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	<title>大津市 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>大津市 - NIHONMONO</title>
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		<title>手彫りで宿す“完全ではない美しさ”。時とともに育つ落合芝地さんの木の盆／滋賀県大津市</title>
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		<pubDate>Wed, 07 Dec 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>穏やかで優しいたたずまいと、確かな存在感。木工作家・落合芝地（しばじ）さんのつくる木の盆は、そこに置くだけで風景を一変させる力を持つ。全国のギャラリーやセレクトショップからの注文が途切れない、色や形もさまざまな作品が生ま [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>穏やかで優しいたたずまいと、確かな存在感。木工作家・落合芝地（しばじ）さんのつくる木の盆は、そこに置くだけで風景を一変させる力を持つ。全国のギャラリーやセレクトショップからの注文が途切れない、色や形もさまざまな作品が生まれる滋賀県・比良山麓の工房を訪ねた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">滋賀県の森の中の工房で、一つひとつ作品と向き合う</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/12/kiji1-1.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>琵琶湖の西側、比良山のふもとに位置する<strong>大津市南小松</strong>。落合さんの工房は、すぐ近くを清流が流れる静かな森の中にある。敷地内には<strong>蒔絵・漆工作家として活躍する妻・やのさちこさん</strong>の工房もあるのだが、周辺にぽつぽつと建つ家の多くは別荘で人の出入りも少なく、作家夫婦が制作に集中するにはもってこいの環境のようだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">移住者の多い大津市北部エリア。ものづくりに従事する人も</h3>



<p>ちなみに、落合さんの工房のある<strong>滋賀県大津市北部</strong>は、比良山や琵琶湖といったスケールの大きな自然が間近にある一方で、<strong>京都にも電車で30分程度</strong>。子育て世代を中心に<strong>県外からの移住者が多い</strong>ことで知られている。また、移住者の中にはものづくりに従事する人もいて、近年ちょっとした注目を集めている地域だ。</p>



<p>一口にものづくりと言っても、たとえば落合さん夫妻のように作家活動をする人のほか、ギャラリーや飲食業を営む人、デザイナーやライターなどのクリエイター、新規就農者など活動内容は幅広い。10年前、京都市出身の落合さんがこの場所を工房に選んだのはたまたまだったと言うが、自然が身近にあって都市部にも出やすいここでの暮らしは、作業中は孤独に陥りがちな作家生活に良い刺激を与えてくれるので、気に入っているという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">弟子入りはせず、我流で確立した木工作家としての作風</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji2-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>落合さんは、2000年に<strong>京都市伝統産業技術者研修漆工本科</strong>を修了。2001年からは銘木屋の京都市南区にあった<strong>「<a href="http://jurinsha-kyoto.com/" target="_blank" rel="noopener" title="">樹輪舎</a>」が主宰していた木工塾</strong>で木工の基礎を学び、さらにその翌年には、木地師の里として知られる滋賀県永源寺町で<strong>故・小椋宇三男氏に木工ろくろを習いながら</strong>作風の幅を広げていった。</p>



<p>「伝統工芸家の家に生まれたわけではなかったので、知識も道具も持たない状態でこの世界に飛び込みました。また、特定の人のもとに弟子入りをする縁がなかったので、それぞれの場所とたくさんの人から学んだ技術と知識を用いながら、<strong>我流で作風をつくってきた</strong>と言っていいかもしれません」と振り返る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">塗り椀から盆へ。創作の楽しみが広がった</h3>



<p>ちなみに、京都で漆工を学んでいた落合さんは、キャリアをスタートさせたばかりの頃は主に<strong>塗り椀</strong>をつくっていたという。しかし、いつしか自分のつくる椀に「<strong>手詰まり感</strong>」を感じるようになったと話す。</p>



<p>理由は、大きさや形、用途がある程度決まっている椀物は<strong>オリジナルな個性がつけにくかった</strong>からだという。絵付けや塗りを施すことでデザインしていくというよりは、木の個性や質感を生かした表現を追求しようとしていた落合さんは、塗り椀以外の選択肢も探り始める。</p>



<p>そんなとき大きな手がかりとなったのが、樹輪舎で学んだ「<strong>刳物（くりもの）</strong>」という技法だった。無垢の一枚板をノミやカンナで削り出していく刳物の技を使い、落合さんは色や形、大きさ、そして使う木の種類もさまざまな<strong>盆</strong>を生み出していく。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">木の種類やそれぞれの特徴、木取りの仕方など、木の性質や扱い方を知っておくことは大切だが、<strong>木の盆には</strong>それ以外の<strong>決まり事が比較的少なく、自由度が高い</strong>。そこに魅力を見いだし、つくることが以前よりもっと楽しくなったという。</span></p>



<h3 class="wp-block-heading">使う人にとっても“自由”な盆</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji3-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>落合さんの木の盆は、作者の落合さん自身にとってそうであるように、<span class="swl-marker mark_yellow"><strong>使う側にとってもまた自由度が高く、わくわくするアイテム</strong>である</span>ようだ。</p>



<p>試しにSNSで「＃落合芝地（おちあいしばじ）」と検索すると、和食のコース料理風、おうちごはん風、複数の豆皿に料理を少しずつのせたおもてなし風、小さなサイズの盆にケーキとコーヒーをのせたカフェ風、あるいは食事に使うのではなくお気に入りの器をのせて飾っている人や、花瓶に生けた花を飾るトレーづかいをしている人など、非常に<strong>多岐にわたるシーンで愛用</strong>されていることがわかる。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">特別感を演出でき、おもてなしにも活躍する<strong>折敷（おしき）</strong>にも使えて、自分のための気軽な一人飲みのトレーとしても活躍する。<strong>使い方は手にした人次第</strong>。</span>そんな自由さが<strong>全国にファン</strong>を広げているようだ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji4-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<h3 class="wp-block-heading">デザインのヒントは“古いもの”から</h3>



<p>落合さんの盆は、<strong>土ものの器</strong>や<strong>日本酒の酒器</strong>、和食を盛り付ける<strong>竹かご</strong>など和のものを組み合わせると洗練された雰囲気が加わり、<strong>リネンクロス</strong>や<strong>洋食器</strong>、<strong>ワイングラス</strong>など洋のテイストを組み合わせると、絶妙な落ち着きが加わる。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">そんな汎用性の高い<strong>デザインは「古いもの」から思いつく</strong>ことが多いそうだ。たとえば昔の陶器や古道具、あるいは李朝の陶磁器や工芸品など、木工品以外のものも参考になるという。</span>落合さんの工房から1時間足らずで行ける<strong>京都の骨董市</strong>にもよく足を運んでは、ヒントを見つけに行くそうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">無垢の一枚板を手技で仕上げる</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji5-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>落合さんの作品の持ち味は、<strong>丸ノミで手彫りの跡をしっかり残した丁寧な仕上げ</strong>。大きな板を必要なサイズに木取りしたり、荒彫りやアウトラインを形成したりといった作業には機械を用いるが、それ以外は手作業で仕上げていく。わずかなゆらぎを感じさせる、<strong>人の手でしか出せない「完璧ではない美しさ」</strong>が好きだという。</p>



<p>削り方のポイントは「<strong>同じテンションで彫ること</strong>」。<span class="swl-marker mark_yellow">同じリズム、同じ太さ、同じ深さで直線的に彫っていくときれいに仕上がるという。</span>実際に彫るところを見せてもらったが、スッスッと軽やかかつスピーディー。しかし、じつは同じ一枚の板でも硬い部分や柔らかい部分があるため、そのつど力加減を調整しながら彫り進めているそうだ。その作業をひたすら繰り返す。</p>



<p>そう聞くと、単調で根気が求められる作業といった印象を抱いてしまうが、「手は痛くなるけど、不思議と飽きないんです」と落合さんは笑う。彫っていると、木目の模様にだんだんと立体感が出てくるのが面白いのだという。手を動かしながら木と向き合う時間がしんから好きなのが伝わってきた。</p>



<p>そのせいだろうか、落合さんの木の盆を眺め、手に取ったときに感じるのは、心が穏やかさで満たされていく幸福感だ。<strong>端正でありながら、どこか優しくあたたかい</strong>。</p>



<h3 class="wp-block-heading">木の個性と表情を引き出す</h3>



<p>もうひとつ、落合さんの作風において重要なポイントは「<strong>木のそのままの個性を生かす</strong>」ということだ。</p>



<p>落合さんの木の盆には、<strong>クリ</strong>、<strong>サクラ</strong>、<strong>ケヤキ</strong>、<strong>ミズメ</strong>、<strong>キハダ</strong>、<strong>タブ</strong>などいろいろな種類の木が用いられている。その色合いも、深みのある黒、やわらかなベージュ、焦げ茶、赤みのある茶色、黄味の強い黄土色など、じつに多彩だ。<strong>オイル仕上げ</strong>で木の本来の色を生かす場合もあれば、<strong>鉄媒染（てつばいせん）</strong>、<strong>アンモニアスモーク</strong>、<strong>拭漆（ふきうるし）</strong>といった仕上げ方で変化をつけることもある。使用する木の種類との相性を考えながら常に新しい方法を取り入れているそうだ。</p>



