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	<title>和歌山県 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>和歌山県 - NIHONMONO</title>
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		<title>南高梅を世界へ、次世代へ。「紀州高田果園」高田智史さん／和歌山県日高郡みなべ町</title>
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		<pubDate>Sun, 18 Oct 2026 10:08:27 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/8fec976f201fa3e992d6b4659b3fae11.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>和歌山県みなべ町で、明治35年（1902年）から梅を育て続ける「紀州高田果園」。日本を代表する梅の品種・南高梅（なんこううめ）の発祥農園として、梅の有機栽培や加工を通して“本物の味”を追求する。代表取締役・高田智史さんが [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/8fec976f201fa3e992d6b4659b3fae11.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>和歌山県みなべ町で、明治35年（1902年）から梅を育て続ける「紀州高田果園」。日本を代表する梅の品種・南高梅（なんこううめ）の発祥農園として、梅の有機栽培や加工を通して“本物の味”を追求する。代表取締役・高田智史さんが、梅を世界へ、次世代へ繋ぐために重ねる挑戦とその思いに迫る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">江戸時代から続く梅の栽培地で育む、南高梅</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/703df56be39395255c6ca7df667f3b27.jpg" alt="" class="wp-image-55426" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/703df56be39395255c6ca7df667f3b27.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/703df56be39395255c6ca7df667f3b27-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/703df56be39395255c6ca7df667f3b27-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>収穫量は61年連続1位、国内収穫量の約6割を占める、梅の一大産地・和歌山県。中でも県中部に位置するみなべ町・田辺（たなべ）市一帯は、県内でも随一の梅の生産量を誇り、栽培の歴史は江戸時代にまでさかのぼる。</p>



<p>太平洋に面し、温暖な気候ながら、急傾斜の山林と岩混じりの痩せた土地が多かったことから、稲作には不向きだったみなべ・田辺エリア。江戸時代、このエリアを治めていた紀州藩田辺領主・安藤直次が、政策として、山頂付近に薪炭林（しんたんりん）を残し、山裾に梅林を開墾したのが梅栽培の始まり。</p>



<p>薪炭林が山の保水力を高め、山に生息するミツバチは梅の受粉に大きな役割を持つことから、同エリアの梅はすくすくと育ち、一大産業に。400年以上たった今もなお、地域の人々の暮らしを支える存在だ。2015年には、画期的な農法と梅産業から広がる文化・景観が評価され、「みなべ・田辺の梅システム」として、国連の専門機関・国連食糧農業機関が、世界農業遺産に認定している。</p>



<p>ほのかに紅色に染まった美しい実は大粒で、厚い果肉と柔らかな皮、フルーティーな香りが特徴のみなべ・田辺エリアの主力品種・南高梅。和歌山県が生産する梅の約８割が南高梅で、全国的にも知名度の高い品種だ。</p>



<p>その南高梅の“生みの親”が、1902年からみなべ町で梅栽培を続ける「紀州高田果園」。代表取締役・高田智史さんは、「私の祖父である、創始者・高田貞楠（さだぐす）が植えた梅の苗木が、南高梅の始まりです」と。</p>



<h3 class="wp-block-heading">梅農家が植えた１本の木が、日本を代表する品種「南高梅」に</h3>



<p>南高梅が誕生するまでのみなべ・田辺エリアでは、各農家で栽培する梅の品種は異なり、その数は多岐にわたった。「高田果園も、祖父が植えた梅の木の中でも、美しく大粒の梅が豊かに実る1本を“高田梅”と呼び、接ぎ木をしながら数を増やし、大切に育てていました」と高田さんは振り返る。</p>



<p>そんな中、1950年、産地のブランド力の向上や高品質の梅を安定して生産するため、この地に適した品種を一本化することを目的に「梅優良樹調査委員会」が設立。当時、地域で栽培されていた114種類の品種を対象に、「収穫量の安定性」や「実の品質」「みなべ・田辺エリアの風土への適応性」「栽培のしやすさ」などの観点から、同委員会が優良品種を調査。5年にも及ぶ審査の結果、「最も風土に適した最優良品種」と評価されたのが高田梅だ。その後、繁殖のための母樹（ぼじゅ）選定に協力した地元の高校「南部（みなべ）高校」の“南”と「高田梅」の“高”から、新たな品種は「南高」と名付けられ、1965年に種苗名称が登録。高田果園の1本の梅の木が、いまや「梅干といえば南高梅」といわれるほどの知名度にまで広がった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">南高梅発祥農園として、有機栽培で極上の一粒を</h2>



<p>梅の栽培から加工、販売まで手掛ける高田果園では、10年以上前から有機栽培に取り組み、現在は約9ヘクタールある自社農園の8割で、化学肥料や農薬を使用せず梅を栽培。同社の梅は、自然の力を生かして育てられた農産物に与えられる国家規格「有機JAS」の認証を受けている。</p>



<p>有機栽培を続けるのは、「南高梅発祥農園として、極上の一粒を届けたい」という、高田さんの強い思いからだ。手作りの堆肥で土壌を育て、実に日光が当たるよう剪定し、細かな手間を惜しまず栽培された木には、大粒で美しい実が豊かに実る。</p>



<p>高田果園では、まだ実が固い状態の青梅と、黄色に変わり柔らかな完熟梅の両方を収穫し、それぞれの特性を生かして加工する。例えば、主力商品である梅干には、まろやかな味わいと滑らかな食感に仕上がる完熟梅を。梅酒にはさわやかな香りの青梅とコクを生む完熟梅をブレンドしている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">塩漬けまでのスピードが命。完熟梅の梅干</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/74bfd974ecc7bb2fbdc983a48a0320e2.jpg" alt="" class="wp-image-55427" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/74bfd974ecc7bb2fbdc983a48a0320e2.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/74bfd974ecc7bb2fbdc983a48a0320e2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/74bfd974ecc7bb2fbdc983a48a0320e2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>梅干に使用する梅は、木から捥（も）いだものではなく、熟れて自然落下した実だけを使用する。その理由を、高田さんは「樹上でギリギリまで育ち、熟して落ちた瞬間が、我々にとっては“完熟”のサイン。香り・皮・果肉どれをとっても別格です」と話す。生の実を食べてもほのかに甘みを感じるほどだという完熟した梅は、桃のような甘い香りが漂い、薄い皮と柔らかな果肉を併せ持つ。梅干しにすると、まろやかさが際立ち口当たりも滑らかな仕上がりに。</p>



<p>しかし、果肉が柔らかいということは、その分、実が傷むのも早いということ。高田さんたちは、落下した梅を「1秒でも早く」という思いで、天候に関わらず収穫し、必ずその日のうちに塩漬けする。梅農家に言わせると、完熟梅は生ものと同じくらい足が早いものだそうで、スピーディーな収穫と塩漬けが品質に直結する。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/04f3a30ff298fcc5f245d3533e53fbb5.jpg" alt="" class="wp-image-55428" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/04f3a30ff298fcc5f245d3533e53fbb5.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/04f3a30ff298fcc5f245d3533e53fbb5-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/04f3a30ff298fcc5f245d3533e53fbb5-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>梅干は、天然塩だけで仕上げる「蔵出し白干梅」をはじめ、自社で有機栽培する紫蘇（しそ）に挟んで漬けた「昔ながらのしそ梅干」、大粒南高梅とアカシアはちみつを使用した「絹梅」、百花はちみつを使用した「真心」など、全8種類を製造。昨今、保存技術の向上や嗜好の変化から、塩分濃度が低いものや、はちみつ、だしなどの調味液で漬けた調味梅干が好まれる傾向にあるが、同社では蔵出し白干梅や昔ながらのしそ梅干もリピーターが多い人気商品。有機梅のおいしさが際立つよう、ともに塩分は18％。酸っぱさの中にもまろやかなコクが感じられる逸品だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">海外の品評会でも高評価。世界に通用する梅酒を目指して</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="639" height="426" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/ae972e1c4c4254459ffa73181be35f8e.jpg" alt="" class="wp-image-55430" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/ae972e1c4c4254459ffa73181be35f8e.jpg 639w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/ae972e1c4c4254459ffa73181be35f8e-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 639px) 100vw, 639px" /></figure>



<p>2008年、みなべ町は「梅酒特区」に認定。みなべ町産の梅を使って町内で梅酒を作る際は、酒製造免許に必要な最低製造量が緩和されたことをきっかけに、高田果園は2011年から梅酒造りを始めた。</p>



<p>梅酒造りで高田さんが大切にしているのは、素材の味わいがストレートに感じられるシンプルなおいしさ。製造する梅酒は一貫して味・色・香りなどの調整はせず、自社栽培の有機梅と砂糖、アルコールだけを使用。同じ年に収穫した梅だけで仕込むので、香りや酸味、コクなど、製造年ごとの変化が楽しめるのが特徴だ。</p>



<p>現在、同社で製造する梅酒は4種類。その中でも、有機梅と国産のブランデー、氷砂糖で仕込み、7年以上熟成させた「熟成梅酒 高田 TAKADA」は、フランスで開催される、日本の酒類を対象とした品評会「Kura Master（クラマスター）」の梅酒コンクールで、2025年度にプラチナ賞と優秀賞を獲得した自信作の一つ。高糖度による“重み”が強い梅酒が多い中、「熟成梅酒 高田 TAKADA」はしっかりと最後にキレが現れるのが特徴。雑味のない有機梅の良さがブランデーに溶け込んでいる。</p>



<p>高田果園では、2023年以降、自社の梅酒を積極的に国際的な品評会へ出品している。高田さんはその理由を「梅酒は世界で通用するのか？という疑問から」と。ヨーロッパで活躍するソムリエやシェフ、一流ホテルの関係者らが味や香りを審査する「Kura Master」は、欧州市場への発信力が強い品評会でもある。今回、上位３銘柄に与えられる優秀賞に「熟成梅酒 高田 TAKADA」は選ばれたものの、高田さんは「世界の人に梅酒を飲んでもらえているかといえば、まだまだ。常にさらにいい味を求めて、チャレンジは続けていきたいですね」と、さらなる高みを見据える。</p>



