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	<title>意匠 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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		<title>デザインするのは、人と自然の良好な関係。植治次期十二代･小川勝章が見つめる未来／京都府京都市</title>
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		<pubDate>Mon, 30 Jun 2025 10:01:30 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/24_0509_300.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>江戸の宝暦年間（1751〜1763年）に、武士から庭師に転身した小川治兵衞（おがわじへい）。庭園の仕事は家業として代々受け継がれ、国の指定名勝 無鄰菴庭園（むりんあんていえん）や平安神宮神苑などの名だたる庭園を数多く手掛 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/24_0509_300.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>江戸の宝暦年間（1751〜1763年）に、武士から庭師に転身した小川治兵衞（おがわじへい）。庭園の仕事は家業として代々受け継がれ、国の指定名勝 無鄰菴庭園（むりんあんていえん）や平安神宮神苑などの名だたる庭園を数多く手掛けてきた。その志は260余年にわたり襲名という形で継承され続け、現在で十二代目。令和となっても変わらず、小川治兵衞は作庭を通して“人と自然が心を通わせる場所”を生み出している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">時代とともに変わる庭の形、それでも変わらないもの</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/24_0509_261.jpg" alt="" class="wp-image-52908" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/24_0509_261.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/24_0509_261-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/24_0509_261-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>外を眺めたとき、ふと目に入る空の色、風に揺れる植物、遠くの山並み。自然の存在は、私たちの暮らしを潤してくれる。日本では太古の昔から自然と共生してきた。飛鳥時代には最古の日本庭園が造られ、平安時代には池を中心とした「池泉庭園（ちせんていえん）」、室町時代には水を使わずに山や水の流れを表現する「枯山水庭園」、安土桃山時代には茶室に向かうための「茶庭」が誕生。いつの時代も、人々は庭を介して自然との関係を育んできた。</p>



<p>近年では建物の洋風化やライフスタイルの多様化により、庭に求められる役割も変化。それでも、庭は人と自然をつなぐ架け橋のようなものであることは変わらない。日本人の根底に流れる自然への敬意や信仰の心。そうした人と庭の関わり方を見つめなおし、より良い形をつくり上げているのが植治（うえじ）次期十二代･小川勝章さん。「自然の声に耳を傾け、そこに暮らす人との橋渡しをする」をモットーに、心安らかに過ごせる場所を目指す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">代々受け継がれる「小川治兵衞」の志</h3>



<p>初代･小川治兵衞は江戸時代中期に武士から庭師に転身し、刀を脇に携えながら作庭に勤しんでいたそう。屋号「植治」は、植木の“植”と小川治兵衞の“治”を融合させ、職人としての誇りと名を刻んだものだ。「植治」の屋号は子孫らへ受け継がれ、「小川治兵衞」の名は当主が代々襲名している。中でも現代まで活躍ぶりが語られるのは七代目。従来の庭園とは異なり、自然の姿そのものを活かした自然主義的な庭園をつくり、多くの人を魅了。当時開通したばかりの琵琶湖疏水を取り入れることで、生きた風景としての池泉庭園を創造。第3代内閣総理大臣を務めた山県有朋邸（無鄰菴）や住友家、三井家など財界人らの作庭を任され、京都御苑、修学院離宮、桂離宮をはじめとする歴史的建造物の復元修景も手掛けた。その影響もあり、「小川治兵衞」は現在に至るまで数多くの池泉庭園を手がけている。</p>



<p>庭は「つくって終わり」ではなく、「つくってからが始まり」。とりわけ日本庭園は、目の前の景色だけでは語りきれない。ゆるやかな時間軸で生き、四季と共に多彩な表情を見せ、時間をかけて静かに語りかけてくるものだ。</p>



<p>「何十年、何百年先まで、手をかけて大切に育ててもらえる庭を」と語る小川さん。そこには、武士の精神でもある「主君に対する忠義」にも似た、庭と向き合う真っすぐな心が、今も生きている。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>庭のルーツを大切に、次の時代を導く</strong></h3>



<p>約250年にわたり受け継がれてきた「小川治兵衞」の名。手がける仕事は、新たに庭をつくるだけではなく、長い時間を経た庭の修復を依頼されることもある。<br>その際、小川さんが大事にしているのは、「どんな思いで生まれ、これまでどう生きてきたのか」を知ること。その軌跡を踏まえた上で、この先どう育てていくと庭が幸せになるかを見定める。</p>



<p>ときには100歳の庭を101歳に育て、ときには新たな方向を見出すことも。ルーツを守りながら、時代にふさわしい姿へ導くのも庭師の役割。<br>「庭は、愛されてこそ生き長らえます。たとえひとりでも、気にかけてくれる人がいれば、庭はきっと応えてくれます」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">七代･小川治兵衞の想いを受け継ぎ、リニューアルした北野天満宮「風月の庭」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/24_0509_271.jpg" alt="" class="wp-image-52909" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/24_0509_271.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/24_0509_271-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/24_0509_271-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>北野天満宮「風月の庭」は、1902年（明治35年）の「千年大萬燈祭（せんねんおおまんとうさい）」に合わせて七代･小川治兵衞が手掛けた庭園だ。それから約120年の歳月を経て、小川さんが改めて庭に息を吹き込んだ。</p>



<p>「風月の庭」は、風月殿をL字型に囲むように広がる。広間の正面には、築山から滝が流れ落ち、やがてカーブを描いて池へとつながる。池では鯉が泳ぎ、歩を進めれば回遊式庭園としてさまざまな景色が立ち現れる。滝石組の先には、学問の神･菅原道真公に縁ある「牛の像」と、牛の姿に見立てた庭石が並ぶ。まるで“牛を守るように”配置されたこの石組みには、信仰の心が息づいている。七代目が好んだ守山石（もりやまいし）など既存の庭石や京都の銘石･貴船石、鞍馬石を活かしながら、新しい庭のために各地から集められた巨石が滝石組から護岸組に用いられている。先代が築いた基盤を守りながら、十二代目は、現代にふさわしい「風月の庭」へと進化させた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">庭は人と自然との“静かな対話”、何度も足を運びたくなる庭へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/24_0509_279.jpg" alt="" class="wp-image-52910" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/24_0509_279.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/24_0509_279-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/24_0509_279-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一歩足を踏み入れると、昨日と違う景色が広がる、それが庭の魅力。</p>



