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	<title>福島県 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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		<title>福島が誇るモモを自然由来の土づくりで大切に育む樅山果樹園の樅山 和宏さん･智美さん／福島県福島市</title>
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		<pubDate>Mon, 20 Apr 2026 11:30:18 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8232.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福島市飯坂町で、さくらんぼ、桃、りんごを生産している「樅山（もみやま）果樹園」。明治30年代から続く老舗果樹園の５代目･樅山和宏さんは、自然由来の土づくりにこだわるなど、飽くなき探求心と日々の研究を重ね、より良い果物を作 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8232.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福島市飯坂町で、さくらんぼ、桃、りんごを生産している「樅山（もみやま）果樹園」。明治30年代から続く老舗果樹園の５代目･樅山和宏さんは、自然由来の土づくりにこだわるなど、飽くなき探求心と日々の研究を重ね、より良い果物を作り続けている。奥様の智美さんは果樹園から届く新鮮な果物やオリジナル加工品を販売する直売所兼カフェを運営し、福島が誇るフルーツの魅力を発信。「自分たちが育てたモモやリンゴを『美味しい』と食べてもらえるのが一番うれしいです」と微笑むご夫妻の思いはひとつだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">明治時代から受け継がれてきた果樹園と家族の絆</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8241.jpg" alt="" class="wp-image-54375" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8241.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8241-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8241-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>春のイチゴ、初夏のサクランボ、夏のモモ、秋のナシやブドウ、初冬のリンゴなど、四季を通して上質なフルーツを堪能できる福島市。吾妻連峰と阿武隈高地に囲まれた盆地にあり、寒地系と暖地系、両方のフルーツを作ることができる恵まれた気候のもと、品種改良や技術革新を重ね、多種多様な果実が実る。</p>



<p>そんな果樹園が並ぶ、通称･フルーツライン沿いにあるのが樅山果樹園の直売所兼カフェ「よつ葉のクローバー FARMERS GARDEN」。のどかな風景に優しく溶け込む真っ白い建物が印象的だ。</p>



<p>明治30年代から100年以上続く老舗果樹園の樅山果樹園は、数十件の果樹園が点在する福島市飯坂町で、「さくらんぼ」「桃」「りんご」を栽培し、父であり、4代目の和一郎さんは農林水産大臣賞も受賞している。「子どもの頃から『農業はいいぞ』と父から繰り返し聞いて育ったので、家業を継ぐことに何の迷いもなかったです」と笑顔で話す和宏さん。大学卒業後、福島県農業総合センター果樹研究所の研修生として1年間学び、23歳で家業を継いだ、</p>



<h2 class="wp-block-heading">盆地特有の寒暖差が育む極上フルーツ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8379.jpg" alt="" class="wp-image-54376" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8379.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8379-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8379-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>自他ともに認める「フルーツ王国･ふくしま」。福島のモモは太陽の光をたっぷり浴びた真っ赤な見た目と糖度の高さが特徴。昼夜の寒暖差が大きいため、果実に糖分がしっかり蓄積され、甘みの強い桃が育ちやすい。生産量は全国2位だが、モモの消費量は断トツの全国1位。なんと全国平均の約7倍以上のモモを福島県民は食べているという。</p>



<p>福島市では6月下旬から9月下旬にかけて多品種のモモが作られており、樅山果樹園でも十数種類のモモを順番に育てている。早稲（わせ）の「はつひめ」から始まり、「暁星（ぎょうせい）」「あかつき」「まどか」、晩生（おくて）の「ゆうぞら」「さくら白桃」まで多彩なモモの栽培のリレーで旬の美味しさを届ける。</p>



<h3 class="wp-block-heading">福島の代表的なモモ「あかつき」</h3>



<p>かつて「あかつき」は試験栽培中にある1点の欠点を克服することができずに栽培を断念する県が続出する中、福島県だけがあきらめずに栽培を続け、見事その欠点を克服。今では福島のモモを代表する全国区の品種となった。</p>



<p>「福島の人が根気よく作り続けてきた結果、今の大きさになり、福島と言えば『あかつき』と好評です」と微笑む和宏さん。色づきが良くジューシーで、甘味と酸味のバランスが抜群な「あかつき」はお中元や贈り物としても人気を集め、毎年、お盆の前〈7月下旬～8月上旬〉の収穫を目指している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ミネラルたっぷり。自然由来の土づくり</h3>



<p>父の和一郎さんとともに、パートさんたちの手を借りながら愛情を込めて果実の手入れをしている和宏さんは、「作業の妥協はしないことを信念しています」と穏やかに話す。自然由来の土づくりにも力を入れており、ミネラル豊富な三陸産の牡蠣殻をくだいたものを土に撒き、微生物の力を引き出しながら自然に優しい取り組みをしている。</p>



<p>春の作業は花の前の蕾（つぼみ）の時点で数を減らす「摘蕾（てきらい）」から始まり、100％から30％位まで蕾を落としていく。その後は実が小さいうちに不要な実を取り除く「摘果」を行う。幼いうちに摘み取る摘果は品質の良い果実を得るためには欠かさない作業の一つだ。さらに、冬の剪定による健康な木づくりも大事にしている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">多彩なモモのリレーで旬の美味しさを届ける</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8336.jpg" alt="" class="wp-image-54377" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8336.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8336-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8336-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>果樹園で果実に袋（スカート）をかぶせているものを見かけることがある。これは、晴天続きで土壌が過乾燥した状態で急に多量の雨が降った時に果実が割れてしまうような「雨焼け」から守るために１つずつ手作業でかけていくもので、色づく頃には袋（スカート）を外して太陽の光をあてて色づけをする。雨焼けとは、まんべんなく光があたらないと全面が赤くならないため、下には光を反射するシートが敷かれている。「葉っぱのある部分は特に色づきにくいので、時々葉っぱを半分に切ってあげると2日後ぐらいには色付いてきます」と教えてくれた。</p>



<p>モモは先端から赤くなってきて、1品種が10日から2週間ぐらいで食べ頃になる。</p>



<p>はっきりと赤い色のほうが、より甘くて美味しいのだそう。その作業を順番に行い、多品種のモモ栽培のリレーが完結する。旬に収穫される様々な品種のモモを味わいながら食べ比べを楽しむのも醍醐味だ。</p>



<p>「私のおすすめは、『ゆうぞら』。他品種に比べて、自然に落ちてしまう生理落下が多いので栽培は難しいのですが、果肉が緻密で果汁が多くてなめらかなのでとても美味しいです」と和宏さん。硬めのモモが好きな人にもおすすめだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">美味しいフルーツを作り、農業を未来へつなぐ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8326.jpg" alt="" class="wp-image-54378" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8326.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8326-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8326-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>和宏さんの目下の課題は、今後を見据えた果樹栽培への挑戦と、果樹園で働いてくださる方の高齢化による人手不足。「収穫時期の見極めなどは豊富な経験が重視されるため、父に手伝ってもらう以外は私が収穫をしています」。長年の経験と熟練の技が必要とされる果樹園のIOT化の難しさを実感している。</p>



<p>「今後は少し栽培面積を減らし、それぞれの個体に集中したいという気持ちがあります。同時に産地を守りたいという強い思いもあり、まわりの方が高齢でやめていく中で放棄地を作りたくないという葛藤もあります」と現在の思いを正直に語ってくれた。</p>



<p>近年は異常気象が続いているが、「自然の厳しさの中で日々努力をし、美味しいフルーツを作り上げることが果樹栽培のおもしろさであり、プロの果樹園としての誇りです」と話す和宏さん。研究を重ね、より良いフルーツを作ることに尽力しながら福島の農業の発展と継続も考慮している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">採れたての果実を絶品スイーツや加工品に</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8325.jpg" alt="" class="wp-image-54379" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8325.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8325-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8325-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「和宏さんが愛情を込めて育てた美味しいフルーツをたくさんの人に届けたい」という思いで、奥様の智美さんは2019年11月に直売所兼カフェ「よつ葉のクローバー FARMERS GARDEN」をオープン。観光果樹園が並ぶ県道「フルーツライン」沿いにあり、フルーツの収穫時期のみ営業しているが毎年県内外からたくさんの人が訪れる。</p>



