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	<title>福井県 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>福井県 - NIHONMONO</title>
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		<title>地元の米や水、耕す人々。“永平寺テロワール”で世界に挑む「𠮷田酒造」／福井県永平寺町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 25 Feb 2024 03:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[酒蔵]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/ea7988b4aedcad748582fe2e18b3bc04.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>1806年創業の「𠮷田酒造」は、福井県𠮷田郡永平寺町（えいへいじちょう）にある酒蔵。永平寺町の高品質な酒米と豊かな水、そして、この土地の人々の営みと風土も含めて“テロワール”と表現し醸す酒は、老舗酒蔵にとって新たな世界の [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/ea7988b4aedcad748582fe2e18b3bc04.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>1806年創業の「<a href="https://www.jizakegura.com/" title="">𠮷田酒造</a>」は、福井県𠮷田郡永平寺町（えいへいじちょう）にある酒蔵。永平寺町の高品質な酒米と豊かな水、そして、この土地の人々の営みと風土も含めて“テロワール”と表現し醸す酒は、老舗酒蔵にとって新たな世界の扉を開く。</p>



<h2 class="wp-block-heading">先代が米作りで活路を開く</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0207171c427725ec095ab936ffa5aeeb.jpg" alt="" class="wp-image-40756" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0207171c427725ec095ab936ffa5aeeb.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0207171c427725ec095ab936ffa5aeeb-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0207171c427725ec095ab936ffa5aeeb-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>銘酒<strong>「白龍」を醸してきた𠮷田酒造</strong>は、雄大な九頭竜川のすぐそばにある。酒造りや米作りに適した良質な水が豊富な地域で、同じ永平寺町には<strong>「黒龍」の黒龍酒造</strong>や<strong>「越前岬」の田辺酒造</strong>など、全国的な知名度を誇る酒蔵が集中する。そんな激戦区で、𠮷田酒造の杜氏を務める𠮷田真子さん。2017年、25歳の若さで杜氏に就任し、当時、<strong>全国最年少女性杜氏として大きな注目を集めた。</strong></p>



<p>現在は母である由香里さんと姉の祥子さん、その夫の大貴さんと力を合わせて酒蔵を営んでいる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">全量永平寺町産の米で純米酒を醸す</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="797" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/d695f238735208a9080db90ec4d859ec.jpg" alt="" class="wp-image-40757" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/d695f238735208a9080db90ec4d859ec.jpg 797w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/d695f238735208a9080db90ec4d859ec-300x207.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/d695f238735208a9080db90ec4d859ec-768x530.jpg 768w" sizes="(max-width: 797px) 100vw, 797px" /></figure>



<p>𠮷田酒造では真子さんが杜氏になった2017年から全量純米酒蔵となった。使う酒米は山田錦、五百万石、ハナエチゼンで、2018年からは、<strong>原材料米のすべてを永平寺町産で賄っている。</strong><br>真子さんが目指すのは、永平寺町産の酒米の特徴を生かしつつ、この土地の水のようにピュアで透明感のある<strong>「食中酒として盃がすすむ酒」</strong>だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">新しい酒蔵で海外向けの酒を</h3>



<p>そして2023年、𠮷田酒造は新しい酒蔵を建て、純米や吟醸といった特定名称酒に頼らない海外向けの新しい酒造りを始める。家族経営の小さな蔵が世界に挑む原動力は、真子さんの父で、8年前に亡くなった6代目蔵元の智彦さんが家族に遺した酒造りへの情熱に他ならない。</p>



<h3 class="wp-block-heading">等級制度の酒造りからの脱却</h3>



<p>智彦さんが𠮷田酒造を継いだ1980年代、造っていた酒は一級酒や二級酒がメインだった。一級酒、二級酒というのは、かつて存在した日本酒の等級制度における呼称で、1992年に廃止され、純米や吟醸といった「特定名称酒」制度に変わった。<br>智彦さんはかつて酒造りの修行を行っていた滝野川醸造試験場での会合で、全国から集めた日本酒を飲む機会があった。会合の参加者が好んで飲み、真っ先に空になったのは、<strong>山田錦を磨き上げた大吟醸</strong>。その光景を目の当たりにし、一級酒や二級酒に依存していたのでは未来はないと感じた智彦さんは、山田錦を使って酒を造ろうと考えた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">米を買えないなら、自分で作る</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="742" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/f26866827339ee59fa2a196d61318745.jpg" alt="" class="wp-image-40758" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/f26866827339ee59fa2a196d61318745.jpg 742w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/f26866827339ee59fa2a196d61318745-300x222.jpg 300w" sizes="(max-width: 742px) 100vw, 742px" /></figure>



<p>1990年、智彦さんは山田錦を酒造組合から購入しようとしたものの、実績がないことを理由に断られてしまう。悩んでいたとき、知人から自分で山田錦を作ったらどうかと提案されて、なるほどな、と思った。当時、𠮷田家は食用のコシヒカリを生産する田んぼをいくつも所有しており、智彦さんは早速、その一部で当時、栽培北限と言われた福井での<strong>山田錦栽培に着手した。</strong></p>



<h3 class="wp-block-heading">酒造りは、土作りから</h3>



<p>コシヒカリを作ってきた田んぼでは化学肥料を使っていたが、山田錦の栽培には、それを一切使わず農薬も極力使わないようにした。そのため、1年目に収穫できたのは田んぼ1反あたりわずか3俵。一般的な食用米が1反で8〜10俵ほど収穫できるというから、出来高は通常の3分の1程度。しかし、まずは無事に酒米が収穫できたことで良しとし、試験的に酒造りに臨んだ。はじめて自分で収穫した米から酒を造ることができる喜びは大きく、せっかく米作りから酒造りまでを、一貫してできるようになったのだから、特別純米酒、純米吟醸酒を造ることに。できた酒は、感慨深く、今後自社が進むべき道を標してくれているようだった。<br>そして、山田錦の栽培に取り組み始めてから3年後、ようやく一定の量と安定した品質の山田錦が収穫できるようになった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">量ではなく質を追求</h3>



<p>智彦さんは、米作りと並行して「白龍」ブランドの強化に努め、商品ラインアップを増やしていった。2006年には<strong>蔵の創業当時の記録に残る「旭泉（あさいずみ）」という幻の酒を復活させ、創業200年の記念酒として「白龍 純米懐古酒 旭泉」を発売。</strong>山田錦を精米歩合85％の低精白に磨き、大昔に飲まれていたであろう米の旨味をしっかりと感じる味わいを再現した。また、大粒の山田錦を磨き上げた純米大吟醸などの高級酒造りにも取り組んだ。蔵の経営そのものは非常に厳しい状況が続いてはいたが、未来への方向性が少しずつ見えてきていた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">先代の意志を継いだ家族の挑戦</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="828" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/b2e6e93c6c8a932feca9cd91663330bd.jpg" alt="" class="wp-image-40759" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/b2e6e93c6c8a932feca9cd91663330bd.jpg 828w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/b2e6e93c6c8a932feca9cd91663330bd-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/b2e6e93c6c8a932feca9cd91663330bd-768x510.jpg 768w" sizes="(max-width: 828px) 100vw, 828px" /></figure>



<p>それから、しばらく経った2014年6月、大学卒業を目前に控えていた真子さんの元へ由香里さんから連絡が届く。「智彦さんの体調がすぐれず、人手が足りない。大学を卒業したら実家に戻り、酒造りを手伝ってくれないか？」という相談だった。そこで真子さんは2015年春、大学を卒業した後、すぐ蔵に入り酒造りを手伝い始める。しかし、その年の暮れ、智彦さんは54歳の若さでこの世を去る。さらに翌年、伝手を頼んでいたベテランの南部杜氏が腰を痛め、高齢を理由に地元に帰ってしまうという事態に。こうした困難が重なり、蔵は未曽有の危機に陥った。</p>



<h3 class="wp-block-heading">母と娘で危機を乗り切る</h3>



<p>杜氏不在のまま、𠮷田酒造は2016年の酒造りをはじめた。多少の知識はあるものの、経験値はほとんどないに等しい状態の真子さん。県の機関である「食品加工研究所」に醪（もろみ）の経過を毎日送り、蔵に来てもらってアドバイスを受けながら、その年はなんとか乗り切ったが、これからの酒造りをどうするかは大きな課題として頭の中をぐるぐる巡っていた。智彦さんの死後、7代目を継いだ由香里さんは、真子さんに「あなたはこの2年間、酒造りを手伝い、蔵の方針をよく理解している。杜氏をやって欲しい」と持ちかけた。しかし、全国新酒鑑評会の開催をはじめ、酒類の分析や鑑定、製造業者に対する講習などを行う「酒類総合研究所」で約1カ月半の研修を受けたものの、まだまだ酒造りに精通していると胸を張って言える状態でなかった真子さんにとって、それは大きな不安となり、「私には無理だ。蔵を辞めよう」とまで思い詰めたという。そんな時、父と付き合いが深かった地酒協同組合の事務局から、北海道の「上川大雪酒造」で夏場の試験醸造に参加しないかとの打診があり、母の強い後押しもあり、真子さんは単身、北海道に向かった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">家族が一丸となった𠮷田酒造</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="765" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/a87570c2307e37028f37cfaadc43aacc.jpg" alt="" class="wp-image-40760" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/a87570c2307e37028f37cfaadc43aacc.jpg 765w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/a87570c2307e37028f37cfaadc43aacc-300x216.jpg 300w" sizes="(max-width: 765px) 100vw, 765px" /></figure>



<p>2017年、<strong>「上川大雪酒造」</strong>の杜氏･川端慎治さんのもとで酒造りを一から学ぶうち、真子さんの心境に変化が起こる。それまでは「ただひたすら酒を完成させる」ことだけを考えていたが、経験豊富な川端さんの教えで酒造りの面白さや奥深さが少しずつ理解できるようになり、「自分が心からおいしいと思える酒を造りたい」という気持ちが湧いてきた。<br>研修を終えた<strong>真子さんは、正式に杜氏になることを決意。</strong>翌2018年には東京のIT企業に勤めていた姉の祥子さんが大貴さんと結婚し、夫婦で𠮷田酒造の力になりたいと入社した。<strong>祥子さんはIT企業で培った知識と経験を生かして蔵の近代化に取り組み、大貴さんは酒米作りの責任者に就任。</strong>亡き父が礎を築いた高品質な酒造りをさらに磨き上げるための体制が整った。</p>



<h3 class="wp-block-heading">香港の企業と合弁会社を設立</h3>



<p>父亡きあと、𠮷田酒造は父が遺してくれた山田錦の圃場拡大と酒質の更なる向上のために醸造設備の改善を進める。真子さんも年を重ねるごとに醸造技術を進化させ、長年目指してきた雑味がなくクリアでありながら米の旨味をしっかりと感じるな味わいに着実に近づく。<strong>2021年度の全国新酒発表会では「白龍」の純米大吟醸が金賞を受賞</strong>するなど、<strong>2021、2022年度の全国新酒発表会で「白龍 純米大吟醸」が2年連続で金賞を受賞</strong>するなど、近年その評価は定着しつつある。<br>そして2022年6月、𠮷田酒造は大きな挑戦に乗り出した。<strong>日本酒の世界展開を考えていた香港の上場企業「シンフォニー社」との共同出資により、海外向けに日本酒を醸造する新会社「シンフォニー𠮷田酒造株式会社」を設立。</strong>香港、シンガポールなどアジア圏を中心に、品質管理の徹底を図り、日本酒の価値を高めて、グローバル市場の開拓を目指す。<br>また、<strong>2023年には築100年ほどの古民家を改修した「吉峯梅庵（きっぽうばいあん）」が完成。</strong>この施設では、永平寺町産の酒米の魅力を知ってもらうワークショップや杉玉作り体験などのエクスペリエンスを通して、この地に根ざし日本酒を醸してきた酒蔵だからこそ知りうる、永平寺町の文化や風土の魅力を発信していく。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/d8ec8064cbd055e070ebf02828703441.jpg" alt="" class="wp-image-40761" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/d8ec8064cbd055e070ebf02828703441.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/d8ec8064cbd055e070ebf02828703441-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/d8ec8064cbd055e070ebf02828703441-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">永平寺ブランドを世界へ</h3>



<p>こうして、𠮷田酒造は世界に向けて<strong>「永平寺テロワール」</strong>の素晴らしさを掲げはじめた。テロワールを表現する海外向けの酒には、あえて特定名称は付けず、自らと契約栽培農家が育む山田錦を中心とした酒米のもつポテンシャルを最大限に生かす酒質で勝負する予定だという。実現のためには、今まで以上に高品質な酒米の増産が必要になるが、原料米生産を担当する大貴さんが開催する山田錦生育の勉強会などを通して、つながりを深めてきた永平寺町の農家が𠮷田酒造グループの酒米づくりに参画してくれることで、その課題はクリアできる見通しだ。<br>「永平寺テロワールを表現した酒が海外でどう受け入れられるのか、そこには不安もあるが、期待の方が勝る」と真子さん。海外に向けた挑戦は、今まさにはじまったばかりだが、今後、𠮷田酒造グループが醸す日本酒が海外で評価されることで、永平寺町の認知も高まっていくとも考えられる。例えば有名なワイナリーのあるフランスの小さな町のように、それをきっかけに永平寺町へ足を運ぶ人が増えることも大いにありえるだろう。自分たちの起こしたアクションが、世界中から人を呼ぶ一助になる。そんな未来を目指し、𠮷田酒造の飽くなき挑戦は続く。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40754/">地元の米や水、耕す人々。“永平寺テロワール”で世界に挑む「𠮷田酒造」／福井県永平寺町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>伝統は革新の連続。300年以上、酢を守り続ける「とば屋酢店」／福井県小浜市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 30 Jan 2024 03:57:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4754.54.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福井県小浜市にあるとば屋酢店は、江戸時代中期の創業で300年以上も続く米酢の醸造元だ。全国的にも珍しい「壺（つぼ）」で純米酢を仕込む伝統を守り続けながら、情報発信や新商品開発にも積極的に取り組んでいる。とば屋酢店の伝統は [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4754.54.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福井県小浜市にある<a href="https://www.tobaya.com/" title="">とば屋酢店</a>は、江戸時代中期の創業で300年以上も続く米酢の醸造元だ。全国的にも珍しい「壺（つぼ）」で純米酢を仕込む伝統を守り続けながら、情報発信や新商品開発にも積極的に取り組んでいる。とば屋酢店の伝統は、現代に輝きを増している。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>京の食を支えた小浜で酢を醸造</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="799" height="533" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_sasaduke.jpg" alt="" class="wp-image-40064" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_sasaduke.jpg 799w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_sasaduke-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_sasaduke-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 799px) 100vw, 799px" /></figure>



<p>とば屋酢店は若狭湾国定公園の一部を成す小浜湾に面した小浜市にある。日本海の豊かな海産物に恵まれる小浜市は、かつて<strong>「若狭国（わかさのくに）」</strong>と呼ばれ、朝廷に海産物を献上する<strong>「御食国（みけつくに）」</strong>のひとつだった。後の江戸時代には小浜藩となり、北前船の拠点として栄えた。また、小浜でよく獲れたサバを京都に運んだことから、小浜から京都につづく道は<strong>「鯖街道（さばかいどう）」と呼ばれ、現在は日本遺産にも認定</strong>されている。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>小浜名産に欠かせない米酢</strong></h3>