<p>芽吹き、苔がむし、庭の佇まいは日々変わっていく。その変化は、自然や自分自身と向き合う時間でもある。土地の形状や植物の姿を活かす日本庭園には、瞬間的な美しさだけではなく、時の移ろいのなかでにじみ出る“刹那の美”が宿る。一朝一夕に完結するものでなく、小さな変化の連続のなかでこそ見える景色がある。</p>



<p>「日常の何気ない時間の中で、“あの庭で話したな”とか、“あの日の景色がきれいだったな”と思い出してもらえたら嬉しいですね」。新緑や花が咲き誇る季節だけでなく、厳しい冬を越す無骨な姿も庭が見せてくれる表情のひとつ。その瞬間でしか味わえない感覚が豊かさになる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">自分自身と向き合い、より豊かに過ごす</h3>



<p>庭を通して自然に想いを馳せるのは、自己と対峙することでもある。昨日と違う風景に、ときには自身の成長を感じ、ときには衰えを実感することも。自然のなかで生活を営んできた日本人には、それはごく自然な営み。その先に広がる未来は、庭という“自然との対話の場”が、そっと答えを示してくれるはず。</p>



<h2 class="wp-block-heading">つくり手の責任を胸に、未来をポジティブに</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/24_0509_297.jpg" alt="" class="wp-image-52911" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/24_0509_297.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/24_0509_297-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/24_0509_297-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>作庭のプロセスには、山から石や木を掘り起こし、選び抜き、それぞれの命を新たな場所に根づかせることがある。どこに据えるか、どう活かすか、庭師の技術と感性が問われる瞬間だ。庭の持ち主が心安らぐ時間を過ごせるよう幾度となく調整を繰り返す。</p>



<p>&nbsp;「木が大きくなると、その成長を喜ぶ方もいますし、周りの石が覆い隠されることを悲しむ方もいます。正解は一つじゃないので、言葉にならない想いを汲み取り、庭の持ち主にとってのベストを常に模索しています」。</p>



<p>庭は、ときに、持ち主が亡くなったあとも生き続ける。だからこそ、据えた石や木々が健やかに長生きできるようにする責任がある。人と自然が共生していける庭であり続けるために、愛おしくなる場所を目指し、今日も小川さんは取り組んでいる。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52907/">デザインするのは、人と自然の良好な関係。植治次期十二代･小川勝章が見つめる未来／京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>庭をつくり、はぐくみ、時間までデザインする。南禅寺御用庭師「植彌加藤造園株式会社」／京都府京都市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 17 Aug 2024 03:00:23 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_364_edited.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>嘉永元年（1848年）創業の「植彌加藤造園株式会社（うえやかとうぞうえんかぶしきがいしゃ）」。京都府京都市左京区に本社を構え、170年以上続く歴史の中で、国の名勝に指定されている南禅寺方丈庭園をはじめ、東本願寺の飛び地境 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_364_edited.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>嘉永元年（1848年）創業の「<a href="https://ueyakato.jp/" target="_blank" rel="noopener" title="">植彌加藤造園株式会社</a>（うえやかとうぞうえんかぶしきがいしゃ）」。京都府京都市左京区に本社を構え、170年以上続く歴史の中で、国の名勝に指定されている南禅寺方丈庭園をはじめ、東本願寺の飛び地境内地である渉成園や東山第一と賞賛される同市東山区の智積院の庭園、近年では星野リゾートの最上位ブランドである星のや京都の庭園など、名だたる名園を手掛けてきた。同社の8代目を務めるのは京都芸術大学にて日本庭園分野の教授としても教鞭を執る加藤友規さんだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">経年変化までデザインするランドスケープアーキテクト</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_312.jpg" alt="" class="wp-image-49092" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_312.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_312-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_312-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>加藤さんは、京都市にて神社仏閣の庭園を中心に、日本庭園の作庭や育成管理を行う造園業の家に生まれ育った。初代加藤吉兵衛が創業し、南禅寺の御用庭師を務めて以降、8代に続き造園業を営んできた名門だ。特に前述した南禅寺との関わりは深く、5代目の次郎氏の頃には、息子である彌寿推氏･末男氏とともに国宝に指定されている南禅寺･小方丈に面する西側庭園（如心庭）や北側庭園（六道庭）を、彌寿推氏が6代目を継いでからは、同寺院の華厳庭を作庭した。そんな、偉大なる祖父や父の背中を見て育った加藤さんが造園の道を志すのは当然のこと。</p>



<p>千葉大学園芸学部で学んだ後、家業に入り、20代からずっと造園業に携わってきた。現在では、京都芸術大学で庭園研究の指導に取り組むほか、国内外で多数講演を行い、造園分野に於いて権威ある賞と言われる「日本造園学会賞」をはじめ、受賞歴も多数。まさに仕事の範疇を越え、日本の造園学の発展に貢献する、この分野のエキスパートだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_372.jpg" alt="" class="wp-image-49093" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_372.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_372-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_372-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>加藤さんは造園業に従事する際、常に心がけていることがある。それが、庭園の個性を最大限に活かし、経年変化までデザインすること。<span class="swl-marker mark_yellow">神社仏閣の多い京都に居を構える造園業として代々培ってきた伝統的な作庭や育成管理の技術に加え、CAD（コンピュータ上で製図を行うためのツール）を用いたデザイン敷石ユニット工法なども積極的に取り入れることで、日本庭園はもとより、近代建築の庭でもそれを表現している。</span></p>



