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	<title>神奈川県 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>神奈川県 - NIHONMONO</title>
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		<title>県知事賞を連続受賞。とろける果肉が魅力の斉藤徳雄さんが作る十郎梅干し／神奈川県小田原市</title>
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		<pubDate>Thu, 08 Jan 2026 08:12:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[十郎梅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1008.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>神奈川県小田原市の曽我地区は、梅の名産地として知られ、特に果肉が厚く柔らかい「十郎梅」は梅干し用品種の最上級品とされる。その梅を完熟まで待って収穫し、塩だけで漬け込み、夜露に当てながら干し上げる伝統の技を守り続けているの [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1008.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>神奈川県小田原市の曽我地区は、梅の名産地として知られ、特に果肉が厚く柔らかい「十郎梅」は梅干し用品種の最上級品とされる。その梅を完熟まで待って収穫し、塩だけで漬け込み、夜露に当てながら干し上げる伝統の技を守り続けているのが斉藤徳雄さん夫妻だ。受賞歴も重ねる確かな技と誠実な姿勢が、多くのファンを惹きつけている。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>小田原に根づいた梅の歴史</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1260.jpg" alt="" class="wp-image-53819" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1260.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1260-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1260-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>神奈川県小田原市は、古くから梅の名産地として知られている。戦国時代には北条早雲が梅干しを兵糧に用い、長期保存ができる食料として兵士たちを支えた。梅の薬効や腐敗防止作用にも注目され、戦場では欠かせない存在だったのである。やがて江戸時代になると、梅干しは薬用や食用として庶民に広まり、小田原宿を行き交う旅人の土産としても定着した。弁当の防腐や健康維持にも役立つ梅干しは、生活の中に欠かせない保存食として根強い人気を博していった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">曽我梅林と梅祭りのにぎわい</h3>



<p>こうした歴史を背景に、小田原の曽我地区には広大な梅林が形成された。曽我別所･原･中河原の三つの梅林をあわせて「曽我梅林（そがばいりん）」と呼び、今では約3万5千本もの白梅が植えられている。梅には、観賞用で中国原産の落葉高木（らくようこうぼく）「花梅（はなうめ）」と、食用や薬用にする「実梅（みうめ）」があるが、同地区で生育されているものの多くが食用の梅を生産するための木であり、果実を加工して梅干しや梅酒として地域に流通させる役割を担っている。</p>



<p>とはいえ、曽我梅林では収穫だけでなく、その花の美しさや香りを観光資源にしていきたいと、「梅まつり」も開催。開花期の2月から3月にかけて一面に咲く梅は訪れる人々を魅了し、地元の特産品販売や観光と結びつき、地域のにぎわいを生み出している。梅の生産と観光が一体となったこの景色は、まさに小田原の梅文化を象徴する光景といえる。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>文化庁「100年フード」にも認定された小田原生まれの十郎梅</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1081.jpg" alt="" class="wp-image-53821" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1081.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1081-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1081-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>小田原では、「白加賀（しろかが）」や「南高（なんこう）」「梅郷（ばいごう）」などの品種が栽培されているが、中でも特別なのが「十郎梅（じゅうろううめ）」である。全国的な知名度はまだ高くないが、実は梅干し用としては最高峰とされる品種だ。果肉が厚くやわらかで、種が小さいため食べやすく、漬けるとまろやかな酸味と深い旨みを生む。そのとろけるような食感に一度出会えば、思わず「こんな梅があったのか」と驚く人も多い。</p>



<p>この梅が生まれたのは1950年代。小田原市で選抜された足柄上郡の在来実生で、室町時代の軍記物語･曽我物語に登場する曽我十郎の名にちなんで「十郎梅」と呼ばれるようになった。小田原の土地と風土に適したこの梅は、まさに地域が誇るブランドなのである。さらに、この「曽我の梅干し」の歴史と魅力を次世代に継承し、広く普及させるため、文化庁が実施する「100年フード」に応募したところ、「伝統の100年フード部門～江戸時代から続く郷土の料理～」に認定されている。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>生産者泣かせの一面</strong></h3>



<p>一方で、この十郎梅は“生産者泣かせ”と呼ばれるほど扱いが難しい品種でもある。果皮が非常に薄く、枝に触れただけでも傷がつきやすい。収穫するときは一粒ずつ手でもぎ取り、収穫かごにはクッションを敷くほどの気遣いが欠かせない。さらに、天日干しでの裏返しは神経戦。完熟果ゆえに皮が破れやすく、最後まで気が抜けない。</p>



<p>加えて、結実が安定せず収穫量に大きな差が出る年もあるため、生産者は栽培から加工まで常に神経をとがらせている。それでも十郎梅にこだわり続けるのは、この梅でしか得られない独特の味わいがあるからだ。実際に十郎梅で梅干しを漬けた人は、その柔らかさと奥深い風味に魅了され、翌年からは「十郎梅しか使えない」と言うようになるという。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>県知事賞を重ねた確かな実力</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1021.jpg" alt="" class="wp-image-53822" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1021.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1021-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1021-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな、曽我梅林の別所地区で梅干しづくりに励む斉藤徳雄さん。夫婦で力を合わせ、十郎梅を使った昔ながらの梅干しを守り続けてきた。その確かな仕事ぶりは地元でも広く知られ、長年にわたり高い評価を受けている。</p>



<p>斉藤さんの梅干しは、これまで小田原梅干品評会にて、2023年、2024年連続入賞、過去には農林水産大臣賞や神奈川県知事賞も受賞しており、小田原梅干品評会の上位入賞の常連として、その技術と実直な姿勢は折り紙付きだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>品評会で評価されるポイント</strong></h3>



<p>小田原梅干品評会では、大きさや粒のそろい具合、皮の状態、色合いといった外観が厳しく見られる。そして試食では、柔らかさや酸味、塩加減のバランスが問われる。斉藤さんの梅干しは果肉がとろけるように柔らかく、塩の角が取れたまろやかな味わいが特徴で、審査員だけでなく消費者からも高く支持されている。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>技を磨き続ける姿勢</strong></h3>



<p>品評会は結果だけでなく、日々の努力の積み重ねを映し出す舞台でもある。柔らかさと粒ぞろいをいかに両立させるか、酸味と塩味の調和をどう整えるかといった、細部へのこだわりが求められる。斉藤さんは「工夫は出し尽くした。あとは手を抜かずに続けるだけ」と語る。派手さはなくとも、積み上げてきた経験と誠実な作業こそが評価につながっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>10年で築いた梅農家としての基盤</strong></h3>



<p>斉藤徳雄さんの家は、梅･みかん･キウイを栽培する農家だった。自宅の隣には大きなしょうゆ蔵があり、子どものころから食や発酵の文化が身近にあったそうだ。</p>