<p>小浜から京の都に運ばれる海産物は、塩や酢を伴うことによって保存性が高まり、現代まで続く<strong>「小鯛のささ漬け」や「鯖寿司」</strong>といった特産品が生まれた。小鯛のささ漬けは小浜を代表する珍味で、レンコダイともハナオレダイとも言われる小鯛を三枚におろし、うす塩をして酢で締め、笹の葉を添えて小さな杉樽にぎっしりと詰める。小浜で作られている小鯛のささ漬けや鯖寿司の多くに、とば屋酢店の米酢が使われている。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>「壺（つぼ）」で300年以上仕込み続ける</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/80815c0cff35504f6eca6ac2e4a855bc.jpg" alt="" class="wp-image-40065" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/80815c0cff35504f6eca6ac2e4a855bc.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/80815c0cff35504f6eca6ac2e4a855bc-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/80815c0cff35504f6eca6ac2e4a855bc-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>とば屋酢店の看板商品である<strong>「壺之酢（つぼのす）」</strong>はその商品名が表すように、一抱え以上もあるような大きな壺の中で仕込む純米酢。酢蔵の床下深くまで敷き詰めたもみ殻の中に、おおよそ300ℓの容量の壺が30個埋められている様子は壮観だ。この壺で発酵・熟成させる酢の造り方をとば屋酢店は300年以上守り続けている。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading">お米の旨味と甘味を感じる純米酢</h3>



<p>アルコールに酢酸菌を加えると、発酵する過程でアルコール分が酢酸に変わり、酢ができる。純米酢であれば、一般的に純米酒に酢酸菌を加えて発酵させた後、熟成を経て完成となる。壺之酢も原理は同じだが、とば屋酢店では、「甘酒」と「種酢（たねず）」を使って仕込む独自製法を守り続けている。<br>材料となる甘酒は、福井県産米の「華越前（ハナエチゼン）」を蒸し、自家製米麹、地下からくみ上げる水、純米酒を加えて55℃で丸一日保温して作る。種酢とは前回仕込んだ酢のことで、活きのいい酢酸菌がたっぷりと含まれている。この甘酒と種酢を混ぜた仕込み液を直接壺の中に注ぎ、壺の周囲に敷き詰めて保温しながら1〜2ヵ月発酵させる。このとき、表面に「酢酸菌膜（さくさんきんまく）」が徐々に表れてアルコールを分解していくと酢ができる。表面にきれいな膜が分厚く張っているのが、いい具合に発酵を終えたサインだ。これを<strong>3分の1ほど残して次の仕込みの種酢にする。</strong><br>発酵を終えた酢は、さらに木樽に移して2ヵ月以上熟成させる。熟成後も、材料の甘酒に含まれる蒸し米が大量に残っているため、絞る工程が必要になる。甘酒を濾過せず、そのまま仕込むのはとば屋酢店ならではの伝統製法であり、米の旨味を酢にたっぷりとプラスする狙いがある。その後、ろ過、殺菌の工程を経て、壺之酢となり出荷される。その味わいは、米の旨味と甘味が活きており、酸味も角がなくまろやかだ。料理の味を引き立てるのはもちろん、ツンとこないので薄めてそのまま飲んでも美味しい。</p>



<p><br></p>



<h2 class="wp-block-heading">料理を引き立てる「旨い酢」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4766.jpg" alt="" class="wp-image-40066" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4766.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4766-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4766-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大手メーカーなどで取り入れられている一般的な酢の造り方は「連続発酵」という方法で、強制的に空気を送り込むことで発酵を早め、わずか数日で酢が出来上がる。一方、とば屋酢店の壺之酢は「静置発酵（せいちはっこう）」という伝統的な製法で、かき混ぜずにそのまま置き、<strong>酢酸菌の力のみで発酵させる</strong>ので実に４ヵ月以上もの長い時間がかかる。とば屋酢店が現代においても長い時間と手間をかけて壺之酢を造り続けるのは、<strong>「料理を引き立てる旨い酢」</strong>へのこだわりに他ならない。しかし、こだわりは認知されてこそ価値になる。「店への“共感”を広げたい」と語る13代目の中野貴之さんは、とば屋酢店のこだわりや歴史を現代の消費者に知ってもらうための取り組みにまい進してきた。それは壺之酢という商品名が生まれた頃にさかのぼる。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>300年の伝統を「見える化」する</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4804.jpg" alt="" class="wp-image-40067" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4804.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4804-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4804-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>その後、東京農大の醸造学科に入学した中野さんは、在学中に友人の協力を得てとば屋酢店のホームページを開設した。卒業後は東京大学大学院を経て経営コンサルタント会社に入社。そこで3年間経験を積んだ後、2005年に小浜に戻り、とば屋酢店での勤務を始めた。コンサルタント会社で顧客コミュニケーションの大切さを痛感した中野さんは、とば屋酢店と消費者との距離を縮める取り組みを強化した。まず、学生の頃に作ったまま放置していた<strong>ホームページをリニューアル</strong>し、商品をネット通販で買えるようにした。さらにとば屋酢店の歴史やこだわり、壺之酢を造る工程なども詳細に紹介。その後も、消費者がより見やすく、より買いやすくなるようにリニューアルを繰り返し、新規客の開拓につなげてきた。<br>家族経営の小さな蔵が自力でネット通販に取り組むのは苦労があったという中野さん。やり切れたのはコンサルタント時代の経験が大きかったと語る。付き合いのあった大企業では業務改善のサイクルを繰り返しており、それは企業の規模を問わず重要だと考え、とば屋酢店でも取り組んだ。現在、ネット通販は新しい売上の柱として成長している。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading">時代を捉えた新商品を次々に開発</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_1181.jpg" alt="" class="wp-image-40068" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_1181.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_1181-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_1181-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>さらに中野さんは新商品開発にも力を入れた。壺之酢とアカシア蜂蜜をブレンドした飲む酢「お酢蜜」、簡単に酢の物が作れる「お手間かから酢」、「手作り塩麹キット」など今に続く人気商品を次々に開発していった。<br>新商品の中でも中野さんが特に「可能性がある」と期待を寄せるのがお酢蜜だ。飲料用の酢の市場は黒酢や果実酢などが火付け役となって拡大傾向にあり、全国的にも2020年の家庭用食酢の市場規模調査で飲用が調理用を上回ったほど。<br>中野さんは健康志向の高まりを見据え、飲む酢の商品ラインナップを強化している。最近では、お酢蜜に免疫力を高めると言われる成分を配合した商品や、壺之酢に血糖値が上昇しにくい「マゲイシロップ」と果汁を加えたフルーツ酢は、ネット通販を中心にリピート客をつかみ、売れ行き好調だ。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading">海を渡った伝統の純米酢</h3>



<p>とば屋酢店の看板商品である壺之酢の価格は大手メーカーの米酢と比べて倍近い。それでも壺之酢の売れ行きは堅調だ。「壺之酢だからうちの味が出せると使い続けてくれる料理店などの顧客も多い」と中野さんは言う。</p>



<p>現在でも地元・小浜の魚屋やすし屋、料理屋のほとんどがとば屋酢店の得意先だ。地域との支え合いの中で300年以上守り続けた伝統的な酢造りは、とても手間と時間がかかり、他の蔵では見られなくなっている。だからこそ価値があると気付いた中野さんの新たな取り組みによって、とば屋酢店の認知度は高まり、海外からも注目されるようになっている。2010年には、パリのフランス料理店にパイプを持つバイヤーからの要望で「さくら酢」を新たに開発した。『さくら酢』は壺之酢をベースにした甘酢に桜の花びらを1年間漬け込んだもので、ミシュランの星を持つレストランなどで使われた。今も春に数量限定で出荷している。また、壺之酢や飲む酢がバイヤーを通じてヨーロッパやオーストラリア、台湾にも出荷されるようになった。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>酢を作るのは、発酵という“神の業”</strong></h3>



<p>変化する時代に合わせた数々の商品開発で、酢のニーズを開拓してきた中野さん。これからも新たな挑戦を続ける一方で、先代から受け継いだ「自然の力に感謝、ありがとうという気持ち」は決して忘れないと力を込める。<br>壺之酢には、発酵という人の技術を超えた「神の業」が働いていると語る中野さんは、「発酵は自然の力。人間にできるのは条件を整え待つこと」との思いで、今日も受け継いだ仕事を繰り返す。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40061/">伝統は革新の連続。300年以上、酢を守り続ける「とば屋酢店」／福井県小浜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>大量生産の産地で「作家」として生きる。越前漆器の塗師・中野知昭さん</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 26 Sep 2023 01:00:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[日本工芸]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[越前漆器]]></category>
		<category><![CDATA[福井]]></category>
		<category><![CDATA[河和田塗り]]></category>
		<category><![CDATA[漆器]]></category>
		<category><![CDATA[食器]]></category>
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		<category><![CDATA[福井県]]></category>
		<category><![CDATA[塗師]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7427-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>塗師・中野知昭さんは、福井県鯖江市にて「河和田塗り（越前漆器）」の制作を行う作家です。熟練の技と経験から生み出される中野さんの作品は、漆ならではの温かく優しげな質感とふっくらした手触りが特長。どこから見ても美しい一生物の [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38790/">大量生産の産地で「作家」として生きる。越前漆器の塗師・中野知昭さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7427-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>塗師・中野知昭さんは、福井県鯖江市にて「河和田塗り（越前漆器）」の制作を行う作家です。<br>熟練の技と経験から生み出される中野さんの作品は、<br>漆ならではの温かく優しげな質感とふっくらした手触りが特長。<br>どこから見ても美しい一生物の器が、生活に優しく寄り添います。</strong></p>







<p>中野知昭さんは、福井県鯖江市の河和田地区で同地の伝統工芸である「越前漆器」を制作している。越前漆器はホテルやレストランなどで使われる業務用漆器の分野で圧倒的なシェアを誇っているため、旅先や外食した先で手にしたことがある人も多いのではないだろうか。そんな大量生産に優れた越前漆器を作品の域にまで昇華させ、数を絞ってでも手塗りを徹底。マスプロダクツではなく、高付加価値の漆器に仕上げ、作家として生きる道を選んだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">福井県で現代の暮らしに合う漆器</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7316-1024x694.jpg" alt="" class="wp-image-38796" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>中野さんの工房は、県道18号線･通称<strong>「うるしの里通り」</strong>からすぐ近くにある。この通りの名称の由来は、通り沿いに漆器の絵付け体験などができる<strong>「うるしの里会館」</strong>があり、周辺には古くから漆器の工房や職人の家屋が数多く建ち並んでいるから。</p>







<h3 class="wp-block-heading">漆器作りのすべてに関わる</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7412-1024x742.jpg" alt="" class="wp-image-38799" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>漆器作りには、大きく分けて「木地作り」、「下地塗り」、「中塗り･上塗り」などの工程があり、各工程を請け負う職人が異なる分業制が一般的。しかし中野さんは、<strong>自らデザイン画を書いて木地職人に発注し、下地塗りから仕上げの上塗りまですべて自分で行う。</strong>木地を発注してから完成品の漆器として出荷するまでには、なんと１年もかかるという。顧客からの注文に応じて、それぞれが専門的に仕事をこなす中で、一貫して自分の手で作品を作り上げる中野さんは、稀有な存在だ。</p>







<h3 class="wp-block-heading">全国のギャラリーから注目を集める</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38802" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>中野さんの作品はシンプルながらも漆ならではの気品があり、美しい。その評判は日本中に轟き、展示会は年間で10を超えるようになった。今や中野さんは、<strong>全国のギャラリーなどから熱い注目を集める気鋭の漆器作家だ。</strong></p>







<h3 class="wp-block-heading">仕上げの美しさで魅了する</h3>



<p>中野さんが制作する漆器の中でも特に人気が高いのが、<strong>華美な装飾を廃した椀</strong>。冠婚葬祭やハレの日だけでなく日常の食卓で使いやすいデザインや、美しいフォルムの中に温かみを感じる質感が、モダンな感性を持つ消費者から支持されている。その独特の質感を生み出しているのが<strong>「真塗り」という仕上げ。</strong>真塗りは、上塗りの最後に磨きをかけずそのまま仕上げるため、熟練した塗りの技術が求められる。中野さんは、「越前漆器は上塗りが得意」と言われるほど、職人たちの上塗りの技術が総じて高い同エリアにて、27年間、塗りの技術を磨き続けてきた。</p>







<h3 class="wp-block-heading">上塗り用の漆も手仕事にこだわる</h3>



<p>漆器の上塗りには<strong>「上塗用の漆」</strong>が使われる。上塗漆を作る作業は「手黒目（てくろめ）」と呼ばれ、昔は産地でよく行われていた。しかし、手作りの「上塗漆」は4～5年寝かせる必要があるなど時間も手間もかかる。そのため、時代と共に既製品を購入する職人がほとんどになっていたが、中野さんは<strong> “手仕事こそ、漆器の価値を高める”</strong>と考え、2004年から年に一度のペースで生漆（きうるし）を日光に当てて水分を蒸発させ、上塗り用の漆を作る、手黒目を行っている。</p>







<h2 class="wp-block-heading">作家として生きるために</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7339-1024x731.jpg" alt="" class="wp-image-38805" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>鯖江市で生まれ育った中野さんは高専を卒業後、土木設計の仕事に就いたのだが、越前漆器の上塗り師として産地の仕事を請け負う父が病に倒れ、それを機に父の仕事を手伝うことになった。幸いなことに父はその後、病から回復し、塗りの技術を父から学ぶことができた。</p>



<p>その基礎が今に生きているんだという。「当時はお陰様で仕事も忙しくて、色々なものを塗らせてもらいました。この産地の上塗り師は、<strong>丸いものを塗る丸物師と四角いものを塗る角物師</strong>とに分かれます。父の工房は丸物が得意でしたが角物を扱うこともあり、両方の幅広い技術が身に付きました」。</p>







<h3 class="wp-block-heading">産地の仕事に感じた違和感</h3>



<p>父の工房で修業を積んでいた中野さんは、樹脂の器に漆を塗ったり、化学塗料で下地をしたものに上塗りをしたりする仕事に疑問を抱くようになる。「漆器と呼ばれるものの中にはスプレーガンで塗料を吹き付けるものもありますが、私はあくまで手塗りでしか出せない美しい仕上げにこだわりたかった」。中野さんは仕事と並行して自分自身の作品を作り始める。その作品をコンテストに出品したところ、<strong>「酒の器展」大賞、「椀One大賞」優秀賞、「越前漆器展覧会」福井県知事賞</strong>など権威ある賞を次々と受賞。作家として才能が開花していることは誰の目から見ても明らかだった。</p>







<h3 class="wp-block-heading">憧れの作家の存在</h3>



<p>父のほかにも中野さんに大きな影響を与えた人物がいる。中野さんと同じく福井を拠点に漆器作家として活動していた山本英明さんだ。山本さんは、今でこそよく耳にするようになった<strong> “普段使いの漆器” </strong>という言葉が広まるきっかけをつくったと言われる人。自分で考えた木地に下地をしっかりと塗り、無地のお椀や重箱に仕上げる山本さんのスタイルに中野さんは強く惹かれたという。山本さんが「手黒目の漆」を作っているのを見て、中野さんも同じく作り始めた。山本さんはすでに亡くなってしまったが、その作品づくりのスピリッツは、現在でも中野さんの心に深く刻まれている。</p>