<p>そんなチャレンジ精神から生まれたのが、最高級ラインの梅酒「貞楠」だ。創始者の名前を冠した同酒は、有機梅・ブランデー・氷砂糖をオーク樽で熟成させた原酒に、さらに新たな梅を漬け込む二段仕込みを採用。「梅酒の概念を変える一杯」をコンセプトにした、樽由来のバニラ香を感じる、ふくよかで深い味わい。こちらの銘柄は、イタリア人のソムリエらが、イタリア料理との相性・デザインなどを多角的に審査する日本の酒類の国際品評会「ミラノ酒チャレンジ2025」で最上位の「マニフィカ賞（各酒カテゴリーのプラチナ賞の中でも最も優れた一本に贈られる特別賞）」 を受賞している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">本物の味を世界に、次世代に。</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/70464bd542a33091daa8e0620195c8dc.jpg" alt="" class="wp-image-55431" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/70464bd542a33091daa8e0620195c8dc.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/70464bd542a33091daa8e0620195c8dc-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/70464bd542a33091daa8e0620195c8dc-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>日本では古くから食文化の一つとして親しまれてきた梅だが、その価値は世界でまだ十分に知られていない。南高梅の発祥農家として、梅の魅力を世界へ伝えていくことが、高田さんの大きな夢だ。</p>



<p>梅の木は、植えてすぐに豊かな実を成すものではない。長期熟成の梅酒もまた、完成までに長い年月を要する。今始めた取り組みの成果を、すぐに自身が目にできるとは限らないが、「これからに繋がる仕掛けはどんどんしていきたい」と高田さんは意気込む。実直に梅と向き合い、新たな商品を生み出し、国内外に南高梅の魅力を伝えていく。その挑戦は、梅の木を大切に育ててきた祖父・貞楠の思いを受け継ぎ、次の世代へ渡していくことにも繋がる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/703df56be39395255c6ca7df667f3b27-1.jpg" alt="" class="wp-image-55432" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/703df56be39395255c6ca7df667f3b27-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/703df56be39395255c6ca7df667f3b27-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/703df56be39395255c6ca7df667f3b27-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>南高梅の礎となった母樹は、樹齢130年を超えた今も、高田果園の農園で毎年花を咲かせ、実を結ぶ。一本の梅の木から始まった南高梅の物語は、その枝を世界へ、そして次の時代へと伸ばし続けている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55418/">南高梅を世界へ、次世代へ。「紀州高田果園」高田智史さん／和歌山県日高郡みなべ町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>紀州備長炭が生まれる現場。「B-STYLE」が守る伝統の技／和歌山県日高川町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 30 Sep 2026 03:12:07 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[林業]]></category>
		<category><![CDATA[紀州備長炭]]></category>
		<category><![CDATA[白炭]]></category>
		<category><![CDATA[ウバメガシ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/b53ab2c8ae49dd213bd8f5c18196477e.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>唯一無二の品質を誇り、国内外の料理人から厚い支持を集める紀州備長炭。江戸時代から続くその製炭技術は、和歌山県の無形文化遺産に指定されている。紀州備長炭の生産量日本一の日高川町（ひだかがわちょう）で、製炭士として炭づくりを [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/b53ab2c8ae49dd213bd8f5c18196477e.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>唯一無二の品質を誇り、国内外の料理人から厚い支持を集める紀州備長炭。江戸時代から続くその製炭技術は、和歌山県の無形文化遺産に指定されている。紀州備長炭の生産量日本一の日高川町（ひだかがわちょう）で、製炭士として炭づくりを行っているのが、「B-STYLE」の湯上彰浩さんだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">紀州備長炭とは？江戸時代から続く伝統の炭</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/b0f13e7729551f5b63de1b73d964fb0e.jpg" alt="" class="wp-image-55201" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/b0f13e7729551f5b63de1b73d964fb0e.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/b0f13e7729551f5b63de1b73d964fb0e-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/b0f13e7729551f5b63de1b73d964fb0e-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>紀州備長炭は、ウバメガシやカシを原料に作られる「白炭（しろずみ）」の一種。一般的な「黒炭（くろずみ）」とは異なり、高温で焼き上げて急冷することで、硬く締まった炭に仕上がるのが特徴だ。その歴史は古く、紀州では平安時代にはすでに製炭が行われていたとされている。江戸時代には、品質の高さが評判を呼び全国へと広がった。</p>



<p>そんな歴史を背景に今も伝統的な炭づくりを受け継ぎ、紀州備長炭の一大産地となっているのが、和歌山県の中央に位置する日高川町。町名の由来となった日高川が流れ、面積のほとんどを山林が占める自然豊かな地域で、原料となるウバメガシをはじめとする広葉樹が多く自生している。</p>



<p>「現在、町内には30軒ほどの炭焼きがいます」と話すのは、同町で製炭士として紀州備長炭づくりに励む湯上彰浩さん。江戸時代から続く製炭士の家に生まれた4代目だ。高校卒業後は別の仕事を経て、30歳まで看護師として働いた後、家業である炭焼きの世界へ飛び込んだ。「決まりきった働き方は、 自分には合わなかった」と振り返る湯上さん。今は「自分たちでスケジュールを決めながら仕事ができるのが自分には合っている」と笑う。現在、先に炭焼きに従事していた弟の彰太さんや仲間とともに若手製炭士チーム「B-STYLE」を結成し、役割を分担しながら紀州備長炭づくりに取り組んでいる。「ありがたい話ですが、親父が良い炭焼きだったんで、その技術をそのまま引き継ぐことができました。ものづくりは大変ですが、その分楽しさもあります」と話す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">過酷な山仕事から始まる紀州備長炭づくり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/3ce39078ef6b9e766a522db64d7119c1.jpg" alt="" class="wp-image-55202" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/3ce39078ef6b9e766a522db64d7119c1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/3ce39078ef6b9e766a522db64d7119c1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/3ce39078ef6b9e766a522db64d7119c1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>紀州備長炭の原料の90％以上を占めるのが、ウバメガシだ。木質が緻密で硬く、炭にすると重く締まった質の高い備長炭になる。紀州備長炭づくりは、そのウバメガシを山で伐採するところから始まる。ウバメガシは傾斜のきつい中腹から山頂付近に群生することが多く、足場の悪い斜面での作業は想像以上に過酷だ。さらに、若い木を残しながら必要な木だけを選別し、原木林を守る伝統的な伐採方法が受け継がれているため、重機で一気に刈り取ることはできない。</p>



<p>湯上さんは、「伐採した木を運び出すだけでも大仕事。重機を入れてガサガサっとやれば早いんですけど、そういうわけにはいきません」と語る。急斜面では滑落の危険も常につきまとう。「擦り傷や切り傷は日常茶飯事。僕もチェーンソーで足を切って、ドクターヘリで運ばれたことがありますよ」。それでも山へ入り続けるのは、この山で育ったウバメガシこそが、高品質な紀州備長炭を生み出す原木だからだ。</p>



<p>　</p>



<h3 class="wp-block-heading">まっすぐに整えた原木を、高温の窯の中へ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/972ca865643a9f2cbdf2d7ae023946eb.jpg" alt="" class="wp-image-55203" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/972ca865643a9f2cbdf2d7ae023946eb.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/972ca865643a9f2cbdf2d7ae023946eb-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/972ca865643a9f2cbdf2d7ae023946eb-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>切り出した原木は長さをそろえ、曲がった原木には切れ目を入れてくさびを打ち込み、紀州備長炭特有のまっすぐで美しい形状に整える。その後、前回の窯出しで残った熱が冷めきらないうちに、新しい原木を窯へ。人が入れる程度まで温度が下がったところで窯に入り、原木を一本一本手作業で立てながら、隙間なくぎっしりと詰めていく。原木を立てて入れるのは、紀州備長炭づくりの特徴のひとつだ。</p>



<p>一度に窯へ入れる原木は約5トン。人が入れる温度とはいえ、温度計は約100℃を示すほどの高温だ。窯の中での作業は数人がかりで2〜3時間に及び、「夏場は地獄ですね」と湯上さんは笑う。</p>



<h3 class="wp-block-heading">見えない窯の中を“煙で読む”職人の技</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/a18da58eb600a456a9483e5580c3d469.jpg" alt="" class="wp-image-55204" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/a18da58eb600a456a9483e5580c3d469.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/a18da58eb600a456a9483e5580c3d469-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/a18da58eb600a456a9483e5580c3d469-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>窯詰めを終えると窯口を石と粘土でふさぎ、下部の雑木に火をつけて窯の温度を上げ、約1週間かけて原木の水分を抜いていく。窯の中を直接見ることはできないため、炭化の進み具合を見極める手掛かりとなるのが、煙の量や色、臭いだ。「初めは水分を含んだ白い煙が出ますが、炭化が始まるころには青みがかって、酸っぱい臭いが混じってくるんです」と湯上さん。炭化が始まると焚き口を閉じ、わずかに空気穴を残して蒸し焼きにする。</p>



<h3 class="wp-block-heading">炭の純度を高める重要な工程「ねらし」</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/00f659a85d1deac6bdc8a3ffc20ebcc6.jpg" alt="" class="wp-image-55205" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/00f659a85d1deac6bdc8a3ffc20ebcc6.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/00f659a85d1deac6bdc8a3ffc20ebcc6-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/00f659a85d1deac6bdc8a3ffc20ebcc6-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>備長炭づくりでは、薪の火を直接原木へ移してはいけない。十分に乾燥した原木は、窯の温度が上がることで上層部から自然発火し、その火がじわじわと広がりながら炭化が進む。火力が強すぎれば、一晩で燃え尽きてしまうこともあるため、自然発火した炭材が炎を立てないよう、約1週間かけてゆっくりと炭化を進めていくことが重要だ。</p>



<p>空気を調整し、火力の“良い塩梅”を見極めるのが、製炭士の腕の見せどころ。判断が遅れれば、酸素が入りすぎて火力が強くなり、炭が焼けてしまう。煙のわずかな変化を読み取り、最適な瞬間を逃さないことが求められる。「自然発火が始まるタイミングでの火力調整が命。そのタイミングって、もう数分の勝負なんですよ」と湯上さんは話す。</p>



<p>炭化の最終段階では、煙の色が青色から無色になる。このときに行うのが、炭に含まれる不純物を燃やし切るための作業「ねらし」だ。焚き口を少しずつ広げて空気を送り込み、やがて窯の中の温度は1000℃を超える高温に。この過程によって、炭素の純度の高い炭へと仕上がっていく。</p>