<p>しかし、<span class="swl-marker mark_yellow">どのような仕上げを施すにしても、<strong>それぞれの木の個性と表情を引き出す</strong>ことにはこだわっている。</span>そのため、最も多く用いられているのが、木の本来の色が出やすいオイル仕上げ。漆を使うときも木の質感が隠れてしまわないよう、つややかな漆塗りではなく木地に塗った漆を拭き取って仕上げる拭漆を選ぶことが多い。</p>



<h3 class="wp-block-heading">割れや節も木の個性</h3>



<p>また、木の<strong>節</strong>や<strong>割れ目</strong>など木材の欠陥と見なされがちな部分も、落合さんは<strong>作品に生かす</strong>。大きな一枚板を木取りして10枚の板が取れた場合、たいてい2～3枚は節や割れのあるものが混ざっているというが、それらを捨ててしまわず、使いたいという。</p>



<p>木の枝の付け根部分にあたる木の節は、製材をして板になったとき円形の模様になって現れる。節の入った板は木の強度が低下し、見た目も悪くなると敬遠されがちだが、落合さんは味があって面白いと言う。実際、<strong>節の模様の入った盆を気に入って選んでいく人も少なくない</strong>そうだ。</p>



<p><strong>木の割れ目</strong>もしかりで、<strong>作品のアクセントとして生きるデザインに仕上げていく</strong>。汁椀や桶などに比べて、盆は水漏れを気にしなくていいからこそ取り得る手段といえそうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">量産できないモノの良さ</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji6-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>今や貴重品となった<strong>木材を余すところなく使う</strong>制作のスタイルや、<strong>精緻な手技でこつこつとつくられた生活の道具</strong>の美しさは、<strong>情報とモノにあふれた今の時代だからこそ、多くの人に訴える力</strong>がある。</p>



<p>全国各地で展覧会を行っている落合さんだが、その案内には作品購入時の点数制限をお願いする文言が添えられている。工程のほとんどを手彫りで仕上げるため、量産が難しいのである。</p>



<p>だから、購入する側も一つひとつの個性と向き合いながら、自分にとっての一枚を見きわめる。そのプロセスが愛着を生み、長く大切に使われていくことは想像に難くない。<strong>使い込むうちに色合いに深み</strong>が加わり「<strong>育つ</strong>」楽しさがあるのも天然木ならではだ。</p>



<p>落合さんの手が生み出す、完全ではないけれど確かな美しさの宿った木の盆は、使うたびに幸せな気持ちを生み、<strong>慌ただしい日々の中でのささやかなよりどころ</strong>となるのではないだろうか。技と時間を重ねながら洗練し続けてきた工芸品が、この時代を生きる人たちに何をもたらしてくれるのか、その一つの答えを見た気がした。  </p>


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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
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		<title>紫式部に芭蕉、稀代の創作者にひらめきを与えた「大本山 石山寺」の自然美/滋賀県大津市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 09 Nov 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-3.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>かつて大津京、紫香楽宮と2度にわたって都がおかれ、昔から水陸交通の要衝として栄えた滋賀県は、歴史ある神社仏閣の宝庫である。その代表格のひとつが、紫式部が『源氏物語』を書き始めたことで知られる「大本山 石山寺」だ。琵琶湖と [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-3.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>かつて大津京、紫香楽宮と2度にわたって都がおかれ、昔から水陸交通の要衝として栄えた滋賀県は、歴史ある神社仏閣の宝庫である。その代表格のひとつが、紫式部が『源氏物語』を書き始めたことで知られる「大本山 石山寺」だ。琵琶湖と京都をつなぐ瀬田川のほとりに建つ寺を訪ねた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">滋賀屈指の紅葉スポットとしても知られる風光明媚な寺</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/11/kiji1-3.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>滋賀県南部、琵琶湖の先端部分に位置する石山寺は、<strong>風光明媚な寺</strong>として近畿圏を中心に人気が高く、とりわけ梅や桜、青もみじ、紅葉の季節には多くの観光客や御朱印を求める参詣者でにぎわう。<strong>11月</strong>の紅葉シーズンに行われる<strong>夜間ライトアップ</strong>は特に人気で、<strong>滋賀屈指の紅葉スポット</strong>としても知られている。市街地に近く、最寄りの<strong>「京阪石山寺」駅から徒歩約10分</strong>、<strong>京都からも電車で30分以内</strong>という交通アクセスの良さも人気の秘密だ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji2-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<h3 class="wp-block-heading">源頼朝の寄進によって建てられた東大門。仁王像は運慶・湛慶（たんけい）作</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji3-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>訪れた人を最初に迎えてくれるのは、<strong>国の重要文化財</strong>に指定されている<strong>東大門（ひがしだいもん）</strong>だ。源頼朝の寄進によって建てられ、桃山時代には豊臣秀吉の側室として知られる淀殿の寄進で修繕されたこの山門の両脇には、<strong>運慶・湛慶作の仁王像</strong>が立つ。入母屋（いりもや）造り、本瓦葺（かわらぶき）の堂々たるたたずまいに一礼して、中の参道へと進んでいく。</p>



<h2 class="wp-block-heading">寺の名の由来になった、国の天然記念物「硅灰石」が生み出す風景</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji4_2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>本堂を目指していくと、突如、波しぶきを思わせるような不思議な形の巨岩が目の前に現れる。<strong>国の天然記念物</strong>にも指定されている「<strong>硅灰石</strong>」だ。その向こうに見えるのは、源頼朝の寄進で建てられた優美な<strong>多宝塔（国宝）</strong>で、<strong>多宝塔としては日本最古</strong>だという。まるで山水画の世界に入り込んだような感覚に、おもわず足を止めずにはいられないこの風景は、石山寺の象徴といえるだろう。</p>



<p>ちなみに石山寺は、伽藍山（がらんやま）という標高239mの山の一部を境内としているのだが、伽藍山は至る所に硅灰石が突出した「石の山」で、<strong>石山寺も硅灰石の岩盤の上に立っている</strong>。これが石山寺の名前の由来というわけだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">創建は747年。2021年には初の女性座主が誕生</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji5-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p><strong>石山寺の創建は747年（天平19年）</strong>。奈良・東大寺の初代別当（住職）だった<strong>良弁僧正（ろうべんそうじょう）</strong>が<strong>聖武天皇</strong>の命により建てた寺だ。</p>



<p>そのため創建当初、石山寺は<strong>東大寺と同じ華厳宗（けごんしゅう）</strong>の寺院だったが、真言宗・天台宗といった密教信仰がさかんになった<strong>平安期に真言密教の道場に変わった</strong>という。このとき初代座主（ざす）に就任したのが、醍醐寺の理源大師聖宝。2代目座主は聖宝の弟子の観賢、3代目座主には、菅原道真の孫にあたる淳祐内供…と続き、現在は、<strong>第53代座主</strong>に<strong>鷲尾龍華（わしお・りゅうげ）さん</strong>が就任している。</p>



<p>鷲尾さんは、祖父にあたる第51代座主・鷲尾隆輝さん、のちに第52代座主となる父・鷲尾遍隆さんのもとに生まれ、2021年12月に石山寺の長い歴史の中で<strong>初の女性座主</strong>に就任した。「この境内で生まれ育ち、子どものころからお坊さんになりたいと思ってきたので、夢がかないました」と話す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">平安時代と桃山時代の建築様式が同居する国宝・本堂</h2>



<p>続いて、鷲尾さんに案内いただきながら、硅灰石の上に建つ<strong>国宝・本堂</strong>へと入る。<strong>本尊「如意輪観世音菩薩（にょいりんかんぜおんぼさつ）」</strong>ほか、弘法大師の作と伝わる「厄除不動明王」など数々の仏像が安置された<strong>内陣（正堂）</strong>は<strong>平安時代に建てられた</strong>もので、<strong>滋賀県最古の木造建築</strong>にあたる。</p>



<p>また、本堂の<strong>外陣（礼堂）</strong>は、<strong>桃山時代に淀殿の寄進によって建て増しされた</strong>部分で、京都の清水寺本堂と同じ「<strong>懸（かけ）造り</strong>」の手法が用いられている。<strong>ひとつの本堂にふたつの時代の様式が混在</strong>しているというのは、非常に珍しいそうだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">本尊は日本唯一の勅封秘仏。御開帳は33年に一度と天皇即位の翌年</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji6-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>石山寺の本尊は、<strong>国の重要文化財</strong>に指定されている<strong>秘仏「如意輪観世音菩薩」</strong>である。秘仏を安置した内陣の厨子の前には、金色に輝く「御前立尊」が安置されている。</p>