<h3 class="wp-block-heading">つくる、そしてはぐくむ。造園業のあり方</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_330.jpg" alt="" class="wp-image-49094" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_330.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_330-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_330-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>加藤さんが心がける「経年変化までデザインする」というのは、主に植物の手入れのことを指す。<br>これを定義した加藤さんは、<span class="swl-marker mark_yellow">庭という空間をゼロからデザインする作庭の重要性を加味したうえで、造園業に於いてはオーナーの想いやその庭園の個性を読み取り、長い時間をかけて景色を育んでいく育成管理がより大きいウェイトを占める</span>と考えている。</p>



<p>ちなみに<a href="https://ueyakato.jp/" target="_blank" rel="noopener" title="">植彌加藤造園株式会社</a>では、庭園の育成管理のことを「フォスタリング」と呼ぶ。その語源は「foster＝育てる･養育する」で、同社では樹木の姿をただ維持するのではなく「景色を育成することこそ真の管理である」、という意味合いを込めて、このように呼んでいるのだそう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">重要文化的景観の在る地域に根ざして</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_366.jpg" alt="" class="wp-image-49095" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_366.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_366-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_366-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな植彌加藤造園の育成管理を語るうえで欠かせないのが初代の頃から携わってきた南禅寺の各庭園だろう。なかでも特別公開などのタイミング以外では一般に向けた公開を行っていない「大寧軒（だいねいけん）」の庭園は、池泉回遊式庭園と呼ばれる池を中心に景観を観て回るスタイルで、石や岩で水の流れを表現した枯山水や、茶室に入るための通路として設けられた簡素な造りの露地庭園とはちがった、水の流れや植物が美しい自然の景観が豊かな庭。植彌加藤造園株式会社が代々育成管理に携わってきた同社きっての自慢の庭だ。<br>もちろん加藤さん自身も職人見習いの頃から大寧軒と関わり、ここで先輩たちが行う仕事を手本として、植物や自然景観のはぐくみを学んできた。</p>



<p>そもそも南禅寺の周辺は「京都岡崎の文化的景観」として、地域全体が重要文化的景観に選定されているほど、伝統的な建築と美しい庭園が多いエリア。<br></p>



<p>その理由として大きいのが、明治4（1871）年、窮迫する幕府財政を補強するために大名や旗本の領地を取り上げようと公布された上知令だ。<br>これによって社寺が持つ広大な領地が召し上げられ、約20万坪ほどあった南禅寺の敷地も同様に公有地化された。そこに第3代内閣総理大臣を務めた山縣有朋が別荘「無鄰菴（むりんあん）」を建て、明治23（1890）年に京都側へ引かれた琵琶湖疏水を利用し、躍動的な水の流れを加えた自然豊かな日本庭園を作庭。<br>眼前に望む東山の借景も相まって、まるで自然を切り取ったような景観に当時の人々は強く惹かれたという。それを皮切りに同エリアでは、現代風に謂うところの“近代日本庭園付き高級分譲住宅”の需要が拡大。旧財閥家や大企業の社長など、富裕層の別荘が急増し、後に名園と称される庭園が多くつくられた。</p>



<p>このような場所で修行に励み、研鑽を積んできた加藤さん。長年に渡る経験から得た、この地に根ざす造園業ならではの知見も山ほどある。</p>



<h3 class="wp-block-heading">庭の持つ個性と向き合い、寄り添う</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_324.jpg" alt="" class="wp-image-49096" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_324.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_324-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_324-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>というのも京都には個性が際立つ庭が多い。上方として古くからの文化人も多く、その歴史ごとの文化、地形や季節など、その組み合わせの数だけオリジナリティもあるという。<br>何百年も前に作庭され、作庭者がすでにこの世を去っているケースもあるから、育成管理だけを任されることも多い。</p>



<p>その際、<span class="swl-marker mark_yellow">加藤さんは作庭時から現在に至るまでの歴史の中でその庭が最も美しかった頃、つまるところの“黄金期”を見つけるよう心がけている。この庭にはどのような黄金期があって、それをどのように表現し、育成するのがベストなのかを考えるという。</span><br>また、作庭にはお茶や生け花のような流派はないが、その時代ごとの生活様式が反映されていることが多いから、その意図を読み取ることができれば再現性も高まる。<br>例えば禅の時代にはその思想が反映された飾り気のないストイックな庭が好まれ、一方、安土桃山時代には時の権力者の威厳を示すように豪壮で絢爛な庭が好まれた。もちろん社寺の宗派によってもスタイルはさまざま。<br>これらの要素を踏まえながら、先人の仕事に敬意をもって寄り添うことでインスピレーションが湧いてくるんだとか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">代々受け継ぐ「あんじょうよろしゅう」のマインド</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_380.jpg" alt="" class="wp-image-49097" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_380.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_380-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_380-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>では、こうした知見や技術はどのように受け継がれてきたのだろうか。<br>加藤さんも日本最古の作庭書である「作庭記」をはじめ、造園に関する文献はひととおり読み漁ってきたが、仕事をする上での基本的な学びは先代、先々代の頃から変わらず、ほとんど口伝。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">松の葉ひとつにしても「ここをこのように剪定すれば、成長過程でこのように開いていく」など、経験に基づいた感覚を口頭や身振り手振りで先輩から伝え聞き、それを実践していく。修行時代には「伝統から学ぶ、仲間から学ぶ」をキーワードとして意識し、文字にできないことをフィーリングで感じ取っていたという。</span><br>現代社会では、明確な基準もなく仕事をするなんて時代遅れだと言われるかもしれないが、これは造園業に限らず、日本のものづくり全般に言えることだと理解している。<br>先輩からの「あんじょうよろしゅう＝いい感じに仕上げなさい」を自分なりに分析し、日々の仕事に励んできた。</p>