<p>社会人になってからは料理人としての道を歩んだ。しかし父親が早くに他界し、40代後半で家業を継ぐ決断を下す。農業に本格的に取り組み始めたのはこのときで、実は本格的に農業に向き合ってからの年月は10年ほど。それでも、梅を中心に神奈川県産の米「はるみ」や、甘味と酸味のバランスに優れたキウイ「ヘイワード」も栽培し、季節ごとに畑に向き合う暮らしへと切り替わっていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>農業を支える家族とこだわり</strong></h3>



<p>転身後は母親と奥さんと共に畑を守り、作業を分担しながら歩みを続けてきた。平日は料理人として働きながら農作業を手伝う時期もあったが、専業になってからは天気予報を見ながら作業を進める日々となった。特に、害虫や病気予防のため、日当たりや風通しをよくする剪定という作業は独自のこだわりを持ち、枝を整えた結果、良い実が生ったときには大きな手応えを感じるという。まだ農家としての歴史は浅いが、食に携わってきた経験と家族の支えが、斉藤さんの農業を強く支えている。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>完熟の瞬間を逃さず、塩と太陽で引き出す十郎梅の旨み</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1053.jpg" alt="" class="wp-image-53823" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1053.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1053-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1053-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>斉藤さんの梅干しづくりは、収穫からすでに独自のこだわりがある。木から自然に落ちる寸前まで熟した梅だけを丁寧に拾い集めるのだ。黄色からオレンジに色づき、香りが立ちはじめた実は果肉がやわらかく、とろけるような梅干しに仕上がる。その見極めは簡単ではなく、毎日の畑の観察が欠かせない。雨や風の影響を受けやすいため、わずかなタイミングのずれが品質に直結するが、そこに手を抜かないのが斉藤さんの流儀だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>塩分18％で仕上げる昔ながらの味わいと土用干し</strong></h3>



<p>収穫した梅は、選りすぐったうえで塩をまぶし、重石をかけて漬け込む。塩分は18％を基本にしており、保存性と味わいのバランスを取る昔ながらの方法を貫いている。塩だけで仕上げる「白梅干し」は、ハチミツなどを加えたまろやかな味わいの梅干しと違い余計な調味料を加えない分、ごまかしのきかない真剣勝負。果肉の柔らかさや酸味のまろやかさを引き出すためには、経験に裏打ちされた判断が必要になる。</p>



<p>梅雨が明けると、次は天日干しの工程が待っている。斉藤さんは梅を三日三晩、夜露に当てながら干す「土用干し」を大切にしている。日中の強い日差しと夜の湿り気を繰り返すことで、果皮がやわらかくなり、果肉の旨みが凝縮されるのだ。干す作業では梅を一粒ずつ裏返さなければならず、皮が破れやすい十郎梅にとっては神経を使う作業が続く。それでも「このひと手間が味を決める」と斉藤さんは語り、昔ながらの方法を守り続けている。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>仕上がりの特徴</strong></h3>



<p>こうして仕上がった梅干しは、口の中でほどけるようなやわらかさ、粒が大きく揃っているのが特徴だ。酸味はまろやかで旨みがしっかりと感じられ、塩の角が取れた深い味わいに仕上がる。食べた人の多くが「もう十郎梅以外では物足りない」と口をそろえるのも、その確かな品質があってこそ。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>2トンからわずか数キロだけ認定される極上ブランド『雲上』</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1311.jpg" alt="" class="wp-image-53824" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1311.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1311-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1311-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>斉藤さんの梅干しは、小田原市が公認する地域ブランド「雲上」にも選ばれている。斉藤さんの家の場合、2トン漬けてもわずか数キロしか認定されないほど厳しい基準が設けられており、選ばれるのはごく一部の梅干しだけだ。条件としては、粒の大きさが4L（直径42mm）以上であること、形が整い皮がきれいに張っていること、色合いの美しさ、そして味わいの確かさまで徹底して確認される。さらに塩分も基準の一つで、斉藤さんは「あと塩分ですね。18％で漬けていて、20％以下で仕上がっているかどうか。20％未満でいかないと」と語り、基準を守り抜いている。雲上に認定された梅干しは個包装で販売され、一粒あたり300円ほどで取り扱われる高級品だ。こうして選ばれた梅干しは、市内でも限られた農家しか手にできない誇りの証でもある。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>地域とともに広がる誇り</strong></h3>



<p>『雲上』に認定されると、市の公式ブランドとして百貨店などで販売され、消費者の目に触れる機会が増える。これは単なる販売促進ではなく、小田原の農産物としての信頼を高め、地域全体の誇りにもつながるものだ。斉藤さん自身も「自分の梅干しが地域を代表している」との思いを強く持ち、次世代へつなげる責任を感じている。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>一粒に込めた思いが未来へ続く</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1033.jpg" alt="" class="wp-image-53825" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1033.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1033-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1033-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>斉藤さんの農業は、家族の協力とともに歩んできた。これまで積み重ねてきた経験や工夫が、十郎梅の魅力を引き出す確かな技につながっている。塩だけで漬ける昔ながらの白梅干しは、果肉の柔らかさと深い旨みをそのままに伝える仕上がりで、炊き立ての温かいご飯に添えれば思わず箸が止まらない。「派手なことはできないけれど、真面目に続けていくことが大事」と語り、その一粒一粒に誠実さを込める斉藤さん。静かな情熱がにじむ姿勢こそ、これからも小田原の梅文化を支えていく力になっていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53812/">県知事賞を連続受賞。とろける果肉が魅力の斉藤徳雄さんが作る十郎梅干し／神奈川県小田原市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>メンバーの力が合わさり完成するガラス作品「ガラス工芸作家」小西潮さん・江波冨士子さん／神奈川県三浦市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 15 Sep 2020 01:04:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/09/9d1caba608b2a66e0de849ba45413dd1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>ガラス工芸作家の小西潮さんと江波冨士子さんの2人が、米国マサチューセッツ州、チャダムグラスカンパニーでの修業を経て、1998年に設立したガラス工房。作品には各作家の個性が色濃く出ているのが特徴です。 鮮やかで魅力的なガラ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/09/9d1caba608b2a66e0de849ba45413dd1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>ガラス工芸作家の小西潮さんと江波冨士子さんの2人が、<br>米国マサチューセッツ州、チャダムグラスカンパニーでの修業を経て、<br>1998年に設立したガラス工房。<br>作品には各作家の個性が色濃く出ているのが特徴です。</strong></p>



<h2 class="wp-block-heading">鮮やかで魅力的なガラス「ベネチアンガラス」とは</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="639" height="426" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/466835eade4effd9d167fdacd175c459-1.jpg" alt="" class="wp-image-43501" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/466835eade4effd9d167fdacd175c459-1.jpg 639w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/466835eade4effd9d167fdacd175c459-1-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 639px) 100vw, 639px" /></figure>