<h3 class="wp-block-heading">営業や展示会で人脈を増やす</h3>



<p>中野さんは山本さんの死後、同氏に倣って自分自身の仕事を楽しむために、作家として生きていく道を選んだ。その当時、「家庭画報」や「婦人画報」といった女性誌から人気ギャラリーの情報を集め、作品を大きなリュックに詰め込み、そのギャラリーをめがけて営業に回ったりもした。その成果もあってか、長野県松本市で開催されている全国でも最大規模の工芸展示会<strong>「クラフトフェアまつもと」</strong>に出展。そこに集まる器屋やギャラリーとのつながりを広げていった。</p>







<h3 class="wp-block-heading">自分の工房を構えて独立</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38808" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>営業まわりやイベントへの出展を続ける中で、少しずつギャラリーから個展やグループ展への誘いが増え、作家として食べていける目処がたってきた。そこで<strong>2014年に現在の場所に小さな展示室を備えた工房を構えて独立。</strong>父の仕事は兄が継承した。</p>



<p>中野さんの個展やグループ展は年を追うごとに回数を増やし、2019年には年に10回を数えるまでになっていた。現在は、一度の個展で2〜300の漆器を用意する。</p>







<h3 class="wp-block-heading">パートナーの大きな支え</h3>



<p>中野さんは個展に合わせて常に1、2点の新作を発表する。期間中はギャラリーになるべく在廊するようにして来場者にその魅力を直接語り伝えることでファンを増やしている。最近ではギャラリーの要望に応えて、漆器では珍しいオーバル皿やスプーンなども制作。<strong>妻の柳子さんが個展やグループ展の準備、事務作業などをサポートし</strong>てくれることも創作活動の大きな助けとなっている。</p>







<h3 class="wp-block-heading">ただ良いものを作り続ける</h3>



<p>「最初に出会う漆器の良し悪しで、その人が漆器を長く使うようになるかどうかが決まるからこそ、良いものを作り続けたいんです」と話す中野さん。</p>



<p><strong>個展では、過去に購入してもらった漆器を持ち込んでもらえれば、それの塗り直しも行なっている。</strong>丁寧に使い込まれた器が自分のもとに戻ってくることは中野さんにとって最上の喜びだという。「漆器は洗う度にきちんと拭くと美しいツヤが出てきます。それを見るのが一番うれしい。毎日使ってもらってきれいに育ったな、と感じる」と顔をほころばせる。</p>



<p>中野さんが心血を注ぐ漆器は、<strong>使った人の生活を反映し、その人ならではの個性が生まれる。</strong>やがて、使う人の暮らしになくてはならない存在となり、その食卓、ひいては生活までも豊かにしてくれることだろう。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/cc774ec255a82feda573df88bfe42da2.jpg" alt="" class="wp-image-47747" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/cc774ec255a82feda573df88bfe42da2.jpg 960w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/cc774ec255a82feda573df88bfe42da2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/cc774ec255a82feda573df88bfe42da2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">塗師　中野知昭さん</figcaption></figure></div>


<p>漆器というと扱いが難しいと思われがちですが、毎日の生活で気軽にお使いいただけるよう、手間暇をかけ、丈夫で実用性の高い漆器を制作しております。手入れも簡単で、万が一に傷んだ際は修理が出来るのも、漆器の利点です。末長く使える漆器を、ぜひ日常に取り入れてみてください。</p>



<p><br></p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38790/">大量生産の産地で「作家」として生きる。越前漆器の塗師・中野知昭さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>原点回帰とアップデート。現代のニーズに合わせた新たな醤油を追求する「野村醤油」</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 16 Jun 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[醤油蔵]]></category>
		<category><![CDATA[福井]]></category>
		<category><![CDATA[醤油]]></category>
		<category><![CDATA[伝統]]></category>
		<category><![CDATA[福井県]]></category>
		<category><![CDATA[大豆]]></category>
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		<category><![CDATA[麹]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43410-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>“天空の城”として知られる「越前大野城」の城下町・大野市は、名水百選の「御清水」など湧き水の宝庫。その名水で醸す「野村醤油」は、全国でも数少ない麹から自社製造にこだわる醤油蔵です。この産地ならではの甘い味わいの醤油、地元 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/37376/">原点回帰とアップデート。現代のニーズに合わせた新たな醤油を追求する「野村醤油」</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43410-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>“天空の城”として知られる「越前大野城」の城下町・大野市は、名水百選の「御清水」など湧き水の宝庫。<br>その名水で醸す「野村醤油」は、全国でも数少ない麹から自社製造にこだわる醤油蔵です。<br>この産地ならではの甘い味わいの醤油、地元産の大豆のみで作る醤油など、<br>大野の風土が生きた醤油をお楽しみください。</strong></p>







<p>「野村醤油」は明治初期に創業した老舗の醤油蔵。6代目蔵元を務める野村明志さんは、先達が築いてきた蔵の伝統をしっかりと受け継ぎつつ、時代の変化をとらえた柔軟な発想で次々に新商品を開発し、醤油業界に新風を吹き込んでいる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">“名水のまち”で醸す伝統の醤油</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43436-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37380" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43436-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43436-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43436-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43436.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>大野市は福井県の北東部に位置し、天空の城”として雲海による絶景で全国的な知名度を誇る「越前大野城」の城下町としても知られている。また<strong>湧き水の宝庫</strong>としても有名で、市街地には環境省が指定する名水百選に選ばれている「御清水」をはじめ、湧水地がいくつもある<strong>清らかな水の郷</strong>。その中心部に野村醤油の蔵があり、昔から地元のおいしい水で醤油を醸し続けている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">甘くてさらっとした福井の醤油</h3>



<p>現在、福井県内には野村醤油をはじめ、20社ほどの醤油メーカーが存在する。福井でつくられる醤油について野村さんは「福井を含む北陸の醤油には特徴があります。それは<strong>&nbsp;“甘い”醤油が多い</strong>こと。想像にはなりますが昔は甘いものが貴重で、甘い醤油は“おもてなし”のひとつだったのかもしれません」と話す。</p>



<p>ちなみに九州の醤油も甘いが、それがとろみを感じるテクスチャーなのに対し、福井の醤油はさらっとしている。基本的に色の薄いほうが塩分濃度が高いと言われる醤油。福井の醤油の色は濃口醤油と薄口醤油のちょうど中間くらいだ。甘くて程よくしょっぱい“良い塩梅（あんばい）”の醤油として、長く地元の人たちに親しまれてきた。野村醤油の定番商品「大野のおしょうゆ」も、甘くてさらっとした北陸ならではの醤油だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">麹から作る稀有な蔵</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43106-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37381" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43106-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43106-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43106-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43106.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>醤油ができるまでの工程は、まず蒸した大豆と炒った小麦を混ぜ、種麹を加えて「麹」を作る。これを塩水と一緒にタンクで仕込んで「もろみ」を作り、攪拌を重ねて発酵・熟成させてから搾ったままのものが「生揚醤油（きあげしょうゆ）」と呼ばれる。この生揚醤油に火入れして瓶詰したものが製品として流通する。生揚醤油に火入れをする際、砂糖や水あめといった糖類やアミノ酸などの調味料を加えると甘い醤油に仕上がる。</p>



<p>かつてはそれぞれの醤油蔵が生揚醤油から製造していたが、高度経済成長期に入ると大量生産･大量消費に対応するため、中小の蔵が組合を作り共同で生揚醤油を製造するケースが増えた。共同で作った生揚醤油を各蔵が仕入れ、火入れや味の調整を行って独自の商品に仕上げる方が設備投資のリスクを抑えることができ、コストも下がるので大手との価格競争を乗り切る上でもメリットがあった。</p>



<p>「全国には1000社近くの醤油メーカーがありますが、うちのように麹から作っている醤油蔵は各都道府県で１、2社しかない」と野村さんが言うように、現在においても野村醤油は<strong>麹から自家製</strong>にこだわり続けている。</p>



<p>「麹から作る蔵が少なくなったからこそ、自家製の麹が味の個性になる」と話す野村さんは、年間で気温変化の少ない冬場に麹を仕込む。それでも、最も気温が低い1月と春を迎える3月では条件が大きく変わるから、その変化に応じても種麹の量を調整し、醤油に最適と考える麹を作るのだそう。そして、発酵・熟成を進めるための温度調整は一切行わず、大野の四季の温度変化を生かして生揚醤油を作っている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">日本の大豆で醤油づくりを</h3>



<p>2013年に和食がユネスコ世界無形文化遺産に登録されて以降、和の料理に欠かせない醤油は、海外からの注目も高い。しかし、醤油の原材料である「大豆」の収穫はその年や地域によってばらつきが大きく、栽培する農家の数も減少しており、飼料用を含む全体の自給率はわずか6%。食用だけでも20%程度にとどまるのが現状だ。</p>



<p>「大豆の自給率の低さは、醤油業界が抱える大きな課題です。うちの蔵でも定番商品に使っているのはインド産の大豆がメインですが、国産の大豆を使った高単価の醤油づくりにもチャレンジしています」と野村さんは話す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">伝統製法を「個性」に</h3>



<p>野村醤油の伝統を受け継いだ先代のもとで専務を務めていた野村さんは2007年、地元で青大豆を育てる農家からうちの大豆を醤油に使ってもらえないかと相談を受け、<strong>「青豆しょうゆ」というオリジナル商品</strong>を開発した。安価な醤油は粉砕した大豆で仕込むので早く作れるが、大豆を丸のまま仕込む「青豆しょうゆ」は発酵に時間がかかる。また、仕込みの際、温度を上げることで発酵は早く進むが、温度調整をしない野村醤油の蔵では、夏の暑い時期に発酵・熟成がゆっくりと進み、仕込みは2年がかりになる。希少な青大豆は仕入れ値も高く、製造に時間がかかるため販売価格は定番商品の約7〜8倍にもなるが、現在まで続くロングラン商品となっている。同商品は、火入れの際に糖類もアミノ酸も加えないので、青豆本来の特徴である自然な甘みが活きる。昨今の醤油業界で高く評価されているアミノ酸が多い醤油とはちがうが、今は、昔ながらの製法が個性になる時代。幸運なことに、野村醤油は昔からの製法を絶やさずに受け継いできた。それこそが、かけがえのない財産だと、野村さんは言う。</p>



<p>製造技術の進歩により、手頃な価格で手に入る大手メーカーの醤油は食卓にあって当たり前の調味料となった。逆に考えれば、地域ごとに存在する小規模な醤油蔵の商品を目にする機会は減っているということ。</p>



<p>それゆえ、蔵ごとに異なった醤油の個性を比較するということが、あまり現在ではなくなってしまった。青豆しょうゆは、その<strong>&nbsp;“昔の当たり前”&nbsp;</strong>に戻ることを付加価値にした商品だ。しかし原点回帰だけでは時代の変化に対応できないという危機感も持ち合わせていた野村さんは、新しい取り組みも進めていた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">新商品で醤油の未来をひらく</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43325-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37384" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43325-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43325-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43325-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43325.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p> </p>



<p>「ちょうど私が生まれた1973年をピークに、醤油の出荷量は減少を続けています」と野村さんが言うように、ひとり当たりの年間消費量も1973年から2021年の約50年でおおよそ半分まで減少した。「極端な言い方にはなりますが、うちの定番商品のような糖類やアミノ酸を加える醤油はこれ以上伸びることはない」と野村さんは断言する。食の多様化、単身世帯の増加、外食や中食の台頭といった時代変化の中で、家庭で下ごしらえが必要な調理をする機会は大きく減少。醤油は卓上に置いてかけるだけ、という使い方が圧倒的に増えた。そんな中で野村さんが活路を見出したのは、何にでも合う醤油ではなく、<strong>「この料理にはこの醤油」</strong>というニッチな新商品の開発だった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">福井名物専用の醤油ダレを開発</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43541-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37385" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43541-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43541-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43541-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43541.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>新商品は認知されるまでに時間がかかる。しかも野村醤油のように小さな蔵は、新商品を大々的にPRしたり、発売のタイミングに合わせてスーパーなど小売店の棚を確保するのは難しい。そこで野村醤油は、地域で知られている名物料理の味わいをさらにアップするような専用の醤油ダレを作ることに取り組み、蔵としての認知度を向上させる施策に打って出る。</p>



<p>その先駆けとなったのが、2003年に先代が福井県内のほかの醤油蔵と共同で開発し商品化した、<strong>福井名物「おろしそば」の専用つゆ</strong>。醤油をベースに甘味を抑え、そばの香りやおろしの辛味が活きるような味わいに仕上げた。</p>



<p>その後、2009年に先代から蔵を継いだ野村さんが福井名物であるソースカツ丼から着想を得た「醤油カツ丼」を考案し、福井県内50以上の飲食店でメニュー化させることに成功。自ら普及させた醤油カツ丼専用の<strong>「アッサリたれ 醤油カツ丼」</strong>の商品化を皮切りに、新商品開発を加速させていく。</p>



<p>醤油蔵がこのようなつゆやたれを開発できたのは、父である先代が野村さんがまだ幼い頃から研究を重ねてきたから。付き合いのあった製麺所からそばつゆを作れないかと相談を受けた先代は手鍋での試作から始め、大手食品メーカー出身の専門家にコンサルを依頼。レシピ開発や必要な設備、衛生管理などの助言を受けながら開発に取り組んだ。そして何より、つゆやたれの主たる原料である「醤油」がすぐ手元にあるのが大きかったと野村さんは言う。「これが食品メーカーさんだと醤油を仕入れなくてはなりませんが、うちにはそれこそ醤油だけなら売るほどあります。それに醤油は瓶詰めしてからも賞味期限が１年以上あるので、出荷が減って増えた在庫をつゆやたれに活用して新しい価値を生み出せるのも強みです」</p>



<h3 class="wp-block-heading">大野名物を生かした醤油ダレも</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43463-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37386" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43463-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43463-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43463-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43463.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>2014年には、地元である大野市に根付いた名産に目を向けた「焼魚にあうおしょうゆ」を発売。大野には夏至から数えて11日目の「半夏生（はんげしょう）」に丸焼きのサバを食べる風習があり、そのサバに合うようにと旨味を強くした商品だ。また、2017年には<strong>「里芋ころ煮だし」</strong>と<strong>「舞茸ポン酢」</strong>を開発。里芋のころ煮だしは、500ｇの里芋に加えて煮るだけで、水を使わず簡単に大野の郷土料理「里芋のころ煮」を作れる簡単調味料。一方、舞茸ポン酢は、大野名産の「九頭竜（くずりゅう）まいたけ」を加工するメーカーから大量に出る煮汁を活用し、舞茸の旨味たっぷりで酸味がまろやかなポン酢に仕上げたアイデア商品だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">消費者との関わりを活発に</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43117-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37389" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43117-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43117-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43117-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/7M43117.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>福井名物に特化した新しい醤油商品の開発に手応えを得た野村さんは、福井の醤油を身近に感じてもらうための取り組みも開始。2016年には野村醤油の敷地内に<strong>「体験蔵 重右ェ門（じゅうえもん）」を</strong>オープンした。熟成中のもろみを櫂（かい）棒を使ってかき混ぜる「櫂入れ」を体験したり、熟成した「諸味」を搾る様子を目の前で見られる施設で、子どもから大人まで幅広い層に伝統的な醤油づくりを伝えることができる。</p>



