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	<title>滋賀県 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>滋賀県 - NIHONMONO</title>
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		<title>時代を超えて“音”の文化を現代につなぐ 和楽器の弦メーカー「丸三ハシモト」／滋賀県長浜市</title>
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		<pubDate>Mon, 07 Aug 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/top.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「琴線（きんせん）に触れる」という言葉がある。何かに感動して心が震えることを、触れると美しい音を響かせる琴の弦にたとえて日本人はそう表現してきた。その繊細な音色を生み出す和楽器の弦を、日本で唯一、機械を使わない伝統技法で [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/top.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「琴線（きんせん）に触れる」という言葉がある。何かに感動して心が震えることを、触れると美しい音を響かせる琴の弦にたとえて日本人はそう表現してきた。その繊細な音色を生み出す和楽器の弦を、日本で唯一、機械を使わない伝統技法で作り続けている会社が滋賀県にある。長浜市で100年以上の歴史を持つ「丸三ハシモト株式会社」だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">滋賀県の養蚕の里で始まった和楽器の弦作り</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-23-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38104" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-23-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-23-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-23-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-23.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p><a href="https://www.marusan-hashimoto.com/" target="_blank" rel="noopener" title="">丸三ハシモト株式会社</a>があるのは、滋賀県の東北部に位置する長浜市。賤ヶ岳（しずがたけ）のふもとから湧き出る良質な水に恵まれたこの土地では、1000年以上も前から養蚕業や製糸業が行われてきた。</p>



<p>かつて、琴や三味線といった和楽器に張られる弦は、すべて<strong>絹の糸</strong>だった。長浜市の大音（おおと）地区に伝わる「生挽（なまび）き」という糸取りの手法が特に<strong>強度が必要とされる和楽器の弦に適していた</strong>ことから、この地域に弦作りが根付いたという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">400種類を超える弦を生産</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-26-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38105" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-26-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-26-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-26-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-26.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>「今から120年ほど前、私の曽祖父が当時大阪で流行していた義太夫三味線の糸作りを学び、長浜に戻って和楽器の弦作りを始めたのが当社の始まりです」と話すのは丸三ハシモト株式会社の4代目、橋本英宗（ひでかず）さん。以来、<span class="swl-marker mark_yellow">自社ならではの<strong>強くて深みのある音</strong>にこだわりながら、糸の太さや楽器の種類、ランクなどに応じて<strong>400種類を超える和楽器の弦</strong>を生産している。</span><br>「プロの演奏者には絹の弦を使う方が多く、例えば三味線だと東京の歌舞伎座や、大阪の古典芸能である『人形浄瑠璃文楽』で当社の弦が使われています」と橋本さん。特に人形浄瑠璃文楽に欠かせない義太夫三味線においては、プロ向けの製品に於いては<strong>ほぼ100％のシェアを誇っている</strong>という。<br><br></p>



<h3 class="wp-block-heading">日本に3社しかない絹の弦を作り続ける会社</h3>



<p>かつては絹の弦が主流だった和楽器だが、戦中、戦後の食糧不足によりカイコの餌となる桑畑が畑や水田に転換。また、ポリエステルの糸が急速に普及したことにより、和楽器の弦も化学繊維で作られることが一般的になった。「今では、お琴だと95パーセント以上がポリエステルの糸。天然素材である絹はどうしても湿気の影響を受けやすく切れやすいことから、耐久性が重視される現代では敬遠されるようです。三味線や琵琶ではまだまだ絹を求めてくださる方が多いので、昔ながらの製法を守りながら作り続けています」。現在、和楽器の弦を作っている会社は<strong>国内に7軒</strong>しかなく、うち絹の弦を作っている<strong>同業者はわずか３社</strong>しか残っていない。</p>



<h2 class="wp-block-heading">世界で唯一「独楽撚り」の技術を継承</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-10-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38108" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-10-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-10-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-10-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-10.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">絹の弦を作り続ける3社の中でも、丸三ハシモトだけが受け継いでいるのが<strong>「独楽撚り（こまより）」</strong>の工程だ。これは繭から引いた細い生糸を数本合わせ、1本の弦に仕上げる作業。</span>糸の先に独楽（こま）という重りをつけて撚（よ）り合わせていくのだが、細い糸をただ集束させるだけではなく、<strong>ねじりをかけながら合わせていく</strong>ところがポイントだ。</p>



<p>通常、独楽撚りの作業は3人で行われる。1人が約16メートルの距離を走って糸を伸ばし、残りの2人が両手に持った板を使って独楽をまわして糸を撚る。中腰の体勢が続く上、脚力も必要とされる重労働だ。効率よく作業をするためには職人同士の息が合っていることが必須条件で、<strong>一人前の職人になるには10年かかる</strong>ともいわれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">伝統技術によって伝えられる“日本の音”</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-20-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38109" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-20-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-20-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-20-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-20.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>弦作りでは、強く撚りをかければ繊維の隙間が少なく細い弦になり、撚る回数を減らせば空気を含んだ柔らかい弦になる。こうした撚りの強弱や方法が、<strong>楽器の音色にダイレクトに影響する</strong>という。</p>



<p>「昔、機械がなかった時代はすべてこの独楽撚りで撚られていましたが、今でもこの方法を継承しているのは、<strong>日本では当社だけ</strong>。おそらく世界でもうちだけではないでしょうか。機械で撚ると撚りが強すぎて詰まったような音になってしまいますが、人の手だと糸の中にわずかに空間が生まれて、<strong>大きなホールでも遠くまで飛ぶような音</strong>が出るようになります。楽器から出る音が空気中にランダムに広がって、それが私たち日本人にはとても心地のよい音に聞こえるんですね」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">世界にひとつしかない宝物の復元プロジェクトに抜擢</h3>



<p>この独楽撚りの技術が特に注目されたのが、2011年に始まった<strong>「螺鈿紫檀五絃琵琶（らでんしたんのごげんびわ）」</strong>の複製作業においてだった。螺鈿紫檀五絃琵琶は奈良時代に作られたとされるインド由来の楽器で、正倉院を代表する世界にひとつしかない宝物だ。当時の制作技術の解明などに向けて宮内庁が精巧な模造品を作ることとなり、弦の制作においては丸三ハシモトに白羽の矢が立った。 普段、独楽撚りで作っているのは三味線などの細い弦。琵琶の太い弦を作るために通常は使わない1.5キロの独楽を用意し、太さや撚りの向きに注意を払いながら4カ月もの時をかけて弦を完成させた。「制作中は、<strong>遠い昔にこの琵琶を作った人たちと会話しているような感覚</strong>でした。またとない貴重な経験をさせていただいたと思います」と橋本さん。1000年以上の時を超えてつながれてきた技術が、今自分の手に宿っている。この技術、そこから生まれる音を残していきたいと改めて考えるきっかけになったという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">地域に育まれた文化、その音色を残すために</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-14-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38112" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-14-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-14-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-14-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-14.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>「昔はうちのような弦を作る会社が全国各地にたくさんあり、江戸や上方、九州など、それぞれの<strong>文化ごとに音にも特色がありました</strong>。例えば上方では明るくゆったりした音、関東ではソリッドで硬めの音が好まれます。その地域の音は地元の弦メーカーが作っていましたが、今はメーカー自体が全国に数軒しか残っていません」。現存しているメーカーは必然的に他の<strong>地域の音を理解し、再現する</strong>ことになる。「もう少し影のある音にしてほしい」「裏に落ちるような音が出したい」「丸みのある音がいい」といった多岐にわたるプロの演奏者からの要望に応えて、その地域の音、流派の音を再現していく。<strong>製造工程にどう落とし込んだら目標とする音ができるのか</strong>、それを探るのが何よりも難しいと橋本さんはいう。</p>



<p>10年ほど前までは和楽器の弦だけを作り続けてきたが、今は世界にも目を向けている。ミュージシャンとの出会いで興味を持ったというウクレレの弦をはじめ、<strong>韓国の「奚琴（ヘグム）」</strong>や<strong>中国の伝統楽器「古琴（こきん）」</strong>などさまざまな楽器の弦作りに挑戦するうちに、もともと絹の弦を使っている<strong>アジアの伝統楽器</strong>に需要があるのではないかと考えるようになった。</p>



<p>「初めて中国の展示会に出展したのは2011年。1800ぐらいのブースがありましたが、<strong>絹の弦で出展しているのは私たち1社だけ</strong>でした。3000年以上にわたり絹の弦を使ってきた中国でも、現在はスチールの弦が主流。そんな中国で、あえて自分たちが絹の弦をよみがえらせたいという気持ちがありました。『シルクロードを通って日本に伝わった絹を、今度は日本から中国に伝えたい』。シルクロードの写真を見せながらそう言うと、みなさんとても喜んでくださいました」。<strong>絹の弦を介するとアジア全体がファミリーになる</strong>、と橋本さんは楽しげだ。海外の伝統的な弦の作り方や楽器の歴史、音の好みを知ることで、日本にしかない音色への造詣も深まるのだろう。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-16-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38115" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-16-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-16-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-16-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/hashimoto-16.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">弦メーカーとして“音”の価値を追求したい</h3>



<p>2022年からは全国邦楽器組合連合会の副理事長も務めている橋本さん。日本の人たちに、もっと和楽器に目を向けてもらえるような活動を行っていきたいと話す。「業界として、このままでは先細りになっていくのは目に見えています。私たちが作っている絹の弦は、存在自体が希少である上に、目に見えない<strong> “音”としても大きな価値がある</strong>。その音をいいと思う人が増えれば残す価値も高まると思っています」。</p>



<p>絹の糸の響きを耳にする機会がめっきり減ってしまった昨今。音楽や演奏家はもちろん、その裏にいる製造者たちにも目を向けながら、“本物”の音に触れてみてはいかがだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38095/">時代を超えて“音”の文化を現代につなぐ 和楽器の弦メーカー「丸三ハシモト」／滋賀県長浜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「天目」の神秘的な世界に魅せられ、独自の表現を追求する陶芸家 古谷宣幸さん</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 20 Jul 2023 01:00:54 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/top-3-3-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>信楽焼に代表される焼き物の町、滋賀・信楽町を拠点とする古谷 宣幸さんは、日本のみならず欧米諸国など海外でも活動する陶芸家です。繊細な技巧と洗練された美しさを宿す暮らしの器を、多彩な技法を用いて制作しています。また、和洋を [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/top-3-3-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>信楽焼に代表される焼き物の町、滋賀・信楽町を拠点とする古谷 宣幸さんは、<br>日本のみならず欧米諸国など海外でも活動する陶芸家です。<br>繊細な技巧と洗練された美しさを宿す暮らしの器を、多彩な技法を用いて制作しています。<br>また、和洋を問わず使いやすいデザインも相まって、海外でもその名を知られています。</strong></p>







<p>漆黒の地に、きらきらと輝く銀色の斑紋が浮かぶ「天目」と呼ばれる器。その神秘的な美しさは“宇宙を写した”と称され、織田信長をはじめ多くの歴史的人物や陶芸家を魅了してきた。現代における天目作家のひとり、古谷宣幸(ふるたにのりゆき)さんは、多くの作家が温度調節のしやすい電気やガスの窯を使う中、あえて薪窯を使い、新たな天目の表現に挑戦し続けている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">薪の炎が想像を超える作品を生み出す</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/image-9-1024x683.png" alt="" class="wp-image-47715" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/image-9-1024x683.png 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/image-9-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/image-9-768x512.png 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/image-9.png 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>古谷さんの工房があるのは、滋賀県の信楽町。ローカルな居酒屋の軒先などでよく見かけるたぬきの焼き物でも知られる「信楽焼」発祥のこの町は、周囲の山々で良質な土がとれることから鎌倉時代に焼き物づくりが始められ、日本六古窯のひとつにも数えられている一大産地だ。</p>



<p>「いい温度まで上がってきました」そういいながら迎えてくれた古谷さんが向き合うのは、すぐ目の前で赤い炎が燃えさかる<strong>「穴窯」</strong>。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/furutaninobuyuki-12-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37919" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/furutaninobuyuki-12-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/furutaninobuyuki-12-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/furutaninobuyuki-12-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/furutaninobuyuki-12.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>薪をくべてじっくり焚き上げる昔ながらの窯で、古墳時代に朝鮮半島から伝わった日本最古の様式といわれている。温度管理が難しく焼きムラが出やすい一方で、炎の当たり方や灰の被り具合によって作品の表情が変わり、<strong>焼き上がる作品にひとつとして同じものがない</strong>のが穴窯の特徴だ。</p>



