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	<title>お茶 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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		<title>沖縄県民に愛され続ける「さんぴん茶」を展開する沖縄ポッカコーポレーション／沖縄県那覇市</title>
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		<pubDate>Fri, 25 Jul 2025 08:21:39 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/sanpincha-031.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「さんぴん茶」を知っていますか？琉球王国時代から今日まで日常的に飲まれている、沖縄県民にとって一番身近なお茶。今から遡ること500年ほど前に、沖縄でさんぴん茶が飲まれるようになった経緯とは。そして、沖縄ポッカコーポレーシ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/sanpincha-031.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「さんぴん茶」を知っていますか？琉球王国時代から今日まで日常的に飲まれている、沖縄県民にとって一番身近なお茶。今から遡ること500年ほど前に、沖縄でさんぴん茶が飲まれるようになった経緯とは。そして、沖縄ポッカコーポレーションの「元祖 沖縄ポッカ さんぴん茶」のおいしさの秘密は。</p>



<h2 class="wp-block-heading">沖縄に根付くさんぴん茶文化</h2>



<p>「さんぴん茶」と聞いて、なんのお茶かわかる人はどれくらいいるだろう。沖縄本島から離島まで、沖縄県民にとってなじみ深いお茶であるさんぴん茶。沖縄では、本土のように緑茶を日常的に飲む習慣はなく、もうずっと昔からさんぴん茶が各家庭で飲まれていた。</p>



<p>さんぴんとはずばり、ジャスミンのこと。熱帯や亜熱帯地域に育つ、白くて可憐な花を持つジャスミン。その花の香り豊かな、さっぱりとしてほのかに苦味の効いたお茶だ。実は知らない人も多いが、ジャスミン茶とさんぴん茶は飲み物としては同じもので、ただ名前が違うもの。</p>



<p>遡ること、1429年から約450年間、沖縄は琉球王国というひとつの国だった。さんぴん茶は、その時に交易の盛んだった中国から、琉球貿易という会社が琉球政府に持ち返ってきたことが、琉球でも広まったきっかけだといわれている。</p>



<p>中国では、古来から現在までジャスミンの栽培が広く行われ、国内で最も大量に生産されるお茶のひとつ。中国ではジャスミンは、茉莉花（マツリカ）ともいうけれど、香片（シャンピン）といわれることの方が多く、それが琉球に渡り「さんぴん」という発音で定着し、以後さんぴん茶として親しまれているのだとか。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/sanpincha-001.jpg" alt="" class="wp-image-52995" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/sanpincha-001.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/sanpincha-001-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/sanpincha-001-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>沖縄ポッカコーポレーションは、お茶やコーヒー、ジュースなどの飲料やインスタント食品などの卸、販売をしている。最初にさんぴん茶を缶に詰めて販売した沖縄ポッカコーポレーションは、1989年に、名古屋に本社のあるポッカコーポレーション（現ポッカサッポロ フード＆ビバレッジ）の沖縄営業所を設け、駐在員がひとり赴いたことからスタートした。</p>



<p>沖縄県でもポッカコーポレーションの製品を展開させるべく、沖縄本島北部に工場を構え、ポッカコーポレーションの主力商品のひとつである缶コーヒーなどの飲料が製造されることが決まっていた。けれど、何か沖縄らしい商品を作れないかと思案。「沖縄にはさんぴん茶があるじゃないか」と、さんぴん茶を缶に入れた商品として販売することを決めた。</p>



<p>当時県内では、中国から輸入されたさんぴん茶葉が広く市販され、それぞれの家庭や職場では、急須で淹れて飲まれていた。畑仕事に出かける時には、やかんいっぱいに沸かしたさんぴん茶を入れて持っていくという文化が根付いていた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「売れないよ」という忠告の多かった缶入りさんぴん茶</h3>



<p>それをわざわざ缶に入れて冷やして、お金を出してまで買ってくれるのか。地元の人たちは「そんなの買う人いない」「売れないよ」という反応がほとんどだった。日本初の缶入りさんぴん茶の誕生となったけれど、予想通り最初はまったく売れず、いろいろな場所で試飲を行って少しずつ浸透させていった。</p>



<p>那覇空港で客待ちをしているタクシーの運転手さんたちに無償で配って飲んでもらったりもしていたのだという。そういった地道な宣伝活動の甲斐あって、おいしさや手軽さが認められ、徐々に手に取る人が増えていった。そうして、本当に売れるようになったのは1993年の発売から5年経ってからだった。</p>



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<p>1994年からはテレビCMの放送も開始し、人気が加速。缶に続き、ペットボトル入りのさんぴん茶も誕生した。</p>



<p>現在も、沖縄県内のスーパーではさんぴん茶葉が販売されているけれど、急須で淹れて飲んでいる家庭はかなり少なくなっていると考えられる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">中国伝統の工程で製造される特級の茶葉</h2>



<p>さんぴん茶のベースには緑茶の茶葉を用いている。茶葉を発酵させる際に発酵を半ばで止め、そこに、ジャスミンの花で香りづけしたものがさんぴん茶だ。ウーロン茶などと同じで、半発酵茶に分類される。</p>



<p>中国の伝統的なさんぴん茶葉の製造方法で、半発酵させた緑茶葉に、フレッシュなジャスミンの花を混ぜ合わせて香りを移す。一度花を取りのぞいて、また新しい花を入れて香りをつける。この香りづけの回数が多いほど、香り高いさんぴん茶葉になる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/sanpincha-013.jpg" alt="" class="wp-image-52997" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/sanpincha-013.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/sanpincha-013-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/sanpincha-013-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>営業部販売課課長の大嵩利典さんが「しっかりとした渋みがポッカのさんぴん茶の鍵」というように、さんぴん茶のおいしさで大事なのが、ジャスミンの香りと少しの苦味。ただすっきりさっぱりしているだけではなく、苦味も兼ね備えることで深い味わいを作っている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/sanpincha-051.jpg" alt="" class="wp-image-52998" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/sanpincha-051.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/sanpincha-051-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/sanpincha-051-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>代表取締役社長（取材当時）の北村嘉洋さんは「安売りはせずに、長年に渡り県民に愛される味をしっかり守っていく」と語る。</p>



<p>現在、たくさんの会社から商品として出されているさんぴん茶だけれど、商標登録をしている会社はない。沖縄ポッカコーポレーションでも、さんぴん茶缶を発売した頃に登録をするかどうかの話があがったけれど、さんぴん茶も、緑茶やウーロン茶と同じ一般名詞だということであえてとらなかったのだそう。</p>



<p>その後に本土の会社がさんぴん茶の名称で申請し、商標登録された事例があったのだけれど、沖縄の歴史文化の尊厳を守ろうと、沖縄県と沖縄県茶業組合とで特許庁に異議申し立てをして、登録を取り消してもらったという出来事もあったのだそう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">これからも販売するのは沖縄県内のみ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/sanpincha-030.jpg" alt="" class="wp-image-52999" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/sanpincha-030.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/sanpincha-030-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/sanpincha-030-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>沖縄ポッカコーポレーションでは、沖縄県外ではさんぴん茶を常設販売していないのだそう。そして、今後も県外進出する予定はないという潔さだ。</p>



<p>というのも、「さんぴん茶＝沖縄」というイメージは全国的にある程度定着し、観光土産として手に取ってもらえる機会も増えてはきたが、購買比率を見ると圧倒的に沖縄県民が日常的に購入する割合が高い。</p>



<p>であれば、無理に販路を拡大するのではなく、沖縄県民に愛される味を追求していくことに注力したいという考え方。</p>



<p>加えて、小さな離島など、県内でもまだまだ届けられていない場所もあるので、売り場を増やし県内くまなく行き届かせることが目下の目標だそうだ。</p>



<p>沖縄で長きに渡り揺るぎない支持を受ける沖縄ポッカコーポレーションのさんぴん茶は、愛され続けるそのおいしさを守り、これからもずっと県民に親しまれるお茶であり続けるよう歩み続けていく。</p>



<p>流行り廃りが目まぐるしく、次々と新しい商品が生み出される現代に於いて、不易流行を貫くさんぴん茶。普遍的だからこそ、沖縄県民から受け入れられ、ごく当たり前のように生活の一部として溶け込んでいるのだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52990/">沖縄県民に愛され続ける「さんぴん茶」を展開する沖縄ポッカコーポレーション／沖縄県那覇市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>有機栽培の畑で、厳冬を乗り越えて生まれた甘さが特徴の国産紅茶「陣構茶生産組合」／鳥取県大山町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 11 Mar 2025 04:43:58 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2130.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>お茶どころとして有名ではない鳥取県で、美味しい紅茶を作り出す茶園がある。「陣構（じんがまえ）茶生産組合」だ。冬には積雪もあり、雪をかぶってもなお力強く成長するお茶は、甘いと評判。さらに、農薬や有機肥料の使用を控え、自然栽 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2130.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>お茶どころとして有名ではない鳥取県で、美味しい紅茶を作り出す茶園がある。「陣構（じんがまえ）茶生産組合」だ。冬には積雪もあり、雪をかぶってもなお力強く成長するお茶は、甘いと評判。さらに、農薬や有機肥料の使用を控え、自然栽培で育てる紅茶は、鳥取県の「地紅茶（じこうちゃ）」として近年話題を集めている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">大山の麓にある陣構地区</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2135.jpg" alt="" class="wp-image-52503" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2135.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2135-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2135-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>鳥取県西部に位置する大山町（だいせんちょう）。その中央に位置するのが陣構（じんがまえ）地区だ。西暦1333年、伯耆国（ほうきこく）の武将が後醍醐天皇を守る際、この地に陣を構えたことがその名の由来となっている。北には日本海、南には中国地方最高峰の山「大山」が迫り、日中の寒暖差も大きい。また、大山の火山灰が積み重なってできた黒ボク土は水はけに優れ、茶の栽培に適した酸性土壌でもある。</p>



