の持つ和のイメージを塗り替えるようなモダンさがある。表面はマットなものが多く、傷がつきにくいことも特徴の一つだ。ラピスラズリーの原石に見立てた「瑠璃塗」や赤い石にみたてた「紅石塗」の器などもあり、和食はもちろんイタリアン・フレンチなどの洋との馴染みもよい。テーブルでも料理を引き立たせ、そのポテンシャルを発揮してくれるクールな存在だ。</p>



<p>中でも真田さんが得意にしているのは、「朧銀塗（おぼろぎんぬり）」である。</p>



<p>これは江戸時代の漆芸家・柴田是真（しばたぜしん）の変塗の技法を復刻したもので、木製品でありながら、まるで金属のような特異な質感が楽しめる。柴田是真といえば、1873年開催のウィーン万博に出品した「富士田子浦蒔絵額面」が賞を獲得するなどして、広く知られた作家だ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji5-4.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>ダークな雰囲気と落ち着いた真鍮色（しんちゅういろ）にはアンティークの冷たい趣があり、古びた見立ての粋が静謐な美しさを醸し出す。<span class="swl-marker mark_yellow">もちろん作品づくりは一点一点が手作業だ。木地固めをして、布着せ、錆つけ、中塗りと、その工程は2ヶ月近く続く。中盤の工程で炭の粉をまいて、朽ちたような凹凸感を表現する。復刻でありながら、その完成品は実にモダンで現代的だ。</span>  </p>



<h2 class="wp-block-heading">新潟を漆器で有名な産地へ</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji6-4.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>多種多様な技術が集結し、それぞれの職人の個性が生きる進化をとげてきた新潟漆器。まだ組合の歴史も浅く、漆器の産地としての規模はそれほど大きくない。小売や卸といったマーケットの面では有名な産地にはとても敵わないという。それでも「この仕事が好きだからやっている」と真田さんは笑顔で胸を張る。真田さんの仕事は職人としての腕を磨き、独自の「変塗」の路線をとことん突き詰めることだ。今は飲食店を中心に、完全にオーダーメイドでその技術を提供している。店側が盛りつける料理をイメージしながら、それが引き立つようにイマジネーションを膨らませて、次々と新しいものをつくり上げる。首都圏や海外からの注文も多く、納品に半年以上待ってもらうこともある。</p>



<p>真田さんが漆塗りの世界に入ってから、約10年。最初は無我夢中で「美しいモノを作りたい」と走り続けてきた。今は新しい試みに意欲を燃やし続けている。</p>



<p>「私はごりごりの職人で、プロダクトをつくる人間なんです。今は新しい塗りを考えるのが楽しい。これからは、例えば3Dプリンターを使って樹脂系のものにチャレンジしたり、銅っぽいものもやってみたりしたい。」と真田さん。</p>



<p>漆器の有名な産地として世界で「新潟漆器」が語られる日は、そう遠くないかもしれない。</p>



<p>  </p>


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		<title>使うほど美しく育つ漆器「秋田·川連塗 寿次郎」／秋田県湯沢市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/31225/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 29 Dec 2021 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/12/main-8.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>800年以上の歴史がある漆器の町 秋田県の南の玄関口、湯沢市はその名の通り、豊富な温泉群にめぐまれた町だ。その東北部に位置する川連町は小さいながらも800年以上の歴史を持つ漆器の町として知られている。鎌倉時代から400年 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/31225/">使うほど美しく育つ漆器「秋田·川連塗 寿次郎」／秋田県湯沢市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/12/main-8.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">800年以上の歴史がある漆器の町</h2>



<p>秋田県の南の玄関口、湯沢市はその名の通り、豊富な温泉群にめぐまれた町だ。その東北部に位置する川連町は小さいながらも800年以上の歴史を持つ漆器の町として知られている。<br>鎌倉時代から400年にわたって秋田県南部一帯を治めていた稲庭城主が、武士たちの刀のさやや、鎧などの武具に漆を塗らせたのが始まりだとされている。その後、江戸時代には、椀や膳、重箱など食器類にも広く漆が使われるようになり、川連漆器は地域の人々の生活必需品として、さらには工芸品として広く親しまれるようになった。<br><span class="swl-marker mark_yellow">漆器は木地作り、塗り、沈金・蒔絵などの専門職人が分業で作り上げていくのが一般的。川連では一連の職人全てが半径2kmの小さな町の中に集まっている。これは全国的にもめずらしい。</span>そんな川連町に明治の初めごろから、漆塗り工房として伝統の技を受けついできた「<a href="https://jujiro.jp/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">秋田・川連塗 寿次郎</a>」はある。このちいさな工房で湯沢産の漆を使った漆器づくりをしたいと5～6年前から漆の植樹を始めたのが塗り師の佐藤史幸さんだ。</p>