<p>「僕が作っているのは、天目と普段使いの器。もちろん灯油窯や電気窯を使うこともありますが、天目だけは必ず薪の窯で焼くようにしています。<strong>薪で焼く方が黒釉（こくゆう）の部分がより深く、存在感のある濃い黒になる</strong>感じがするので」。また、窯出しのたびにどんなのが出てくるかわからない、自分のコントロールと自然の力が相まって想像を超える作品が生まれるのも、薪で焼き続ける大きな理由だという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">国宝「油滴天目」を見たときの衝撃が忘れられず、天目の世界へ</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="940" height="627" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/image.png" alt="" class="wp-image-37922" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/image.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/image-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/image-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 940px) 100vw, 940px" /></figure></div>


<p>古谷さんは、信楽に穴窯を復活させた陶芸家・古谷道生（みちお）さんの三男として生まれた。地元の高校でデザインを学び、大学進学を機に陶芸の道へ。天目の研究を始めたのは大学生だった18歳の頃で、美術館で見た<strong>国宝の「油滴天目」</strong>に魅せられたのが、天目の研究を始めたきっかけだという。</p>



<p>「父が信楽焼の陶芸家だったので、子どもの頃から昔ながらの信楽焼を見て育ちました。だから初めて天目を見た時、<strong>『こんな焼き物があるのか』</strong>と衝撃を受けて。父が作っている器とはまったく違いうものでしたが、釉薬のおもしろさに惹かれて天目の世界にのめり込んでいきました」。</p>



<p>大学卒業後は全国の焼き物の産地を訪ねながらさまざまな技術を学び、現在は信楽に工房を構えて日常使いの器を作りながら、天目の研究を続けている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本における天目の歴史</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/furutaninobuyuki-19-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37925" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/furutaninobuyuki-19-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/furutaninobuyuki-19-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/furutaninobuyuki-19-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/furutaninobuyuki-19.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>日本に天目が伝わったのは、<strong>鎌倉時代</strong>。茶葉の産地であった中国の<strong>天目山</strong>より、日本の禅僧が「天目釉」と呼ばれる黒い釉薬をかけて焼かれた茶碗を持ち帰ったのが始まりだ。当時は黒い釉薬、いわゆる“黒釉”のかかったすり鉢形の茶碗飲みを天目と呼んだが、ぐい呑みや徳利、花入などさまざまな形の器が焼かれるようになった今日では、<strong>黒釉のかかった焼き物全般を天目と呼ぶようになった</strong>。茶碗に現れた文様により「曜変（ようへん）天目」、「油滴（ゆてき）天目」、「禾目（のぎめ）天目」などの種類があり、室町時代の伝書には、<strong>天目の中で最高とされるのは曜変、これに継ぐものが油滴である</strong>との記述が残されている。現存する曜変天目は世界に4点のみ。そのすべてが日本にあり、全国各地の天目作家たちが希少な天目を再現するため、独自の表現を生み出すための研究を続けている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">油滴天目の研究</h3>



<p>油滴と呼ばれる結晶は、窯で焼く時間や温度、釉薬の配合など、さまざまな条件が重なってようやく現れる。</p>



<p>「ごく普通に焼くと、黒地に茶色や銀色の細かい縦筋が無数に入った禾目天目の茶碗が焼き上がります。それを高温でもう一度焼くことで、釉薬がさらに溶けて油滴が現れる。高温で焼いている最中は、いわば<strong>釉薬がグツグツと沸騰してうごめいている状態</strong>。もしそこで出してしまうと表面がボコボコとしたクレーターだらけの茶碗ができ上がります。そこで出さずにさらに高温で焼き続けることで、釉薬から分解された鉄の結晶がクレーターの中に溜まり、黒釉の中に斑紋が広がったような油滴天目の模様が現れるのです」。</p>



<p>一般的な窯焚きと違うのは、焼きと同じくらい<strong>冷ます過程に重きを置いている</strong>こと。天目は、<strong>温度を上げる過程で油滴の形が決まり、冷ます過程で色が決まる</strong>という。冷却にかける時間の長さによって油滴の色がさまざまに変化するほか、冷却時に吸わせるガスの量も油滴に作用するそうで、あえて湿った薪をくべて水蒸気を発生させることもあるそうだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">初めて窯を開けた時の楽しみがずっと続いている</h3>



<p>古谷さんが目指す天目についても聞いてみた。「僕は<strong>黒い部分はより黒く、油滴にはしっかりと輪郭を持たせる</strong>のが理想です。天目は、セオリーをつかんだと思ったら裏切られたり、想像以上のものが出てきたりするからやめられない。僕は簡単に同じもができ始めると飽きてしまう性格なのですが、天目は<strong>焼くたびに無限に変化します</strong>。温度管理がしやすい電気窯やガス窯で油滴の出方をテストすることはありますが、いざ穴窯という自然が大きく作用する環境で焼いてみると、テストとはぜんぜん違うものが出てくるからおもしろい。学生の頃に初めて窯を開けた時と同じ楽しみが、今も変わらず続いている感じです」。失敗も多いが、半分は自然が作り出すもの。それも含めて楽しいと古谷さんは笑う。</p>



<h2 class="wp-block-heading">黒釉や粉引など、日常に溶け込む器作りも</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/furutaninobuyuki-27-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37928" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/furutaninobuyuki-27-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/furutaninobuyuki-27-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/furutaninobuyuki-27-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/furutaninobuyuki-27.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>天目の研究と同時に、日常使いの器も作り続けている。古谷さんの作る食器は、日常遣いに心地よい、モノトーンのシンプルなデザインが特徴だ。<strong>「料理を盛ってこそ器は生きてくる」</strong>という考えは、<strong>唐津の陶芸家・中里隆さん</strong>の影響が大きい。「中里先生を紹介してもらったのは、先生が信楽にある陶芸の森に講師として来られた時。2ヶ月ほど滞在されるということで、『僕はしばらくここにいるから、ここでろくろの練習をしたらいいじゃない』と誘ってもらったのが弟子入りのきっかけでした」。驚いたのは、中里さんがまずは<strong>滞在中に使う食器作り</strong>から取りかかったこと。皿や茶碗はその場で作り、持参した醤油さしや箸置きとともに並べてきちんとした食卓をつくる。その後、「アメリカに行くけど一緒に来ない？」と誘われて世界中、日本中を旅する中で、一緒に食事をして器を作って、衣食住をともにしながらあらゆることを学んだ。「<strong>自分たちが作った器で毎日ごはんを食べて、暮らす。そこにある土とそこにある窯で、自分を表現する。</strong>その体験がとても勉強になりました」。同行中には器の整形に役立つ「牛べら」の使い方を学び、ろくろの回し方に無駄がなくなって、食器を作るスピードが格段に上がった。古谷さんの器に同居する、どんな料理も受け止めてくれるおおらかさと繊細な美しさは、こうした経験によって培われたものだろう。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="680" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/DSC_3678-2-1024x680.jpg" alt="" class="wp-image-37929" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/DSC_3678-2-1024x680.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/DSC_3678-2-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/DSC_3678-2-768x510.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/DSC_3678-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">ゴールがないからずっと続けていける</h3>



<p>どんな器が好きですか？という質問には「<strong>粉引の器はすっきりと白いもの</strong>が好み。黒は永遠に挑戦し続けたいテーマで、マットな黒から光沢のある黒まで<strong>いろんな黒を極めたい</strong>と思っています。こんな風にゴールがないものだから、ずっと続けていけるのかもしれません」という答え。器は日常の中にあるものとして、天目の研究とはまた別に、気持ちを切り替えて向き合える良い対象だという。こうして話している間にも、古谷さんの手からはなめらかなカーブを帯びた徳利や、洗練された形の小皿がするするとでき上がっていく。好奇心とエネルギーにあふれる古谷さん。これからの活躍が楽しみだ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/117_kao_furutaninobuyuki-04-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-47716" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/117_kao_furutaninobuyuki-04-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/117_kao_furutaninobuyuki-04-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/117_kao_furutaninobuyuki-04-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/117_kao_furutaninobuyuki-04.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家 古谷宣幸さん</figcaption></figure></div>


<p>誤魔化しの効かない、ミニマルなものこそが一番難しいけれど、流行に惑わされず小手先の技術に頼らず、そのままの自分を轆轤で表現できれば、長い時を経ても飽きずに使い続けられる器になる。私が常日頃から感じていることです。使っているうちに、気づけば生活になくてはならない存在にまで成長するような器となりますように。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/37911/">「天目」の神秘的な世界に魅せられ、独自の表現を追求する陶芸家 古谷宣幸さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>真剣に遊び、滋賀で生まれた出会いをつなぐギャラリー「季の雲」</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 18 Jul 2023 01:00:12 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[木工]]></category>
		<category><![CDATA[ギャラリー]]></category>
		<category><![CDATA[漆器]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-26-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>滋賀県長浜市の住宅街にこつ然と現れるモダンな建築が、ギャラリー「季の雲（ときのくも）」。器を中心とした、現代作家による多彩な工芸品の展示や販売を行っています。またギャラリーのオーナー自身も、シンプルな美しさをまとった暮ら [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/37814/">真剣に遊び、滋賀で生まれた出会いをつなぐギャラリー「季の雲」</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-26-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p><a href="https://nihonmono.jp/article/37814/" target="_blank" rel="noreferrer noopener"></a></p>



<p class="has-text-align-center"><strong>滋賀県長浜市の住宅街にこつ然と現れるモダンな建築が、ギャラリー「季の雲（ときのくも）」。<br>器を中心とした、現代作家による多彩な工芸品の展示や販売を行っています。<br>またギャラリーのオーナー自身も、<br>シンプルな美しさをまとった暮らしの器を作る陶芸家として活躍しています。</strong></p>







<p>やわらかな自然光が差し込むコンクリート打ちっぱなしの空間に、さまざまな作風の器が並ぶ。滋賀県長浜市にある「季の雲（ときのくも）」は、国内外で活躍する作家の作品や古道具、そして日本ではめずらしく、中国茶器を常設で扱うギャラリーだ。全国各地から訪れるファンからはもちろん、作家達からも“帰ってくる場所”と呼ばれ愛されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">どんな作品も受け入れる凛とした空間</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="601" height="400" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-12.jpg" alt="" class="wp-image-37820" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-12.jpg 601w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-12-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 601px) 100vw, 601px" /></figure></div>


<p>季の雲がある滋賀県長浜市の中心部は、豊臣秀吉の建てた長浜城がある城下町。観光客で賑わう駅前通りを抜け、静かな住宅地を進むと、ひときわ目を引く白い建物が現れる。鉄製の大きなドアを開くと、そこに広がるのは<strong>天井高5メートルの開放的なギャラリー空間</strong>。ギャラリーでは月に2回のペースで企画展が開催されており、<strong>陶磁器や漆器、ガラス、木工、金属</strong>など、さまざまな作家の作品を展示、販売している。</p>



<p>「新婚旅行でニューヨークに行った時、レストランやお店など、どこに行っても天井がすごく高くて。開放感とモダンな雰囲気に憧れて、それを形にしました。内装は最初からあまり作り込まず、その時々のイメージに合わせて装飾などで変えられる余白を残しています」と話すのは、オーナーの中村豊実さん。<strong>「他では展示できない大きな壺や、壁から吊るすような作品も持って来られる」</strong>と作家からも喜ばれているそうだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「子どもに誇れるような、本当に好きな仕事がしたい」</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37825" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>30代まではごく普通の会社員だったという中村さん。結婚し、子どもが生まれる時に<strong>「子どもに誇れるような、本当に好きな仕事がしたい」</strong>と考えたのが、この場所に店を構えたきっかけだった。とはいえ最初からギャラリーを始めたわけではないという。「最初にオープンしたのは、ずっと夢だったダイニングバー。どうせやるなら<strong>日本中のお客さんに来てもらえるお店にしたい</strong>と思って、七輪を使った焼きたての料理を食べながら日本酒が味わえるお店を開きました」。当時から器が好きだったそうで、作家ものの器を使ってめずらしい日本酒や料理を提供しているうちにファンが増え、うわさを聞きつけた人々が東京や神奈川など遠方からも遥々訪れるようになった。数年後には器を展示するギャラリーを併設し、ダイニングバーからイタリアンレストランに転向。その後、ギャラリーとしてのニーズが増えたこと、そして器に対する興味のウェイトが大きくなったことをきっかけに、レストランだった場所までギャラリーに作り変え、現在の季の雲が誕生した。2023年にはギャラリーを始めて20年になるという中村さん。「ずっと来てくれている常連さんとは一緒に歳を重ねていく楽しさがありますし、最近は若い人が『SNSで見て、やっと来られました』と言ってくれることもあります。やっぱり、いろんな年齢層の方が来てくださるのは嬉しいですよ」と笑顔がこぼれる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">器好きの先にあった、古道具の世界</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37828" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>2階建ての店内は、1階が企画展と常設の作品が並ぶギャラリースペース、2階は中村さんが買い集めた<strong>古道具</strong>の販売スペースになっている。古いものを好きになったのは店を始めてからだそうで、日々作家ものの器を見ているともっと昔に作られたものにも興味が出てきて、骨董市などを見て回っているうちに自分でも買い付けて販売するようになったという。「うちに置いているのは、骨董というより古道具やガラクタ（笑）。何に使うかわからない</p>