<p>そして、厨子の向こうには、<strong>高さ一丈六尺（5.3m）</strong>もあるという非常に大きな木造仏、如意輪観世音菩薩が座している。平安期につくられたもので、勅命（天皇の命）によって封印されている<strong>日本で唯一の「勅封（ちょくふう）秘仏」</strong>だ。</p>



<p>封印が解かれ、<strong>御開扉（ごかいひ）が行われるのは、33年に一度（次回は2047年）と天皇即位の翌年</strong>と決まっている。開封式の法要では、勅使（天皇からの使い）立ち会いのもと厳粛に扉が開かれる。それが奈良時代から続いてきた。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji7-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>秘仏ゆえ、本尊の拝観は御開扉時にしか叶わないが、「<strong>懸仏（かけぼとけ）</strong>」という薄い銅の鏡に彫られた観音様を見ながら、実際の姿を想像してみてほしい。</p>



<p>如意輪観世音菩薩は、左足を下げる姿で岩の上に腰掛けている半跏（はんか）像で、向かって左には山の神である<strong>蔵王権現</strong>、右には石山寺の創建当初から縁の深い東大寺にまつられている<strong>執金剛神</strong>を従えた<strong>三尊形式</strong>で安置されているそうだ。</p>



<p>また、<strong>如意輪観音は、通常は六臂（ろっぴ。6本の腕のこと）の姿で表現される</strong>のだが、<strong>石山寺の如意輪観世音菩薩は、より古い形の2本の腕の姿</strong>であることもポイントだという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">清水寺、長谷寺と並ぶ「三観音の寺」</h3>



<p>如意輪観世音菩薩は、<strong>安産・福徳・縁結び・厄除けの御利益</strong>をいただける観音様として信仰を集めてきた。現在も、こうした御利益を求めて若い女性参詣者の姿も多く見られるという。</p>



<p>平安時代には、<strong>石山寺は京都の清水寺や奈良の長谷寺と並び「三観音」と称され</strong>、京都の貴族たちの間では「<strong>石山詣（もうで）</strong>」が流行した。「都の日々の生活に疲れ、ゆったりとした空気の流れる石山へ足を向けたくなる。そんな気持ちが当時の人たちにもあったのではないでしょうか」と鷲尾さんは話す。伽藍山の緑に囲まれた、琵琶湖を望む本堂に身を置いていると、その言葉に強い説得力を感じる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">十五夜の夜、『源氏物語』はここで生まれた</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji8-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>ちなみに、平安時代に石山詣をした貴族の中には<strong>『源氏物語』</strong>の作者・<strong>紫式部</strong>のほか、<strong>『蜻蛉日記』</strong>を書いた<strong>藤原道綱母</strong>、<strong>『更級日記』</strong>で知られる<strong>菅原孝標女</strong>など、<strong>名だたる女流文学者たち</strong>もいた。彼女らは、お堂に籠もり夜通し祈願する<strong>「参籠（さんろう）」</strong>を行ったという。</p>



<p>とりわけ有名なエピソードが、<strong>紫式部がこの石山寺で『源氏物語』を起筆したという伝説</strong>だ。1004年、時の中宮から「新しい物語を読みたい」との要望を受け、物語を作るため7日間の参籠をしていた紫式部は、参籠の後に御簾を開け、月を眺めていたという。その日は中秋の名月。<strong>琵琶湖に映る月</strong>を眺めていると、京の都から須磨へと流された貴公子が月を見て都を恋しがる場面が浮かんだ。そして<strong>「今宵は十五夜なりけり」</strong>と書き出したのが、<strong>『源氏物語』の始まり</strong>といわれている。</p>



<p>この伝承は<strong>『石山寺縁起絵巻』</strong>をはじめ、さまざまな書物にも記されていて、本堂の一角には、紫式部が源氏物語を執筆したといわれる部屋が<strong>「源氏の間」</strong>として残されている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">江戸期には松尾芭蕉、明治期には島崎藤村も滞在</h3>



<p>ほかにも石山寺の境内には、<strong>若き日の島崎藤村が2カ月間滞在した塔頭「密蔵院」</strong>（門前にあった建物を1969年に境内に移築）や松尾芭蕉の句碑がある。またお寺のちかくには芭蕉が仮住まいした「幻住庵」もある。</p>



<p>芭蕉はこの石崎を訪れて<strong>「石山の石にたばしるあられかな」「あけぼのはまだむらさきにほととぎす」</strong>という句を詠み、藤村は当時の滞在生活のことを随筆や童話に残している。</p>



<p>風光明媚な寺の自然美と観音様のもたらすパワーがそうさせたのか。石山寺は、各時代の文学者にインスピレーションを与え続けた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">悩み多き時代のよりどころとなれる寺に</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji9-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>昔も今も多くの人が訪れる石山寺は<strong>「花の寺」</strong>としても親しまれている。</p>



<p>2月下旬頃には、境内にある<strong>3つの梅園</strong>で、<strong>約40種類400本の梅の花</strong>が春の到来を告げ、それに続いて、さまざまな種類の<strong>約600本もの桜</strong>が伽藍山を彩る。その後も、<strong>樹齢300年を超えるキリシマツツジ</strong>や、<strong>菖蒲</strong>、<strong>藤</strong>、<strong>アヤメ</strong>、<strong>牡丹</strong>、<strong>あじさい</strong>、<strong>さざんか</strong>など、季節ごとの花々が訪れた人の心を和ませる。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji10-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>花の中には、<strong>座主が丹精込めて育ててきた</strong>ものも少なくないそうで、「第一梅園」には歴代座主が育てた古い梅が集まっている。晩秋から冬にかけ花を咲かせるさざんかは、鷲尾さんの祖父にあたる第51代座主が愛し、増やしたものだそうだ。</p>



<p>「境内の花は、遠方からお越しの方から地元の方まで、さまざまな方とのご縁を生んでくれています。<strong>不安の多い時代なので、これまで以上に人の心のよりどころとなれる寺でいられたら</strong>」と鷲尾さん。</p>



<h3 class="wp-block-heading">車の音の届かない境内で自然美に浸り、心を解放する</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji4-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>山の一部を境内としているだけに、長い歴史を生き抜いてきた木々の美しさもみごとだ。「<strong>千年杉</strong>」と呼ばれる<strong>樹齢約400年のご神木</strong>や、夏場も濃い影をつくり出す杉林、そして<strong>あお若葉（もみじ）</strong>や<strong>紅葉</strong>と硅灰石が織りなす鮮やかなコントラストも、ここでしか見られない眺めとして人気を集めている。</p>



<p>境内には、車の走る音は届かない。いっとき俗世から切り離されたような、ほっとした気持ちがもたらされたように感じる。実際、<strong>参詣者の中には半日ほどかけて境内を散策する人も少なくない</strong>そうだ。</p>



<p>長きにわたり“祈りの場”として多くの人を集めてきた石山寺の磁力は、訪れる人の心をゆったりと解放してくれる美しい自然にも宿っている。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33643/">紫式部に芭蕉、稀代の創作者にひらめきを与えた「大本山 石山寺」の自然美/滋賀県大津市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>石の声を聴けー 石積みの里で穴太衆の技をつなぐ「粟田建設」/滋賀県大津市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 18 Sep 2022 03:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[大津市]]></category>
		<category><![CDATA[職人]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀県]]></category>
		<category><![CDATA[栗田建設]]></category>
		<category><![CDATA[石垣づくり]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/main-6.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>歴史が好き、建築が好きでお城を見に行く人はたくさんいるが、石垣に注目する人はどれくらいいるだろう。比叡山延暦寺の門前町、滋賀県大津市の坂本では「石垣づくり」を専門にする職人集団「穴太（あのう）衆」の技が今も受け継がれてい [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/32930/">石の声を聴けー 石積みの里で穴太衆の技をつなぐ「粟田建設」/滋賀県大津市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/main-6.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>歴史が好き、建築が好きでお城を見に行く人はたくさんいるが、石垣に注目する人はどれくらいいるだろう。比叡山延暦寺の門前町、滋賀県大津市の坂本では「石垣づくり」を専門にする職人集団「穴太（あのう）衆」の技が今も受け継がれている。一切の技術を口伝でのみ伝えてきた穴太衆の起源と活躍、そして現在を聞いた。<br> </p>



<h2 class="wp-block-heading">石垣づくりを専門に活動する職人集団「穴太衆」</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji1-1.jpeg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>琵琶湖の西岸、比叡山延暦寺の門前町である大津市坂本。「<strong>石積みの里</strong>」と呼ばれるこの町では、道を歩くと至るところで見事な石垣に迎えられる。自然にある石を加工せず、そのまま積み上げる「<strong>野面積み（のづらづみ）</strong>」を得意とする穴太衆は、戦国時代を中心に活躍した石積みの職人集団だ。高い技術で堅牢な石垣をつくる穴太衆は全国の大名に召し抱えられ、現存する城の石垣のうち7～8割が、穴太衆の手によるものだといわれている。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">ルーツは古墳時代にやって来た渡来人</h3>