<p>「私の実家も果樹農家でフルーツを栽培していましたが、朝早くから夜遅くまで働いていても購入したお客様の声を直接聞くことがなかったので、いつか直売所をやりたいと思っていました」と微笑む智美さん。念願を叶えた直売所では。和宏さんが丹精込めて育てた旬のサクランボ、モモ、リンゴを販売するほか、フルーツのうまみを生かしたジャムやジュースなどの手作りの加工品も販売している。併設するカフェスペースでは採れたてフルーツを贅沢に使ったスイーツが人気を集める。見た目も愛らしく、インパクトのある「贅沢！朝採りまるごと桃のパフェ」も大好評。晴れた日はテラス席で、周囲に広がる山々の景色を愛でながらスイーツやドリンクを楽しむことができる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">子どもたちや若い世代に福島のフルーツの魅力を伝えたい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8252.jpg" alt="" class="wp-image-54380" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8252.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8252-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8252-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ちょっと傷のあるものや形が小さいものなど、B級品を直接販売することができるのも直売所ならでは。「お客様からも好評で、リピートしてくださった際には同じ果実で作ったジャムなどもお土産に購入していただいています」と話す智美さん。念願だった直売所とカフェをオープンして6年。「和宏さんが作る美味しいモモを多くの人に伝えられる喜びと、わが家の子どもたちに福島の農業やモモの魅力を伝えられている喜びがあります」と笑顔があふれる。「カフェを通して、若い世代が福島のフルーツや農業に興味を持ってくれるのもうれしいです」と和宏さんにも笑顔があふれる。</p>



<p>お客様からの「美味しかった」という声をエネルギーに、二人三脚で福島のフルーツの魅力を発信する樅山さんご夫妻。先祖から受け継いだ大切な果樹園をプライドを持って守り続けていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54367/">福島が誇るモモを自然由来の土づくりで大切に育む樅山果樹園の樅山 和宏さん･智美さん／福島県福島市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>福島から世界へ。自由な発想の「クラフトサケ」で驚きと感動を届ける「haccoba」の佐藤 太亮さん／福島県南相馬市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 06 Dec 2025 09:07:16 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[日本酒]]></category>
		<category><![CDATA[クラフトサケ]]></category>
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		<category><![CDATA[クラフトサケブルワリー]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9122.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>ピュアな透明感と初めて味わう美味しさ。福島県南相馬市にある酒蔵「haccoba-Craft Sake Brewery（ハッコウバ クラフトサケブルワリー」が醸すクラフトサケに一瞬で魅了される。移住した地で実験的で自由な酒 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53635/">福島から世界へ。自由な発想の「クラフトサケ」で驚きと感動を届ける「haccoba」の佐藤 太亮さん／福島県南相馬市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9122.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>ピュアな透明感と初めて味わう美味しさ。福島県南相馬市にある酒蔵「haccoba-Craft Sake Brewery（ハッコウバ クラフトサケブルワリー」が醸すクラフトサケに一瞬で魅了される。移住した地で実験的で自由な酒づくりを軽やかに楽しんでいる代表の佐藤太亮さん。若き醸造家にはクラフトサケで世界を目指す大きな夢と、東日本大震災後の復興を目指す地域への熱い思いがあった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">復興に取り組む南相馬で始めたゼロからの酒づくり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9147.jpg" alt="" class="wp-image-53644" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9147.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9147-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9147-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「みんなで育てる酒蔵」をコンセプトに、2021年2月に誕生した「haccoba-Craft Sake Brewery-」(以下、haccoba)。築50年ほどの民家をリノベーションした酒蔵があるのは、福島県南相馬市小高区（おだかく）。2011年に発生した東日本大震災後の原発事故で一時は全住民が避難した経緯をもつ地域であり、開業当時は「人口ゼロになった町で始める酒づくり」に注目が集まった。</p>



<p>「実は、僕の誕生日は3月11日なんです。震災時は埼玉で暮らしていたのですが、毎年誕生日を迎えるたびに、被災した地域のために何もできていないというもどかしさがあり、いつか地域の復興の手助けになる活動をしたいと思っていました」と話す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">醗酵文化の美しさに魅せられて酒造業へ</h3>



<p>大学生の頃に日本酒にはまった佐藤さんは、卒業後はIT系企業に勤務し、その後、転職した企業で「日本酒系のスタートアップ」に出会う。そこで自分たちも新しい酒蔵を創ることができることを知り、大好きなお酒を生業とする酒蔵の開業を目指すようになった。その理由を、「好きな日本酒を通して発酵文化の美しさと奥深さに感動したからです」と話す。</p>



<p>開業にあたって、改めて居酒屋で飲んで「世界一美味しい！」と感動した日本酒「REGULUS（レグルス）」の醸造元で、「越乃男山」や「あべ」シリーズで知られる「阿部酒造」（新潟県柏崎市）を訪ね、酒造りの技術を学んだ。そして、1年間の修業の後、現在地に酒蔵を立ち上げた。27歳の時だった。</p>



<p>地域の酒蔵としてゼロから始められることもポジティブに捉えていたという佐藤さん。2014年より南相馬市小高区で事業創出に取り組んでいた「小高ワーカーズベース」の代表・和田智行さんとの出会いもhaccoba立ち上げを加速させた。「酒蔵用の空き物件を探す中でなかなかいい物件がなくて悩んでいた時に和田さんからこの家をご紹介いただきました」。</p>



<p>原発被災地の地域創生や復興に向き合い、真摯に取り組む人々との出会いもあり、応援してくれる人がたくさんいたこともこの地を選ぶ決め手に。自治体からの起業支援も安心感をもたらした。また、奥様のみずきさんが福島県いわき市出身ということで、より身近に感じられたそう。</p>



<p>現在の南相馬市小高区には以前から暮らしていた住民のほか、起業する若い世代が全国から集まり、新たな事業と街づくりの取り組みが進んでいる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">つくり手の個性が光る「クラフトサケ」は振り幅も魅力</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9196.jpg" alt="" class="wp-image-53645" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9196.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9196-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9196-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>haccobaが手がけるクラフトサケは、酒税法上、「清酒」ではなく、「その他の醸造酒」に区分されるため「日本酒」と名乗ることができない。また現在、日本酒を造る「清酒製造免許」は新規で発行されることがほとんどないため、酒造業を目指す若い世代はクラフトサケに夢と活路を見出している。佐藤さんもその一人だ。</p>



<p>「ただ、2020年に酒税法が改正され、日本国内の流通は行わず、輸出向けに販売する日本酒を造る場合のみ、新規製造免許が発行されるようになりました。こうした流れから、今後は法規制も変わっていくのではないかと期待しています」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">人気が高まっている新ジャンルのお酒「クラフトサケ」</h3>



<p>日本酒（清酒）は米と米麹と水を発酵させた“もろみ”をこしたもので、他に使える原料は醸造アルコールや糖類など限りがあるが、クラフトサケはもろみを搾らないものや、発酵時にフルーツやハーブなどの副原料を入れるなど、日本酒とは違う工程で作られる。</p>



<p>クラフトサケブリュワリー協会によると、「クラフトサケ」とは、日本酒（清酒）の製造技術をベースに、従来の日本酒では法的に採用できないプロセスを取り入れた、新しいジャンルの米のお酒のこと。近年つくる酒蔵が増えていて、酒質も格段にレベルアップし、着々と人気と勢力を拡大中だ。</p>



<p>「クラフトサケの強みは、自由に挑戦できることだと思います。自分たちの酒蔵は直販にも力を入れているので、普通なら売りにくいと思われがちな酒でも冒険できるし、ハーブやホップ、フルーツなど、加える副原料次第でフルーティにもドライにもスモーキーにもなる振り幅の広さが魅力です」と笑顔があふれる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">民俗的な酒づくりを現代的に表現したい</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9176.jpg" alt="" class="wp-image-53646" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9176.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9176-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9176-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>かつて、日本では各家庭で多様な原料を使ってつくる「ドブロク」（日本酒の原型）を楽しんでいた時代があった。ところが、明治時代に酒づくりが免許制となったことから自由な酒づくりが難しくなってしまった。そんな民俗的な酒づくりを現代的に表現することもhaccobaが酒づくりをスタートした目的の１つだ。</p>