<h2 class="wp-block-heading">伝統技術にハイテクを取り入れ、日本庭園は未来へ、そして海外へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_321.jpg" alt="" class="wp-image-49098" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_321.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_321-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_321-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>近年では、海外のクライアントも増えてきた。とはいえ、外国人が日本庭園に興味を持つようになったのは今に始まったことではない。<br>安土桃山時代には日本で布教活動を行っていたポルトガル人宣教師のジョアン･ロドリゲスが堺の日本庭園を訪れた際に耳にした「市中の山居」という言葉を文献に残した。当時大変栄えた大都市のど真ん中に、まるで山中かと錯覚するような景観を庭で表現してしまう日本ならではの美の概念を賞賛したという逸話だ。<br>現在でも、世界中でその美意識が高く評価されているからこそ、先人の教えを守って地形や方位を読み取り、日本の固有種が育たない海外の地ではその土地の草木を使い、日が昇る方角や気候を取り入れ、ジャパンクオリティを追求した日本庭園を作庭している。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_364_edited.jpg" alt="" class="wp-image-49099" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_364_edited.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_364_edited-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_364_edited-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>このように、伝統を重んじる加藤さんだが、現代のテクノロジーを邪険にしているわけではない。<br>むしろ最新技術が造園業にもたらした恩恵もある。<br>例えば、<span class="swl-marker mark_yellow">重機によって従来よりもはるかに少人数かつ短期間で庭をつくることができるようになったし、測量機の活用によって発掘された古い時代の庭園も景石の取り外し後、再設置時のズレを10㎜未満に抑える精度の高い復元が可能になった。</span>従来は庭石ひとつでも完璧にもとあった場所に戻せなければ「文化財の破壊」と言われてしまったが、現代の技術と伝統技法を組み合わせることで、その課題は解決できる。</p>



<p>夢窓疎石（むそうそせき）や小堀遠州（こぼりえんしゅう）など、加藤さんが尊敬してやまない旧時代の名だたる庭の賢人たちにもできなかったことができるようになったわけだから、最新鋭の技術だって素晴らしいとは感じる。</p>



<p>ただ、なんでもかんでもそれに頼ってしまうのは伝統技術の損失にも繋がりかねないし、日本庭園に携わる以上は、高度成長期以前の古い作庭技法も大切にしたいとも思う。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_322.jpg" alt="" class="wp-image-49100" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_322.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_322-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_322-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>







<h2 class="wp-block-heading">伝統とノウハウを未来へ。後世に繋ぐバトン</h2>



<p>加藤さんは常々「伝統を重んじつつ、できる限り革新的なチャレンジもしていきたい。」と考えている。</p>



<p>現代では革新的なチャレンジだったことも、それが100年後に伝統技術と呼ばれるようになっていたら、後世に何かを残せたことになるんじゃないか、というポジティブ思考だ。<br>職人として完全燃焼することも大事だが、自分が生涯をかけて積んできたものを後世に継承していけたらもっと良い。幸いにも現在、伝統産業に興味を持ち、造園業に就きたいと手を挙げてくれる若者たちが増えてきた。</p>



<p>そんな令和の職人たちの心意気も大切にしながらも、<span class="swl-marker mark_yellow">次代へ繋ぐためには若者でも理解しやすい仕組みへとアップデートすることも必要だと考え、会社全体でSECIモデル（個人が持つ知識や経験を組織全体へ共有するフレームワーク）の実践にも取り組んでいる。</span></p>



<p>「あんじょうよろしゅう」と声を掛けつつ、現代の若者にも寄り添ったやり方も交えて自分がこれまで学んできた伝統的な技術や知見、想いまでを余すことなく伝えることで、造園という仕事を通して、京都ならではの自然が織りなす景観美、歴史文化まで後世に残していけるよう、力を注いでいる。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/49091/">庭をつくり、はぐくみ、時間までデザインする。南禅寺御用庭師「植彌加藤造園株式会社」／京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>青森の夏を彩る「ねぷた」ねぷた絵師·三浦呑龍さん／青森県弘前市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 12 Jun 2015 03:18:11 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[青森県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/06/top_neputa.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>弘前、夏の風物詩「ねぷた」 青森弘前の夏の風物詩のいえば、ねぷた。三国志や水滸伝、源平合戦などに登場する歴史上の武者を題材にした勇壮で華麗なねぷたが城下町弘前を練り歩く。ねぷたの数は大小合わせて80以上といわれ、その圧倒 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/21403/">青森の夏を彩る「ねぷた」ねぷた絵師·三浦呑龍さん／青森県弘前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/06/top_neputa.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">弘前、夏の風物詩「ねぷた」</h2>



<p>青森弘前の夏の風物詩のいえば、<a href="https://aomori-tourism.com/spot/detail_26.html" target="_blank" rel="noreferrer noopener">ねぷた</a>。三国志や水滸伝、源平合戦などに登場する歴史上の武者を題材にした勇壮で華麗なねぷたが城下町弘前を練り歩く。ねぷたの数は大小合わせて80以上といわれ、その圧倒的な迫力が見るものを魅了する。<br><span class="swl-marker mark_yellow">1980年に国の重要無形民俗文化財に指定された弘前ねぷた。その起源は諸説あって定かではないが、「眠り流し」という農民行事から生まれたといわれることが多い。忙しい農作業のなかで襲ってくる睡魔を払い、厄災を村から追い払う行事だ。</span>その眠り流しが、ねむたながし、ねむたと変わっていき、現在のようにねぷたとなったのではないかといわれる。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/06/1_neputa.jpg" alt="" class="wp-image-24108" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/06/1_neputa.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/06/1_neputa-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">ねぷた祭り大迫力の武者絵</h2>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">弘前のねぷたは扇形のものが主流。青森ねぷたで見られるような張り子の組ねぷたは弘前では１割程度だ。扇ねぷたは前面を勇壮な鏡絵で飾り、見送りといわれる後ろ側は対照的に女性が描かれるなどして幽玄な雰囲気を醸し出して弘前の夏を彩る。<br></span>今回お伺いしたのはねぷた絵師として活躍し、津軽錦絵作家協会会長も務める<a href="https://rojosha.com/creator/miuradonr/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">三浦呑龍</a>さん。取材をしたときには床いっぱいに描きかけの武者絵が広がっていた。「いわゆる日本画や錦絵からすれば、この空間にこれだけの武者がいることはないと思います。でもねぷたは迫力がないといけない。ねぷた特有のデフォルメで迫力のある絵を描く。そこが魅力であり、難しいところです」と三浦さんは言う。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/06/2_neputa.jpg" alt="" class="wp-image-24109" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/06/2_neputa.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/06/2_neputa-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">街に住む人の気質が描かれる</h3>