<p>この旅の茨城編で<a href="http://nihonmono.jp/area/3971/">ガラス工房SILICA</a>を訪れた際に、ちょうどゲストアーティストとして招かれていた<strong>江波冨士子</strong>さん。彼女がガラス工芸作家の小西潮さんと共に制作をしている潮工房が神奈川にあると聞き、お邪魔させていただいた。</p>



<p>潮工房で作っている<strong>ベネチアンガラス</strong>とは、イタリア発祥の工芸品で、職人が<strong>手作業で作る</strong>のが特徴だ。</p>



<p>江波さんが得意としているのがヴェネチアンガラスに伝わる「<strong>ムッリーネ</strong>」という技法。作り方はまず、様々な色や模様を一本の中に閉じ込めたガラス棒を作る。このガラス棒を金太郎飴のようにこまかくカットしたガラス片がムリーニの素材だ。そのガラス片をモザイクのようにつなぎ合わせて、窯で熱した後に吹くことで形作っていく。</p>



<p>江波さんの作品には、花やハート、蜂の巣の上にミツバチが飛んでいる絵柄のグラスなど、現在の生活でもなじむような<strong>おしゃれなグラス</strong>が多い。その色やモチーフはなんともかわいらしく、<strong>独特の世界観溢れる</strong>作品だ。</p>



<p>「べネチアの技法を使って日本のくらしに合うもの、琴線に触れるガラス作品を作りたい」そう話してくれた。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/rnp/files/2012/07/4901_img01.jpg" alt="" style="width:640px;height:426px"/></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">より繊細な手法で作る「レースグラス」</h2>



<p>小西潮さんは大学卒業後に国内外のガラスカンパニーで修行を重ね、アメリカから帰国。その後、江波さんと共にこの潮工房を立ち上げた。</p>



<p>「ここ（三浦半島）は海がすぐそこなので、作業の後に海に潜りに行くこともあります」と、なんともうらやましいお話を伺う。</p>



<p>小西さんの作品はガラスの中に細かな線が幾重にも折り重なり、美しい模様を描く<strong>「レースガラス」</strong>と呼ばれるものもある。その名のとおり<strong>レースを編みこんだような</strong>繊細で複雑な線を描きだすのが特徴だ。レースガラスの制作も、ムッリーネと同じようにまず素材となるガラス棒を作るところからはじまる。複数のガラス棒を組み合わせることで、新しいレースの模様が生まれ、小西さんの作品のように彩り豊かな表現を行うことが可能になる。</p>



<p>「チームワークで作るのが私たちの制作スタイルです」と江波さんは話す。潮工房では一人では出来ない作業が多い。作業を見学すると、工房にいるメンバーが力を合わせて、息を合わせて作らなければ完成しないことがよくわかる。しかし、共同作業のなかにも、一人ひとりが自らの作品に特徴を持っている。こうして助け合いながらも、個性を活かすように作品を制作している。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://cdn.shopify.com/s/files/1/0397/6170/7163/files/seisansha_pic_13_2.jpg?v=1599819523" alt="" style="width:569px;height:300px"/></figure></div>


<p>中田も作るのに一苦労、、、</p>



<p>では、中田も体験をということで、レースガラスのコップを作ることに。まず、素材となるガラス棒を作る。七色のガラス棒を組み合わせて溶かし、その塊がついた棒をふたりの人間が持って両端に伸ばすのだ。</p>



<p>小西さんは中田に一本の棒を持たせて、自分も棒を持つ小西さん。「じゃあ、行きましょうか」と作業が始まるが、この時スピードが特に重要だ。「おお、伸びていく」とその姿に感心していた中田だが、だんだんと顔<strong>が険しくなっていく。</strong>ガラスが伸びるにつれて重くなっていくのだ。「はい、オーケーです。置いてもらっていいですよ」。そう声をかけられたときには、<strong>中田の腕はパンパンに…。</strong></p>



<p>苦労の甲斐もあって、ガラス棒にはしっかりと七色の線が螺旋を描いている。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/rnp/files/2012/07/4901_img02.jpg" alt="" style="width:640px;height:426px"/></figure></div>


<p>そして、このガラス棒をコップのサイズに合わせて切り、組み合わせる。そのガラス棒を溶かし、吹きながらコップの形を作りだす。細かい修正を繰り返し、虹色のレースが美しいコップが完成した。</p>



<p>できあがりは繊細な美しさなのに、作るのはかなりの力を要する。「<strong>ものすごく熱い…」</strong>と汗をかきながら、話す中田。潮工房ならではともいえる、ガラス制作の<strong>難しさと面白さ</strong>を体験することができた。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/rnp/files/2012/07/4091_img04.jpg" alt="" style="width:640px;height:426px"/></figure></div>


<p>これからもチームとしての力を磨きつつ、日本でも多くの人が使うような個性あるガラスを作る潮工房に<strong>大きな期待が高まっている。</strong></p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="639" height="426" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/04c8984a80e64b32e0605a056f199be6-2.jpg" alt="" class="wp-image-43502" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/04c8984a80e64b32e0605a056f199be6-2.jpg 639w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/04c8984a80e64b32e0605a056f199be6-2-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 639px) 100vw, 639px" /><figcaption class="wp-element-caption">潮工房　ガラス工芸作家 江波冨士子さん/小西潮さん</figcaption></figure>



<p>ヴェネチアングラスの技法を使いながらも、日本の暮らしに寄り添えるガラス作品を作っています。ガラスの中に見える繊細な線や美しい模様は、世界にたった1つだけのもの。日常の彩りとして、お楽しみください。</p>



<figure class="wp-block-embed is-type-video is-provider-youtube wp-block-embed-youtube wp-embed-aspect-16-9 wp-has-aspect-ratio"><div class="wp-block-embed__wrapper">
<iframe title="【中田英寿×個性が豊かな作品をチームワークで作り上げる／潮工房 】中田英寿が旅で出会った逸品「にほんもの」" width="500" height="281" src="https://www.youtube.com/embed/ktR94yKJLTk?start=9&#038;feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe>
</div></figure><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/32952/">メンバーの力が合わさり完成するガラス作品「ガラス工芸作家」小西潮さん・江波冨士子さん／神奈川県三浦市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>湯河原の豊かさを感じる「湯河原温泉 石葉」／神奈川県足柄下郡湯河原町</title>
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		<pubDate>Thu, 26 Jul 2012 08:43:46 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4897_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>古きよき日本の旅館を現代に 神奈川県と静岡県のちょうど県境に位置する湯河原町。日当たりの良い斜面にはみかん畑がのぞき、箱根山麓から続く千歳川が温泉街の坂道を軽やかに下り町の中を通って相模湾へ流れ出る。この地特有のゆったり [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/4897/">湯河原の豊かさを感じる「湯河原温泉 石葉」／神奈川県足柄下郡湯河原町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4897_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">古きよき日本の旅館を現代に</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/07/4897_img01.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>神奈川県と静岡県のちょうど県境に位置する湯河原町。日当たりの良い斜面にはみかん畑がのぞき、箱根山麓から続く千歳川が温泉街の坂道を軽やかに下り町の中を通って相模湾へ流れ出る。この地特有のゆったりとした風情は長きに渡り人々を癒してきた。古くは万葉集にも<a href="http://湯河原温泉" target="_blank" rel="noopener" title="">湯河原温泉</a>にまつわる歌が残されており、近代には日本文学史に燦然と輝く文豪たちに愛され、数々の作品が執筆された温泉街なのだ。</p>