<p>佐藤さんが、レシピの参考にと愛読し、ずっと大切にしている本が『諸国ドブロク宝典』。「昔、家庭でドブロクなどを作っていた頃のレシピを集めた本で、東北の山中に生えているカラハナソウを使っていたり、お米だけでなく、粟やヒエ、ヤマブドウなどの果実を使うなど、家庭独自の自由な作り方に興味を惹かれていきました」。民家を生かした酒蔵を始めたことも、家庭でつくっている酒づくりの延長のようなイメージだったそうだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">進化と変化を楽しむ小さな醸造所</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9153.jpg" alt="" class="wp-image-53647" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9153.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9153-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9153-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>南相馬市小高区の酒蔵にあるのは、約40平米のガラス張りの小さな醸造所と併設したパブ（金土日営業・予約制）、多彩な商品が並ぶショップ。醸造所には仕込み用と貯蔵用、300Lのサーマルタンクが3台あり、仕込みから完成まで行っている。</p>



<p>創業時から順調に新作の受注が増えたこともあり、2023年には隣町の浪江町にも醸造所を建て、2カ所で酒づくりをしている。仕込みから完成までの標準は約1か月。タンクが空き次第、次の仕込みに入るルーティーンを重ねながら新作やコラボ商品などをリリースしている。</p>



<p>「今年は醗酵を注視しながら熟成させていく古酒にも初挑戦しています」と楽しそうに笑う佐藤さん。常に進化と変化を忘れず、酒づくりに挑む。</p>



<h2 class="wp-block-heading">生産者からのバトンをつなぎ、有機米で安心な酒づくり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9229.jpg" alt="" class="wp-image-53648" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9229.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9229-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9229-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>原料に使用する米もこだわりのひとつ。契約農家の南相馬市の根本有機農園の「雄町」、豊田農園の「天のつぶ」、猪苗代町のつちや農園の「ササシグレ」などを使用している。</p>



<p>南相馬市小高区の根本有機農園の田んぼでは美しい稲穂が風になびいていた。園主の根本洸一さんは現在、息子の剛実さんとともに有機栽培に真っ直ぐ取り組んでいる。</p>



<p>「根本さんのお米はとても美味しいので、自然とお酒も美味しくなると実感しています。有機で美味しく育てている貴重なお米を無駄にせずに、最大限にお酒という形で表現してバトンをつないでいきたいです」と話す佐藤さん。</p>



<p>「米作りを始めて70年になりますが、毎年1年生のつもりで向き合っています」と、おだやかに話す洸一さん。「佐藤さんが移住して酒蔵を起こし、私たちが育てた米を使ってくれて、さらに地元の若い人も雇用してくれているので地域の活性化につながっています。毎年、田植えを手伝ってくれるのも心強いですね」と剛実さん。haccobaはすでに地域に根ざした酒蔵として、多文化・多世代と楽しくつながっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">オリジナルを醸す美酒が日常を豊かに彩る</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9174.jpg" alt="" class="wp-image-53649" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9174.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9174-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9174-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>創業以来の定番酒「はなうたホップス」をはじめ、「kasu [sansho lemonade]」「ハッコウバ珈琲店」「猪口酒 -しょこらっしゅ-」など個性豊かな味わいやコラボ商品が次々リリースされて話題を呼ぶhaccoba。</p>



<p>商品はほとんどが500mlサイズ。個性的でキュートなラベルのファンも多く、贈り物としても喜ばれている。アルコール設定を10～13℃にしているのは、ワイン好きの人でも気軽に楽しんでほしいとの思いから。「食事とともに楽しめる味わいと量をベースにしています」。異業種の方とのコラボも多く、アイデアを出し合ってレシピの設計書を作り、最終的にお酒を通した楽しい体験を目指している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">福島の在来の草木を組み合わせた奥行きのある味わい</h3>



<p>「クラフトサケ」や「ボタニカル酒」と言えば、必ず名前が上がるほどの酒蔵へと順調に成長したhaccobaでは、福島の在来の草木を組み合わせた奥行きのある味わいが国内外で注目されている。</p>



<p>定番酒の「はなうたホップス」は、東北に伝わる幻の製法「花酛（はなもと）」と、華やかな香りを抽出するビールの技法「ドライホップ」を掛け合わせ、柑橘系の爽やかな香りとお米のクリアな甘さが調和した1本。こだわりは、アロマホップに加え、つる草の一種で東洋のホップとも呼ばれるカラハナソウを使用していること。乾燥させた状態から煮出し、煮汁を仕込み水に加えてもろみを立てる。発酵後期のタンクにもホップを浸し、香りを強く残して仕上げる手法だ。「花酛」の再現を意識しつつ、クラフトビールの製法を掛け合わせて完成させたスタイルが唯一無二の味わいを醸す。</p>



<p>2024年には新たな定番酒「zairai（在来）」のシリーズを発表。様々な在来の素材で醸す酒は、福島県の山の山主さんとともに出合った地物のハーブを使ってつくられている。例えば、カヤの枝葉、杉ぼっくり、アブラチャンの枝、ヨモギの花などをお米と一緒に醗酵する。出来上がりはおだやかな香りが広がり、清涼感と渋みのバランスも良く、味の余韻が心地いい。</p>



<p>常時6～10種類以上が揃うhaccobaのショップやオンラインショップはもちろん、東京都内のお店で購入して楽しむことができる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">福島から世界へ。ベルギーでの醸造所開設に挑戦</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9154.jpg" alt="" class="wp-image-53650" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9154.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9154-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/XXXX9154-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>自由な酒づくりでクラフトサケを表現するhaccobaの次の目標は、ベルギーへの進出。「創業当初からベルギーで醸造所をつくる計画を進めています。ベルギーはビールで土地ごとのレシピがある地域で、日本のドブロクのような文化を築いているので、僕らのお酒を融合させたような酒づくりに挑戦したいと思っています」と熱く語る。</p>



<p>かつての民俗的なドブロクづくりにも通じる自由な発想で世界を目指すhaccoba。どんな美味しいお酒ができるのか、これからも目が離せない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53635/">福島から世界へ。自由な発想の「クラフトサケ」で驚きと感動を届ける「haccoba」の佐藤 太亮さん／福島県南相馬市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>食べておいしいお米を追求し、日本一に輝いた「会津猪苗代カンダファーム」神田 忍さん／福島県猪苗代町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 27 Nov 2025 04:29:53 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[米]]></category>
		<category><![CDATA[ゆうだい21]]></category>
		<category><![CDATA[第26回米･食味分析鑑定コンクール国際大会]]></category>
		<category><![CDATA[国際総合部門･金賞]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8110.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>美しい水田が広がる福島県猪苗代町（いなわしろまち）で日本一の米作りを目指して邁進する「会津猪苗代カンダファーム」の神田忍さん。試行錯誤を重ね、2024年に「第26回米･食味分析鑑定コンクール国際大会」で最高賞となる「国際 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53532/">食べておいしいお米を追求し、日本一に輝いた「会津猪苗代カンダファーム」神田 忍さん／福島県猪苗代町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8110.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>美しい水田が広がる福島県猪苗代町（いなわしろまち）で日本一の米作りを目指して邁進する「会津猪苗代カンダファーム」の神田忍さん。試行錯誤を重ね、2024年に「第26回米･食味分析鑑定コンクール国際大会」で最高賞となる「国際総合部門･金賞」を受賞した。日本一の夢を叶えた神田さんの米作りとは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">お米にとっての最後の楽園に</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8154.jpg" alt="" class="wp-image-53541" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8154.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8154-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8154-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>会津猪苗代カンダファーム（以下、カンダファーム）のある猪苗代町は、会津磐梯山（ばんだいさん）と猪苗代湖に囲まれた全国有数の景勝地。標高500ｍ以上にも関わらず、広大な水田が一面に広がっており、磐梯山系の豊富な雪解け水に恵まれ、有機質土壌の田んぼも点在する。スキー場のある豪雪地帯としても知られ、統計開始以来、一度も猛暑日を観測していなかったそう。「寒暖差が激しいこの地域は、温暖化が進む今、お米にとって“最後の楽園”かもしれません」と神田さんに笑顔があふれる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">営業職から農家へ転身し、卸売りから直販へ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8025.jpg" alt="" class="wp-image-53542" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8025.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8025-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8025-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大学卒業後、サラリーマンとしてキャリアを築いてきた神田さんの転機となったのが、家業を継いでいたお兄さんの急逝だった。兄の遺志を継ぎ、農家と民宿を営むご両親を支えるために2011年に30歳で就農したが、1か月後に東日本大震災が発生。農業にも甚大な被害をもたらし、風評被害の影響で米の価格が急落した。神田さんは現状を打破する方法を模索するうちに、営業職の経験を生かして直販への切り替えを決めた。「JAなど卸先への価格は大幅に下がって売り上げが激減していたので、米は自分で売っていく時代になると思ったのが始まりです。しかし、当初は売り上げが少なく、消費者に選ばれるためには品質の良さとブランドを作り上げていく必要があると実感しました」と振り返る。そこで目標としたのが、10年後の40歳までに米のコンクールで受賞すること。ここから日本一を目指す挑戦が始まった。</p>