<p>「青森、弘前、五所川原の立ちねぷたとありますが、それぞれ描かれるものの特徴はあるんですか？」と中田が聞くと、「まったく違いますね」と三浦さんは答える。<br>「弘前は城下町ができて、殿様に見てもらうようなねぷたになった。だから武者の気質があって、その…、血が飛び交うようなものも粋なんですよ。弘前は勇ましいのが好まれますね」と言う。<br>三浦さんは講習会などで、技術と伝統を次世代に伝えることにも尽力している。ある幼稚園では毎年、園児たちの目の前でねぷた絵を描いてみせている。「描いているとですね、園児たちの目がキラキラと輝いてくるんです」とうれしそうに話してくれる三浦さんの表情が印象的だ</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/21403/">青森の夏を彩る「ねぷた」ねぷた絵師·三浦呑龍さん／青森県弘前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>喜びを生み出す書道家·金澤翔子さん／東京都大田区</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 05 Jul 2012 06:28:21 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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		<category><![CDATA[ダウン症]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6616_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>お友だちをつくるために書道を NHK大河ドラマ「平清盛」の題字を書いた書道家を知っているだろうか。金澤翔子さん、1985年生まれの女流書道家だ。翔子さんは生まれつきダウン症を発症していた。このため、書道家である母の泰子さ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/6616/">喜びを生み出す書道家·金澤翔子さん／東京都大田区</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6616_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">お友だちをつくるために書道を</h2>



<p><a href="https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=C0010709" target="_blank" rel="noreferrer noopener">NHK大河ドラマ「平清盛」</a>の題字を書いた書道家を知っているだろうか。<span class="swl-marker mark_yellow"><a href="https://k-shoko.org/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">金澤翔子</a>さん、1985年生まれの女流書道家だ。翔子さんは生まれつきダウン症を発症していた。このため、書道家である母の泰子さんは、翔子さんにお友だちができたらいいなと思い書道教室を開いたのだという。</span>翔子さんはこうして友達と泰子さんと一緒に書道を学び始めた。それが翔子さん５歳の時。以来、ずっと書を書き続けてきた。<br>初めて個展を開いたのは20歳の時。この個展で翔子さんの書は広く知られることになった。翔子さんの美しく力強い字は評判を呼び、テレビや新聞をはじめ様々なメディアに取り上げられるようになったのだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="239" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6616_img01.jpg" alt="" class="wp-image-6790" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6616_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6616_img01-300x224.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">書道で喜びを感じる</h2>



<p>泰子さんによれば翔子さんは20歳の時の個展から大きな字を書き始めたという。さらに大勢の前で書をするパフォーマンスを始めたのもこのときだ。<br><span class="swl-marker mark_yellow">「大勢いればいるほどうまく書けるみたいで。翔子の喜びは、周りの人たちに喜んでもらうことなんです。」</span>このお話に、中田も質問をする。<br>「書道は集中力が必要ですよね。翔子さんは集中に入りやすい方ですか？」<br>「そうです。書く前に長い時間祈るんです。みんなが見る前で1分か2分。大勢の前だとさらに集中するようです」と泰子さんは言う。続けてこうも話してくれた。<br>「翔子はダウン症なので自分で字を選ぶことができない。それは本来書道家として決定的に足りない部分です。翔子は、理屈は理解していないんです。感覚的に見えているんじゃないかと思います。例えば私は大きな字を書いたことがない。教えてもいない。でも翔子はバランスをとって書いちゃう。書道はうまい人は大勢いる。多くの人は観念的になってしまい、感性で書ける人は少ないんです」</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="239" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6616_img02.jpg" alt="" class="wp-image-6791" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6616_img02.jpg 239w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6616_img02-224x300.jpg 224w" sizes="(max-width: 239px) 100vw, 239px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">中田と翔子さんのコラボレーション</h3>



<p>翔子さんに、目の前で「飛翔」という文字を書いてもらう。両手で持ったのは大きな筆。紙も一畳ぐらいあるのではないかと思えるほど大きな紙だ。筆を墨につけて、紙に落とす。力強く筆が動いていく。見事な飛翔が描かれる。<br>「はい。じゃあ、サッカー書いてください！」と翔子さんが中田に言う。「サッカーは無理だよ。しかもこんなの初めてだから難しいなあ」と言いながら筆を手にする中田。<br>こうして、翔子さん、泰子さん、スタッフもいっしょになって、<br>「バランスがちょっと悪い」、「何か寂しいね」、「うまいよね」、「よく言うよ！（笑）」、「難しいね…」、「難しくないよ」などと言いながら大きな紙に何枚も飛翔を書いた。<br>泰子さんはこんな話をしてくれた。「翔子が生まれたとき、知能がなくて歩けないと言われたんです。苦しんで泣きながら翔子を育ててしまった。それを後悔ました。だけど、書道をとおして多くの人に出会って、今はダウン症でよかったとさえ思える。翔子と外に出ることで、同じダウン症の子どもやお母さんにも夢を持ってもらえると思います。」</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="239" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6616_img04.jpg" alt="" class="wp-image-6792" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6616_img04.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6616_img04-300x224.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


