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	<title>愛知県 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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		<title>日本茶離れを食い止める飽くなき挑戦。「翠茗園 岡本製茶」4代目･岡本広敏さん／愛知県豊橋市</title>
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		<pubDate>Wed, 06 Nov 2024 11:23:50 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1649.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>静岡県との県境にある愛知県豊橋市で約5ヘクタールにわたって緑鮮やかな美しい茶畑が広がる「翠茗園 岡本製茶」。祖父の代でお茶の産地として有名な牧ノ原台地を有する静岡県牧之原市から移住し、土地を開墾。土壌作りなど努力を重ね、 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1649.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>静岡県との県境にある愛知県豊橋市で約5ヘクタールにわたって緑鮮やかな美しい茶畑が広がる「翠茗園 岡本製茶」。祖父の代でお茶の産地として有名な牧ノ原台地を有する静岡県牧之原市から移住し、土地を開墾。土壌作りなど努力を重ね、親子3代で農林水産大臣賞を受賞した。4代目の岡本広敏さんはお茶を楽しむ入口を広げるべく、粉末やティーパックの商品化や、農場を開放するオープンファームにも取り組む。未来を見据える広敏さんが目指すお茶作りを探る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">紅茶の栽培も盛んな愛知県の豊橋茶</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1531.jpg" alt="" class="wp-image-50162" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1531.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1531-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1531-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>愛知県の南東部、静岡県との県境にある豊橋市は、東三河地方の中心都市であり、愛知県内5位の人口を抱えている。西部は三河湾、南部は太平洋と接しており、1年を通して比較的温暖な気候だ。</p>



<p>そんな豊橋市は、全国有数の出荷量を誇るキャベツや全国一の産地を誇る大葉をはじめ、国内でも有数の園芸産地である。その土壌ゆえ、「香りが高い」といわれるのが豊橋茶だ。</p>



<p>起源は明らかになっていないが、戦前は豊橋市の中央部にある高師原地区に数軒の茶農家があったようだ。昭和20年代は戦後の復興とともに紅茶の製造が盛んになったという。その後、煎茶の製造にも取り組むようになり、現在の豊橋茶につながっているそうだ。温暖な地域のため、静岡よりも3〜4日早く収穫期を迎えることも豊橋茶の特徴のひとつだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">静岡県牧之原市から茶園を移し、一から土地を開拓</h3>



<p>広敏さんが営む「翠茗園（すいめいえん） 岡本製茶」は、5つの主要産地のうちの東細谷町にある。自宅を取り囲むように約5ヘクタールの茶畑が広がっており、「大井早生（おおいわせ）」「くりたわせ」「やえほ」「ゆたかみどり」「さえみどり」「つゆひかり」「やぶきた」「めいりょく」「さやまかおり」「やまかい」「おくみどり」と、早生（わせ）から晩生（おくて）まで収穫の時期が異なる複数の品種を栽培している。この理由は3～4日といわれる茶葉の収穫適期に合わせて収穫を行うことで、常に高い品質のお茶を流通させるため。</p>



<p>元は静岡県有数の茶の産地・牧之原台地に茶園を持っていたが、太平洋戦争の影響により2代目が現在の地へ移住。当時、何もなかった土地を開墾し、独特な起伏のある土地に耕した。水はけがよくなるように若干の傾斜をつけ、地上や地中の水を集めて排水路へ流す「暗渠排水（あんきょはいすい）」も設置。そのおかげで水はけに優れた茶園となり、お茶の栽培に適していると言われる柔らかい赤土にも恵まれ、良質な茶葉の栽培が可能となった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">お茶作りは土作りから</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1576.jpg" alt="" class="wp-image-50163" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1576.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1576-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1576-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>4代目である岡本さんは子どもの頃から茶摘みを身近に見て育った。自宅、製茶工場の周りに茶畑が広がる。茶園の管理から製造、パック詰めまで家族経営。自分の作ったものが人を幸せにできる。また、お茶の木を作るところから製造まですべてが自分の責任。夢ややりがいを肌で感じ、後継者になる道を選んだのも自然な流れだった。</p>



<p>「お茶の味や香りは土壌で変わる」と話す岡本さん。お茶の木の根が太く、深くまで伸びるためには土の柔らかさが必要だ。だが機械を使って摘採すると、どうしても土が踏み固められてしまう。そこで岡本さんは二番茶を摘み取ったあと、三番茶の芽が出ても刈って畑へ戻すことにしている。一般的には三番茶として販売できるものだが、有機物をできるだけ土へ与えることで土壌生物を増やし、土壌自体が持つ力を維持させたいと考えているのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">摘採時期をずらすため、複数の品種を栽培</h3>



<p>家族経営ゆえの大変さもある。摘採時期が重なってしまうと手が足らず、ベストな収穫タイミングを逃してしまう場合があることだ。収穫が2〜3日遅れるだけでも茶葉の繊維質が増え、味に大きな違いが出てしまう。5ヘクタールの茶畑を一度に摘採することは難しいため、早生と晩生という摘採時期の異なる品種を植えることで、どのお茶もちょうどいいタイミングで摘採できるよう工夫している。適期で摘採したものは「触り心地が全然違う。ずっと触っていたいぐらい心地いい」そうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">数秒の違いが味に表れる製茶工程</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1604.jpg" alt="" class="wp-image-50164" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1604.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1604-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1604-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>収穫されたお茶は自宅近くにある製茶工場に集約。すぐさま蒸気で蒸され、その後冷却器によって冷やされる。摘採した生葉を放置しておくとすぐに酸化してしまうため、時間との勝負だ。さらに葉の緑を維持しながら青臭さを取り除かなければならず、この蒸し時間の長さで味、香り、水の色が決まるといわれている。数秒の違いが味の違いに表れるため、少しの油断も許されない工程だ。</p>



<p>収穫から製造まですべてを担っている岡本さんは、茶摘み時期の1カ月ほどはつきっきりとなり、寝る暇もない。そんな状況でも「好きでやっている仕事なので、全く苦ではない。納得のいくお茶作りをしたいから」と岡本さんは微笑む。</p>



<h3 class="wp-block-heading">結露と酸化を防ぐため7度で保存</h3>



<p>お茶の販売まで手がけている岡本製茶では、工場内の冷蔵庫で製茶後の商品を保存している。その設定温度は7度。「冷えすぎると、冷蔵庫から出して常温に戻したときに結露してしまう可能性があります。お茶は水分を吸収すると傷んでしまうので、できるだけ結露は避けたい。かといって温度を上げると酸化が進んでしまいます。結露と酸化を避けるギリギリの温度が7度」と、その理由を教えてくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">親子三代で農林水産大臣賞を受賞</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1627.jpg" alt="" class="wp-image-50165" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1627.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1627-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1627-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>毎年、その年のお茶の出来栄えを生産者らが競う「茶品評会」が全国各地で開催されている。お茶の審査技術を持つ専門家が、茶葉の見た目、お茶の色、香り、味の4項目を評価する。岡本製茶では、全国・愛知県の両方の品評会で、親子3代にわたって最高賞である「農林水産大臣賞」を受賞。特に香りが高いという評価を受けた。</p>



<p>岡本さんが目指すお茶を聞いてみると、「味の好みは人それぞれですが」と前置きしたうえで「緑茶らしい渋味がしっかりあり、飲んでみてぐっとくるお茶」と答えてくれた。しかし、自然相手であるがゆえにそう簡単には作れないという。「毎年同じことをやっても味が変わりますし、同じ管理方法であっても畑ごとに違いが生まれることもあります。1年に1度しか挑戦できないので、毎年勉強ですね」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">奥さまとの二人三脚で、消費者から求められる商品開発を</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1658.jpg" alt="" class="wp-image-50166" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1658.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1658-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1658-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>近年、茶葉タイプのお茶の若者離れが進んでいる。急須でお茶を淹れることが面倒だと思われているためだ。そこで岡本さんが取り組んだのが、手軽にお茶を淹れられる「粉末茶」の開発。</p>



<p>だが、粉末にしたときに茶葉で淹れたものと同じ味にはならない。思ったようなきれいな色が出なかったりもする。品種を変えたり、粉末にするまでの過程で試行錯誤したりと、開発には苦労したという。開発には、奥さまの意見を積極的に採用した。茶農家で育っていないからこその、一般消費者の視点を存分に反映させたのだ。そして、煎茶、玄米茶、ほうじ茶、紅茶の粉末茶を完成させた。</p>



<p>粉末茶の販売により、これまでとは異なる客層を発掘することができ、手応えを感じたそう。第2弾として三角ティーバッグの商品開発に着手し、オンラインショップなどで販売。リーフで淹れるお茶により近い味を、手軽に楽しめるそうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">目標は問屋から指名されるお茶作り</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1607.jpg" alt="" class="wp-image-50167" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1607.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1607-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1607-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>4代目として新商品開発を精力的に手がけるものの、効率化や品質の向上など改善したい点はまだまだ多いという。家族経営でやっている分、品種や天候によって収穫時期が遅れてしまうことへの対策や、お茶の木そのものの質を向上させることにも力を入れていく方針だ。</p>



<p>お茶の栽培面積が拡大している地域はあるものの、全国的に見るとお茶の生産量は減少傾向にある。また世帯当たりのリーフ茶消費量も減少傾向にあり、業界全体が縮小傾向にあるといわざるを得ない。「厳しい状況ではありますが、そのなかでも『岡本製茶のお茶が欲しい』と言ってもらえるよう、こだわりの茶葉をつくりたい」。お茶を愛し、お茶とひたむきに向き合う広敏さんは志を持ち続けている。</p>











<p>TEL：</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/50161/">日本茶離れを食い止める飽くなき挑戦。「翠茗園 岡本製茶」4代目･岡本広敏さん／愛知県豊橋市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>廃れゆくきしめん文化を新業態で支える。「手打うどん高砂」堀江高広さん／愛知県名古屋市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/44922/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 24 Jun 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[グルメ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6298-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>名古屋グルメのひとつ「きしめん」は、幅の広さが特徴の麺。うどんよりも薄いのにコシがあり、喉ごしの良さが魅力だが、うどんやそば、ラーメンなどのメジャーな麺類に比べて露出が少ないことも影響し、若者離れは顕著だった。だが最近、 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6298-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>名古屋グルメのひとつ「きしめん」は、幅の広さが特徴の麺。うどんよりも薄いのにコシがあり、喉ごしの良さが魅力だが、うどんやそば、ラーメンなどのメジャーな麺類に比べて露出が少ないことも影響し、若者離れは顕著だった。だが最近、名古屋で手打ちうどんの店を営む堀江高広さんによる取り組みで、きしめん業界に新たな動きが見えはじめた。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>愛知県の県民食「きしめん」</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6564-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44924" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6564-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6564-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6564-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6564.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>名古屋めしとして知られている「きしめん」。じつは、名古屋市に限らず、愛知県全域で食べられている県民食だ。ルーツは愛知県刈谷市の名物の平打ちうどん「ひもかわ」といわれており、しっかりとした味付けを好む人が多い愛知県では、つゆの味が染みやすいきしめんがマッチしたのではないかと考えられている。</p>



<p>その特徴は、なんと言っても平打ちの麺。うどんよりも薄いのにコシがあり、喉ごしが良いことと、ジュワっと染み出るつゆが魅力だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>きしめん、うどん、煮込みの麺の違いとは？</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6585-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44925" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6585-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6585-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6585-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6585.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>名古屋めしを代表する麺類には、きしめんのほか、味噌煮込みうどんや名古屋うどんがある。どれも同じ“うどん”のように思えるが、それぞれの料理に使用される麺は調理方法や用途に合わせて材料やその配合率が異なり、それに伴って食感もさまざま。</p>



<p>なかでも製麺に最も手間が掛かるのがきしめんだ。きしめんは、大きな特徴である幅の広い麺にするため生地を薄く伸ばすから、一般的なうどんの製麺工程に比べ、二倍以上の時間を要する。また、薄く伸ばすことで生地が広がって麺打ち台を占拠するため、一度に作れる量も限られる。同じ時間、同じ製麺環境で、うどんを10人前作れるとしたら、きしめんは5人前しか作れない。名古屋名物とは言え、その効率の悪さから、きしめんの提供をやめ、うどんだけに切り替える店も増えているそうだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>先代が開いた麺類食堂から、うどん･きしめん･煮込みの三本柱に</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6330-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44926" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6330-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6330-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6330-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6330.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>名古屋市で「手打うどん 高砂（たかさご）」を営む堀江さんは、父親が1958年に創業した麺類食堂を受け継いだ。麺類食堂とは、うどんだけではなく、中華そばや定食も提供する町の食堂の総称。父親が亡くなり堀江さんが跡を継いでからは、手打ちにこだわる店として、うどん･きしめん･煮込みうどんを三本柱に店を営んできた。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>東京での修業を経て、見よう見まねで技術を習得</strong></h2>