<p>今回訪れたのは、温泉街から少し山あいを登った中腹にある旅館「<a href="https://www.sekiyou.com/" target="_blank" rel="noopener" title="">石葉</a>」。<br>先々代が所有していたという菜園や別荘を基本とした空間は、まるで個人邸に遊びにきたような、おおらかな雰囲気が客人を迎える。<br>館内には地元の作家を中心とした作品を設え、古美術からモダンアートまで季節に合った美術品が彩りを添えている。全9室の客室は、洗練された様式美とともに、思わず深呼吸をしてしまうような落ち着きがあり、古きよき日本を感じる旅館として人気を集めているのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">土地に根差したおもてなし</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/07/4897_img02.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>地元の農家で収穫した野菜や、漁港で水揚げされた食材を味わうことができる御料理も魅力のひとつ。春は山菜、夏は鰺や磯の魚に鮑、秋はイセエビ、小田原の大根と季節ごとに手に入る豊富な食材。その味を引き出す伝統的な調理方法を大切に、一品一品、記憶に残る料理を創りたいと力を入れているのだ。</p>



<p>また嬉しいのは、旅館ならではの朝食だ。地元で獲れた柑橘類を絞ったジュースに、季節の干物や野菜のおひたしなど身体をいたわる絶妙なメニューを一日の始まりに頂くことができる。<br>そして、露天風呂から見渡す山々はどこまでも深く美しい風景を見せてくれる。ゆっくりと温泉に浸かり、マッサージを受けて芯からリラックスする。近隣の山を歩き、自然散策を楽しむ。心地よいこの時間を満喫するには、少なくとも2泊程度滞在したい。そう、思わず感じてしまう旅館なのだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/4897/">湯河原の豊かさを感じる「湯河原温泉 石葉」／神奈川県足柄下郡湯河原町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>農業の現状と料理人「一夜城 Yoroizuka farm」／神奈川県小田原市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 13 Mar 2012 11:20:56 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4888_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>一夜城を背に相模湾を見下ろす畑 ときは戦国時代、場所は神奈川、小田原。秀吉は難攻不落の小田原城攻略のために、石垣山城を築いた。小田原側の北条氏からは見えないように築城をし、一晩で現れたかのように見えたことで、その城を一夜 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/4888/">農業の現状と料理人「一夜城 Yoroizuka farm」／神奈川県小田原市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4888_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">一夜城を背に相模湾を見下ろす畑</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/07/4888_img01.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>ときは戦国時代、場所は神奈川、小田原。秀吉は難攻不落の小田原城攻略のために、石垣山城を築いた。小田原側の北条氏からは見えないように築城をし、一晩で現れたかのように見えたことで、その城を一夜城と呼んだ。<br>と、歴史小説風に始めてみたが、今回見学に行ったのはその一夜城の丘陵に広がる畑。ここは、パティシエの鎧塚俊彦さんが2011年にオープンした農園とレストランの複合施設「<a href="http://www.grand-patissier.info/ToshiYoroizuka/ichiyajo.html" target="_blank" rel="noopener" title="">一夜城ヨロイヅカ・ファーム</a>」。<br>鎧塚さんは、ヨーロッパで料理人として修行をし、パティシエとして活躍した後に日本に戻り、恵比寿の「Toshi Yoroizuka」をはじめとしたお店を次々と成功させている有名パティシエだ。その鎧塚さんが自らの畑を作ることになったのはなぜだろう？</p>



<h2 class="wp-block-heading">農業と料理人</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/07/4888_img02.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>もともと素材を探すために日本中を旅していた鎧塚さん。その旅で見つけたのは、おいしい素材と“農家の現状”だったという。人手不足、跡継ぎ不足も現状のひとつ。ほかにも作り手に厳しい市場体制もそのひとつ。</p>



<p>「例えばみかん」と鎧塚さんはいう。<br>「皮に傷が付いただけでも出荷が困難になってしまうんですよ。でも味がそれほど落ちるわけじゃない。だからそれに合わせて、生食用に出荷できないもので、酸味のきついものはジャムなどの加工品にするといったことをやっていかないと農家の状況はますます厳しくなるんです」</p>



<p>そういう現状を憂慮したが、考えているだけでは始まらない。やってみないといけないということで始めたのがこの農園ということなのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">地元農家とともに</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/07/4888_img03.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>とはいえ、農園は一夜にしてできるわけではない。スタッフも鎧塚さんも農家としては素人。自分たちだけで、すべてができるわけではないので、地域の人たちが定期的に来て、その方たちに教わりながら作業を進めている。<br>「同時に、人材育成も大事だと思うんです。僕のところで働くパティシエは100人くらいいます。でも“パティシエ”というのは人間性のごく一部ですよね。農家の方たちと一緒に作業することで、私たち自身、人として得るものがあるのではないかと考えます。」<br>斜面に広がる畑は、まだ完全に農地としてできあがっているわけではないが、ここにあれを植えたい、もっとこれを作りたいと熱意をもって話してくれた。<br>現在はレストランも併設されて、たくさんの人が訪れるヨロイヅカ・ファーム。渋谷ヒカリエにも「Yoroizuka farm Tokyo」を出店し、その土地のその季節にしか採れない作物を売り出し、農業の活性化と美味しい料理を結ぶ挑戦を進めている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/4888/">農業の現状と料理人「一夜城 Yoroizuka farm」／神奈川県小田原市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>オーダーメイドの「ガラスコップ」ガラス工芸作家·高橋禎彦さん／神奈川県相模原市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/4918/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 13 Mar 2012 10:58:31 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4918_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>魔法のように変化するガラス ガラス工芸作家の高橋禎彦（よしひこ）さん。ドイツのガラス工房で仕事をし、海外でも個展を開くなど、世界的に知られる作家だ。1985年から制作の拠点にしている工房で、高橋さんの制作方法を実際に見せ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/4918/">オーダーメイドの「ガラスコップ」ガラス工芸作家·高橋禎彦さん／神奈川県相模原市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4918_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">魔法のように変化するガラス</h2>