<p>穴太衆のルーツは、古墳時代に朝鮮半島から日本に渡ってきた渡来人だといわれている。788年に最澄が比叡山延暦寺を開創し、僧侶たちが住む里坊などの石垣づくりを、この地に住む石組み職人たちが行った。職人たちが拠点としたのが穴太（あのう）という地区だったことから、彼らは<strong>穴太衆</strong>と呼ばれるようになった。</p>



<p>石造りといえばヨーロッパのイメージがあるが、実は西暦80年につくられたローマのコロッセオでは既に大量のコンクリートが使われている。日本は島国でセメントやコンクリートといった接着剤の技術が伝わらず、また地震大国なので、建物の下には揺れに耐えうる<strong>強い土台</strong>が必要だった。こうした日本の風土により石積みの技術は飛躍的に進歩し、独自の技となり磨かれていった。穴太衆の石積みでは、今も接着剤は一切使われていない。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">信長も惚れ込んだ石積みの技術</h3>



<p>穴太衆の名を一躍有名にしたのが、織田信長が琵琶湖の東岸に建てた<strong>安土城</strong>だ。1571年の比叡山焼き討ちの際、信長は二度と再興ができないよう焼け残った石垣の打ち壊しを命じる。ところが石垣はいくら崩そうとしても崩れず、その堅牢さに驚いた信長が、安土城の築城に穴太衆を動員したという。それ以来、穴太衆の名は全国で知られるようになり、のちに姫路城や竹田城、さらには大阪城や名古屋城、江戸城も穴太衆が手がけたといわれている。</p>



<p>穴太衆の技術は<strong>免許制</strong>で、全国各地でどれだけ腕を磨こうが必ずこの土地に戻って修行を積まなければその名を名乗れないという決まりがあった。ゆえに代替わりの際には必ずここ坂本に来て修行をし、穴太衆の名を受け継いだという。職人として、本物の技術を継承することに重きを置いてきたことがうかがえる。<br><br></p>



<h2 class="wp-block-heading">現代で唯一、穴太衆の技を継ぐ粟田建設</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji2-6.jpg" alt="" class="wp-image-31998"/></figure></div>


<p> </p>



<p>穴太衆の技術を現代に受け継ぐのが、株式会社粟田建設の粟田純徳（すみのり）さんだ。かつて穴太衆が積んだ見事な石垣が残る滋賀県大津市坂本に拠点を置き、第15代目穴太衆頭として全国で活動を続けている。</p>



<p>「最盛期には全国に何千人もいたといわれる穴太衆ですが、今ではうち粟田建設だけになってしまいました。石垣づくりといっても石を積むだけではなく、山から石を切り出す人、それを運ぶ人、そして積む人という分業制です。戦国時代が終わって新しい城がつくられなくなると、石を切り出す人は墓石などの石を加工する仕事、石を運ぶ人には飛脚など運搬の仕事に職を変え、散り散りになってしまいました。石を積む人は仕事がなくなりましたが、僕らはありがたいことに比叡山延暦寺が近くにあり、また滋賀県には神社仏閣が多い。おかげで石垣を増設したり、修復や土木工事などを請け負いながら、仕事を続けられています」。</p>



<p>石垣は一度積むと<strong>300年、400年もつのが当たり前</strong>。現代では商売として石積みを続けていくのは難しいが、それでもこの技術をどうにかして先につないでいきたいという。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">石垣の修復をして思うこと</h3>



<p>新しく城が建てられることがなくなった現代では、仕事のほとんどが地震や劣化で崩れた石垣の修復だという。</p>



<p>2016年の熊本地震で崩落した熊本城の石垣も元々は穴太衆が築いたものだが、地震によって崩れたのは、ほとんどが明治時代に穴太衆の技術を用いずに修復された部分だった。その一方で、<strong>400年前につくられた部分は崩れずに残っている</strong>。文化財の修復は「元に戻すこと」が鉄則とされるが、崩落前の明治時代に修復された状態に戻すのが本当に良いのだろうか。また、基礎を全てコンクリートで打ち直していたことも崩落の原因では、と粟田さんはいう。大きい地震が増えている昨今、近代技術だけが本当に最適な選択なのか、立ち止まって考える時が来ているのかもしれない。<br><br></p>



<h2 class="wp-block-heading">自然の石でつくる、コンクリートより強い石垣</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji3-6.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>穴太衆は、自然にある石を加工せず、そのまま積み上げる「<strong>野面積み（のづらづみ）</strong>」を得意とする。写真の竹田城（兵庫県）の石垣に見られる技法がそれである。石垣の積み方には他に、石を加工して噛み合わせながら積み上げる技法で、姫路城などでみられる「打ち込みハギ」や、石を完全に四角く切って隙間なく積み上げる技法で二条城で見ることができる「切り込みハギ」があるが、地震や豪雨への備えを考えた時、もっとも耐久性に優れているのは野面積みだそうだ。滋賀県内では安土城に行けば野面積みの石垣を実際にみることが出来る。</p>



<p>穴太衆は依頼を受けるとまずその地に出向き、行った先々でその土地にある石を使って石垣を積んだ。戦国時代の城が山の上にあるのは、石が採れる場所を選んで城を建てていたからだ。石積みは、石を選ぶことから始まると粟田さんはいう。まず頭の中で図面を描いて、石をじっと眺め「この石はここに使おう、あの石はここにはまるな」と考えて石を持ち帰る。<strong>石選びの段階で、仕事の7、8割が終わる</strong>といっても過言ではないそうだ。</p>



<p>強い石垣をつくる秘訣は、表には見えない「<strong>栗石（ぐりいし）</strong>」にあるという。石垣の中に栗石と呼ばれる細かい石を丁寧に詰めておくことで、地震が来た時のクッション材になり、また水はけも良くなって崩れにくい石垣ができる。石の積み方にも工夫があり、石を横長方向に積むことで全体の重みを広い底辺で支え、表面から3分の1くらい奥に重力がかかるように設計することで崩れにくい石垣を組み上げている。 穴太衆が積んだ石垣とコンクリートブロックの耐荷力実験では、コンクリートは220トンで亀裂が入ったのに対し、石垣は<strong>250トンの重さにも耐え続けた</strong>というから驚きだ。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">「石の声を聴け」</h3>



<p>石垣を積んでいて、石を置くとその場所にぴたっと収まる瞬間があるそうだ。「そんな時は、石の声が聴けた気がして嬉しい」と粟田さんはいう。「<strong>石の声を聴け</strong>。自分たちの采配で積むのではなく、<strong>石の行きたいところに行かせてやれ</strong>」とは、粟田さんが先代からずっと言われてきた言葉だ。石も世の中と同じ。どんな形の石にも必ず役割があって、無駄なものはひとつもない。見た目や性格など、一つひとつに個性があり、その組み合わせで成り立っていると言い聞かせられてきた。</p>



<p>「石垣は、積む人によって全く違う仕上がりになります。性格が出るんですね。例えばうちの祖父は繊細で、石の形に沿って緻密に組んでいくスタイル。父はどちらかというと荒々しく、大きな石をドン、ドン、と積んで間を小さい石で埋めていく積み方をしていました。僕は石積みを祖父に習ったので、細かく組んでいくやり方を受け継いでいます」。修復現場などで石垣を見ていると、どんな人が積んだのか何となくわかってくるという。「ここはちょっと手を抜いてるな」「もう少し丁寧にしたら崩れなかったのにな」と思うこともあるが、戦国時代の城は、<strong>いかに早く完成させるか</strong>が何よりも重要。本来なら組み上げるのに半年、下準備を含めたら1年以上かかる石垣を、当時は1、2ヶ月で完成させていた。戦国の世で、穴太衆が城づくりに与えた影響は計り知れない。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">400年を口伝でつなぐ石積みの技術</h3>



<p>穴太衆の石積みは、すべてが<strong>口伝</strong>。文書などはいっさい残されていない。お城や石垣の設計図は、今でいう<strong>軍事機密</strong>。万が一敵に伝わると、城内に施した仕掛けから有効な攻め方まで全てが露呈してしまう。機密情報が敵方に渡らないよう、技術を伝える文書はもちろん、家系図すら残さなかったという。1000年以上続いてきたとされる粟田家がいまだ15代を数えるのみなのも、その辺りに理由がある。</p>