<p>高砂でうどん作りを始める前は、東京のとあるそば屋で修業をしたという。毎日ひたすら出前などの下働きを続け、2年後に父の店へ帰ってからは兄弟子のうどん作りを見ながら技を盗み、自分のものにしていった。</p>



<p>「優しいのだけど芯はあるというか、最後にちょっと歯応えがあるような麺を目指している。頭で考えるだけではなく、実際にやってみて技術を身につけ、ようやく理想の麺が安定して作れるようになりました」と堀江さん。</p>



<p>その独自の技術によって作られる手打ち麺が高い評価を受け、今ではミシュランガイドに掲載されるほどの名店になった。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>塩水の濃度が高い名古屋のうどん。一晩おいてから伸ばす理由</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6417-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44927" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6417-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6417-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6417-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6417-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>うどんときしめんの原材料はどちらも小麦粉と塩水。その製造工程もほとんど同じで、生地を打つ段階での伸ばす厚みだけが異なる。ただし名古屋のうどん作りで使われる塩水は、うどん県として有名な香川県などで製麺に使われるものよりも濃度が高い。</p>



<p>季節や天候によっても左右されるため一概にはいえないが、ほかの地域の塩水が濃度10％だとすると名古屋では18～20％ぐらいの塩水を使っている。「濃度が高いと生地が締まります。名古屋は気温の高い地域なので、暑さで麺がだれるのを避けるために塩分濃度を高くして生地を硬くしたのではないでしょうか」と堀江さんは言う。</p>



<p>さらに、名古屋のうどんは「名古屋打ち」と呼ばれる方法で作られる。他地域のうどんとの大きな違いは生地を一晩寝かせること、団子状の生地を指で押し込みながら丸い形に整える「へそ出し（本まるけ）」といわれる工程があることだ。寝かせることでグルテンの形成を一層促進させて粘り気と弾力を、へそ出しによって生地の空気を抜くことで、切れにくく強いコシを生み出す。これらのひと手間が、名古屋うどんの特徴を作り出している。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>生地と会話しながらの麺打ち</strong></h3>



<p>堀江さんは毎日、うどんやきしめんの麺打ちを行っているが、その作業は同じではない。「今日は湿度が高いから柔らかいよね、などと生地と会話しながら麺を打っています。生地を形成することを僕らは『鍛える』といいますが、むやみやたらに鍛えるのではなく、生地を休ませながら、無理をさせないようにやっています」と堀江さん。夏は締まりのない生地になりやすいためさらに塩分を増やしたり、雨の日は水を減らしたりと、微調整を加えてその日にベストな生地を作り上げているのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>きしめんを若い世代に広め、日常食の選択肢に</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6506-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44928" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6506-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6506-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6506-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6506.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>愛知県民のソウルフードといえるきしめんだが、実は衰退の危機にあるという。先述したとおり、きしめんは他の麺類に比べ作る手間が多い。また、ぐつぐつと煮込まれた味噌煮込みうどんの方が、店側の調理の負担も少なく、観光客へのウケもよい。地元民にとってもわざわざきしめんを食べる機会は多くなく、高砂でも3年ほど前までは、1週間に2〜3食出るか出ないかだった。</p>



<p>だが、きしめん文化を残したいと考えた堀江さんは、カジュアルな店で若い世代にきしめんのおいしさを伝えることを決心。麺の機械打ちや冷凍技術を取り入れて、気軽に立ち寄れる店「星が丘製麺所」を2021年にオープンさせた。</p>



<p>「星が丘製麺所」がある星が丘テラスはアパレルショップやカフェなどが並び、多くの若い世代が行き交う場所。手打ちにこだわる高砂とは製法も立地も逆方向のお店に思えるが、その真意を堀江さんはこう語る。「手打ちで麺を仕込むとコストがかかり、大量生産もできません。でも若い人に、カレーやラーメンと同じような感覚できしめんを食べてもらいたくて。手打ちの技術を落とし込んだ機械打ちなら、味に遜色なく、気軽に食べてもらえると思い、すぐに製麺せずに一旦生地を寝かすなど、試行錯誤を繰り返し、機械打ち史上最良の品質を目指して開発に励みました」。</p>



<p>星が丘製麺所のオープンから1年間でオーダーされたきしめんは約10万食。さらに、きしめんのおいしさを知った客が高砂へも足を運ぶようになったのだ。客層もこれまでと異なり、女子高生のグループが来店したり、ママ友がランチでやってきたり、塾へ行く前の子どもたちが来店したりと、狙い以上の結果となった。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>東海エリアから全国、海外へ</strong></h3>



<p>星が丘製麺所の成功により、同業他社からも喜びの声が届いているという。「他店のきしめんも味わってみたい」と、昔ながらのうどん店に若年世代の来店が増えたのだ。だが、堀江さんは一時的なブームで終わらせないためにもフランチャイズ展開を進めるなど、精力的にきしめんを広める活動を継続している。</p>



<p>「現在、星が丘製麺所は愛知県と大阪府に店舗がありますが、ゆくゆくは北海道から沖縄まできしめんの文化を広げていきたい。将来は海外にきしめんファンを増やしたいですね」と堀江さん。いつの日か、きしめんがうどんやそば、ラーメンのように日本における麺食のスタンダードとなり、世界中に広まっていく。そんな未来を想像しながら、名古屋のいち商店からスタートしたうどん店が幅広いニーズの掘り起こしを図るべく、新たな切り口できしめんの魅力を発信し続けている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/44922/">廃れゆくきしめん文化を新業態で支える。「手打うどん高砂」堀江高広さん／愛知県名古屋市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>地元で生まれた酒米で理想の酒造りに挑む。「尊皇」蔵元･山﨑合資会社／愛知県西尾市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 21 Feb 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[日本酒]]></category>
		<category><![CDATA[醸造]]></category>
		<category><![CDATA[酒蔵]]></category>
		<category><![CDATA[山田錦]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[西尾市]]></category>
		<category><![CDATA[低アルコール]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1888.54-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛知県西尾市･幡豆（はず）で1903年に創業された山﨑合資会社は、日本酒「尊皇」で知られる老舗蔵元だ。創業以来、幡豆の自然に抱かれながら「地酒は風土が育てる」という信念のもと、酒造りに励んでいる。愛知県奥三河地域で開発さ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40170/">地元で生まれた酒米で理想の酒造りに挑む。「尊皇」蔵元･山﨑合資会社／愛知県西尾市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1888.54-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛知県西尾市･幡豆（はず）で1903年に創業された<a href="https://www.sonnoh.co.jp/" title="">山﨑合資会社</a>は、日本酒「尊皇」で知られる老舗蔵元だ。創業以来、幡豆の自然に抱かれながら「地酒は風土が育てる」という信念のもと、酒造りに励んでいる。愛知県奥三河地域で開発された酒米にこだわって造られる酒には、時代に左右されない価値がある。</p>



<p><br></p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>「尊皇」は大海原を臨む小さな村で生まれた</strong></h2>







<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1905-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40172" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1905-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1905-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1905-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1905.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>愛知県西尾市･幡豆地域。南に三河湾を臨む自然豊かなこの地で、山﨑合資会社は1903年に創業した。創業当初から「ほかにはない酒造りを」と理念を掲げ、1920年に「尊皇」を発売。100年以上経った今も、蔵を代表する銘柄として親しまれている。</p>



<p>現在は尊皇のほかに「奥」や「幻々」、「年魚市」など、10種類以上の銘柄を生産。純米大吟醸酒から普通酒までを取りそろえている銘柄もあり、取り扱っている全ての商品を合わせると50種類以上にのぼるという。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>愛知県のこってりした味付けに最適な酒</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1898-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40173" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1898-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1898-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1898-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1898.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>地元･愛知県産の酒米にこだわり、蔵の北に位置する三ヶ根山麓から汲み上げた地下水を使用。「お酒は風土からの贈りもの」だという考えは、創業時から変わらない。江戸時代から日本酒の生産が盛んだった愛知県では、酒粕を二次加工した三河みりんなどの発酵調味料の生産も同時に活発に。そんな背景もあり、三河みりんを使って甘く仕上げた鰻の蒲焼きをはじめ、同県発祥で、旨みや香りが濃厚な赤味噌を使った「どて煮」や「味噌カツ」など、愛知県では味付けが濃いと言われる独自の郷土食が発展していった。その“濃い味”には、山﨑合資会社が造るガツンとした味わいの日本酒が一番合うと、専務の山﨑裕正さんは胸を張る。</p>



<p><br></p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>奥三河地方で生まれた、酒のための米「夢山水」</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1874-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40174" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1874-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1874-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1874-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1874.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>尊皇や奥などの主力商品は、すべて愛知県産の酒造米から造られる。その中でも最も品質が高いと言われている「夢山水」は、奥三河地方の地元農家と酒造メーカーの強い希望によって愛知県農業総合試験場の山間農業研究所が育成･開発した山間部向けの米だ。酒造好適米である「山田錦」を母本（ぼほん）に、「チヨニシキ」の姉妹系統である「中部44号」を父本（ふほん）にして、改良を重ねて1998年に誕生した。<br>2014年には平坦部向けの酒造米「夢吟香」も誕生。この品種は心白がコンパクトで、高度精米が可能というメリットがある。2019年には愛知県産の山田錦も登場し、地元にこだわった酒造米にも選択肢が増えてきた。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>日本酒の“奥”を深めた新たな銘柄【奥】</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A2032-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40175" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A2032-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A2032-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A2032-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A2032.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p>夢山水を100％使って作られるのが、主力銘柄のひとつである奥だ。夢山水をいち早く取り入れたものの、商品化には苦戦。試験醸造を4年繰り返し、ようやく開発された。開発コンセプトは「とにかく香りが高くて、濃いお酒を造る」。その言葉の通り、奥のアルコール度数はどれも18度以上と、日本酒にしてはアルコール度数が高いものばかりだ。山崎さんは「奥は18度以下では成り立たない」と言葉に力を込める。<br></p>



<p>山﨑合資会社では自家製米で夢山水の精米歩合を22％まで磨き上げ、雑味のない仕上がりを実現。度数も香りも高いのに、雑味がない。開発した先代社長の「日本酒の“奥”が深まった」という強い思いを込め、奥と名付けられたそうだ。<br><br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>蔵の特徴は含みでわかる、蔵の技術は後味でわかる</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1932-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40176" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1932-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1932-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1932-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1932.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>山崎さんは「酒を口に含んだときの“含み”がその蔵の特徴だと思うんです。僕は、後味に蔵の技術が出ると思っています」と話す。山崎さんたちの目指す「後味」は雑味のないクリアな味。そのために、温度や湿度の管理は特に徹底している。1993年に冷房、冷蔵完備の蔵を新築。現在では蔵内の全商品を低温貯蔵できるようになった。<br>また、精米後の米や出来立ての麹を乾燥させる「枯らし」に注力。大きな窓から入る、幡豆の風の力を借りながら、時間をかけて雑味を消していく。この作業を経て造られた酒を初めて口にした山崎さんは、「こんなに違うものなのか」と驚いたそうだ。</p>



<p><br></p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>「時代に逆行」と言われても…貫きたい矜持</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1900-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40177" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1900-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1900-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1900-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1900.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>2020年以降、低アルコールで、華やかな香りの日本酒を造る酒造が増えているが、山﨑合資会社は生原酒の取り扱いが多いこともあり、いずれの商品もアルコール度数が高めだ。奥は基本のアルコール度数が18度、尊皇も17度前後。山崎さんは「時代は低アルコールかもしれないですが」と前置きし、「こういった一部の濃いお酒は旨みも強いし、これが好きなコアなファンの方々も必ずいると思う。そういった方のためにも守っていきたい」と胸を張る。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>多様化するアルコール業界で次の一手を考える</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1892-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40178" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1892-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1892-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1892-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1892.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>山崎さんは「世の中にはありとあらゆる酒質があると思うんです。ここから『次の一手』を考えたときに、何を作るかがなかなか思い浮かばない」と正直な胸の内も吐露する。そのために新商品の研究･開発には余念がない。<br></p>