<p>ガラス工芸作家の<a rel="noreferrer noopener" href="https://panorama-index.jp/takahashi_yoshihiko/profile/" target="_blank">高橋禎彦</a>（よしひこ）さん。ドイツのガラス工房で仕事をし、海外でも個展を開くなど、世界的に知られる作家だ。1985年から制作の拠点にしている工房で、高橋さんの制作方法を実際に見せていただいた。<br>中田に説明しながら、高橋さんの手が動く。塊だったガラスはみるみるうちに形をかえていく。ガラスを吹いて膨らませていたのは、丸みをつけるときだけ。あとは、<span class="swl-marker mark_yellow">「重さで伸ばすんです」</span>といって、ガラスの付いた吹き竿を下向きに振る。すると溶けたガラスは遠心力を受け、伸びるように形を変えていく。また、飲み口を開く方法も道具を使わず、吹き竿を回し遠心力に任せるのだ。<span class="swl-marker mark_yellow">ガラスの温度、やわらかさ、重力、遠心力を感じながら形を作る。</span>まるで、魔法のようにガラスに形をつけていく姿が印象的だった。</p>



<p>「いま、ガラスの加工というのはあらゆる道具を使うことができるんです。とても便利な道具。だたね、その道具を使う理由を考えたけど納得できる答えが出なかった。それで、自分の中にルールを決めたんです。」と語る。そのルールとは、吹き竿を使うこと、溶かすこと。このルールの中で制作するということだった。「例えばね、コップの底は削って仕上げることが多い。でも、自分はできる限り削りたくないことに気がついた。だから削るのもやめました」その言葉のとおり、高橋さんのガラスは柔らかなたわみと、つるりとしたその肌の質感が目に鮮やかだった。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4918_img01.jpg" alt="" class="wp-image-5084" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4918_img01.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4918_img01-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">ガラスの&#8221;頃合い&#8221;を体験する</h3>



<p>そして次は中田の番。「はい」と言って手渡された吹き竿を火に入れる。それを取り出して、「頃合いを見て、息を吹きましょう」と高橋さん。「え、頃合いって、どんな!?」と中田がひるんでいると、「いま、いま」と高橋さん。「うん、いいかんじです、じゃあ、振り子みたいに振ってみてください」。言われたとおりに振るとどんどんとガラスが伸びてコップの形に近づいていく。万事がそんなふうに作業が進む。吹き竿を回し続ける中田と、ガラスの温度に気を配る高橋さん。作業を見ているだけではわからない、ガラスという素材の動きや面白さを体験することができた。こうして仕上がったのは大きなコップ。実は、高橋さんがいま最も多く作っているのがガラスのコップなのだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4918_img02.jpg" alt="" class="wp-image-5085"/></figure>



<h2 class="wp-block-heading">ガラスのコップをつくること</h2>



<p>「この前たまたま<a href="https://www.shinchosha.co.jp/writer/815/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">糸井重里</a>さんの事務所と仕事をすることになって、毎日の生活で使うコップばかりで展示をやらないか、ということになり、それをウエブで紹介していただきました。コップのようにじかに触るものは、手で触る、口でも触る、だからいろんなことがじかにわかってしまいます。ある意味ほんとうに敷居が高くて難しい世界です。そんなことがあって、最近はコップばかり作っています。」</p>



<p>これは意外な言葉だ。「敷居が高い」「わかっちゃう」。たしかに、口にするコップは、飲み口が分厚い、薄いという一点だけでもどうにも気になる。<br>美術品では感じられないこと、それは、物を知るということでもあるのかもしれない。<br>「どんなコップで飲みたいと思うかは人それぞれだから、ひとつひとつ作るのがいい。町のパン屋みたいに。そういう人との距離感も大事ですね」<br>「個人オーダーみたいにするのがいいっていうことですか？」<br>「そう。建築家がそうでしょ。器屋もそうなのかなって思いますね」<br><span class="swl-marker mark_yellow">長年にわたり、オブジェや独創的な造形を作り出してきた高橋さん。そしていま、ガラスという素材の特性を表情として引き出しながらコップという器を作っている。</span></p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4918_img03.jpg" alt="" class="wp-image-5086" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4918_img03.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4918_img03-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


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				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4923_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/4923/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">削るというガラス表現ガラス工芸作家·馬越寿さん ／神奈川県相模原市 &#8211; NIHONMONO</a>
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				</div>
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		</div>

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						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/4905/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">小さなトンボ玉にこめられた美しさ「ガラス工芸作家 内田敏樹」／神奈川県厚木市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">ガラスのなかに絵を描く 厚木グラススタジオは、さまざまなガラス作品を制作している工房。また、ガラスの楽しさを知</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/4918/">オーダーメイドの「ガラスコップ」ガラス工芸作家·高橋禎彦さん／神奈川県相模原市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>芸術と市民と共に歩む「横浜美術館」／神奈川県横浜市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/5125/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 13 Mar 2012 06:38:06 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/5125_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本開国の最先端　横浜 神奈川県横浜市は1859年7月1日、日米修好通商条約を受けて日本開国の第一歩として開港した港町だ。アイスクリーム、ジャズ、ファッション、あらゆる文化が押し寄せ日本が急速に近代化していった時代におい [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/5125_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">日本開国の最先端　横浜</h2>



<p>神奈川県横浜市は1859年7月1日、日米修好通商条約を受けて日本開国の第一歩として開港した港町だ。アイスクリーム、ジャズ、ファッション、あらゆる文化が押し寄せ日本が急速に近代化していった時代において、横浜はまさにその当事者だった。芸術の分野にも大きな変化が起こる。海外から商船が入港すると多くの外国人技術者や芸術家が日本を訪れ、それまで日本にはなかった表現技法がもたらされることになったのだ。</p>



<p>平成元年・1989年に開館した<a href="https://yokohama.art.museum/">横浜美術館</a>はその歴史背景を一つの特徴としている。（注：2021年3月1日～2024年3月15日の間、大規模改修工事で休館中）</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">横浜開港の19世紀後半から現代までの西洋美術と日本美術の作品を中心に収蔵し、横浜美術館コレクション展（常設展）として公開している美術館</span>だ。 この日、展示作品を拝見しながら横浜美術館館長の逢坂恵理子さんにお話を伺った。</p>