<p>そんな陣構地区でお茶を栽培し、注目を集めている人がいる。「陣構茶生産組合」の橋井さんと平沢さんだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">陣構茶生産組合のお茶づくりの歴史</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2137.jpg" alt="" class="wp-image-52504" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2137.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2137-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2137-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>鳥取県内で見ても、茶農家は数軒しかなく、そのほとんどが緑茶や煎茶に使用する品種の栽培を行っている。日本国内では静岡県や鹿児島県など、温暖な気候に恵まれた場所で栽培するイメージの強いお茶だが、隣町でお茶を作っていた人に触発され、陣構地区でも作り始めたという。</p>



<p>「昭和40年代頃から茶の栽培があったようです。当時はもっと多くの茶農家がいて、みんなで組合を作って栽培しようということになり、昭和53年に加工場を作ったのが始まりでした。今は3ヘクタールの茶畑を管理していて、組合員は自分のほかに2名しかいません」。</p>



<p>大規模農家ではないため、茶畑の管理は難しく、収量にも限界がある。また、知名度の低い鳥取県のお茶を広めるためには差別化が必要だと考えた。そこで、20年ほど前から農薬や化学肥料を使わない有機栽培を採用。3年以上農薬や化学肥料を使用していない畑でしか認証されない国家規格「有機JAS」認証も取得し、オーガニックの茶畑として商品を届けるようになっていった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">紅茶づくりとの出会い</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2181.jpg" alt="" class="wp-image-52505" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2181.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2181-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2181-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな陣構茶生産組合では、もともとは紅茶の製造をしていなかったのだが、ある人からの助言を機に紅茶の製造の可能性と出会う。それは、鳥取の紅茶好きの方が集まり1993年に活動を開始した「紅茶の会」の会長の藤原一輝さんからの一言だった。「普通の茶葉でも紅茶はできるから、作ってみれば？」</p>



<p>実は、緑茶、ほうじ茶、ウーロン茶などお茶にはさまざまな種類があるが、それらの違いは栽培している品種によるものではなく、収穫後の加工方法によるものが大きい。</p>



<p>日本で最も多く生産されている緑茶は不発酵茶とも呼ばれ、新茶を摘んだあとは蒸したり炒ったりするなど、火入れを行うのが一般的だ。生の茶葉をそのまま置いておくと、酸化酵素の働きにより発酵が始まってしまうためである。なるべく新鮮な状態で火入れや冷却を繰り返すことで発酵を抑え、揉みながら水分量を下げて乾燥させていくのだ。</p>



<p>対して、紅茶は発酵茶であり、収穫後に蒸さないことが特徴だ。熱を入れずに、まずは水分を飛ばすために「萎凋（いちょう）」と呼ばれる作業を行う。機械などで送風して、葉に含まれている水分量を約半分に抑えるのだ。その後、揉みこむ工程を経て少しずつ酸化発酵を促す。こうすることで、紅茶に含まれるポリフェノールの一種が変化し、紅茶特有の香りを放つようになる。</p>



<p>さらに時間をかけて揉みこみ・発酵をすすめ、ほどよいタイミングで茶葉を乾燥させれば完成だ。</p>



<p>少量生産のため他の茶園との差別化を考えていた橋井さん達は、「うちでも紅茶づくりができるならやってみよう」と、緑茶用に栽培していた品種を活用し、紅茶の製造に乗り出した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">試行錯誤の末、認知度を徐々に獲得</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2187.jpg" alt="" class="wp-image-52506" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2187.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2187-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2187-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>陣構茶生産組合で栽培している品種は「やぶきた」「ほくめい」「おくみどり」。紅茶に適している品種として、「べにひかり」と「くらさわ」も育てている。</p>



<p>特にべにひかりは「紅系」と呼ばれ、紅茶に向いているとされるアッサム系の茶葉がその品種改良の過程で入っている。</p>



<p>紅茶の製造を始めた当初は専用の機械もなく、緑茶用の機械を自分たちでカスタマイズしながら製造方法を調べ、試行錯誤を繰り返した。次第に安定した品質の茶葉をつくれるようになり、有機栽培の国産の紅茶があると話題に。紅茶用の機械も取り入れ、製造の割合を増やしていった。</p>



<p>そうしてできた紅茶は、「とっとり有機紅茶」の名前で道の駅や地元のスーパーなどでも取り扱われるようになった。また、日本経済新聞が2023年に発表した「国産紅茶ランキング」で、全国1,000か所以上で作られている紅茶の中から第9位に選ばれるなど、認知度も高まってきている。</p>



<p>緑茶にも使われるやぶきたを使用したとっとり有機紅茶は、渋みが少なく、ほどよい甘みを感じられると人気を博している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">より安心して飲んでもらえる自然栽培へ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2210.jpg" alt="" class="wp-image-52507" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2210.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2210-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2210-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>また、ここ数年は有機栽培から自然栽培へと切り替えた。獣糞などの自然由来の肥料などを使用する有機栽培に比べ、自然栽培では一切の肥料を使用しない。地力がしっかりしていないと収量が確保できない栽培方法だが、大山の黒ボク土と寒暖差に恵まれ、以前よりも旨味成分が増したという。</p>



<p>雑草を抑えることができないため、草取りに時間はかかるが、「皆さんに安心して飲んでもらえると思うと頑張れます」と、ふたりは笑顔を見せてくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">鳥取から始まった「全国地紅茶サミット」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2197.jpg" alt="" class="wp-image-52508" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2197.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2197-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2197-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>鳥取の地紅茶として知られるようになったきっかけのひとつとして、「全国地紅茶サミット」の影響も大きい。地紅茶とは、地酒や地ビールのように、その土地ならではの素材や特性を生かして生産される紅茶のことだ。</p>



<p>実は、この全国地紅茶サミットは鳥取県から始まった。</p>



<p>明治から昭和にかけて、日本国内では紅茶が生産されており、輸出品でもあった。しかし、その後は外国産の紅茶に太刀打ちできなくなり、日本国内の茶産地から姿を消した。紅茶の会の会長である藤原さんは、「もういっぺん紅茶を日本各地で作ろう」と声をかけ、その勧めで陣構茶生産組合でも紅茶を作り始めたわけだ。</p>



<p>そこで、紅茶をつくっている産地であること、発起人の藤原さんの住む県でもあったことから、第一回目の地紅茶サミットが鳥取県名和町（現：大山町）で開催されることになったのだ。</p>



<p>地紅茶サミットでは、地紅茶の生産者が全国から集まり、紅茶好きと生産者をつなぎ、地域活性化を図っている。全国各地の地紅茶の飲み比べや、紅茶生産地数を記した地紅茶マップの周知などを重ね、数千人もの来場者が訪れるイベントになっていった。陣構茶生産組合の紅茶もサミットへの参加を経て、全国の紅茶ファンに知られることとなった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">陣構でしかできない紅茶を継承したい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2222.jpg" alt="" class="wp-image-52509" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2222.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2222-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/05nkt_2222-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>橋井さんと平沢さん以外の担い手がいない状況から、新しく地紅茶の生産者を募集したところ、地紅茶を広めていきたいと応募してくれた人がいた。大阪からIターンをした北岡さんだ。前職で商社に勤めていたという北岡さんと、自然栽培の紅茶を組み合わせ、今後は海外の品評会への出品や輸出も視野に入れている。</p>



<p>「生産者が減ってきて数えるほどしかいないけど、やっぱり陣構という名前を残したい。細々でも、『ここでしか手に入らない紅茶だ』と認知されるよう、継承していければ。輸出などでより多くの方に知ってもらうきっかけになったら嬉しい」と平沢さん。</p>



<p>小さな茶畑から始まった地紅茶づくり。その美味しさはこれからも多くの人を魅了していくことだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52502/">有機栽培の畑で、厳冬を乗り越えて生まれた甘さが特徴の国産紅茶「陣構茶生産組合」／鳥取県大山町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>日本茶離れを食い止める飽くなき挑戦。「翠茗園 岡本製茶」4代目･岡本広敏さん／愛知県豊橋市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 06 Nov 2024 11:23:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[日本茶]]></category>
		<category><![CDATA[お茶]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[岡本製茶]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1649.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>静岡県との県境にある愛知県豊橋市で約5ヘクタールにわたって緑鮮やかな美しい茶畑が広がる「翠茗園 岡本製茶」。祖父の代でお茶の産地として有名な牧ノ原台地を有する静岡県牧之原市から移住し、土地を開墾。土壌作りなど努力を重ね、 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/50161/">日本茶離れを食い止める飽くなき挑戦。「翠茗園 岡本製茶」4代目･岡本広敏さん／愛知県豊橋市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1649.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>静岡県との県境にある愛知県豊橋市で約5ヘクタールにわたって緑鮮やかな美しい茶畑が広がる「翠茗園 岡本製茶」。祖父の代でお茶の産地として有名な牧ノ原台地を有する静岡県牧之原市から移住し、土地を開墾。土壌作りなど努力を重ね、親子3代で農林水産大臣賞を受賞した。4代目の岡本広敏さんはお茶を楽しむ入口を広げるべく、粉末やティーパックの商品化や、農場を開放するオープンファームにも取り組む。未来を見据える広敏さんが目指すお茶作りを探る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">紅茶の栽培も盛んな愛知県の豊橋茶</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1531.jpg" alt="" class="wp-image-50162" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1531.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1531-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1531-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>愛知県の南東部、静岡県との県境にある豊橋市は、東三河地方の中心都市であり、愛知県内5位の人口を抱えている。西部は三河湾、南部は太平洋と接しており、1年を通して比較的温暖な気候だ。</p>