<p>2013年には、完全ノンアルコール甘酒の「一糀。」を発売。麹造りから瓶詰めまで、これまで長い間培ってきた酒造りの技術をふんだんに注ぎ込んだ。もちろん、米は愛知県産で精米歩合は60％。砂糖不使用ながら、米の甘みをしっかり感じることができる。西尾市の特産品･抹茶や古代米を使用した味も用意されていて、老舗蔵元のまた違った一面を味わえる。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>「地酒は風土が育てる」</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1971-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40179" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1971-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1971-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1971-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1971.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>蔵で作られた酒の７割は愛知県内で消費され、そのほかは全国の特約店などで販売される。これからは販路の拡大や、ブランドの認知工場に力を入れていくという。「うちの蔵は地元の米を地元で醸しているということをもっと発信していきたい。そのことが愛知の食文化を発信することにつながるのかな」と山崎さん。<br></p>



<p>「地酒は風土が育てているもので、暮らしている人間もこの風土のものを食べている。この蔵の周囲の環境と、抜群に合うお酒を開発していきたい」。創業当時から続く「すべてのものがそうであるように、お酒もまた風土の産物」という理念は120年経っても変わらず、これからも受け継がれ続ける。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40170/">地元で生まれた酒米で理想の酒造りに挑む。「尊皇」蔵元･山﨑合資会社／愛知県西尾市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>しらすのうまみを閉じ込めた「生炊きしらす」の生みの親「マル伊商店」／愛知県南知多町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 29 Jan 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[漁業]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[南知多町]]></category>
		<category><![CDATA[しらす]]></category>
		<category><![CDATA[農林水産大臣賞]]></category>
		<category><![CDATA[佃煮]]></category>
		<category><![CDATA[イワシ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2613-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>知多半島を囲む三河湾・伊勢湾・太平洋で漁獲した新鮮な海産物を用いた加工食品を製造し、全国へお届けしている「マル伊商店」。国内でも希少な「生炊き」製法を採用したシラスの佃煮をはじめ、伝統を守りつつ最新技術も取り入れながら、 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40024/">しらすのうまみを閉じ込めた「生炊きしらす」の生みの親「マル伊商店」／愛知県南知多町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2613-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>知多半島を囲む三河湾・伊勢湾・太平洋で漁獲した<br>新鮮な海産物を用いた加工食品を製造し、全国へお届けしている「マル伊商店」。<br>国内でも希少な「生炊き」製法を採用したシラスの佃煮をはじめ、<br>伝統を守りつつ最新技術も取り入れながら、地元の海の恵みを全国の食卓に届けています。</strong></p>



<p>しらすの一大産地である愛知県･南知多町で生まれた「生炊きしらす」をご存知だろうか。生の状態での扱いが難しいしらすの本来のうまみを残したまま、タレとともに甘く炊き上げた佃煮で、農林水産大臣賞も受賞している逸品だ。釜揚げしらすとも、しらす干しとも違う味わい。その秘密を、開発元である<a href="https://www.maruishouten.com/" title="">マル伊商店</a>の代表取締役社長･坂下史朗さんが教えてくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">知っておくべき、三河湾のしらすのこと</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_12-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40030" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_12-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_12-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_12-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_12.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>愛知県知多郡にある南知多町。知多半島の南部に位置する、半島の先端とその沖合に浮かぶ篠島（しのじま）や、日間賀島（ひまかじま）といった島々からなる穏やかな町だ。三方を海に囲まれた漁業が盛んなこの地域に、水産加工や卸売業を営んでいるマル伊商店がある。4代目で代表取締役社長の坂下史朗さんは、「イメージがないかもしれませんが、実は愛知でもかなりの量のしらすが取れるんです」と話す。農林水産省による令和3年漁業･養殖業生産統計によると、確かに愛知は全体のシェアのうち約14％を占めていて、これは全国2位の数字だ。さらに、市町村単位で見れば南知多町のしらす漁獲量は全国1位を誇る<strong>しらすの町</strong>。</p>



<p>なぜ、この町がしらすの一大漁場となり得たのだろうか。その理由は<strong>しらすの親であるイワシの産卵時期</strong>。ここは湾の内側に伊勢湾と三河湾が交わり、渥美半島の向こうの外洋には太平洋がある。内湾と外洋では水温をはじめとした生育環境が異なるため、イワシの産卵の時期がちがう。そのため、ほかのエリアよりもしらす漁期が長いのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">一分一秒が勝負。しらすの命は鮮度にあり</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2002-1.jpg" alt="" class="wp-image-40033" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2002-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2002-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2002-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>現在、マル伊商店がメインで取り扱っているしらすは、地元･師崎漁港（もろざきぎょこう）で水揚げされると、すぐに自社工場に運ばれてくる。しらすはとにかく足が早く、朝、水揚げされたものは夕方にはかなり鮮度が落ちて、臭いが出てくる。漁獲量が多い南知多では、<strong>その日のうちに生のままのしらすを全量消費することが難しく、しらす干しや佃煮などの日持ちする商品に加工して出荷する必要があった。</strong>同社でも「生しらす」はすぐに販売できる範囲でしか扱わず、「釜揚げしらす」「しらす干し」「ちりめんじゃこ」といった加工品を中心に製造し、全国各地のスーパーなどへ流通させていたのだが、とあるオリジナル商品の誕生により、しらす業界でも一目を置かれる存在となる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「生炊きしらす」は、しらすの食感とうまみを生かした佃煮</h2>


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<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="451" height="301" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/29d3bc99193cb0b837fb8cc53f050ae5.jpg" alt="" class="wp-image-40036" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/29d3bc99193cb0b837fb8cc53f050ae5.jpg 451w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/29d3bc99193cb0b837fb8cc53f050ae5-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 451px) 100vw, 451px" /></figure></div>

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<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2613-1.jpg" alt="" class="wp-image-40037" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2613-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2613-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2613-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>マル伊商店は1908年に創業した水産物の加工会社。地元･三河湾や近隣の伊勢湾、そして太平洋で獲れる水産物を加工･販売しており、1991年には直売所もオープン。その後は自社ブランドの製品開発にも力を入れてきた。なかでも看板商品となっているのが<strong>「生炊きしらす」</strong>。耳なじみのない商品名だが、<strong>生のまま炊き上げたしらすの佃煮</strong>のことで、2009年には農林水産大臣賞を受賞した逸品だ。</p>



<p>一般的にしらすの佃煮と言えば、釜揚げしらすのように、加熱処理を行ったしらすをタレと一緒に煮詰めて作られる。だが、生炊きしらすの場合は火を通していない、文字通り“生”の状態のしらすをそのままタレと一緒に煮詰めていく。そうすることで、しらす本来の味をそのまま生かすことができるのだという。「一度茹でると、魚なのでどうしてもだしが出てしまう。生から炊くことで魚本来の味がしっかり残るんです。臭みも出ないですし、柔らかい食感が好評です」と坂下さんは胸を張る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">“よくある佃煮”とは違う、その製法を知る</h3>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_17-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40040" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_17-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_17-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_17-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_17.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>しらすのような小さい魚を、生から炊き上げるのは難しいと言われている。生の状態だと魚が含んでいる水分が多く、形が崩れやすいからだ。最初にしらすよりも大きくて鮮度持ちがよく、南知多でも多く取れるイカナゴを使って生炊きの佃煮を作ってみると、無事に成功した。しかし、イカナゴの漁期は短く、量産には適していなかった。そこで漁獲量が多く、漁期も長いしらすを使った生炊きの佃煮を作ることにした。</p>



<p>しかし、開発当初は失敗の連続。まずは小さな家庭用の鍋から試作を重ね、しらすが煮崩れず、タレの味がしっかりとついた納得の仕上がりになるまで試行錯誤したそうだ。形を崩さずに炊きあげるためには適切な火力が必要だが、それ以上に最も重要なことは鮮度だという。鮮度が落ちたものはすぐに形が崩れる。だから、目の前で揚がった新鮮なしらすを1分1秒でも早く加工しなければならないのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">試行錯誤の末に生まれた逸品</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_34-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40043" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_34-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_34-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_34-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_34.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>そうした試行錯誤の末に生まれた生炊きしらす。タレはしょうゆと清酒、本みりん、砂糖のみを使って、その日使う分だけを調合している。佃煮によく用いられる増粘剤や、その代替品となる水あめは一切使用しない。魚本来が持つ味と食感を損なわないためだ。無添加にもこだわっていて、着色料･保存料の類も使用していないという。タレに含まれる砂糖が保存料の役割を果たしているため、冷蔵で2か月間は持つそうだ。</p>



<p>口に含むと、その柔らかさに驚く。そして、タレの甘みの中にしっかりとしらすが持つ魚本来のうまみが残っている。1尾1尾がしっかりと形を留めているからか、ぷりっとした食感も特徴だ。食べやすさと甘めの味つけが、子どもから大人まで幅広い世代に受け入れられている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">気候変動、燃料高騰。過渡期を迎えつつある水産業</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_30-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40044" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_30-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_30-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_30-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_30.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>マル伊商店は地元･南知多で水揚げされた魚の加工･販売だけではなく、冷凍技術を使った輸出なども行っている。坂下さんが4代目として事業を継承してからは、取り扱う魚を南知多以外からも仕入れるようになった。そこには昨今の気候変動による影響がある。坂下さんは「昔は取れていた魚が取れなくなってきたり、今までは取れなかった魚が混ざっていたり。今後10年で、さらに変化すると思う」と、魚が徐々に移動している現状を語る。魚は動くが、漁師たちは自分の漁場から動くことはできない。加工業者にとっても、一度投入した大型の設備をすぐには刷新できない。</p>



<h3 class="wp-block-heading">水産関連業者の未来を考える</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="782" height="521" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2833-13.2.png" alt="" class="wp-image-40047" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2833-13.2.png 782w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2833-13.2-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2833-13.2-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 782px) 100vw, 782px" /></figure></div>


<p>自然を相手にする漁業と、水揚げされた魚で商売をする水産加工業にとって、気候変動は避けては通れない問題だ。同時に、エネルギー価格の高騰による燃料費の値上げも事業を圧迫している。そんな中、坂下さんは水産関連業者の将来について、「養殖」が1つのキーワードになると考えている。</p>



<p>「今、資金力がある大きな会社で、養殖に参入するところが増えているんです」という坂下さん。水産関係ではなかった企業も参入しているのが現状だそうだ。漁獲量は減りつつあるが、世界人口がこれからも増え続けることで魚の需要が増えることを見越しているのではないかと坂下さんは分析する。あるものを捕る漁業から、自分たちで作る漁業に。そんな未来がすぐそこまで来ているのかもしれない。</p>



<h3 class="wp-block-heading">苦難の状況を打破することが経営の醍醐味</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_37-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40050" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_37-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_37-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_37-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_37.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>苦境ばかりに思える水産業だが、坂下さんは誇りを抱いている。漁獲量は毎年変化し、豊漁の年もあれば、不漁の年もある。それでも目の前にある商材をどう生かし、需要に応えていくかを考えるのが経営の醍醐味だと考えているからだ。「地元で魚が獲れなくなったら、どういうところの魚を使って、どんな商売にしていくのかを考えるのが楽しいところです」と坂下さんは笑う。 そして、生炊きしらすはそんな坂下さんのマインドを下支えしている。「自分たちの商品は、誰もが作り出せるものではない。自分たちにしか作れないからこそ、食べてもらったときのお客さんの反応を見ると、やりがいを強く感じます」。苦境の時代だからこそ輝く。坂下さんからどんなアイディアが飛び出すのか、注目したい。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/48241842cd5b66fbcff7ec143eea7d1e-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-47802" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/48241842cd5b66fbcff7ec143eea7d1e-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/48241842cd5b66fbcff7ec143eea7d1e-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/48241842cd5b66fbcff7ec143eea7d1e-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/48241842cd5b66fbcff7ec143eea7d1e.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">マル伊商店 代表取締役 坂下史朗さん</figcaption></figure></div>