<p>戦国時代の当時、穴太衆の指揮で石積みを手伝ったのは、現地に暮らす<strong>農家の人々</strong>だった。当時の主な運搬手段は牛や馬。その牛や馬を持っている農家の協力は不可欠だったため、農業が忙しい春と秋には城はつくられなかったという。同じものは二つとない自然の石を組み合わせる上、限られた職人にだけ極秘で伝えられてきた穴太衆の技術ゆえに、文字にして残すのが難しかったということもあるのかもしれない。<br><br><br></p>



<h2 class="wp-block-heading">息子や孫の代で崩れるような石垣はつくらない</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji4-6.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p> </p>



<p>「僕らの仕事はすごく特殊で、400年、500年もつ物をつくって、それで崩れたら『下手くそだ』と言われるんです。何年もたせたら上手いと言われるんだろうと気が遠くなることもありますが、だからこそ<strong>強さにはこだわりたい</strong>という思いがあります。今は石垣も見た目がきれいな方がいい、自分が生きている間もてば十分、と思う人が多いかもしれませんが、粟田の名がその石垣にずっと残って、何百年か先に崩れた時、『粟田の15代目は下手くそだった』とは言われたくない。うちは<strong>穴太衆で最後の1軒</strong>。地震や災害に強いと信頼されて続いてきたこの技で、僕の息子や孫の時代になって崩れるような石垣はつくりたくないと思っています」と粟田さん。</p>



<p>難しい仕事で、それだけの覚悟も必要だが、この技術は絶対に継承していきたいという。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">粟田さんが思う素晴らしい石垣とは？</h3>



<p>プロの目から見た素晴らしい石垣についても聞いてみた。「個人的に好きなのは、兵庫県の<strong>竹田城</strong>。この石垣も、穴太衆によって築かれたといわれています。大小さまざまな自然の石をバランス良く組み合わせた、唯一無二の石垣を見ることができますよ」。廃城から400年が経ち建物は残っていないが、石垣はほぼ当時のまま残されており、粟田家では3代にわたり修復を任せられているそうだ。「祖父や父が直したところを見ると勉強になりますし、特に思い入れがある石垣です」と粟田さんは微笑む。</p>



<p>石垣を見れば、城主の考えや当時の時代背景も知ることができるという。戦国時代、城の構造は人々の生死に関わることだった。道順を見れば「ここで待ち伏せをしたんだな」と気づくことができるし、大胆な反りのある石垣なら安土桃山時代のものかな、と予想することもできる。<strong>安土城</strong>の石段には墓石や地蔵があからさまに使われており、築城ラッシュにより石が不足していた時代背景や、城主信長の気性の荒さが垣間見られるのも興味深い。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">美しい日本の風景を残すために</h3>



<p>海外に呼ばれて石垣を積むこともあるという粟田さん。アメリカで仕事をした際、現地に住んでいる日本人の人が「<strong>この石垣を見ると日本を思い出す</strong>」と涙するのを見た時は、自分も心にくるものがあったという。</p>



<p>「僕は息子がいるが、このままいくと、息子に胸を張って「後を継げ」と言うのは難しい。苦労するのは目に見えているので。そのためには、自分が働けるうちにどうにかして道をつくってやらないといけない」と語る粟田さん。海外の仕事も積極的に受け、その石垣が注目されることで、日本でも石積みの魅力が見直される時が来たらと話す。</p>



<p>粟田建設が積んだ石垣は、東京都内では<strong>馬事公苑のオリンピック記念碑</strong>として使われているものを見ることができる。やや小ぶりだが、江戸城の石垣を再利用して全て手作業でつくられたという。石に触れ、石の声に耳を傾けながら、穴太衆がつないできた技に思いを馳せてみてはいかがだろう。 </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/32930/">石の声を聴けー 石積みの里で穴太衆の技をつなぐ「粟田建設」/滋賀県大津市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「中川木工芸3代目・中川周士」世界に羽ばたいたシャンパンクーラーと木桶の技/滋賀県大津市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 28 Aug 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[シャンパンクーラー]]></category>
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		<category><![CDATA[大津市]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/main-11.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>おひつや寿司桶など、“木桶”というと丸い形を思い浮かべる人は多いのではないだろうか。しかし「中川木工芸」3代目・中川周士さんの手がける木桶は、それらとは随分違っている。代表作のシャンパンクーラーをはじめ、日本の伝統工芸の [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/main-11.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>おひつや寿司桶など、“木桶”というと丸い形を思い浮かべる人は多いのではないだろうか。しかし「中川木工芸」3代目・中川周士さんの手がける木桶は、それらとは随分違っている。代表作のシャンパンクーラーをはじめ、日本の伝統工芸の技とアート性が融合した作品の生まれた背景とは―。<br> </p>



<h2 class="wp-block-heading">琵琶湖近くの工房で生まれた、“構造的限界”を超えたシャンパンクーラー</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji1-10.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>近くには琵琶湖、それに琵琶湖西岸を縦走する比良山系。のびやかな自然に囲まれた滋賀県・比良の地に「<strong>&gt;中川木工芸 比良工房 草庭</strong>」はある。</p>



<p>この工房で<strong>中川周士</strong>さんが最初に見せてくれたのが、<strong>シャンパンクーラー</strong>『<strong>konoha</strong>』だ。</p>



<p>樹齢200年以上の高野槇（まき）や尾州檜（ひのき）といった希少な木が用いられていて、白木の端正なたたずまいがとても美しい。また、水に強く、保冷に適し、結露も生じにくいといった特性を持つため、氷を入れるのにも適しているという。さらに、軽くて持ち運びしやすいといった実用性も兼ね備えている。</p>



<p>そして、何より目を引くのが、<strong>両端を尖らせた流線型のフォルム</strong>だ。和の空間にもテーブルにも、あるいはグランピングのようなアウトドアシーンにも、すっとなじむたたずまい。シャンパンはもちろん、ワインや日本酒を入れてもかっこいい。</p>



<p>では、木桶職人の中川さんが、このシャンパンクーラーをつくることになった経緯とは、いったいどのようなものだったのだろう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「もっとシャープに」。繰り返された要望</h3>



<p>それは2010年のこと。京都の企画会社「リンクアップ」社長の今井雅敏氏から、中川さんのもとに「<strong>海外に売り込めるような、今までにない木桶</strong>をつくってほしい」という依頼があった。</p>



<p>最初からシャンパンクーラーを目指していたわけではなく、海外に合った木桶の使い方を模索する中で、まず「ワインクーラー」という案が生まれた。中川さんは小判型のワインクーラーを提案したが、なかなかGOサインが出なかった。</p>



<p>実はこの試作品の桶は、中田も見ていたという。海外暮らしの長かった中田が要望したのは「<strong>もっとシャープなデザインを</strong>」というものだった。従来の桶のままのデザインでは、海外の生活空間で浮いてしまう。桶づくりの技術を使って、ヨーロッパのライフスタイルに合うものがつくれたら、それは日本の伝統工芸に新たな可能性をもたらす。そんな思いがあったという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">試作に2年。壁を越え、さらなる進化を確信</h3>



<p>しかし、この「シャープなデザイン」を実現させるのが至難の業だった。</p>



<p>木桶というのは、木の繊維に沿って原木を割ってつくった「へぎ板」を、「銑（せん）」と呼ばれる刀や300種類ものカンナを使い分けながら削り、「タガ」と呼ばれる金属の輪で締めてつくるのだが、両端を尖らせた形の木桶は、カーブ部分にタガが食い込み、木が傷だらけになったという。</p>



<p>試作は10作を超え、その間に2年の歳月が経っていた。「<strong>構造的限界</strong>」との思いもよぎったと言うが、暗中模索する中で、タガの入る部分を丸くして、最上部を反り返らせながら尖らせ、シャープな形を実現させるというアイデアをひらめく。ここに打開の糸口があった。 ついに完成したkonohaは、ある大手シャンパンメーカーの目にとまったことがきっかけで、シャンパンクーラーとして世界へ羽ばたくことになった。それが10年以上も前の出来事だが、今でも<strong>国内外から注文が相次ぐ人気商品</strong>だ。</p>



<p><strong>桶の技術はまだまだ進化する</strong>。konohaの制作を通じて中川さんが得たのは、そんな発見だった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">職人人生の初めには、“世界”は見えていなかった</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji2-10.jpg" alt="" class="wp-image-31998"/></figure></div>


<p> </p>



<p>中川さんは「中川木工芸」の3代目。祖父にあたる<strong>初代・中川亀一さん</strong>が京都市の白川通りに構えた工房で生まれ育った。現在、その工房は「中川木工芸 京都工房」として、<strong>中川さんの父で2代目の清司（きよつぐ）さん</strong>が主宰している。</p>



<p>中川さんは大学卒業後、清司さんに師事。「京都一の桶職人」と呼ばれた清司さんの木桶は老舗料亭や旅館で愛用されていた。一方で、清司さんは工芸作品の制作も精力的に行い、木目の伸び縮みする特性を生かし、木をぴったりと合わせる「<strong>柾（まさ）合わせ</strong>」の技法を確立した。そうした一連の取り組みが認められ、清司さんは2001年に<strong>木工芸の重要文化財保持者（人間国宝）</strong>に認定される。</p>