<p>現在日本国内に流通する漆はほとんどが海外産で、ここ川連も例外ではない。国産の漆は生産量が少なく、手に入りにくい。また高価なため、どうしても海外産に頼るのが現状。海外産の漆が悪いという訳では決してないけれど、国産の漆を途絶えさせない為にも、今始めなければいけない事があると、佐藤さんは話す。ここ川連だからこそ出来る事、守れることを次の世代に受け継いでやりたのだと。</p>


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<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/12/kiji2-4.jpg" alt="" class="wp-image-31228" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/12/kiji2-4.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/12/kiji2-4-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">時間をかけて完成する川連漆器</h2>



<p>川連漆器は、粗挽きの木地を熱と煙でいぶして燻煙乾燥させる。以前はどこの漆器産地でも使われた手法だが、最近では効率化が進み機械を使った人工乾燥が行われている。燻煙乾燥の良いところは、時間をかけてゆっくり丁寧に乾燥させるため、木地の歪みや割れを軽減できること。また、煙の成分が防腐・防虫などの効果をもたらす。<br>「川連は小さな漆器産地。設備投資する余裕がなかったんですよ」と、佐藤さんはおおらかに笑う。</p>



<p>そして<span class="swl-marker mark_yellow">川連漆器の最大の特徴は最終工程の上塗りにある。「花塗（はなぬり）」という技法が使われており、この工程は「塗立て」とも呼ばれる。漆を研ぎださないで仕上げるため、研磨しないままでも漆の持つ自然な光沢がでて、漆の質感と触った時のやさしい感触がより引き立つといわれている。またこの上塗りが他の産地よりも厚めなのも魅力の一つ、使い込む事で色艶が増して、さらに美しい器になっていく。</span>川連漆器に限らず、漆器が完成するまでの工程は驚くほど長い。「塗り」だけでも30から50もの工程を経てようやく完成する。<br>一度塗ったら5日～7日ほど乾かす。そして研磨したらまた塗る。それを何度も何度も繰り返す。そうすることで堅牢さが増し、長く使える丈夫な器となるのだ。出来上がった器の表面からは重なった漆の層は見えない。でもそこには職人が、何十もの工程の中に込めた情熱や技術が塗り重なっているのだ。</p>



<p>トチノキを原材料とした川連漆器は、手に持った感触が軽く、保温性にも優れている。何より口にした時の口あたりが優しく、なんともここちよい。「一度、川連漆器のお椀にご飯を盛って食べてもらいたい。見た目の美しさはさることながら、口当たりの優しいお椀の良さもわかってもらえると思います」。刷毛を平らにムラなく滑らせながら、佐藤さんは愛情深く川連漆器の魅力を話してくれた。</p>


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<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/12/kiji3-4.jpg" alt="" class="wp-image-31229" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/12/kiji3-4.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/12/kiji3-4-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>

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<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/12/kiji4-4.jpg" alt="" class="wp-image-31230" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/12/kiji4-4.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/12/kiji4-4-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/31225/">使うほど美しく育つ漆器「秋田·川連塗 寿次郎」／秋田県湯沢市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>貴重な国産漆を守り伝える漆掻きの匠·飛田祐造さん／茨城県</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 24 May 2021 06:03:58 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[漆器]]></category>
		<category><![CDATA[漆]]></category>
		<category><![CDATA[うるし]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/05/main-4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>10年でたった1回しかとれない国産漆 「漆の木は10年間育てたら１年だけ漆を掻（か）きます。漆を掻いた木はそのまま伐採です。この方法は“殺し掻き”といって、質の高い漆をとるためには欠かせません。中国などでは３年くらいとる [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/05/main-4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">10年でたった1回しかとれない国産漆</h2>