<p>私たちがここまで成長できたのも、三河湾や伊勢湾、太平洋の豊かな恩恵があるからこそ。「”南知多の名産“となって、地域を盛り上げたい」との思いを胸に挑戦することを忘れず、これからも地元産の海の恵みを中心に、よりおいしい状態で食卓へ届けることを第一に考えていきます。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40024/">しらすのうまみを閉じ込めた「生炊きしらす」の生みの親「マル伊商店」／愛知県南知多町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>名古屋みやげ筆頭。青柳ういろう「もっと愛されるために」五代目長男の新たな挑戦／愛知県名古屋市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/39988/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 26 Jan 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[和菓子]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[名古屋市]]></category>
		<category><![CDATA[ういろう]]></category>
		<category><![CDATA[お土産]]></category>
		<category><![CDATA[青柳総本家]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/top-3.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>名古屋みやげの代表格ともいえる青柳総本家の「青柳ういろう」だが、ルーツは中国にあるといわれる。ういろうがどのように始まり、名古屋みやげの定番として人気を博すようになったのか。そのルーツやブランド拡大の立役者、また青柳総本 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39988/">名古屋みやげ筆頭。青柳ういろう「もっと愛されるために」五代目長男の新たな挑戦／愛知県名古屋市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/top-3.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>名古屋みやげの代表格ともいえる<a href="https://www.aoyagiuirou.co.jp/" title="">青柳総本家</a>の「青柳ういろう」だが、ルーツは中国にあるといわれる。ういろうがどのように始まり、名古屋みやげの定番として人気を博すようになったのか。そのルーツやブランド拡大の立役者、また青柳総本家の新たなチャレンジに迫る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">600年以上前に中国から伝わった、ういろう</h2>



<figure class="wp-block-image size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/5e93c36071a3ccd8a3a67c2b79520d5f.jpg" alt="" class="wp-image-39995" width="899" height="598" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/5e93c36071a3ccd8a3a67c2b79520d5f.jpg 601w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/5e93c36071a3ccd8a3a67c2b79520d5f-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 899px) 100vw, 899px" /></figure>



<p> </p>



<p>そもそも「ういろう」と聞いて、どんなものを思い浮かべるだろうか。多くの人はつるんとした見た目の和菓子を思い浮かべるだろうが、若い世代では「どんなものかさっぱりわからない」という人も少なくはないという。</p>



<p>ういろうは、愛知県･名古屋のみやげとして長年愛されている和菓子だ。米粉やわらび粉、小麦粉などに砂糖や水、でんぷんを混ぜて蒸している。名古屋のみやげとして真っ先に挙がるものの１つであることから地元では名古屋発祥と思われがちだが、実はルーツは中国だといわれる。</p>



<p>日本に持ち込んだのは、室町時代に中国（当時は「元」の時代）の医術に通じ、薬を調達する役職に就いていた陳延佑という人物。元が明に滅ぼされ、陳氏は日本に亡命。日本に帰化した際に、元王朝時代の役職をもとに陳外郎（ちんういろう）と名乗るようになり、外郎家という名が定着していった。医術に長けていた陳氏が日本で売るようになった薬が良く効くと評判になり、当時の将軍･足利義満氏の招聘で息子の陳外郎大年宗奇氏が京都に移り住んだ。朝廷の接待役を務めていた際に、接待のお茶請けとして出していたお菓子がういろうと呼ばれるようになったとか、<strong>薬の苦味を和らげるために作ったお菓子がういろう</strong>と呼ばれるようになったなど、その辺りは諸説あるとされる。</p>



<p>後に、小田原に城を築く北条早雲氏に招かれ、小田原城下に移り住んだ外郎家。以後、小田原で薬とお菓子を作り続け、<strong>現在も小田原城下町で「株式会社ういろう」として受け継がれる</strong>とともに、日本の他の地域でもういろうが作られるようになったという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">名古屋駅構内やホームでの立ち売りを経て、定番みやげに</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2451-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-39998" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2451-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2451-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2451-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2451.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>となると、日本においての<strong>先駆けは神奈川県の小田原市</strong>となるのだが、なぜういろうが名古屋みやげの定番として知られるようになったのか。<strong>そこに青柳総本家の奮闘が隠されているのだ。</strong>青柳総本家はそもそも、明治12年に蒸し羊羹業として創業した。その後二代目が東京でういろうの作り方を教わったことから、ういろうの製造も始めるようになった。</p>



<p>転機となったのは、三代目の後藤為彦さんが、それまで簡易包装により賞味期限が翌日ないし当日だったところを「より多くの人に楽しんでもらいたい」と考え、<strong>日持ちするような製造と包装技術を確立した</strong>ことだ。それにより、為彦さんはJR名古屋駅（当時は国鉄）構内やプラットホームで、初めてういろうの立ち売りを始めることとなった。<strong>後にういろうが名古屋名物となるきっかけとなった</strong>のだ。</p>



<p>努力はチャンスも呼び込んだ。その２年後となる<strong>1964年に東海道新幹線が開通</strong>。構内販売やプラットホームに加えて、青柳ういろう１店だけが車内販売の許可を得てういろうを販売するようになり、名古屋みやげとしての存在を加速させたのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">名古屋のういろうは米粉が主原料</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="941" height="627" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-1.png" alt="" class="wp-image-39999" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-1.png 941w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-1-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-1-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 941px) 100vw, 941px" /></figure>



<p> </p>



<p>ういろうは実は、小田原や名古屋だけでなく、三重県伊勢市、山口県、徳島県など各地で名産品となっており、材料や特徴も地域により異なる。ようは、でんぷんに砂糖や水を加えて固めたものであればういろうに属するのだ。名古屋のういろう米粉に砂糖やでんぷん、水を練り混ぜて、蒸して仕上げる。山口県ではわらび粉を入れたり、三重県では小麦粉の割合が多かったりするそうだ。たまに羊羹と間違われることもあるが、羊羹は小豆を主原料とした餡を型に流し込み、寒天で固めた和菓子。似て非なるものである。</p>



<p>シンプルな原材料だからこそ、職人の経験がものを言う。青柳ういろうは国産の米粉を使用しているが、米を収穫した年の天候や気温によってういろうの味や舌ざわりに違いが出る。職人はその違いを見極めながら、理想の味や舌ざわりとなるよう生地を仕込んでいくのだ。湯気の立ち込めるなか、1時間かけて蒸し上がったういろうは、<strong>もっちりとしたやさしい食感と米の香りを感じさせる上品な甘さが特長</strong>となっている。</p>



<p>青柳総本家で一番売れるのは白砂糖を使ったオーソドックスなういろうだが、砂糖の代わりに黒糖や和三盆を使ったり、地元･愛知県常滑市で有名な日本酒「白老 大吟醸」を加えたものなど、味のバリエーションはさまざまだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ロゴマークがモチーフとなった「カエルまんじゅう」</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2664-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40002" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2664-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2664-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2664-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2664.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>1989年に創業110周年を記念して作られたのが、今や看板商品のひとつである「<strong>カエルまんじゅう</strong>」。青柳総本家のロゴである柳に飛びつくカエルは不屈のチャレンジ精神を表しているのだが、そのロゴマークのカエルがモチーフとなっている。中にはこしあんが入り、カエルの目は職人が手作業で焼き印を入れている。販売した当初は売れ行きが鳴かず飛ばずだったというが、毎年売り上げを伸ばしている商品。なんとも<strong>愛らしいカエルの表情が消費者の心を捉えて離さない</strong>のだろう。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2619-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40003" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2619-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2619-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2619-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2619.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>名古屋みやげの代表格としての地位を築いた青柳総本家だったが、コロナ禍で外出が控えられると売上に大きなダメージを受けた。そこで「みやげ以外の可能性を広げられないか」と、社内でブレインストーミングをして生まれたのが、「旅行･出張･無事カエル」「幸福･大吉･福カエル」という<strong>縁起のいい語呂合わせ</strong>。付加価値により、ニーズを広げることに成功した。また「諦めずにチャレンジする」として、受験生向けにもメッセージを届けられないか？と考えた。<strong>不屈の精神は、先祖代々脈々と受け継がれているのだ</strong>。</p>



<p>名古屋の玄関口である名古屋駅から直結するKITTE名古屋店の店舗では、カップのミルクシェイクの中にカエルまんじゅうが入り、まるでカエルまんじゅうがお風呂に入っているような見た目の「カエルのミルク風呂」なるデザートが女性心を捉えた。</p>



<p>このカエルまんじゅうをアレンジして人気を博したのが、2021年に発売した「ケロトッツォ」。この年ブームを呼んだ<strong>マリトッツォとカエルまんじゅうをかけ合わせた和洋折衷のお菓子</strong>だ。すでにマリトッツォがトレンドとして話題を集めていたなかでの商品開発だったため、稔貴さんを中心に開発は急ピッチで進められた。</p>



<p>「1ヶ月で商品化して、3ヶ月ほどの期間限定で販売しよう」最初はそんな思いでのスタートだったが、販売開始1ヶ月で1万個以上が売れるという大ヒットを記録。ケロトッツォは定番商品となり、生クリームとクリームチーズをミックスした定番商品のほかに、「苺」「ラムレーズン＆くるみ」「クリームチーズ＆レモン」のバリエーションも登場した。今後も、青柳総本家の看板を担っていく商品のひとつとなっていくだろう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">開店前に連日行列ができた「スライムういろう」</h3>



<p>稔貴さんの新たなチャレンジは留まることを知らない。本業であるういろうにおいても、「それまでういろうを知らない人にも認知してもらい、食べてみてほしい」という思いを抱く。そんななか2022年に期間限定で開発されたのが、ゲーム「ドラゴンクエスト」の世界観が融合したういろう「スライムういろう」。定番のういろうに加えて、コラボ限定のみかん味、キウイ味の3つがセットに。フレーバーもさることながら、<strong>ドラゴンクエストの世界から飛び出してきたかのような</strong>ポップな見た目が話題を集め、開店前から店舗前に行列ができたという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">今後は海外も視野に</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2449-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40004" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2449-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2449-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2449-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2449.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>餅やお米が受け入れられるような国なら、海外でもチャンスはあるかもしれない。日本でも今までのういろうのイメージを覆す食べ方のアレンジなどがあるかもしれない。「昔ながらの味や見た目に凝り固まらずに考えていきたい」と話す稔貴さんのチャレンジは、まだまだ勢いを増していきそうだ。三代目為彦さんが成しえたような変革のチャンスが訪れているのかもしれない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39988/">名古屋みやげ筆頭。青柳ういろう「もっと愛されるために」五代目長男の新たな挑戦／愛知県名古屋市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>使い手の生活に寄り添い永く愛される工芸品を。陶芸家･大澤哲哉さん</title>
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		<pubDate>Thu, 21 Sep 2023 01:00:35 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[アンティーク]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_13_54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「日本六古窯」の1つにも数えられる常滑焼の産地、愛知県常滑市。陶芸家・大澤哲哉さんはこの地に拠点を構え、普段使いの食器や道具を作っています。ヤスリによる磨きの技術と常滑独自の釉薬で表現するかすれた風合いと上品な輝きは、ま [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_13_54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>「日本六古窯」の1つにも数えられる常滑焼の産地、愛知県常滑市。<br>陶芸家・大澤哲哉さんはこの地に拠点を構え、普段使いの食器や道具を作っています。<br>ヤスリによる磨きの技術と常滑独自の釉薬で表現するかすれた風合いと上品な輝きは、<br>まるで上質なアンティーク品のよう。陶芸の道を一筋に歩み続けて辿り着いた、<br>大澤さんならではのオリジナリティーです。</strong></p>







<p>愛知県常滑市は焼き物の一大産地だ。常滑の陶土は「お茶の味をまろやかにする」と言われ、この地で作られる急須は今でも広く愛されている。陶芸家･大澤哲哉さんは、常滑独自の釉薬「チャラ」を使い、かすれたような風合いが特徴の食器などを作っている。彼のものづくりは、常滑だからこそ実現したものだった。</p>







<h2 class="wp-block-heading">焼き物の町・愛知県常滑に息づく道具作りのスピリット</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38703" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>愛知県知多半島の西海岸に位置する常滑市は「日本六古窯」のひとつとされる焼き物の産地で、その歴史は平安時代末期までさかのぼる。皿や食器から、貯蔵用の大きな甕（かめ）や壺まで、人々の日常に寄り添った焼き物が生産されてきた。常滑で活動している陶芸家・大澤哲哉さんのアトリエを訪ねると、その裏庭には焼き損なわれた大きな甕が無数に横たわり、重なり合っていた。大澤さんが常滑に腰を据えるずっと前からこの地に置かれてきたものだ。積み上げられた甕を眺めながら、「大きさが半端じゃないんですよ」と話す大澤さん。「作った人の痕跡が町のそこら中にある。常滑が持っているパワーをありありと感じるんですよね」。</p>