<p>2019年には、インターネット通販を手掛ける地元の会社と共同で<strong>「名前のない生醤油」</strong>を発売した。スーパーなどに並ぶ一般的な醤油は火入れして発酵をとめたもので、味に丸みがあり香ばしさを感じる。また、「生醤油」と書かれていても火入れはしていないが発酵を進める菌を取り除いている場合が多い。一方、「名前のない生醤油」は搾ってから火入れも菌も取り除いていない「生揚醤油」を瓶詰めする。生醤油は味が濃厚で、フレッシュな酸味があるのが特徴だ。「名前のない生醤油」の材料には、大野在来品種の「大だるま」という大豆、福井県産の小麦「ふくこむぎ」、そして大野の水を使用。これも大豆を丸のまま仕込み、温度調整をせずに発酵・熟成させるので、完成までに2年を要する。そこで、発売の2年前から福井市のそば店の協力を得て「生醤油倶楽部（きじょうゆくらぶ）」というコミュニティをつくり、料理への生醤油の使い方や、醤油の伝統的な製法、原材料へのこだわりをイベントやSNSを通して発信を続けた。併せてクラウドファンディングにも挑戦し、目標金額を大きく上回った。まさに、“モノ”だけでなく“ヒト”や“コト”も動かすプロジェクトとなった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">醤油の魅力を未来に</h3>



<p>小さな蔵の挑戦の数々は知名度を着実に高め、次第に県外の有名シェフや高級ブランドからコラボの話が舞い込むようになった。2020年、北陸･東北･北海道新幹線のグランクラスの軽食メニューに使う醤油として野村醤油の商品が採用された。監修したのは、ミシュランで2つ星を獲得した「日本料理 一凛」の橋本幹造シェフ。シェフから野村さんに「日本食再発見」をテーマにした献立に合う醤油が欲しいとのオファーがあり、「名前のない生醤油」を特別に火入れして提供した。</p>



<p>2021年には、チョコレートの高級ブランド「ゴディバ」が展開する「GODIVA café Tokyo」にて、福井県とのコラボで提供した「ビーガンサラダヌードル」の食材として舞茸ぽん酢が採用された。こうして次々とフィールドを広げていく野村醤油。</p>



<p>蔵元の野村さんは「これからも醤油作りの原点を大切にしながら、“いま求められる”醤油を追求していきます」と語る。</p>



<p>醤油は蔵ごとに個性があり、料理によって使い分けることでより味わいが引き立つ。この“古くて新しい”醤油の魅力を、野村醤油はこれからも伝えていく。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/91d84d13d94aa0ce9e3dcbda5718098b-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48469" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/91d84d13d94aa0ce9e3dcbda5718098b-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/91d84d13d94aa0ce9e3dcbda5718098b-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/91d84d13d94aa0ce9e3dcbda5718098b-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/91d84d13d94aa0ce9e3dcbda5718098b.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">野村醤油6代目　野村明志さん</figcaption></figure></div>


<p>「野村醤油」が創業した明治初期と現代では、醤油造りを取り巻く状況は大きく異なります。大豆は輸入に頼るようになり、麹造りから醤油を作るメーカーはわずかになりました。伝統を守る蔵の一つとして、「野村醤油」が作り出す味はどうあるべきかを日々模索しています。また、美味しいが当たり前になった今、プラスアルファの魅力も創造してまいります。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/37376/">原点回帰とアップデート。現代のニーズに合わせた新たな醤油を追求する「野村醤油」</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>無農薬・無肥料栽培で目指す福井の自然栽培米農家「四郎兵衛」松田雅之さん／福井県大野市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/35750/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 14 Mar 2023 01:00:34 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[コシヒカリ]]></category>
		<category><![CDATA[福井県]]></category>
		<category><![CDATA[無農薬]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44546-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福井県の東北部で岐阜との県境にある大野市は、寒暖の差が大きい気候と白山（はくさん）山麓からの伏流水に恵まれた環境で県内第3位の米の産地だ。そこで無農薬・無肥料にこだわる自然栽培農家「四郎兵衛」の戸主・松田雅之さんは、お米 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/35750/">無農薬・無肥料栽培で目指す福井の自然栽培米農家「四郎兵衛」松田雅之さん／福井県大野市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44546-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福井県の東北部で岐阜との県境にある大野市は、寒暖の差が大きい気候と白山（はくさん）山麓からの伏流水に恵まれた環境で県内第3位の米の産地だ。そこで無農薬・無肥料にこだわる自然栽培農家「四郎兵衛」の戸主・松田雅之さんは、お米のコンクールで最高賞を獲得した。その米を生んだ松田さんのこだわりとは。</p>











<h2 class="wp-block-heading">福井県の小さな農村集落の変わり者が、お米のコンクールで最高賞を獲得</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44191-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35758" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44191-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44191-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44191-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44191.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p>松田さんの暮らす福井県大野市森目地区は45戸の小さな集落。そのうち40戸は昔ながらの農業を営んでおり、松田さんの家も300年続く農家の一つだ。2006年から農薬、肥料、除草剤、殺菌剤を使わず、自然のままの環境で米を育てる自然栽培を始めた。現在は3.2haの田んぼの内2.5haを使って自然栽培の、あきさかり、姫ごのみ、ミルキークイーン、ササニシキ、あさひ、にこまる、などの品種を作っている。野生に近い環境に近づけるため除草も最小限、たい肥などの畜産肥料も与えない。しかし、2015年にその米は、<strong>国内最大の米の品評会「全国米・食味分析鑑定コンクール国際大会」において、最難関の総合部門での金賞を獲得する</strong>など、現在に至るまでも様々な部門で金賞や特別優秀賞を受賞してきた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「コシヒカリ」にルーツを持つ「あきさかり」</h3>



<p>日本を代表する米「コシヒカリ」は、実は福井県の<a href="https://nihonmono.jp/article/7870/" target="_blank" rel="noopener" title="">農業試験場</a>で生まれた。粒が大きく甘みもあり、炊き上がった時の香りが豊かで収穫量も多い。いまや美味しいお米の代表として日本各地で作られていて、福井でも収穫される米の7～8割を占める。だが温暖化の影響で、稲穂が出て、開花・受粉、米が発育・肥大する「登熟期」の気温が高すぎて、品質が低下する「高温障害」が見られるようになってきた。そこで<span class="swl-marker mark_yellow">福井県は、2008年に高温障害対策として「あきさかり」という品種を開発した。コシヒカリにルーツを持ち、高温に耐性を持ちつつ、登熟期が遅めで高い気温を少しでも回避できる。少し歯ごたえがあり、噛めば噛むほど甘みが増すのが特長だ。</span></p>



<h3 class="wp-block-heading">食べてみて、土地に合うのは「あきさかり」だと感じた</h3>



<p>松田さんは、あきさかりが発表された頃からすぐに栽培を始めた。最初に収穫した米がコシヒカリより美味しく周囲にも好評だったことから「うちの土地に合うのでは」とメイン品種に変更した。2012年、<strong>知人が内緒で松田さんのあきさかりを米・食味鑑定コンクールに出品。受賞とはいかなかったが高く評価</strong>され、「賞を獲るような米が作れるのでは」と本格的に栽培を始めたという。翌年、約5,000の米のサンプルが寄せられた同コンクールで<strong>「BEST FARMER」の認定を受け、選ばれたあきさかりは特別栽培部門の環境王国特別優秀賞を受賞</strong>した。松田さんが受賞したのは、分析計で水分、タンパク質、アミロース、脂肪酸を測定する食味値と白米のうま味成分を測る味度値（みどち）のスコアの合計で選ばれる狭き門だった。</p>







<h2 class="wp-block-heading">家族の健康を案じ、農薬を使わない安全な栽培法へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44608-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35765" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44608-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44608-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44608-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44608.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">松田さんがコンクールでの評価にこだわるのは、自分が営む自然栽培の米の価値を周囲の人に分かってもらいたいからだ。</span>59歳まで県の職員であり、一般的な兼業農家だった松田さんが無農薬・無肥料の栽培を始めたきっかけは、一緒に農薬散布をしていた息子さんがそれを吸い込んで倒れてしまったことだった。健康への不安を感じた松田さんは無農薬での米づくりを独学で学び始め、かつて幼い頃に父が酪農を営んでいた時の「牛糞を肥料とした米づくり」を思い出した。その時収穫した米は透き通るような美しさで農協の評価で当時はめったに出なかった2等米を獲得したという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「奇跡のりんご」を見て、自然栽培に強く興味を抱く</h3>



<p>さらに情報を集めるうちに、自然栽培のカリスマとして知られる木村秋則さんの、映画にもなった著書「奇跡のりんご」にたどり着いた。ありのままの環境で育てる農法に強く興味を持ち、週末や有給を使って各地の自然栽培のセミナーや講習会に参加するようになる。「多くの講習会に出て一番驚いたのは、<strong>無農薬・無肥料の米を炊きたてのまま瓶に入れて蓋をしておくと発酵して良い香りがしてくること。</strong>有機栽培の米は腐敗してドロドロになっていくだけでした」。探していたのはこの農法だ、残った人生はこれにかけようと松田さんは自分の米づくりの方針を決めた。</p>







<h2 class="wp-block-heading">化学成分に慣れた土での栽培は難しいと年々実感</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44469-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35770" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44469-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44469-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44469-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44469.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<h3 class="wp-block-heading">周囲に隠れて栽培した米が評価された</h3>



<p>初めて無農薬・無肥料・無殺菌剤の栽培に取り組んだ年は、今までの農薬あり化学肥料ありの時の半分ではあるが、田んぼ1反当たり4俵収穫できた。しかし、翌年からはわずか1俵に激減。雑草が異常に生い茂る田んぼを見て身内は「農薬や肥料を使わないからおかしくなったんだ」と大激怒した。松田さんは<strong>化学肥料や農薬の染み込んだ土にこそ問題がある</strong>と考えていた。「雑草が生えたり病気や虫が出たりすると、まわりの田んぼに迷惑をかける」といった多くの反対の声を押し切れず、無農薬・無肥料・無殺菌剤栽培を中断。<span class="swl-marker mark_yellow">しかし、諦めきれなかった松田さんはこっそりと1反だけ続けることにした。結果、その1反で収穫された米が権威あるコンクールで評価されたことで周囲の態度も一変し、松田さんは自然栽培の作付面積を少しずつ広げていくことになった。</span></p>



<p>戦後に普及した化学肥料や農薬を何十年も使ってきた土は、なかなか自然の状態には戻らない。田を深く掘り起こして空気に触れさせたり、麦など深く根を張る植物の力を借りたりして、しっかり手をかけ、化学成分を取り除いていくことが重要だ。そうしながら16年を経た現在でもようやく雑草が収まってきた程度。「まだまだ時間はかかる」と松田さんは草の混じった土を指で砕いた。</p>







<h2 class="wp-block-heading">分析データを取り、無農薬・無肥料を「見える化」。</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44570-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35773" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44570-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44570-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44570-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44570.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>それでも今、田んぼに出ると、ヘビやカエルが増えたり、カモが飛んできたりと自分の子どもの頃に見たような環境が少しずつ戻ってきていることを感じている。収量は1反当たり多くて4俵程度とまだまだ採算はとれない。米の育成具合を確認しながら作付けの密度を増やしてみたこともあった。雑草を食べるカモが来やすい田んぼにするため水を深く張ったりと試行錯誤を繰り返している<span class="swl-marker mark_yellow">。田んぼごとに米のデータ（炊飯時に米の粘性を左右するアミロースやそのほかの品質データ）を取って、翌年の栽培につなげるなど研究を続けている。</span></p>



<p>さらに、付加価値をつけて1俵あたりの価格を上げるために、残留農薬や放射線の計測をつくば分析センターに依頼して安全性を確認。タンパク質や炭水化物、ナトリウムなどの玄米成分分析のデータも計測し、それをふるさと納税の返礼品などにする際に情報公開してPRしている。</p>







<h2 class="wp-block-heading">米の評価をどうニーズに変えるのか。</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44568-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-35784" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44568-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44568-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44568-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/7M44568.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p>もうひとつ、松田さんが工夫していることは収穫後の保管方法だ。<span class="swl-marker mark_yellow"><strong>玄米のままで12℃の保冷庫に入れたりなどして食味値が変わらないように保管</strong>している。そうした米は、<strong>収穫後1年経ったものでも古米とわからない</strong>ほど味が落ちないという。</span>「保管がしっかりできていれば酸化して黄色くなることもなく、長期間美味しく食べる事ができるんです」。</p>



<p>地元の公民館で食べ比べの試食会を開いた際には、松田さんの米は、他の産地の同じ品種と比べても一番美味いと評価された。しかし、そのような評価をうけても、価格の話をすると米穀店や量販店では取り合ってもらえなかった。<span class="swl-marker mark_yellow">どう評価をニーズに変え、一度買ってもらった消費者にリピーターになってもらうかが今後の課題</span>だという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">松田さんが目指す、真の米とは</h3>



<p>松田さんが目指すのは、<strong>人が手を加え過ぎずに育った米であり、土地の環境に順応して、そこの土地だけの特長を持つ米</strong>だ。現代の多くの品種は肥料や農薬をふんだんに与えて育つことを前提としている。そういった米が、評価を受ける自分の栽培方法に対して、どのように栽培の方針を模索し、味わいを変えていくのか楽しみだという。</p>



<p>米は自然栽培で育てると最終的には原種に近くなっていくといわれている。「現代の米は炊いたときの香りや口に入れた時の味が強く、それだけで主役になる品種が多い。私の米はありのままで育てるから稲という本来の植物の姿に近くなるのではと思っています。主役であって主役でない、<strong>おかずを引き立てるような美味しすぎない米</strong>になるのでは」。米は主食、飽きずに長く食べ続けるにはあまり個性があっても、と松田さんは自身の思いを語った。</p>



<h3 class="wp-block-heading">自然栽培の米で健康な日本を作りたい。</h3>



<p>「栽培方法だけ習得しても人真似にすぎず、挫折してしまうから私は理念を忘れずにいたい」と語る松田さんが大事にしているのは「<strong>自然規範、自然順応、自然尊重</strong>」という3つの理念だという。自分の田んぼの状態や収穫量を見ては何度も挫折しそうになり、その度に原点である理念を思い出してきた。それほど自然栽培は難しく、手間を考えると採算もとれないため、取り組む人は数少ない。</p>



<p><strong>除草剤を使わないので、年間2,500時間という農作業の多くは草取りと草刈りに費やす</strong>が「とにかく一度、うちの米を食べていただくきっかけさえあれば」と米の味わいには絶対的な自信を持っている。家族の健康をきっかけに始めたこだわりの農法を軸に、コンクールや分析データで付加価値を付けながら<strong>「強く育った米で日本の健康な未来を作っていきたい」</strong>と、言葉に熱を込めた。</p>