<p>ものも混じっていますが、僕はそういうものの方が好きで。<strong>何の道具か、どうやって使うのか想像するだけでおもしろい</strong>じゃないですか」。</p>



<p>日本の古道具と西洋のアンティークが混ざり合った空間は、屋根裏に作られた秘密基地のよう。中村さんが<strong>金継ぎ</strong>を施した古い器も一緒に並んでいて、まるで宝探しをしているような楽しみが味わえる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">つながりのある作家は100人以上</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37829" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>季の雲では、年間20回以上もの企画展が開催されており、これまでに<strong>通算100人を超える現代作家の企画展や作品の販売を行ってきた</strong>。他にも白磁作家として世界的に知られる<strong>黒田泰蔵氏</strong>のサインがエントランスに残されていたり、「ギャルリ百草」を主宰する<strong>安藤雅信氏</strong>とはオープン当初から交流が続いていたりと、多くの作家と一緒に楽しみながら仕事を続けているという。「もうこれ以上増やすのはやめよう」と思っても、いい作家を見つけるとどうしてもお客さんに紹介したくなるのが中村さんの性分だ。しかも、新しく扱う作家のもとには必ず夫婦2人で訪問してから取引を依頼する。「いいなと思ったら、作品だけでなくその人自身を知りたくなるんです。20年も続けていると、出会った頃はまだ20代の駆け出しだった作家さんでも、今では40代の立派な中堅作家になっている。今は世界を舞台に活躍している<strong>青木良太さん</strong>もそのひとりです。人気が出たり大成功したり、そういうのを見ていると『やっててよかったな』としみじみ思います」。まだ知られていない作家を発見し、その成長過程に立ち会えるのもギャラリーとしての醍醐味だろう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">新しい風やインスピレーションが生まれる場所に</h3>



<p>季の雲は、<strong>作家達の貴重な交流の場</strong>にもなっている。「展覧会の初日は在廊してくださる作家さんが多いのですが、その日の夜は必ず『うちで食べて飲もうよ』って声をかけるんです。みんなでご飯を食べてお酒を飲んで、うちに泊まっていくのがもう定番になっています。普段は工房にこもっている人が多い分、展覧会があったら自分で納品に来てそのまま在廊して、現地の人達と一緒にお酒を飲んだり、時間があったら釣りをしてみたり。ちょっとしたリフレッシュも兼ねて楽しみにされている方も多いです」と中村さん。毎年恒例の新年会には数十名の作家が集まるという。みんなで集まって酒を酌み交わせば、初めて会った作家同士が仲良くなって<strong>「二人展をやろうか」</strong>と言い出したり、陶芸家と漆器の作家が夜遅くまで話し込んだり。そんな出会いから、<strong>新しい風やインスピレーションが生まれていくのが嬉しいし、それがギャラリーの役目でもある</strong>と、中村さんはほほ笑む。</p>



<h2 class="wp-block-heading">飲食店の日常から始まった器づくり</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37839" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-37840" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>じつは、中村さん自身にも作り手としての一面がある。「僕は、作家活動はしていないので……」と言う中村さんに、自宅の工房を見せてもらった。</p>



<p>中村さんが器づくりを始めたのは、季の雲がまだ飲食店だった頃。店で使っている器が頻繁に割れたり欠けたりするのを目の当たりにして、<strong>「こんなにしょっちゅう買い替えるぐらいなら、自分で作ろうか」</strong>と思ったのがきっかけだったそう。好きなこと、興味があることは何でもやってみるという中村さんならではの挑戦だ。焼き物といえばろくろを思い浮かべる人が多いが、中村さんの技法は<strong>「タタラ作り」</strong>。まず石膏型を掘り、その型に粘土をあてて乾燥させた後、型から抜いて焼き上げる方法だ。実用性を求めて始まった作陶は、<strong>割れにくく、使いやすく、何より料理が映える器づくり</strong>を基準にしている。「自分が使いたいと思うものを作る」という中村さんの思いが表れたシンプルで美しい器や直火にかけられるプレートは、季の雲のギャラリーにも並び、人気を博している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">中国茶器との出会い、つながる縁</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37841" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>台湾の茶人が日本の作家のものを買っていくのを見て興味を持ち、妻の敬子さんと一緒に茶人を招いた<strong>中国茶</strong>の教室を始めた。中国人客が来たら話を聞いたり、自分でも中国に行ったりして勉強するなかで、<strong>日本では中国茶器を専門に作っている作家も扱っているギャラリーも見当たらない</strong>ことに気づく。「それならうちでやってみようか」と考えて交流のある日本人作家達たちに中国茶器の制作を依頼したところ、これが大ヒット。日本人が普段使う食器ばかり作り続けてきたから、中国茶器の制作は新鮮だったのか、ほとんどの作家が<strong>「ぜひやってみたい」</strong>と快く引き受けてくれたという。</p>



<p>また、敬子さんはギャラリーで行う中国茶の教室ばかりでなく、いろいろな土地や場所に赴いて茶人と一緒に作り上げていくお茶会の企画「茶遊記」も開催している。日本国内をはじめ、中国の各地やモンゴルでも開催されたこのイベントは、「お茶で真剣に遊び、その魅力を行く先々で伝え、感じる旅」がコンセプト。訪れるのはもちろん現地の人で、お茶と器を通じて人々の縁がつながれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">手に取ることで作品をより身近に感じてほしい</h3>



<p>「僕達がやっているのはギャラリーなので。やっぱり<strong>手で触れて、重さや質感を感じて買っていただきたい。作品をより身近に感じてもらえるのがギャラリーの良さ</strong>だと思っています」と中村さんは話す。</p>



<p>何を買うにもオンラインで検索し、そのまま購入することが当たり前になりつつある現代。欲しいものにピンポイントでたどり着ける便利さの一方で、なぜか無性に心惹かれるものと偶然に出会い、視野が広がるという経験は少なくなっているのではないだろうか。“無駄”が排除される時代だからこそ、可能性を含んだ“余白”が求められている。このように、まだ見ぬ素晴らしい作品との出会いを提供し世界観を広げてくれるギャラリーの存在は、ここを訪れる人やコレクターばかりではなく、作品の作り手たちからも大いに注目され、その価値を高め続けていくだろう。</p>






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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012-1024x683.png" alt="" class="wp-image-47724" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012-1024x683.png 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012-768x512.png 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012.png 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">季の雲 代表取締役 中村豊実さん</figcaption></figure></div>


<p>ギャラリーでは、私たちだからこそできる展示やイベントをこれからも模索していきたいですね。私自身でも器を作るようになってから15年余りになりますが、料理など受け入れるものの邪魔をしないシンプルなものを目指しています。手に取った方や実際使った方によかったと思っていただけるよう、日々精進するのみです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/37814/">真剣に遊び、滋賀で生まれた出会いをつなぐギャラリー「季の雲」</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>健康でおいしい牛づくり 近江牛の一貫経営に取り組む「藤井牧場」/滋賀県近江八幡市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 17 Jan 2023 01:00:54 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀県]]></category>
		<category><![CDATA[和牛]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-06-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本には、「近江牛」「神戸牛」「松阪牛」という和牛の3大ブランドがある。中でも近江牛は、400年以上前から続く日本で最も歴史のあるブランド和牛だ。そんな近江牛を生産する農家の中でも数少ない“繁殖・肥育一貫経営”に取り組む [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-06-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本には、「近江牛」「神戸牛」「松阪牛」という和牛の3大ブランドがある。中でも近江牛は、400年以上前から続く日本で最も歴史のあるブランド和牛だ。そんな近江牛を生産する農家の中でも数少ない“繁殖・肥育一貫経営”に取り組む「藤井牧場」訪ね、健康でおいしい牛づくりにかける思いを聞いた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">食肉禁止の時代に生まれた「近江牛」</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-12-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34546" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-12-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-12-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-12-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-12.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>近江牛の歴史は古く、およそ<strong>400年前</strong>にまで遡る。まだ日本で食肉が禁止されていた江戸時代、彦根藩では陣太鼓に使う牛皮を幕府に献上することが毎年の慣例となっており、藩としては<strong>唯一公式に牛の屠殺が認められていた</strong>。牛皮を自給するための屠殺とはいえ、皮をとれば肉が残る。そこで食肉の禁を犯さず、あくまで<strong>滋養の薬として味噌漬けにした牛肉を売り出したのが、近江牛の始まり</strong>だといわれている。</p>



<p>近江牛の特徴は、<strong>きめ細かく柔らかな肉質と、美しい“サシ”</strong>だ。サシとは肉の赤身部分に入っている網目状の脂肪のことで、近江牛は肉と脂肪の混ざり具合が良く、甘い脂が口の中でとろけると評されている。</p>







<p> </p>



<h3 class="wp-block-heading">近江牛の一大産地、大中地区</h3>



<p>滋賀県の東部に位置する近江八幡市（おうみはちまんし）。その一角にある<strong>大中（だいなか）地区</strong>は、10平方キロメートルほどの地域に県内飼養頭数の３分の１が集中する、近江牛の一大産地だ。</p>



<p>戦後の食料難解決の手段として、琵琶湖周辺を干拓したなかでも最大のエリアで当初は稲作を中心とした農業がさかんだったが、減反政策のあおりを受け飼っていた使役牛としてなじみのあった牛を育てる農家に舵を切る生産者が増えた。現在地区内には約40軒の畜産農家があり、近江牛のみを育てる農家もあれば、ホルスタインなどの乳牛と食用の和牛を掛け合わせた体格の大きい交雑種を育てる農家もある。</p>



<p>近江牛の定義は、<strong>「滋賀県内で最も長く飼育された黒毛和種」</strong>であること。肉質等級や肥育日数に厳しい基準が設けられている他のブランド牛と比べるとやや定義が広いように思えるが、だからこそ生産者ごとの違いが際立つのも、近江牛の特徴だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">数少ない一貫経営に取り組む生産者</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-10-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34561" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-10-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-10-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-10-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-10.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p>そんな大中地区で近江牛の繁殖・肥育一貫経営に取り組むのが、「藤井牧場」を営む藤井徳夫（のりお）さんだ。お父さんの代で入植し、減反政策の折に近隣の農家と共に畜産へ転換した農家だ。幼少期から牛が好きだった藤井さんは、短大で農業を勉強したのち、迷わず就農する道を選んだという。</p>



<p>肉牛の生産では一般的に、子牛の生産を目的とする「繁殖経営」と、その子牛を成牛に育てて出荷する「肥育経営」が分離されており、繁殖から肥育までを一貫して手がける<strong>「一貫経営」を行う生産者は国内でも全体の数％と少ない</strong>。</p>



<p>「繁殖と肥育では仕事の内容や気をつけるべきことが全く違うので、<strong>両方を1軒の農家でやるのはとても難しい</strong>。失敗するとすぐに生産性が落ちて、農家としての経営が成り立たなくなるので始めてもすぐに辞めてしまう人が多いのが現実です」と藤井さん。例えば繁殖の面では個体ごとに違う発情のタイミングを逃さず受精をして、いかに空胎日数を減らすかが経営のポイントだ。一方肥育の面では、いかに多くの餌を牛に食べさせ、健康でストレスなく育てるかがポイントになる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「これからも続けていくなら、一貫経営に挑戦するしか道はない」</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-01-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34568" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-01-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-01-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-01-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-01.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>繁殖と肥育、それぞれに全く違う知識や経験が必要なので両立させるのは非常に困難だが、<strong>苦労してでも一貫経営に取り組む意味は大きい</strong>と藤井さんは言う。</p>



<p>「経営者の高齢化や後継者不足により繁殖経営をする農家は少しずつ減っていて、<strong>子牛の値段は上がる傾向にあります</strong>。だからといって肉の販売価格も上がり続けるかというと、そうではない。うちはもともと肥育専門の農家でしたが、このまま肥育だけを続けていては高い子牛を買って安く売るという板挟みの状態に陥ってしまう。<strong>これからも和牛を続けていくならすべて自社で行うしか道はない</strong>と考えて、一貫経営に踏み切りました」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">牛のおいしさは、餌で決まる？</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-08-1-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34573" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-08-1-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-08-1-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-08-1-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-08-1-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>牛の肉質の良し悪しは、血統によるところが大きいとされている。ただし脂の質に関しては、<strong>どんな餌を食べさせるかが大きく影響する</strong>と藤井さんは言う。</p>