<h3 class="wp-block-heading">多治見から常滑へ、大澤さんの旅路</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-48898" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>大澤さんは、美濃焼の主産地として知られる岐阜県多治見市の出身だ。「多治見の小学校には絶対に窯があって、授業の時間に粘土を触るんです。これがおもしろくて」と話すように、子どものころから陶芸を身近に感じていた大澤さん。中学卒業時は迷わず陶芸家への道を選んだ。「なにか楽しいことをやって生きていきたかった。音楽か美術か。なかでも、具体性のある焼き物にしようと思ったのがきっかけです」。その後は高校、大学で陶芸をみっちり学び、後に師匠となる吉川正道氏に導かれて常滑にやってきた。</p>



<p>なぜ、同じ焼き物の産地である地元･多治見に帰らなかったのか？ 大澤さんは「多治見のすごさやおもしろさは、今になったらわかるんですけどね。当時は『焼き物しかなくてつまらない』って思っちゃって。多治見から出たかったんです」と話す。</p>







<h3 class="wp-block-heading">常滑の土が急須に最適な理由</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38709" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>焼き物の産地として長い歴史を持つ常滑。中でも、常滑焼の代表と言われるのが急須だ。作られるようになったのは江戸時代後期になってからで、ここ200年くらいの出来事だ。鉄分を多く含み、焼き締まりがいい常滑の土「朱泥」は急須作りに最適だった。さらに、酸化鉄がお茶に含まれるタンニンに反応して味をまろやかにする効果があることから、茶人に好まれてきたという。そして、茶葉の蒸らしや温度保持に必要な蓋の密閉性を実現した職人たちの技術の高さも支持されてきた理由のひとつだ。</p>



<p>大澤さんの作る急須をよく見てみると、赤色の土がところどころ剥がれ、黒い土が覗いている。これは黒い素地の上に茶色の化粧土を塗り、さらにその上から赤い化粧土を塗って、3層にしてから土を粗く削り落として風合いを作っているのだという。漆の根来塗をイメージするとわかりやすいかもひしれない。「現代工芸作家さんから受けた影響と、常滑急須のクオリティーを自分の中で成立させたかった」と言う大澤さん。その手仕事をひもといていく。</p>







<h2 class="wp-block-heading">オリジナリティーにたどり着くまで</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image.png" alt="" class="wp-image-38711" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>素地の上に違う色の化粧土を重ねていくつかの層を作り、釉薬をかけて焼成した器をヤスリで磨くことで、下層の化粧度を露出させる。そうして作られる大澤さんの作品の最大の特徴が、かすれたような質感だ。その色合いや凹凸は唯一無二のものだ。大澤さんは自身の作品について「古いお家にあるものや、お寺にある仏像の質感を自分の中でイメージしています」と話す。一方で「どうしたらシンプルな器の形だけで作品として成立するのか、どうしたら自分の質感を作れるのか、ものすごく悩みました」と、この作風に至るまでの苦労も吐露した。</p>







<h3 class="wp-block-heading">茶人が愛する、急須の「照り」をかなえる釉薬</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1.png" alt="" class="wp-image-38712" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>その苦悩の中で出会ったのが、急須作りに欠かせない常滑独特の釉薬「チャラ」だった。チャラとはガラス質の釉薬とは違い、焼成されると土の質感を保ちながら漆のような光沢を放つ釉薬で、急須に高級感を与える「照り」を求めた常滑の人々が古くから親しんできたものだ。「ガラス質の釉薬だと光りすぎる。でも土のままだと粉っぽすぎる。そこでチャラを使ってみたら、信じられないくらい質感が落ちついたんです」。</p>



<p>大澤さんは現在、黒、白、赤を表現する3種類のチャラを使い分けて作品作りを行っている。常滑で作陶を続けたからこそ出会ったチャラ。その絶妙な光沢と漆のような質感が、大澤さんの作品のオリジナリティーとなっているのだ。</p>







<h3 class="wp-block-heading">同じく陶芸家の妻・増田光さんの存在</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2.png" alt="" class="wp-image-38715" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>皿やマグカップなどが整列するアトリエの中で、異質な存在感を放っていたのが、クマのオブジェ。このクマのオブジェは、大澤さんの妻で陶芸家の増田光さんからの影響を大きく受けている。増田さんはクマなどの動物やこけし、だるまなどをモチーフにした自由で柔らかい雰囲気の陶芸作品を制作し、東京･六本木ヒルズA/Dギャラリーで個展を開くほどの人気作家だ。</p>



<p>もともと「形を制御しながら作ってしまう」コンプレックスがあった大澤さんは、増田さんが自由な造形を作り出す様子に憧れを抱くようになった。そんななか、ろくろの回転に土を抑え込むのではなくて、もっと自由に作れるものを求めて作り出したものが、このクマのオブジェだ。よく見ると、一つひとつ微妙に形が違っている。大澤さんの求めた「自由」への理想が体現されているのかもしれない。「ゆくゆくはサイズ違いで揃えても楽しめるものにしたい」と大澤さんは声を弾ませる。</p>







<h2 class="wp-block-heading">道具は、人が使うものだから</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38718" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p> 「道具の歴史っていいなって思うんです。道具は、作る人と使う人のリレーションの中でさらにいいものができてくるから」と、大澤さんは語る。例えばこのコーヒードリッパーは、大澤さんが愛知県内でコーヒーショップを営む知人のために制作したもの。大澤さんは「どんなコーヒーの道具を使いたいのか」とヒアリングを重ね、溝の数や深さを細かく調節していった。</p>



<p>大澤さんは「急須もそうですが、実際に使う方からご意見をいただけるのがやっぱり一番うれしいんです。意見をもとにブラッシュアップしていくのがおもしろい」と話す。このコーヒードリッパーは都内のカフェオーナーの手にもわたり、その感想を聞いては改良を加えているそうだ。作る人と使う人のリレーション。大澤さんの作る道具は、使う人との関わり合いの中で進化し続けていく。</p>







<h3 class="wp-block-heading">師匠の背中を追って世界に挑む</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3.png" alt="" class="wp-image-38721" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>大学在学中から陶芸家・古川正道氏の元で修行を積んだ大澤さん。ニューヨークやロンドン、パリなど国外でも精力的に活動してきた古川氏の影響を受け、今後は海外市場への進出を視野に入れているそうだ。「現地に行って、現地の方とお話をして、新しい人と出会って…。刺激を受けながら、また自分の場所に戻ってきて、新しい夢を描くのが理想」と声を弾ませる。もともと「販売や営業が得意ではない」と言う大澤さんはクラフトマーケットや陶器市に出展することでギャラリーとつながり、販路を拡大してきた。現在はInstagramを活用して、国内外のギャラリーとコンタクトをとっているという。2023年11月にはオーストラリアで増田さんと夫婦そろっての個展を開催予定だ。「国内はもちろん大事だけど、自分の作品と一緒に海外に出かけていく機会をもっと増やしたいです」と、夢を語った。</p>







<h3 class="wp-block-heading">人が使う“道具”を作り続けてきた常滑だから</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38724" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>大澤さんの手仕事は、つねにその道具を使う人を意識している。「自分が作った作品が、新しいきっかけをくれる。今とはもっと違うものを作って、その作った作品と使う人の間にどんな出会いや刺激があるのかを想像するのが楽しいんです」。長きにわたって道具を生産してきた常滑だからこそ磨かれた感性に、常滑だからこそ出会えたチャラが加わって完成した大澤さんの作る作品には、常滑のすべてが乗せられている。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38706" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　大澤哲哉さん</figcaption></figure></div>


<p>器は使い込むうちに、水分や油分を吸収しながら変化していきます。「汚れ」と取ればネガティブですが、器の経年変化の中に美しさを見出せる日本人独特の感性に支えられて成立しているのが陶器であると考えています。普段からたくさん使っていただけると嬉しいです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38698/">使い手の生活に寄り添い永く愛される工芸品を。陶芸家･大澤哲哉さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>日課は土作り。オールドスタイルの常滑焼を追求する陶芸家･伊藤雅風さん</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 20 Sep 2023 01:00:10 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[急須]]></category>
		<category><![CDATA[朱泥]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸]]></category>
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		<category><![CDATA[常滑焼　特徴]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1259-1-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛知県常滑市の陶芸家・伊藤雅風さんは、常滑焼の代表ともいえる急須のスペシャリスト。毎日欠かさない土づくりに始まり、自家製の土の表情をそのまま生かした作風が特徴です。目指したのは、お茶を淹れたくなるような急須。シンプルであ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1259-1-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>愛知県常滑市の陶芸家・伊藤雅風さんは、常滑焼の代表ともいえる急須のスペシャリスト。<br>毎日欠かさない土づくりに始まり、自家製の土の表情をそのまま生かした作風が特徴です。<br>目指したのは、お茶を淹れたくなるような急須。シンプルでありながら高い精度を誇る、<br>オールドスタイルの常滑焼を極め続けています。</strong></p>







<p>日本六古窯（にほんろっこよう）のひとつ・愛知県常滑市は、平安時代後期から焼き物産地として栄えた。焼くと赤褐色となる朱泥（しゅでい）土が特徴で、代表的な伝統工芸品が急須だ。そんな常滑市で生まれ育ち、高校・大学で陶芸を専攻し、人間国宝・三代山田常山に師事した急須作家・村越風月氏に弟子入りして腕を磨いた伊藤雅風（がふう）さんは、土作りから自身で行う稀な存在。急須にかける思いを尋ねた。</p>







<h2 class="wp-block-heading">朱泥土が特徴の常滑焼</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1837-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38674" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1837-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1837-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1837-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1837.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>平安時代後期から始まったといわれる、愛知県常滑市を中心に作られる常滑焼。当時は常滑市を中心に知多半島の丘陵地のほぼ全域に穴窯が築かれ、日本六古窯のなかでも最大の焼き物産地へと発展した。<span class="swl-marker mark_yellow">知多半島で採れる陶土は鉄分を多く含み、焼き上がると朱色になることから朱泥（しゅでい）と呼ばれ、常滑焼ならではの特色となっていった。</span></p>



<p>平安時代には甕（かめ）や壺、鎌倉時代には茶碗や器などが作られ、江戸時代後期からは陶製の土管や朱泥急須が作られるように。江戸時代中期頃から茶文化が広まっていたことも、常滑の急須制作に拍車をかけた。朱泥の開発に注力されるようになり、急須の産地として全国的にも知られるようになっていった。</p>







<h3 class="wp-block-heading">陶土と技術が合わさって発展した急須</h3>



<p>鉄分がお茶の苦みや渋みをまろやかにしてくれることも相まって現代も愛されている常滑焼の急須だが、常滑の朱泥が急須作りに適しているというのも、発展した理由のひとつにある。朱泥はきめ細かく、薄く仕上げてもへたらない強さがあり、鉄分が多くしっかり焼き締まるという点においても急須に向いているというのだ。また、<span class="swl-marker mark_yellow">朱泥急須は使えば使うほどにツヤが出て、“育てる急須”ともいわれる。</span></p>



<p>ただし、急須作りには高い技術が必要とされる。本体部分、蓋、取っ手、注ぎ口など…パーツをそれぞれ作っておいて、最後に組み合わせる。当然合わせる部分がぴったりのサイズや角度でないと急須として使い物にならないうえ、組み合わせたときの見た目のバランスも、品質を大きく左右する。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1967-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38677" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1967-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1967-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1967-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1967.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p><span class="swl-marker mark_yellow">食べものを乗せたり、飲み物を入れたりする器や湯呑と違い、お茶を淹れるという動作が伴う急須は「使いやすさ」も重要なポイントだ。</span>パーツがぴったり組み合わさるかどうかや、見た目のバランスだけでなく、使いやすさをも考えねばならない急須の、何たる難しいことか。常滑焼では、高い技術を持つ職人が多く育ったことも、急須作りが発展した理由だといわれている。</p>







<h3 class="wp-block-heading">常滑市で生まれ育ち、陶芸が身近に</h3>



<p>常滑市内には「やきもの散歩道」なる観光名所がある。壁面に明治時代の土管と昭和時代初期の焼酎瓶、坂道には土管の焼成時に使用された廃材が敷き詰められた「土管坂」と呼ばれる人気スポットや、歴史ある登窯を見ることができる。</p>