<p>「ここに今展示している人物画は、西洋画の油絵の影響を受けているんです。<span class="swl-marker mark_yellow">“遠近法”を用いた描き方も、海外から伝わってきたと考えられます。</span>それまでの日本画にはない表現技法で描かれるようになったのですね」 日本人は西洋絵画を知り、また海外の芸術家も日本の影響を受けた、その一端を垣間見ることができる展示内容だ。<span class="swl-marker mark_yellow"> 今回訪れたコレクション展は年3回程展示替があるという。このほか、企画展を年4回程度開催している。中でも現代芸術を取り上げる企画展では大胆に若手芸術家を取り上げ、大規模個展を開催するなど、独自の視点で展覧会を行っている</span>のだという。（注：訪問したのは2012年3月中旬。最新の展覧会内容は美術館のＨＰからご確認ください。　注2 : 左写真　撮影 笠木靖之）</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="212" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/5125_img05.jpg" alt="" class="wp-image-5403" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/5125_img05.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/5125_img05-300x198.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/5125_img06.jpg" alt="" class="wp-image-5404" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/5125_img06.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/5125_img06-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">写真の発展を見つめる</h3>



<p>実は、横浜は写真とも深い関係を持つ場所だ。江戸時代末期の日本には、長崎の出島に出入りするオランダの商船から写真の技術が伝えられていたが、<span class="swl-marker mark_yellow">街に写真館が始めて誕生したのは横浜だった</span>。横浜美術館では、写真文化の発展とその芸術性に着目し、写真のコレクションにも力を入れている。写真専門の展示室を設けているのが特徴的だ。 取材の際には、今から約100年前の神奈川県内の名所を外国人写真家が撮影した写真が展示されていた。ただの写真ではない、<span class="swl-marker mark_yellow">モノクロ写真の上から絵の具で着彩が施され、一見すると絵のようにも見える写真</span>だ。まだカラー写真がない時代にも、風景の色彩を残したいという意図があったのかもしれない。 写真創成期から、現代芸術としての写真までを収蔵・展示し、写真作品の持つ魅力を紹介しているのだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/5125_img02.jpg" alt="" class="wp-image-5271" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/5125_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/5125_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">芸術に触れる心地よい場所「アトリエ」</h2>



<p>横浜美術館はもうひとつの顔を持つ。中田が見学させていただいたのは、「市民のアトリエ」と「子どものアトリエ」。高い天井と白い壁が心地よい広々とした「市民のアトリエ」の作業スペースは、市民が創作活動を行うことができる。個人ではなかなか持つことができない制作設備が用意されており、版画、絵画、彫刻、陶芸など様々なジャンルに対応しているという。<span class="swl-marker mark_yellow">アトリエには指導員が在籍しており技術指導を受けることもできるのだが、年間を通して、アーティストの方を招いて創作ワークショップが開催されている。また、ダイナミックは活動ができる多目的なスペースを有する「子どものアトリエ」では、様々なワークショップを開催。<br></span>案内してくれた、創造支援担当グループ長の関淳一さんから、こんなエピソードも。「開館以来23年近くアトリエを開いているので、むかし参加していた子どもが大人になり、自分の子どもと一緒にまた参加するという方もいらっしゃいました」<br>作品を鑑賞するだけでなく、体験することも大切。積極的に文化を育む美術館として、多くの人に親しまれているのだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/5125_img03.jpg" alt="" class="wp-image-5272" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/5125_img03.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/5125_img03-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


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						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/4920/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">時代を創造する作品と出会う「川崎市岡本太郎美術館」／神奈川県川崎市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">芸術家 岡本太郎 「芸術は爆発だ！」この言葉を残したのは、芸術家として世界的にも、そしてお茶の間にも知られる岡</span>					</div>
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		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/5125/">芸術と市民と共に歩む「横浜美術館」／神奈川県横浜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>時代を創造する作品と出会う「川崎市岡本太郎美術館」／神奈川県川崎市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 27 Feb 2012 11:13:35 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4920_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>芸術家 岡本太郎 「芸術は爆発だ！」この言葉を残したのは、芸術家として世界的にも、そしてお茶の間にも知られる岡本太郎だ。岡本は1911年に母の実家がある神奈川県川崎市に生まれた。父 岡本一平は著名な漫画家、母 岡本かの子 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4920_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">芸術家 岡本太郎 </h2>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">「芸術は爆発だ！」この言葉を残したのは、芸術家として世界的にも、そしてお茶の間にも知られる<a href="https://taro-okamoto.or.jp/taro-okamoto/chorology" target="_blank" rel="noreferrer noopener">岡本太郎</a>だ。</span><br>岡本は1911年に母の実家がある神奈川県川崎市に生まれた。父 岡本一平は著名な漫画家、母 岡本かの子は歌人であり小説家という感性豊かな両親のもとに育つ。東京美術学校に在学していた18歳から10年間をフランスで過ごし、20代は欧州のシュルレアリスム運動や前衛芸術に触れ積極的に作品を発表していく。日本に帰国し31歳の時には第二次世界大戦への徴兵を受け戦線に立った。そして戦後、激動の時代と呼ばれる時のなかで数々の芸術作品を発表する。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">大阪万博のモニュメントとして有名な「太陽の塔」、時を同じくして制作され、現在は渋谷駅の構内に展示されている「明日の神話」など巨大な建造物や絵画の数々。</span>また縄文時代の文化を再評価する芸術論を展開し、人間の持つ生命力と創造性を訴え、その表現に挑み続けた。コマーシャルやテレビ番組にも登場し、独自の奇抜な発想はテレビを通して多くの人に「岡本太郎」という存在を知らしめることになった。1996年にこの世を去った芸術家 岡本太郎の作品を展示する美術館を今回中田が訪れた。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4920_img01.jpg" alt="" class="wp-image-5091" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4920_img01.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4920_img01-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">川崎市岡本太郎美術館</h2>



<p>川崎市にある生田緑地は広大な敷地の中に数々の文化施設が点在する都市公園。その中に建つ「<a href="https://www.taromuseum.jp/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">川崎市岡本太郎美術館</a>」は、1999年に開館し、芸術家 岡本太郎の作品を収蔵・展示する美術館だ。岡本が80歳のとき、自身の作品を川崎市に寄贈したことから、その作品を後世に残し人々が鑑賞することかできる施設として設立された。<span class="swl-marker mark_yellow">収蔵されている作品は絵画、造形作品、写真など1700点を超え、常設展示室では岡本太郎の作品を年に4回展示替えをしている。</span></p>



<p>中田はひとつひとつの作品の前で解説を伺うことができた。「<span class="swl-marker mark_yellow">岡本太郎さんは、”侘び寂び”が好きではなかったのです。</span>「日本には、それよりはるか昔に縄文という時代があったんだ！」と言っていました」絵画から感じられる力強さに、思わず引き込まれるようだと中田。<br>「座ることを拒否する椅子」という造形作品は、実際に座ってみることができるのだが…。「座るところが、顔になってる」「そうなんです。太郎さんは、「椅子というのは座りやすいような形をしているがそれは人間に媚びている！」と言って、この椅子を作ったんですね」椅子には目や口のようなものがあり、その姿はどこか愛嬌も感じられる。この他にも、美術館のシンボルタワーになってる「母の塔」をはじめ、数々の作品を目にすることができるのだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4920_img02.jpg" alt="" class="wp-image-5092" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4920_img02.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4920_img02-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">これからの芸術に向けて</h3>