<p>ちなみに神田さんが金賞を受賞した「米･食味分析鑑定コンクール国際大会」は、米･食味鑑定士協会が主催している“お米のコンクール”のこと。お米の検査といえば「等級検査」のみが主流であった2000年当時、お米の食味にこだわり、衰退しつつあった「地方･農業･稲作の復興」を後押しするべく、コンクールがスタート。第1回大会は400に満たない出品数での始まりだったが、今や5,000もの総出品があり、数多くの自治体との共催によって、世界最大規模のお米のコンクールへと成長した。また、第10回より国際大会となり、コンクール受賞者のお米は、国内はもとより海外でも高い評価を得ている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">毎年10パターン以上の試験栽培でデータを蓄積</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8030.jpg" alt="" class="wp-image-53543" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8030.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8030-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8030-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>独学による研究を進めるために、まずは毎年10パターンの試験栽培を実施。品種や栽培方法、与える肥料の量や稲を刈るタイミングなどを変えながら検証し、品質の改善に取り組んでいった。周囲からは「神田さんの田んぼはまだ穂が出ていないけれど大丈夫なの？」と言われるなど反応も様々だったと言う。試験栽培した米は食味計の測定や実食により最良ロットを選定し、次年度はさらに10パターン以上の試験栽培に挑戦。この独自の試験栽培を継続してデータを蓄積し、納得できる栽培方法を確立していった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">出会いに感謝。自分で切り開いて夢を叶えていく</h3>



<p>米作りを通して出会ってきた人々も神田さんに大きな影響と幸運を与えてくれた。「日本一の米の産地･南魚沼には米作りの師匠がいます。コンクールでの出会いを機に毎年訪れ、肥料や田植え、刈り取り時期など細部まで教えていただきました。また、日本一を獲得した農家への研修視察や全国の米農家さんとの交流もずっと続けています」と楽しそうに話してくれた。営業マンとして培ってきたコミュニケーション力を発揮し、積極的に出かけて良い米づくりを学んで吸収できることも神田さんの大きな強みだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">食卓を彩るプレミアム米「ゆうだい21」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8160.jpg" alt="" class="wp-image-53544" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8160.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8160-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8160-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>10パターン以上の試験栽培を継続する中で大切に育ててきたのが、プレミアム米「ゆうだい21」。宇都宮大学の開発プロジェクトの中から生まれた「奇跡の米」と呼ばれる品種で、粘り気があり、強いうまみと甘みが特徴。コンクールで日本一を取った米農家たちも認める品種に取り組み、神田さんは日本一を目指してきた。「標高が高く低温になる猪苗代では、冷害に強い「ひとめぼれ」をメインに栽培していましたが、試行錯誤を重ねる中で土地に合った肥料設計や栽培方法に成功。「ゆうだい21」は私が重視している食感や粒感、肌触り、お米としての存在感があります」。</p>



<p>カンダファームの米の収穫は、もち米から始まり、ひとめぼれ、ゆうだい21へ続く。直販は始めた当初は売り上げは少なく厳しい状況が続いたが、購入した方の評判は高く、リピートも増加。さらに、受賞を機に広く認知されるようになり、売り上げも目標を達成するようになっていった。炊きたてはもちろん、時間がたっても変わらないおいしさが評判を呼び、毎年完売する人気ぶりだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">農業はクリエイティブな仕事。目標は、5年連続日本一！</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX7998.jpg" alt="" class="wp-image-53545" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX7998.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX7998-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX7998-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>（7998）</p>



<p>カンダファームの「ゆうだい21」は、2024年に開催された日本最多の出品数を誇る「第26回米･食味分析鑑定コンクール国際大会」で最高賞となる「国際総合部門･金賞」を受賞。神田さんが44歳の時だった。ついに、日本一を叶えた神田さんの次なる目標は、5年連続の日本一だ。「受賞して、そこで立ち止まったら進歩がないと思っています。自分が満足できるかどうかが大切なので、これからも毎年挑戦して5年連続受賞を目指します。なぜ5年連続なのかというと、2026年から3年連続でこの大会が福島県で開催されるから。そのためにも、常に挑戦者でいたいんです。農業は地味な仕事のように思えますが、明確な目標があると非常にクリエイティブで、こんなにおもしろい仕事はないですね」と大きなやりがいを感じている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">精米機の厳しい設定も、おいしさの秘密</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8057.jpg" alt="" class="wp-image-53546" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8057.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8057-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8057-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現在は30パターンもの試験栽培を行い、精米にも大きなこだわりを持つ神田さん。本来は色彩選別機を何度も通せばきれいになるが、米を傷つけたくないために1回だけ通して厳しいジャッジをしていると言う。機械のラインを厳しく設定することで、通常は透明感のある米粒の中で乳白色に濁った「白濁」や粒の腹部が白く濁った「腹白」などを取り除けるため、雑味のないおいしいお米が出来上がる。白濁や腹白などの濁った粒は食べても味に問題はないが、生育中に天候の影響（高温や日照不足など）で発生するため、米のでんぷんが不十分とされており、ご飯がやわらかくなる原因となる。</p>



<p>「コンクールに出品するために厳しく設定していたものを通常の販売用にも対応したことで、理想的なおいしいお米になりました」と明言する。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「日本一を目指す米」と「究極の普段食」を２本柱に</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8148.jpg" alt="" class="wp-image-53547" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8148.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8148-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/XXXX8148-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>有機栽培による「ゆうだい21」の可能性にも挑戦する中で大切なことは草対策だと言う。収穫量を増やし、病害虫や雑草を防ぐために化学肥料や農薬を使用する「慣行栽培」より植える苗の量を減らして、光合成を促進するため、雑草対策にも余念がない。「農業は天職なので苦労とは思っていません。営業マンの時より輝いていると自分で思っており、子どもたちにも誇れる仕事です」と愛する家族とともに田んぼを見つめる神田さん。</p>



<p>5代目を継いで以来、２本柱で栽培に取り組んでおり、そのひとつは「日本一を目指す米」。もう１つは手頃な価格で食べ盛りの子どもたちもお腹いっぱいになれる「究極の普段食」だ。今後も日本一を目指しながら、毎日の食卓にも幸せを届けてくれるに違いない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53532/">食べておいしいお米を追求し、日本一に輝いた「会津猪苗代カンダファーム」神田 忍さん／福島県猪苗代町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>数々の賞に輝く県内有数の福島牛生産者·鈴木廣直さん／福島県安達太良山</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 17 Jan 2020 00:20:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[酪農]]></category>
		<category><![CDATA[牛肉]]></category>
		<category><![CDATA[名産品]]></category>
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		<category><![CDATA[福島県]]></category>
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		<category><![CDATA[安達太良山]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201902_2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>安達太良山の大自然が、上質な福島牛を育む 近年、肉質の良さから評価を高めている福島牛。安達太良山（あだたらやま）のふもと、大玉村に、その立役者として知られる人がいる。牛の飼育を始めて半世紀。数々の品評会で賞に輝き、県内有 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/25883/">数々の賞に輝く県内有数の福島牛生産者·鈴木廣直さん／福島県安達太良山</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201902_2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">安達太良山の大自然が、上質な福島牛を育む</h2>



<p>近年、肉質の良さから評価を高めている福島牛。安達太良山（あだたらやま）のふもと、大玉村に、その立役者として知られる人がいる。牛の飼育を始めて半世紀。数々の品評会で賞に輝き、県内有数の生産者として知られる鈴木廣直（すずき・ひろなお）さんは、<span class="swl-marker mark_yellow">「水と空気と良質な稲わらこそ、おいしい牛が育つ条件」</span>と明かす。</p>