<p>そんな豊橋市は、全国有数の出荷量を誇るキャベツや全国一の産地を誇る大葉をはじめ、国内でも有数の園芸産地である。その土壌ゆえ、「香りが高い」といわれるのが豊橋茶だ。</p>



<p>起源は明らかになっていないが、戦前は豊橋市の中央部にある高師原地区に数軒の茶農家があったようだ。昭和20年代は戦後の復興とともに紅茶の製造が盛んになったという。その後、煎茶の製造にも取り組むようになり、現在の豊橋茶につながっているそうだ。温暖な地域のため、静岡よりも3〜4日早く収穫期を迎えることも豊橋茶の特徴のひとつだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">静岡県牧之原市から茶園を移し、一から土地を開拓</h3>



<p>広敏さんが営む「翠茗園（すいめいえん） 岡本製茶」は、5つの主要産地のうちの東細谷町にある。自宅を取り囲むように約5ヘクタールの茶畑が広がっており、「大井早生（おおいわせ）」「くりたわせ」「やえほ」「ゆたかみどり」「さえみどり」「つゆひかり」「やぶきた」「めいりょく」「さやまかおり」「やまかい」「おくみどり」と、早生（わせ）から晩生（おくて）まで収穫の時期が異なる複数の品種を栽培している。この理由は3～4日といわれる茶葉の収穫適期に合わせて収穫を行うことで、常に高い品質のお茶を流通させるため。</p>



<p>元は静岡県有数の茶の産地・牧之原台地に茶園を持っていたが、太平洋戦争の影響により2代目が現在の地へ移住。当時、何もなかった土地を開墾し、独特な起伏のある土地に耕した。水はけがよくなるように若干の傾斜をつけ、地上や地中の水を集めて排水路へ流す「暗渠排水（あんきょはいすい）」も設置。そのおかげで水はけに優れた茶園となり、お茶の栽培に適していると言われる柔らかい赤土にも恵まれ、良質な茶葉の栽培が可能となった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">お茶作りは土作りから</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1576.jpg" alt="" class="wp-image-50163" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1576.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1576-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1576-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>4代目である岡本さんは子どもの頃から茶摘みを身近に見て育った。自宅、製茶工場の周りに茶畑が広がる。茶園の管理から製造、パック詰めまで家族経営。自分の作ったものが人を幸せにできる。また、お茶の木を作るところから製造まですべてが自分の責任。夢ややりがいを肌で感じ、後継者になる道を選んだのも自然な流れだった。</p>



<p>「お茶の味や香りは土壌で変わる」と話す岡本さん。お茶の木の根が太く、深くまで伸びるためには土の柔らかさが必要だ。だが機械を使って摘採すると、どうしても土が踏み固められてしまう。そこで岡本さんは二番茶を摘み取ったあと、三番茶の芽が出ても刈って畑へ戻すことにしている。一般的には三番茶として販売できるものだが、有機物をできるだけ土へ与えることで土壌生物を増やし、土壌自体が持つ力を維持させたいと考えているのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">摘採時期をずらすため、複数の品種を栽培</h3>



<p>家族経営ゆえの大変さもある。摘採時期が重なってしまうと手が足らず、ベストな収穫タイミングを逃してしまう場合があることだ。収穫が2〜3日遅れるだけでも茶葉の繊維質が増え、味に大きな違いが出てしまう。5ヘクタールの茶畑を一度に摘採することは難しいため、早生と晩生という摘採時期の異なる品種を植えることで、どのお茶もちょうどいいタイミングで摘採できるよう工夫している。適期で摘採したものは「触り心地が全然違う。ずっと触っていたいぐらい心地いい」そうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">数秒の違いが味に表れる製茶工程</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1604.jpg" alt="" class="wp-image-50164" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1604.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1604-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1604-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>収穫されたお茶は自宅近くにある製茶工場に集約。すぐさま蒸気で蒸され、その後冷却器によって冷やされる。摘採した生葉を放置しておくとすぐに酸化してしまうため、時間との勝負だ。さらに葉の緑を維持しながら青臭さを取り除かなければならず、この蒸し時間の長さで味、香り、水の色が決まるといわれている。数秒の違いが味の違いに表れるため、少しの油断も許されない工程だ。</p>



<p>収穫から製造まですべてを担っている岡本さんは、茶摘み時期の1カ月ほどはつきっきりとなり、寝る暇もない。そんな状況でも「好きでやっている仕事なので、全く苦ではない。納得のいくお茶作りをしたいから」と岡本さんは微笑む。</p>



<h3 class="wp-block-heading">結露と酸化を防ぐため7度で保存</h3>



<p>お茶の販売まで手がけている岡本製茶では、工場内の冷蔵庫で製茶後の商品を保存している。その設定温度は7度。「冷えすぎると、冷蔵庫から出して常温に戻したときに結露してしまう可能性があります。お茶は水分を吸収すると傷んでしまうので、できるだけ結露は避けたい。かといって温度を上げると酸化が進んでしまいます。結露と酸化を避けるギリギリの温度が7度」と、その理由を教えてくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">親子三代で農林水産大臣賞を受賞</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1627.jpg" alt="" class="wp-image-50165" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1627.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1627-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1627-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>毎年、その年のお茶の出来栄えを生産者らが競う「茶品評会」が全国各地で開催されている。お茶の審査技術を持つ専門家が、茶葉の見た目、お茶の色、香り、味の4項目を評価する。岡本製茶では、全国・愛知県の両方の品評会で、親子3代にわたって最高賞である「農林水産大臣賞」を受賞。特に香りが高いという評価を受けた。</p>



<p>岡本さんが目指すお茶を聞いてみると、「味の好みは人それぞれですが」と前置きしたうえで「緑茶らしい渋味がしっかりあり、飲んでみてぐっとくるお茶」と答えてくれた。しかし、自然相手であるがゆえにそう簡単には作れないという。「毎年同じことをやっても味が変わりますし、同じ管理方法であっても畑ごとに違いが生まれることもあります。1年に1度しか挑戦できないので、毎年勉強ですね」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">奥さまとの二人三脚で、消費者から求められる商品開発を</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1658.jpg" alt="" class="wp-image-50166" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1658.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1658-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1658-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>近年、茶葉タイプのお茶の若者離れが進んでいる。急須でお茶を淹れることが面倒だと思われているためだ。そこで岡本さんが取り組んだのが、手軽にお茶を淹れられる「粉末茶」の開発。</p>



<p>だが、粉末にしたときに茶葉で淹れたものと同じ味にはならない。思ったようなきれいな色が出なかったりもする。品種を変えたり、粉末にするまでの過程で試行錯誤したりと、開発には苦労したという。開発には、奥さまの意見を積極的に採用した。茶農家で育っていないからこその、一般消費者の視点を存分に反映させたのだ。そして、煎茶、玄米茶、ほうじ茶、紅茶の粉末茶を完成させた。</p>



<p>粉末茶の販売により、これまでとは異なる客層を発掘することができ、手応えを感じたそう。第2弾として三角ティーバッグの商品開発に着手し、オンラインショップなどで販売。リーフで淹れるお茶により近い味を、手軽に楽しめるそうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">目標は問屋から指名されるお茶作り</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1607.jpg" alt="" class="wp-image-50167" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1607.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1607-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1607-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>4代目として新商品開発を精力的に手がけるものの、効率化や品質の向上など改善したい点はまだまだ多いという。家族経営でやっている分、品種や天候によって収穫時期が遅れてしまうことへの対策や、お茶の木そのものの質を向上させることにも力を入れていく方針だ。</p>



<p>お茶の栽培面積が拡大している地域はあるものの、全国的に見るとお茶の生産量は減少傾向にある。また世帯当たりのリーフ茶消費量も減少傾向にあり、業界全体が縮小傾向にあるといわざるを得ない。「厳しい状況ではありますが、そのなかでも『岡本製茶のお茶が欲しい』と言ってもらえるよう、こだわりの茶葉をつくりたい」。お茶を愛し、お茶とひたむきに向き合う広敏さんは志を持ち続けている。</p>











<p>TEL：</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/50161/">日本茶離れを食い止める飽くなき挑戦。「翠茗園 岡本製茶」4代目･岡本広敏さん／愛知県豊橋市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>上質な茶葉と福岡県トップの手揉み技術で八女を代表する生産者「霊巌寺製茶」／福岡県八女市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 03 Nov 2024 00:44:48 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[日本茶]]></category>
		<category><![CDATA[お茶]]></category>
		<category><![CDATA[福岡県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI001-5712.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福岡県八女市黒木町にある「霊巌寺（れいがんじ）製茶」の徳永慎太郎さんは、全国の若手茶生産者が、味、香り、外観などで茶の品質を鑑定する技術を養成し、茶の品質向上を目的とする全国茶生産青年茶審査技術競技会の2023年に行われ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI001-5712.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福岡県八女市黒木町にある「霊巌寺（れいがんじ）製茶」の徳永慎太郎さんは、全国の若手茶生産者が、味、香り、外観などで茶の品質を鑑定する技術を養成し、茶の品質向上を目的とする全国茶生産青年茶審査技術競技会の2023年に行われた第40回大会で最高位の「農林水産大臣賞」を受賞、「福岡県八女茶手もみ競技大会」でも殿堂入りしている茶のスペシャリスト。霧がたちのぼる山間の茶畑で徳永さんが我々を迎えてくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">寒暖差と霧、肥沃な赤土が茶葉に旨みを凝縮させる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI012-5729.jpg" alt="" class="wp-image-50085" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI012-5729.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI012-5729-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI012-5729-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>地面からゆっくりと立ち上る霧が木々の間を漂い、林の輪郭をぼかしていく。徳永さんが精魂込めて育てる最高品質の玉露「八女伝統本玉露」の茶畑は標高520メートルという霧深い山奥にある。周辺に民家は少なく、山紫水明な景色に心が洗われるような場所だ。</p>