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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
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					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/11/7870_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
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				</div>
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		<title>1枚の昆布から極上の“厚み”を削る。現代の名工・手すき昆布職人・別所昭男さん/福井県敦賀市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 08 Mar 2023 01:00:32 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[福井県]]></category>
		<category><![CDATA[昆布]]></category>
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		<category><![CDATA[おぼろ昆布]]></category>
		<category><![CDATA[加工業]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/133_honbun3_1C1A5033-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「敦賀昆布本町本店」は福井県敦賀市で福井県名産の「おぼろ昆布」の加工業を営んでいます。江戸時代中期から明治にかけて「北前船」の寄港地として栄えた「こんぶの町」敦賀から、こだわりの昆布を厳選し、敦賀昆布の職人でしか生み出せ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/35648/">1枚の昆布から極上の“厚み”を削る。現代の名工・手すき昆布職人・別所昭男さん/福井県敦賀市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/133_honbun3_1C1A5033-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>「敦賀昆布本町本店」は福井県敦賀市で福井県名産の「おぼろ昆布」の加工業を営んでいます。<br>江戸時代中期から明治にかけて「北前船」の寄港地として栄えた「こんぶの町」敦賀から、<br>こだわりの昆布を厳選し、敦賀昆布の職人でしか生み出せない絶妙な厚みの「おぼろ昆布」を生産。<br>全国の食通を唸らせています。</strong></p>



<p>福井県敦賀市で名産“おぼろ昆布”の加工業を営む「敦賀昆布」。手すき昆布職人の別所昭男さんは、その卓越した技能により、2020年に「現代の名工」に選ばれた。この道63年、昆布を知り尽くしたスペシャリストにおぼろ昆布の魅力と、手すき昆布職人の仕事を聞いた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">敦賀を代表する地場産業「おぼろ昆布」</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5030-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35655" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5030-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5030-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5030-768x511.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5030.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>福井県の南西部・嶺南地方にある敦賀（つるが）市は日本海の敦賀湾に面した港湾都市で、かつては <strong>「北前船（きたまえぶね）」の寄港地</strong>として栄えた。「北前船」とは江戸時代中期から明治にかけて北海道と大阪を結んでいた商船群。日本海回りで商品を売り買いしながら北海道と大阪を結んでいた。その寄港地の一つであった敦賀では北海道から運ばれてきた昆布やニシンが荷揚げされ、蔵での貯蔵を引き受けたり、昆布屋として財を成すものも多かった。昆布は主に京都などの関西圏へ運ばれ、ニシンは食用だけでなく、魚肥（綿などを栽培する際の肥料）として西日本各地に運ばれた。</p>



<p>昆布の一大集積地として栄えた敦賀には、昆布屋が軒を連ね、昆布を加工する職人が集まり地場産業へと成長。儀式や料理に用いられる「細工昆布（さいくこんぶ）」や、昆布を薄く削って加工したおぼろ昆布やとろろ昆布も登場し京都や大阪などで親しまれてきた。 おぼろ昆布ととろろ昆布はほぼ同時期に誕生したと見られていて、流通の中心が大阪に移った現在でも、敦賀ではおぼろ昆布の加工が盛んに行われ、<strong>全国の80％以上の生産量</strong>を占めている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">職人が紡いできた「おぼろ昆布」の伝統</h3>



<p>「敦賀昆布」は2017年に、現代表の森田貴之さんが福井県内の老舗昆布屋で長年営業や仕入れを担当したキャリアを生かして創業。敦賀に20社ほどある昆布加工業者の一翼を担う存在として、おぼろ昆布を中心にだし昆布なども扱っている。手すき昆布職人を社員として雇用するほか、個人の手すき昆布職人からおぼろ昆布を仕入れて昆布専門店などに卸すのが主な事業だ。敦賀には自宅で昆布を削る職人も多く、かつては別所さんも個人で仕事を続けてきた。しかし、伝統的な地場産業であるおぼろ昆布を守り、地域に貢献できる企業を目指すという森田さんの理念に共感し、同社に所属して「敦賀昆布」の仕事を請け負っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">職人の手で1枚1枚削る</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5314-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-35663" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5314-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5314-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5314-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5314.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>「一般的には、おぼろ昆布より、とろろ昆布の方になじみがあるかもしれません」と別所さんが言うように、おぼろ昆布もとろろ昆布も昆布を薄く加工した商品で、その違いについてはあまり知られていない。</p>



<p>おぼろ昆布と、とろろ昆布の違いは削り方にある。とろろ昆布は、何枚もの昆布を重ねてプレスし、大きなブロック状にして削る。重ねた昆布の側面を削るので、細かな形状になる。とろろ昆布がスーパーなどによく出回っているのは、機械化が進み短時間に多く削れるようになったからだ。現在では、昆布の大消費地である大阪でも、とろろ昆布が一般に出回っている。</p>



<p>一方、<strong>おぼろ昆布は職人が1枚の昆布を表面から薄く幅広く削る。</strong>昆布の品質がそのまま反映されるので、傷の少ないきれいな昆布を使う。機械で削るとろろ昆布と比べると、職人がおぼろ昆布を削れる量は非常に少ない。そのためおぼろ昆布のほうが価格も高く、森田さんによると、ものにもよるが、とろろ昆布の倍はするという。</p>



<p>とろろ昆布はふわっとした食感で口の中に昆布の旨味がじんわりと広がる。一方、おぼろ昆布はしっかりとした食感で昆布の旨味をダイレクトに味わえる。</p>



<p>おぼろ昆布は北海道や東北、大阪でも生産されているが、とくに敦賀の手すきの技術には定評がある。敦賀の産地が、質の高い昆布を手で1枚1枚丁寧に薄く削る「職人の技」を守ってきたからこそ、おぼろ昆布という逸品は今も生き続けているのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">昆布をすべて使い切る</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="794" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5026-1024x794.jpg" alt="" class="wp-image-35672" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5026-1024x794.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5026-300x233.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5026-768x595.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5026.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>そもそも、おぼろ昆布はどのように生まれたのだろう。江戸時代、北前船で敦賀に運ばれた昆布を乾燥・熟成させる途中で一部にカビが発生してしまった。その昆布を酢に漬けて柔らかくしてから、ガラスの破片でカビの生えていない表面を削ったところ味が良く、商品化したのがおぼろ昆布だと伝わっている。</p>



<p>現在でも、<strong>おぼろ昆布の材料は昆布と酢のみ。</strong>「敦賀昆布」では北海道産の真昆布を主に使い、昆布はとても硬いので、まず職人が醸造酢に漬けて柔らかくし、削りやすくしてからおぼろ昆布に削る。「敦賀昆布」が扱う商品は4種類で、削る昆布の部位によって商品名が異なる。</p>



<p>まず、酢に漬けた昆布の両端を切り取って形を均一にし、表面から削っていく。『黒おぼろ』は昆布の表面の黒い部分を削ったもので強い酸味が特徴。『むき込みおぼろ』は昆布の表面の黒い部分と中の白い部分が混ざっており、塩味・酸味ともに程よい仕上がりだ。『太白（たいはく）おぼろ』は芯に近い白い部分だけを削った昆布で上等品とされ、昆布本来の甘みが感じられる上品でやさしい味わい。『白板（しろいた）昆布』は「おぼろ昆布」を削り出した後、最後に残る芯の部分を切り揃えたもの。その厚みから素材を包む為に使われることが多く、代表的なものでバッテラや鯖寿司の一番上にのっている薄く透き通った昆布がそれだ。</p>



<p>表面に近い『黒おぼろ』は塩味や酸味と共に旨味をダイレクトに感じやすい。『むき込みおぼろ』、『太白おぼろ』、『白板昆布』と昆布の芯に近づくにしたがって合わせる料理を引き立て、こんぶそのものの上品な風味を感じられる。 1枚の昆布を丸ごと使いこなす。この日本ならではの美しい食文化を守っているのが別所さんを始めとする手すき昆布職人の技だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">0.01ミリと0.1ミリ。極上の厚みに削る技</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5247-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-35677" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5247-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5247-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5247-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5247.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>別所さんが削るおぼろ昆布の厚さはわずか<strong>0.01ミリ。</strong>これは『太白おぼろ極（きわみ）』との名前で「敦賀昆布」から商品化されており、別所さんが「現代の名工」を受賞する要因にもなった。これ以上はない極薄の仕上がりで、口に入れると舌の上でさっととろけ、昆布の旨味と香りが口内に広がる。</p>



<p>別所さんたち職人が昆布を削る際には、専用の包丁を使う。その包丁は刃先を少し曲げてあるのが特徴で、曲げた刃先で昆布を引っかくようにして削る。刃先を曲げるのも職人の大切な仕事だ。刃先の角度でおぼろ昆布の薄さや幅が決まるので、曲げ方には熟練の技術が必要になる。</p>



<p>手すき昆布職人の命と言える包丁は、驚くことに<strong>30分に1度の研ぎ</strong>が必要だという。昆布を削る包丁は非常に薄く、すぐに刃に昆布が引っかからなくなって削れなくなるので、30分ごとに研ぎ直し、刃先を曲げて整える。職人の間では、この刃先を曲げた包丁を「アキタ」と呼んだり、刃先の角度を整える作業を「アキタをつける」と呼んだりする。職人によっては2、3枚の包丁を用意して刃が弱ってきたら包丁ごと変え、まとめて研ぎ直す場合もあるという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">手首ではなく“足”で削る</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="774" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5033-1-1024x774.jpg" alt="" class="wp-image-35688" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5033-1-1024x774.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5033-1-300x227.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5033-1-768x581.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5033-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>職人が昆布を削る際には、専用の台に胡坐（あぐら）をかくように座り、右足だけを地面につける。その右足で昆布を抑えて左手で昆布を引っ張り、右手に持った包丁で削っていく。別所さんは「手首を使って削ると昆布がバラバラになってしまいます。手首ではなく、足で手を押すようにして削ると均一な薄さに仕上がります」と削り方のコツを教えてくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">現代の名工の技が冴える【竹紙昆布】</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="698" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5419-1-1024x698.jpg" alt="" class="wp-image-35694" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5419-1-1024x698.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5419-1-300x205.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5419-1-768x524.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5419-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>別所さんが、0.01ミリのおぼろ昆布より、削るのがはるかに難しいという昆布がある。それが<strong>『竹紙（ちくし）昆布』</strong>だ。『竹紙昆布』は昆布の芯に近い白い部分を厚さ0.1ミリに削った昆布。別所さんは呼吸を整えて集中力を高め、<strong>0.1ミリという均一の厚さ</strong>を保ちながら、1枚40～50センチの『竹紙昆布』を一気に削る。まさに別所さんにしかできない名工の技だ。</p>



<p>『竹紙昆布』は主に高級料亭から注文が入る最高級品で、甘鯛や鱈を包んで蒸す料理などに使われる。『竹紙昆布』の0.1ミリという厚さは、蒸しあげたときに昆布が溶けず、素材に昆布の旨味を移しながら料理の見た目を美しく仕上げるための絶妙な厚みなのだ。</p>



<p>別所さんが『竹紙昆布』を開発したのは1980年で、以来40年以上にわたり削り続けている。いまだに『竹紙昆布』を削れるのは全国でも別所さんただ1人であり、この「現代の名工」の技を絶やさぬために承継への取り組みが始まっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">手すき昆布の伝統を絶やさぬために</h2>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="666" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5019-1024x666.jpg" alt="" class="wp-image-35699" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5019-1024x666.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5019-300x195.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5019-768x499.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/1C1A5019.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>最盛期にはこの敦賀の産地だけで500〜600人いた手すき昆布職人も、今は100人に満たない。職人の高齢化もすすんでいる。敦賀の手すき昆布の文化を守るために、「若い後継者の育成に力を入れていきたい」と語る別所さんのもとに、2022年1月、新しい弟子が入った。勤めていた鉄工所を退職し、「自分の人生を生きるために」弟子入りしたという河瀬滉平さんだ。</p>



<p>河瀬さんが1日に削るおぼろ昆布は4～5キロ。<strong>1日に12キロも削る</strong>という別所さんにはまだまだ及ばないが、希代の名人から直接指導を受け、日々修業を積んでいる。「3年で1人前に育てたい。『竹紙昆布』の技術も承継する」と別所さんは力を込める。</p>



<p>別所さんは2000年頃から地元敦賀市の学校で、昆布食文化の講義と手すき昆布の実演などの活動を続けてきた。また、東京や横浜、九州などの催事にも積極的に出向き、手すき昆布の実演を重ねている。こうした手すき昆布の魅力を発信する別所さんの姿に、河瀬さんは憧れたと言う。</p>



<h3 class="wp-block-heading">おぼろ昆布を全国に</h3>



<p>後継者の育成とともに、おぼろ昆布という食文化を全国に広く知らせるのが別所さんの夢だ。おぼろ昆布は、敦賀から運ばれた大阪で、江戸後期から庶民に親しまれるようになったという歴史的背景があり、大阪を中心とした関西に広がった。刃物生産で有名な大阪の堺で手すき昆布用の包丁が作られていたことも、関西でおぼろ昆布が広がった要因として考えられる。</p>



<p>おぼろ昆布に真昆布を使うのは、羅臼昆布や利尻昆布に比べて安価であり、羅臼や利尻のようなダシを取る昆布に比べて旨味が程よいので、そのまま食べるのに適しているから。元々庶民が食べていたおぼろ昆布を、別所さんは料理店だけでなく全国の人たちに気軽に食べて欲しいと願っている。</p>



<p>一番のおすすめはおにぎりをおぼろ昆布で巻く食べ方だが、おぼろ昆布はそのままおやつやお酒のつまみとして食べても美味。お椀に入れてお湯を注ぎ、醤油をたらせば上品なお吸い物になるし、うどんにトッピングすれば、ちょっとした贅沢を気軽に味わえる。また、別所さんは、おぼろ昆布で刺身を巻いて、昆布が溶けるのを待つだけでスピーディーに作れる“昆布締め”を教えてくれた。「最近、東京の居酒屋でおぼろ昆布をしゃぶしゃぶで出す店を見つけました。今後は和食に限らず、おぼろ昆布の新しい食べ方に注目していきたい」と語る。</p>



<p>別所さんはおぼろ昆布の認知度を高めるため、現代の名工の肩書を活かし、これからも積極的に全国の催事などへ出向きたいと話す。</p>



<p>2023年1月にはJR敦賀駅から徒歩10分ほどの場所に「敦賀昆布」の本店兼ショップがオープン。ショップでは職人が駐在して手すき昆布を実演する。職人が消費者と直接関われる新たな拠点の誕生によって、敦賀のおぼろ昆布の魅力は着実に広がっていくに違いない。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/2f804fd6c25a5d7a7ca2ae093d616ab7-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-47788" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/2f804fd6c25a5d7a7ca2ae093d616ab7-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/2f804fd6c25a5d7a7ca2ae093d616ab7-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/2f804fd6c25a5d7a7ca2ae093d616ab7-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/2f804fd6c25a5d7a7ca2ae093d616ab7.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">現代の名工 別所昭男さん</figcaption></figure></div>