<p>「漆の木は10年間育てたら１年だけ漆を掻（か）きます。漆を掻いた木はそのまま伐採です。この方法は“殺し掻き”といって、質の高い漆をとるためには欠かせません。中国などでは３年くらいとるらしいのですが、私たちは１年だけ。その間に良質な漆をとるようにしています」そう語るのは、この道66年、<span class="swl-marker mark_yellow">黄綬褒章も受章した漆掻き職人の飛田祐造さんだ。「漆掻き」とは、漆器や木工でも使われる漆の原料となる樹液を採取すること。<br>採取する金具で幹を引っ掻くことからそう呼ばれている。</span></p>



<p>漆は抗菌性や耐久性が高く、芸術品だけでなく古くから建築や日用品にも使われてきた。海外でも日本の漆技術は評判が高く、“塗り”だけでなく、蒔絵や螺鈿といった“加飾（装飾すること）”の技も高度とあって、英語で漆芸品を「japan」と呼ぶこともあるほど、日本の工芸を代表するジャンルだ。豊かな自然で知られる茨城県大子町は、上質な「大子漆」がとれることで知られている。茨城県は岩手県に次ぐ全国２位の漆の生産地だが、その多くがこの大子町産。約１万本の漆が植えられたこの町で、飛田さんは仲間とともに大子漆保存会を立ち上げ、長年、漆文化を守ってきた。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/05/kiji2-4.jpg" alt="" class="wp-image-29690" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/05/kiji2-4.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/05/kiji2-4-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">日本の伝統文化のために漆を1滴も無駄にしない</h2>



<p>訪ねたのは2000本ほどが植えられた漆の林。このうち１年に掻くのは200本ほど。飛田さんの教えに従って中田英寿も漆を掻く。先が曲がった独特のナイフのような「掻きカマ」と呼ばれる道具で幹に細い傷をつけ、そこからゆっくりとにじんでくる樹液をすくって容器にいれる。「なかなか漆が出てこないですね」（中田）<br>「<span class="swl-marker mark_yellow">１本の木から１年かけてとれるのは牛乳瓶１本くらい。だから１滴も無駄にはできません。漆掻きの最盛期である夏場は幹に垂れるくらい出ることもあるんですが、秋から冬にかけてはにじむ程度です。とれる時期によって質が変わりますし、用途も変わる。だから１年かけてじっくりとらなければならないんです</span>」（飛田さん）１回の漆掻きでとれる漆は耳かき１杯分くらい。これを牛乳瓶１本分集めると思うと気が遠くなる作業だ。「無理に掻こうとすると、ゴミが混ざってしまうので焦りは禁物。最初は小さな傷をつけて少しずつとって、少しずつ傷を大きくするのがうまくいくコツです」（飛田さん）</p>



<p>ふと横を見ると、役割を終え伐採された漆の幹が積み重ねられていた。10年かけて育てた木からほんの少しの樹液だけをとる。その光景を見ただけで漆がいかに貴重な素材かということが理解できた。<span class="swl-marker mark_yellow">現在国産の漆は非常に貴重なものとなっており、日光東照宮をはじめとする文化財の修復などに主に使われている。日本で流通している漆は中国産が多い。国産の漆がなくなってしまうと、日本の伝統文化の多くが継続困難になってしまうだろう。</span>日本文化を守るためにも、飛田さんの後継者があらわれることを願わずにいられない。漆の苗づくりから育成、採取を守る大子漆保存会の活動にも注目だ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/05/kiji3-4.jpg" alt="" class="wp-image-29691" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/05/kiji3-4.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/05/kiji3-4-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/05/kiji4-3.jpg" alt="" class="wp-image-29692" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/05/kiji4-3.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/05/kiji4-3-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/29687/">貴重な国産漆を守り伝える漆掻きの匠·飛田祐造さん／茨城県</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>強くて丈夫な使うための「漆器」漆芸家·及川守男さん／岩手県奥州市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 11 Apr 2013 05:50:13 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14760_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>秀衡椀は秀衡塗りの原点 岩手県の漆器というと「秀衡塗り」が有名だ。名前のとおり藤原の秀衡の時代に作られたといわれ、この地方の漆と金をふんだんに使った漆器で平泉の黄金文化を象徴するもののひとつでもある。漆器の塗師として長年 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14760_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">秀衡椀は秀衡塗りの原点</h2>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">岩手県の漆器というと「秀衡塗り」が有名だ。名前のとおり藤原の秀衡の時代に作られたといわれ、この地方の漆と金をふんだんに使った漆器で平泉の黄金文化を象徴するもののひとつでもある。<br></span>漆器の塗師として長年活躍してきた及川守男さんの工房兼ご自宅におじゃました。ご自宅にはさまざまな漆器が置かれている。そのなかにも秀衡塗りといわれるものがたくさんあった。そのなかから及川さんが出してくれたのがある組み椀、一汁一菜のための３つの椀がひと組になったものだ。これは及川さんが復元した「秀衡椀」。<br><span class="swl-marker mark_yellow">名前こそ似ているが、実は現在の秀衡塗りの原点になったといわれるのが秀衡椀なのだという。</span>凛とした形と見事な模様、ぽってりと厚みのある漆。見ているだけでも心がひきしまる。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="212" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14760_img01.jpg" alt="" class="wp-image-14893" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14760_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14760_img01-300x198.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">家業の漆器作りを継ぐ</h3>