<p>十分に焼き上がったところで、「窯出し」へ。明るいオレンジ色に熾（いこ）った炭を窯から掻き出し、土と灰を混ぜた「素灰（すばい）」をかけて燃焼を止める。このとき表面に白い灰が付着することが、「白炭」と呼ばれる由来だ。 この急冷によって、ギュッと硬く締まった紀州備長炭が完成する。</p>



<h2 class="wp-block-heading">料理人を魅了する紀州備長炭の力</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/c4062bca4e8c12b34724f19e4c95eb6f.jpg" alt="" class="wp-image-55206" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/c4062bca4e8c12b34724f19e4c95eb6f.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/c4062bca4e8c12b34724f19e4c95eb6f-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/c4062bca4e8c12b34724f19e4c95eb6f-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>幾重もの工程と職人の技によって生み出される紀州備長炭。その大きな特徴は、高い炭素率にある。一般的な黒炭の炭素率が70〜80％程度なのに対し、紀州備長炭は90％以上。一度火が入ると長時間安定した火力が保たれ、焼き物の脂やタレが炭に落ちて一度火が弱くなっても、またしっかり火が戻ってくる。炎や煙が立ちにくく、余分な香りもつきにくい。</p>



<p>湯上さんらが手掛ける紀州備長炭の出荷先は、ミシュラン掲載店をはじめとした県内外の名だたる料理店。素材本来の味を損なわず、繊細な火入れが求められる焼き鳥やうなぎ、日本料理などの現場で高く評価されている。</p>



<p>炭づくりを実際に見ようと、遠方から工房を訪れる料理人も少なくない。良い炭を作ることに全力を注ぎ、その先でどう使うかは、使い手に委ねている湯上さん。それでも、炭づくりについて熱心に学ぼうとする料理人の姿を見ると、「関心を持って大事に使ってくれているんだな」と感じ、作り手としてのやりがいにつながっているという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">“これぞ紀州備長炭！”という炭を目指して</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/2fbd3478e2e5c5083c8cd02ffe52cdca.jpg" alt="" class="wp-image-55207" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/2fbd3478e2e5c5083c8cd02ffe52cdca.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/2fbd3478e2e5c5083c8cd02ffe52cdca-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/2fbd3478e2e5c5083c8cd02ffe52cdca-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>紀州備長炭のクオリティを左右するのは、炭焼きがどれだけ上手くできるかどうか。「ここまでの製法を築き上げた昔の人たちは本当にすごいと思います。ただ、同じ製法で焼いても、やっぱり職人によって炭の出来は変わってくるんです」。そう話す湯上さんにとって、大きな目標となっているのが父の存在だ。</p>



<p>「うちの先代は、本当に炭づくりが上手でした。親父のような炭を焼ければ、どこに出しても恥ずかしくない。“これぞ紀州備長炭！”という炭なんです」。目指すのは、父が焼いたような高品質の炭を、安定して作り続けること。</p>



<p>季節や木の状態、ほんのわずかな火加減の違いによって仕上がりが変わる炭づくり。湯上さんは、「ものづくりとして、良いものを作る」ということを意識しながら、季節ごとの違いや窯の癖、一つひとつの変化と向き合い、ときにはベテランの炭焼きたちの話に耳を傾け、経験を積み重ねている。</p>



<p>「紀州備長炭は、ハイクオリティであることがブランドとしての大前提。先人の技を受け継ぎながら、そのクオリティを維持していきたいですね」と湯上さん。</p>



<p>原木を山から運び出し、煙の色や臭いを読み、わずかな火加減を見極める。そうした地道な仕事の積み重ねによって生まれる紀州備長炭が、これからも料理人の技と日本の食を支えていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55192/">紀州備長炭が生まれる現場。「B-STYLE」が守る伝統の技／和歌山県日高川町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>煤を採り、墨を生み出す。たった一人の職人「墨工房 紀州松煙」堀池雅夫さん／和歌山県田辺市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 31 Aug 2026 08:06:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[松煙墨]]></category>
		<category><![CDATA[松煙煤]]></category>
		<category><![CDATA[彩煙墨]]></category>
		<category><![CDATA[墨絵]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/6bf51ac442d24835b3363e00ffd79cb1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>紀伊山地の山奥で、約1000年前から続く「松煙煤」と約2000年の歴史を持つ「松煙墨」を作り続ける唯一の職人、「墨工房 紀州松煙」の堀池雅夫さん。100時間炎を操る伝統製法を守りながら、煤（すす）と膠（にかわ）だけで作る [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55158/">煤を採り、墨を生み出す。たった一人の職人「墨工房 紀州松煙」堀池雅夫さん／和歌山県田辺市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/6bf51ac442d24835b3363e00ffd79cb1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>紀伊山地の山奥で、約1000年前から続く「松煙煤」と約2000年の歴史を持つ「松煙墨」を作り続ける唯一の職人、「墨工房 紀州松煙」の堀池雅夫さん。100時間炎を操る伝統製法を守りながら、煤（すす）と膠（にかわ）だけで作る一丁一丁の墨に思いを込めている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">紀伊山地の山奥で伝統を紡ぐ「松煙煤」と「松煙墨」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/ae9d1b6222dabe48bd289427f2c6b150.jpg" alt="" class="wp-image-55173" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/ae9d1b6222dabe48bd289427f2c6b150.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/ae9d1b6222dabe48bd289427f2c6b150-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/ae9d1b6222dabe48bd289427f2c6b150-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>平安時代、熊野詣（くまのもうで）で多くの参詣者が歩いた熊野古道・中辺路（なかへち）。「墨工房 紀州松煙」の工房は、その玄関口にあたる田辺市鮎川の人里離れた山村にある。静岡県出身の堀池雅夫さんは紀南に移り住み、妻の実家の家業であった「松煙づくり」を継承。かつては田辺市の市街地に工房を構えていたが、「煙」を扱う仕事ゆえ約35年前に現在の場所に移転し、約40年にわたり伝統の技を守り続けている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">江戸時代から続く製法を受け継ぐ唯一の職人</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/471b17bbe9d890a2389ad2382cb30871.jpg" alt="" class="wp-image-55174" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/471b17bbe9d890a2389ad2382cb30871.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/471b17bbe9d890a2389ad2382cb30871-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/471b17bbe9d890a2389ad2382cb30871-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「松煙」とは、脂分を含んだ粘り気のある樹液「松脂（まつやに）」の多い松の木を不完全燃焼させたときに、壁面などに付着する煤を集めた炭素黒色顔料のことを指す。堀池さんは、約400年前、江戸時代に紀州に伝えられた、100時間近く炎を管理する「障子焚（しょうじだき）方式」という伝統製法で、きめ細かな煤を採取している。今、この技法で「松煙」を作り続ける職人は、堀池さんたった一人だという。さらに、自ら採煙した「松煙煤（しょうえんばい）」を使って、水墨画や書道に用いられる固形墨「松煙墨（しょうえんぼく）」にまで仕上げる墨職人でもある。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「木の国」の風土に育まれ、紀州徳川家の保護下で発展</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/8e4088888be345198e9339c297b1522d.jpg" alt="" class="wp-image-55175" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/8e4088888be345198e9339c297b1522d.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/8e4088888be345198e9339c297b1522d-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/8e4088888be345198e9339c297b1522d-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>和歌山県は県土の約77％を森林が占めることから「木の国」と呼ばれ、古くから人々は山の恵みを生かして暮らしてきた。「海と山に囲まれ、平地の少ない紀州で、備長炭を焼くか、松煙を採るか。山仕事や狩猟に携わるか…。そうして昔は、みんな食ってきたんですよ」と堀池さんは言う。</p>



<p>紀州で松煙は江戸時代に、紀州徳川家の保護下で発展。明治から大正にかけては、田辺の墨匠（ぼくしょう）・鈴木梅仙（ばいせん）が全国にその名を広め、「梅仙墨（ばいせんぼく）」は今もなお古墨の名品として書家や愛好家から高い評価を受けている。しかし、昭和に入り戦後の高度経済成長とともに工業化が進み、人々は山を離れてまちで働くようになった。林業や松煙づくりの担い手は次第に減り、紀州で栄えた伝統産業は衰退の一途をたどっていく。　</p>



<h3 class="wp-block-heading">原料は松脂をたっぷり含んだアカマツ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/aac1188323e79730c1a97a2e795deec4.jpg" alt="" class="wp-image-55176" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/aac1188323e79730c1a97a2e795deec4.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/aac1188323e79730c1a97a2e795deec4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/aac1188323e79730c1a97a2e795deec4-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>堀池さんの松煙づくりには、松の中でもアカマツが使われる。「クロマツでもできますが、クロマツは海辺に多く自生する木。冷涼な高原や山地で育つシラカバも樹脂が多くてよく燃えますが、温暖な和歌山ではほとんど見られません。この辺りの山の中だと、必然的にアカマツになるんです」と説明。ただ、昨今はその「松集め」に苦労しているという。アカマツは幹を傷つけたり、皮を剥いだりすると松脂がにじみ出る。半年ほどすると再び樹脂がたまるため、もう一度皮を剥ぐという作業を繰り返し、一昔前は、山で500～600本の松の木を管理していると、10年分ほどの原料が確保できたそうだ</p>