<p>敦賀昆布本町本店の職人たちは「おいしいおぼろ昆布とは何か」「自信を持てるおぼろ昆布とは何か」を追求し、昆布を削る技術を磨いてきました。熟練した職人は1枚1枚異なる昆布の特徴を手の感覚で確認しながら、1日に12キロのおぼろ昆布を均一に削ります。また、昆布を削るための専用包丁の刃の角度を自分で調整し、ひんぱんに研いで常に鋭い切れ味に保っています。そうした熟練の技術と丁寧な仕事を承継するため、若い職人の育成に力を入れており、今は現代の名工だけが作れる最高級品「竹紙昆布」の技術伝承も目指しています。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/35648/">1枚の昆布から極上の“厚み”を削る。現代の名工・手すき昆布職人・別所昭男さん/福井県敦賀市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>福井県産「紅ズワイガニ」のブランド化に挑む「大喜丸」船長山下富士夫さん/福井県越前町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 28 Feb 2023 01:00:53 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[福井県]]></category>
		<category><![CDATA[越前町]]></category>
		<category><![CDATA[紅ズワイガニ]]></category>
		<category><![CDATA[ズワイガニ]]></category>
		<category><![CDATA[越前がに]]></category>
		<category><![CDATA[黄金ガニ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45609-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>冬の味覚の王様として全国に知られている『越前がに』は、福井県産のオスの「ズワイガニ」で県が公認するブランド名だ。その“ズワイガニ王国”の福井で、別種である「紅ズワイガニ」漁を唯一営む船が「大喜丸」。船長の山下富士夫さんは [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45609-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>冬の味覚の王様として全国に知られている『越前がに』は、福井県産のオスの「ズワイガニ」で県が公認するブランド名だ。その“ズワイガニ王国”の福井で、別種である「紅ズワイガニ」漁を唯一営む船が「大喜丸」。船長の山下富士夫さんは紅ズワイガニの価値向上に取り組み、『黄金ガニ』という高級ブランドを生み出した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">福井県唯一の紅ズワイガニ漁</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45710-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35601" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45710-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45710-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45710-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45710.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p>オスのズワイガニは山陰地方で『松葉ガニ』、石川県で『加能ガニ』など、水揚げされる漁港によって違う名称でのブランド化に各地が取り組んでいる。中でも、ここ福井県の漁港に水揚げされる<strong>オスのズワイガニ『越前がに』</strong>は最高級品として知られ、全国で唯一の皇室献上ガニでもある。なお、福井県ではメスのズワイガニは『せいこがに』と呼ばれる。『越前がに』の３分の１ほどの大きさで、価格も比較的リーズナブルとあって、より手軽に食べられ親しまれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ズワイガニ漁船は40隻も</h3>



<p>福井県内では、越前漁港、三国港、敦賀港、小浜港などがズワイガニの水揚げ港になっている。中でも<strong>越前町にある越前漁港は福井県随一の水揚げ量</strong>を誇る。国定公園に指定されている越前海岸のほぼ中間に位置しており、ここを拠点としてズワイガニ漁を営む船は40隻ある。そんなズワイガニ漁の本場で「大喜丸」だけが<strong>紅ズワイガニ</strong>を獲っている。以前は「大喜丸」のほかにもズワイガニ漁と並行して紅ズワイガニを獲る船もあったが「『越前がに』がブランド化され、高値で取引されるようになり、うちの船以外はズワイガニ漁に移行しました。うちはズワイガニ漁の許可を持っていなかったので新規参入せず、紅ズワイガニ一本で続けてきました。」と山下さんは言う。</p>



<h3 class="wp-block-heading">より深い海で獲る紅ズワイガニ</h3>



<p>紅ズワイガニは、その名前の通り、甲羅の鮮やかな紅色が特徴だ。水深200～400mに生息しているズワイガニとは生息域も異なり、紅ズワイガニの生息域は水深500～2500mと非常に深い。</p>



<p><strong>ズワイガニ漁は底引き網漁、紅ズワイガニはカニかご漁</strong>と漁の方法も異なる。カニかご漁とは、かごの中にカニのエサを入れて海底に沈め、かごの中に入ってきたカニを獲る漁法だ。カニを傷つけずに漁獲できるし、底引き網漁とは違ってかごの中に砂が入らないので、砂がカニの甲羅の中に入って品質の低下につながるのも防げる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">紅ズワイガニは獲れる期間が長い</h3>



<p>ズワイガニの漁期は決まっており、オスの『越前がに』は11月6日～翌3月20日の約5ヵ月間。メスの『せいこがに』にいたっては、資源保護のため11月6日～12月31日と2ヵ月にも満たない短さだ。</p>



<p>一方、<strong>紅ズワイガニの漁期は9月1日〜翌6月1日までと10か月間もの長さ</strong>がある。ズワイガニの漁船はカニが禁漁になる春から秋にかけてカレイやタイ、アジなどを獲って生計を立てるが、「大喜丸」は紅ズワイガニ漁専門でやっていけるという。ちなみに、紅ズワイガニのメスは漁そのものが禁止されているために、食されているのはオスだけだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">福井県産紅ズワイガニの“伸びしろ”</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45402-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35608" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45402-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45402-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45402-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45402.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p>紅ズワイガニは、ズワイガニと比べて漁期が長く漁獲量をしっかりと確保できるため価格は手頃。オスのズワイガニである『越前がに』と比べるとセリ値で4～5分の1程度であるのが現実だ。「しかしその分、紅ズワイガニには伸びしろがあるんです」と山下船長は言う。 特に、福井に揚がる紅ズワイガニの価格はまだまだ伸びると山下船長は確信している。紅ズワイガニの産地として有名なのは富山や鳥取だ。それらに比べ福井県産の紅ズワイガニはサイズが大きく、その分価格も高い。事実、「大喜丸」が獲る紅ズワイガニのセリ値は、山下さんが船長を引き継いで以来、右肩上がりだ。それは、山下船長が、紅ズワイガニの価値を高めるために、たゆまぬ努力を続けてきたからに他ならない。</p>



<h2 class="wp-block-heading">船を引き継ぎ、改革に乗り出す</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45425-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35611" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45425-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45425-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45425-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45425.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p>山下船長は、名古屋市の出身。名古屋市内の石油販売会社で会社員として働いていたが、「大喜丸」先代の長女との結婚を機に越前町に移り住んだ。2008年から紅ズワイガニ漁に従事し始め、2015年には先代から船長を引き継いで、極端に水揚げが少なく、希少価値の高い『黄金ガニ』や大サイズの紅ズワイガニといった高単価な漁獲物の割合を増やしてきた。</p>



<p>山下さんが船長になった当時、「大喜丸」の紅ズワイガニ漁は危機に瀕していた。紅ズワイガニの単価が低迷し、多額の経費も重くのしかかる。経営が厳しさを増す中にあって、山下さんがまず取り組んだのは、漁獲量を減らすことだった。紅ズワイガニはズワイガニに比べて1操業あたりの漁獲量が多く、それが値崩れの一因になっていた。そこで山下船長は、カニかごの数を減らし、甲羅の横幅が9㎝に満たないカニのリリースを徹底。自信を持って市場に出せる紅ズワイガニだけを選別して出荷した。その結果、水揚げ量は減少したものの、品質の高さが認められ、キロ単価が上昇していった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">資源管理への取り組み</h3>



<p>山下船長は、未成熟な紅ズワイガニをリリースする際に標識を取り付け、再び獲れた場合のカニの状態を記録した。それを分析した結果、11月〜翌5月にリリースしたカニの生育が良く、低水温期のリリースがより有効であることが分かった。</p>



<p>さらに、福井県水産試験場とも連携して実施した調査では、甲羅の硬い高品質の紅ズワイガニが獲れやすい水深や漁場などの傾向が明らかになり、操業の効率化につながった。</p>



<p>こうした紅ズワイガニ漁の近代化によって、“量より質”のカニ漁へと転換を果たした「大喜丸」は、さらに質の高い紅ズワイガニのブランド化に取り組んだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">【黄金ガニ】という新ブランド</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="768" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/image0-4-1024x768.jpeg" alt="" class="wp-image-35629" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/image0-4-1024x768.jpeg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/image0-4-300x225.jpeg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/image0-4-768x576.jpeg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/image0-4.jpeg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p>「大喜丸」は１回の漁で1000〜2000匹の紅ズワイガニを獲る。その中に5〜10匹という割合で入っているのが、黄金色に輝く紅ズワイガニだ。山下船長はそれを<strong>『黄金ガニ』</strong>というブランド名で活きガニとして出荷している。『黄金ガニ』は、オスのズワイガニとメスの紅ズワイガニの間にできたカニで、<strong>ズワイガニのような身の入りの厚さと、紅ズワイガニの特徴である甘み</strong>というそれぞれの長所を併せ持つ。ひと目見ただけでは見分けのつかない両者だが、黄金ガニは紅ズワイガニよりも甲羅のふちがとげとげして全体的に硬く、色味はやや薄く腹が白いのが特徴。希少性の高さから、紅ズワイガニの2〜3倍の値で取引されている。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45514-1-2-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35632" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45514-1-2-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45514-1-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45514-1-2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45514-1-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<h3 class="wp-block-heading">選別し、活けで出荷</h3>







<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45858-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35621" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45858-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45858-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45858-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M45858.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption"><br></figcaption></figure>







<p> </p>



<p>山下船長は、2019年ごろから活けの紅ズワイガニの取り扱いも始めた。深い海に生息する紅ズワイガニは温度変化に弱く、水揚げされたら塩茹でにして出荷される ことが多い。ズワイガニに比べて水分の多い紅ズワイガニは塩茹でにしないとすぐに鮮度が落ちてしまうし、冷凍しても解凍する際に水分が流出して食味を損ねてしまいやすい。そこで「大喜丸」では、1回の漁につき大きいサイズの紅ズワイガニを100匹程度選別し、鮮度を保つために0℃前後の水槽で活きたまま出荷している。</p>



<p><strong>「紅ズワイガニを味わうには、しゃぶしゃぶが一番美味しい。</strong>そのためには活きた状態で出荷することが必要で、地元の旅館も徐々に活けの紅ズワイガニを扱ってくれるようになった。これからもっと取引先を増やしていきたい」と山下船長は意気込む。</p>



<p>活きたまま出荷する『黄金ガニ』には黒いタグを、大サイズの紅ズワイガニには白いタグをと、「大喜丸」オリジナルのタグを付けてブランド力の強化を図っている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「大喜丸」が新しい船に</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="768" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/image2-1024x768.jpeg" alt="" class="wp-image-35624" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/image2-1024x768.jpeg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/image2-300x225.jpeg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/image2-768x576.jpeg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/image2.jpeg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p>山下船長の数々の取り組みによって、一時、3,000万円以下にまで落ち込んだ「大喜丸」の年間水揚げ金額は増加に転じ、近年では5,000万円までに回復している。</p>



<p>2022年9月、山下船長は新しい船を購入。新生「大喜丸」は性能が大幅に向上した。それまで漁場まで5時間かかっていたのが3時間に短縮され、活魚水槽などカニの鮮度を保つための船内環境も向上した。</p>



<p>「新しい船でより高品質な紅ズワイガニの出荷を増やし、“大喜丸の紅ズワイガニ”としてのブランド価値を高めていきたい」と語る山下船長は、紅ズワイガニの漁獲データ収集にも引き続き取り組み、資源管理にも積極的に取り組みたいと話す。山下船長が見据える「100年続く紅ズワイガニ漁」によって、「大喜丸」の紅ズワイガニは、『越前がに』に勝るとも劣らない新たなブランドに育つに違いない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/35596/">福井県産「紅ズワイガニ」のブランド化に挑む「大喜丸」船長山下富士夫さん/福井県越前町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「上庄さといも」など在来種ブランドと自社加工で高い付加価値を目指す。「上田農園」/福井県大野市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 22 Feb 2023 01:00:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[福井県]]></category>
		<category><![CDATA[大野市]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M44039-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福井県の北東部に位置する大野市の「上庄（かみしょう）さといも」は、小振りで肉質がきめ細かく、固く締まって煮崩れしないモチモチとした食感が特長。他のエリアでは作れないブランド野菜として全国的に知られている。その上庄さといも [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M44039-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福井県の北東部に位置する大野市の「上庄（かみしょう）さといも」は、小振りで肉質がきめ細かく、固く締まって煮崩れしないモチモチとした食感が特長。他のエリアでは作れないブランド野菜として全国的に知られている。その上庄さといもにはどのような農家の思いが詰まっているのか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">他の土地では作れない「上庄さといも」</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M43985-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35460" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M43985-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M43985-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M43985-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M43985-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p>「上庄さといも」の栽培地・大野市は岐阜県に接し、北陸でも有数の豪雪地帯だ。霊峰・白山を始めとする1000ｍ級の山々に囲まれた<strong>扇状地</strong>で、土質は山から流れた土が堆積した水はけのよい砂質となっている。秋から冬にかけては寒暖の差が大きく、この<strong>気温差が農作物の甘みを増す</strong>と言われ、山々のまろやかな伏流水で育つ米や野菜などの多くは福井県の特産物やその原料となっている。</p>



<p>この大野市の上庄地区において<strong>「上庄さといも」</strong>を栽培・販売する合同株式会社上田農園は、高齢化で生産量が減少する地域の農業を守るため、2007年に専業農家だった現代表の上田輝司（てるじ）さんが法人として設立した。高齢化で生産量が減少する地域の農業を守るため、代々受け継いできた農業を多角的に展開しようと地元の先陣を切った形だ。現在の従業員は10名、約120ha（東京ドーム約26個分）の農地で、上庄さといも27〜28トンを出荷、ほかにも米、大豆、蕎麦、麦などを作っている。</p>







<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="768" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/DSC_0376-1-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-35463" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/DSC_0376-1-1024x768.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/DSC_0376-1-300x225.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/DSC_0376-1-768x576.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/DSC_0376-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<h3 class="wp-block-heading">土地の特徴が味や肉質に出るさといも</h3>



<p>ワイン用語のテロワールは、土壌や気候、生育環境を意味する言葉だが、里芋にも当てはまるようだ。サトイモの福井県内の主な産地は大野市を含む奥越地方（福井県北東部、大野盆地と周辺の通称）が中心だ。育てられている地域によって、それぞれに大きさや粘り、味に違いがある。大野市の中でも上庄や下庄（しもしょう）、阪谷など小さなエリアでも、固さや触感などが微妙に違うという。祭りなど地域の行事で持ち寄ったサトイモを大鍋で煮込む際には、「固さが特長の上庄さといもと、違う土地のサトイモたちが混ざるとそれらは煮崩れてしまうのでわかりやすい」と上田さんは笑う。</p>



<p>上庄さといもは2017年、その土地ならではの特産品を保護する国の「<strong>地理的表示(GI)保護制度</strong>」に登録された。しかし、そういった名称の品種があるわけではなく、元々大野在来の品種を上庄地区の農家が昔から受け継いで育ててきたものだ。それを50年ほど前から、福井県が中心となって優良系統を選抜し「上庄さといも」として維持・管理、ブランド野菜として県内外にPRしてきた。地域に根付いた品種のため、たとえ<strong>種芋を持ち出して他の土地で育てても同じ味には育たない</strong>という。その希少性から、出荷最盛期の市場では高値で取引されている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">煮込んでも型崩れしない、もっちりとした肉質。</h3>



<p>上庄さといもの美味しさを知る地元では、<strong>大野の郷土料理・ころ煮</strong>（煮っ転がし）にするのが一般的な食べ方だ。栄養の高いぬめりをしっかり食べるため、皮は剥かずにたわしなどで芋に付いた土と外皮をこすって落とし、酒、砂糖、醤油、みりんと少量の水などで水分がなくなるまでじっくり煮込む。仕上げにみりんをまわしかけて照りを出したら完成だ。口に入れるとプツッと皮が弾け、強い甘みと凝縮されたデンプンの旨みがモチモチとした食感とともに楽しめる。他にもコロッケ、おでん、田楽、のっぺい汁などに使われ、大野の冬の食卓を彩る主役の一つとなっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">連作できない特性を生かして、地域の農業を助ける</h2>