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					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6596_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/6596/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">筆をひたすらに追求する「江戸筆職人」亀井正文さん／東京都練馬区 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">寺子屋の広まりとともに隆盛した江戸筆 筆そのものが日本に伝わったのは600年ごろのことだといわれている。日本書</span>					</div>
				</div>
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					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6612_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/6612/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">文字を表現する書道家·矢萩春恵さん／東京都港区 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">「お誕生日おめでとう」を手書きで 「お誕生日おめでとうを手できれいに書きたい」毎日メールでのやりとりをしているからこそ、本当に伝えたい気持ちは手書きの文字で伝え&#8230;</span>					</div>
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		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/6616/">喜びを生み出す書道家·金澤翔子さん／東京都大田区</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>文字を表現する書道家·矢萩春恵さん／東京都港区</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/6612/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 27 Jun 2012 06:51:01 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[書道]]></category>
		<category><![CDATA[東京都]]></category>
		<category><![CDATA[文字]]></category>
		<category><![CDATA[表現]]></category>
		<category><![CDATA[書道家]]></category>
		<category><![CDATA[港区]]></category>
		<category><![CDATA[習字]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6612_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「お誕生日おめでとう」の文字を手書きで 「お誕生日おめでとうを手できれいに書きたい」毎日メールでのやりとりをしているからこそ、本当に伝えたい気持ちは手書きの文字で伝えたい。もらったらやっぱりうれしい。そういう気持ちはだれ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/6612/">文字を表現する書道家·矢萩春恵さん／東京都港区</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6612_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">「お誕生日おめでとう」の文字を手書きで</h2>



<p>「お誕生日おめでとうを手できれいに書きたい」<br>毎日メールでのやりとりをしているからこそ、本当に伝えたい気持ちは手書きの文字で伝えたい。もらったらやっぱりうれしい。そういう気持ちはだれにでもあるのではないだろうか。<br>「みなさんそのようにおっしゃって、習いにいらっしゃるのですよ。例えば名前をきれいに書きたいとか。それはすごくいいことですよね。“用の書”というものですね。でもそのうちにみなさん線や空間を考える“表現の書”がわかるようになってきて、はまっていくんです」</p>



<p>お話を伺った矢萩春恵さんはそう答えてくれた。<span class="swl-marker mark_yellow">用の書とは、実用としての書。中田の「お誕生日おめでとう」のように、実用のための文字だ。しかしそれがうまく書けるようになると、文字そのものの魅力に気づくようになって、「もっといい字を書きたい」、「面白い表現をしてみたい」と興味が変わっていくのだ</span>という。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6612_img04.jpg" alt="" class="wp-image-6815" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6612_img04.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6612_img04-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">日頃から文字を書くことが大事</h2>



<p>矢萩さんは大学を卒業後、漢字では<a rel="noreferrer noopener" href="https://www.dokuritsu.or.jp/shoukai/teshimayuhkei/" target="_blank">手島右卿</a>（ゆうけい）、かなでは町春草に師事して書を習う。日展入選後、1974年に初個展を開いた。その後日本各地をはじめ、世界各国でも個展を開催するようになった。その柔らかで表現性に富む書は見るものをひきつけ、世界の人を魅了した。1989年からは3年間、アメリカのハーバード大学で東洋美術史学科の客員教授として書の講座を担当した。学生たちも最初は東洋への興味ということで習い始める人が多かったが、次第に表現の書に魅力を感じてのめりこんでいったそうだ。</p>



<p>最初に矢萩さんが言ったように、きれいな字を書きたいと思っている人は多いのではないだろうか。そこでまず最初に何を学んでほしいかを質問する。<br><span class="swl-marker mark_yellow">「まずは文字の美しさを知ってほしいと思いますね。楷書でも行書でも、視覚的な美しさがありますよね。線と形、空間から生まれる美しさを知ってほしいですね」実際に練習するときはなにより「文章を書くことが大事」だと言う。日頃から書くことに慣れて、「お誕生日おめでとう」に心をこめるということが大事なのだ。</span></p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6612_img03.jpg" alt="" class="wp-image-6814" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6612_img03.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6612_img03-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">文字が読めればいい。感覚を表現することが大事。</h3>



<p>用の書から表現の書へ。矢萩さんに「笑」という文字を見せてもらう。<br>「“笑”を正方形に書いては面白くないですよね。ひとつの線を協調するだけでも表情は変わってくる。デッサンをして、色々書いてみるんです。そのなかで表現はできてくる」と矢萩さんは話す。ただし、素人考えではどこまで字を崩していいのかわからない。<br>そこで中田が「ルールはあるのですか？」と聞くと、「<span class="swl-marker mark_yellow">唯一のルールは読めなくてはいけないということ。</span>文字ですから間違えたものを書いてはいけない。これだけです。そのなかで感覚をどう表現するかということですね」と矢萩さんは答えてくれた。また「五體字類」という崩し方の手本があることも教えてもらった。</p>



<p>最後に恒例のお習字の時間。今回も中田英寿という名前を先生に教えてもらう。「リズムが大事」と矢萩さんは言う。「それから絵心もあったほうがいいかな」<br>五體字類を参考にしながら、いくつかの英という字を見せてもらい、そのなかから好きな「英」を選んで練習する。寿にいたっては110通りもの書き方があった。それを合わせてこれまでに書いたことのない柔和な印象の「英寿」が完成した。<br>「とてもお上手。リズムがいいですよ。それに素直。ね、だんだん面白くなってきたでしょ」と矢萩さんが笑う横で、中田も楽しそうな顔をして文字を眺めていた。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6612_img02.jpg" alt="" class="wp-image-6813" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6612_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6612_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6612_img01.jpg" alt="" class="wp-image-6812" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6612_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6612_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
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						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/6596/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">筆をひたすらに追求する「江戸筆職人」亀井正文さん／東京都練馬区 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">寺子屋の広まりとともに隆盛した江戸筆 筆そのものが日本に伝わったのは600年ごろのことだといわれている。日本書</span>					</div>
				</div>
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		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/6612/">文字を表現する書道家·矢萩春恵さん／東京都港区</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>書を楽しむこと「書道家 武田双雲」／神奈川県</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/4893/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 21 Feb 2012 08:51:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[書道]]></category>
		<category><![CDATA[武田双雲]]></category>
		<category><![CDATA[アトリエ]]></category>
		<category><![CDATA[神奈川県]]></category>
		<category><![CDATA[書道家]]></category>
		<category><![CDATA[書道教室]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4893_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>湘南との出会い テレビ番組でのパフォーマンスなど、多彩な活動を行う書道家として知られる武田双雲さんが、アトリエと教室を構えるのが神奈川県の湘南。 「ご出身は熊本ですよね？どうしてここを選んだんですか」という中田の質問に、 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/4893/">書を楽しむこと「書道家 武田双雲」／神奈川県</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/07/4893_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">湘南との出会い</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/07/4893_img01.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>テレビ番組でのパフォーマンスなど、多彩な活動を行う書道家として知られる<a href="https://www.souun.net/" target="_blank" rel="noopener" title="">武田双雲</a>さんが、アトリエと教室を構えるのが神奈川県の湘南。</p>