<h3 class="wp-block-heading">500kgのアカマツから採れる松煙煤はわずか10kg</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/6fb636b89c073027a1e8eb81791d8d70.jpg" alt="" class="wp-image-55177" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/6fb636b89c073027a1e8eb81791d8d70.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/6fb636b89c073027a1e8eb81791d8d70-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/6fb636b89c073027a1e8eb81791d8d70-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>しかし、山林を取り巻く環境は大きく変わり、今は山仕事に携わる人たちにお願いして、山で朽ちた倒木のアカマツを集めてもらっているが、森林伐採も人力から機械化が進む中で、それすらも困難になってきているのが実情。「500kgのアカマツから作ることができる松煙煤はわずか10kg程度なんです」。だからこそ、一片たりとも無駄にはできない。見せてもらったアカマツの切り口には、飴色の松脂がたっぷりと含まれていた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">100時間絶やすことのない火</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/8360fd6c2ac8d5832f9f7f2bd2dfacfb.jpg" alt="" class="wp-image-55178" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/8360fd6c2ac8d5832f9f7f2bd2dfacfb.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/8360fd6c2ac8d5832f9f7f2bd2dfacfb-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/8360fd6c2ac8d5832f9f7f2bd2dfacfb-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>採煙を行う「煤採取工房」は薄暗く、もちろん煤で真っ黒。2畳ほどの小部屋が10室ほど並び、それぞれが目の細かな金網で仕切られている。昔は障子で仕切られていたが、火災の危険性を考慮し、現在の形へと改められた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">松片は不完全燃焼</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/8247a4ab9527ff20202b10c7231603fe.jpg" alt="" class="wp-image-55179" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/8247a4ab9527ff20202b10c7231603fe.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/8247a4ab9527ff20202b10c7231603fe-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/8247a4ab9527ff20202b10c7231603fe-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>各小部屋には、火種を入れるための小窓があり、松片を焚（く）べて順番に不完全燃焼させていく。小部屋を一巡すると、最初に燃やした松片がちょうど燃え尽きる頃合いとなり、再び松片をくべる。この作業を繰り返しながら、炎を絶やさず管理し続ける工程は、実に100時間にも及ぶ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">辛抱強く小さい火で細かい粒子に</h3>



<p>「100時間通しではできませんので、何時間か作業をした後火を消して、また続きからというやり方ですが。辛抱強く小さい火で長い時間かけて燃やせば細かい粒子の、大窯で一気に燃焼させれば大きい粒子の煤になります。昔は問屋さんが粒子の細かさによる色味の違いで等級をつけていたらしいです」と堀池さんは話す。</p>



<p>100時間かけて松片を燃やし、手作業で採煙された「松煙煤」はゴミを取り除き、圧縮機にかけて空気を抜く。そして、「墨製造工房」で、墨へと形を変えていく。</p>



<h2 class="wp-block-heading"> 原料も製法も2000年前と変わらない墨</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/1ef537ac9391b7f5d56d43cb5be9649d.jpg" alt="" class="wp-image-55181" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/1ef537ac9391b7f5d56d43cb5be9649d.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/1ef537ac9391b7f5d56d43cb5be9649d-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/1ef537ac9391b7f5d56d43cb5be9649d-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>墨の原料となる黒色顔料には、松脂を燃やして採る「松煙」、菜種油やごま油などの植物油を燃やして採る「油煙（ゆえん）」、石油などを原料に工業的に製造される「カーボンブラック」がある。それらに動物の皮や骨、腱などから作る天然の接着剤「膠」 を加えて練り、固形の墨に仕上げていく。</p>



<h3 class="wp-block-heading">煤の粒子が墨の性質を決める</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/78c2930a92b9bc06396592df2404a365.jpg" alt="" class="wp-image-55182" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/78c2930a92b9bc06396592df2404a365.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/78c2930a92b9bc06396592df2404a365-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/78c2930a92b9bc06396592df2404a365-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「私が作る『松煙墨』は、『松煙煤』に膠を混ぜて練り、固めて乾燥させるだけ」。その原料や製法は、およそ2000年前、漢の時代の中国で作られた墨と同じ。「単純だからこそ、2000年もの間生き残っているんですよ」と堀池さんは言葉を重ねる。煤が6に対し、膠が4の配合で、強力粉に水を加えてパン生地にするような感覚で、素手で丁寧に粘土状に練っていく。気温や湿度によって配合は微調整するものの、6:4の比率は職人の感覚と経験から導き出した黄金比だ。しかし、堀池さんは配合よりも、「煤の粒子と膠の良し悪しが、墨の性質を決める」と強調する</p>



<h2 class="wp-block-heading">手をかけて仕上げる乾燥工程</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/4cef02c59761089173b38882b6d03a27.jpg" alt="" class="wp-image-55183" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/4cef02c59761089173b38882b6d03a27.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/4cef02c59761089173b38882b6d03a27-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/4cef02c59761089173b38882b6d03a27-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>乾燥も気の抜けない工程だという。成形した墨は、新聞紙に包んで木箱の灰の中に埋め、季節にもよるが約1ヵ月、大きいものなら2〜3ヵ月かけてじっくりと水分を抜いていく。その間、新聞紙を取り換え、向きを変えながら、まっすぐな墨に仕上がるよう幾度となく手を入れる。灰乾燥を終えた墨は、次は毛布に包んで自然乾燥。天井から吊るしたり、ざるに入れたりとその乾燥方法は工房によってさまざまだが、毛布で一定の温度を保ちながら、内側からゆっくりと水分を抜いていく方法は、堀池さんが長年の経験から編み出した知恵だ。乾燥の工程もしかり、100時間火を焚べ続ける採煙もしかり、墨づくりは冬の方が向いているという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">最大の特徴は「にじみ」の面白さ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/a979185fd8cec423318a30cde7e17ca7-1.jpg" alt="" class="wp-image-55184" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/a979185fd8cec423318a30cde7e17ca7-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/a979185fd8cec423318a30cde7e17ca7-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/a979185fd8cec423318a30cde7e17ca7-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>工房には、「墨の芸術展」の審査員やNHK学園水墨画講師を務める、墨画GROUP82主宰･松下黄沙氏が「彩煙-墨五彩」を使用して描いたナマハゲも飾られている。同氏は堀池さんが尊敬する墨絵画家のひとりだが、じつは堀池さん自身も自ら作った松煙墨を使ってやさしく、かわいらしい文字や絵を描き、墨絵の体験教室を開くなど、墨絵画家の側面も持っている。</p>



<p>そんな堀池さんが語る「松煙墨」の最大の特徴は、「にじみ」の面白さ。「墨で紙に文字を書いたり、絵を描いたりすると、墨の線や点がその輪郭からじわじわと外側へ広がっていく。それが妙味」と、長年、墨と向き合ってきた表現者らしい言葉である。</p>



<h3 class="wp-block-heading">不ぞろいな粒子が生み出す豊かな表現</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/c0e255c9a8c6577911c20a4b17f733da.jpg" alt="" class="wp-image-55185" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/c0e255c9a8c6577911c20a4b17f733da.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/c0e255c9a8c6577911c20a4b17f733da-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/c0e255c9a8c6577911c20a4b17f733da-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>その「にじみ」に、堀池さんが繰り返し述べる「煤の粒子が墨の性質を決める」という信念が結び付く。墨を水で磨った「墨液」は、煤が水に溶けているのではなく、煤の粒子を包んだ膠が水の中で分散している状態で、それらが和紙の繊維に引っかかり、大きな粒子は手前でとどまり、小さな粒子ほど奥へ奥へと進んでいく。もちろん、「油煙墨」やカーボンブラックを使った墨にも「にじみ」はある。しかし、これらは粒子の大きさが均一で、画一的な「にじみ」になるのが「松煙墨」との違い。堀池さんの言う「火の勢いや燃え方によって大きさがばらつく不ぞろいな粒子」が、味わい深い「にじみ」となって、書や絵に豊かな濃淡や奥行きを生み出すのである。</p>



<h3 class="wp-block-heading">伝統を礎に生まれた40色の「彩煙墨」</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/99439d0f1764fa9519cb41ce9b2e0a41.jpg" alt="" class="wp-image-55186" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/99439d0f1764fa9519cb41ce9b2e0a41.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/99439d0f1764fa9519cb41ce9b2e0a41-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/99439d0f1764fa9519cb41ce9b2e0a41-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>堀池さんは、松煙墨の伝統を守る傍ら、20年ほど前から、藤色や牡丹色、利休茶色などの日本の伝統色に加え、金色や銀色、白色といった色墨も手がけている。「弁柄（べんがら）」や「黄土（おうど）」などの顔料に膠を合わせ、約40色を商品化。「彩煙墨（さいえんぼく）」と名付けた色墨は、混色によって表現の幅が広がるだけでなく、「重ね描き」にも適している。絵の具は一度塗った色の上に重ねると、下の色がにじみやすい。一方、墨は乾くと水をかけてもにじみにくく、重ねた色が美しく発色するため、黒墨の上に色墨を重ねることも可能だ。</p>



<p>「『彩煙墨』を作れるのは、私の墨づくりは乳鉢で顔料と膠を混ぜ合わせ、少量ずつ手練りで仕上げているから。機械だと黒い墨の色が残り、白や淡い色を美しく仕上げることは難しいでしょう」と堀池さんは誇らしげに話す。</p>



<p>顔料によって膠の配合も変えるなど、一色一色に職人の経験と勘も息づいている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">墨の文化、欧米へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/a371ee65c519cb53a653707ce1fd5d56.jpg" alt="" class="wp-image-55187" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/a371ee65c519cb53a653707ce1fd5d56.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/a371ee65c519cb53a653707ce1fd5d56-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/a371ee65c519cb53a653707ce1fd5d56-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>紀州の山奥で、「松煙煤」と「松煙墨」を作り続ける堀池さんに弟子はいない。原料となるアカマツの確保も年々難しくなり、日本の伝統的な製法を用い、職人の手作業で一つひとつ作られる純国産の「和膠（わこう）」を製造する工房も15年ほど前に廃業。さらに、墨を成形するための木型を作る職人も高齢化している。それでも百貨店の催事などに足を運び、一丁一丁の墨に込めた思いを伝え続けている。</p>



<p>「外国人の方がすごく興味を示してくれるんですよ。もう20年若ければ、絶対に世界へ行っていましたね」</p>



<p>そう笑う堀池さんが見据えるのは、世界へ広がる可能性。日本では、書道教室でも墨汁を使うことが増え、自ら墨を磨る文化は少しずつ遠ざかりつつある。一方、海外では日本文化への関心の高まりを背景に、墨に魅力を感じ、実際、西洋書道とも呼ばれる「カリグラフィー」に彩煙墨を使う人もいるという。</p>



<p>「日本には『にじみ』を美しさとして受け入れる文化があります。対して、欧米では線を正確に描く表現が主流です。だからこそ、墨が広がれば、また違った使い方をするかもしれないし、新しい文化が生まれるかもしれません」</p>