<p>霧は日光を程よく遮り、茶葉が光合成を行う際に苦味や渋みの原因となるカテキンの生成を抑え、旨み成分となるテアニンを増加させると言われている。寒暖差のある山岳地帯では茶の芽がゆっくりと成長し、味わい深い茶葉が育つのだ。この理想的な気候条件に加え、栄養を溜め込める粘土質の赤土に恵まれたことが徳永さんのつくるお茶を美味しくしている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「全国茶品評会」の常勝者を目指して</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI010-5728.jpg" alt="" class="wp-image-50086" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI010-5728.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI010-5728-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI010-5728-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>徳永さんが所有する6ヘクタールほどの茶畑の中で最も高い場所に位置するこの畑では、年に一度開催される「全国茶品評会」に出品するための「八女伝統本玉露」を栽培している。この茶は八女茶の名を広めるために最高の技術・手法を駆使して誕生したもので、栽培方法には厳格なルールがある。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/batch_S__142581780.jpg" alt="" class="wp-image-50087" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/batch_S__142581780.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/batch_S__142581780-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/batch_S__142581780-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>最も特筆すべき特徴は茶畑の上に造作した棚に稲わらをかけ、95%以上の遮光率で日光を16日以上遮る「わらかけ」を行うこと（写真にかけられているのは霜よけネット）。稲わらにより適度な湿度と温度がキープされ、雨雫が落ちることで「覆い香」と呼ばれる特有の風味が生まれる。また、枝葉を刈らない「自然仕立て」により育った新芽の「一芯二葉を手摘みする」というのもルールの一部。このように時間も手間暇もかけ丹念に育てられたものだけが「八女伝統本玉露」の名で世に出る。</p>



<p>「実は、もともとこの畑があった場所に住んでいました。でも、平成24年に起こった水害による土砂崩れで家が流されてしまい、この場所が空いたので新しい挑戦として「全国茶品評会」に出品するためのお茶を育ててみることにしたんです。品評会で安定的に上位に入ること＝生産者としてお墨付きがもらえることなので、茶問屋との取引もしやすくなります。いつか「霊巌寺製茶」のお茶が飲みたい！とお客様に指名していただけるようになりたいですね」。</p>



<p>品評会には過去７回ほど出品し、2023年には110以上のエントリーがあった中、見事5位に入賞した。「上位常連の農家さんを訪ね、どうしたら美味しくなるのか学ばせてもらいました。気候条件に加え、肥料を与える量や時期、茶葉を摘むタイミングなど、すべての条件がピタッと重なった時にいい成績がとれるそうです。まだまだ勉強が必要ですが、これからも上を目指します」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">静岡で学んだ茶の知見が受賞の礎に</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI031-6000.jpg" alt="" class="wp-image-50088" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI031-6000.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI031-6000-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI031-6000-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>茶の品質を見極める眼識にも優れ、全国の若手茶師が集い、茶の審査技術を競う「全国茶生産青年茶審査技術競技会」では2023年に最高賞を受賞。茶師の段位も初段から六段にジャンプアップした徳永さん。伝統的な「手もみ」による茶の加工技術を競う「福岡県八女茶手もみ競技大会」でも10連覇し、殿堂入りの称号を受けた。これら素晴らしい能力の礎をつくったのが静岡にある「農研機構果樹茶業研究部門金谷茶業研究拠点」での日々だ。</p>



<p>「全国各地のお茶を飲み比べ、地域性や品種の傾向を身体で覚えました。自分なりのお茶に対する味覚の基準ができ、引き出しが増えたことが利き茶力を育んだのだと思います。また、静岡で手もみを専門的に学べたことも大きかったですね。手もみを経験すると、加工の工程ひとつひとつの意味を深く理解できるようになります」。</p>



<p>「手もみ」は蒸した茶を手でもみながら乾燥させていく製茶の基本となる技術。適度な圧力で茶葉を揉み、中から出てくる水分量を調整しながら、茶葉を針のように細長い形状に仕上げていく。「蒸された茶葉を見た時点で、その茶葉の繊維の質と量を見極め、揉み方を決めます」。そんな徳永さんの“見極め力”は機械での荒茶づくりにも生きている。その時々の茶葉によって蒸し具合や風の送り方、乾燥のさせ方を微妙に変え、少しでも手もみに近い仕上がりになるよう調整している。</p>



<p>「手もみのお茶と機械で仕上げたお茶は味の丸みが違います。機械だとどうしても圧力が強くなり少し角が立ったような味わいになる。手もみ茶が一番ですが、手もみだと大量生産できないので、機械を使っても手もみのような味わいに近づけられたらと試みています」。<br>徳永さんが自分で手もみしたお茶を淹れてくれた。確かにまろやかで優しい。どんな時代になっても熟練した職人の手技が機械を超えることはないことを物語る味わいだった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">山の茶を愛し、新品種にも挑む</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI011-2089-1.jpg" alt="" class="wp-image-50090" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI011-2089-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI011-2089-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI011-2089-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>全国各地に耕作放棄地も増え、低迷が叫ばれる茶業界。徳永さんの目にそんな状況はどう映っているのだろか。「確かにいい状況ではないかもしれません。でも、自分はやっぱり茶が好きなんです。うちみたいに山の形を生かしてそのまま茶畑にしたような場所は正直、作業性も悪い。でも、ここでしかつくれないお茶がある。手間暇に見合うだけの美味しさをつくれる！と信じて励んでいきたいですね。また、今、福岡県単独の品種が開発されていて、来年から実際に植えて育てる試験が始まるんです。その山間地向けの新品種をうちの畑で植えることになっています。どんなお茶ができるのかワクワクしています」と徳永さん。長年の研究の末に誕生する新品種が、熟練の生産者や茶匠によってどんなお茶に育っていくのか目が離せない。</p>



<p>ちなみに「霊巌寺」という屋号は八女茶の発祥地として知られる寺に由来している。「霊巌寺」は明国から茶の種子を持ち帰り、茶の栽培と製法を伝えたとされる栄林周瑞（えいりんしゅうずい）禅師によって建立されたといわれており、徳永さんの加工場が寺の近くにあったことから発祥の地に敬意を表してこの屋号を選んだそう。八女茶発祥の象徴「霊巌寺」という名を背負い、未来に向かって力強く進む徳永さん。徳永さんの「お茶への愛」が、今後どんな日本茶の世界を切り拓いていくのか、楽しみでならない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/50084/">上質な茶葉と福岡県トップの手揉み技術で八女を代表する生産者「霊巌寺製茶」／福岡県八女市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>良いお茶を追求し、茶葉の栽培から販売までを手がける「碧園 お茶の純平」/愛知県豊田市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 29 Oct 2023 01:00:59 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/top-5.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛知県の北部･豊田市にある「碧園 お茶の純平」は、“良い茶をより安くお客様に提供する”を社是として、茶葉の栽培から製茶、販売まで一貫し、茶業を営んでいる。1870年より続く、この老舗茶舗の五代目を務めるのは山内祥正さん。 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39082/">良いお茶を追求し、茶葉の栽培から販売までを手がける「碧園 お茶の純平」/愛知県豊田市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/top-5.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛知県の北部･豊田市にある「碧園 お茶の純平」は、“良い茶をより安くお客様に提供する”を社是として、茶葉の栽培から製茶、販売まで一貫し、茶業を営んでいる。1870年より続く、この老舗茶舗の五代目を務めるのは山内祥正さん。2003年の「全国茶品評会（静岡大会）」、翌年の「全国茶品評会（愛知大会）」で続けて農林水産大臣賞を受賞。高品質な茶栽培に尽力する山内さんは、飲料の選択肢が多様化する現代において、日々の生活の中で緑茶を嗜む喫茶文化の再定着を目指して邁進中だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">明治3年から受け継がれてきた茶畑</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7012-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39091" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7012-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7012-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7012-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7012.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>愛知県豊田市といえば、あの大手自動車メーカーが鎮座する企業城下町だ。そのため製造業が盛んな印象があるが、実際には周囲は山々に囲まれ、自然豊かな土地。そんな豊田市で盛んな産業のひとつが茶業である。その起源は江戸時代といわれているが、茶園が増え、盛んになったのは明治から大正時代にかけてのことなのだとか。</p>



<p>もともと豊田市周辺は、温暖な気候と肥沃な土壌、豊かな水といった、製茶に適した環境的優位性があった。加えて現代産業が盛んになるにつれて人口が増加したことは同地域ならではの特徴。このふたつが、製茶業を発展させた大きなファクターだといえる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">屋号にもつく二代目の偉業</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6954-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39094" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6954-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6954-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6954-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6954.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>1870年に創業し、お茶の栽培から製茶、販売までを一貫して行う「碧園 お茶の純平」。一見ユニークなこの屋号は、同社の二代目･山内純平氏から名前を取っている。この山内純平氏、現在でも日本中で<strong>抹茶の原料となる「碾茶（てんちゃ）」</strong>の製造に使用されている「碾茶機」の原型といわれる「<strong>三河式碾茶機</strong>」を生み出した、業界では名の知れた人物。</p>



<p>碾茶とは先述の通り抹茶の原料で、粉末状にする前の葉の状態のことを指す。日本茶の中でも高級品に分類される玉露と同じように、遮光資材を被せた被覆栽培でじっくりと時間と手間をかけて育てるのが特徴。被覆栽培には、光を減らして茶葉の光合成を抑制することで、お茶の渋みのもとになるタンニンを減らし、味をまろやかにしたり、少ない日光量を最大限に受け止めるために葉が大きく広がり鮮やかで濃い緑色に育つなどのメリットがある。 一点、玉露との大きな違いは、製造の段階で「揉む」という工程を経ないことだ。玉露は茶葉を揉んで細胞を壊すことで味をしみ出しやすくするが、碾茶は石臼で粉末にすることが前提のため、挽きやすいように茶葉を揉まず、細胞を壊さないように加工する。</p>