<p>「ご出身は熊本ですよね？どうしてここを選んだんですか」という中田の質問に、「実は、僕は書道家になるなんて、まるで思っていなかった」と意外な答えが。</p>



<p>3歳のころから母である書道家・武田双葉さんに書を習っていたという経歴から、書道家になるべくしてなったという印象を持つがそうではないという。東京で理系の大学に進学し、卒業後は企業で営業職についた。そして、独立しようと考え、湘南を訪れたときに古くどっしりとした家を見つけたのだ。</p>



<p>「本当に職人の気合の入った家だったんです。すごく気に入って、その場で辞表を書いた。」と双雲さんは振り返る。それから、書道教室を開き、ストリートで書を書き、書道家としての活動がスタートしていった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">教えること教わること</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/07/4893_img03.jpg" alt=""/></figure></div>


<p><span class="swl-marker mark_yellow">書道家として創作活動に励むかたわら、教室で先生として生徒と向き合うこともある。そのとき双雲さんが大事にしているのは、「楽しむ」ということ。</span>書道もスポーツや音楽のように、触れてわくわくするものであってほしいという。習うというと、普通は基礎、応用、創作という順番で教えるものだろうと思うが、双雲さんはそれらを同時に教えるという。<br>「書っていうのは良い悪いっていうのが判断しづらい。きれいな字を書いてもいいし、オリジナリティを持った字を書いてもいい。幅が広いし、まだ研究の余地があると思うんです」という。ときには”ヘタな字競争”ということもやるという。文字通り、ヘタな字を書くことを競う。お手本をはなれて、書くことにどんどん挑戦するのだ。<br>双雲さんは人に教えることで、逆に教えられることも多いという。「例えば外国人は朱墨の色に感動する。自分でやっているだけでは感じることができないことってたくさんあるんですよね」そして、書道のあらゆる可能性を探りたいと語ってくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自分のもっている字を高める</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/07/4893_img02.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>中田も筆を持った。今回も「中田英寿」という名前を練習することに。大事なことはふたつ。ひとつは見ること。お手本をよく見ることが大事だという。意外と手にばかり集中がいって、見るというところには気が向かないそうだ。目標が見えていないと練習にも身が入らない。だから手と同じくらい見ることが大事だという。<br>もうひとつは腰で書くということ。筆を持つとどうしても手に力が入ってしまうもの。しかし、スポーツと同じで余計な力が入ってしまうとうまくいかない。手は筆が落ちてしまうのではないかというぐらいに力を抜いて、腰で書くのだという。筆圧を加えるときは、筆の重さで十分だそうだ。<br>何度か自分の名前を書いていると「自分の書く字があまり好きじゃないんですよ」と中田がいった。すると双雲さんは「もったいない」という。文字にはその人の特徴がでる。「もちろん基本は大事ですけど、どこかにあるサンプルを持ってくるんじゃなくて、自分の持っている字を高めていけたらいいと思うんですよね」と双雲さんは話してくれた。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/4893/">書を楽しむこと「書道家 武田双雲」／神奈川県</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>自然と人と時の造形美「盆栽作家 木村正彦」／埼玉県北足立郡伊奈町</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/2747/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 26 Nov 2011 07:54:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[自然]]></category>
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		<category><![CDATA[埼玉県]]></category>
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		<category><![CDATA[内閣総理大臣賞]]></category>
		<category><![CDATA[アーティスト]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2747_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>盆栽という芸術を育て、盆栽アーティストを育てる 埼玉県さいたま市には”盆栽村”という地名が残っている。それほど埼玉県は盆栽と深い関係にある。その埼玉で数々の盆栽を手がけ、世界的な盆栽作家として知られる木村正彦さん。内閣総 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2747_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">盆栽という芸術を育て、盆栽アーティストを育てる</h2>



<p>埼玉県さいたま市には”<a href="https://www.stib.jp/info/data/bonsai.html" target="_blank" rel="noreferrer noopener">盆栽村</a>”という地名が残っている。それほど埼玉県は盆栽と深い関係にある。その埼玉で数々の盆栽を手がけ、世界的な盆栽作家として知られる木村正彦さん。<span class="swl-marker mark_yellow">内閣総理大臣賞受賞をはじめとする多数の輝かしい受賞歴を持ち、現在は、国内はもとより海外でも講師として招聘され、いくつも講演を行なっている。</span>木村さんから盆栽について学んだ人々は世界各地に広がり、独自の作家活動を行っているのだ。<br>木村さんの見た目は真面目な生粋の職人といったふう。けれども、<span class="swl-marker mark_yellow">彼の作る盆栽は芸術的で、木村さんをアーティストと紹介する人も少なくない。</span>早速作品を拝見すると「この鉢の中に、まるで壮大な自然の景があるようですね。」と関心しきりの中田だった。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2747_img04.jpg" alt="" class="wp-image-2913" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2747_img04.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2747_img04-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">盆栽のルーツはどこから</h3>



<p>ところで、<a href="https://www.japan-bonsai.jp/aboutbonsai/history/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">盆栽の起源</a>はどこにあるのだろう。知っていそうで知らない疑問。単刀直入に中田が木村さんに質問すると、「盆景という文化が中国にありました」と答えが返ってきた。<br>「山に生えている樹を気に入って、器に入れて持って帰って飾ったっていうのが起源でしょうね。数千年昔に遡ると言われています。そこから朝鮮半島を経由して5、600年前に日本に渡って来たといわれています。そして日本人の手により現在まで発展し、日本独自の文化として確立しています。」</p>