<p>1000年以上受け継がれてきた「松煙煤」と、約2000年の歴史を持つ「松煙墨」。その技と表現を胸に、和歌山の小さな工房から世界へ向けて静かに闘志を燃やしている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55158/">煤を採り、墨を生み出す。たった一人の職人「墨工房 紀州松煙」堀池雅夫さん／和歌山県田辺市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>和歌山の梅を、酒と健康の価値へ。「中野BC」90余年の探究／和歌山県海南市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 17 Aug 2026 08:39:07 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[サワーの素]]></category>
		<category><![CDATA[酒造]]></category>
		<category><![CDATA[梅酒]]></category>
		<category><![CDATA[長久庵]]></category>
		<category><![CDATA[バイオケミカルクリエーション]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/a7977f16a8ed83312134823d1b216c60.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>熊野三山（くまのさんざん）への参詣道として、多くの人が歩いた熊野古道。そのうち、和歌山を南へたどる「紀伊路（きいじ）」は、海南市にある藤白（ふじしろ）地区を通っている。 近くには、旅人が道中で参拝した「熊野九十九王子（く [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/a7977f16a8ed83312134823d1b216c60.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>熊野三山（くまのさんざん）への参詣道として、多くの人が歩いた熊野古道。そのうち、和歌山を南へたどる「紀伊路（きいじ）」は、海南市にある藤白（ふじしろ）地区を通っている。 近くには、旅人が道中で参拝した「熊野九十九王子（くじゅうくおうじ）」のひとつで、特に格式が高いとされた藤白王子の旧跡･藤白神社があり、その境内には、全国の「鈴木さん」のルーツとされる鈴木屋敷が残る。熊野から移り住んだ鈴木一族は、この地を拠点に熊野信仰を全国へ広めたと伝わり、藤白は古くから人や文化が行き交う場所だった。そんな藤白に居を構え、わずか3代で和歌山県トップクラスの生産量へと成長した酒造会社「中野BC」がある。</p>



<h2 class="wp-block-heading">酒蔵への夢から始まった、挑戦の歴史</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/d70e7cef71d3224f35e01531fec77151.jpg" alt="" class="wp-image-55141" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/d70e7cef71d3224f35e01531fec77151.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/d70e7cef71d3224f35e01531fec77151-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/d70e7cef71d3224f35e01531fec77151-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>中野BCの創業は1932年にさかのぼる。代表取締役社長･中野幸治さんの祖父は酒造りへの夢を抱いていたが、当時、酒蔵を始めるには酒造免許の取得に加え、多額の資金が必要だった。そこでまず、「中野醤油店」として醤油造りを始め、事業の礎を築きながら、酒造りに乗り出す時を待った。</p>



<p>「祖父は酒造りへの憧れを胸に抱きながら、まずは醤油事業で足元を固めたそうです」と、中野さんは、簡単にはかなわなかった祖父の夢と、そのために重ねた歳月を静かに振り返る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">時代に寄り添う酒造り</h3>



<p>創業から17年を経た1949年、醤油事業を通じて酒造りに乗り出す基盤が整い、念願の酒造業へと踏み出した。最初に手がけたのは焼酎。日本を象徴する富士山と、蔵を構える海南市藤白（ふじしろ）の名を重ね、「富士白（ふじしろ）」と名付けた。醤油造りで事業の礎を築きながら、長年待ち続けた創業者の夢が、ようやく形になった。</p>



<p>それから9年後の1958年には、日本酒造りへの参入に伴い、「中野酒造」へ社名を変更。今日まで親しまれている銘柄「長久（ちょうきゅう）」が誕生した。県内で62番目の造り酒屋という後発の蔵で、 当初は販売に苦戦したという。それでも、日々の食卓で親しまれる酒を目指し、品質に磨きをかけながら地道にものづくりを重ねてきた。</p>



<p>受け継がれてきた酒造りも、時代とともにその姿を変えている。現在の日本酒が目指すのは、しっかりとしたうま味がありながら、口の中ですっとほどけるような軽やかさ。料理の味を引き立て、飲み進めても重さを感じさせない酒へと、時代の嗜好（しこう）に寄り添いながら酒質を磨き続けている。</p>



<p>やがて、酒造りの領域は梅酒へと広がり、発酵や抽出などの技術を生かした健康食品の開発にも着手した。酒造会社として積み重ねてきた知識を、酒だけにとどめず、新たな分野へと展開していったのである。</p>



<p>その姿勢を社名にも表したのが、2002年の「中野酒造」から「中野BC」への変更だった。「BC」は、「生化学の創造」を意味する「バイオケミカルクリエーション」に由来する。酒類と健康食品の両分野で研究開発を進め、和歌山の素材が持つ力を引き出し、新たな価値へとつなげていく。そこには、創業以来受け継がれてきた探究の精神が込められている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">年間1000ｔ以上の梅と向き合う</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/3a87169e1ca1ce4e887770c1a3e02fa1.jpg" alt="" class="wp-image-55142" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/3a87169e1ca1ce4e887770c1a3e02fa1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/3a87169e1ca1ce4e887770c1a3e02fa1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/3a87169e1ca1ce4e887770c1a3e02fa1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>醤油醸造から酒造りへと歩みを進めた中野BCが、紀州の梅を原料とする梅酒の製造を始めたのは1979年。現在では、梅酒や梅エキス、梅果汁などの梅関連商品が、収益を支える大きな柱となっている。 毎年1000ｔ以上の梅を仕入れ、用途や品種、収穫時期に応じて加工しているという。&nbsp;</p>



<p>品質を磨き続け、1990年には梅酒が世界的な品質審査「モンドセレクション」で金賞を受賞した。&nbsp;</p>



<h3 class="wp-block-heading">収穫の時期で変わる、梅の香りと味わい </h3>



<p>梅酒蔵に足を踏み入れると、目の前に現れるのは、40基を超える巨大なタンク。中では、梅の香りや酸味が酒へとゆっくり溶け込み、時間を味方につけながら、ひとつの味わいへと育っていく。</p>



<p>同じ品種の梅でも、収穫する時期によって香りや酸味、果実の状態は異なるという。</p>



<p>青さが残る早い時期の梅は、爽やかで若々しい香りを生む。一方、太陽を浴びて紅色に染まった梅は、より華やかで豊かな香りを持つ。中野さんは「造りたい梅酒の味わいを思い描き、それに合ったタイミングで収穫された実を選ぶことが重要だ」と話す。</p>



<p>さらに、理想の味わいだけでなく色も表現するために梅の品種も使い分ける。梅の生産量日本一を誇る和歌山県の梅の中でもとりわけ名が知れた「南高梅」だけに頼らない。梅とスモモを交配して作られ、果肉まで赤く色づく「露茜（つゆあかね）」や、果皮が鮮やかな紅紫色をした小梅「パープルクイーン」など品種ごとの特性を追究 。品種や熟成年数の異なる原酒を、ワインのブレンドのように組み合わせる「アッサンブラージュ梅酒」 の開発にも取り組んでいる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">梅の個性を引き出す、時間と技術 </h3>



<p>基本となる梅酒は、梅、砂糖、ホワイトリカーをタンクに入れて仕込む。</p>



<p>仕込みから半年ほどたったところで梅の実を取り出し、さらに時間をかけて熟成。梅に由来するえぐみが落ち着き、香りや酸味、甘みが調和した梅酒へと育てていく。中には10年以上熟成させた原酒も保管されているそうだ。</p>



<p>梅酒は甘い酒という印象を持たれやすい。しかし、ただ甘くするだけでは飲み飽きてしまう。甘みを支える酸味や、後味を引き締める要素をどのように設計するか。そのバランスに、造り手の経験と技術が表れる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">家庭の味から、世界へ広がる梅酒 </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/d38a8793da1d2cb5f1bf05795f2cb4b4.jpg" alt="" class="wp-image-55143" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/d38a8793da1d2cb5f1bf05795f2cb4b4.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/d38a8793da1d2cb5f1bf05795f2cb4b4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/d38a8793da1d2cb5f1bf05795f2cb4b4-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>梅の産地･和歌山では、収穫した梅を家庭で漬ける習慣が根付き、梅酒は長く「家で造るもの」として親しまれてきた。そのため、梅、砂糖、ホワイトリカーで仕込むだけでは自家製との違いを打ち出しにくく、商品として定着させるのは容易ではなかったという。</p>



<p>そこで中野BCは、赤じそや緑茶、果物を組み合わせるなど、家庭では造りにくい味わいを追求。2000年前後には健康志向の高まりを背景に、梅酒が女性を中心に注目されるようになり、日本酒やウイスキーをベースにしたもの、果汁を加えたものなど、楽しみ方も大きく広がっていった。</p>



<p>現在、中野BCが手がける梅酒は約30種類。梅の品種や熟成年数の違いを生かした本格梅酒から、レモンや緑茶などを合わせた親しみやすい商品まで、多彩な味わいを展開している。</p>



<p>その梅酒は、いまや海外事業を支える中心的な存在だ。中国や台湾、香港、韓国をはじめ、タイ、シンガポール、アメリカ、フランス、イタリア、ドイツなど約30カ国へ輸出。梅になじみのあるアジアだけでなく、リキュール文化が根付く欧米でも受け入れられている。</p>



<p>各家庭で育まれてきた梅酒は、造り手の工夫によって商品としての個性を備え、海外で「UMESHU」と呼ばれ、親しまれる存在へ 。和歌山の暮らしに根付いた一杯が、海を越え、新たな飲み手との出会いを広げている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本庭園と酒蔵がつなぐ、ものづくりと観光 </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/59f8c19f0832350ce5387febfaaefcc5.jpg" alt="" class="wp-image-55144" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/59f8c19f0832350ce5387febfaaefcc5.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/59f8c19f0832350ce5387febfaaefcc5-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/59f8c19f0832350ce5387febfaaefcc5-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>約1万坪の敷地のうち、半分ほどを占める広大な日本庭園。庭園内にある池は、もともと焼酎を蒸留する際の冷却水を確保するために造られたものだった。その後、酒蔵を訪れる人を迎える場として整備され、現在は錦鯉や白鳥が泳ぐ、緑豊かな風景が広がっている。</p>



<p>池の広さは約3000坪。庭園は創業者自らが手を入れ、長い年月をかけて形づくってきたという。酒造りに欠かせない水を支えた池が、今では酒蔵の歴史と和歌山の豊かな自然を伝える場所となっている。</p>