<p>明治の頃まで碾茶の製造は手製で行われていたが、大正中期に起こった第一次世界大戦による労働力不足をカバーするため碾茶機の開発が急がれていた。当時、京都や静岡といったお茶の産地でも碾茶機が考案されたが、中でも初期の碾茶機と言われているのが純平氏が考案した三河式だ。この装置は長さ7メートル、幅1メートル、高さ2メートルほどのレンガ積みの乾燥室を設け、その底部に火炉（ボイラー）を置き、底部から50センチほどの高さに取り付けたレール上に蒸した茶葉をひろげ置いて手で押し進めて乾燥させるという単純な構造。<strong>しかし、手製時代は焙炉（ほいろ）という作業台で職人が手作業で茶葉の乾燥を行っていたため、火炉の温度も120℃くらいまでしか上がらなかったが、この装置の登場により180～200℃まで向上したため、手製の頃に比べて碾茶の品質は格段に良くなった。その上、職人がかかりっきりにならず製造も効率化され、機械化による技術の均一化で品質も安定した。</strong>これを周辺の同業者に伝え広めたことにより、豊田市の碾茶産業は一層発展していったというから純平氏の貢献は大きい。</p>



<p>その後、各地で碾茶機の改良が重ねられ、現在では茶葉を蒸す工程から、冷却、乾燥、葉と茎を分離する工程まで一連化して行えるまでになったが、基本的な構造は同氏が生み出した三河式の系譜を辿っている。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7029-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39095" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7029-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7029-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7029-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7029.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>そんな偉大な二代目のスピリットを脈々と受け継ぐ同社。現在は純平氏のひ孫である<strong>山内祥正さん</strong>が五代目を務めている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">祥正さんが考える「良いお茶」とは？</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7064-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39098" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7064-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7064-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7064-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7064.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>二代目・山内純平氏が碾茶産業の近代化に大きく貢献した後、三代目・山内武義氏が栽培面積の拡張と茶販売の礎を作った。そして四代目・山内希男氏が全国に販路を広げ、五代目となる祥正さんはお茶の品評会で「農林水産大臣賞」「内閣総理大臣賞」を受賞するなど、高品質なお茶を自ら栽培、製造しつつ、茶文化を国内外に広めるべく躍進している。愛知県茶業者では初めてとなる「内閣総理大臣賞」受賞は、実直なお茶作りはもちろん、茶摘み体験や茶文化を楽しむ講座を開いたり、地域の人たちにお茶をふるまうなど、地域貢献活動が認められた結果だ。<br></p>



<p>そんな、お茶の発展に幅広く尽力する祥正さんがたどり着いた<strong> “良いお茶” </strong>の定義とは、茶葉を芽吹かせる“木”そのものの力がお茶に100％発揮されていることだという。「お茶の新芽が100点だとすると、その頂点からいかに減点させずに製茶するかが私たちの腕の見せ所。例えば、収穫してから時間が経ったトウモロコシに比べて朝穫れをすぐに食べたほうが甘いんですよ。それと同じように、茶葉にも鮮度があります。私たちの茶園では、<strong>摘んで2時間以内に製茶することが基本</strong>」と、祥正さんは自社のこだわりを明かしてくれた。</p>



<p>また同社の茶畑は、山間地から平地にかけて品種を変えて栽培している。気温の低い山間地では「おくみどり」など摘採時期が遅い晩生種を、平地では早生種を植え、摘採時期をできるだけ大きくずらせるよう工夫している。新芽が出るタイミングをずらすことで、限られた人員でも<strong>ちょうどいい時期に茶摘みができるよう考慮されている</strong>のだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6993-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39099" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6993-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6993-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6993-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6993.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>豊田市で作られるお茶は、<strong>茶葉本来の青々しい香りをそのまま楽しめるよう、火を極力入れないのが特徴</strong>だ。そのため生育環境がそのまま味に直結する。だからこそ、根をしっかりと土に這わせ、与えた肥料をすべて吸収して<strong>力強い味の茶葉が育つ環境作りも徹底</strong>している。<br></p>



<p>また同社では、手摘みで収穫する茶畑と機械摘みの茶畑を分けて管理している。手摘みの場合、1本の枝先から、まだ葉が開いていない芽の状態の「芯」と呼ばれる部分と、その下のまだ柔らかい2枚の葉を摘む「<strong>一芯二葉（いっしんによう）</strong>」が基本。まだ紫外線をあまり浴びていないため渋みのもととなるカテキンが生成されていない、甘みの強いところだけを摘むことができるため、機械摘みに比べておいしさが格段に増すが、コストがかかる分、すべてを手摘みにするわけにもいかない。<strong>味を重視するか、コストを重視するか。消費者のいずれのニーズにも対応できるよう作り分けている。</strong></p>



<h3 class="wp-block-heading">おいしいお茶は、手の感覚から生まれる</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7065-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39100" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7065-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7065-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7065-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7065.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>摘み取った茶葉は一旦蒸した後、揉みながら乾燥させていく。現在、同社では生産性などを踏まえ揉む工程に機械を使用しているが、工程の切り替え時など、重要な<strong>判断をするのは、やはり熟練の職人の経験</strong>だという。茶を握り、水分がどれくらい残っているのか、お茶のねじれ具合がどうか、などを手の感覚で確かめ、工程を進めていく。職人の「手」が入っていること。それが良いお茶を生み出すのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">毎年、一年生という心構え</h3>



<p>祥正さんは、毎年「<strong>製茶業1年生」という心構え</strong>で仕事をしているのだとか。機械の操作設定や気温などを代々記録している日誌を引き継いではいるものの、同じ茶畑で、同じタイミングで製茶しても、一度として同じものは生まれない。自然が相手の<strong>お茶作りは数値化することが難しく、だからこそ狙い通りのお茶ができると疲れが吹き飛んでしまうほど</strong>うれしいのだそう。</p>



<p>うれしい理由は、良いものができたという自己満足ではなく、自信を持っておいしいと思える製品を市場に送り出すことができるから。根幹には常に、<strong>自分たちの作ったお茶を飲んだ消費者に心から喜んでもらいたい、</strong>という思いがある。</p>



<p>現在は六代目となる息子の雅弘さんも茶業に従事。どこにも負けないほどのお茶作りへの情熱と努力は時代を超え、次の世代にも脈々と受け継がれようとしている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39082/">良いお茶を追求し、茶葉の栽培から販売までを手がける「碧園 お茶の純平」/愛知県豊田市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>日本茶発祥の地、近江でお茶の未来と可能性を探る「グリーンティ土山」/滋賀県甲賀市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 04 Jan 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[お茶]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀県]]></category>
		<category><![CDATA[甲賀市]]></category>
		<category><![CDATA[グリーンティ]]></category>
		<category><![CDATA[グリーンティ土山]]></category>
		<category><![CDATA[日本茶発祥の地]]></category>
		<category><![CDATA[かぶせ茶]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-15.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本茶発祥の地といわれる滋賀県。今から1200年前の平安初期、天台宗の開祖・最澄が唐から持ち帰った種子を比叡山のふもとに植えたのが、日本茶の起源とされている。そんな滋賀県で茶業のバトンを未来につなぐべく、茶農家の協業化に [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-15.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本茶発祥の地といわれる滋賀県。今から1200年前の平安初期、天台宗の開祖・最澄が唐から持ち帰った種子を比叡山のふもとに植えたのが、日本茶の起源とされている。そんな滋賀県で茶業のバトンを未来につなぐべく、茶農家の協業化に取り組む「グリーンティ土山」の代表理事、藤村春樹さんを訪ねた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">江戸時代に発展したお茶の産地</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/12/kiji1-15.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p>滋賀県の南東部に位置する甲賀市土山町は、お茶の生産量、栽培面積ともに県下一を誇る産地だ。805年に留学先の唐から戻った最澄が現在の滋賀県である近江国にお茶の栽培を伝え、土山でもお茶作りが行われるようになった。土山は<strong>東海道の宿場町</strong>であり、行き交う人々にお茶を販売したことから、<strong>江戸時代に入りその生産量は飛躍的に拡大</strong>。最盛期には緑茶と同じ茶葉を使って紅茶を作り海外への輸出も行っていたというが、第二次世界大戦が始まってからはそれも難しくなり、緑茶に特化した産地として足場を固めていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">二煎目からもおいしく飲めるお茶</h3>



<p>滋賀県には朝宮や政所など伝統的なお茶の産地がいくつかあるが、土山の特徴はなだらかな丘陵地で日照時間が長く、鈴鹿山系の豊かな伏流水と昼夜の寒暖差に恵まれていること。そのため<strong>長く分厚い茶葉</strong>が育ち、味や香りが濃いことから<strong>二煎目、三煎目もおいしく飲める</strong>といわれている。<strong>上品でまったりとした深い味わいが特徴</strong>で、滋賀県の名産品として古くから親しまれてきた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">旨味の強い「かぶせ茶」を生産</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji2-15.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>土山のもうひとつの特徴は、<strong>「かぶせ茶」</strong>の名産地として知られていることだ。かぶせ茶とは、摘み採る前の茶葉に布などをかぶせることでカテキンの生成を抑え、旨味や甘味を強くしたお茶のこと。さらに長期間覆いをかぶせたものを<strong>「玉露」</strong>、玉露と同じ茶葉を揉まずに乾燥したものを<strong>「碾茶（てんちゃ）」</strong>という。この碾茶を石臼で挽いて粉末にしたものが、茶道で用いられる抹茶というわけだ。</p>