<p>企画展示室では岡本の作品のみならず、多くの芸術家の作品展が企画され展示が行われている。取材の際は、美術館にとって年に一度の大きなイベントともいえる「<a href="https://www.taromuseum.jp/%E7%AC%AC27%E5%9B%9E%E5%B2%A1%E6%9C%AC%E5%A4%AA%E9%83%8E%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E8%8A%B8%E8%A1%93%E8%B3%9E%E3%80%80%E4%BD%9C%E5%93%81%E5%8B%9F%E9%9B%86.html" target="_blank" rel="noreferrer noopener">岡本太郎現代芸術賞展</a>」が開催されていた。<span class="swl-marker mark_yellow">生前に岡本が著書の中で残した「時代を創造するものは誰か」という問いかけをコンセプトとして、プロ・アマチュアを問わずあらゆる創作活動を行う人々が応募できる公募展</span>だ。従来の常識にとらわれず、自由な発想を持った芸術家たちが作品を発表するこの公募展は、現代芸術家の登竜門としても知られている。これからの時代を担う芸術家たちの作品もまた、実に独創的なものばかりだった。<br>豊かな自然に囲まれた「川崎市岡本太郎美術館」は岡本太郎の作品や多彩な芸術作品と出会うことができる。是非、足を運んでみてはいかがだろう。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4920_img03.jpg" alt="" class="wp-image-5093" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4920_img03.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4920_img03-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
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						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/4927/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">世代を超えて楽しめるドラえもん「藤子・F・不二雄ミュージアム」／神奈川県川崎市 &#8211; NIHONMONO</a>
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		<title>神奈川で受け継がれる沖縄の紅型染め「染織家 篠原晃代　篠原優子」／神奈川県横浜市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 27 Feb 2012 05:56:30 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4899_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>沖縄に伝わる技法“紅型染” 紅型染め（びんがたぞめ）というものをご存知だろうか。黄色、水色、赤、沖縄の風土を想わせる鮮やかな色を用い、琉球王朝時代は王族や貴族の衣装として染められていたという沖縄の伝統的な型絵染だ。代々王 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4899_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">沖縄に伝わる技法“紅型染”</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/07/4899_img01.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>紅型染め（びんがたぞめ）というものをご存知だろうか。黄色、水色、赤、沖縄の風土を想わせる鮮やかな色を用い、琉球王朝時代は王族や貴族の衣装として染められていたという沖縄の伝統的な型絵染だ。<br>代々王朝に遣える士族が作り続けてきた紅型染めだが、薩摩藩の進出や明治の廃藩置県など、沖縄の変革期を迎えしだいに衰退していく。そして沖縄の戦火のなか伝統の紋様を残す型紙までもが焼け出されてしまったのだ。</p>



<p>その窮地を救ったのが、沖縄首里城の再建にも貢献し、後に重要無形文化財にも認定された故・鎌倉芳太郎氏だ。もともと美術史の研究家だった鎌倉氏が収集していた紅型染めの型紙が、戦禍を逃れ東京の美術学校に保存されていたのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">幻の“おぼろ型染”を伝承する</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/07/4899_img02.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>その鎌倉氏に師事していたのが、今回お話を伺った篠原晃代さんだった。<br>戦後、鎌倉氏は保管していた型紙を沖縄に戻し、紅型染めの重要な技法のひとつである“おぼろ型染”を復元していく。こうして鎌倉氏のもとで晃代さんは紅型染めに関わることになり、現在にその技法を受け継いだのだ。</p>



<p>おぼろ型染めという技法は、２枚、３枚の型紙を使い、複数回染めを重ねる技法。同じ工程を繰り返し行う必要があるため、手間と時間はもちろん多くなるのだが、複雑な文様や色合いを作り出すことができるようになるのだという。</p>



<p>「おぼろ型のことを、（沖縄の言葉で）“うぶる”って言うんですよ。」と晃代さん。最近では作業をされることは少なくなったというが、お話の端々から、おぼろ型染への情熱が感じられた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">おぼろ型染めによる柔らかさ</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/07/4899_img03.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>御自宅の工房では、晃代さんの義理の娘さんの優子さんもいっしょにお仕事をされてきた。優子さんはもともと美術史に興味があり、またお茶をたしなむことから着物を着る機会も多かったので、染め物に興味を持っていたという。それで結婚を機に晃代さんに紅型染めを習い、ともにお仕事をするようになったそうだ。<br>現在では、晃代さんに代わり優子さんご自身が作家としておぼろ型染の作品を発表している。おぼろ型染の技法を用いてその紋様の中に数え切れない色を染め抜いているが、全体的にはどこか涼やかで柔らかな雰囲気が漂う着物だ。<br>沖縄に古くから伝わるおぼろ型染の技術。その技法を残した鎌倉氏。その方を師とした晃代さん。そして晃代さんから優子さんへとまた受け継がれていくのだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/4899/">神奈川で受け継がれる沖縄の紅型染め「染織家 篠原晃代　篠原優子」／神奈川県横浜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>手の中でいつくしむ陶芸「陶芸家 中島克童」／神奈川県秦野市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 26 Feb 2012 05:54:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4895_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>自分の求める器を探す旅 中島克童さんが陶芸を志したのは高校生の頃。東京目黒区にある民芸館で見た李朝の陶器に、ほのぼのとした懐かしさを感じて興味を持ったのだという。 日本で朝鮮式の登り窯を残す陶磁器の産地といえば、山口県の [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/4895/">手の中でいつくしむ陶芸「陶芸家 中島克童」／神奈川県秦野市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4895_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">自分の求める器を探す旅</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/07/4895_img01.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>中島克童さんが陶芸を志したのは高校生の頃。東京目黒区にある民芸館で見た李朝の陶器に、ほのぼのとした懐かしさを感じて興味を持ったのだという。</p>



<p>日本で朝鮮式の登り窯を残す陶磁器の産地といえば、山口県の萩。「ならば萩焼を学びに行こう」と決意するが、せっかくなので行く途中で西日本全部を回ってみてみようと思い立ち、車にのりこみ、全国を旅したという。瀬戸から滋賀、京都を経て九州に。その旅を経て、当初の目的だった萩へ。</p>



<p>実際に師匠の元で技術を学ぶと、現在の萩焼は自分の求めていた李朝の器とはまた違うものだと感じた。そこで、次は古くからの日本の陶芸を体験してみようと、萩を出て、滋賀県の信楽焼の窯で仕事をすることにした。</p>