<p>中野BCは、以前から酒蔵見学などの観光事業にも力を入れてきた。製造現場を開き、酒造りの歴史や技術を伝えることは、訪れる人に楽しんでもらうだけでなく、働くスタッフの意識を高めることにもつながっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">酒蔵を、地域と人が集まる開かれた場所へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/e614da490e2b5107900a5448d31250ce.jpg" alt="" class="wp-image-55145" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/e614da490e2b5107900a5448d31250ce.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/e614da490e2b5107900a5448d31250ce-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/e614da490e2b5107900a5448d31250ce-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p> 2026年4月、中野BCは直営店「長久庵（ちょうきゅうあん）」を、本社向かいに移設し、リニューアルオープンした。以前の売店は酒蔵の敷地内にあり、初めて訪れる人にとっては、少し足を踏み入れにくい場所だったという。</p>



<p>新たな「長久庵」には、日本酒や梅酒、健康食品をはじめ、直営店ならではの商品が並ぶ。試飲を楽しめるコーナーに加え、同じ海南市にある黒沢牧場が手がけたジェラートも登場。牧場のミルクを生かした「ミルク」のほか、梅やまりひめ、三宝柑、ほうじ茶など、和歌山の素材を取り入れた味わいがそろい、酒を飲まない人や子ども連れの家族も楽しめる。</p>



<p>酒を買うためだけの売店から、地域の人や観光客が気軽に立ち寄り、中野BCのものづくりや和歌山の味に触れられる場所へ。酒蔵と人との距離を近づける、新たな入り口が生まれている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自分の手で仕込み、梅の変化を楽しむ </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/fc7e63062e0b0d363f9cd6b3361c581a.jpg" alt="" class="wp-image-55146" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/fc7e63062e0b0d363f9cd6b3361c581a.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/fc7e63062e0b0d363f9cd6b3361c581a-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/fc7e63062e0b0d363f9cd6b3361c581a-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「長久庵」に隣接する梅酒づくり体験施設では、 自分だけの一瓶を仕込む体験も行っている。</p>



<p>まずはボトルを消毒し、梅を一粒ずつ丁寧に拭いて、竹串でヘタを取り除く。下ごしらえを終えた梅と氷砂糖を瓶に重ね、最後にホワイトリカーを注げば、仕込みは完了。</p>



<p>ひとつひとつの作業はシンプルだが、瓶の中では、仕込んだ直後から目に見えない変化が始まる。 砂糖は甘みを加えるだけでなく、浸透圧によって梅に秘められた香りや酸味を引き出す役割も担うとのこと。</p>



<p>使う砂糖の量や種類によって、出来上がる梅酒の表情もさまざま。氷砂糖なら澄んだ甘みに、てんさい糖ならやわらかな風味に、蜂蜜を使えば、ふくよかなコクが加わる。半年後の味わいを思い描きながら仕込む時間もまた、梅酒造りの楽しみだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">味を思い描きながら </h3>



<p>仕込んだ梅酒は自宅へ持ち帰り、最初の約3カ月は瓶を時々上下に返して、砂糖と梅をゆっくりとなじませていく。その後、さらに約3カ月寝かせると、待ちに待った飲み頃に。</p>



<p>瓶の中では、氷砂糖が少しずつ溶け、透明だった液体がゆるやかに琥珀色へと変わっていく。その移ろいを見守る時間も、自分で仕込んだからこそ味わえる楽しみのひとつだ。</p>



<p>酒蔵で育つ一本にも、家庭で漬ける一瓶にも、流れる時間は同じ。梅の香りや酸味をじっくりと引き出し、ひとつの味わいへと育てていく。そこには、昔から受け継がれてきた梅酒造りの知恵が息づいている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">酒造りの技術と研究を、新たな価値へ </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/124428d7dc3f55c707eb2b56a62c8ebf.jpg" alt="" class="wp-image-55150" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/124428d7dc3f55c707eb2b56a62c8ebf.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/124428d7dc3f55c707eb2b56a62c8ebf-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/124428d7dc3f55c707eb2b56a62c8ebf-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>酒造りを通して磨いてきた技術は、酒だけに生かされているわけではない。中野BCでは、発酵や抽出、培養に関する知識を応用し、健康食品や香りを生かした商品へと事業の幅を広げている。&nbsp;</p>



<p>一見すると、それぞれ異なる分野のように見える。しかし、根底にあるのは、素材を丁寧に見つめ、研究を重ねながら、その中に眠る力を引き出そうとする姿勢だ。</p>



<p>掲げる社是は、「衆智を持って常に創造せよ」。社員一人ひとりが持つ知恵や経験を集め、新しい商品や技術、価値を生み出していく。その言葉を体現するように、酒蔵で培われた技術は、和歌山の素材を生かす新たなものづくりへとつながっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">和歌山の恵みを、酒と香りに </h3>



<p>梅だけではない。ミカンや山椒（サンショウ）、ジャバラ、スギ、ヒノキなど、和歌山には土地の風土を映す多彩な素材がある。</p>



<p>中野BCでは、それぞれの香りや味わいを酒に生かしてきた。そのひとつが、富士白蒸留所のクラフトジンだ。「槙‐KOZUE‐」にはコウヤマキを中心に、温州ミカンやレモンの皮、山椒の種を使用。「香立‐KODACHI‐」には、紀州杉や紀州ヒノキ、かんきつの皮、山椒の種などを組み合わせている。温州ミカンと山椒はいずれも、和歌山県が生産量全国一を誇る特産物。紀州杉や紀州ヒノキも、山林に恵まれた和歌山の風土を映す素材だ。 森を思わせる香りに、かんきつの爽やかさや、山椒がもたらす後味の切れを重ね、和歌山の風景を一杯の中に表現している。</p>



<p>酒だけでなく、素材から香りの成分を取り出す技術を生かし、山椒などを使ったアロマオイルの開発にも取り組む。酒では味わいと香りを、アロマでは空間に広がる香りを。それぞれ用途は異なっても、植物の個性を丁寧に引き出す姿勢は共通している。 立ち上る香りまで丁寧に見つめる姿勢は、酒造りにも健康食品にも通じている。</p>



<p>ただ「和歌山産だから」という理由で使うのではない。苦みや渋み、酸味、香りの強さまでを分析し、どのように組み合わせれば素材の魅力が最も引き立つのかを探る。そこには、地域の恵みを研究し、新たな価値へと導く、中野BCならではのまなざしがある。</p>



<h3 class="wp-block-heading">食卓に寄り添い、和歌山を映す日本酒 </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/d75a9d341e94412e0ffb3e26a08a4f13.jpg" alt="" class="wp-image-55148" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/d75a9d341e94412e0ffb3e26a08a4f13.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/d75a9d341e94412e0ffb3e26a08a4f13-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/d75a9d341e94412e0ffb3e26a08a4f13-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>中野BCの日本酒を代表するのが、「長久（ちょうきゅう）」「超久（ちょうきゅう）」「紀伊国屋文左衛門（きのくにやぶんざえもん）」だ。</p>



<p>「長久」は、「長く久しく愛される酒に」との願いを込めた銘柄。日々の食卓に寄り添う酒として、長年親しまれてきた。その名を受け継ぐ「超久」は、先代を超える技術で、より質の高い酒を目指そうという思いから生まれた特定名称酒のシリーズだ。読みは同じでも、「長」を「超」に替え、酒造りへの新たな志を表している。</p>



<p>「紀伊国屋文左衛門」は、和歌山ゆかりの豪商の名を冠した銘柄。江戸へミカンを運んだと伝わる人物の物語を重ね、和歌山らしさを日本酒で表現している。</p>



<p>かつては甘みと厚みを感じさせる酒が中心だったが、時代とともに酒質も変化してきた。米のうま味やふくらみを残しながら、口の中ですっと消えるような軽やかさを追求。料理の味を引き立て、次の一口へとつながる食中酒を目指してきた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">酒蔵の枠を越え、和歌山の素材を未来へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/a0592b4d1a83701d74a1c341aefa85cb.jpg" alt="" class="wp-image-55149" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/a0592b4d1a83701d74a1c341aefa85cb.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/a0592b4d1a83701d74a1c341aefa85cb-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/a0592b4d1a83701d74a1c341aefa85cb-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>国内では、日本酒や梅酒の市場が伸び悩み、異常気象による梅の不作も続く。原料を安定して確保し、品質を守りながら、次の世代に選ばれる商品を生み出す。中野BCが向き合う課題は、決して少なくない。</p>



<p>それでも、挑戦は止まらない。熟成やブレンドによって梅酒の新たな味わいを探り、和歌山から海外へ届ける。さらに、酒造りで培った知識と技術を健康分野や新たな素材へ広げ、地域の恵みに、これまでになかった価値を重ねていく。</p>



<p>土地から受け取った素材を、造り手の知恵と技術で磨き、次の時代へと手渡す。醤油造りに始まり、酒、健康食品、香りの分野へと可能性を広げてきた中野BC。その根底にあるのは、地域の素材を見つめ、まだ知られていない力を引き出そうとする姿勢だ。</p>



<p>素材の特徴を知り、工程を読み、何度も試しながら、目指す味や香りを組み立てていく。手掛ける分野は幅広くても、どれも中途半端にはしない。そこに共通するのは、「もっと知りたい」という好奇心と、思い描いたものを形にする技術である。</p>



<p>和歌山の素材に、まだどんな味や香りが眠っているのか。その答えを探し、形にしていくことこそが、中野BCらしいものづくりなのだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55135/">和歌山の梅を、酒と健康の価値へ。「中野BC」90余年の探究／和歌山県海南市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>まるで飲むみかん、極上のみかんジュース「早和果樹園」秋竹新吾さん／和歌山県有田市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/32696/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 Nov 2020 08:30:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/11/main-4-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>ブランドみかん「有田みかん」の生産、加工、販売までを一手に手掛ける果樹園。和歌山県の有田地方は、みかんの栽培に適した自然を持つ地域と言われ、その歴史は古く、1574年から始まったとも伝えられています。 みかんと聞いて、思 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/32696/">まるで飲むみかん、極上のみかんジュース「早和果樹園」秋竹新吾さん／和歌山県有田市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/11/main-4-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>ブランドみかん「有田みかん」の生産、加工、販売までを一手に手掛ける果樹園。<br>和歌山県の有田地方は、みかんの栽培に適した自然を持つ地域と言われ、<br>その歴史は古く、1574年から始まったとも伝えられています。</strong></p>