<p>続いて中田からの質問攻め。「樹は自然から採ってくるものなんですか？」</p>



<p>「そのとおりです。<span class="swl-marker mark_yellow">自然の断崖絶壁に自生しているような樹を山から採ってくる。まったく肥料や水もないところで育っているからもともと品種としては特別なもので、あまり大きく育たないものばかり</span>です」<br>これには中田も驚いていた。人間が大きく“させない”のではなく、もともと特殊な樹を鉢に移し替えているものだったのだ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2747_img02.jpg" alt="" class="wp-image-2914" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2747_img02.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2747_img02-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">年月とともに成長する盆栽作品</h2>



<p>採ってきた樹を鉢に移し替えれば、盆栽という定義には入る。けれどもそれでは作品にはならない。形を整え、枝を剪定し、育てていくことで作品になっていくのだ。あるひとつの経年変化を見せてもらった。中田を含め、スタッフ一同から「おお！」という声が挙がった。</p>



<p>”豊かな”自然が鉢のなかで成長していくのがよくわかった。木村さんによれば、宮内庁には徳川家光が愛でた盆栽があるという。つまり約400年生き続けているというわけだ。それは例外にしても数100年は生きるという。年とともに変化、成長していくのが盆栽なのだ。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">木村さんは、ただ樹を植えるだけでなく、幹を削り形を変えたり、石を起きそこに樹を生えさせたり、盆栽のなかに”世界”を創りだす。その人工的な世界のなかに、成長する自然が存在する。盆栽の魅力はそのふたつの力が合わさるところにあるのかもしれない。</span></p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2747_img03.jpg" alt="" class="wp-image-2915" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2747_img03.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2747_img03-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure></div>

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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2753_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/2753/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">心が和らぐ人形「木目込人形作家 石川潤平」／埼玉県さいたま市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">父親は埼玉県指定無形文化財に指定された作家 「僕はね、人形をケースの中に飾っておくのがかわいそうなんです。僕た</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/2747/">自然と人と時の造形美「盆栽作家 木村正彦」／埼玉県北足立郡伊奈町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>文字を媒体にした描写「書道家 佐伯司朗」／埼玉県朝霞市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/2741/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/2741/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 25 Nov 2011 02:56:48 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[書道家]]></category>
		<category><![CDATA[埼玉県]]></category>
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		<category><![CDATA[書]]></category>
		<category><![CDATA[宮内庁]]></category>
		<category><![CDATA[書道]]></category>
		<category><![CDATA[宮内庁文書専門員]]></category>
		<category><![CDATA[作品]]></category>
		<category><![CDATA[文字]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2741_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>書が伝える作品とは 佐伯（さへき）司朗さんは、宮内庁文書専門員として、今上天皇祐筆を務める、つまり天皇、皇后両陛下のお言葉や親書などを代わりに”書く”ことをしている人物。数々の賞を受賞し、大学でも講師をするなど書道界の第 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/2741/">文字を媒体にした描写「書道家 佐伯司朗」／埼玉県朝霞市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2741_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">書が伝える作品とは</h2>



<p><a rel="noreferrer noopener" href="http://www.cosmosginga.com/shirou/" target="_blank">佐伯（さへき）司朗</a>さんは、宮内庁文書専門員として、今上天皇祐筆を務める、つまり天皇、皇后両陛下のお言葉や親書などを代わりに”書く”ことをしている人物。数々の賞を受賞し、大学でも講師をするなど書道界の第一線で活躍している。<br>だから、いわゆる”書”の素晴らしさはいうまでもない。が、佐伯さんは<span class="swl-marker mark_yellow">「文字を媒体としていれば、どんなものでも”書”になるのではないか」という</span>。見せてくれたのが、オーロラをイメージして、絵の具で書いた「極光」という文字。彩色もしてあり、模様も書き込んである、一枚の絵のような作品だ。極光という文字だけ見ているだけでは伝わらないイメージが頭のなかに膨らんでくる。これも”書”だと佐伯さんは言うのだ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2741_img051.jpg" alt="" class="wp-image-3045" style="width:320px;height:213px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2741_img051.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2741_img051-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">アルファベットを書道する</h3>



<p>「若い人たちにも、書道ってそんなにかたいものじゃないってわかってもらいたいんです」佐伯さんはそういう気持ちからポップソングの歌詞を書くということもしている。</p>



<p>「そのなかには英語も出てきますよね？」と中田。当然の疑問だろう。佐伯さんはその<span class="swl-marker mark_yellow">アルファベットも書道、しかも縦書きで書いてしまう</span>のだ。それがまったく違和感がないのだ。</p>



<p>「例えば命っていう字がありますよね。それを分解してみたら、A、O、Pみたいですよね。つまりはそういうことなんです」なるほどと思わされてしまう。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2741_img02.jpg" alt="" class="wp-image-2884" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2741_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2741_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">字をうまく書くにはどうすればいいのか</h3>



<p>佐伯さんの作品を拝見したあとに名前を毛筆で書く講座を開いてくれた。佐伯さんによれば中田英寿という字は難しいという。<br>「中田は画数が少なく、英寿は多い。それでバランスをとるのが難しいんです」<br>　佐伯さんが言うには、<span class="swl-marker mark_yellow">字をうまく書く秘訣の第一はバランス。</span>中だけ、田だけ、というふうに一文字を見てしまうと、バランスが崩れてしまうから、”中田英寿”全体を見るのがコツだという。<br>　<span class="swl-marker mark_yellow">第二の秘訣は、縦線を太く、横線を細くするということ。漢字は横線が多いから細くする。バランスをとるために縦線は太くするべしとのこと。また、文字は右側のほうをより太くするといいそうだ。</span><br>そのアドバイスを受け、中田が自分の名前を書く。「うん」と自らうなずく出来栄え。記帳など、名前を書くことが多いという中田は、「これで名前を書くのが嫌じゃなくなった」と言っていた。</p>


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<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2741_img04.jpg" alt="" class="wp-image-2885" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2741_img04.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2741_img04-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure></div>

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