<p>高村光太郎（たかむら・こうたろう）の「智恵子抄（ちえこしょう）」で「ほんとの空（そら）」とうたわれた安達太良山。なだらかな稜線（りょうせん）が着地した先には、田園地帯が広がっていた。鈴木廣直さんはその田んぼの一角で、夫婦ふたり、畜産を営んでいる。鈴木さん宅の客間に招かれた中田英寿さんは、壁一面の稲穂の束に目をこらし、尋ねる。「この稲わらには、何か特別な意味があるのでしょうか？」それは鈴木さんが20歳で就農してから収穫してきた、50年分の稲穂だという。「牛の飼育を始めたのもほぼ同時期だから、半世紀も経つんだなぁ」</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">肉牛を生産する農家には、母牛に子牛を産ませて約9～10カ月まで育てる繁殖農家と、その子牛を約20カ月育てる肥育（ひいく）農家の2種類がある。鈴木さんは後者の肥育農家であり、福島県を代表する生産者として知られている。</span>2017年、全国肉用牛振興基金協会が主催する肉用牛枝肉共励会（にくようぎゅうえだにくきょうれいかい）では、農林水産大臣賞を受賞。また同年行われた第19回全農肉牛枝肉共励会（ぜんのうにくうしえだにくきょうれいかい）では、最高位の名誉賞と、これまで数々の賞にも輝いてきた。<br><span class="swl-marker mark_yellow">「香りが良く、脂がしつこくないのが福島牛の特長です」</span><br>自らの功績については控えめに話す鈴木さんだが、手塩にかけて育てた牛の肉質は、世界に誇れると胸を張る。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201902_1.jpg" alt="" class="wp-image-25888" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201902_1.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201902_1-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201902_2.jpg" alt="" class="wp-image-25889" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201902_2.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201902_2-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">和牛を海外へ広めるチャレンジを</h2>



<p>「牛は血統で決まるとよく言われますが、福島という産地に共通する特色は、どのようにもたらされているのでしょうか」中田さんからの質問に、鈴木さんは「飼料ですね」と即答する。<br><span class="swl-marker mark_yellow">「元々、飼料は各農家それぞれに工夫していたのですが、それゆえに、肉質のばらつきも大きかったんです。そこで皆の意見を聞きながら、飼料を統一。その結果、地域全体の品質向上につながりました」<br></span>飼料の中でも重要なのが、稲わらなのだと続ける。「人間の食事に例えるなら、稲わらはごはんで、配合飼料はおかず。おかずがいかに豪華でも、主食をしっかり取ることが大切なんです。稲わらは品種によって硬さが異なるのですが、牛の反芻（はんすう）には、コシヒカリがもっとも適していると思っています」</p>



<p>近年、福島牛の評価が高まる一方で、震災前には50万円で買えた素牛（もとうし）が、倍近くにまで高騰。高齢化により生産農家の廃業が相次いでいる現状に触れ、危機感を募らせていた鈴木さん。だが、昨年末のＴＰＰ（環太平洋経済連携協定）、2月の日欧ＥＰＡ（経済連携協定）の発効と、貿易の自由化の流れをどう受け止めているかという問いかけに対しては、生産者としてはいい牛をつくり続けるほかないと前を向く。<br>「外国産の安価な牛肉が入ってくれば、市場の競争はより厳しくなるでしょう。でも消費者のなかには品質の良い肉、おいしい肉を選んでくださる方々も、必ずいると思うんです」<br>その言葉にうなずきながら、貿易自由化は生産者にとってチャレンジであるだけでなく、チャンスにもなるはずと、中田さんはエールを送る。<br>「海外に行くと、いろいろな人から和牛について聞かれます。それだけ皆、日本の牛肉に関心があるということ。海外に販路を広げる好機ですし、どんどん外に出て行くべきだと思います」<br>まだまだ引退できそうにないですね——。そう言って鈴木さんは、晴れやかな笑顔を浮かべた。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201902_3.jpg" alt="" class="wp-image-25890" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201902_3.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201902_3-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/25883/">数々の賞に輝く県内有数の福島牛生産者·鈴木廣直さん／福島県安達太良山</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>世界一薄い絹織物“フェアリー·フェザー”を生み出した「齋栄織物」／福島県川俣町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 16 Jan 2020 08:15:39 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima9main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>イノベーションで川俣シルクの復権へ 長い歴史をもつ絹織物の産地、福島県川俣町（かわまたまち）に今、世界から熱い視線が注がれている。2012年、ものづくり日本大賞で内閣総理大臣賞を受賞した、世界一薄い絹織物「フェアリー・フ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/25873/">世界一薄い絹織物“フェアリー·フェザー”を生み出した「齋栄織物」／福島県川俣町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima9main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">イノベーションで川俣シルクの復権へ</h2>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">長い歴史をもつ絹織物の産地、福島県川俣町（かわまたまち）に今、世界から熱い視線が注がれている。2012年、ものづくり日本大賞で内閣総理大臣賞を受賞した、世界一薄い絹織物「<a href="https://saiei-orimono.com/feature/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">フェアリー・フェザー</a>」を生み出し、川俣シルクのイノベーションに挑み続ける、<a href="https://saiei-orimono.com/index.html" target="_blank" rel="noreferrer noopener">齋栄織物</a>（さいえいおりもの）</span>を訪ねた。</p>



<p>「東北の絹織物というと、仙台平（せんだいひら）や米沢織（よねざわおり）の名前をよく聞きますが、福島県にも絹織物の産地があるんですね」<br>工場内を歩きながら、作業風景を見学する中田英寿さん。隣では齋栄織物の常務、齋藤栄太（さいとう・えいた）さんが、生糸が非常に高価だった時代に、川俣では少ない糸で高い価値を生み出す「軽目羽二重（かるめはぶたえ）」の技術が発達したと説明する。<br>現在、川俣町の織物会社は約20社。この薄手で上質なシルクの生産を受け継いできた。<br>「欧米の繊維業界では“KAWAMATA”の地名は、軽目羽二重を指す言葉でもあるそうです」<br>祖父の創業した会社に齋藤さんが入社したのは17年前。当時は、会社の業績もどん底だったと振り返る。</p>



<p>「取引先が限られていて、一社依存率が高い状況でした。関係先が業績不振に陥れば共倒れのおそれがある。裾野を広げたくて、展示会や商談会に積極的に参加し、輸出もアメリカだけでなく、ヨーロッパの販路開拓を始めました」<br>並行して、自社の強みとなるフラッグシップ商品の開発にも乗り出した。たどり着いた<span class="swl-marker mark_yellow">コンセプトは「世界一薄くて軽い先染めの絹織物」。川俣シルクの特長を突き詰めると共に、齋栄織物が得意とする、先染め織物の技術を融合したいと考えたからだ。</span></p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201901_1.jpg" alt="" class="wp-image-25875" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201901_1.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201901_1-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201901_2.jpg" alt="" class="wp-image-25876" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201901_2.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201901_2-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">ものづくりへの姿勢</h2>



<p>まずは市場にある最も細い生糸を使用して試作するも、営業先の反応は薄かった。そこで見直したのが原料の生糸。通常、蚕（かいこ）は4回脱皮して繭（まゆ）になるが、3回しか脱皮していない「三眠蚕（さんみんさん）」の糸を用い、髪の毛のおよそ6分の1という極細糸を開発した。ピンと張っていなければ、指先ですくっても感触がないほど繊細。当初は糸切れの連続だったが、試行錯誤しながら織機（おりき）を改良。2年以上を費やして、量産化にこぎつけた。</p>



<p>「フェアリー・フェザー」と名付けられた商品の一般販売がスタートしたのは、東日本大震災からちょうど１年後のことだ。テレビで特集されるや、メールはパンク状態に。電話の問い合わせは、1日でファイル2冊分にもなった。同年、<span class="swl-marker mark_yellow">ものづくり日本大賞やグッドデザイン賞を受賞。ヨーロッパの有名ブランドにも続々採用され、店頭に自社製品が並んだ時は喜びが込み上げたと語る齋藤さん。今後は、家庭で洗えてシワになりにくく、ストレッチ性のあるシルク100％の素材を開発したいと意欲を見せる。</span></p>