<figure class="wp-block-image is-resized"><img decoding="async" src="https://cdn.shopify.com/s/files/1/0397/6170/7163/files/seisansha_pic_09_2.jpg?v=1599819523" alt="最新技術を用いて安定した<br&gt;
「おいしいみかんづくり」に取り組んでいます" style="width:825px;height:550px"/></figure>



<p>みかんと聞いて、思い浮かべるのは愛媛や和歌山。なかでも早和果樹園がある和歌山県は全国生産量トップ。みかんの生産、加工、販売までを一手に手掛けるこの果樹園で育てられるブランドみかん「有田みかん」は、これまで食べたどのみかんとも違うおいしさを放っていた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">みかん全国生産量ランキング１位の実力</h2>



<figure class="wp-block-image is-resized"><img decoding="async" src="https://cdn.shopify.com/s/files/1/0397/6170/7163/files/seisansha_pic_09_1.jpg?v=1599819523" alt="和歌山県のブランドみかん<br&gt;
「有田みかん」を育てる果樹園です" style="width:825px;height:550px"/></figure>



<p>令和元年度のみかん生産収穫量が全国で約75万トン。そのうち、和歌山県は最も多い15万トンを生産している。なかでも、同県有田市の生産量は全国の生産量の約１割を占める8万トンにものぼる。この地でつくられているのが、中田英寿がいろいろなジュースを飲んだなかで、「他とはまったく違った」と絶賛する早和果樹園のみかんジュースだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">落ち込むミカン消費に起死回生の歴史</h3>



<p>「このあたりでは400年以上前からみかんを栽培してきたと言われています。昭和40年代後半から50年代のはじめにかけては、全国で約360万トン生産されていました。有田にも5000軒のみかん農家があったんです。でもその後、つくりすぎで価格が下がり、海外からさまざまな柑橘が輸入されるようになるとどんどん生産量が落ちて、現在は70〜80万トン。全盛期の２割ほどになっています」（早和果樹園・秋竹新吾会長）</p>



<p>そんな“みかん受難”の時代、1979年に地域で先進的な７軒の農家が集まり、早和果樹園の前身「早和共撰組合」が立ち上がった。当初はハウスみかんに取り組み、夏場の贈答用で注目を集めた。2000年には、有限会社早和果樹園として法人化。2005年には株式会社に組織変更。そんな流れのなかで生まれたのが、極上のみかんジュース「味一しぼり（現：味こいしぼり）」だった。</p>



<p>「初めてつくったとき百貨店の販売担当の方に飲んでもらったら、『こんなジュースは飲んだことがない。強気の値段でいきましょう』と言われて、720mlを1260円で売り出したんです。酒より高いジュースが売れるのかなと半信半疑でしたが、試飲販売をするとどんどん買っていってもらえる。最初は東京で火がつき、徐々に地元でも売れるようになっていきました」</p>



<h2 class="wp-block-heading">最新技術を使った「おいしいみかんづくり」</h2>



<figure class="wp-block-image is-resized"><img decoding="async" src="https://cdn.shopify.com/s/files/1/0397/6170/7163/files/seisansha_pic_09_3.jpg?v=1599819521" alt="栽培から加工、販売まで手がけることで、<br&gt;
「みかん1個の価値」を高めています" style="width:825px;height:550px"/></figure>



<p>早和果樹園では、品質を揃えるための光センサー選果機や、素早い水分管理と肥培管理を行うことを目的とした「マルドリ方式」の導入、クラウドシステムを用いた新たな栽培やドローンを活用した園地管理など、新技術を柔軟に取り入れた農業をおこなっている。また、おいしいみかんを育てることだけでなく、自社のみかんをおいしさそのままに活かした商品開発にも積極的に取り組んできた。みかんを蒸気に当てて柔らかくしたものを手作業でひとつひとつ皮をむいてから裏ごし機にかける「チョッパーパルパー方式」を採用し、口に含んだ時の味わいを加工品に残している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">美味しいのには理由がある</h3>



<p>「普通は売り物にならない果実をジュースにするんですが、私たちの場合、いいみかんだけを選んでしぼる。だから、この味になるんです」（秋竹会長）</p>



<p>和歌山県産の有田みかんを果肉部分だけ100％使用したストレートジュースは「有田みかん」そのもの。薄皮を裏ごししながら搾る工程を3回繰り返すことで細かく砕かれた栄養たっぷりの繊維質を含み、それがジュースにとろみを持たせている。その果汁を91%も用いて水を一滴も加えずに作る濃厚なゼリーも「有田みかん」をそのまま口にしたような味わいで人気が高いのも納得だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">今だからこそ食べる価値がある</h3>



<p>食の多様化や嗜好の変化が進み、みかんの消費量が落ち込んできているなかで、早和果樹園の豊富なラインナップはお土産やギフトとしても重宝することだろう。また、この地でつくられる有田みかんにはさまざまな健康効果が期待されている。たとえば、温州みかんに該当する有田みかんには、β‐クリプトキサンチンという成分が含まれており、がん抑制に効果があると発表されている。その他にも風邪ひき防止や抗アレルギー作用、豊富なビタミンCなどの栄養素による肌質改善などなど、ストレスの多い現代だからこそ手に取る価値があるだろう。</p>



<div class="wp-block-media-text alignwide is-stacked-on-mobile"><figure class="wp-block-media-text__media"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/11/kji4.jpg" alt=""/></figure><div class="wp-block-media-text__content">
<p class="has-xs-font-size">前列左・中央：味一ジュレ（現在は「果樹園のなめらかみかんジュレ」にリニューアル）  </p>



<p class="has-xs-font-size"> 前列右：黄金ジャム（現在は「果樹園のなめらかみかんジャム」にリニューアル）</p>



<p class="has-xs-font-size">中列左：味こいしぼり 180ml</p>



<p class="has-xs-font-size">中列中央：味まろしぼり　180ml　　　　　　　</p>



<p class="has-xs-font-size">中列右：飲むみかん　180ml　　　　　　　　　</p>



<p class="has-xs-font-size">後列左：みかぽん　360ml　　　　　　　　　　</p>



<p class="has-xs-font-size">後列右：おふくろスムージー　170g</p>
</div></div>



<figure class="wp-block-image is-resized"><img decoding="async" src="https://cdn.shopify.com/s/files/1/0397/6170/7163/files/seisansha_comment_09.jpg?v=1599819523" alt="早和果樹園　社長" style="width:825px;height:550px"/><figcaption class="wp-element-caption">早和果樹園 社長 秋竹俊伸さん</figcaption></figure>



<p>みかんの味がよいだけでは売れるとは限りませんが、おいしくなければ手にとっていただけないのも事実です。常に最高のみかんの味を届けるためには、あらゆる努力を惜しみません。それを基本の考え方として、「おいしいみかんづくり」に日々挑戦し続けています。</p>



<figure class="wp-block-embed is-type-video is-provider-youtube wp-block-embed-youtube wp-embed-aspect-16-9 wp-has-aspect-ratio"><div class="wp-block-embed__wrapper">
<iframe title="中田英寿が旅で出会った逸品「にほんもの」  中田英寿× 極上みかんの早和果樹園" width="500" height="281" src="https://www.youtube.com/embed/k4g1ssqm2dM?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe>
</div></figure><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/32696/">まるで飲むみかん、極上のみかんジュース「早和果樹園」秋竹新吾さん／和歌山県有田市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>南高梅と備長炭のコラボ「中道農園」／和歌山県田辺市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/11050/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 18 Mar 2010 05:38:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[焼梅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[梅栽培]]></category>
		<category><![CDATA[加工食品]]></category>
		<category><![CDATA[梅]]></category>
		<category><![CDATA[手作り]]></category>
		<category><![CDATA[和歌山県]]></category>
		<category><![CDATA[梅干し]]></category>
		<category><![CDATA[南高梅]]></category>
		<category><![CDATA[備長炭]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11050_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>すべて手作りの南高梅 梅が特産の紀州で、みなべ町とともに梅栽培が盛んな田辺市。その様子は「一目10万本、香り千里」といわれ、開花期には多くの花見客でにぎわう。その田辺市にあって梅栽培を行う「中道農園」は、栽培だけでなく、 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/11050/">南高梅と備長炭のコラボ「中道農園」／和歌山県田辺市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11050_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">すべて手作りの南高梅</h2>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">梅が特産の紀州で、みなべ町とともに梅栽培が盛んな田辺市。その様子は「一目10万本、香り千里」といわれ、開花期には多くの花見客でにぎわう。<br></span>その田辺市にあって梅栽培を行う「<a href="http://www.webnanki.jp/nakamiti/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">中道農園</a>」は、栽培だけでなく、梅干しの製造も行っている。梅干しに使う梅は、もちろん「中道農園」で採れた最高級品の南高梅。</p>



<p>じつはこの南高梅、味、食感は最高なのだが、ひとつだけ欠点がある。それは、果肉が柔らかいため、オートメーションによる加工が難しいこと。そのため、<span class="swl-marker mark_yellow">中道農園の梅干しはすべて手づくり</span>。大量生産というわけにはいかないが、ひとつひとつに目と手が行き届いた、丁寧な梅干しづくりができる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11050_img01.jpg" alt="" class="wp-image-11131" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11050_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11050_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">やみつきになる逸品「焼梅」</h3>



<p>もうひとつ、「中道農園」で梅干しに劣らぬ人気を誇るのが、焼梅。<br><span class="swl-marker mark_yellow">紀州の特産品である備長炭を使い、ゆっくり、じっくり火を通すことで、熟成された旨みが生まれる。<br>焦げ目がついた焼梅は、酸味と甘みと香ばしさが絶妙！<br></span>南高梅と備長炭、紀州だからこそ成立するコラボレーションなのだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11050_img02.jpg" alt="" class="wp-image-11132" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11050_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11050_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11046_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/11046/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">南高梅発祥の地“みなべ町”「月向農園」／和歌山県みなべ町 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">紀州南高梅を作り続けて85年 梅干しでも梅酒でも、最高級品といえば、紀州南高梅。その発祥の地が月向農園のある、</span>					</div>
				</div>
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		<title>本州最南端の地「潮岬」／和歌山県串本町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 18 Mar 2010 03:43:18 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11052_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本で最初に建設された様式灯台のひとつ「潮岬」 紀伊半島の南端、潮岬（しおのみさき）。本州最南端の地でもあるこの岬の先には、雄大な太平洋が広がるばかり。 そんな潮岬に、紀伊の穏やかな太陽に照らされて輝く1つの灯台がある。 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11052_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">日本で最初に建設された様式灯台のひとつ「潮岬」</h2>