<p>「あまり高カロリーな配合飼料をやり過ぎると脂が硬くなって、食べた人が消化不良を起こすような肉になってしまいます。また、早く成長させたいからといって子牛のうちから配合飼料を与え過ぎると、脂が付き過ぎて病気になりやすく、結局は最後までたくさん餌を食べ続ける牛にはなりません。牧草を中心とした粗飼料（そしりょう）とトウモロコシなどを混ぜた配合飼料のバランスを考えて、まずは<strong>たくさん食べ続けられる胃を作ること</strong>が重要です」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「循環型農法」で持続可能な畜産を目指す</h3>







<p> </p>



<p>農林水産省発表の日本国内における飼料自給率は令和3年概算で25％程度と低水準となっている。特にトウモロコシなどの濃厚飼料の分類を見ると国産で賄えているのはたったの13％。日本で育っている牛でもエサの多くは外国産というのが現状でもある。</p>



<p>産まれた時から出荷まで、すべて<strong>自家栽培の飼料で近江牛を育てたい。</strong>藤井さんはそんな思いから、2002年に数人の生産者と協力して「近江牛粗飼料生産組合」を設立した飼育に必要なワラや牧草を自ら栽培することで、輸入飼料が体質にあわないことによって起きる病気を防ぎ、安定した子牛の生産にも繋げることができるそうだ。田んぼで飼料を作り、実った牧草を牛が食べ、牛の糞を田んぼに還元してまた飼料を作る。牛糞の利用は化学肥料の削減に、飼料の自給は生産コストの低減に役立っている。こうして資源を循環させることで、持続可能な飼育法が実現されているのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">格付けにとらわれないおいしさを追求する</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-15-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34578" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-15-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-15-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-15-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/fujii-15.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>牛肉の格付けでは、<strong>「A5ランク12番」が最上</strong>とされている。最上となる条件は、サシが多くて霜降り加減が良いこと。<strong>３万頭に１頭</strong>の割合で格付けされるか否かといった確率だ。ただ、その希少な肉は本当に「誰が食べてもおいしい肉」なのだろうか。</p>



<p>「世間では『A4ランク以上であるのは当たり前。それより下は近江牛と呼ばない』と言われたりしますが、<strong>私たちにとってはA2でもA3でも近江牛。同じ土地で、同じように丹精込めて育てている牛たちです。</strong>一番大事なのは、ストレスがなく健康で、最後までしっかり餌を食べ続けられる牛であること。サシの多い少ないだけにこだわらず、肉を焼いた時にたつ香りが食欲をそそるよう、赤身と脂のバランスが良く仕上がるように意識しています。いろんな人においしいと感じてもらえる牛を育てたいと思っています」。</p>



<p>藤井牧場で飼育されている牛は、100頭前後。決して大きな牧場ではないが、外の光をふんだんに採り込み、風がよく通る広々とした牛舎の中に、のびのびと餌を食べる牛たちがいる。変わりゆく畜産業界の中で、命をいただくことを思い、新たな可能性に取り組む藤井さんの姿に、食肉業に携わる人の希望の光を見ることができた。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34538/">健康でおいしい牛づくり 近江牛の一貫経営に取り組む「藤井牧場」/滋賀県近江八幡市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>日本茶発祥の地、近江でお茶の未来と可能性を探る「グリーンティ土山」/滋賀県甲賀市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 04 Jan 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-15.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本茶発祥の地といわれる滋賀県。今から1200年前の平安初期、天台宗の開祖・最澄が唐から持ち帰った種子を比叡山のふもとに植えたのが、日本茶の起源とされている。そんな滋賀県で茶業のバトンを未来につなぐべく、茶農家の協業化に [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-15.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本茶発祥の地といわれる滋賀県。今から1200年前の平安初期、天台宗の開祖・最澄が唐から持ち帰った種子を比叡山のふもとに植えたのが、日本茶の起源とされている。そんな滋賀県で茶業のバトンを未来につなぐべく、茶農家の協業化に取り組む「グリーンティ土山」の代表理事、藤村春樹さんを訪ねた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">江戸時代に発展したお茶の産地</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/12/kiji1-15.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p>滋賀県の南東部に位置する甲賀市土山町は、お茶の生産量、栽培面積ともに県下一を誇る産地だ。805年に留学先の唐から戻った最澄が現在の滋賀県である近江国にお茶の栽培を伝え、土山でもお茶作りが行われるようになった。土山は<strong>東海道の宿場町</strong>であり、行き交う人々にお茶を販売したことから、<strong>江戸時代に入りその生産量は飛躍的に拡大</strong>。最盛期には緑茶と同じ茶葉を使って紅茶を作り海外への輸出も行っていたというが、第二次世界大戦が始まってからはそれも難しくなり、緑茶に特化した産地として足場を固めていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">二煎目からもおいしく飲めるお茶</h3>



<p>滋賀県には朝宮や政所など伝統的なお茶の産地がいくつかあるが、土山の特徴はなだらかな丘陵地で日照時間が長く、鈴鹿山系の豊かな伏流水と昼夜の寒暖差に恵まれていること。そのため<strong>長く分厚い茶葉</strong>が育ち、味や香りが濃いことから<strong>二煎目、三煎目もおいしく飲める</strong>といわれている。<strong>上品でまったりとした深い味わいが特徴</strong>で、滋賀県の名産品として古くから親しまれてきた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">旨味の強い「かぶせ茶」を生産</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji2-15.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>土山のもうひとつの特徴は、<strong>「かぶせ茶」</strong>の名産地として知られていることだ。かぶせ茶とは、摘み採る前の茶葉に布などをかぶせることでカテキンの生成を抑え、旨味や甘味を強くしたお茶のこと。さらに長期間覆いをかぶせたものを<strong>「玉露」</strong>、玉露と同じ茶葉を揉まずに乾燥したものを<strong>「碾茶（てんちゃ）」</strong>という。この碾茶を石臼で挽いて粉末にしたものが、茶道で用いられる抹茶というわけだ。</p>



<p>土山ではかぶせ茶の生産が盛んで、<strong>全国茶品評会のかぶせ茶部門で日本一に輝く</strong>など、確かな実績を持っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">土山から、いやしのお茶を世界へ</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji3-15.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>そんな土山で、「いやしのお茶を世界へ」をコンセプトにお茶作りに取り組むのが<strong>「農事組合法人グリーンティ土山」</strong>の代表理事を務める藤村春樹さんだ。22歳の頃から家業であったお茶作りの業界に入り、今年で30年目。ただお茶を作るだけでなく知識や技術も身につけたいと、“お茶のソムリエ”ともいわれる<strong>日本茶インストラクター</strong>の資格を取得し、農業指導士として<strong>農業大学で若者の育成にも携わっている</strong>。</p>



<p>「土山では伝統的に多くの生産者がかぶせ茶を作ってきましたが、うちは5年ほど前から、3分の2ほどを抹茶の原料になる<strong>碾茶作りに転向</strong>しています。ここ数年海外では日本の<strong>抹茶がブーム</strong>になっていて、碾茶のニーズはこれからもっと高まるでしょう」。</p>



<p>地域全体としても年々碾茶加工の割合が増えてきてはいるものの近年はお茶そのものの値段が下がっており、生産者は厳しい状況に置かれているのが現状だという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">お茶作りを個人の競争から地域の協業へ</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji4-15.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>茶農家を取り巻く厳しい状況を打開すべく、土山ではさまざまな改革が行われている。そのひとつが、<strong>農事組合法人グリーンティ土山の設立</strong>だ。</p>



<p>「うちの特徴は、法人に所属する一人ひとりが農家でありながら、畑も工場も全員で共有していることです。お茶などの産地において、工場は共同で使っていても、<strong>畑までみんなで共有している組織はなかなかありません</strong>。個人の畑という考え方がなく、全員で協力して売り上げを上げていく仕組みをとっています」。</p>



<p>グリーンティ土山は、もともと藤村さんの父親が茶農家５軒で協力して設立した組織。</p>



<p>ほとんどの茶農家が個人経営だった当時、狭い地域の中で少しでも早く商品を出荷しようと多くの農家で出荷時期が重なる弊害が起きていた。これを防ぐため、<strong>肥料の共同購入や工場の共同利用を進める</strong>目的で立ち上げたのがグリーンティ土山だ。現在では若手もたくさん所属するようになり、<strong>滋賀県で生産されるお茶の約10分の1を、この1社で生産する</strong>までに成長した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「安い産地」といわれた逆境を乗り越える</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji5-15.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>グリーンティ土山では、茶葉の栽培から加工、販売までを自社で一貫して行っている。2018年には、<strong>県内初となる碾茶工場を新設</strong>した。抹茶の原料となる碾茶を自社で製造することで、売上向上と、<strong>チョコレートやお菓子の材料として幅広く需要に応える</strong>ことが目的だ。</p>



<p>「この辺りでは春先に霜が発生するので、早い時期に出た新芽は霜にやられてしまいます。土山で無事にお茶が収穫できるのは、シーズン中盤の5月以降。全国の産地で収穫が終わった頃にここでの収穫が始まり、新茶の値段が下がり切った頃にやっと出荷できるようになるので、<strong>『土山は安い産地』</strong>とよく言われてきました。だから、生き残るには他の産地よりももっと強い地盤が必要なんです」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">時代や用途に合わせたオリジナル商品</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji6-13.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>お茶の生産体制を整えると同時に、オリジナル商品の開発にも力を入れている。</p>



<p>高級感のある黒いパッケージが特徴の<strong>「黒檀（こくたん）」</strong>は、２つの品種をブレンドした<strong>特上のかぶせ茶</strong>で、「さえみどり」の甘みと「おくみどり」のすっきりした爽やかさを感じられる逸品だ。グリーンティ土山で収穫される中でも<strong>特に香り高く濃厚な茶葉を使用</strong>して作られている。</p>



<p>その他にも、まろやかで普段使いにおすすめの<strong>上かぶせ茶「白磁（はくじ）」</strong>や、爽やかな香りとほど良い渋みが味わえる<strong>特上煎茶「碧緑（へきりょく）」</strong>など、味はもちろん、贈り物にも選ばれるようパッケージやネーミングにも工夫を凝らした商品を展開している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">お茶と一緒に楽しめるお菓子も開発</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji7-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>さらに商品の幅を広げたいと、茶葉以外の商品開発も始めている。2020年に販売を開始した<strong>「抹茶フィナンシェ」と「焙じ茶×べにふうきフィナンシェ」</strong>は、自社のお茶を使って作った加工食品の第1号だ。茶葉だけに限らず、お菓子もあって良いのでは？と考えて始めたお茶に合うお菓子の開発は、社員や顧客にも好評だそう。今後はチョコレートやクッキーなどお茶を使ったオリジナル商品を増やし、最終的には自社の店舗で販売するのが藤村さんの目標だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">産地を挙げて、お茶の可能性を未来につなぐ</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji8-6.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>2022年には茶農家、茶匠、農協らでチーム作り、<strong>「土山一晩ほうじ」</strong>という新たなほうじ茶のブランドを立ち上げた。「土山」という産地の名前を広く知ってもらおうと始めた取り組み。土山町で丹精込めて育てられた茶葉に、一晩（12時間以上）自然にしおれさせ水分を飛ばす「萎凋」という工程を踏み、花のような香りを纏わせる。更にこれを焙煎すると<strong>台湾茶のような甘い香りの後に、ほうじ茶特有の香ばしい香り</strong>が立ち上がり、和洋問わずお茶菓子にも、食事にも合うお茶が楽しめる。「一晩ほうじ」と名付けられ、この取り組みに参加している複数の事業者から様々なバリエーションで販売されている。</p>