<p>そうした新たなものづくりの姿勢を称賛する一方で、和装の文化もぜひ残してもらいたいと中田さんは期待を寄せる。<br>「以前、女性は友禅、男性は袴（はかま）をドレスコードに、イベントを開催したのですが、参加者には非常に好評でした。このイベントへの参加をきっかけに着物をあつらえる方も多く、僕も年に1枚は買うようになりました。ものづくりだけでなく、機会をつくること。産地でもバランスよく取り組んで行くことが今後は、大事なのではないかと思います」</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201901_3.jpg" alt="" class="wp-image-25877" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201901_3.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201901_3-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201901_4.jpg" alt="" class="wp-image-25878" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201901_4.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201901_4-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/25873/">世界一薄い絹織物“フェアリー·フェザー”を生み出した「齋栄織物」／福島県川俣町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>100年後も色あせないお菓子を作る「向山製作所」／福島県大玉村</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 09 Jan 2020 01:57:19 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima7main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>100年後も色あせない、福島が誇るお菓子へ ほどけるような口溶けと優しい風味の心地良い余韻——。福島発の生キャラメルが、パリで行われた世界最大級のチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」を席巻した。開発したのは福島県 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/25848/">100年後も色あせないお菓子を作る「向山製作所」／福島県大玉村</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima7main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">100年後も色あせない、福島が誇るお菓子へ</h2>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">ほどけるような口溶けと優しい風味の心地良い余韻——。福島発の生キャラメルが、パリで行われた世界最大級のチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」を席巻した。<br></span>開発したのは福島県大玉村（おおたまむら）に本社を置く電子部品メーカー、<a href="http://www.mukaiyama-ss.co.jp/">向山製作所</a>（むかいやませいさくしょ）。<span class="swl-marker mark_yellow">震災と風評を乗り越えてきた「奇跡のキャラメル」発祥の地を訪ねた。</span></p>



<p>お菓子好きとしても知られ、数々の商品開発や監修を手がけている中田英寿さん。向山製作所の存在も以前から知っていたと聞き、織田金也（おだ・きんや）社長は「うれしいなぁ」と笑った。<br>本業は、精密機器の部品加工。創業以来、幾度も好不況の波を乗り越えてきたが、2008年にはリーマン・ショックの影響で、仕事の8割を失った。自分たちの力で何かしなくては……。考えた末にひらめいたのは、給湯室にある業務用のガス台を生かし、スイーツ事業を始めることだった。</p>



<p>もともと料理好きで、フード事業に興味のあった社長。反対する社員らを説得し、栄養士の資格を持つ女性社員と、ゼロからレシピづくりに取り組んだ。<span class="swl-marker mark_yellow">お菓子作りではプロに到底及ばない。代わりに温度や時間や重さなど、細かなデータを測定。電卓をたたきながら、1年をかけて生キャラメルのレシピを作り上げた。<br></span>そして暗中模索で始まった販売網の開拓。まずは週末に高速道路のサービスエリアで販売を始めた。すると直売の話を持ちかけられた。やがて百貨店の催事に呼ばれ、都内でも評判に。遂には大手航空会社の国際線ファーストクラスで、お茶うけに採用したいと声がかかった。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201811_1.jpg" alt="" class="wp-image-25849" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201811_1.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201811_1-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201811_2.jpg" alt="" class="wp-image-25850" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201811_2.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201811_2-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">フランスでお菓子作りの決意</h2>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">2011年3月1日。向山製作所の夢を乗せた最初の飛行機が飛び立った。だが、10日後に起きた東日本大震災で状況は一変。物流がまひし、さらに県産の乳製品に出荷制限がかかる。<br>断腸の思いで、全国からの原料調達を決断。震災の２カ月後、東京の百貨店で販売を再開した。<br></span>人々の反応は、あたたかいものばかりではなかった。いわれのない風評、胸をえぐられるような暴言に耐える日々が続いた。膨らむ赤字に、「撤退」の二文字が日に日に現実味を帯びた。実は「サロン・デュ・ショコラ」に出展した本当の目的は、諦める理由をつくることだったと明かす。</p>



<p>「自分を信じて社員はついて来てくれた。やめるにしても、力は尽くしたと胸を張りたかったんです」<br>けれど予想に反して、向山製作所はフランスの人々から万雷の拍手で迎えられる。<br><span class="swl-marker mark_yellow">「フランスは自信を取り戻させてくれた場所。感謝しかありません」<br>パリでの成果が日本に伝わると、徐々に売り上げも回復。近年は、順調に業績を伸ばしている。</span></p>



<p>「材料調達の範囲を全国に広げたことが結果として、新たな可能性を広げてくれたのでしょうか？」という中田さんの質問に、そうした側面もあると認めつつ、織田社長は福島の味への強い思いを口にする。<br>「震災の影響で生産が困難になったものもありますが、安全を確保し、再開したものや、新たに生まれたものもあります。それらでオール福島産のお菓子を復活させる。それが社員皆の願いでもあるんです」</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201811_3.jpg" alt="" class="wp-image-25851" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201811_3.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201811_3-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201811_4.jpg" alt="" class="wp-image-25852" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201811_4.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/01/fukushima201811_4-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/25848/">100年後も色あせないお菓子を作る「向山製作所」／福島県大玉村</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>見渡す限りの桜の里「いわき万本桜プロジェクト」志賀忠重さん／福島県いわき市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 20 Dec 2019 09:47:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima6main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>見渡す限りの桜の里へ　250年のプロジェクト 故郷の里山を9万9千本の桜でいっぱいにして、子どもたちに残そう——。いわき市で今、とてつもなく壮大な計画が進められている。その名も「いわき万本桜（まんぼんざくら）プロジェクト [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/25827/">見渡す限りの桜の里「いわき万本桜プロジェクト」志賀忠重さん／福島県いわき市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima6main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">見渡す限りの桜の里へ　250年のプロジェクト</h2>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">故郷の里山を9万9千本の桜でいっぱいにして、子どもたちに残そう——。いわき市で今、とてつもなく壮大な計画が進められている。</span>その名も「<a href="https://www.mansaku99.com/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">いわき万本桜（まんぼんざくら）プロジェクト</a>」。世界で活躍するアーティストも名を連ねるプロジェクトの舞台を訪ねた。</p>



<p>いわきの人々の切なる思いが集まり、「いわき万本桜プロジェクト」がスタートしたのは、東日本大震災から2カ月後のことだった。活動の中心を担うのは、志賀忠重（しが・ただしげ）さん。今年、開高健ノンフィクション賞を受賞した川内有緒（かわうち・ありお）さんの「空をゆく巨人」のなかに、「いわきのすごいおっちゃん」として登場する人物だ。</p>



<p>目指す場所は、田んぼを見下ろす高台にあった。そこから先にはまるで龍のように、全長約160メートルの木の回廊が上へ上へと伸びている。入口の看板には「いわき回廊美術館」の文字。壁の展示物に見入っていた中田英寿さんが、1枚の写真の前で足を止めた。<br>「これも蔡（さい）さんの作品ですか？」志賀さんが、ええ、とうなづく。<br>「『いわきからの贈り物』という、世界各地で展示された作品です。展覧会の度に、私らいわきチームも現地に行って組み立てを手伝うんです。蔡さんは、一緒に遊びたいだけかもしれないけれどね」<br>いたずらっぽく笑うと、志賀さんは盟友・蔡國強（さい・こっきょう）さんと、ここに美術館をつくった経緯を話してくれた。</p>



<p>中国・福建（ふっけん）省出身の現代美術家、蔡國強。いわきを第二のふるさとと語り、現在はニューヨークを拠点に世界中で創作活動を続けている。今から30年前。筑波大学の留学生で、駆け出しのアーティストだった蔡さんは、いわきの画廊で個展を開くチャンスを得た。その時、志賀さんが絵を購入したのをきっかけに、ふたりは友人になる。そして、その友情は、蔡さんが世界に羽ばたいた後も続いた。<br>7年前の震災の時、蔡さんはすぐさま、いわきに駆けつけた。「万本桜プロジェクト」の話を聞き、美術館をつくろうと提案してくれた。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201810_1.jpg" alt="" class="wp-image-25828" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201810_1.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201810_1-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201810_2.jpg" alt="" class="wp-image-25829" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201810_2.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201810_2-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">未来の桜景色を描いていく</h2>