<p>紀伊半島の南端、<a href="https://kankou-kushimoto.jp/spots/%E6%BD%AE%E5%B2%AC" target="_blank" rel="noreferrer noopener">潮岬</a>（しおのみさき）。本州最南端の地でもあるこの岬の先には、雄大な太平洋が広がるばかり。 そんな潮岬に、紀伊の穏やかな太陽に照らされて輝く1つの灯台がある。<span class="swl-marker mark_yellow">日本の灯台５０選にも選ばれる、白く美しい石造の灯台、「潮岬灯台」だ。 </span>幕末の1866年、アメリカ、イギリス、フランス、オランダの4カ国と結んだ「改税条約」（江戸条約）によって、幕府は日本各地に8つの灯台を建築することを約束したが、「潮岬灯台」はそのなかの1つ。日本で最初に建設された洋式灯台のひとつである。</p>



<h3 class="wp-block-heading">海上交通の要衝だった</h3>



<p>条約締結から4年後の1870年に完成したが、本点灯までにはしばらく時間がかかったという。なぜなら、灯台用の機械を運搬していたイギリス船が東シナ海で沈没してしまったため。 しかし、この一帯は古くから海上交通の要衝であり、激しい風や速い流れのために運航が困難でもあった場所だ。 運搬船が沈没したからといって、点灯を遅らせることはできなかった。そのため、急遽アメリカから蒸気機関車のヘッドランプを輸入し、3年ほどは仮点灯でしのいだそう。 完成から140年間、潮岬灯台は、いまも激しい海を行く人々を導いている。<br>中田が岬に到着したのは、日も暮れかけた夕時。<br>「沖縄から、やっと本州最南端まできたか」<br>旅のスタッフと共に、和歌山までの旅の余韻を感じる一時であった。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11052_img01.jpg" alt="" class="wp-image-11119" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11052_img01.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11052_img01-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/11052/">本州最南端の地「潮岬」／和歌山県串本町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>平和への願いが生んだ酒蔵「平和酒造」／和歌山県海南市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/11044/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 17 Mar 2010 05:57:58 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11044_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「平和な時代」で酒造りをしたい 「平和酒造」の創業は1928年。その名前に「平和」の文字が入っているのには理由がある。創業以来、丁寧な酒造りで人気を博してきた平和酒造だが、太平洋大戦が始まると、戦局から休業を余儀なくされ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11044_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">「平和な時代」で酒造りをしたい</h2>



<p>「<a href="https://www.heiwashuzou.co.jp/wordpress/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">平和酒造</a>」の創業は1928年。その名前に「平和」の文字が入っているのには理由がある。<br>創業以来、丁寧な酒造りで人気を博してきた平和酒造だが、太平洋大戦が始まると、戦局から休業を余儀なくされた。しかし戦争が終わったあとも、国から酒造免許の再開を許されることはなかった。<br>そこで二代目であった山本保正さんが、国会で休業蔵再開の陳情演説を行ったのだ。<span class="swl-marker mark_yellow">戦争により蔵を閉めることになった無念さ、そして戦後という「平和な時代」で酒造りをしたいという希望を切々と語った。その情熱に多くの人々が感銘を受け、ようやく再開の許可が出たという。</span><br>そこで、蔵の再開にあたって名前に「平和」の文字を冠したのだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11044_img01.jpg" alt="" class="wp-image-11167" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11044_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11044_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">和歌山の味を醸し出すこだわり</h2>



<p>ところが、再開後もとんとん拍子というわけではなかった。長い間、大手酒造メーカーの桶売り蔵として、細々と酒造りを続けるしかない状態が続き、苦労したという。それでも酒造りへの情熱は捨てず、平成に入りようやくその味が認められるようになった。その原動力となったのが、「地元」にとことんこだわる気持ち。</p>



<p>果樹王国の和歌山県は、じつは稲作はあまり盛んではない。農作物の半分以上が果樹で、農地に対する水田の比率は非常に低いのである。そんな和歌山県にあり、<span class="swl-marker mark_yellow">平和酒造のある溝ノ口は、古くから稲作を中心としてきた土地だ。それゆえ、県産米にこだわり、和歌山産の酵母にもこだわってきた。</span></p>



<p>平和酒造では現在、自社田での山田錦作りも行っている。蔵元では、地元への感謝の念を込めて、季節になると、手植えや稲刈りのイベントを開催している。子どもや地域の人々がたくさん集まり、田んぼはにぎやかな笑い声に包まれるという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11044_img02.jpg" alt="" class="wp-image-11168" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11044_img02.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11044_img02-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>


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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11022_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/11022/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">モンドセレクション連続受賞の日本酒「田端酒造」／和歌山県和歌山市 &#8211; NIHONMONO</a>
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				</div>
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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11026_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
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			</div>
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		<title>南高梅発祥の地“みなべ町”「月向農園」／和歌山県みなべ町</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/11046/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 17 Mar 2010 04:12:36 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農園]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11046_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>紀州南高梅を作り続けて85年 梅干しでも梅酒でも、最高級品といえば、紀州南高梅。その発祥の地が月向農園のある、みなべ町だ。古くから梅栽培のさかんだったこの地で、明治時代に通常よりも果実の大きな梅が発見され、その結果、南高 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11046_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">紀州南高梅を作り続けて85年</h2>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">梅干しでも梅酒でも、最高級品といえば、紀州南高梅。</span>その発祥の地が<a href="https://minabe.net/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">月向農園</a>のある、みなべ町だ。古くから梅栽培のさかんだったこの地で、明治時代に通常よりも果実の大きな梅が発見され、その結果、南高梅が生まれた。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">月向農園は、そのみなべ町で梅だけを作り続けて85年になる。</span><br>小高い丘の上にある、およそ2.8ヘクタールの梅畑は、毎年2月ごろになると一面が白い花に覆われる。海を見下ろす花景色と、600本の梅の木が漂わせる芳香は、まさに桃源郷とでもいうような世界。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11046_img01.jpg" alt="" class="wp-image-11150" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11046_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11046_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">生態系を守ること</h3>



<p>ただし、海を見下ろす丘は、景観のためだけにあるのではない。畑が丘の上にあることで土の水はけがよく、空気も乾燥気味で保たれ、病気の少ない元気な木が育つのだそう。</p>



<p>さらに<span class="swl-marker mark_yellow">月向農園では、「生態系を保つことが害虫や病気から木を守る」というポリシーのもと、除草剤も使わない。</span>土と草、虫と梅の木、すべてのバランスがうまく保たれ、少量の農薬を使うだけで、健康な梅が育つという。ここ月向農園では、自然という大きなサイクルのなかで、肉厚で柔らかな南高梅が生み出されている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11046_img02.jpg" alt="" class="wp-image-11151" width="320" height="213" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11046_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11046_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11050_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/11050/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">南高梅と備長炭のコラボ「中道農園」／和歌山県田辺市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">すべて手作りの南高梅 梅が特産の紀州で、みなべ町とともに梅栽培が盛んな田辺市。その様子は「一目10万本、香り千</span>					</div>
				</div>
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		<item>
		<title>日本三古湯に数えられる温泉 「南紀白浜温泉 ホテル川久」／和歌山県白浜町</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/11042/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 17 Mar 2010 04:00:57 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11042_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本三古湯に数えられる「南紀白浜温泉」 和歌山県の西部に位置する南紀白浜空港に程近い、田辺湾の海岸沿いにはひときわ目を引く黄金色の屋根のお城が佇んでいる。訪れる人々を驚かせるこのお城のような建物こそ、「南紀白浜温泉 ホテ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11042_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">日本三古湯に数えられる「南紀白浜温泉」</h2>



<p>和歌山県の西部に位置する南紀白浜空港に程近い、田辺湾の海岸沿いにはひときわ目を引く黄金色の屋根のお城が佇んでいる。訪れる人々を驚かせるこのお城のような建物こそ、「<a href="http://www.hotel-kawakyu.jp/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">南紀白浜温泉 ホテル川久</a>（かわきゅう）」だ。<br>南紀白浜温泉は日本三古湯に数えられる歴史の深い場所である。日本書紀、風土記などの文献には「牟婁の湯（むろのゆ）」と記述が残り、古くから温泉街として賑わいをみせ、西日本有数のマリンリゾートとして発展してきた。<br><span class="swl-marker mark_yellow">「南紀白浜温泉 ホテル川久」のこだわりは夢のようなその空間。アーチ型のロビーの天井には金箔が張りめぐらされ、擬似大理石技法で作られたのブルーの柱とモノトーンを貴重とした床との対比が美しい。 また癒しの場である大浴場の壁面には、仙人画、漢詩が描かれ「不老長寿」の願いが込められている。</span></p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11042_img01.jpg" alt="" class="wp-image-11177" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11042_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11042_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">非日常を楽しむ</h3>



<p>客室は全てスイートルームとなり、内装やファブリックの全てが一部屋ずつ異なるコンセプトによって作り上げられている。さらに、2世帯、3世帯で訪れるファミリー向けに設計されたメゾネットタイプのお部屋があるのも嬉しい心配りだ。<br>お食事はまさに異国を想わせる「メインダイニング＆グリル フォルナーチェ」や「レストラン イゾラベラ」にて、旬の食材を贅沢に利用したお料理が頂ける。その他に、懐石料理のレストランや和食レストラン、朝食と夕食で利用が可能。<br>行き届いたサービスに、いつまでも見飽きない建築や内装の数々。まるで空想の世界のような空間で、心行くまで旅の非日常を楽しむことができるお宿だ</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11042_img02.jpg" alt="" class="wp-image-11178" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11042_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/01/11042_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/11042/">日本三古湯に数えられる温泉 「南紀白浜温泉 ホテル川久」／和歌山県白浜町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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