<p>そんな焼き物のまちで生まれ育った伊藤さん。子どもの頃から陶芸体験など焼き物に身近に触れる機会はあったものの、まだその頃は将来陶芸の道に進もうとまでは思っていなかったとか。高校に進学するにあたって「自転車で行ける範囲でいい高校はないかな」と思い至ったのが、愛知県立常滑高等学校。工業科にセラミック科があり、「焼き物は楽しいし、やってみたいな」と、当時はそんな軽い気持ちで入学を決めた。しかし次第に、焼き物の魅力にどっぷりはまっていく。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1308-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38678" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1308-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1308-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1308-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1308.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>伊藤さんが学生時代から取り組み始めたのが急須作りだ。それまで常滑焼の急須は当たり前のように目にしてきたが、自分で作るようになって初めて、その技術の高さに驚き、自分には無理だとあきらめたという。しかし急須の奥深さを知り、「急須を極めたら何でもできるんじゃないか」そんな思いが芽生えると、俄然、急須作りに興味が湧いてきた。「もう少し学びたい」と陶芸を学ぶ大学に進学し、大学在学中に村越風月さんのもとに弟子入りしたのだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">オールドスタイルの常滑焼を</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1990-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38681" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1990-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1990-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1990-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1990.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>大学卒業後に独立すると、急須屋として、急須の技術をひたすらに磨いていった。常滑には急須を作る陶芸家はたくさんいるが、伊藤さんの目には多くの陶芸家が個性を打ち出そうとしているように映ったという。そんななかで伊藤さんが目指したのは、朱泥急須が生まれた江戸時代後期の急須。シンプルなデザインだが、細かいところまで妥協を許さない。造形や技術、土の製法など、オールドスタイルの常滑焼を極めていきたいと思ったのだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">土づくりが日課。3年かけて陶土に</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1731-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38684" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1731-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1731-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1731-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1731.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>急須作りの技術を極めるとともに、伊藤さんが取り組んだのが土作り。現在の常滑焼では仕上がりの安定性を求めるためブレンドした朱泥が使われることがほとんどだが、伊藤さんは昔ながらの天然の朱泥「本朱泥」にこだわり、江戸時代後期に行なわれていた「水簸（すいひ）」という方法で土を作っている。<span class="swl-marker mark_yellow">釉薬をかけずに焼成する「焼締め」で作る急須は、陶土が仕上がりの質感に直結する。</span>自分で土を作ることで、質感や色味を自分好みに追求していくことができるのだ。毎日、土作りの作業からスタート。水を張った甕で陶土をかくはんし、上澄みをふるいで濾す。この作業を毎日1回、1年間続ける。1日あたりの時間は30〜40分。力もいるし、地道な作業だ。1年間続けたのちは、寝かせて水分を抜いていく。最初は1年寝かせて使っていたが、急須を作っている途中にひび割れしたり、組み立てたときに取っ手が取れてしまったり。また、表面に傷ができてしまうこともあり、<span class="swl-marker mark_yellow">寝かせる期間を試行錯誤し、最低でも3年寝かせると上手くいくことがわかった。</span></p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1573-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38685" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1573-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1573-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1573-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1573.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">土と焼き方で色を変化させる</h3>



<p>朱泥というベースはそのままに、何か変化をつけられないか？と新しい試みにも挑戦している。常滑で昔からやられてきた方法に、米のもみ殻などを一緒に密閉して焼成することで表面に炭素をつけ、黒く焼き上げ、サンドペーパーで少し磨いて朱色を出すというものがある。伊藤さんはその方法をアレンジし、「何かこう、メタリックな、金属っぽい黒にならないかな」と、好みの仕上がりを追求していく。また、自身で作っている朱泥に少し違う陶土をブレンドし、色の変化を楽しむこともあるそうだ。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1268-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38688" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1268-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1268-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1268-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1268.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">藻掛けをアレンジして</h3>



<p>常滑焼に江戸時代からある手法で「藻掛け（もがけ）」というものがある。素地に海藻を巻き付けて焼成することで藻が溶けてガラス化し、模様が味わいとなる常滑焼特有の技法だ。</p>



<p>「ただ、それだけだと昔ながらの技法をそのままやっているだけになってしまう。まだ誰もやっていないことが何かできないか」そんな思いからいろいろ模索し、最近やり始めたというのが海藻の代わりに杉の葉を巻き付けて焼成するという方法。オールドスタイルの急須という落ち着きはありながらも、少し尖ったセンスを感じられるのが伊藤さんの急須の魅力なのだ。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1297-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38691" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1297-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1297-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1297-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1297.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">お茶を淹れたくなるような急須を</h3>



<p>自身もお茶の時間を日常的に楽しんでいるという伊藤さん。そんなお茶の時間をもっと多くの人に楽しんでもらえる一助になればと、新たな急須のアプローチにも積極的だ。最近はお茶の産地の土で急須を作るという試みや、SNSで募って土を送ってもらい、急須に仕上げてお返しするというユニークな取り組みも行っている</p>



<p>オールドスタイルの急須を自分好みにアレンジしながら追求する一方で、斬新なアプローチにもフットワークが軽い。それらがこの先どんな化学反応を起こしていくのか、目が離せない。</p>






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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/156_kao_IMG_1247-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48995" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/156_kao_IMG_1247-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/156_kao_IMG_1247-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/156_kao_IMG_1247-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/156_kao_IMG_1247.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">急須屋　伊藤雅風さん</figcaption></figure></div>


<p>常滑の土の性質が急須づくりに向いていることも、焼き物が発展した理由の1つです。また常滑急須は、陶土に含まれる鉄分がお茶の渋みや苦みをまろやかにする効果もあります。“育てる急須”とも言われるほど、使い続けるとツヤが出てきてえも言われぬいい色合いになっていくので、ぜひ毎日お茶を飲んで、たくさん使ってくださいね。</p>


<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/05/3586_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
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				</div>
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					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_13_54-1.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
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						<span class="p-blogCard__excerpt">急須で知られる焼き物の一大産地・愛知県常滑市で活動している陶芸家・大澤哲哉さんは、常滑独自の釉薬「チャラ」を使ってかすれたような風合いが特徴の食器などを作ってい&#8230;</span>					</div>
				</div>
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		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38667/">日課は土作り。オールドスタイルの常滑焼を追求する陶芸家･伊藤雅風さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>蛍手の技法を独自にアレンジし、器に自然の光を取り入れる陶芸家 樽田裕史さん</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/38497/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 13 Sep 2023 01:00:46 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[日本六古窯]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[愛知]]></category>
		<category><![CDATA[作陶]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<category><![CDATA[瀬戸焼]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/top-1-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>陶器一般を指す「せともの」という言葉の由来にもなった「瀬戸焼」の産地として知られ、焼き物と共に歩んできた街、愛知県瀬戸市。この地を拠点に制作する新進気鋭の陶芸家・樽田裕史さんは、陶磁器に透かし彫りを施す「蛍手」に特化し、 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38497/">蛍手の技法を独自にアレンジし、器に自然の光を取り入れる陶芸家 樽田裕史さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/top-1-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>陶器一般を指す「せともの」という言葉の由来にもなった「瀬戸焼」の産地として知られ、焼き物と共に歩んできた街、愛知県瀬戸市。<br>この地を拠点に制作する新進気鋭の陶芸家・樽田裕史さんは、<br>陶磁器に透かし彫りを施す「蛍手」に特化し、美しい光を纏った端正な器を数多く手がけています。</strong></p>







<p>日本六古窯のひとつ、愛知県瀬戸市で窯業の専門学校に通い、陶芸家の道に進んだ樽田裕史さん。2021年に開催された「第1回日本和文化グランプリ」で優秀賞を獲得し、新進気鋭の作家として知られた樽田さんの器の魅力は「美しい採光」にある。明時代の中国にルーツを持つ技法をどのように進化させたのか、樽田さんが制作を行う工房を訪ねた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本六古窯のひとつ、愛知県瀬戸市</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38509" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316-768x511.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>日本六古窯のひとつであり、鎌倉時代に加藤四郎左衛門景正が開窯したことが始まりとされる愛知県瀬戸市の「瀬戸焼」。やきものの原料となる良質な粘土が採取できたことからも発展し、陶器一般を指す「せともの」という言葉が生まれるほどに、長い歴史においてやきものづくりを牽引してきた。 名古屋の中心地･栄と瀬戸市の中心地を結ぶ名鉄瀬戸線も、1905年の開通に至るまでの誘致の目的は<strong>「大量のやきものを名古屋まで運ぶこと」</strong>だったりする。ただ開通後は費用の面から乗客も輸送することとなり、現在も地域に住む人や観光で足を運ぶ人たちの交通の要となったのだが。そんな歴史からも、当時の瀬戸のやきもの産業の発展ぶりを汲み取ることができる。</p>



<p>やきものに携わる事業所や就業人数は、全盛期と言われる1978年頃に比べて大幅に減少してしまったものの、現在も瀬戸市では窯、釉薬、素地、型などの工房がそれぞれ専門性を磨きながらやきものづくりを支えている。また、市内にはやきものが学べる「瀬戸工科高等学校」があるなど、<strong>やきものとともに歩んできた地域</strong>というのがよくわかる。</p>



<p>樽田さんも瀬戸工科高等学校（当時は瀬戸窯業高等学校）でやきものづくりを学んだひとりだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">窯業の専門学校へ</h3>



<p>樽田さんが瀬戸窯業高等学校に進学したのは、いわば消去法だった。「勉強も好きじゃなかったし、なんかおもしろそうだなと入学した」と振り返る。高校生だった当時は陶芸家になるつもりはなかったが、通学する電車で目にするスーツ姿のサラリーマンがずいぶん疲れているように見え、自分の目指すべき姿はこうではない、と感じたのだそう。</p>



<p>こうして樽田さんは高校を卒業後、そのまま同校の陶芸専攻科に進んだ。</p>



<p>そこで学んでいる際に、<strong>瀬戸市で活躍する陶芸家･波多野正典さん</strong>が弟子を募集するという話を耳にし、即応募。これが樽田さんが陶芸家として歩み始めるきっかけとなった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">師匠のもとであらゆることを学ぶ</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="960" height="640" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/37370287db922e33c878d94874eaa255-2.jpg" alt="" class="wp-image-38524" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/37370287db922e33c878d94874eaa255-2.jpg 960w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/37370287db922e33c878d94874eaa255-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/37370287db922e33c878d94874eaa255-2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 960px) 100vw, 960px" /></figure></div>


<p>晴れて波多野さんの弟子となった樽田さん。数多くの賞を受賞し、弟子の育成に力を注ぎながら陶芸の門戸を広げてきた波多野さんのもとで、土の準備やろくろなどの技術だけでなく、さまざまなことを学んだ。作ったものをどこで、どのようにして売っていくか。値段の交渉や、事務作業、梱包の仕方など、学校では教わらない陶芸家としての生きていく術を学んだ。</p>



<p>波多野さんのもとで5年学んだのち母校で実習助手をし、ワーキングホリデーでヨーロッパへ。やきものを学ぶのが一番の目的ではなかったが、結局、気になるのはやきもののことばかり。日本とは違う自由な風土や現地の作家の工房を見た瞬間、その“型にはまらない人間らしさ”が樽田さんの考え方に大きな変化をもたらしたという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">中国がルーツの技法･蛍手とは？</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1-1024x682.jpeg" alt="" class="wp-image-38525" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1-1024x682.jpeg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1-300x200.jpeg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1-768x512.jpeg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1.jpeg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>波多野さんのもとで学んでいる頃から自身の作風として売りにしてきた<strong>「蛍手」</strong>は、成形後しばらく置いてから生地が生乾きの状態で器面をくり貫き、透かし彫りを施す技法。透かし彫りにしたところを透明釉で埋めて焼成することで、光が透け、ガラスのような風合いが生まれる不思議な技法だ。 ルーツは明時代の中国にあるといわれ、古くから伝わる。この技法の難しいところは、生地に穴を開けることで割れやすくなったり、釉薬が埋まり切らなかったりすること。そのぶんロスも多くなるため、チャレンジする作家も少ない。生地が厚すぎると貫通させるのに苦戦するし、薄すぎると釉薬があまり入らず透け感がでない。樽田さんは厚みと透かし彫りのデザイン、それを実現する技術との絶妙なバランスを成り立たせ、それを自身の作品の強みとしている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">点を線へと変化させて</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38526" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>蛍手の技法は、一般的には小さな穴を開けていくものだが、樽田さんは線という独自の方向性を見出した。<strong>「人がやっていないことをやりたい」</strong>そんな思いが根底にあった。</p>