<p>その2年後に中川さんは京都を出た。清司さんの工房の職人として従事していたが、<strong>人間国宝</strong>となった父の工房で作品を作ると自分が作った作品が中川清司の名前で世の中に認知されることを避けられないと考え、独立する道を選んだのだ。そして大学時代から登山に訪れていた自然豊かな場所である滋賀県・比良地方に<strong>「中川木工芸 比良工房」</strong>を構えた。独立した当初は、修業時代と同様、おひつや寿司桶など伝統的な商品をつくっていた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「桶の世界は縮んでいた」</h3>



<p>その頃、中川さんの目には「<strong>桶の世界はどんどん縮んでいる</strong>」と映っていた。</p>



<p>かつて桶屋といえば、ゆりかごからおひつに寿司桶、湯船に風呂桶、手桶、さらには棺桶までと、あらゆる暮らしの道具をつくっていた。しかしライフスタイルの変化に伴い桶は売れなくなり、祖父・亀一さんの代には京都に250軒ほどあったという桶屋は、中川さんが独立する頃には、わずか3軒になっていたという。</p>



<p>「小さな工房で家族を養えればいい、独立した頃はそう思っていました」</p>



<h3 class="wp-block-heading">変化を受け入れ、販路を広げた</h3>



<p>しかし、そんな中川さんに転機をもたらしたのが、前述のシャンパンクーラー『konoha』の制作だった。</p>



<p>「日本」だけを意識して桶をつくっていたときは、700年続いてきた桶のつくり方は変えようがないと思っていたし、その必要性も感じなかった。しかし、木桶の形を大胆に変えることに成功すると、デザインの入り込む余地が生まれ、販路が世界へと広がった。中川さんはそう振り返る。</p>



<p><strong>変化を受け入れ、その時代を生きる人が使いたくなるものをあつらえるイメージで、時代や文化に合わせた職人仕事をしていく。</strong>それが、職人の可能性を拓（ひら）き、伝統技術を守る鍵になるのではと信じている。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">世界が驚嘆する“木桶”へと進化</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji3-10.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>そして現在、中川さんの創造性はさらに進化を続け、<strong>国内外から高い評価</strong>を受けている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">30枚の板を木目で合わせる超絶技巧</h3>



<p>皮革製品で有名なスペイン老舗ブランド『ロエベ』のロエベ財団と、ロエベのクリエイティブ・ディレクターであるジョナサン・アンダーソンの主催で行われた「<strong>ロエベ・クラフト・プライズ</strong>」。現代の芸術の中で工芸（クラフト）が重要な位置を占めるといった認識のもと2017年から始まった画期的なプライズだ。その記念すべき第1回で、中川さんの出品した『<strong>Big Trays of parquetry</strong>』が、75カ国3900作以上もの応募の中からファイナリスト26作品のひとつに選ばれた。</p>



<p>出品作の丸盆は一見しただけでは継ぎ目が見当たらないが、日本産の杉から30枚の板を切り出し、削り、組み合わせている。父・清司さんから受け継いだ「<strong>柾合わせ</strong>」の技が世界に認められた瞬間だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ロンドン、パリの美術館に収蔵される「KI-OKE」</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji4-10.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p> </p>



<p>また、中川さんがデンマークのデザイナーとのコラボレーションによって制作した「<strong>KI-OKE スツール</strong>」は、2015年にロンドンの「<strong>ヴィクトリア＆アルバート博物館（V&amp;A）</strong>」、2016年には「<strong>パリ装飾芸術美術館</strong>」のパーマネントコレクションに選ばれている。いずれも装飾やデザインに特化した、世界的にも権威のある美術館だ。</p>



<p>かつては、ヨーロッパに木桶を持ち込むことは難しかった。空気の乾燥により木板が収縮し、タガがはずれてしまったからだ。しかし現在は、持ち込む土地の湿度に合わせ<strong>木材の含水率を調整</strong>する技術が確立され、日本の「KI-OKE」が世界に羽ばたけるようになったのだ。<br><br><br></p>



<h2 class="wp-block-heading">新たな扉を開くために</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji5-10.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p> </p>



<p>現在、中川木工芸比良工房には国内外からの注文が絶えず、数ヶ月待ちの状態が続く。2階建ての工房では、若い職人らが忙しく働いていた。</p>



<p>かつては「家族だけ養えれば」と考えていた中川さんだったが、現在は<strong>職人の育成</strong>に力を入れる。木桶づくりの技術を伝えていく一方で、2020年に誕生させた新ブランド『<strong>滋器-shiki-</strong>』の制作では、若手職人らのアイデアを取り入れている。</p>



<p>滋器-shiki-はその名の通り、<strong>滋賀の木材を使った器のブランド</strong>だ。カップや皿といった若者たちにとって日常的なアイテムをつくることで、その時代の暮らしに合ったデザインをあつらえる感覚を養ってほしい。そんな思いで弟子たちを見守っている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">次は職人に光を当てる側へ</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji6-5.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p> </p>



<p>異分野の職人や異業種とのコラボレーションにも取り組む中川さんだが、今後は<strong>日本の職人に光を当てる活動</strong>をしたいという。海外に出たことで、国内でまだ日の目を見ていない職人の中にも世界に通用する人材が多いと気づいたからだ。</p>



<p>伝統技術とデザインが融合すると、職人は世界に羽ばたける。かつて自分の目を開かせたその体験を、工芸に携わる者たちにもしてほしい、その機会をつくりたいのだという。</p>



<p>それが日本の工芸の可能性を広げ、次代を担う職人へのバトンになると信じているからだ。 </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/32732/">「中川木工芸3代目・中川周士」世界に羽ばたいたシャンパンクーラーと木桶の技/滋賀県大津市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>大津京の時代より伝説と秘仏が伝わる「三井寺」／滋賀県大津市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/10287/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 02 May 2010 06:42:02 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀県]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀観光]]></category>
		<category><![CDATA[三井寺]]></category>
		<category><![CDATA[三井寺　焼き討ち]]></category>
		<category><![CDATA[国宝]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10287_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>三井寺のはじまり 滋賀県大津市は琵琶湖西岸、比叡山の麓に位置する三井寺は、正式には「長等山 園城寺（ながらさんおんじょうじ）」といい、天台寺門宗の総本山、西国三十三箇所観音霊場の第14番札所とされる。この地に大津京を造営 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/10287/">大津京の時代より伝説と秘仏が伝わる「三井寺」／滋賀県大津市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10287_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">三井寺のはじまり</h2>



<p>滋賀県大津市は琵琶湖西岸、比叡山の麓に位置する<a href="https://miidera1200.jp/" target="_blank" rel="noopener" title="">三井寺</a>は、正式には「長等山 園城寺（ながらさんおんじょうじ）」といい、天台寺門宗の総本山、西国三十三箇所観音霊場の第14番札所とされる。<br>この地に大津京を造営した天智天皇が念持仏の弥勒菩薩像を本尊とする寺を建立しようとしていたが、その意志を果たすことができずに崩御され、息子である大友皇子（弘文天皇）も壬申の乱のために没し大津京も滅びた。<br>その後、大友皇子の子である大友与多王が、祖父である天智天皇所持の弥勒像を本尊とする寺の建立を発願し、壬申の乱で大友皇子と敵対していた天武天皇がこの寺の健立を許可して、「園城寺」の寺号を与えたとされている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10287_img03.jpg" alt="" class="wp-image-10459" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10287_img03.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10287_img03-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">再興を遂げる「不死鳥の寺」</h2>



<p>三井寺の発展の基礎を築き、寺を伝法のための修行の道場として整えた智証大師円珍（ちしょうだいしえんちん）上人の没後は、比叡山（山門）と三井寺（寺門）の対立が悪化し、互いに焼き討ちや武力行使が繰り返された。<br>源平の争乱、南北朝の争乱等による焼き討ちなど、度々の苦難が起こり一時は廃寺に追いやられたこともあったが、<span class="swl-marker mark_yellow">そのたびに復興を果たしてきたことから「不死鳥の寺」と呼ばれている</span>。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10287_img01.jpg" alt="" class="wp-image-10454" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10287_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10287_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">大切な国宝と重要文化財</h2>



<p>歴史の中で数々の法難に遭ってきたにも関わらず、三井寺には多くの文化財が保管されている。その数は国宝10件(64点) 、重要文化財42件(720点)とされ、建造物、絵画、書跡典籍、歴史資料など、多岐にわたり内容にも富んでいる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">客殿と一体化した壮麗な庭園</h3>