<p>「僕は、お茶もお酒と同じような嗜好品だと思っています。昔はただありのままに作ってできたお茶を売ればいいと考えられていましたが、今は試行錯誤しながら<strong>自分達が心から『おいしい』と思えるお茶を作って、それをPRしていくのが産地のあるべき姿</strong>だと感じています。土山のお茶をおいしいと感じてくれる人をどれだけ作れるか。それがお茶作りを続けていくために必要なことです」。 お茶の未来を見据えながら、生産者や会社といった枠を超えて広がっていく。藤村さん達の新たな挑戦が楽しみだ。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34335/">日本茶発祥の地、近江でお茶の未来と可能性を探る「グリーンティ土山」/滋賀県甲賀市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>聖徳太子創建の古刹。山城の趣きを残す「百済寺（ひゃくさいじ）」/滋賀県東近江市</title>
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		<pubDate>Wed, 28 Dec 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-11.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本紅葉百選にも選ばれ、滋賀屈指の紅葉スポットとして知られる「百済寺（ひゃくさいじ）」は、聖徳太子によって創建された滋賀で最も古いお寺のひとつ。紅葉シーズンを外せば、静寂に包まれた趣きある古刹で、ポルトガルの宣教師ルイス [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-11.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本紅葉百選にも選ばれ、滋賀屈指の紅葉スポットとして知られる「百済寺（ひゃくさいじ）」は、聖徳太子によって創建された滋賀で最も古いお寺のひとつ。紅葉シーズンを外せば、静寂に包まれた趣きある古刹で、ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスが「地上の天国」と絶賛したとも言われている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自然の息吹を感じるパワースポット</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/12/kiji1-11.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>「百済寺」は、琵琶湖の東側・湖東地域にある天台宗の寺院。近隣にある「西明寺（さいみょうじ）」「金剛輪寺（こんごうりんじ）」とあわせて「<strong>湖東三山（ことうさんざん）</strong>」の総称でも知られており、秋になると紅葉を愛でる多くの観光客で賑わう。</p>



<p>鈴鹿山系の中腹に位置する山奥に83haにも及ぶ広い境内があり、落葉樹が約5,000本、常緑樹が約25,000本自生している。新緑、紅葉、雪景色と四季折々に多様な植物が寺院を彩るため、別名「<strong>百彩寺</strong>」とも呼ばれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">近江の国、最古級の寺院</h3>



<p>百済寺は1400年以上前の飛鳥時代、<strong>聖徳太子</strong>が朝鮮半島から渡来した百済人（くだらびと）のために百済国の「龍雲寺」を模して創建したと伝えられている。歴史ある寺院が多い滋賀の中でも、<strong>最も古いお寺のひとつ</strong>に挙げられる。平安時代に比叡山に天台宗が開かれてからは、天台宗の寺院となり、室町時代にかけて繁栄した。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji2-11.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<h3 class="wp-block-heading">夕日の向こうの百済国に馳せた、望郷の想い</h3>



<p>百済寺は北緯35度線上にあり、西の方角には比叡山、鞍馬山を経て、880km彼方に百済国があったため、創建当時は、日本に仏教を伝来した渡来僧や先進的な技術を伝えた渡来系氏族の氏寺として発達した。多くの渡来人が百済寺の地から、夕日の向こうにある母国を偲んだと言われている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">信長やルイス・フロイスも魅了した「地上の天国」</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji3-11.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>名だたる人物の歴史舞台としても知られている。戦国の覇者、<strong>織田信長</strong>もこの寺に魅了されたひとりで、百済寺を気に入り、生涯で唯一の勅願寺と定めたという文献も残っている。また当時、ポルトガルから来日していた宣教師<strong>ルイス・フロイスも「地上の天国 一千坊」と絶賛</strong>するほど、百済寺は見事な寺院だったという。しかしその後、信長と敵対していた六角軍を百済寺がかくまったと判断され、信長による焼き討ちに遭い、その多くを焼失することとなった。</p>



<p>江戸時代に入り、徳川幕府や彦根藩の寄進を受け、本堂や仁王門、山門（赤門）等は再建され、いまに残っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">近江の歴史舞台が一望できる「天下遠望の名園」</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji4-11.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>百済寺山門から参道に沿って400mほど登ったところに「本坊喜見院（きけんいん）」があり、その書院に面し、「<strong>天下望遠の名園</strong>」と名付けられた大きな池泉鑑賞（ちせんかんしょう）式庭園がある。</p>



<p>背面の鈴鹿山脈を借景に、変化に富んだ巨岩を組み合わせて築庭されており、山から流れ出る渓流が、鯉の泳ぐ池へと流れ込んでいる。</p>



<p>庭園は山の方へと続いていて、頂部の遠望台からは、近江の歴史舞台となった比叡山や湖東平野も見晴らせる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">苔むす岩が醸す、神秘的な空間</h3>



<p>庭園の周囲には、苔むした巨岩がありのままの姿をとどめている。寺院周辺には重厚な石垣や石段が創建当時の姿で残っているため、山城の様相も呈していて、多くの歴史映画やドラマのロケ地にも使われているのだそう。</p>



<p><strong>自然と歴史が調和した神秘的な空間</strong>は、ただ佇んでいるだけで、心が癒され、浄化されていくようだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">本堂・仁王門・山門など、見どころは他にも</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji5-11.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>百済寺の本堂に安置されている本尊は全高3.2mの「<strong>十一面観世音菩薩</strong>」。現存する<strong>奈良時代最大級の木造仏</strong>である。聖徳太子が山中で光を放つ霊木の杉を見出し、立ち木のまま彫ったといういわれから「植木観音」とも呼ばれている。信長の焼き討ちにより本堂が焼失したときも、僧侶たちが8km先の山奥まで運び、難を逃れたという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">百済寺の入り口「赤門」</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji6-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>境内の入り口にある朱塗りの山門は通称「<strong>赤門</strong>」と呼ばれている。新緑の緑や、紅葉のオレンジとの対比が美しく、写真映えスポットになっている。ここには一時停止用の駐車スペースしかなく、車で訪れた場合は通り過ぎてしまうこともあるので注意が必要。</p>



<p>また「<strong>仁王門</strong>」に掲げられている約3mの大きな草鞋（わらじ）に触れると身体健全・無病長寿のご利益があると言い伝えられている。直木賞受賞作家としてもしられる「百寺巡礼」の作家、五木寛之氏も百寺満願成就を込めて触ったそう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">夏に満開となる菩提樹</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji7-6.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>通用門から表門にかけて広がる南庭。夏になると、菩提樹の可憐な花が満開となり、周囲に上品な香りが漂う。これは、本堂脇にある千年菩提樹の子株が育ったもの。花の香りに誘われた、ミツバチや小さな昆虫たちが蜜を求めて集まり、羽音を響かせる。香りと一緒に、小さな生命の営みも感じてほしい。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji8-4.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>ほかにも境内には、樹齢430年と推定される「観音杉」や「弁天堂」、苔むした石垣が続く「参道」など、1400年前から変わらない、自然が織りなす景観や歴史的いわれのあるスポットが多彩。</p>



<p>山全体が真っ赤に染まる紅葉シーズンもいいが、静けさに包まれた朝の境内や、琵琶湖へ落ちる夕日の眺めなど、紅葉だけじゃない百済寺の“百の彩り”を楽しんでほしい。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji9-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34263/">聖徳太子創建の古刹。山城の趣きを残す「百済寺（ひゃくさいじ）」/滋賀県東近江市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>600年続く“幻の茶”　日本の原風景が生み出す「政所茶」を未来へ/滋賀県東近江市</title>
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		<pubDate>Tue, 27 Dec 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-9.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>琵琶湖の東側、鈴鹿山脈の山間にある政所（まんどころ）。緑豊かな山々から澄んだ水が流れ、茅葺き屋根が点在するこの小さな集落は、室町時代から続く「政所茶」の産地だ。農薬や化学肥料を一切使わずに栽培され、その希少性から“幻の茶 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-9.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>琵琶湖の東側、鈴鹿山脈の山間にある政所（まんどころ）。緑豊かな山々から澄んだ水が流れ、茅葺き屋根が点在するこの小さな集落は、室町時代から続く「政所茶」の産地だ。農薬や化学肥料を一切使わずに栽培され、その希少性から“幻の茶”と呼ばれるお茶の産地が今、若い力によって生まれ変わろうとしている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「宇治は茶所、茶は政所」と歌われた伝統的な産地</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/12/kiji1-9.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>政所茶は三重県との県ざかいにある鈴鹿山脈を源流とする愛知川（えちがわ）の清流と渓谷に発生する霧に薬用効果を期待して室町時代に村人に薬用としての茶の栽培をさせたことが始まりとされる。「永源寺」という室町時代以前から続く臨済宗の禅寺があり、応仁の乱の頃、京の都からこの辺りに人々が避難して来た際に、永源寺の僧達が寺で育てたお茶をふるまったところ<strong>「おいしい」と評判になった</strong>。これを機に政所のお茶は京都で広く飲まれるようになり、寺でのみ行われていた茶葉の栽培が民間にも伝わって、<strong>政所はお茶の産地となった</strong>。</p>



<p>かつては<strong>「宇治は茶所、茶は政所」</strong>と茶摘み歌で歌われるほど全国的にも知られ、幼い石田三成が豊臣秀吉の家臣として取り立てられるきっかけになった<strong>「三献茶」</strong>のエピソードでふるまったのも、この政所茶だといわれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">厳しい環境を生き残った希少な在来種</h3>



<p>政所茶が栽培されるのは、標高350〜450メートルにある山の斜面。お茶の栽培限界は標高600メートルといわれることからすると特別に高い場所ではないが、冬になると<strong>2メートル以上の雪が積もる</strong>のがこの土地の特徴だ。そのうえ山間部で日照時間が短いため、1年のうち4ヶ月ほどは茶の木の上に1メートル以上の雪が乗り続けることになる。厳しい環境で他から持ち込んだ品種はなかなか根付かず、全国で栽培される茶樹の大半が「やぶきた」種である中、政所では<strong>室町時代から受け継がれてきた在来種</strong>が全体の7割を占めている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本の原風景に魅せられ、若い力が集まる土地に</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji2-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>かつては「お茶と林業だけで生計が成り立つ」と言われたほど、お茶の栽培は政所の人々にとって生活の要だった。ところが戦後の高度経済成長期を迎え、外へ働きに出る人が増えるにつれて、お茶の生産量は減少。<strong>茶畑の面積は最盛期の30分の1</strong>ほどになり、市場に出回らなくなった政所茶は、<strong>“幻のお茶”</strong>と呼ばれるようになった。</p>



<p>現在、政所茶の生産者は60軒ほど。しかし生産規模は小さく、そのほとんどが、自分達が飲むだけの量を細々と育てながら余剰分を商品として出荷している状態だ。商業化されなかったことで、<strong>より自然に近い形での生産が続けられ、人々の暮らしに茶畑が溶け込む独特の風景が残った</strong>。そんな日本の原風景に魅せられて、今、政所に若い力が集まり始めている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">気づいたら「私にやらせて」と申し出ていた</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji3-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>「初めて来た時、ここのじいちゃん達が政所茶を語る姿がすごくかっこよくて。何か力になりたい、と思ったのがすべての始まりでした」と話してくれたのは、<strong>「茶縁むすび」</strong>代表の山形蓮さん。</p>



<p>山形さんが政所に出会ったのは10年前。東日本大震災の災害ボランティアとして被災地に通ううちに、<strong>地域のつながりが強いところで暮らしたい</strong>と考えるようになった。そんな頃、大学時代の恩師に誘われて訪れたのがここ政所。初めて会う山形さんに、80歳近い地元の人が「ここのお茶は先祖からの預かりもの。大事にしたいけど、子供には自分達のような苦労はさせたくない。ちゃんと教育を受けて良い仕事に就かせてあげたいと願った結果、子供達は外に出てしまった。それは自分が願ったことだけれど、<strong>このお茶を何とかして残していきたい</strong>」と、懇々と語ってくれた。そんな姿に心を打たれ、気づけば<strong>「どうせ捨てることになるなら、私にやらせてください！」</strong>と移住を決めていたという。 山形さんは今、茶縁むすびで外部に向けて政所茶の魅力を発信しながら、「政所茶生産振興会」の理事を務め、内側の生産・販売体制を整える活動に力を注いでいる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">医師業のかたわら、受け継いだ茶畑</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji4-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>そしてもうひとり、山形さんとの出会いがきっかけとなり、お茶の栽培を始めたのが佐藤滋高（しげたか）さん。なんと佐藤さん、現役の放射線科医だというから驚きだ。</p>



<p>「<strong>お茶ってすごく身近な飲みものなのに、よく考えてみたら何も知らない</strong>ことにある時ふと気づいたんです。詳しく勉強したいと思い、県内で生産現場が見学できるところを探していて出会ったのが山形さんでした。初めて茶摘みを手伝わせてもらった時、それが思いのほか楽しくて。事あるごとに手伝いに通って半年たった頃、<strong>『こんなに通ってくれるなら、自分の畑を持ってみたら？』</strong>と提案してもらってお茶の栽培を始めました」。</p>