<p>下書きはするものの、削るのはフリーハンド。「曖昧さがいいのかなって。自分が出てるというか、人間が出ている感じがする」と樽田さん。同じ湯飲みを作るにしても、湯飲み自体の形は全部揃えるが、削る線はそのときのリズムによりけり。<strong>全く同じものは、この世にひとつとして生まれない。</strong>それが個性となり、味わいとなるのだ。<strong>2021年に「第1回 日本和文化グランプリ」にて優秀賞を受賞</strong>した作品<strong>「ゆらぎ」</strong>も、光と曲線が柔らかな雰囲気を醸しつつ、凛とした程よい緊張感も感じさせる,まさに”心地よいゆらぎ”を表現した自信作だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">雲間から差す光のごとく</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="614" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848-1024x614.jpg" alt="" class="wp-image-38532" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848-1024x614.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848-300x180.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848-768x460.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>驚くことに、釉薬も樽田さんのオリジナル。釉薬に含まれる微量の鉄分がガス窯で焼成する際の化学反応で美しい水色を織りなす。</p>



<p>この風合いは、雲間から差す光や、扉を開けたときに隙間からこぼれる光をイメージしているのだという。同じ日でも朝と夜では光の加減が違うし、季節によっても光の色は異なる。同じ湯飲みで飲むとしても、日曜の朝に飲むコーヒーなのか、土曜の夜に飲む日本酒なのかで、違った趣が味わえるのが樽田さんの湯飲みの醍醐味だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">今だから響く師匠の言葉</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38528" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>もちろん、樽田さんの作品には、まっすぐの線が細かく削られたタイプもある。スッとした光を感じさせるものや、小雨のときに歩いたときの電灯の光線から着想してデザインした幾重にも細かな線が彫られたデザインもある。このように「光」をテーマに、豊富な作品が生み出されているのだ。</p>



<p>若い頃はスタイリッシュな建築物が好きだったという樽田さんだが、ワーキングホリデーでヨーロッパを旅行しているときにノコギリの形状の山に感動したり、普段の生活においても自然が作り出す風景に心動かされるようになった。今になって波多野さんが修行時代になにげなく発した<strong>「自然のものが一番すごい」</strong>という言葉が胸に響く。</p>



<p>また、弟子入り当初、陶芸だけでなく木工やガラスなど、いろんな技術に挑戦したいと話したときに「ひとつのことを極めるのも大事」と言われたのも、今となればよく理解できる。当時は素直に受け取れなかったが、これまでの陶芸家人生において、できなかったことがひとつずつできるようになると「やはりひとつのことを極めるにも時間がかかるし、深いところにいくにつれ、楽しさがある」と気づくようになったという。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38529" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>樽田さんは、ニューヨークのメトロポリタン美術館に日本のやきものが展示されているのを見て感動した経験から「自身の作品を海外の美術館に収蔵する」というゴールを持ち続けて作陶している。</p>



<p>「勢いで進み、いろんな寄り道をし、いろんな経験をしてきた20代を経て、30代半ばとなった今、将来を少し現実的に見据えていかないといけないと感じ始めた」と話す樽田さん。オリジナルの蛍手がこれからどのように進化を遂げ、どんな作風へと広がっていくのか。樽田さんの作った作品が海を渡り、海外の大きな美術館で展示される未来が楽しみで仕方ない。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48988" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　樽田裕史さん</figcaption></figure></div>


<p>1日の時間帯や、1年を通じて移ろいゆく季節で、陽の光はそれぞれに異なる顔を見せてくれます。休日の朝にゆっくりと。夜、みんなで集まって賑やかに。日々の営みの中で訪れる様々な場面に、私の器があるとうれしいです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38497/">蛍手の技法を独自にアレンジし、器に自然の光を取り入れる陶芸家 樽田裕史さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「土がなりたい姿」を具現化する器づくり。愛知県で独学から陶芸の道を進む、井上茂さん</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 31 Aug 2023 01:00:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[愛知]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/149_kao_P6A7190-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>その土地ならではの土の味わいを大切にしたいと、掘り出したそのままの「原土」のみを原料に、土の優しさあふれる器を作る陶芸家・井上茂さん。豊かな表情と個性を魅せる機能的な器は、日常生活で活躍する暮らしの器として、使う人たちの [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38433/">「土がなりたい姿」を具現化する器づくり。愛知県で独学から陶芸の道を進む、井上茂さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/149_kao_P6A7190-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>その土地ならではの土の味わいを大切にしたいと、掘り出したそのままの「原土」のみを原料に、<br>土の優しさあふれる器を作る陶芸家・井上茂さん。<br>豊かな表情と個性を魅せる機能的な器は、日常生活で活躍する暮らしの器として、<br>使う人たちの食卓を支えるパートナーとなってくれます。</strong></p>







<p>愛知県中部の自宅で工房を構える井上茂さんは、精製された陶土を使用せず、砂などが混ざった原土を使い、土の優しさにあふれた器を作る陶芸家。陶芸家の先生に師事せず、独学で作陶をはじめ、土や釉薬、焼き方などすべて自身で探りながら器づくりをしている。そんな井上さんは自身の作陶に対し<strong>「土がなりたい姿を形にしているんだ」</strong>と話す。なかなかに奥深いその言葉の真意を探る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">普段使いの器が作りたくて、独学でスタート</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38443" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>愛知県で陶磁器といえば、常滑と瀬戸の地名が挙げられる。そのひとつ「常滑焼」は愛知県南部の知多半島を中心に作られている焼き物で、日本六古窯のひとつに数えられる。そんな地域でごく普通の会社勤めをしていた井上さんが作陶に目覚めたのは、当時、興味本位で陶芸体験教室へ参加した時のこと。その場で体験した作陶の楽しさにハマり、すぐさま独学で陶芸についての勉強をはじめた。とはいえ、周囲にも陶芸に知見のある知り合いがいるわけでもなく、自身で試行錯誤しながら「作りたい器を作るには、どうすればいいか」を考えざるを得なかった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">会社勤めをしつつ、常滑で焼成の手伝いからスタート</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38448" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p><strong>陶芸をやりはじめた当初、井上さんは会社勤めを辞める気は毛頭なかった</strong>という。「陶芸作品は作ったって売れるとは限らないということは理解していたし、付け焼き刃で通用するほど甘い世界ではないと思っていた」とアマチュア時代を振り返る。</p>



<p>そのため、仕事の傍ら、休みを利用して今は無き常滑の「共栄窯」の陶芸教室で年に二回ほど焼成の手伝いをするかわりに、趣味で作り貯めた作品をまとめて窯の中に入れてもらい、焼いてもらっていたという。共栄窯は明治・大正・昭和の三時代に、大小さまざまな土管を中心に製作していた窯元だ。</p>



<p>そんな中、出来上がった器の写真をSNSに投稿すると、フォロワーが徐々に増加。<strong>「アマチュアだけど、何か変わった器を作っている人がいる」</strong>という噂が広がっていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">陶芸の楽しさに魅了され、作陶の道に</h3>



<p>独学で作陶を研究する中で、平安時代から鎌倉時代中期に作られた<strong>「古常滑」</strong>の自然釉や灰釉に特に魅力を感じたという井上さん。どういった焼き方をすれば狙い通りにできるのか、古い文献を読み漁ったり、古い陶片を見て土の種類や焼き方、釉薬を推定したりと、調べては試す、を繰り返し、陶芸にのめり込んでいった。</p>



<p>相変わらず会社員をしながら休日や空いた時間で作陶していた井上さんのもとに、フォロワーが増加し続けていたSNSを通じて展示会のリクエストが舞い込む。そこで焼成で世話になっていた共栄窯にて、初めての作陶展を開催してみたところ、作品を求める人が波のように押し寄せたという。SNSでの投稿がこのタイミングで活きた形だ。</p>



<p>その後、反響を耳にした名古屋のギャラリーからも声が掛かり、個展を行ったところ、メディアで告知されたこともあってか来場者が殺到。結果として勤務先にも知られることとなり、それをきっかけに陶芸の道を歩む選択をした。</p>



<h3 class="wp-block-heading">独学で突き詰めたからこそ身になる</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38453" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>これまで歩んできた道を振り返り、<strong>「教わらなかったことが、逆によかった」</strong>と話す井上さん。<strong>美術系学校などで学べば陶芸の基本技術はすぐに知ることはできるが、今ある“陶芸の常識”に囚われてしまう可能性もある。</strong>「興味があることは、とことん突き詰める性格」と自身が話すように焼きものに関しては何事も調べ、実証し、知識を積み重ねてきた。今では土を見れば自分が求める作品に適しているかどうか、釉薬の組み合わせでどんな色が出るのかまで予想できるようになってきたという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">普段使いしてほしいから、機能性にもこだわる</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38456" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>井上さんの器は、時に砂が混じっていることもあり、<strong>土のごつごつとした質感</strong>が特徴的だ。しかし、手に取ってみると、見た目からは想像できない軽さに驚く。「軽いことは、日常的に使ってもらうためのこだわりのひとつ。砂の粒より薄くろくろで挽くことはできませんが、<strong>穴が開かないギリギリのところまで薄くして、子どもでも手に持ちやすいサイズ、軽さに仕上げています。</strong>ごはん茶碗が重いと疲れちゃうでしょう。その分、作るときに失敗することも多いんですけどね」と井上さんは笑う。さらに器の重心が低くなるように成形することで、使う際の安定感も確保。特別な時に気遣いながら使うのではなく、<strong>毎日の食事の際に自然と手が伸びる、</strong>そんな光景を浮かべながら作陶している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">原土のおもしろさ、味わい深さ</h3>



<p>市販されている陶土は誰でも扱いやすいという長所があるが、井上さんは陶土を使ったことがなく、<strong>原土だけ</strong>を使っている。山から採掘したままの状態の原土は不純物が多く、うまく成形できなかったり、焼成中に割れてしまったりと、<strong>何かと手がかかる“問題児”。</strong>だが、不純物があるがゆえに一つひとつの器に個性が生まれ、味わい深い魅力を生み出すという。 「原土は無理ができません。変わった形のものを作ると割れてしまうし、コシがないのでろくろで挽きにくいんです。逆に言えば、ろくろで保持できる形こそが、<strong>土がなりたい姿</strong>なんじゃないか、使う人にとっても自然で使いやすい器の形なんじゃないかと考えています」と井上さん。普段使いされる器づくりを目指す井上さんにとって、原土の短所は成型時のガイドラインにもなっているようだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「思ったもの、以上のものができあがる」灰釉のロマン</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38459" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>井上さんは、釉薬にも偶然が生み出すおもしろさを見出している。「市販の陶土や釉薬を使えば、マンガン釉なら黒色、コバルト釉なら青色と、どこの窯場で焼いても同じ色になるんです。それがおもしろくなくて。草木の灰を溶媒とした灰釉を使うと、灰の中に含まれる微量の金属が反応を起こし、何百個焼いたうち、ひとつかふたつだけ思ってもみなかった器ができることがあって、それにロマンを感じます。狙ったものができるのが楽しいという人もいますが、僕は狙った以上のものができたときが快感ですね」。窯を開けた時にどんなものができているんだろうというワクワク感が、もっといいものを作ろうとする原動力になっているのだそう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">表情が1点ずつ違うから、迷う楽しみが生まれる</h3>



<p>井上さんの器は、全国で20店舗以上のショップやギャラリーで取り扱われている。作陶の合間にギャラリーへ顔を出した際、<strong>お客さんが器選びに迷う姿を見るのがうれしい</strong>という。「僕の器は一点一点違うので迷われるんですね。大量生産の商品だったら、上から取って終わりでしょ。<strong>表情が違う器は、それぞれに良さがあって、使い手との相性がある。</strong>僕がつくる前にイメージしていた器ではないかもしれないけど、その器をものすごく気に入ってくれるお客さんがいることもある。迷いながら選ぶって楽しい時間。そういう時間を提供できるっていうのがうれしい」と井上さん。</p>



<p>ちなみに、井上さんは<strong>自身の作った器に銘を彫らない</strong>。その理由は「器は僕のものではなく、買ってくれたお客さんのものだから」なんだとか。</p>



<p>陶器に限らず、良い手仕事をしたものは末永く使えるし、使っていくうちに色の変化も見られ、大切に扱えば唯一無二の存在になる。一つひとつの器を<strong>単なる「モノ」ではなく、「使う人のパートナー」のように扱う</strong>井上さんが作るからこそ、そこに、人間らしさや温もりがにじみ出ているのかもしれない。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本が好きだからこそ、日本文化の良さを広めたい</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38462" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>日本人の食生活はずいぶんと欧米化しているが、それでも飯椀や和食器は現在でも食卓の主役として活躍している。海外でも注目度を高め、それに伴い海外での受注展示会も予定されているが、それも日本の良さを少しでも広めたいと思ってのことだ。それと同時に「これはもう二度と作れないだろう」と思える“至高の器”を作り、世界中の人たちに見てもらうことを目指している。井上さんは、<strong>日本の土を使って日本で伝わってきた陶芸を突き詰める</strong>ことにこだわるが、その理由は日本人が<strong>自身の国の文化を日常的に誇り、日本人でよかったと思える瞬間を生み出したいから</strong>なんだとか。日本文化の良さを世界中に広めるための、井上さんの挑戦は続く。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48817" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　井上茂さん</figcaption></figure></div>