<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M44079-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35469" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M44079-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M44079-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M44079-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M44079.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p>上田農園では、雪が溶けだす3月末から4月にかけて保温のために畑を覆うビニールの「マルチ」をして種芋を植え付ける。5月～6月は、マルチの穴を開けてさといもの芽を出させたあと、除草対策を施す。</p>



<p>サトイモは、東南アジア原産のため、蒸し暑い気候の中で育ちスコールのような雨を好むが、水はけも大事だ。水が土に残らないよう畝を高くし、乾燥に気を付けながらかん水などの管理をしっかりすれば、８月頃には1.5ｍを超える高さに成長する。10月中旬から収穫が始まるが、１株から取れる上庄さといもの量は多くて500g程度。雪が降るまでに収穫を終え、12月下旬頃までに選別し出荷する。</p>



<p>出荷最盛期には、地元のスタッフをパートで雇って人手を確保する。中心となるのは、奥様のてるみさんだ。掘り出した株から１個ずつ手作業で切り離し、乾燥が不十分なもの、キズや腐敗、病害など品質をチェックしていく。「大きい芋はそのまま、皮をむきにくい小さいものは芋洗い機で外皮を落として出荷します」。</p>











<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1020760-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-35472" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1020760-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1020760-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1020760-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1020760.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<h3 class="wp-block-heading">高齢化が進む中での専業農家の使命</h3>



<p>上庄さといもは、保存ができて栄養価も高いため、冬の間の食材として親しまれてきた。しかし、一度作った畑はなんと7年の間を空けないと、連作障害によって病気になり上手く育たないという。</p>



<p>上田さんは米づくりが難しくなった近所の農家から農地を借り受け、サトイモ、米、大豆、麦と順番に作ることで効率的な栽培を実現している。「全国的に高齢化が進み、放置された田んぼも多い。それを預かって効率よく回すことで、地域活性化にもつながればうれしいです」と上田さんは話す。連作の間に一度田んぼにして水を張り、それを流すことで土に混じった汚れなどがきれいになるという。大豆や麦を作れば土が細かくなり、さらに水はけが良くなるのでサトイモ畑にする前の年には大豆や麦を作ることにしている。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M44142-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35475" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M44142-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M44142-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M44142-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M44142.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption"><br><br></figcaption></figure>







<p> </p>



<p>上田さんが手掛ける上庄地区ならではのブランド野菜はもう一つある。この地で伝統的に育てられてきた在来種の<strong>「大だるま青大豆」</strong>だ。粒は大きめで、まろやかで強い甘みがある。ヘソの部分が黒いので味噌などに使うと見栄えが悪く販売に適さないとされて、地域の中だけで食されてきた。「地元のおばちゃんたちが、おいしいからと内々で残してきた希少価値の高い伝統の在来種なんです」と上田さんは胸を張る。煮豆やみそ、しょうゆ、豆腐に加工してもなかなかの味わいだ。この大だるま青大豆も<strong>上庄でしか育たず</strong>、しかも手間がかかるので<strong>大量生産はできない</strong>。上田さんは、減農薬無化学肥料で特別に栽培し、加工することでブランドとしての価値を高めている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">第6次産業に取り組み、地域活性化をめざす</h3>



<p>「つくる喜び、食べる幸せが会社の合言葉」と話す上田さん。上庄さといもにさらなる付加価値をつけるため、2009年に「上庄農産加工株式会社」を設立し、米や大豆、サトイモなどの加工販売を始めた。厳密にブランド野菜として管理されている上庄さといもは、出荷の規定が厳しいためどうしてもクズやキズものが出てしまう。上田さんの農園でも毎年600〜700㎏ある。それを地域全体から集め、一定の量を確保して、加工品として売り出したのだ。保存料や化学調味料を使わない「冷凍上庄里いも」や「こだわりの里いもコロッケ」など、家庭で気軽に食べやすい「おかずシリーズ」を開発し、道の駅や卸売、自社WEBサイトで販売している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">高齢化しても女性でも働きやすい環境で生産拡大</h2>







<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M44154-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35486" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M44154-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M44154-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M44154-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/7M44154.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>ブランド野菜として全国的な人気が定着した上庄さといもだが、農家の高齢化とともに生産量が減っていくのではと上田さんは懸念している。例えば収穫の面では、サトイモは地中に植えられた親芋に子芋孫芋がくっついて増えるため、掘り起こしたままの状態で一度作業場に運び、まず固くて食用にはむかない親芋を簡単な専用の道具を使って離さなければならない。土がついたままの株は重く、畑からトラック、トラックから作業場まで運搬したり、芋から落とした土を再び畑に戻したりするのは手間も時間もかかる作業だ。</p>



<p>上田さんは10年以上前からその問題に気がつき、人の手をかけすぎずにさといもの生産・出荷ができるよう現場の機械化に取り組んできた。いち早くメーカーと協力し畑作りから植え付け、堀り上げまでを機械化し、2020年には人が手をかけなくても掘り出したサトイモを拾い上げ、ネットで包んでトラックに運ぶ収穫機と親芋と子芋を離す株割り機の実証実験を行っている。今後も、GPSを使っての作付けなどIT技術を取り入れ、さらに農家の負担を減らす農法で生産の拡大を目指していくことを計画している。</p>



<p>「大野だけでなく、この国ではどんどん生産者が減っている。収穫までの効率を高めて女性や高齢者でも取り組みやすいスタイルで生産量を上げ、収益も充分に確保できるようにしないと続けていけないからね」。</p>



<p>収穫量が増えればそれを販売するルートも必要で、上田さんは自社サイトやECサイトの販売にも力を入れている。生産するだけでなく収益を得るまでが農業、さらに地域活性化に繋がればなお良しで、それが自分の使命だと語る。</p>



<p>現在、上田農園では長く安心して農業に関わってほしいからと週休二日、有給や育休など福利厚生をしっかり整えている。その効果か働くスタッフは30〜40代が中心だ。その若い世代と一緒に仕事をしながら今後の農業や地域の発展のためのビジョンや思いを伝えることで、大野の農業は在来種とともに守られ育っていくと上田さんは信じている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/35452/">「上庄さといも」など在来種ブランドと自社加工で高い付加価値を目指す。「上田農園」/福井県大野市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>先代の志を受け継ぎながら、辛口のさらなる可能性を追求し続ける「常山酒造」/福井県福井市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 30 Jan 2023 01:00:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[酒造]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/A7C7972-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福井県福井市の中心市街地、JR福井駅近くにある蔵元・常山（とこやま）酒造の代表銘柄はキレのあるクリアな辛口で知られる「常山（じょうざん）」で、9代目の常山晋平さんが杜氏となってからは円熟味が増したとファンに評判だ。道半ば [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/A7C7972-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福井県福井市の中心市街地、JR福井駅近くにある蔵元・常山（とこやま）酒造の代表銘柄はキレのあるクリアな辛口で知られる「常山（じょうざん）」で、9代目の常山晋平さんが杜氏となってからは円熟味が増したとファンに評判だ。道半ばで急逝した父である先々代の志を継いだ母と息子は、その味わいをさらに現代に合う辛口へと深化させている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">9代目として目指す酒造りとは</h2>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43612-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34859" width="900" height="599" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43612-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43612-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43612-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43612.jpg 1280w" sizes="(max-width: 900px) 100vw, 900px" /></figure>







<p> </p>



<p>常山酒造の創業は<strong>江戸時代後期の1804年</strong>。<strong>福井市内では最も古い歴史を持つ</strong>蔵だ。福井藩の御用達商人から始まり、大正時代には福井市では随一の規模の酒屋となるものの、大戦中の空襲や福井大震災で酒蔵を二度も消失。そのたびに愛飲家の支援を受けながら復活し、家族経営を生かした丁寧な酒造りを続けてきた。</p>



<p>2022年、常山晋平さんは８代目である母からバトンを受け継いで９代目代表に就任。蔵の代表的銘柄である「常山」のラインナップを一新した。福井県の自然や水の良さを表す言葉である「越山若水」をコンセプトに、酒米は、福井市東部の山間部にある美山地区の契約農家が育てた<strong>「美山錦」や「山田錦」、福井県が開発した「五百万石」</strong>、<strong>「さかほまれ」</strong>、を使い、酵母は福井県独自のものと自家酵母を使って醸している。</p>



<p>白いラベルをまとったそのシリーズは、パッケージデザインを「JAL SKY MUSEUN」やロッテ「ZERO」を手がけたグラフィックデザイナー・木住野彰悟氏が担当。米をイメージさせる白は食とのかけはしを、ロゴは越前の山と海を思わせるデザインにした。</p>



<p>味わいは純米辛口“超”、純米吟醸辛口“飛”、純米大吟醸芳醇辛口“極”の3つが柱。繊細な旨みを持つ魚介類だけではなく現代の脂質多めの食事とも調和するような、スッと喉を通り抜けるドライなキレ味が特長だ。越前の山のような<strong>重厚感ある旨み</strong>と、若狭の海のような瑞々しい<strong>ミネラル感</strong>ある辛さを両立させ、淡麗だけでは終わらない味わいとなっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">雑味を取り除くために細部にこだわる</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43650-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34863" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43650-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43650-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43650-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43650.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p>クリアな透明感とともに膨らむ旨み、インパクトのある抜群のキレ。そんな酒はどのように造られているのだろうか。</p>



<p>常山酒造を訪れると、事務所も作業場もすべてが整然と片付けられていることに気がつく。「酒づくりはまず環境から」をモットーに、毎朝作業前にスタッフ全員で徹底して掃除しているという。また一般的に酒蔵で米を運ぶために使われる<strong>エアシューターは使わず</strong>、手で運んでいる。わずかに残った米が雑味につながるのを怖れてのことだ。「クリアで透明感のある味わいを追究していくと、雑味が出る原因になると思われる部分が気になって」と晋平さん。工程を一つ一つ細かく見直したことで、醸される味は理想により近づいたと話す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">発酵中に酵母に負担をかけない</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43924-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34868" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43924-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43924-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43924-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43924-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p>酒を醸すためのタンクにもこだわった。常山酒造の仕込みが始まる9月頃だと、外気はまだまだ30度を超える日もある。仕込みの最後、味わいに甘みを加えるためタンクを冷やす工程があるが、<strong>酵母にストレスがかからないよう</strong>、外気との温度差の影響が小さい特殊なタンクを使用している。晋平さんは「味わいを深く追求するために、タンクそのものを選ぶことも重要だったんです」という。</p>



<p>さらに搾った後の氷温管理や、瓶詰めの際の急加熱や急冷蔵など、蔵内での温度管理も厳しくしつつ、酒販店も温度管理が可能なところを厳選している。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">先々代である父が開発した、福井名物にも合う味わい</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43763-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34873" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43763-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43763-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43763-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43763.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>銘酒「常山」の辛口にこだわり、それをさらに現代に合わせたものへアップデートし続ける晋平さん。その根底には、道半ばで亡くなった先々代、父への想いがある。</p>



<p>かつての常山酒造では、長らく「羽二重正宗」という普通酒をメインとしていた。しかし、父である７代目の英明さんが、日本酒の新しい時代の到来を見越し、1997年に新しい純米酒として「常山」を発表した。福井の海で獲れる新鮮な魚介にふさわしい酒をと開発したもので、上品に立ち上る吟醸香となめらかで瑞々しい口当たりにスッとキレる後味が特長だ。福井の名物の一つ「<strong>おろし蕎麦</strong>」との相性もよく、繊細なそばの香りの邪魔をせず、大根おろしの瑞々しさとも合うと評判だった。</p>



<p>しかしその数年後、英明さんは「常山」の普及を目指す道半ばの48歳で急逝。当時、晋平さんはまだ19歳で大学生だったため、母・由起子さんが跡を継いだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">8代目である母が常山ブランドを確立</h3>



<p>まず由起子さんは、酒の品質を保つために「常山」を<strong>特定銘柄</strong>として酒販店を厳選。また極上のキレを求めて酒米や精米歩合を研究し、辛口がコンセプトの「常山」のラインナップの充実を図った。通常は日本酒度「+6」で大辛口とされるが、「+8」前後の純米大吟醸酒「超辛」、「+21」前後の超辛口の生原酒「とびっきり辛」などを生み、辛口へ振り切っていった。</p>



<p>辛口の酒を造るために重要なのは、発酵の期間、酵母の力を弱らせず、かつ雑味が出ないようにするバランス。それを叶えてくれたのは、英明さんを支えた南部杜氏の腕だった。</p>



<p>由紀子さんは、自分たちの酒を第三者の目で評価してもらうため「<strong>ワイングラスでおいしい日本酒アワード</strong>」をはじめとする数々の品評会に積極的に出品。受賞することでメディアに取り上げられる機会も増えた。それらがブランディングや現代の食事に合う味を造ることにもつながり、若者ら日本酒初心者にも知名度を広げるなど「常山」のベースが整っていった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本酒の新時代を迎え、若き9代目が蔵を継ぐ</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43820-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34878" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43820-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43820-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43820-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43820.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>大学卒業後に大手酒造会社で営業をしていた晋平さんは2011年に帰郷し常山酒造に入社。当時は海外での和食ブームに乗り、「獺祭」や「醸し人九平次」が世界市場で認知され始めた頃。日本酒新時代の幕開けを追い風として、自らの酒を醸し始める。</p>



<h3 class="wp-block-heading">酒造り４年目で全国新酒鑑評会の金賞に</h3>



<p>蔵元の家に生まれたとはいえ、晋平さんは実際の酒の造り手としてはまったくの素人で、大学も農業関連の専攻ではなかった。父や母とともに酒を造ってきたベテラン杜氏に一から教えてもらいながらの挑戦だった。「とにかく、なんとか酒にしなくてはというプレッシャーしかなかったですね」。</p>



<p>奇をてらわず、基本に忠実に一つ一つの作業を丁寧に自分のものにしていき、時には他の酒蔵へ出向いて教えを乞うこともあったという。そうして酒造りに携わって4年目に出品した酒が全国新酒鑑評会で金賞を受賞した。</p>



<p>「自分のベースが出来た」と自信を持ち始めた３年後の2018年、これまで蔵を支えてくれたベテラン杜氏が退職し、晋平さんが醸造責任者となる。その年、フランスで開かれる食のプロフェッショナルによる権威ある日本酒コンクール「Kura Master」の純米大吟醸の部で最高賞のプラチナ賞に輝いた。同コンクールでは2020年、2021年も金賞を受賞し、一躍国内外から注目されるようになった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">酒蔵を「もてなしの場」にリニューアル</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43869-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34883" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43869-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43869-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43869-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43869.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>晋平さんは、海外のワイナリーを訪れるうち、それらの醸造所のほとんどで、製造過程が見学でき、また詳しい説明を聞きながらワインの試飲ができる環境が整っていることを知って驚いた。日本では、蔵見学さえ対応していないところがまだ多い。</p>



<p>常山酒造はJR福井駅から最も近い立地のため、見学の申し込みや酒販店が他県から訪れる機会も少なくない。「そうした方々をもてなす場をつくる。直接商品をプレゼンできて、付加価値をつけられれば、通常よりも高価格で勝負できると思ったんです」。</p>