<p>「桜を植樹するには、元々ある木を伐採する必要があるんです。震災前は、間伐材が一反歩あたり5〜6万円で売れたんですが、震災後は、値崩れしてしまって。赤字だよと言ったら、それならその木材で建てましょうと。手入れも楽だからということで、回廊形式になりました」<br>蔡さんのスケッチをもとに、総勢400人の有志が、半年かけて建設。現在、敷地内には、4つの蔡作品が展示され、周囲には、志賀さんらボランティアが自作した屋外ステージやツリーハウス、ブランコなどが点在。現在も、カフェスペースや、図書室などを建て増し中だという。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">桜は年間400〜500本を植樹しており、現在までに4000本を数える。とはいえ、まだ目標の25分の１。このペースでは、約200〜250年はかかるでしょうねと志賀さんは笑う。<br></span>「将来的にはね。目の前の田んぼを取り囲むように、桜でいっぱいにしたいと思っているんです」<br>志賀さんの指差す先を見て、「最高の景色ですね」と中田さんが言う。<br>「ずっと進化し続ける美術館というのも面白いですし、多くの人の思いが詰まった場所だけに、もっとたくさんの人に知ってもらえる仕組みを考えてみるのはどうでしょう？」<br>「田んぼが美しい場所だから、秋の収穫祭を開催したらどうでしょうか」<br>囲炉裏（いろり）を囲んで、ふたりの作戦会議は日が暮れるまで続いた。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201810_3.jpg" alt="" class="wp-image-25830" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201810_3.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201810_3-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201810_5.jpg" alt="" class="wp-image-25832" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201810_5.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201810_5-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">参考リンク</h3>



<p>●いわき回廊美術館<br>福島県いわき市平中神谷地曾作7</p>



<p>●いわき万本桜プロジェクト<br><a href="https://www.mansaku99.com/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">https://www.mansaku99.com/home</a></p>



<p>●いわき万本桜info（X：旧twitter）<br><a href="https://twitter.com/99000_sakura" target="_blank" rel="noreferrer noopener">https://twitter.com/99000_sakura</a></p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201810_6.jpg" alt="" class="wp-image-25833" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201810_6.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201810_6-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/25827/">見渡す限りの桜の里「いわき万本桜プロジェクト」志賀忠重さん／福島県いわき市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>９年連続金賞を受賞する「天栄米栽培研究会」／福島県天栄村</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 20 Dec 2019 02:20:27 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima5main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>天栄米を名乗れる米は、収穫量のわずか２割 福島県の中央部、岩瀬郡天栄村（いわせぐん・てんえいむら）。米の産地として知られる場所だ。10年前、米農家の有志が集まり、天栄米栽培研究会を発足。米の味と品質の向上を目指して、特別 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/25814/">９年連続金賞を受賞する「天栄米栽培研究会」／福島県天栄村</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima5main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">天栄米を名乗れる米は、収穫量のわずか２割</h2>



<p>福島県の中央部、岩瀬郡天栄村（いわせぐん・てんえいむら）。米の産地として知られる場所だ。10年前、米農家の有志が集まり、<a href="https://www.vill.tenei.fukushima.jp/soshiki/6/teneimai.html" target="_blank" rel="noreferrer noopener">天栄米栽培研究会</a>を発足。米の味と品質の向上を目指して、特別栽培や有機栽培での米づくりに取り組んできた。<span class="swl-marker mark_yellow">米の味を競う「米・食味分析鑑定コンクール国際大会（※）」では、全国で唯一9年連続金賞受賞という記録を誇る。</span><br>（※）平成12年より開催されている、米・食味鑑定士協会が主催する新米の食味鑑定コンクール。第10回より国際コンクールとなり、国内外から高い評価を認められている。</p>



<p>初秋、実りの時を迎えた天栄村を、中田英寿さんが訪ねた。天栄米栽培研究会の会長、斑目義雄（まだらめ・よしお）さんの案内で、自慢の田んぼを見学させてもらう。「これはコシヒカリでしょうか。収穫量はどのぐらいですか？」このあたりは一反につき８〜10俵が相場と聞き、質問を続ける。「無農薬栽培だともう少し減りますよね。6俵ぐらいでしょうか」よくご存知ですねと目を丸くする斑目さんに、中田さんは笑顔を向ける。「以前からお米が大好きで、今では”きき米”をするほど色々と勉強したんです」私ら農家よりも、詳しいんじゃないか——。研究会メンバーからの声に、場の空気が一気に和んだ。天栄米栽培研究会の発足は平成20年。米の流通の自由化がそもそものきっかけだったと斑目さんが明かす。</p>



<p>「米価の下落に危機感を抱いた農家が集まり、生き残りを賭けて、日本一おいしい米を作ろうと考えたのが始まりでした」以来、試行錯誤しながら特別栽培、有機栽培での米づくりに取り組んできた。なかでも<span class="swl-marker mark_yellow">看板米の「漢方環境農法天栄米」は、漢方を有機肥料として用い、雑草対策として紙マルチ田植機を採用。農薬、化学肥料、除草剤は一切使わず、手間をかけて、じっくり栽培していると斑目さんは胸を張る。</span>「無農薬栽培での米づくりは、かかる手間は倍以上。収穫は６割程度にしかなりません。それでも、食べれば違いは歴然。手をかけるだけの価値はあると思っています」</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima20180-9_1.jpg" alt="" class="wp-image-25815" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima20180-9_1.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima20180-9_1-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima20180-9_3.jpg" alt="" class="wp-image-25817" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima20180-9_3.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima20180-9_3-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">福島の米農家代表として、２年ぶりの金賞へ</h2>



<p>一方で、その価値を広く認められるためには、第三者による評価を積み重ねる必要がある。そうした考えから研究会では、<span class="swl-marker mark_yellow">世界最大のお米のコンペティション「米・食味分析鑑定コンクール国際大会」に出品を続けてきた。結果は、９年連続の金賞受賞。この記録こそ、他でもない天栄米が世界一の米と呼ばれる所以でもある。</span></p>



<p>東日本大震災の後は風評に苦しみ、農業を諦めかけた時もあった。それでも、できる限りの力を尽くそうと、ゼオライトを用いた土の除染や水の浄化に取り組んだ。努力が実を結び、秋に収穫した米は放射性物質、未検出。コンクールでは、連続金賞の記録を伸ばした。だが、10年連続金賞がかかっていた昨年は、長雨による日照不足が影響。金賞にはわずかに及ばず、特別優秀賞を受賞。<br><br>連続記録はついえてしまったが、今年は何としても10回目の金賞を手にしたい。福島県の農産物のイメージアップのためにも——。前を向く天栄村の人々を応援しようと、中田さんもアイデアを絞る。<br>「10個目の金賞を獲得したら、パッケージも、星を並べたデザインに変更したらどうでしょう」<br>コンクールの結果が出るのは11月末。運命の日は、刻一刻と近づいている。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima20180-9_2.jpg" alt="" class="wp-image-25816" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima20180-9_2.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima20180-9_2-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201809_4.jpg" alt="" class="wp-image-25818" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201809_4.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201809_4-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/25814/">９年連続金賞を受賞する「天栄米栽培研究会」／福島県天栄村</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>国指定重要文化財「円通三匝堂」さざえ堂／福島県会津若松市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 13 Dec 2019 01:23:16 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201808_2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>独創的で摩訶不思議、会津さざえ堂の謎に迫る 会津若松市、飯盛山（いいもりやま）の中腹に建つ、国指定重要文化財「円通三匝堂（えんつうさんそうどう）」（重要文化財指定名称は「旧正宗寺三匝堂」）。会津さざえ堂の名で親しまれる、 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201808_2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">独創的で摩訶不思議、会津さざえ堂の謎に迫る</h2>



<p>会津若松市、飯盛山（いいもりやま）の中腹に建つ、国指定重要文化財「<a href="https://www.aizukanko.com/spot/138" target="_blank" rel="noreferrer noopener">円通三匝堂</a>（えんつうさんそうどう）」（重要文化財指定名称は「旧正宗寺三匝堂」）。会津さざえ堂の名で親しまれる、高さ16.5m、六角三層の木造建築のお堂だ。寛政8（1796）年、かつてこの場所にあった正宗寺（しょうそうじ）が、西国三十三観音を祀（まつ）る観音堂として建立したもの。お堂を一巡すれば、西国巡礼に等しいご利益があると信じられていたという。<br>※西国三十三観音：近畿地方と岐阜県に点在する33カ所の観音信仰の霊場の総称。日本で最も歴史がある巡礼行といわれ、西国三十三所の観音菩薩（ぼさつ）を巡礼参拝すると、現世で犯したあらゆる罪業が消滅し、極楽往生できるとされる。</p>



<p>中田英寿さんが会津さざえ堂を初めて訪れたのは、6年ほど前のこと。その独特の建築様式と、時を忘れたようなたたずまいが強く印象に残ったと振り返る。<br>「一方通行で建物内をくまなく見られるというのは、改めてすごい構造ですね」<br>会津さざえ堂の当主、飯盛正徳（いいもり・まさのり）さんが、中田さんの言葉にうなずきながら、その成り立ちについて話してくれる。</p>