<p>及川さんが生まれたのは岩手県の増沢地区というところ。古くから木工が盛んで、明治に入り産業としての漆器増沢塗が確立された。実は古くから秀衡椀を作り続けてきた地域でもあったと考えられており、民藝運動でも有名な柳宗悦らによって秀衡椀の調査がなされた。当時、<span class="swl-marker mark_yellow">増沢塗は日常の器として無地が基本だったが、その一方で、秀衡椀の特徴である金箔や文様を取り入れて「秀衡塗り」を復元したという経緯があるのだ。<br></span>及川さんは「漆器は山村で手仕事の楽しみ」だったという。「ものづくりが好きな地域で、みんなが増沢塗に携わっていました。増沢塗は漆をふんだんに使い、回数を多く塗った丈夫な漆器。あまり広く販売せずに使う人に直接販売したものでした」と話す。<br>現在では定番になっている優美な模様の秀衡塗りは大正に入ってから量産されたものだそうだ。増沢地区は現在ではダムになってしまい、及川さんが増沢塗最後の職人となっている。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="212" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14760_img02.jpg" alt="" class="wp-image-14894" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14760_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14760_img02-300x198.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">漆は高級品でなく生活のもの</h2>



<p>スタッフのひとりが「漆はやっぱり高級品という感じがする」というと、「そう考えられちゃうと困るんです…」と及川さん。<span class="swl-marker mark_yellow">及川さんも現在では、秀衡塗り作りではなく増沢椀を作ることにしているのだという。つまりより実用としての漆器づくりに戻ったということ。</span><br>「漆は決して高級品じゃないんですよ。自然の恵みをいただいているだけ」。漆は生活の道具だから使いやすさが大事だと及川さんはいう。そこで「実は一番困るのは、作家気分でものを作っている人が多いことですね。職人と作家はまったく違うんですよ。職人はいいものを、量も多く作ないといけない、それが基本です」と、自分たち漆芸の分野にも警鐘を鳴らしていた。</p>



<p>生活日用品として漆器を取り入れる。漆は何回でも修理がきくものなので、ときには売ってから10年、20年たってから修理に帰ってくる漆器もいるという。それはつまり「使い続けてくれている」ということの証だ。<br>「そういう仕事をすれば食べていける。だから顔の見える人に売り続けていきたい。そうしてつながっていられたらすごくうれしい」。そう及川さんは職人としての気持ちを打ち明けてくれた。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="212" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14760_img03.jpg" alt="" class="wp-image-14895" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14760_img03.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14760_img03-300x198.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="212" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14760_img04.jpg" alt="" class="wp-image-14896" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14760_img04.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14760_img04-300x198.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/14760/">強くて丈夫な使うための「漆器」漆芸家·及川守男さん／岩手県奥州市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>浄法寺の漆と向き合う漆掻き職人·塗師 鈴木健司さん／岩手県二戸市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 27 Mar 2013 06:00:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸品]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14710_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>漆の国内生産量日本一 漆器というとすぐに思い浮かぶのが輪島塗や会津塗といった「製品」だが、そのもとである漆の国内生産量日本一であるのが岩手県。なかでも二戸市浄法寺（じょうぼうじ）が産地として有名だ。その浄法寺で自ら漆を採 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14710_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">漆の国内生産量日本一</h2>