<p>今は仕事の合間に政所に通いながら、周りの人達に教えてもらって夢中でお茶作りに取り組んでいるところ。<strong>「滋茶園 Shige-Lu tea garden」</strong>の名義で茶葉の栽培や、ワークショップを通じた政所茶の普及に努めている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">樹齢300年を超える茶樹</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji5-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>茶畑といえば、カマボコ形に刈られた茶樹が整然と並んでいるイメージだが、政所の茶畑は一風変わっている。<strong>山の斜面に茶樹がぽこぽこと点在し、全体的に背が低い</strong>。</p>



<p>「この辺りの樹は、すべて<strong>樹齢100年を超える在来種</strong>です。このように政所には、在来種だけが植わる畑が昔と変わらない姿で点在しているんですよ」と山形さん。</p>



<p>さらに、「地面を這うように枝を広げているのは<strong>樹齢300年を超える樹</strong>で、この集落でいちばん古いもの。もちろん今も現役で、滋賀県の自然記念物に指定されています。政所の茶樹が上に伸びないのは、冬の積雪量が多く、雪の重みで枝が曲がってしまうから。春になって雪が溶けると下からぺちゃんこの樹が出てきて、そこからムクムクと起き上がってくるんですよ」と佐藤さんが続ける。昔から続く在来種の茶樹は戦後茶産業の品種化や機械化で姿を消し、今では<strong>全国でほんの数パーセントしか残っていない</strong>という。</p>



<h3 class="wp-block-heading">無農薬は当たり前</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji6-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>集落を歩くと、あちらこちらできれいな<strong>湧き水</strong>に出会う。政所では、こういった湧き水が今も生活用水として使われているそうだ。</p>



<p>政所の集落は、琵琶湖に注ぐ愛知川の源流にある。人々には「<strong>源流に住む私たちが水を汚しては、川下の方々に申し訳ない</strong>」という考えが根付いており、<strong>農薬や化学肥料を使わないのは当たり前</strong>。お茶に薬の成分が残らないよう、茶畑では虫除けスプレーすら使わないという徹底ぶりだ。「ここの人達が考える“おいしいお茶”の基準は、お茶そのものの味、ひいては<strong>この土地の風土を映した味がする</strong>こと。農薬が出回るずっと前からここではお茶作りが続けられてきました。かつてと同じ作り方で、政所茶の伝統を継承していきたい思いがあります」という山形さんの言葉からは、何百年も続いてきた産地のプライドがうかがえる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">政所の新たな定番「平番茶」</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji7-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>政所では3月下旬になると、成熟して硬くなった茶葉を枝ごと刈り取って番茶作りが行われる。木製の大きな桶に茶葉を詰めて蒸し、枝を取り除いて乾燥させるというシンプルな製法で、詰め込まれた際の圧で茶葉が平らになることから<strong>「平番茶（ひらばんちゃ）」</strong>と呼ばれている。</p>



<p>山形さんが政所に来る前は人手が足りず、番茶になる枝葉を刈り落としたあと、そのままにすることも多かったが、現在は政所茶生産振興会で計画的に収穫するようになった。少し前まで「番茶はあくまで普段使いのお茶。人様に出すものではない」とされていたが、平番茶として商品化してからはファンが増え、今では<strong>「政所といえば平番茶」</strong>というイメージが定着しつつある。<strong>カフェインが少なく甘さのある優しい味わいで、どんな食事にも合わせやすい</strong>のも人気の理由だろう。<strong>タンニンを洗い流してくれることから、赤ワインの合間に飲むソムリエ</strong>もいるという。</p>



<p>若い世代にも手に取ってもらえるようパッケージを工夫し、気軽に飲めるティーバッグも作った。その結果、カフェや美容室の店頭に置かれるなど新たな販路を獲得し、政所茶を知る人は着実に増えている。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji8-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<h3 class="wp-block-heading">何百年も続いた風景を絶やしたくない</h3>



<p>「お茶の仕事だけで生計を立てるのは、いまだに容易ではありません。それでも何百年も続いた価値のあるものを、目の前で絶やしたくない。失われてほしくないと感じる魅力がこの土地にはあるんです」と話す山形さん。山形さんや佐藤さんが楽しそうにお茶作りを続けている様子を見て、「自分もやってみたい」と政所に足を運ぶ人が増えてきた。こうした変化は、一度政所を出た若者達がこの土地に戻るきっかけも生んでいる。</p>



<p>産地としての足場を固めながら、政所らしいお茶作りを未来に継承していく。新たなスタートを切った政所茶の躍進は、まだ始まったばかりだ。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34224/">600年続く“幻の茶”　日本の原風景が生み出す「政所茶」を未来へ/滋賀県東近江市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>個性派日本酒王国・滋賀の中でもひときわ輝く“星”に！　「美冨久酒造」/滋賀県甲賀市</title>
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		<pubDate>Mon, 26 Dec 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-8.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>関西の酒どころというと京都の伏見や神戸の灘が有名だが、じつは滋賀県にも、個性豊かでありながら質の高い酒を造る酒蔵が非常に多い。中でも強い存在感で日本酒ファンの心をつかんでいる蔵のひとつが、東海道五十三次の宿場町・水口（み [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-8.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>関西の酒どころというと京都の伏見や神戸の灘が有名だが、じつは滋賀県にも、個性豊かでありながら質の高い酒を造る酒蔵が非常に多い。中でも強い存在感で日本酒ファンの心をつかんでいる蔵のひとつが、東海道五十三次の宿場町・水口（みなくち）にある「美冨久（みふく）酒造」だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">知られざる日本酒王国・滋賀</h2>



<p>じつは<strong>滋賀県は、知る人ぞ知る“日本酒王国”</strong>である。</p>



<p>周囲を高い山々に囲まれ、豊富な伏流水に恵まれているうえ、<strong>ブランド米・近江米</strong>の産地である。酒造りに必要な、<strong>きれいな水とおいしい米がそろっている</strong>のだ。</p>



<p>また、<strong>昔から交通の要所であった</strong>こともポイントだ。<strong>東海道</strong>、<strong>中山道</strong>、<strong>若狭街道</strong>など、県内には主要な街道がいくつも走り、旅人をもてなすための酒が必要とされていた。そのため、古い歴史を持つ蔵が少なくない。</p>



<p>現在、<strong>滋賀県内にある約30の酒蔵は、琵琶湖を囲むように点在し、各蔵がタイプの違った酒造りを行っている</strong>。「滋賀県の酒蔵は、<strong>どこも個性が強い</strong>ですね。県の真ん中に琵琶湖があって蔵どうしの行き来がしにくかった分、独自に発展してきた結果かもしれませんね」と美冨久酒造4代目社長の藤居範行さんは言う。</p>



<h3 class="wp-block-heading">創業105年、東海道沿いの蔵</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/12/kiji1-8.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>そんな個性豊かな滋賀の酒蔵の中でも攻めた酒造りで異彩を放つ蔵のひとつが、美冨久酒造である。</p>



<p><strong>創業は1917年（大正6年）</strong>。琵琶湖の東側に位置する愛荘町（あいしょうちょう）の酒蔵「藤居本家」の三男に生まれた創業者が分家して、<strong>滋賀県甲賀市水口町（みなくちちょう）</strong>の東<strong>海道沿い</strong>に蔵を構えた。</p>



<p>名前に「水」とつく通り、<strong>水口町はおいしい水に恵まれた町だ</strong>。町の東にそびえる鈴鹿山脈からの伏流水を使った酒造りがさかんで、<strong>5軒の蔵が水口町に集まっている</strong>。</p>



<p>そんな水口町で美冨久酒造は、地元の契約農家が育てた酒米を使って<strong>「米のうまみ」にこだわった酒</strong>を造り続けてきた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">美冨久酒造のツートップ、山廃仕込みと吟醸仕込み</h2>



<p>美冨久酒造の酒には、<strong>自家井戸</strong>から汲み上げた、<strong>鈴鹿山系を源流</strong>とする滋賀県の一級河川・<strong>野洲（やす）川の伏流水</strong>が使われている。<strong>適度なミネラル分を含んだ軟水</strong>の仕込み水は、くせがなく、すっきりとしたおいしさだ。</p>



<p>その水で醸した酒の中でも特に高い評価を集めているのが、<strong>山廃（やまはい）仕込みの酒</strong>と<strong>吟醸仕込みの酒</strong>。美冨久酒造の二本柱だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">創業以来守り続けてきた「山廃仕込み」</h3>



<p><strong>山廃仕込み</strong>とは、蔵に棲みついている天然の乳酸菌を取り込み、日本酒の土台となる酒母（しゅぼ）を育てる<strong>昔ながらの天然醸造法</strong>だ。</p>



<p><strong>通常の仕込みより3倍ほどの日数がかかり</strong>、自然を相手にする分<strong>繊細な温度管理も求められる</strong>が、一般的な日本酒に比べ、より<strong>濃厚で酸味が強く、幅と奥行きのあるふくよかな味わい</strong>が実現できる。そのため<strong>美冨久酒造では、創業以来、山廃仕込みの伝統を守り続けてきた</strong>。</p>



<p>美冨久酒造の“山廃”の酒は、いずれも個性がはっきりしていながらも懐が広く、<strong>食中酒として優れた酒が多い</strong>。また、<strong>熱燗にも向いていて</strong>、<strong>「全国燗酒コンテスト」で金賞や最高金賞を受賞</strong>している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">国内外で数々の受賞歴を誇る「吟醸仕込み」</h3>



<p>美冨久酒造のもうひとつの柱は、現代の酒造技術を生かした<strong>吟醸仕込み</strong>だ。</p>



<p>山廃仕込みでは自然界の乳酸菌を育てて酒母を仕込むのに対し、<strong>吟醸仕込みでは、人工の乳酸を投入して酒母を仕込む「速醸酛（そくじょうもと）」という製法が用いられている</strong>。</p>



<p>速醸酛の主なメリットは、<strong>仕込み時間の短縮</strong>と<strong>華やかな香り</strong>が実現できることだ。</p>



<p>美冨久酒造の吟醸仕込みの酒も、山廃仕込みの酒と同様、<strong>米の風味が際立っている</strong>。フルーティーで華やかな吟醸香の後に口の中に広がる米の甘み。山廃の酒とはまた違ったかたちで「米のうまみ」が表現されている。</p>



<p>そのおいしさは国内外の大会で高く評価され、「<strong>IWC（インターナショナル・ワイン・チャレンジ）</strong>」や「<strong>ロンドンSAKEチャレンジ</strong>」、「<strong>ワイングラスでおいしい日本酒アワード</strong>」などでも<strong>金賞、ゴールドメダルを手にしてきた</strong>。<strong>大手航空会社の国際線ファーストクラス機内ドリンクとして採用された純米大吟醸酒</strong>もある。</p>



<p>そうした吟醸酒の中でも、特に藤居さんにとって思い入れが強く、いまや美冨久酒造の代名詞となりつつあるブランドが「<strong>三連星（さんれんせい）</strong>」だ。続いては、その誕生秘話を紹介したい。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自分が手がけたブランドで勝負したい</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji2-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>藤居さんは大学卒業後、岐阜県内の酒蔵で修業を積んだのち、2005年から生家である美冨久酒造に戻り、酒造りに取り組んできた。</p>



<p>全国への出張販売にも力を入れていくなかで、藤居さんは次第に「<strong>自分が手がけたブランドで勝負したい</strong>」と思うようになる。</p>



<p>せっかくなら、<strong>従来の“美冨久の酒”とは違った酒</strong>を造りたい。そこで、ふくよかな味わいの山廃仕込みと正反対のタイプである、キレ味の良い華やかさのある<strong>吟醸系を自らのテーマとした</strong>。</p>



<h3 class="wp-block-heading">若手の蔵人たちと生み出した「三連星」</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji3-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>そして<strong>2007年</strong>に誕生したのが、藤居さんと若手の蔵人らの3人が試行錯誤の末に生み出した「<strong>三連星</strong>」だ。いまや<strong>代表銘柄の一つ</strong>に成長し、<strong>美冨久酒造の名を全国に知らしめた酒</strong>といえるだろう。 三連星には「<strong>渡船（わたりぶね）六号</strong>」「<strong>山田錦</strong>」「<strong>吟吹雪（ぎんふぶき）</strong>」といった3世代の酒米を使用し、渡船六号では<strong>純米大吟醸酒</strong>、山田錦では<strong>純米吟醸酒</strong>、吟吹雪では<strong>純米酒</strong>と3種類の酒をつくっている。そして、各種類の酒に対して「<strong>定番</strong>」「<strong>特別限定</strong>」「<strong>季節限定</strong>」の3パターンを用意した。3人のつくり手、3世代の酒米、3種類の酒、3つのテーマ。<strong>それぞれの“3”が連なり、星のように輝けるように</strong>。「三連星」というネーミングには、そんな願いが込められている。</p>