<h2 class="wp-block-heading">朝鮮半島式の登り窯を持つ</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/07/4895_img02.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>「信楽では昔は生活の道具を焼いていた。つまりここでも茶道のものが多かった。それも違うな。手の中でいろいろといつくしむというか、<span class="swl-marker mark_yellow">五感で楽しむものが作りたい</span>」そう感じた中島さんは、五感で楽しむとなると生活食器だろうと思い立ち、伊賀に移ってさらに修行を積んだ。長い旅路だったが、そのすべてが身になっているという。そして1984年、30歳のときに、神奈川へ移り住み、登り窯を築いた。<br>「やはり最終的には、李朝のものでもない、萩でも、信楽でも、伊賀でもない、自分の器を焼きたいと思っていました。ただ、きっかけは李朝だったので、窯だけは登り窯を作ろう！と。」こうして、中島さんがこだわった朝鮮半島式の登り窯で現在も作陶を行っている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">登り窯と釉薬</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/07/4895_img03.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>その登り窯がもたらしてくれるのが器にあわられる豊かな色合いの変化だ。登り窯にくべた松の木の灰は器にかけた釉薬と合わさり、1200℃を越える炎の中でガラス質に変化し、さまざまに色づく。<br>「<span class="swl-marker mark_yellow">私の中で、陶芸の大きな魅力になっているのが、釉薬の具合なんです。</span>」そう語りながら、大皿の作品を見せていただく。何重も輪を描いたような大皿の中心には、深い飴色のグラデーションが残る。<br>「成型するときに、この表面は凹凸があるんです。その上に釉薬を乗せて焼く。そして、釉薬がくぼみに溜まることでこの色が出るんです」こうした釉薬の“たまり“を生かした作品は、少しずつ進化し、釉薬の量や配合の研究を重ねているという。<br>「灰釉がもたらしてくれる透明感を通して、土の色が温かさを伝えてくるんです」という中島さん。自らが高校生のときにかんじた、ゆったり、ほのぼのとした温かみのある陶器。その器を目指して中島さんは日々作陶にあたっている。</p>


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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4925_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/4925/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">陶芸の魅力を感じる器「陶芸家」百田輝さん·林亜美さん／神奈川県小田原市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">力強さと繊細さの陶芸 陶芸家の百田輝（ももだひかる）さんと陶芸家の林亜美（はやしつぐみ）さん、おふたりが制作を</span>					</div>
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					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4916_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/4916/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">ファンシーでポップな「磁器」陶芸家·大槻智子さん／神奈川県横浜市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">砂糖菓子のような磁器 「砂糖菓子のようで、今まで見たことない磁器だなって」。そう中田が感想をこぼした作品は、陶</span>					</div>
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		<title>ファンシーでポップな「磁器」陶芸家·大槻智子さん／神奈川県横浜市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 26 Feb 2012 05:52:52 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[うつわ]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[神奈川県]]></category>
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		<category><![CDATA[作陶]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4916_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>砂糖菓子のような磁器 「砂糖菓子のようで、今まで見たことない磁器だなって」。そう中田が感想をこぼした作品は、陶芸家の大槻智子さんの手によるもの。作品は器からランプシェード、オブジェまで幅広いものを制作しているが、どれも共 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/4916/">ファンシーでポップな「磁器」陶芸家·大槻智子さん／神奈川県横浜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4916_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">砂糖菓子のような磁器</h2>



<p>「砂糖菓子のようで、今まで見たことない磁器だなって」。そう中田が感想をこぼした作品は、陶芸家の<a href="https://www.hpfrance.com/news/230622" target="_blank" rel="noreferrer noopener">大槻智子</a>さんの手によるもの。作品は器からランプシェード、オブジェまで幅広いものを制作しているが、<span class="swl-marker mark_yellow">どれも共通してピンクなどのパステルカラーが多用された作品が多い。また、小さく作ったデコレーションが配されていることや、印花と呼ばれる型押しで作る模様もファンシーさを感じさせる。</span>そのポップで独特な感覚が人気を呼び、注目を集めている作家だ。<br>中田が「砂糖菓子みたい」と表現したわけは、このデコレーションと配色に加えて、もうひとつ理由がある。<span class="swl-marker mark_yellow">それが透明感だ。土にガラス質の粉を混ぜ込むことで、表面の透明感がアップするという。</span>その透明感をまとった姿が、何ともいえず美しく、かわいらしい。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4916_img01.jpg" alt="" class="wp-image-5075" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4916_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4916_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">OLから陶芸家への転身</h3>



<p>大槻さんは美大や芸術学校で専門に陶芸を学んだ人ではない。<br>しかも前職は会社員。在職中に貯金をして、１年間毎日陶芸教室に通ったという。その１年を終えた時に、もっと本格的に陶芸の道を進みたいと、先生に弟子入りを頼んだところ、答えは「やめておいたほうがいい」だったそう。学校で正式に学んできたわけでもないので、これからの道は他の人よりもかなり厳しいと一度は断られたというのだ。</p>



<p>それでも、諦めきれずに「どんなことでもいい。お金もいらないからお手伝いをさせてくれませんか」と頼んだところ、ようやく了解を得た。熱意が人を動かした瞬間だ。<br>それから「厳しい」と言われた道を進み続けて、現在のように注目される陶芸作家にまでなったというわけだ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4916_img02.jpg" alt="" class="wp-image-5076" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4916_img02.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4916_img02-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">ファンシーなモチーフのデザインはどこから？</h2>



<p>どっぷりと陶芸作家の道を歩んできた人ではないからこそ、醸し出すことのできるのがこのファンシーさかもしれない。<br>中田が「このモチーフはどこから発想を得ているんですか？」と聞くと面白い答えが返ってきた。それは<span class="swl-marker mark_yellow">「写真」</span>。<br>「何というか、ケーキの写真が好きなんですよ。そこから着想を。ほかにも花や草木の写真が好きでよく見ます。そういったところからアイディアが浮かんでくるんです」ケーキの写真から陶芸作品に。その発想の面白さが大槻さんの大きな魅力なのだ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4916_img03.jpg" alt="" class="wp-image-5077" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4916_img03.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4916_img03-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>

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					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4925_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
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						<span class="p-blogCard__excerpt">力強さと繊細さの陶芸 陶芸家の百田輝（ももだひかる）さんと陶芸家の林亜美（はやしつぐみ）さん、おふたりが制作を</span>					</div>
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					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4895_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
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						<span class="p-blogCard__excerpt">自分の求める器を探す旅 中島克童さんが陶芸を志したのは高校生の頃。東京目黒区にある民芸館で見た李朝の陶器に、ほ</span>					</div>
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