<p>土山ではかぶせ茶の生産が盛んで、<strong>全国茶品評会のかぶせ茶部門で日本一に輝く</strong>など、確かな実績を持っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">土山から、いやしのお茶を世界へ</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji3-15.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>そんな土山で、「いやしのお茶を世界へ」をコンセプトにお茶作りに取り組むのが<strong>「農事組合法人グリーンティ土山」</strong>の代表理事を務める藤村春樹さんだ。22歳の頃から家業であったお茶作りの業界に入り、今年で30年目。ただお茶を作るだけでなく知識や技術も身につけたいと、“お茶のソムリエ”ともいわれる<strong>日本茶インストラクター</strong>の資格を取得し、農業指導士として<strong>農業大学で若者の育成にも携わっている</strong>。</p>



<p>「土山では伝統的に多くの生産者がかぶせ茶を作ってきましたが、うちは5年ほど前から、3分の2ほどを抹茶の原料になる<strong>碾茶作りに転向</strong>しています。ここ数年海外では日本の<strong>抹茶がブーム</strong>になっていて、碾茶のニーズはこれからもっと高まるでしょう」。</p>



<p>地域全体としても年々碾茶加工の割合が増えてきてはいるものの近年はお茶そのものの値段が下がっており、生産者は厳しい状況に置かれているのが現状だという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">お茶作りを個人の競争から地域の協業へ</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji4-15.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>茶農家を取り巻く厳しい状況を打開すべく、土山ではさまざまな改革が行われている。そのひとつが、<strong>農事組合法人グリーンティ土山の設立</strong>だ。</p>



<p>「うちの特徴は、法人に所属する一人ひとりが農家でありながら、畑も工場も全員で共有していることです。お茶などの産地において、工場は共同で使っていても、<strong>畑までみんなで共有している組織はなかなかありません</strong>。個人の畑という考え方がなく、全員で協力して売り上げを上げていく仕組みをとっています」。</p>



<p>グリーンティ土山は、もともと藤村さんの父親が茶農家５軒で協力して設立した組織。</p>



<p>ほとんどの茶農家が個人経営だった当時、狭い地域の中で少しでも早く商品を出荷しようと多くの農家で出荷時期が重なる弊害が起きていた。これを防ぐため、<strong>肥料の共同購入や工場の共同利用を進める</strong>目的で立ち上げたのがグリーンティ土山だ。現在では若手もたくさん所属するようになり、<strong>滋賀県で生産されるお茶の約10分の1を、この1社で生産する</strong>までに成長した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「安い産地」といわれた逆境を乗り越える</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji5-15.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>グリーンティ土山では、茶葉の栽培から加工、販売までを自社で一貫して行っている。2018年には、<strong>県内初となる碾茶工場を新設</strong>した。抹茶の原料となる碾茶を自社で製造することで、売上向上と、<strong>チョコレートやお菓子の材料として幅広く需要に応える</strong>ことが目的だ。</p>



<p>「この辺りでは春先に霜が発生するので、早い時期に出た新芽は霜にやられてしまいます。土山で無事にお茶が収穫できるのは、シーズン中盤の5月以降。全国の産地で収穫が終わった頃にここでの収穫が始まり、新茶の値段が下がり切った頃にやっと出荷できるようになるので、<strong>『土山は安い産地』</strong>とよく言われてきました。だから、生き残るには他の産地よりももっと強い地盤が必要なんです」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">時代や用途に合わせたオリジナル商品</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji6-13.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>お茶の生産体制を整えると同時に、オリジナル商品の開発にも力を入れている。</p>



<p>高級感のある黒いパッケージが特徴の<strong>「黒檀（こくたん）」</strong>は、２つの品種をブレンドした<strong>特上のかぶせ茶</strong>で、「さえみどり」の甘みと「おくみどり」のすっきりした爽やかさを感じられる逸品だ。グリーンティ土山で収穫される中でも<strong>特に香り高く濃厚な茶葉を使用</strong>して作られている。</p>



<p>その他にも、まろやかで普段使いにおすすめの<strong>上かぶせ茶「白磁（はくじ）」</strong>や、爽やかな香りとほど良い渋みが味わえる<strong>特上煎茶「碧緑（へきりょく）」</strong>など、味はもちろん、贈り物にも選ばれるようパッケージやネーミングにも工夫を凝らした商品を展開している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">お茶と一緒に楽しめるお菓子も開発</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji7-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>さらに商品の幅を広げたいと、茶葉以外の商品開発も始めている。2020年に販売を開始した<strong>「抹茶フィナンシェ」と「焙じ茶×べにふうきフィナンシェ」</strong>は、自社のお茶を使って作った加工食品の第1号だ。茶葉だけに限らず、お菓子もあって良いのでは？と考えて始めたお茶に合うお菓子の開発は、社員や顧客にも好評だそう。今後はチョコレートやクッキーなどお茶を使ったオリジナル商品を増やし、最終的には自社の店舗で販売するのが藤村さんの目標だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">産地を挙げて、お茶の可能性を未来につなぐ</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji8-6.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>2022年には茶農家、茶匠、農協らでチーム作り、<strong>「土山一晩ほうじ」</strong>という新たなほうじ茶のブランドを立ち上げた。「土山」という産地の名前を広く知ってもらおうと始めた取り組み。土山町で丹精込めて育てられた茶葉に、一晩（12時間以上）自然にしおれさせ水分を飛ばす「萎凋」という工程を踏み、花のような香りを纏わせる。更にこれを焙煎すると<strong>台湾茶のような甘い香りの後に、ほうじ茶特有の香ばしい香り</strong>が立ち上がり、和洋問わずお茶菓子にも、食事にも合うお茶が楽しめる。「一晩ほうじ」と名付けられ、この取り組みに参加している複数の事業者から様々なバリエーションで販売されている。</p>



<p>「僕は、お茶もお酒と同じような嗜好品だと思っています。昔はただありのままに作ってできたお茶を売ればいいと考えられていましたが、今は試行錯誤しながら<strong>自分達が心から『おいしい』と思えるお茶を作って、それをPRしていくのが産地のあるべき姿</strong>だと感じています。土山のお茶をおいしいと感じてくれる人をどれだけ作れるか。それがお茶作りを続けていくために必要なことです」。 お茶の未来を見据えながら、生産者や会社といった枠を超えて広がっていく。藤村さん達の新たな挑戦が楽しみだ。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34335/">日本茶発祥の地、近江でお茶の未来と可能性を探る「グリーンティ土山」/滋賀県甲賀市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>600年続く“幻の茶”　日本の原風景が生み出す「政所茶」を未来へ/滋賀県東近江市</title>
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		<pubDate>Tue, 27 Dec 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[お茶]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀県]]></category>
		<category><![CDATA[東近江市]]></category>
		<category><![CDATA[幻の茶]]></category>
		<category><![CDATA[政所茶]]></category>
		<category><![CDATA[政所]]></category>
		<category><![CDATA[三献茶]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-9.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>琵琶湖の東側、鈴鹿山脈の山間にある政所（まんどころ）。緑豊かな山々から澄んだ水が流れ、茅葺き屋根が点在するこの小さな集落は、室町時代から続く「政所茶」の産地だ。農薬や化学肥料を一切使わずに栽培され、その希少性から“幻の茶 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-9.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>琵琶湖の東側、鈴鹿山脈の山間にある政所（まんどころ）。緑豊かな山々から澄んだ水が流れ、茅葺き屋根が点在するこの小さな集落は、室町時代から続く「政所茶」の産地だ。農薬や化学肥料を一切使わずに栽培され、その希少性から“幻の茶”と呼ばれるお茶の産地が今、若い力によって生まれ変わろうとしている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「宇治は茶所、茶は政所」と歌われた伝統的な産地</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/12/kiji1-9.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>政所茶は三重県との県ざかいにある鈴鹿山脈を源流とする愛知川（えちがわ）の清流と渓谷に発生する霧に薬用効果を期待して室町時代に村人に薬用としての茶の栽培をさせたことが始まりとされる。「永源寺」という室町時代以前から続く臨済宗の禅寺があり、応仁の乱の頃、京の都からこの辺りに人々が避難して来た際に、永源寺の僧達が寺で育てたお茶をふるまったところ<strong>「おいしい」と評判になった</strong>。これを機に政所のお茶は京都で広く飲まれるようになり、寺でのみ行われていた茶葉の栽培が民間にも伝わって、<strong>政所はお茶の産地となった</strong>。</p>



<p>かつては<strong>「宇治は茶所、茶は政所」</strong>と茶摘み歌で歌われるほど全国的にも知られ、幼い石田三成が豊臣秀吉の家臣として取り立てられるきっかけになった<strong>「三献茶」</strong>のエピソードでふるまったのも、この政所茶だといわれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">厳しい環境を生き残った希少な在来種</h3>



<p>政所茶が栽培されるのは、標高350〜450メートルにある山の斜面。お茶の栽培限界は標高600メートルといわれることからすると特別に高い場所ではないが、冬になると<strong>2メートル以上の雪が積もる</strong>のがこの土地の特徴だ。そのうえ山間部で日照時間が短いため、1年のうち4ヶ月ほどは茶の木の上に1メートル以上の雪が乗り続けることになる。厳しい環境で他から持ち込んだ品種はなかなか根付かず、全国で栽培される茶樹の大半が「やぶきた」種である中、政所では<strong>室町時代から受け継がれてきた在来種</strong>が全体の7割を占めている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本の原風景に魅せられ、若い力が集まる土地に</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji2-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>かつては「お茶と林業だけで生計が成り立つ」と言われたほど、お茶の栽培は政所の人々にとって生活の要だった。ところが戦後の高度経済成長期を迎え、外へ働きに出る人が増えるにつれて、お茶の生産量は減少。<strong>茶畑の面積は最盛期の30分の1</strong>ほどになり、市場に出回らなくなった政所茶は、<strong>“幻のお茶”</strong>と呼ばれるようになった。</p>