<p>そもそも、さざえ堂と呼ばれる仏堂は数多く存在し、その始まりは、享保13（1728）年、江戸本所五ツ目（現在の東京都江東区大島）にあった羅漢寺と言われている。以降、江戸時代後期に関東以北を中心に建立されたが、現存するものは数えるほどだという。<span class="swl-marker mark_yellow">堂内は右回りに3周する螺旋（らせん）構造の通路が特徴。<br>だが、会津さざえ堂の建築様式は他のそれとは大きく異なる。六角形の外観も独特なら、極めて特異なのは、上りと下りの参拝者がすれ違わずに通行できる、二重螺旋構造の通路。日本建築で二重螺旋構造を採用しているのは、会津さざえ堂のほかにない</span>と聞いて、中田さんが疑問をぶつける。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201808_1.jpg" alt="" class="wp-image-25804" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201808_1.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201808_1-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201808_2.jpg" alt="" class="wp-image-25805" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201808_2.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201808_2-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">さざえ堂の構造はどこから着想を得たのか</h2>



<p>正確なところはわかっていないと前置きした上で、飯盛さんが二つの仮説を話してくれた。<br><span class="swl-marker mark_yellow">飯盛家では代々、会津さざえ堂を考案した郁堂（いくどう）和尚が、二重こよりの夢を見て、そこから着想を得たと信じられてきたこと。一方で、レオナルド・ダ・ヴィンチが設計に関わったとされる、フランス・シャンボール城の二重螺旋階段がヒントになったと考える説も存在すると続ける。<br></span>「享保5（1720）年の洋書解禁により、秋田藩に伝わったシャンボール城のスケッチ画を、郁堂和尚も目にしたのではないか。そう推論される専門家の方もいらっしゃいます」</p>



<p>右回りの通路を上りきり、頂上の太鼓橋を渡ると、動線は左回りに反転。出口をくぐると、いつの間にか建物の裏側に回り込んでいる。不思議そうに首をひねる参拝者の様子を見守りながら、はじめは皆さん戸惑われるんですと笑う飯盛さん。飯盛山全域が正宗寺の境内であった江戸時代には、春は花見、夏には山遊び、またさざえ堂の参拝や、共同墓地の墓参りというように、飯盛山は人々にとって憩いの場であると同時に、信仰の対象でもあったと教えてくれる。<br>「飯盛山というと多くの方は幕末、戊辰（ぼしん）戦争を連想されると思いますが、実はこの場所は、4世紀に築かれた前方後円墳の遺跡でもあるんです」<br>歴史の話に花が咲くなかで、隣の会津美里町（あいづみさとまち）にも、左下り（さくだり）観音という素晴らしい史跡があると聞き、目を輝かせる中田さん。少々アクセスは不便だと言われても、ひるむ様子はない。<br>「多少、アクセスが悪い場所の方が普段行かない分、意外な発見があることも多いですからね。やっぱり旅の醍醐味（だいごみ）は、新しいものの発見ですから」。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201808_3.jpg" alt="" class="wp-image-25806" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201808_3.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201808_3-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201808_4.jpg" alt="" class="wp-image-25807" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201808_4.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/12/fukushima201808_4-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/25800/">国指定重要文化財「円通三匝堂」さざえ堂／福島県会津若松市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>福島の人と自然が育んだ「極上の桃」桃農家·南祐宏さん／福島県桑折町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 30 Oct 2019 07:57:10 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/10/fukushima201807.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福島の人と自然が育んだ、極上の桃を求めて 全国有数のフルーツ王国として知られる福島県。なかでも、福島を代表する果物といえば「桃」だろう。産地では福島市、伊達市などが有名だが、今回、中田英寿さんが向かったのは、伊達郡桑折町 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/25783/">福島の人と自然が育んだ「極上の桃」桃農家·南祐宏さん／福島県桑折町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/10/fukushima201807.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">福島の人と自然が育んだ、極上の桃を求めて</h2>



<p>全国有数のフルーツ王国として知られる福島県。なかでも、福島を代表する果物といえば「桃」だろう。産地では福島市、伊達市などが有名だが、今回、中田英寿さんが向かったのは、伊達郡桑折町（こおりまち）。町産の桃は、25年連続で皇室献上品に選ばれている。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">阿武隈（あぶくま）川沿いに延々と広がる桃畑。通称「ピーチロード」と呼ばれる</span>一角にある南祐宏（みなみ・まさひろ）さんの農園では、「たまき」「日川白鳳（ひかわはくほう）」など6～7月上旬の早い時期に実る桃が収穫の時を迎えていた。<br>これまで何度も福島を訪れている中田英寿さんだが、福島が桃の収穫・出荷量全国2位（農林水産省 大臣官房統計部 平成30年1月23日公表から）ということに驚く。<br>「なぜ、桃の栽培がこれほど盛んになったんですか？」<br>戦後、養蚕（ようさん）業の衰退に伴い、多くの農家が果樹栽培へ転業した。とりわけ阿武隈川流域は、豊かな土壌と盆地特有の気候が桃の栽培に適していたのだと、南さんが歴史的背景を教えてくれる。<br>「私のところも祖父の代から桃の栽培を始め、60年になります」<br>南さんの農園では16種類、約500本の桃の木を栽培している。6月末～9月までさまざまな品種が採れるが、主力品種は、福島を代表する銘柄「あかつき」だ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/10/fukushima201807_1.jpg" alt="" class="wp-image-25787" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/10/fukushima201807_1.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/10/fukushima201807_1-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">ブランド桃「あかつき」名前の由来は神社</h2>



<p>福島市・<a href="https://www.shinobuyama.com/spot/97.html" target="_blank" rel="noreferrer noopener">信夫山羽黒神社</a>（しのぶやまはぐろじんじゃ）の祭り「信夫三山暁（しのぶさんざんあかつき）まいり」の名に由来する「あかつき」は、昭和54年に品種登録された、例年8月上旬～中旬（気候によって変動。今年は7月末～8月上旬が見込まれている）が収穫時期の桃だ。小玉品種だったことから、全国的にはあまり栽培されなかったのだが、福島の生産者たちは、その味わいの良さに着目。栽培方法を工夫して実を大きくし、果肉が緻密（ちみつ）で甘みの強い、極上のブランド桃に育て上げた。<br>「生産者からすると、栽培しやすい桃でもある。実がずっしり豊満で、見栄えも良いので、贈答用としても人気の品種です」（南さん）<br><span class="swl-marker mark_yellow">桑折町産の桃は25年連続で皇室献上品に選ばれている。献上桃となるのは糖度、硬さ、大きさ、色づきの基準から選別された特秀ランクの「あかつき」のみ。各農園からえりすぐりの桃が集められ、さらにそこから最高峰の桃を選び出すのだという。<br></span>話を聞き、中田さんが身を乗り出す。<br>「南さんの農園では、献上桃と同グレードの桃はどのぐらい収穫できるんですか？」<br>「約300個、収穫量の2〜3％でしょうか」<br>と南さん。いまは桃づくりが楽しい——。そう言って、震災後の暮らしぶりをとつとつと話してくれた。</p>


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<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/10/fukushima201807_2.jpg" alt="" class="wp-image-25789" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/10/fukushima201807_2.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/10/fukushima201807_2-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">震災からの復興</h3>



<p>原発事故の風評で、県内の桃は販売量、価格ともに大きく落ち込んだこと。丹精込めた桃を安心して食べてもらいたい一心で、<span class="swl-marker mark_yellow">桃の木1本、1本の除染を徹底したこと。除染で弱ってしまった木を植え替えながら、黙々と桃を育て続けたこと。震災から7年を過ぎたいま、販売価格も以前の水準まで回復。アジアなど海外への輸出も伸び、励みになっている</span>と南さんは言う。「食の安全・安心に対する我々、生産者の取り組みが評価頂けている結果でもある。おいしいというお声を頂くたびに、報われたような気持ちになるんです」<br>照れたように笑う南さんに、「あかつき」を食べられるのを楽しみにしていますと力強く告げると、中田さんは笑顔で農園を後にした。</p>


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<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/10/fukushima201807_3.jpg" alt="" class="wp-image-25790" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/10/fukushima201807_3.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2019/10/fukushima201807_3-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/25783/">福島の人と自然が育んだ「極上の桃」桃農家·南祐宏さん／福島県桑折町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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