<p>2018年、晋平さんは母である8代目とともに、自社の蔵のリニューアルに取りかかった。歴史ある蔵の10ｍをこえるケヤキの梁を生かし、２階部分には漆喰の壁に杉板の床を張って、商談や見学に使える多目的スペースとした。仕込みの時期には１階の樽から蒸し上がった酒米の香りが立ち上り、より酒の魅力を感じられる設計だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ひと目で味のイメージが掴めるラベルデザイン</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43591-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34886" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43591-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43591-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43591-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43591.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>また、同時期にラベルやパッケージのブラッシュアップにも力を入れた。2018年から2020年にかけては東京・上野のホテル「NOHGA HOTEL UENO」の紋デザインで知られる「京源（きょうげん）」の紋章上繪師（もんしょううわえし）波戸場承龍（はとばしょうりゅう）・耀次さん親子にブランディングを依頼。</p>



<p>微炭酸の搾りたて「荒磯」には、師走の日本海を思わせるネイビーグレーに縁起のよい鯛が飛び跳ねるデザイン、兵庫県特A地区の山田錦を使用した特別な純米大吟醸には、深みのあるブラックに不老長寿と良い兆しを象徴する「吉祥黒松」を配するなど、見るだけで味のイメージが掴めるクールなデザインで、発表するたびに話題をさらった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">地元に愛されることこそ、勝機につながる。</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43827-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34889" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43827-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43827-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43827-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43827.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>まだ杉板の香りが残るような新しい蔵に立ち、自分の手がけた新たな常山のラインアップを眺めながら、晋平さんは「地元に愛されてこその地酒」と語った7代目の父のことを思い出す。7代目と酒米を作っている美山地区の契約農家ら地元の人たちとの縁は、20年が経った今も親密に続いていて、常山酒造の蔵開きの日には乗り合いバスに乗って深山地区の多くの人々が駆けつけてくれる。</p>



<p>昨今、海外では日本酒ブームが盛り上がっており、どんどん日本で売れているものが求められて海を渡っていく。「でも日本で売れる酒、長く愛されている酒って地元を大切にしてきた地酒だと思っているんです」と晋平さんは話す。地酒を最初に飲み、その良さを知り、伝えていくのは地元の人々だ。その人たちにまず喜んでもらえる酒を造る。そこにこそ、これからの日本酒の勝機があるのではないかと考えている。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43609-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34894" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43609-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43609-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43609-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7M43609.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>新しい常山のシリーズは福井の魚料理や寿司の美味しさを膨らませるような味の設計だ。「これぞ常山、とひと口飲めば分かるような、飲んで福井の風景が思い浮かぶような存在感ある味わいを目指していきたい」と、9代目はあふれる地元愛あふれる目で将来を見据えている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34855/">先代の志を受け継ぎながら、辛口のさらなる可能性を追求し続ける「常山酒造」/福井県福井市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>産地にとらわれない越前漆器の木地師が作る佇まいの美しい器　ろくろ舎　酒井義夫さん/福井県鯖江市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 25 Jan 2023 01:00:30 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[うつわ]]></category>
		<category><![CDATA[ろくろ]]></category>
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		<category><![CDATA[越前漆器]]></category>
		<category><![CDATA[木地師]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4538-1024x674.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>伝統工芸「越前漆器」の産地である福井県鯖江市河和田（かわだ）地区で、工房「ろくろ舎」を構える酒井義夫さんは、木地師だけが知る木目の美しさを生かしたミニマムなデザインの器を考案・商品化し全国を回ってオーダーを受け、若い世代 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34724/">産地にとらわれない越前漆器の木地師が作る佇まいの美しい器　ろくろ舎　酒井義夫さん/福井県鯖江市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4538-1024x674.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>伝統工芸「越前漆器」の産地である福井県鯖江市河和田（かわだ）地区で、工房「ろくろ舎」を構える酒井義夫さんは、木地師だけが知る木目の美しさを生かしたミニマムなデザインの器を考案・商品化し全国を回ってオーダーを受け、若い世代を中心に全国にファンを獲得している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">縮小傾向にある木地師の仕事</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="678" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4618-1024x678.jpg" alt="" class="wp-image-34731" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4618-1024x678.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4618-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4618-768x508.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4618.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>福井県のほぼ中央に位置する鯖江市の東部の山間にある河和田地区は、1500年以上続くとされる「越前漆器」の産地だ。漆器制作は分業制で、現在でも木地作り、下塗り、中塗り、上塗り、装飾などといった専門技術に長けた職人が各々で工房を構えて自立している。</p>



<p>その中で、木地作りの職人はろくろを回して木に刃を当て、椀や盆などをくり抜いて作るため、木地屋またはろくろ師とも呼ばれる。福井県でも、全国的な知名度を誇る福井県恐竜博物館（勝山市）の比較的近く、丹生群越前町（にゅうぐんえちぜんちょう）に「六呂師」という地名が残るほど木地師が活躍していたことがうかがえる。</p>



<p>しかし現在木地づくりは、プラスチックなど型抜きできる安価な素材の普及によって縮小傾向にあり、椀を作る木地屋は河和田にわずか数軒が残るのみ。「斜陽」とも表現される木地屋業界に、北海道・小樽出身の酒井さんが飛び込んだのは15年前のことだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">木地師だけが知る、木目の美しさを器に活かす</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="726" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4548-1024x726.jpg" alt="" class="wp-image-34734" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4548-1024x726.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4548-300x213.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4548-768x544.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4548.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p>酒井さんが自ら考案し、商品化した器「BASE」シリーズは、縦長のがっしりしたデザインに木目の美しさが映え、陶器のような高台を持つのが特長。生漆や黒漆を塗って布で拭き取る作業を繰り返す「拭き漆」の技法で仕上げているので、本来の木目や下地の温かみが楽しめる上に使い込むほどツヤが増してくる。使う素材はミズメザクラやケヤキ、トチ、センなどで、「木地を作っている時に感じた木目の魅力を使う人にも見て欲しかった」と酒井さん。顔料などの色を混ぜない漆を塗ることで、細かい木目に重厚感が出てモダンな雰囲気を醸し出している。</p>



<h4 class="wp-block-heading">個性的なフォルムのヒントはお膳の器から</h4>



<p>無骨ながらも洗練された形のルーツは、酒井さんが好きな古い椀にある。床の上やお膳に器を並べて食事していた中世の頃の器をイメージしていて、石川県能登町で作られていた合鹿椀や李朝の器、祭器をヒントにしたという。高さがあって持ち上げやすく、安定感もある。具だくさんの汁物、スープやご飯を盛っても料理が映える。食卓で使われる際には目立ちすぎないが、棚に他の食器と一緒に並べると直線的なフォルムが存在感を増し、長く付き合うほど時を経て変化する表情に魅了される。</p>



<h4 class="wp-block-heading">カウンセリングで<strong>器のオーダー</strong>を受ける</h4>



<p>酒井さんの代表的なプロダクトのもうひとつは「オンリー椀」だ。<strong>作業ができるよう改造したワゴン「ろくろ車」</strong>で全国のショップやイベントに出向き実演を行い、形や塗りを組み合わせるセミオーダーでその人オリジナルの器を作る。材質はケヤキで、形はキホン、ハゾリ（端反り）、ツボミなど5つ。そこに例えば山形県なら「芋煮椀」、長崎県なら「皿うどん用の皿」など、訪れた土地や風土になじんだ形も取り入れる。塗りは、クリア、拭き漆、真塗（しんぬり）など7種類。訪れたお客に対面でカウンセリングしながら必要な形や大きさ、用途を聞いて器の形を決める。さらに手入れの仕方なども丁寧に伝えている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">自由でいたい若者が職人を目指した</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="759" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4509-1024x759.jpg" alt="" class="wp-image-34741" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4509-1024x759.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4509-300x222.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4509-768x569.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4509.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p>次々と新しい試みに取り組む酒井さんは「いつも自由でいたいし、目標や計画性もない。そして我が道を行くタイプ」と自身を分析する。若い頃はデザインスクールに通ったり、海外に出てみたり、25歳まで全国各地を放浪したりと「何をするでもなくぶらぶらしていましたね」。2006年、木工メーカーへの就職を機に河和田地区に移住してきたが長く続かず、鯖江市の後継者育成事業で<strong>地元の伝統工芸士に弟子入り</strong>し、越前漆器協同組合の研修生として技術を学ぶことになった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">産地での木地師の立ち位置に感じた疑問</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="732" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4528-1024x732.jpg" alt="" class="wp-image-34745" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4528-1024x732.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4528-300x214.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4528-768x549.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4528.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p>３年間の修業の後、2014年に34歳で独立し「ろくろ舎」を設立した。同時に結婚もしたが、経験が少ない職人に下請け仕事の機会は巡ってこなかった。「妻の両親も職人だから、問屋に頭を下げろとか、組合に入れとか心配されました」。しかし、昔ながらのやり方を続けながら衰退していく産地の姿を見ていた酒井さんは疑問を感じたという。</p>



<p>下請けが手掛けた器は、漆器づくりの工程を経て流通に乗っていくだけ。自分の商品の良さを外部に伝える機会はなく、それにいくらの価格がついているのかも知らない。酒井さんは、河和田で作られる椀の質の高さをしっかり伝えれば、使う人に届くと感じていた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">独自企画として生まれた植物プランター</h3>



<p>仕事が来ないなら自分で作ろう。展示会に出品し、直接商品の良さをユーザーに伝えるためにオリジナルプロダクトの企画に取り掛かった。</p>



<p>「そもそも食事用の器だけにこだわる必要はない」。そう視点を変え、福井県の県産材である杉の間伐材を用いて作ったのは、植物用プランターだった。「価値の再定義」をコンセプトに最後は土に還る素材を使い、使っていくうちにヒビや割れ、朽ちていく過程の面白さを楽しもうという提案を込めた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">常識に塗り込められない木地師が拓く道</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/e65553843e89e551d365c118343bd4b1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34748" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/e65553843e89e551d365c118343bd4b1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/e65553843e89e551d365c118343bd4b1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/e65553843e89e551d365c118343bd4b1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/e65553843e89e551d365c118343bd4b1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p>そうして生まれた「TIMBER　POT」は、雪深い福井の風雪に耐えた杉の丸太から形を削り出し、無塗装のまま木目の表情の個性を前面に出すデザインとなった。東京・ビックサイトで開かれたインテリアや生活用品デザインの国際見本市「<strong>インテリアライフスタイル</strong>2015」に出店したところ、最優秀デザイナーに贈られる<strong>「young Designer Award」</strong>を受賞した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「TIMBER　POT」で大ブレイク</h3>



<p>副賞は、世界最大のインテリア見本市であるドイツの「<strong>アンビエンテ</strong>」への招待。世界中のデザイナーやバイヤーが集う場に立ったことは大きな刺激になった。さらに経済産業省が地方産品を海外へPRするプロジェクト「The WONDER500<img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/2122.png" alt="™" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />）」にも選出。「TIMBER　POT」は、環境に寄り添うコンセプトとデザイン性が話題となり、多くのメディアで取り上げられた。</p>



<p>独立からわずか１年。知名度が上がったことでいったんは下請けの仕事が増えたが、その後は徐々に尻すぼみに。その中で酒井さんは、木地師としての自身の技術の未熟な部分を実感するようになったという。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">産地イベント「RENEW」で得た手ごたえ</h3>



<p>「本格的にろくろを挽いてきた木地師とは、同じ土俵では戦えない」。そんな折、河和田地区を中心に伝統工芸の産地が協力する見本市「<strong>RENEW（リニュー）</strong>」が開催された。工房見学やトークイベントなどが多数催され、来場者数は3日間で約3万7000人（2022年）と<strong>伝統工芸関連のイベントとしては大規模なもの</strong>だ。</p>



<p>その中で、酒井さんのオンリー椀は訪れた若い世代に好評だった。伝統に興味を持ち、大事にしたいと思う人たちは確実に存在していて、わざわざ地方まで訪れる。「そうした人たちに、ものづくりへの考え方、質へのこだわりを届けることができれば」。</p>



<p>形、塗り、工程、それぞれの工程のサンプルを作り、直接お客様と対面して説明する。そこに突破口を見出した酒井さんは、それまでSNSなどで繋がりを温めてきた知人を頼って、自ら全国に出向くことを決めた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">人と人のつながりに見た「勝ちパターン」</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="679" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/hon-31020010-2-1024x679.jpg" alt="" class="wp-image-34751" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/hon-31020010-2-1024x679.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/hon-31020010-2-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/hon-31020010-2-768x509.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/hon-31020010-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p>全国的に有名なセレクトショップや地方の小さな雑貨店などを巡り、オーダーで椀づくりを受注するうち「勝ちパターンが見えてきた」。注文の際は先払いだが納期は半年後、それも1〜2万円とけっこうな額だ。それでも酒井さんの器を購入しようとする動機は、場所やブランドではなく人への信用だということが分かった。つまり人（店主）に人（お客）が付いたところに出向き、さらに丁寧に思いを伝えてプロダクトへの信頼を醸成してもらうことがお客の心を動かすのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">クラウドファンディングへの挑戦</h3>



<p>次に酒井さんが考えたのは、<strong>工房そのものを移動させて各地の出先で自分の仕事する姿を見てもらう</strong>という、突拍子もないアイデアだった。お客の細かな要望にその場で応え、モノづくりの作業そのものを実感してもらうことが、製品への一番の信頼や興味につながると考えた。現地の木材を素材として使うこともできる。</p>



<p>そうして2020年6月、酒井さんは移動式工房「ろくろ車」の制作のためのクラウドファンディングを立ち上げた。SNSやトークイベントなどで広く熱意を伝えたおかげで、主に都市部の若い世代からの多くの支持でプロジェクトは成功。目標金額の約２倍近くの約330万円の資金が集まった。そうして完成した「ろくろ車」で訪れた地は、15都道府県、20店舗となった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">産地に生きる職人として漆器業界を思う</h3>



<p>現在、酒井さんはオリジナルプロダクトの企画を積極的に行っている。職人として駆け出しの頃は6〜7割を占めた下請けの仕事は現在１割程度。9割は自分で作り出した仕事だ。インテリアショップなどとコラボした商品プランニングも引き受け、そうして作り出した仕事を産地の職人たちへ分業している。「産地が少しでもうるおい、残っていくための一助になれれば」と語る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">あらためて向き合う、職人としての自分</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="694" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4529-1024x694.jpg" alt="" class="wp-image-34754" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4529-1024x694.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4529-300x203.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4529-768x520.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1C1A4529.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







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<p>モノづくりの仕事が軌道に乗っている現在も、酒井さんは「結局、自分がやってきたことは職人としての王道ではない」と感じているという。</p>



<p>今、最も時間を割くのは、作ることに向き合うこと。工房で過ごす時間を増やし、さらに技術や知識を身につける。木地づくりの歴史や出身地北海道のアイヌの漆器文化にも興味を持って調べている。</p>



<p>「クラフトもデザインもアートもビジネスもしっかり学んだことがないから、その都度調べて勉強するしかなかった。でもいつのまにかそれが血肉になってきたんです」</p>



<p>自身の企画で仕事が増え、産地がうるおう。そんなふうに「みんな」の力でプロジェクトに取り組むことに喜びを感じてきた。しかし今は自分が職人としての力をつけ、技術を磨くことこそを大事に思う。その姿を発信していくことが、産地のモノづくりにまた何かを刻む気がしている。</p>



<p>常識に塗り込められない酒井さんが今後創り出す器はどう変化していくのか。そこには時代に合った木地師の未来も、模様のひとつとして表れていくのかもしれない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34724/">産地にとらわれない越前漆器の木地師が作る佇まいの美しい器　ろくろ舎　酒井義夫さん/福井県鯖江市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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