<p>中田が案内していただいたのは、名勝史跡の庭園である「光浄院庭園」。池泉観賞式の池周辺を固める石組は、豪壮な自然石が選ばれ使われている。<span class="swl-marker mark_yellow">この庭園は客殿と一体となっており、より奥深さを感じることができるような設計だ</span>。<br>庭園は生き物の形でもある。時代は変わっても、三井寺に伝わる教えと共に、その美しさが受け継がれている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10287_img02.jpg" alt="" class="wp-image-10455" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10287_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10287_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


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						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/33643/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">紫式部に芭蕉、稀代の創作者にひらめきを与えた「大本山 石山寺」の自然美/滋賀県大津市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">かつて大津京、紫香楽宮と2度にわたって都がおかれ、昔から水陸交通の要衝として栄えた滋賀県は、歴史ある神社仏閣の</span>					</div>
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						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/34263/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">聖徳太子創建の古刹。山城の趣きを残す「百済寺（ひゃくさいじ）」/滋賀県東近江市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">日本紅葉百選にも選ばれ、滋賀屈指の紅葉スポットとして知られる「百済寺（ひゃくさいじ）」は、聖徳太子によって創建</span>					</div>
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		<title>雄琴温泉と琵琶湖を堪能できる。「びわこ緑水亭」／滋賀県大津市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 02 May 2010 02:00:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[個室露天風呂]]></category>
		<category><![CDATA[温泉]]></category>
		<category><![CDATA[旅館]]></category>
		<category><![CDATA[琵琶湖]]></category>
		<category><![CDATA[大津市]]></category>
		<category><![CDATA[ホテル]]></category>
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		<category><![CDATA[滋賀県]]></category>
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		<category><![CDATA[贅沢な]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10299_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>琵琶湖を臨む客室と雄琴温泉 滋賀県大津市は滋賀県内の観光宿泊客数の約40％を占め、多くの観光客が訪れる街だ。その大津市、雄琴温泉街にある「おごと温泉 びわこ緑水亭」は、琵琶湖を目前に望み、敷地内にある400坪の庭園が人々 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10299_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">琵琶湖を臨む客室と雄琴温泉</h2>



<p>滋賀県大津市は滋賀県内の観光宿泊客数の約40％を占め、多くの観光客が訪れる街だ。その大津市、<a href="https://www.ogotoonsen.com/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">雄琴温泉</a>街にある「おごと温泉 びわこ緑水亭」は、琵琶湖を目前に望み、敷地内にある400坪の庭園が人々を出迎える。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">びわこ緑水亭といえば雄琴温泉</h3>



<p>お宿の自慢はなんといっても温泉入浴施設。<span class="swl-marker mark_yellow">男性大浴場「源氏」、女性大浴場「湯立」の2つの大浴場</span>はどちらも24時間入浴が可能となっており、夜には満点の星空を眺めながら露天風呂を楽しむことができる。また、全室に、専用露天風呂が用意されており、お部屋に到着するとすぐに、湯船につかることができるという、嬉しいサービス。さらに、優雅な気分を楽しみたい方には、予約制のオプションとして「バラ60輪」をお部屋のお風呂に浮かべるサービスもある。（予約受付期限は7日前の15時まで。3,150円）</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="210" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10299_img03.jpg" alt="" class="wp-image-10399" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10299_img03.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10299_img03-300x196.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">びわこ録水亭の楽しみ方</h2>



<p>「びわこ緑水亭」を拠点に、琵琶湖でマリンスポーツを楽しむもよし、歴史深い寺社仏閣を巡るもよし。お宿でゆっくり過したい方へのオススメ宿泊プランは、「お部屋で作り立てを一品出し質を重視した京会席プラン」。総料理長が腕を振るった会席料理を、お部屋で一品ずつ時間をかけて味わいながら、純和風の客室で、ゆっくりとした時間を過すことができる。<br>宿泊プランは、季節によっても様々。「びわこ緑水亭」のHPやブログには、地元ならではの観光情報も紹介されているので旅の計画を立てる際にもチェックしてみてはいかがだろう。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="210" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10299_img01.jpg" alt="" class="wp-image-10394" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10299_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10299_img01-300x196.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10293_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/10293/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">琵琶湖を望む私の別邸「ロテル・デュ・ラク」／滋賀県長浜市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">広大な敷地を有する快適なリゾート 滋賀県の総面積6分の1を占める琵琶湖を前に、4万坪という壮大な敷地の中に佇む</span>					</div>
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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10291_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/10291/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">春夏秋冬を味わう料理旅館「比良山荘」／滋賀県大津市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">比良山荘は茶釜の道を進む 隠れ里の風情を残す葛川にある料理旅館「比良山荘」。その名前をインターネットで検索をす</span>					</div>
				</div>
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		<title>比叡山の神を祀る 「日吉大社」／滋賀県大津市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/10266/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 01 May 2010 04:16:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[織田信長]]></category>
		<category><![CDATA[比叡山延暦寺]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀観光]]></category>
		<category><![CDATA[神社]]></category>
		<category><![CDATA[国宝]]></category>
		<category><![CDATA[重要文化財]]></category>
		<category><![CDATA[日吉大社]]></category>
		<category><![CDATA[大津市]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10266_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>鎮守の森を歩く 比叡山といえば、延暦寺。しかし、ここには仏様だけでなく、神様もいる。延暦寺建立より遡ること数百年。大山咋神（おおやまくいのかみ）が比叡山系の八王子山に降り立ち、それを祀ったのが日吉大社である。以後、地元の [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10266_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">鎮守の森を歩く</h2>



<p>比叡山といえば、延暦寺。しかし、ここには仏様だけでなく、神様もいる。<br>延暦寺建立より遡ること数百年。大山咋神（おおやまくいのかみ）が比叡山系の八王子山に降り立ち、それを祀ったのが日吉大社である。以後、地元の神として敬われてきたが、平安京遷都の際、日吉大社が鬼門の方角にあたることから、<span class="swl-marker mark_yellow">鬼門除け、災難除けとして広く崇敬されるようになった</span>。</p>



<h3 class="wp-block-heading">天台宗とともに広がった日吉大社</h3>



<p>それがさらに名を高めたのは、延暦寺の建立だ。最澄は、比叡山の地主神を延暦寺の守護神とし、山王権現と呼んで祀ったのである。最澄の開いた天台宗が全国に広がるのと同時に、その守護神である日吉大社も全国に広まっていった。<br>こうして、全国に3800社あるといわれる日吉・日枝・山王神社の総本宮になったのである。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10266_img02.jpg" alt="" class="wp-image-10555" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10266_img02.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10266_img02-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">比叡山の歴史と共に</h2>



<p>だが、比叡山は歴史に翻弄された土地でもある。織田信長の比叡山焼き討ちの火は、この日吉大社も焼きつくした。<br>だが復興はすぐだった。豊臣秀吉が再建したのだ。秀吉は幼名を日吉丸といったため、日吉大社を特別なものと思っていたらしい。<br>または、日吉大社は猿を神の使いとして祀っていることから、自身も猿と呼ばれた秀吉が再建に尽力したという話もある。説は様々だが、日吉大社の存在が必要とされたと感じられる逸話である。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10266_img01.jpg" alt="" class="wp-image-10554" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10266_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10266_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
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						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/10262/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">琵琶湖に浮かぶ朱塗りの大鳥居「白鬚神社」／滋賀県高島市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">近江最古とも言われる白鬚神社 夕暮れの朱に染まる琵琶湖。その水辺に建つ朱塗りの大鳥居。朱と朱が重なって、何とも</span>					</div>
				</div>
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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
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						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/10279/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">お伊勢参らば、お多賀へ参れ「多賀大社」／滋賀県多賀町 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">古くから信仰を集める多賀大社 多賀大社は古事記に「伊邪那岐大神（いざなぎのおおかみ）は淡海の多賀に坐す」とある</span>					</div>
				</div>
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		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/10266/">比叡山の神を祀る 「日吉大社」／滋賀県大津市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>日本仏教の母山にして世界遺産「比叡山延暦寺」／滋賀県大津市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 30 Apr 2010 09:10:37 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10264_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>名だたる名僧が修行した比叡山延暦寺 1994年にユネスコ世界遺産にも登録された延暦寺。西には古都京都の町並みを、東には日本一の琵琶湖を一望する比叡山山上にあり、8世紀後半に、天台宗を開いた最澄が建立した寺だ。開創以来12 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10264_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">名だたる名僧が修行した比叡山延暦寺</h2>



<p>1994年にユネスコ世界遺産にも登録された<a href="https://www.hieizan.or.jp/" target="_blank" rel="noopener" title="">延暦寺</a>。西には古都京都の町並みを、東には日本一の琵琶湖を一望する比叡山山上にあり、8世紀後半に、天台宗を開いた最澄が建立した寺だ。開創以来1200年間、鎮護国家の道場として、国家の安泰を祈願する修行の山であり、過去にはそうそうたる顔ぶれの名僧がここで修行をしている。浄土宗を開いた法然。浄土真宗の親鸞。日蓮宗の日蓮。<span class="swl-marker mark_yellow">延暦寺が「日本仏教の母山」といわれる由縁</span>である。</p>