<p>現在、政所茶の生産者は60軒ほど。しかし生産規模は小さく、そのほとんどが、自分達が飲むだけの量を細々と育てながら余剰分を商品として出荷している状態だ。商業化されなかったことで、<strong>より自然に近い形での生産が続けられ、人々の暮らしに茶畑が溶け込む独特の風景が残った</strong>。そんな日本の原風景に魅せられて、今、政所に若い力が集まり始めている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">気づいたら「私にやらせて」と申し出ていた</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji3-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>「初めて来た時、ここのじいちゃん達が政所茶を語る姿がすごくかっこよくて。何か力になりたい、と思ったのがすべての始まりでした」と話してくれたのは、<strong>「茶縁むすび」</strong>代表の山形蓮さん。</p>



<p>山形さんが政所に出会ったのは10年前。東日本大震災の災害ボランティアとして被災地に通ううちに、<strong>地域のつながりが強いところで暮らしたい</strong>と考えるようになった。そんな頃、大学時代の恩師に誘われて訪れたのがここ政所。初めて会う山形さんに、80歳近い地元の人が「ここのお茶は先祖からの預かりもの。大事にしたいけど、子供には自分達のような苦労はさせたくない。ちゃんと教育を受けて良い仕事に就かせてあげたいと願った結果、子供達は外に出てしまった。それは自分が願ったことだけれど、<strong>このお茶を何とかして残していきたい</strong>」と、懇々と語ってくれた。そんな姿に心を打たれ、気づけば<strong>「どうせ捨てることになるなら、私にやらせてください！」</strong>と移住を決めていたという。 山形さんは今、茶縁むすびで外部に向けて政所茶の魅力を発信しながら、「政所茶生産振興会」の理事を務め、内側の生産・販売体制を整える活動に力を注いでいる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">医師業のかたわら、受け継いだ茶畑</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji4-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>そしてもうひとり、山形さんとの出会いがきっかけとなり、お茶の栽培を始めたのが佐藤滋高（しげたか）さん。なんと佐藤さん、現役の放射線科医だというから驚きだ。</p>



<p>「<strong>お茶ってすごく身近な飲みものなのに、よく考えてみたら何も知らない</strong>ことにある時ふと気づいたんです。詳しく勉強したいと思い、県内で生産現場が見学できるところを探していて出会ったのが山形さんでした。初めて茶摘みを手伝わせてもらった時、それが思いのほか楽しくて。事あるごとに手伝いに通って半年たった頃、<strong>『こんなに通ってくれるなら、自分の畑を持ってみたら？』</strong>と提案してもらってお茶の栽培を始めました」。</p>



<p>今は仕事の合間に政所に通いながら、周りの人達に教えてもらって夢中でお茶作りに取り組んでいるところ。<strong>「滋茶園 Shige-Lu tea garden」</strong>の名義で茶葉の栽培や、ワークショップを通じた政所茶の普及に努めている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">樹齢300年を超える茶樹</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji5-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>茶畑といえば、カマボコ形に刈られた茶樹が整然と並んでいるイメージだが、政所の茶畑は一風変わっている。<strong>山の斜面に茶樹がぽこぽこと点在し、全体的に背が低い</strong>。</p>



<p>「この辺りの樹は、すべて<strong>樹齢100年を超える在来種</strong>です。このように政所には、在来種だけが植わる畑が昔と変わらない姿で点在しているんですよ」と山形さん。</p>



<p>さらに、「地面を這うように枝を広げているのは<strong>樹齢300年を超える樹</strong>で、この集落でいちばん古いもの。もちろん今も現役で、滋賀県の自然記念物に指定されています。政所の茶樹が上に伸びないのは、冬の積雪量が多く、雪の重みで枝が曲がってしまうから。春になって雪が溶けると下からぺちゃんこの樹が出てきて、そこからムクムクと起き上がってくるんですよ」と佐藤さんが続ける。昔から続く在来種の茶樹は戦後茶産業の品種化や機械化で姿を消し、今では<strong>全国でほんの数パーセントしか残っていない</strong>という。</p>



<h3 class="wp-block-heading">無農薬は当たり前</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji6-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>集落を歩くと、あちらこちらできれいな<strong>湧き水</strong>に出会う。政所では、こういった湧き水が今も生活用水として使われているそうだ。</p>



<p>政所の集落は、琵琶湖に注ぐ愛知川の源流にある。人々には「<strong>源流に住む私たちが水を汚しては、川下の方々に申し訳ない</strong>」という考えが根付いており、<strong>農薬や化学肥料を使わないのは当たり前</strong>。お茶に薬の成分が残らないよう、茶畑では虫除けスプレーすら使わないという徹底ぶりだ。「ここの人達が考える“おいしいお茶”の基準は、お茶そのものの味、ひいては<strong>この土地の風土を映した味がする</strong>こと。農薬が出回るずっと前からここではお茶作りが続けられてきました。かつてと同じ作り方で、政所茶の伝統を継承していきたい思いがあります」という山形さんの言葉からは、何百年も続いてきた産地のプライドがうかがえる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">政所の新たな定番「平番茶」</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji7-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>政所では3月下旬になると、成熟して硬くなった茶葉を枝ごと刈り取って番茶作りが行われる。木製の大きな桶に茶葉を詰めて蒸し、枝を取り除いて乾燥させるというシンプルな製法で、詰め込まれた際の圧で茶葉が平らになることから<strong>「平番茶（ひらばんちゃ）」</strong>と呼ばれている。</p>



<p>山形さんが政所に来る前は人手が足りず、番茶になる枝葉を刈り落としたあと、そのままにすることも多かったが、現在は政所茶生産振興会で計画的に収穫するようになった。少し前まで「番茶はあくまで普段使いのお茶。人様に出すものではない」とされていたが、平番茶として商品化してからはファンが増え、今では<strong>「政所といえば平番茶」</strong>というイメージが定着しつつある。<strong>カフェインが少なく甘さのある優しい味わいで、どんな食事にも合わせやすい</strong>のも人気の理由だろう。<strong>タンニンを洗い流してくれることから、赤ワインの合間に飲むソムリエ</strong>もいるという。</p>



<p>若い世代にも手に取ってもらえるようパッケージを工夫し、気軽に飲めるティーバッグも作った。その結果、カフェや美容室の店頭に置かれるなど新たな販路を獲得し、政所茶を知る人は着実に増えている。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji8-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<h3 class="wp-block-heading">何百年も続いた風景を絶やしたくない</h3>



<p>「お茶の仕事だけで生計を立てるのは、いまだに容易ではありません。それでも何百年も続いた価値のあるものを、目の前で絶やしたくない。失われてほしくないと感じる魅力がこの土地にはあるんです」と話す山形さん。山形さんや佐藤さんが楽しそうにお茶作りを続けている様子を見て、「自分もやってみたい」と政所に足を運ぶ人が増えてきた。こうした変化は、一度政所を出た若者達がこの土地に戻るきっかけも生んでいる。</p>



<p>産地としての足場を固めながら、政所らしいお茶作りを未来に継承していく。新たなスタートを切った政所茶の躍進は、まだ始まったばかりだ。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34224/">600年続く“幻の茶”　日本の原風景が生み出す「政所茶」を未来へ/滋賀県東近江市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>日本最古の茶産地で、無農薬栽培に挑む「かたぎ古香園」/滋賀県甲賀市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 24 Nov 2022 02:27:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[かたぎ古香園]]></category>
		<category><![CDATA[茶産地]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/katagi-05-1-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>滋賀県甲賀市信楽町にある「朝宮茶　かたぎ古香園」は、日本最古級の歴史を持つ「朝宮茶」を生産する老舗の茶園です。植物性有機肥料のみを使用した完全無農薬栽培や手作業を貫き、伝統的な朝宮茶が本来持つしっかりした旨みと香りを生か [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/katagi-05-1-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>滋賀県甲賀市信楽町にある「朝宮茶　かたぎ古香園」は、</strong><br><strong>日本最古級の歴史を持つ「朝宮茶」を生産する老舗の茶園です。<br>植物性有機肥料のみを使用した完全無農薬栽培や手作業を貫き、<br>伝統的な朝宮茶が本来持つしっかりした旨みと香りを生かした、</strong><br><strong>体への負担の少ない上質なお茶を作り続けています。</strong></p>



<p>日本にお茶が伝わった1200年前より続く茶産地・朝宮は、「信楽焼」で知られる滋賀県南東部、信楽町の山間にある集落だ。朝晩の寒暖差が大きく、独特の香りとまろやかな旨みが特長の良質の茶葉が育つ。この地で代々茶業を営む「かたぎ古香園」は、簡単ではないお茶の無農薬栽培に挑み、世界に通用する朝宮茶を目指す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">1200年前から続く高級銘茶の産地・朝宮</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/11/kiji1-10.jpg" alt="" class="wp-image-31997" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>今から1200年前、のちに天台宗の開祖となる最澄が中国から持ち帰ったお茶の種を、比叡山延暦寺の麓に植えたのが日本茶の始まりと言われている。その当時から続く茶産地・朝宮は、琵琶湖の南側、信楽盆地に位置する標高300〜500mの高原地。<strong>朝晩の寒暖差が大きく</strong>、信楽川の谷合いで霧が<strong>発生しやすい</strong>など、お茶づくりに最適な条件を備えている。また、花崗岩（かこうがん）質の地層から湧き出る<strong>良質な水</strong>にも恵まれ、「<strong>香り立つ朝宮茶</strong>」と称される高級銘茶として、歴代天皇にも献上されてきた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">山間に連なる緑ふくよかな茶畑</h3>