<p>漆器というとすぐに思い浮かぶのが輪島塗や会津塗といった「製品」だが、そのもとである<span class="swl-marker mark_yellow">漆の国内生産量日本一であるのが岩手県。なかでも二戸市浄法寺（じょうぼうじ）が産地として有名だ。</span>その浄法寺で自ら漆を採取し、漆器を制作している、漆掻き職人兼塗師である<a href="https://kenji-urushi.com/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">鈴木健司</a>さんのもとを訪ねた。</p>



<p>もともとおじいさん、お父さんが漆器の塗師をしていたという家に生まれた鈴木さん。自分も漆の仕事を始めたが、そのときに思ったことが「こだわったものを作りたい」ということだった。<br>塗りだけを極めるのではなく漆からこだわりたい。そう考えていたところ、福島県会津で師事した師匠に言われた一言が「うまくなりたかったら浄法寺へいけ」というものだったそうだ。そこで、日本うるし技術保存会の伝承者養成の長期研修生となった。それが鈴木さんと浄法寺のつながりの始まりだった。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14710_img01.jpg" alt="" class="wp-image-15156" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14710_img01.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14710_img01-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">漆を掻くことで変わったこと</h2>



<p>鈴木さんは二戸市が運営する滴生舎という工房で5年ほど働き現在は独立をしたが、制作した漆器はいまでも滴生舎で販売をしている。だが、はじめにも言ったように、鈴木さんは漆の掻き手でもあるのだ。<br><span class="swl-marker mark_yellow">本来は塗り手と掻き手は別であることが多い。だが、鈴木さんは漆そのものをもっと勉強したいと思って漆掻きも始めたのだという。漆掻きを始めて「漆を大事にするようになった」と鈴木さんはいう。<br></span>「漆掻きができるのは6月から10月くらいです。その前の時期に漆の木を探したり、手入れして育てる。半年間は山にこもるようになったんです。その分ものづくりをする時間は半年。ペースは落ちますよね。でも自分で掻くことで、漆を大切にするという感覚が出てきたんです」</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14710_img02.jpg" alt="" class="wp-image-15157" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14710_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14710_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">漆の木からこだわる</h3>



<p>中田も以前、この浄法寺で漆掻きに挑戦したことがあった。そのときのことを思い出して、漆掻きを行う人が違えば漆の量も質も違うことに驚いたと話すと、鈴木さんは「やっぱり難しいですよ」と返す。<span class="swl-marker mark_yellow">木によってそれぞれ取れる漆が違うのだという。育て方によっても違う。それを見極めながら一本一本の木と向き合う。</span>そうやって漆の木からこだわることで、製作の嬉しさが倍増するのだという。</p>



<p>浄法寺の漆器は会津塗や輪島塗などと比べると、どちらかというとシンプルなものが多い。「漆の加工技術は向こうの方が上」と鈴木さんはいうが「浄法寺はその分シンプルな塗り重ねが発達した」そうだ。<br>丁寧に何度も塗りかさねることで、こだわったものが生まれる。それは見た目に派手ではなくても、漆そのものの実直な力がある。漆器を買い求めた人がリピーターになってくれることもあるという。鈴木さん自身が掻いた漆から作り出される漆器。その魅力は、この浄法寺で脈々と培われる「こだわり」の力にあるのかもしれない。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14710_img03.jpg" alt="" class="wp-image-15158" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14710_img03.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14710_img03-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/14710/">浄法寺の漆と向き合う漆掻き職人·塗師 鈴木健司さん／岩手県二戸市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>生活のなかにある漆器「鳴子漆器」後藤常夫さん／宮城県大崎市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/12239/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 17 Nov 2012 03:55:33 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[大崎市]]></category>
		<category><![CDATA[漆芸]]></category>
		<category><![CDATA[漆工芸]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[工芸品]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸品]]></category>
		<category><![CDATA[宮城県]]></category>
		<category><![CDATA[鳴子漆器]]></category>
		<category><![CDATA[漆器]]></category>
		<category><![CDATA[お椀]]></category>
		<category><![CDATA[漆]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12239_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>400年の歴史を持つ鳴子漆器 宮城県の旧鳴子町 （現在は大崎市） の名産、鳴子漆器。その起源は江戸初期の寛永年間 （1624年～1643年） にあるといわれている。つまり400年近い歴史を持つということだ。その鳴子漆器を [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/12239/">生活のなかにある漆器「鳴子漆器」後藤常夫さん／宮城県大崎市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12239_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">400年の歴史を持つ鳴子漆器</h2>