<p>三連星は<strong>フレッシュさにこだわっている</strong>ため、<strong>特定の店にしか卸さない限定流通酒</strong>となっている。とりわけ<strong>火入れの方法</strong>は試行錯誤を重ね、「三連星 純米吟醸 山田錦」では<strong>プレートヒーター</strong>を使い、火入れの後に急冷してフレッシュさを閉じ込めることに成功。「<strong>生酒よりもフレッシュな味わい</strong>」を実現したという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「番外編」で試験醸造にも果敢に取り組む</h3>



<p>三連星には「<strong>番外編シリーズ</strong>」も存在し、そのシリーズでは<strong>普段使用していない酒米や酵母を使う</strong>など、<strong>年ごとにテーマを設けて3種類の酒を試験醸造</strong>している。そこで得た結果は今後の酒づくりに生かされている。</p>



<p>理想の味を求めて試行錯誤した分、三連星は「<strong>味が完成されるまでに時間のかかった酒だった</strong>」と藤居さんは話す。しかし、デビュー15周年を迎えた2022年現在、<strong>三連星の純米酒</strong>は「<strong>美冨久酒造を知るための最初の一本</strong>として薦めたい」と推す酒にまで成長した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">もっと“飲みやすい酒”を。引き出しを増やす挑戦は続く</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji4-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>みずからの手で蔵の代名詞となるブランドをつくり上げたその後も、藤居さんらは<strong>新たな挑戦</strong>を繰り返しながら、引き出しを増やしている。</p>



<p><strong>2021年夏</strong>には、新たなファン層に向けた酒<strong>「しっぽ」</strong>がデビュー。<strong>瓶内二次発酵スパークリング清酒「しっぽ Mifuku スパークリング」</strong>は、グラスを傾けるとシャンパンを思わせる香りが立ち、プチプチとはじける軽快な口当たりが楽しい。ラベルデザインもあいまって、<strong>「日本酒」と聞くと構えてしまう層も、思わず手に取りたくなる</strong>ような親しみやすさがある。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「生酛（きもと）造り」の酒で見つけた新たな可能性</h3>



<p>さらに<strong>2022年春</strong>には、<strong>生酛造りの酒「三連星 生酛純米 二黒土星」</strong>がデビュー。</p>



<p><strong>生酛造り</strong>は、<strong>自然界の菌を取り込みながら酒母を仕込むところは山廃仕込みと共通</strong>しているが、<strong>乳酸菌を育てる際に、山廃仕込みでは省略されている米や米麹（こめこうじ）をすりつぶす</strong>作業がさらに加わる。</p>



<p>実際にやってみて、<strong>生酛造りの酒</strong>には、山廃の酒が持つ<strong>奥ゆかしい味わい</strong>と、吟醸系の酒の<strong>すっきりとした華やかさ</strong>の<strong>両方が備わっている</strong>という発見があった。従来の「二本柱」に新たな柱が加わった。</p>



<p>「もちろん、山廃の酒をはじめ、美冨久のスタンダードはこれからも大切に受け継いでいきます。それと同時に<strong>新たな挑戦も続け、すそ野を広げたい</strong>。そうすれば<strong>日本酒の魅力は国境を越えて、もっと多くの人に届く</strong>と思います」</p>



<h3 class="wp-block-heading">これからも“開かれた蔵”であり続ける</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji5-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>試験醸造も含め<strong>年間20種類以上</strong>の酒をつくり続ける一方で、藤居さんは<strong>地域に開かれた蔵づくり</strong>にも取り組んできた。</p>



<p>4代目社長に就任した<strong>2014年には蔵に直売所を併設</strong>。月に1度、蔵でしか手に入らない<strong>旬の酒をタンクから直詰め</strong>する<strong>量り売り</strong>を始めた。通常は出回らない特別な酒が登場することもあり、県内外からファンが買いに訪れる人気の催しだ。</p>



<p>さらに<strong>2021年9月</strong>には、酒蔵の一部を改装して<strong>カフェ「薫蔵～KAGURA～」をオープン</strong>。日本酒ファンのすそ野を広げるためのアイデアは止まらない。</p>



<p>次はここから何が生まれるのか―。<strong>個性派の蔵がひしめく滋賀県の中でも力強い輝きを放つ“星”</strong>に、そんな期待感を抱かずにはいられない。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34200/">個性派日本酒王国・滋賀の中でもひときわ輝く“星”に！　「美冨久酒造」/滋賀県甲賀市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>手彫りで宿す“完全ではない美しさ”。時とともに育つ落合芝地さんの木の盆／滋賀県大津市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 07 Dec 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀県]]></category>
		<category><![CDATA[ものづくり]]></category>
		<category><![CDATA[手彫り]]></category>
		<category><![CDATA[木の盆]]></category>
		<category><![CDATA[木工作家]]></category>
		<category><![CDATA[盆]]></category>
		<category><![CDATA[落合芝地]]></category>
		<category><![CDATA[木製トレー]]></category>
		<category><![CDATA[大津市]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>穏やかで優しいたたずまいと、確かな存在感。木工作家・落合芝地（しばじ）さんのつくる木の盆は、そこに置くだけで風景を一変させる力を持つ。全国のギャラリーやセレクトショップからの注文が途切れない、色や形もさまざまな作品が生ま [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>穏やかで優しいたたずまいと、確かな存在感。木工作家・落合芝地（しばじ）さんのつくる木の盆は、そこに置くだけで風景を一変させる力を持つ。全国のギャラリーやセレクトショップからの注文が途切れない、色や形もさまざまな作品が生まれる滋賀県・比良山麓の工房を訪ねた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">滋賀県の森の中の工房で、一つひとつ作品と向き合う</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/12/kiji1-1.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>琵琶湖の西側、比良山のふもとに位置する<strong>大津市南小松</strong>。落合さんの工房は、すぐ近くを清流が流れる静かな森の中にある。敷地内には<strong>蒔絵・漆工作家として活躍する妻・やのさちこさん</strong>の工房もあるのだが、周辺にぽつぽつと建つ家の多くは別荘で人の出入りも少なく、作家夫婦が制作に集中するにはもってこいの環境のようだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">移住者の多い大津市北部エリア。ものづくりに従事する人も</h3>



<p>ちなみに、落合さんの工房のある<strong>滋賀県大津市北部</strong>は、比良山や琵琶湖といったスケールの大きな自然が間近にある一方で、<strong>京都にも電車で30分程度</strong>。子育て世代を中心に<strong>県外からの移住者が多い</strong>ことで知られている。また、移住者の中にはものづくりに従事する人もいて、近年ちょっとした注目を集めている地域だ。</p>



<p>一口にものづくりと言っても、たとえば落合さん夫妻のように作家活動をする人のほか、ギャラリーや飲食業を営む人、デザイナーやライターなどのクリエイター、新規就農者など活動内容は幅広い。10年前、京都市出身の落合さんがこの場所を工房に選んだのはたまたまだったと言うが、自然が身近にあって都市部にも出やすいここでの暮らしは、作業中は孤独に陥りがちな作家生活に良い刺激を与えてくれるので、気に入っているという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">弟子入りはせず、我流で確立した木工作家としての作風</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji2-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>落合さんは、2000年に<strong>京都市伝統産業技術者研修漆工本科</strong>を修了。2001年からは銘木屋の京都市南区にあった<strong>「<a href="http://jurinsha-kyoto.com/" target="_blank" rel="noopener" title="">樹輪舎</a>」が主宰していた木工塾</strong>で木工の基礎を学び、さらにその翌年には、木地師の里として知られる滋賀県永源寺町で<strong>故・小椋宇三男氏に木工ろくろを習いながら</strong>作風の幅を広げていった。</p>



<p>「伝統工芸家の家に生まれたわけではなかったので、知識も道具も持たない状態でこの世界に飛び込みました。また、特定の人のもとに弟子入りをする縁がなかったので、それぞれの場所とたくさんの人から学んだ技術と知識を用いながら、<strong>我流で作風をつくってきた</strong>と言っていいかもしれません」と振り返る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">塗り椀から盆へ。創作の楽しみが広がった</h3>



<p>ちなみに、京都で漆工を学んでいた落合さんは、キャリアをスタートさせたばかりの頃は主に<strong>塗り椀</strong>をつくっていたという。しかし、いつしか自分のつくる椀に「<strong>手詰まり感</strong>」を感じるようになったと話す。</p>



<p>理由は、大きさや形、用途がある程度決まっている椀物は<strong>オリジナルな個性がつけにくかった</strong>からだという。絵付けや塗りを施すことでデザインしていくというよりは、木の個性や質感を生かした表現を追求しようとしていた落合さんは、塗り椀以外の選択肢も探り始める。</p>



<p>そんなとき大きな手がかりとなったのが、樹輪舎で学んだ「<strong>刳物（くりもの）</strong>」という技法だった。無垢の一枚板をノミやカンナで削り出していく刳物の技を使い、落合さんは色や形、大きさ、そして使う木の種類もさまざまな<strong>盆</strong>を生み出していく。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">木の種類やそれぞれの特徴、木取りの仕方など、木の性質や扱い方を知っておくことは大切だが、<strong>木の盆には</strong>それ以外の<strong>決まり事が比較的少なく、自由度が高い</strong>。そこに魅力を見いだし、つくることが以前よりもっと楽しくなったという。</span></p>



<h3 class="wp-block-heading">使う人にとっても“自由”な盆</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji3-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>落合さんの木の盆は、作者の落合さん自身にとってそうであるように、<span class="swl-marker mark_yellow"><strong>使う側にとってもまた自由度が高く、わくわくするアイテム</strong>である</span>ようだ。</p>



<p>試しにSNSで「＃落合芝地（おちあいしばじ）」と検索すると、和食のコース料理風、おうちごはん風、複数の豆皿に料理を少しずつのせたおもてなし風、小さなサイズの盆にケーキとコーヒーをのせたカフェ風、あるいは食事に使うのではなくお気に入りの器をのせて飾っている人や、花瓶に生けた花を飾るトレーづかいをしている人など、非常に<strong>多岐にわたるシーンで愛用</strong>されていることがわかる。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">特別感を演出でき、おもてなしにも活躍する<strong>折敷（おしき）</strong>にも使えて、自分のための気軽な一人飲みのトレーとしても活躍する。<strong>使い方は手にした人次第</strong>。</span>そんな自由さが<strong>全国にファン</strong>を広げているようだ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji4-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<h3 class="wp-block-heading">デザインのヒントは“古いもの”から</h3>



<p>落合さんの盆は、<strong>土ものの器</strong>や<strong>日本酒の酒器</strong>、和食を盛り付ける<strong>竹かご</strong>など和のものを組み合わせると洗練された雰囲気が加わり、<strong>リネンクロス</strong>や<strong>洋食器</strong>、<strong>ワイングラス</strong>など洋のテイストを組み合わせると、絶妙な落ち着きが加わる。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">そんな汎用性の高い<strong>デザインは「古いもの」から思いつく</strong>ことが多いそうだ。たとえば昔の陶器や古道具、あるいは李朝の陶磁器や工芸品など、木工品以外のものも参考になるという。</span>落合さんの工房から1時間足らずで行ける<strong>京都の骨董市</strong>にもよく足を運んでは、ヒントを見つけに行くそうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">無垢の一枚板を手技で仕上げる</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji5-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>落合さんの作品の持ち味は、<strong>丸ノミで手彫りの跡をしっかり残した丁寧な仕上げ</strong>。大きな板を必要なサイズに木取りしたり、荒彫りやアウトラインを形成したりといった作業には機械を用いるが、それ以外は手作業で仕上げていく。わずかなゆらぎを感じさせる、<strong>人の手でしか出せない「完璧ではない美しさ」</strong>が好きだという。</p>



<p>削り方のポイントは「<strong>同じテンションで彫ること</strong>」。<span class="swl-marker mark_yellow">同じリズム、同じ太さ、同じ深さで直線的に彫っていくときれいに仕上がるという。</span>実際に彫るところを見せてもらったが、スッスッと軽やかかつスピーディー。しかし、じつは同じ一枚の板でも硬い部分や柔らかい部分があるため、そのつど力加減を調整しながら彫り進めているそうだ。その作業をひたすら繰り返す。</p>