<p>原土のみを長く扱ってきたことで、今では土を見れば自分が求める作品への適性や釉薬でどのような表現ができるのかがわかるようになってきました。「土がなりたい姿」を感じ取りながら成型し、伝統的な和食器のよさを感じられる昔ながらの手法で表現した唯一無二の器を、暮らしのパートナーとして迎えていただけたら幸いです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38433/">「土がなりたい姿」を具現化する器づくり。愛知県で独学から陶芸の道を進む、井上茂さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「有松鳴海絞り」を地域産業から世界のスタンダードへと昇華。「suzusan」村瀬弘行さん／愛知県名古屋市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 23 Aug 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/top.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>江戸時代より続く愛知県名古屋市の伝統工芸「有松鳴海絞り（ありまつなるみしぼり）」には200種類以上の技法があり、その多さゆえに世界の絞り文化の中でも稀有な存在。そんな有松絞りを家業とする老舗「鈴三商店」に生まれ育った村瀬 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38186/">「有松鳴海絞り」を地域産業から世界のスタンダードへと昇華。「suzusan」村瀬弘行さん／愛知県名古屋市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/top.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>江戸時代より続く<strong>愛知県名古屋市の伝統工芸「有松鳴海絞り（ありまつなるみしぼり）」</strong>には200種類以上の技法があり、その多さゆえに世界の絞り文化の中でも稀有な存在。そんな有松絞りを家業とする老舗「鈴三商店」に生まれ育った村瀬弘行さんは、代々受け継がれてきたその技法を、旧来の伝統工芸としてではない新たな価値として生み出すべく、アパレルブランド「suzusan」を立ち上げた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">江戸時代より分業制で発展した有松絞り</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/f519c76c169e9d0f9be6e2eab70a8b9a-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38192" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/f519c76c169e9d0f9be6e2eab70a8b9a-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/f519c76c169e9d0f9be6e2eab70a8b9a-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/f519c76c169e9d0f9be6e2eab70a8b9a-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/f519c76c169e9d0f9be6e2eab70a8b9a.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>愛知県名古屋市緑区で、昔ながらの趣ある建物が並ぶ有松地域。この地で江戸時代初頭から続く産業が、絞り染めの織物<span class="swl-marker mark_yellow">「有松鳴海絞り」</span>だ。江戸初期に、木綿栽培が盛んだった近隣の地域から反物を仕入れ、工夫を凝らした絞り染めを開発して手ぬぐいを作り、東海道を行き交う旅人に売るようになったのが、その始まりだという。その後、瞬く間に人気となり、<strong>安藤広重の浮世絵「東海道五十三次」</strong>にも描かれた。<br><span class="swl-marker mark_yellow">そもそも絞りとは極めて原始的な染色技法のひとつで、生地を糸でくくった状態で藍などの染液に浸すことで、染液が浸透して染まる箇所と浸透せず染まらない箇所を作り、それが柄となって多様な模様を生み出していく技術。</span>その単純さゆえ、日本のみならず世界のいろいろな地域で行われてきた。そんな中、有松絞りが<strong>いち地方の民芸にとどまらず産業として発展を遂げたのは、なぜなのだろうか？ それは、地域内で分業制をとったことで柄に多様性が生まれたことが理由だといわれている。</strong></p>



<h3 class="wp-block-heading">200以上の模様が存在した有松鳴海絞り</h3>



<p>有松鳴海絞りには<strong>200以上の模様があり</strong>、それが日常的な仕事の中で使い分けられていたということから、そのデザインの幅広さには驚かされる。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/155d86464c24b440b4551bbb00be961e-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38195" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/155d86464c24b440b4551bbb00be961e-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/155d86464c24b440b4551bbb00be961e-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/155d86464c24b440b4551bbb00be961e-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/155d86464c24b440b4551bbb00be961e.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>ちなみに、絞りの仕事を細かく分けると、<strong>柄をデザインする「図案」、型紙を作る「型彫り」、型紙をもとに布に模様を刷り込む「絵刷り」、柄を生み出すために糸で括る「くくり」、染液を浸透させる「染色」、そして最後にその糸を解く「糸抜き」といった</strong>工程がある。前述したように、この地域では<strong>これらの工程を分業</strong>しており、suzusanブランド誕生のきっかけとなる「鈴三商店」は、明治時代中期に図案、型彫り、絵彫り業としてスタート。1977年に、弘行さんの父で4代目にあたる裕さんが先代より鈴三商店を継承したことを機に、自社のオリジナルの商品の販売まで拡大し、そのバリューチェーンを広げていった。</p>



<p>そんな裕さんが次に目を向けたのが海外展開。1992年に有松鳴海絞りの地元、愛知県名古屋市で行われ、約20カ国の地域と企業が参加した<strong>「第1回 国際絞り会議」</strong>に参画することで、世界における絞りの実態を知り、有松絞りの可能性に確信を持つことができたという。それをきっかけに世界中の専門家やアーティストたちとのコミュニケーションにより情報共有ができ、<strong>1994年にはイタリア･ミラノにて初のヨーロッパ展覧会出展</strong>を果たした。</p>



<p>その頃、屋号を<strong>「スズサン」</strong>へと改称。より一層海外での認知度向上へ注力していく。</p>



<h2 class="wp-block-heading">父から息子へ。守り繋ぐ伝統のバトン</h2>



<h3 class="wp-block-heading">ドイツで「スズサン」ブランドの誕生</h3>



<p>四代目の裕さんが、有松鳴海絞りの普及に躍起になっているその頃、息子の弘行さんは芸術家になりたいと、2004年にアートを学ぶため渡英。周囲から「あと十数年もしたら、有松鳴海絞りは産業ごとなくなるよ」と言われていたこともあり、家業を継ぐつもりは毛頭なかった。</p>



<p>しかし2007年、<strong>村瀬さん親子にとってのターニングポイントが訪れる</strong>。イギリスのバーミンガムで行われた「The Kintting &amp; Stitching Show」だ。継ぐ気はなかったものの、留学先で行われるイベントに父が参加するのであれば、手伝わないわけにはいかない。 弘行さんは、裕さんの手伝いをする中で、海外の人たちの有松鳴海絞りへの興味や関心に感銘を受け、<strong>日本では古いとされる伝統技法も、地域や人、視点が変わることで新しい価値として捉えてもらえるんじゃないか</strong>と考えた。それほどまでに、いつもの有松鳴海絞りのはずなのに新鮮で美しく、魅力的に感じられた。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/441e185de3dd923bfd2d98f02fa99a9b-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38198" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/441e185de3dd923bfd2d98f02fa99a9b-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/441e185de3dd923bfd2d98f02fa99a9b-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/441e185de3dd923bfd2d98f02fa99a9b-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/441e185de3dd923bfd2d98f02fa99a9b.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>こうして、有松鳴海絞りに改めて興味を持った弘行さん。この技法を守り続けるだけではなく、海外で見てきたモノやコトを活かして新しい表現をするため、イギリスから移り住んだドイツのデュッセルドルフにて現地法人<strong>「Suzusan e.K. （現Suzusan GmbH &amp; Co.KG）」</strong>を設立。“絞り”をカシミヤなど、旧来の有松鳴海絞りでは使われなかった素材に落とし込んだ<strong>数枚のストールから自社ブランドをスタート</strong>させた。絞りがスタンダードな日本の和装とは違う、“洋服”というレイヤーで勝負したのは、地元有松で絞り業をしている人たちと競合しないためでもある。伝統を繋ぐために始めたブランドが、逆に伝統を衰退させてしまうことだけは絶対に避けなければいけないと考えていた。そのため、<span class="swl-marker mark_yellow"><strong>ブランド立ち上げから5年ほどは、パリの展示会に訪れる日本のバイヤーからの商談は断り、海外のみでの販売を徹底した</strong>。最初のうちは、どこのものともわからないこのブランドやそのアイテムを受け入れてくれる人は決して多くなく苦労の連続だったが、情熱を掛け、良さを説いていくうち、次第にその魅力が認められていくようになった。</span></p>



<h2 class="wp-block-heading">パリファッションウィークへの出展</h2>



<p>ブランドを設立して4年目の2012年、<strong>フランスの老舗セレクトショップ「LECLAIREUR（レクレルール）」</strong>の後押しがあり、当時同店が主催をしていた合同展示会「Tranoi」に、4平米の小さなブースを出展。これが<strong>パリファッションウィーク（通称･パリコレ）</strong>への初出展だ。初回のオーダーはたった4件。それでもコレクションを増やしながら毎年新作を発表することで、徐々に知名度を上げ、いつしか開催する展示会には常に多くの人が訪れるブランドへと成長していった。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/769cb4090bdfcf0adcf03a93a177f275-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38200" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/769cb4090bdfcf0adcf03a93a177f275-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/769cb4090bdfcf0adcf03a93a177f275-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/769cb4090bdfcf0adcf03a93a177f275-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/769cb4090bdfcf0adcf03a93a177f275-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>その後、海外でのみ展開していたsuzusan のブランド事業を日本国内でも展開開始。そのタイミングで父が個人事業主として経営していたスズサンを<strong>「<a href="https://suzusan-shibori.com/tag/news/" target="_blank" rel="noopener" title="">株式会社スズサン</a>」として法人化</strong>した。ブランド運営のヘッドクオーターはドイツのsuzusanが、生産と国内販売の機能を日本のスズサンが担う形で運営を開始。年々有松鳴海絞りの職人が少なくなっていく中、<strong>国内外での価値を高めながら販路を拡大しつつも、すべての工程を有松で一貫する環境を整え、製品をその地域で購入できるまでの導線を作ることで職人をはじめとした従業員の雇用を確保し、技術やノウハウ、そして製品の魅力を有松で紡いでいくことを目指した</strong>。</p>



<h2 class="wp-block-heading">地域に根付いた文化を未来に繋ぐ</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/0abfd09e7478330b04ad4870c871abe5-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38203" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/0abfd09e7478330b04ad4870c871abe5-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/0abfd09e7478330b04ad4870c871abe5-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/0abfd09e7478330b04ad4870c871abe5-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/0abfd09e7478330b04ad4870c871abe5.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>職人の高齢化が深刻だった15年前。あと15年もしたら、有松鳴海絞りは産業ごとなくなると言われていたが、実際はどうだろう。2024年時点で、<strong>同社のスタッフは20～30代が中心だし、ファッションに関心のある若い世代が有松鳴海絞りのアイテムを身に着ける姿も見られるようになった</strong>。</p>



<p>もちろん、ただ待ち構えているだけでは現在のような状況にはならなかっただろう。ブランドのローンチ当初、弘行さんは<strong>有松鳴海絞りのストールをトランクに入れて、ヨーロッパ各国をまわり、ショップと直接交渉を繰り返してきた。</strong>これぞ、弘行さんの信条。<span class="swl-marker mark_yellow">“良いものづくり”には技術、知識、経験、センス、そして情熱の5つの要素が大切</span>と考え、これらに全身全霊をかけ、ブランドを育ててきた。</p>



<p>それを証明するように、昨今、世界各国で開催される同ブランドのコレクションには<strong>世界中から92ものショップが来店</strong>。このように世界から注目されるようになった現在でも、ファッションショーは行っておらず、ショールームで展示会形式にて展示を行う。<span class="swl-marker mark_yellow">華やかなショーをすることがブランドとしての集大成ではなく、<strong>大切に作ったものを、大切に使ってくれる人へ届け、直にその魅力を感じてもらうことこそ、本当の意味でのゴール</strong>だと考えている。</span></p>



<p>「これまで、約15年かけて有松鳴海絞りを世界に発信してきたが、次なる目標として、<strong>海外で有松鳴海絞りを愛用してくれている人たちが、ブランドをきっかけに有松という地域に興味を持って訪れてくれる道筋を作りたい</strong>」と話す弘行さん。センスと経験を活かし、自身のブランドを通して有松の魅力を伝えていく。</p>


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					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14748_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
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