<p>宮城県の旧鳴子町 （現在は大崎市） の名産、<a href="https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/shinsan/03sikki.html" target="_blank" rel="noreferrer noopener">鳴子漆器</a>。その起源は江戸初期の寛永年間 （1624年～1643年） にあるといわれている。つまり400年近い歴史を持つということだ。<br>その鳴子漆器を盛り上げるため、岩出山潘の三代城主伊達弾正敏親が、修行のために塗師と蒔絵師を京都に派遣した。それ以後鳴子漆器は隆盛を見せ、現在の基礎になったという。<br><span class="swl-marker mark_yellow">鳴子漆器の大きな特徴のひとつが塗り。木目の美しさを生かした 「木地呂塗」、顔料を加えていない漆を木地に塗りふき取る作業を繰り返して、木目を際立たせる 「ふき漆塗」、朱漆の上に透漆をかけた 「紅溜塗 （べにためぬり）」 などが特徴だ。</span>また、鳴子独自の塗りの技法として、墨を流したような模様を描き出す 「龍文塗」 がある。そのどれも日用品として生活の場にあっても違和感がまったくない、素朴な美しさを醸し出している。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="212" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12239_img01.jpg" alt="" class="wp-image-12385" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12239_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12239_img01-300x198.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">秋田の修行から持ち帰ったもの</h2>



<p>その<span class="swl-marker mark_yellow">鳴子漆器を代々支えてきた職人の家に生まれて、自身も漆器作りに長年携わっているのが後藤常夫さん</span>だ。10代の中ごろに秋田の漆器職人の工房に弟子入りし、さまざまな塗の技法を覚えたという。その数なんと約50種類だそうだ。その頃に作ったという後藤さんの処女作を見せていただいた。卵殻によって植物の文様を浮き出した大皿だ。<br>「これはいくら貧乏しても絶対に売らないんだ」 と大事そうにお皿を抱えていた後藤さんが印象的だった。<br>修行から帰り、鳴子漆器の職人としての道をスタートするのだが、その仕事には秋田の修行がとても役にたったという。鳴子漆器の手法だけではなく、さまざまな角度から漆器を考えることができたからだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="212" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12239_img02.jpg" alt="" class="wp-image-12386" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12239_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12239_img02-300x198.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">伝統のその先に行くために</h3>



<p>後藤さんは言うまでもなく、鳴子漆器のスペシャリストだが、先ほども言ったようにいろいろな手法を駆使している。後藤さんに案内され工房に入り、さまざまな作品を見せてもらった。そこで中田の目を引いたのは、黒が透けて見えるような深い色合いの朱塗りのお盆。器には、何層にも漆を重ねてから研いで現れた繊細な線があしらわれている。<br>「この線はね、木星の輪をイメージしたんだよ」<br>「なるほど。今は全部同じサイズお皿ですが、例えば、同じデザインでサイズを1枚1枚変えると、重ねたときに上から線だけが見えて、置いておくだけでもかわいいかもしれませんね」<br>そんなふうに中田が感想をいうと、「うんうん、たしかに。そうか、面白いね。今度作ってみっか」 と後藤さんは受けてくれた。<br>「やっぱりね、人の話を聞かなきゃわからないんだよ。自分だけだと何でも限界があるからね。そういうのも作ってみたい」<br>中田の思いつきにも真剣に耳を傾ける。そして 「作ってみようか」 と言う。この柔軟性が鳴子漆器という伝統をこの先につなげていく原動力なのかもしれない。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="321" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12239_img03.jpg" alt="" class="wp-image-12384" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12239_img03.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12239_img03-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>


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