<h3 class="wp-block-heading">比叡山延暦寺の波乱万丈な歴史</h3>



<p>しかし、その歴史は波乱万丈でもある。たとえば、平安時代末期。京都や奈良の大寺院の雑役への不満から、寺社が武装化するようになり、延暦寺も同じく武装して対抗することに。その威力は絶大で、当時の権力者、白河法皇も、「賀茂河の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの」と話したという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10264_img01.jpg" alt="" class="wp-image-10617" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10264_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10264_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">乱世を乗り越えて</h2>



<p>その後、足利幕府の時代には、延暦寺の制圧をもくろむ幕府との確執が勃発。策謀をもって有力僧を誘い出し斬首してしまった幕府に、僧たちが反発、立てこもったのちに、お堂に火をつけた。<br>戦国時代には、織田信長によって焼き討ちの憂き目にもあっている。信長はこのとき比叡山全山を焼いたともいわれ、その難を逃れたのは現在も残る瑠璃堂のみだという。僧房が再建されたのは、秀吉、家康のころになってからだ。<br>現代では、1987年に開創1200年を記念して世界の宗教指導者が比叡山に集い、世界平和実現のために対話と祈りを行う「比叡山宗教者サミット」が開催された。それ以来、<span class="swl-marker mark_yellow">毎年8月には比叡山で「世界宗教者平和の祈り」が行なわれている</span>。歴史をつくり、歴史に翻弄された延暦寺には、いまでも人々が集い、平和へ祈りを結集させている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10264_img02.jpg" alt="" class="wp-image-10618" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10264_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10264_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10287_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/10287/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">大津京の時代より伝説と秘仏が伝わる「三井寺」／滋賀県大津市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">三井寺のはじまり 滋賀県大津市は琵琶湖西岸、比叡山の麓に位置する三井寺は、正式には「長等山 園城寺（ながらさん</span>					</div>
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					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-3.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/33643/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">紫式部に芭蕉、稀代の創作者にひらめきを与えた「大本山 石山寺」の自然美/滋賀県大津市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">かつて大津京、紫香楽宮と2度にわたって都がおかれ、昔から水陸交通の要衝として栄えた滋賀県は、歴史ある神社仏閣の</span>					</div>
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		<title>近江昔話で歴史を感じるお宿「里湯昔話 雄山荘」／滋賀県大津市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 30 Apr 2010 02:50:17 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10295_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>昔話を読み、情緒と寛ぎのひとときを 琵琶湖西岸、近江の地域に伝わる昔話をテーマにして独自の空間を作り出しているのが「里湯昔話 雄山荘」だ。近江国の歴史は古く、古事記には「近つ淡海国」「淡海国」「近淡海国」とも記録がある。 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10295_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">昔話を読み、情緒と寛ぎのひとときを</h2>



<p>琵琶湖西岸、近江の地域に伝わる昔話をテーマにして独自の空間を作り出しているのが「<a href="https://yuzanso.co.jp/" target="_blank" rel="noopener" title="">里湯昔話 雄山荘</a>」だ。近江国の歴史は古く、古事記には「近つ淡海国」「淡海国」「近淡海国」とも記録がある。人の歴史が深ければ、色濃く残る「昔話」の数々。<br>お宿のロビーには龍や武士を模した絵が飾られ、館内の通路には昔話が描かれた場所があり、ついついゆっくり散策したくなる。<br>寛ぎのスペースである「近江昔話らいぶらり」は滋賀県の昔話や歴史、文化の書籍が集められており、アニメーションの上映も行っているのだとか。囲炉裏を前にして、昔話を読む。日常ではできない、旅ならではの体験だろう。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10295_img01.jpg" alt="" class="wp-image-10415" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10295_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10295_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">雄琴温泉の伝説</h2>



<p>温泉大浴場は男湯「弁慶の引摺り鐘」、女湯「天女の舞」。泉質はアルカリ性単純泉、神経痛や疲労回復に効果がある。実は、源泉である「<a href="https://www.ogotoonsen.com/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">雄琴温泉</a>」にも昔話がある。昔、八つの頭を持つ大蛇が住んでいる谷があり、その近くに念仏池という池があった。この池は病気に効くとされ、人々は念仏を唱えながら賽銭を投げ入れていた。そして、<span class="swl-marker mark_yellow">この念仏池こそ、「雄琴温泉」の由来</span>だと言われている。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">雄山荘の食事へのこだわり</h3>



<p>地元へのこだわりはお食事の生産者にも及ぶ。契約農家から届く地元のお野菜とお米を使ったお料理はお宿の自慢でもあるという。<br>「里湯昔話 雄山荘」は近江の文化に触れ、生きた「味」を食すことができるお宿だ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10295_img02.jpg" alt="" class="wp-image-10416" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10295_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10295_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10291_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/10291/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">春夏秋冬を味わう料理旅館「比良山荘」／滋賀県大津市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">比良山荘は茶釜の道を進む 隠れ里の風情を残す葛川にある料理旅館「比良山荘」。その名前をインターネットで検索をす</span>					</div>
				</div>
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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10293_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/10293/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">琵琶湖を望む私の別邸「ロテル・デュ・ラク」／滋賀県長浜市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">広大な敷地を有する快適なリゾート 滋賀県の総面積6分の1を占める琵琶湖を前に、4万坪という壮大な敷地の中に佇む</span>					</div>
				</div>
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		<title>春夏秋冬を味わう料理旅館「比良山荘」／滋賀県大津市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 30 Apr 2010 02:47:01 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[旅館]]></category>
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		<category><![CDATA[和食]]></category>
		<category><![CDATA[贅沢な]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10291_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>比良山荘は茶釜の道を進む 隠れ里の風情を残す葛川にある料理旅館「比良山荘」。その名前をインターネットで検索をすると、旅館の評価が高いのはもちろん、食事処としても高い注目を浴びているのが分かる。春は山菜、夏は鮎、秋は松茸、 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10291_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">比良山荘は茶釜の道を進む</h2>



<p>隠れ里の風情を残す葛川にある料理旅館「<a href="http://hirasansou.com/" target="_blank" rel="noopener" title="">比良山荘</a>」。その名前をインターネットで検索をすると、旅館の評価が高いのはもちろん、食事処としても高い注目を浴びているのが分かる。<br>春は山菜、夏は鮎、秋は松茸、冬はイノシシと熊肉など、<span class="swl-marker mark_yellow">季節感あふれる「山の辺料理」は、季節ごとに足を運ぶ楽しさがあり、その味はまさに絶品。</span><br>特にその珍しさと味で人々を惹きつけて止まないのが月の輪熊の肉を使った“月鍋”だ。薄くスライスされた熊肉は、赤身に比べてコラーゲンと脂が一体となった白身が多く、火を通すと口の中でとろけてしまうほど。熊と聞いて想像する臭みは全く無い。</p>



<figure class="wp-block-image size-full is-resized"><img decoding="async" width="360" height="280" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2010/04/10291_img02_main.jpg" alt="" class="wp-image-27231" style="width:360px;height:280px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2010/04/10291_img02_main.jpg 360w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2010/04/10291_img02_main-300x233.jpg 300w" sizes="(max-width: 360px) 100vw, 360px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">比良山荘の特徴は熱く、重く、繊細な釜作り</h2>



<p>予約をすれば、誰でもその料理を楽しむ事が出来るのだが、<span class="swl-marker mark_yellow">ここではあえて宿泊をしてその料理を楽しんでほしい。</span><br>築100年以上の民家の古材を使って建てられた宿の客室は、狭いながらに手入れが行き届いており、すだれをかけた窓からは比叡山から吹く風が涼を運んでくれる。<br>浴衣を着て、ゴロンと横になれば、庭の池を泳ぐ鯉が跳ねる音やゴロゴロと廻る水車、燕の羽ばたきと賑やかな鳴き声が聞こえ、昔は当たり前だった贅沢を堪能することが出来き、その後、県内外で人気を博す<a href="http://hirasansou.com/" data-type="URL" data-id="http://hirasansou.com/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">山の辺料理</a>が運ばれ、じっくり楽しむ事が出来るのだ。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">比良山荘の楽しみ方は人それぞれ、自宅でも</h3>



<p>楽しみ方は人それぞれ。宿泊するしないで料理に違いはないのだが、料理を食べる前と後の過ごし方を見直すことで、体感出来る楽しさや美味しさというものは変わってくるのではないだろうか？</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10291_img01.jpg" alt="" class="wp-image-10438" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10291_img01.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/10291_img01-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/10291/">春夏秋冬を味わう料理旅館「比良山荘」／滋賀県大津市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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