<p>そう聞くと、単調で根気が求められる作業といった印象を抱いてしまうが、「手は痛くなるけど、不思議と飽きないんです」と落合さんは笑う。彫っていると、木目の模様にだんだんと立体感が出てくるのが面白いのだという。手を動かしながら木と向き合う時間がしんから好きなのが伝わってきた。</p>



<p>そのせいだろうか、落合さんの木の盆を眺め、手に取ったときに感じるのは、心が穏やかさで満たされていく幸福感だ。<strong>端正でありながら、どこか優しくあたたかい</strong>。</p>



<h3 class="wp-block-heading">木の個性と表情を引き出す</h3>



<p>もうひとつ、落合さんの作風において重要なポイントは「<strong>木のそのままの個性を生かす</strong>」ということだ。</p>



<p>落合さんの木の盆には、<strong>クリ</strong>、<strong>サクラ</strong>、<strong>ケヤキ</strong>、<strong>ミズメ</strong>、<strong>キハダ</strong>、<strong>タブ</strong>などいろいろな種類の木が用いられている。その色合いも、深みのある黒、やわらかなベージュ、焦げ茶、赤みのある茶色、黄味の強い黄土色など、じつに多彩だ。<strong>オイル仕上げ</strong>で木の本来の色を生かす場合もあれば、<strong>鉄媒染（てつばいせん）</strong>、<strong>アンモニアスモーク</strong>、<strong>拭漆（ふきうるし）</strong>といった仕上げ方で変化をつけることもある。使用する木の種類との相性を考えながら常に新しい方法を取り入れているそうだ。</p>



<p>しかし、<span class="swl-marker mark_yellow">どのような仕上げを施すにしても、<strong>それぞれの木の個性と表情を引き出す</strong>ことにはこだわっている。</span>そのため、最も多く用いられているのが、木の本来の色が出やすいオイル仕上げ。漆を使うときも木の質感が隠れてしまわないよう、つややかな漆塗りではなく木地に塗った漆を拭き取って仕上げる拭漆を選ぶことが多い。</p>



<h3 class="wp-block-heading">割れや節も木の個性</h3>



<p>また、木の<strong>節</strong>や<strong>割れ目</strong>など木材の欠陥と見なされがちな部分も、落合さんは<strong>作品に生かす</strong>。大きな一枚板を木取りして10枚の板が取れた場合、たいてい2～3枚は節や割れのあるものが混ざっているというが、それらを捨ててしまわず、使いたいという。</p>



<p>木の枝の付け根部分にあたる木の節は、製材をして板になったとき円形の模様になって現れる。節の入った板は木の強度が低下し、見た目も悪くなると敬遠されがちだが、落合さんは味があって面白いと言う。実際、<strong>節の模様の入った盆を気に入って選んでいく人も少なくない</strong>そうだ。</p>



<p><strong>木の割れ目</strong>もしかりで、<strong>作品のアクセントとして生きるデザインに仕上げていく</strong>。汁椀や桶などに比べて、盆は水漏れを気にしなくていいからこそ取り得る手段といえそうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">量産できないモノの良さ</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji6-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>今や貴重品となった<strong>木材を余すところなく使う</strong>制作のスタイルや、<strong>精緻な手技でこつこつとつくられた生活の道具</strong>の美しさは、<strong>情報とモノにあふれた今の時代だからこそ、多くの人に訴える力</strong>がある。</p>



<p>全国各地で展覧会を行っている落合さんだが、その案内には作品購入時の点数制限をお願いする文言が添えられている。工程のほとんどを手彫りで仕上げるため、量産が難しいのである。</p>



<p>だから、購入する側も一つひとつの個性と向き合いながら、自分にとっての一枚を見きわめる。そのプロセスが愛着を生み、長く大切に使われていくことは想像に難くない。<strong>使い込むうちに色合いに深み</strong>が加わり「<strong>育つ</strong>」楽しさがあるのも天然木ならではだ。</p>



<p>落合さんの手が生み出す、完全ではないけれど確かな美しさの宿った木の盆は、使うたびに幸せな気持ちを生み、<strong>慌ただしい日々の中でのささやかなよりどころ</strong>となるのではないだろうか。技と時間を重ねながら洗練し続けてきた工芸品が、この時代を生きる人たちに何をもたらしてくれるのか、その一つの答えを見た気がした。  </p>


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						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/32732/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">「中川木工芸3代目・中川周士」世界に羽ばたいたシャンパンクーラーと木桶の技/滋賀県大津市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">おひつや寿司桶など、“木桶”というと丸い形を思い浮かべる人は多いのではないだろうか。しかし「中川木工芸」3代目</span>					</div>
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		<title>己の感覚を信じて。釉薬で魅せる、信楽焼の陶芸家「清岡幸道」/滋賀県甲賀市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 30 Nov 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀県]]></category>
		<category><![CDATA[釉薬]]></category>
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		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-13.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>研ぎ澄まされたフォルムの上を覆う、オリーブ色の釉薬の流れ。陶芸家・清岡幸道が作り上げる器の魅力は、独自に調合された釉薬が織りなす色調の幅広さ。これまでの信楽焼のイメージを良い意味で覆す。「ありそうで、ないもの」を求め、信 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-13.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>研ぎ澄まされたフォルムの上を覆う、オリーブ色の釉薬の流れ。陶芸家・清岡幸道が作り上げる器の魅力は、独自に調合された釉薬が織りなす色調の幅広さ。これまでの信楽焼のイメージを良い意味で覆す。「ありそうで、ないもの」を求め、信楽焼に新しい風を吹かせている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">シンプルな造形に際立つ、釉薬の表現</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/11/kiji1-13.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>シンプルでありながら、豊かで個性的な表情で魅せる清岡さんの器。その鍵となるのが<strong>釉薬の表現</strong>。陶器本来の土の温もりが味わえる晶白釉（しょうはくゆう）や灰白釉（かいはくゆう）をはじめ、異なる質感の青灰釉やオリーブ色の灰釉など、さまざまな釉薬を使いこなし、新しい器づくりにチャレンジしている。国内外のギャラリーからのオファーが絶えず、これからの信楽焼の作家を代表するひとりとして期待されている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">信楽の最果ての地で</h3>



<p>清岡さんの工房があるのは、滋賀県甲賀市信楽町宮尻。信楽といえば、良質な陶土がとれることから古くから製陶産業で栄えた町。現在は、信楽焼の窯元めぐりなどを目当てに多くの観光客が訪れる観光スポットにもなっているが、清岡さんは信楽の中で最も奥まった集落に残る廃工場に工房を構えた。「人と出会うこともほとんどない静かな場所です」。周囲には民家しかなく、ここでひとりじっくりと器に向き合っている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">土に導かれるように信楽へ</h3>



<p>清岡さんは東京生まれ。幼少期は北海道で育ち、学生時代を横浜で過ごした。その後、幼馴染が通っていて興味を持った、大阪芸術大学美術学部工芸学科へ。だが、入ってみるとそこで教えられていたオブジェとしての陶芸にはあまり興味が持てなかった。そこで、芸大卒業後は、アーティストよりも、ものづくりの道へ進みたいと、信楽で傘立てなどを作る陶磁器メーカーに就職した。なぜ、信楽だったのかの問いに「大学で制作をするときに、信楽の土が自分にとって扱いやすかった。<strong>繊細過ぎず、粗く作っても受け止めてくれる</strong>んです」。土が清岡さんを無縁だった信楽の地へと導いたのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「求められるもの」と「作りたいもの」のギャップの狭間で</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji2-13.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>清岡さんに転機が訪れたのは、信楽に住んで数年が経過した頃だった。知り合いのレストランのオーナーから器を作ってほしいと頼まれたのだ。「自由にやっていいと頼まれて。それが想像以上に評判が良かったんです。料理がのるとより見栄えがして、<strong>こんな面白い仕事はない</strong>なと」。この経験が、清岡さんの創造力を呼び起こした。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji3-13.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>器を作りたいという気持ちが湧いてきた清岡さんは、食器をつくる製陶所に転職。昼間は会社で量産品の器を作り、仕事を終えてから自分の作業場でろくろをひくようになった。そんな生活が10年続いたが、次第に仕事に違和感を感じるように。</p>



<p>「新作開発を担当していたのですが、そのなかで商品として<strong>売れるものと、自分が作りたいものとのギャップ</strong>が大きくなっていったんです。僕にはB品として弾かれてしまう、他とは違う釉薬の流れがあるものの方が良く思えたりして」。ここでは自分の作りたいものが求められていない、その思いが独立へと走らせた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">場所が違えば、受け入れ方も変わる</h3>



<p>独立した当初、清岡さんの独特な作品はなかなか理解されなかったという。あるとき、人から勧められ松本のクラフトフェアに初めて参加したところ、<strong>初日で完売</strong>。発表の場所が違えば、自分のスタイルを受け入れてくれる人がこんなにいるのだと驚いた。</p>



<p>「信楽にこだわらず、各地のクラフトフェアに出店するようになると、他の作家との交流も生まれ、刺激も受けました」。次第に理解者が増え、ギャラリーでの取り扱いも増えた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「ありそうで、ないもの」</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji4-14.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>清岡さんが大事にしているのは「<strong>ありそうで、ないもの</strong>」。形状はシンプルで使いやすく、それでいて、どこにでもあるものではない。</p>



<p>例えば、作業場の棚に並んでいたジャグ。陶器なのに金属質な風合いもあり、アンティークのような味も感じる。鉄っぽい雰囲気をだすために、器に厚みをもたせていない。重みを感じる事を想像して持ち上げると、ギャップに声が出そうなくらい軽やかで薄い作りだ。</p>



<p>「自分が使い手だったら、何に使うか悩んだり、考えたりすることも楽しみのひとつだと思うので、<strong>使い道に自分の考えを詰め込み過ぎない</strong>ようにしてます」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">深みある色彩が魅力のオリーブ色の灰釉</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji5-12.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>最近の代表作となっているのが、<strong>オリーブ色の灰釉</strong>を使った作品。これはガス窯で冷却還元という焼成法を使うことで、流れた釉薬がグラデーションとなる。「失敗は当たり前。失敗しないと新しい発見もないので」。電気窯だときれいに仕上がりすぎ、薪窯は偶然性が高すぎコントロールできないため、ガス窯にたどり着いた。</p>



<p>ガス窯の炎が生み出す、独特の深い色合い。釉薬が作る景色はひとつとして同じものはなく、見る角度によっても表情が違う。いつまで見つめ続けても飽き足りない美しさを感じる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">理想のイメージを形にするために</h3>



<p>頭の中のアイデアを形にするため、4年ほど前から「<strong>たたら成形</strong>」も取り入れた。たたら成形とは、たたらと呼ばれる板状に伸ばした土を石膏型に押し当てて成形していく技法。主に楕円のプレートを作るときに使用しているそう。「楕円のパターンは縦横比率だけでなく、丸みを帯びていたり、細身だったり、ある意味無限なので、ろくろよりもたたらのほうが複雑な形を表現しやすいんです」。</p>



<p>作品のアイデアは、個展会場などでお客さんの反応にインスピレーションをうけることが多いという。自分の中に湧きあがった理想の形を目指し、新しい挑戦にも積極的だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">見たことのない景色を追い求めて</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji6-12.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>作業中はラジオやYouTubeで人の話す声を聞いているという清岡さん。「ずっとひとりだから人の声が恋しくなるのかも」と照れくさそうに話す様子からは、チャーミングな一面も垣間見える。</p>



<p>「自分のなかでちょうどいい感じっていうのが少しずつ変わってきている気がします。最初は装飾が多めでかっこいい器を表現しがちだったんですけど、食卓に並べると存在感が強すぎて…。土の風合いを残しつつ、他の器と一緒に並べても生活に馴染む、料理を盛っても器が主張し過ぎることなく、<strong>お互いを引き立たせるような器</strong>に変わってきました」。</p>



<p>清岡さんが次に目指す場所は海外。デンマーク、フランス、スペインなど、ヨーロッパ圏の人の反応が見てみたいと話す。ありそうでない、他の誰とも似ていない、ナショナリティを超えた作品が海外でどう受け入れられるのか楽しみだ。</p>



<p>「<strong>土と釉薬の組み合わせは無限</strong>。きっとまだ誰も気づいてない景色があるはず。誰もやらなかったことにもチャレンジしていきたい」。インタビューに淡々と答える姿のなかにも、<strong>静かな情熱</strong>が見え隠れする。従来の枠にとらわれず、ストイックに自分の表現を追い求める姿勢が、信楽焼という概念もとっぱらい、清岡幸道という新しいジャンルを生み出すことだろう。<br> </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33929/">己の感覚を信じて。釉薬で魅せる、信楽焼の陶芸家「清岡幸道」/滋賀県甲賀市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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