<p>陶器店が立ち並ぶ信楽の町中を抜け、朝宮へと車を走らせると、山の斜面に茶畑が姿を現す。この地を訪れた俳人・松尾芭蕉は「木隠れて 茶摘みも聞くや ほととぎす」と詠んだという。これは、春を告げるほととぎすが新芽の出た茶畑に鳴き声を響かせている情景を詠んだものだが、その当時とほとんど変わらない、<strong>美しい茶畑の風景</strong>が心を和ませる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">知る人ぞ知る「朝宮茶」を単一ブランドへ</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji2-10.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>「かたぎ古香園」は、朝宮のなかでも最も高いエリア、標高450～500ｍで代々茶栽培を続けてきた。現在は七代目の<strong>片木隆友さん</strong>が主となり、煎茶、ほうじ茶、ウーロン茶、碾茶など、各種のお茶を作っている。</p>



<p>朝宮茶は、ひと昔前まではほとんどが宇治へ卸され、他産地の茶とブレンドして高級宇治茶として販売されていたため、一般消費者には全くと言っていいほど知られていなかったという。「せっかく美味しいお茶を作ってるのにそれではもったいないと、祖父と父が各家庭をまわり直販を始めたんです」。片木さんが跡を継いでからは、出店販売やオンライン販売にも力を入れるようになり、いまや名実ともに<strong>朝宮茶を代表する生産者</strong>となった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">父から子へ。受け継がれる無農薬へのこだわり</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji3-10.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>「かたぎ古香園」が他の生産者と一線を画すのが<strong>無農薬栽培</strong>。1976年からすべての茶畑で農薬を一切使わず、肥料も極力抑えて茶栽培を続けてきた。「うちの親父がちょっと変わり者でして。顔を合わせて買ってくれるお客さんに、安心して飲めるものを渡さなあかんと、ひとりで無農薬栽培を始めたんです」。</p>



<p>当時の茶産業は、生産量を上げるために、虫食いや病気を予防する農薬を使うのは当たり前。そんな<strong>時代に逆行するような挑戦</strong>だった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">茶葉は洗浄せずに加工するものだから</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji4-11.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>茶葉は、野菜や果物などと違い、畑から収穫した後、<strong>洗わずそのまま加工する</strong>。そして、急須に入れ、お湯を注いで飲む。</p>



<p>「農薬散布をして帰った日は、いつもよりしんどい。この不調は農薬のせいかもしれない。そう思ったら、美味しいと言って買ってくれるお客さんに農薬がついた茶葉を渡せないと思ったんです」。農薬の怖さを実感したことが決め手だった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">お手本もないまま、手探りでスタート</h3>



<p>そこで、お茶の無農薬栽培をしている人を探し訪ねたが、自家用分を少量作っている人はいても、経営として無農薬栽培している人はいなかった。仕方なく手探りで始めることに。どうせやるならと、すべての茶畑で一斉に始めた。</p>



<p>「最初の2～3年は、病気や害虫の影響を受けて、ほとんど収穫できませんでした。周囲の茶農家からも『お茶でなく虫を育てているようなもんだ』と理解してもらえませんでしたが、父は諦めませんでした」。別の仕事もして生計を立てるなど、苦労の連続だったという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">3年目にようやく新芽が</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji5-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>試行錯誤を重ねた3年目、木から新芽がでるように。「1滴の農薬も散布しなかったおかげで、クモ・カマキリ・テントウムシなどが畑に戻って。木の抵抗力も高まったんでしょうね」。茶畑が一番上だったこと、寒さが厳しくもともと虫が少なかったことなど、無農薬栽培の成功には<strong>地理的要因も影響</strong>したようだ。この年から年々収量も増え、土壌が豊かになっていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">地道な手作業に想いを込めて</h3>



<p>それから40年以上、農薬は一切使わず、肥料も極力抑え、<strong>人と自然が一体となったお茶づくり</strong>に徹している。</p>



<p>「無農薬栽培で一番大変なのは除草。草が生えすぎると木の栄養分まで草にとられてしまうので、手作業で抜くしかありません」。手作業が多くなったり、思うような収量にならなかったりと無農薬栽培ゆえの苦労は多い。それでも「<strong>お茶は毎日飲んでもらうものだから</strong>」と、安全を追い求め手間を惜しまないのは、片木さんが父から譲り受けた信念だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">弱みを個性に。すっきりとした味わいの朝宮茶</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji6-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>厳しい自然環境に鍛えられた茶葉は、お茶本来の味わいが感じられると評判だ。だが、味の評価では、旨み成分を重要視するのがお茶の世界。その旨みに影響を与えるのは化学肥料である。それゆえ、化学肥料を使用しないとどうしても旨みが少ないお茶になってしまう。それについて片木さんは「旨みだけを比較すると化学肥料を使う他の産地に負けるかもしれません。でも、これまでの経験から、菜種油やごま油の搾りかすなどの<strong>植物系の有機肥料</strong>を使うと香りが高くなることがわかったんです。もともと朝宮の在来種は<strong>香りが特長</strong>なんで、より香りを突き詰めていければ」と意欲をみせる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">朝宮茶を次世代へ繋ぐために</h3>



<p>生産者の<strong>高齢化</strong>、飲料の多様化によるお茶の<strong>需要の減少</strong>など、茶業界が抱える課題は多い。それは朝宮でも同様で、現在35軒ほどある茶農家にも若い世代がほとんどいない。</p>



<p>「無農薬栽培に誇りをもつ父の姿を見て、僕は継ぐことを決めました。僕の息子が同じように胸を張って継ぎたいと言ってくれるよう、無農薬栽培だけじゃない、<strong>新しい付加価値を模索</strong>しているところです」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">朝宮茶を次世代へ繋ぐために</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji7-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>片木さんがいまターゲットにしているのは、滋賀県の姉妹都市・アメリカ合衆国<strong>ミシガン州</strong>。5年前くらいから、現地で販売するようになったという。「ミシガン州では、まだほとんど日本茶が知られてないんです。世界中の人に朝宮茶を届けたい想いはありますが、まずはミシガン州の人に日本茶といえば朝宮茶と言ってもらえるようにしたい」。実際に現地での販売会では「<strong>すっきりしていて飲みやすい</strong>」と好評で、手ごたえを感じている。</p>



<p>いま国内でのお茶の消費量は減少傾向だが、世界的にみれば健康志向の高まりや日本食ブームで、<strong>日本茶が注目</strong>されることが多くなっている。実際に、アメリカ、台湾、ヨーロッパなどへの輸出量は10年間で4倍に増加しているという。朝宮茶も世界に通用する日本茶へ羽ばたく可能性は十分にある。</p>



<p>無農薬栽培へのこだわりは捨てず、品質とブランド力を高める。朝宮茶を次の代、さらにその先へと繋ぐ一手は、片木さんが握っている。日本最古の茶産地で脈々と受け継がれてきた「かたぎ古香園」の挑戦は、この先も続いていく。 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/118_kao_IMG-6786-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-47780" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/118_kao_IMG-6786-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/118_kao_IMG-6786-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/118_kao_IMG-6786-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/118_kao_IMG-6786.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">朝宮茶 かたぎ古香園 代表 片木明さん</figcaption></figure></div>


<p>完全無農薬栽培や丁寧な手作業へのこだわりから大量生産はできませんが、その分体に優しく、より高い品質のお茶を作っていると自負しております。自家用だけでなく、贈答用にもふさわしいお茶です。お茶の木自身が生み出した本来のお茶の旨みを、ぜひ味わってみてください。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33860/">日本最古の茶産地で、無農薬栽培に挑む「かたぎ古香園」/滋賀県甲賀市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>土づくりと独自の製法にこだわる雲仙茶ー長崎県島原半島・長田製茶/長崎県雲仙市</title>
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		<pubDate>Tue, 08 Nov 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[茶]]></category>
		<category><![CDATA[お茶]]></category>
		<category><![CDATA[長崎県]]></category>
		<category><![CDATA[雲仙市]]></category>
		<category><![CDATA[長田製茶]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>雲仙市瑞穂町の約13ヘクタールという非常に小さなエリアで、島原半島の火山灰土壌とオリジナル有機堆肥を用いた「雲仙茶」の栽培が行われている。「深蒸し玉緑製法」という独自の製法を守りながら日々新たな挑戦を続ける、雲仙山麓の茶 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33617/">土づくりと独自の製法にこだわる雲仙茶ー長崎県島原半島・長田製茶/長崎県雲仙市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>雲仙市瑞穂町の約13ヘクタールという非常に小さなエリアで、島原半島の火山灰土壌とオリジナル有機堆肥を用いた「雲仙茶」の栽培が行われている。「深蒸し玉緑製法」という独自の製法を守りながら日々新たな挑戦を続ける、雲仙山麓の茶農家「長田製茶」3代目・長田篤史さんを訪ねた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">雲仙山麓の豊かな土壌が育む「雲仙茶」</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" width="640" height="427" src="/wp-content/uploads/2022/11/kiji1-2.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>長崎県島原半島。その中心にそびえる<strong>雲仙岳の麓、標高約50メートルから200メートルの中山間地で「雲仙茶」は栽培されている</strong>。この地で日本茶の栽培が始まったのは、<strong>1935(昭和10)年</strong>ごろ。当時、国策としてミカン栽培が進められていた中、後に紹介する「長田製茶」初代が、雲仙山麓の土壌と気候に合うチャノキを瑞穂町に植樹した。それから<strong>約90年、栽培面積約13ヘクタールと小さなエリアで「雲仙茶」は作り続けられている</strong>。県内での茶の産地としては南に位置しているため収穫は比較的早め。澄んだ空気、豊かな土の養分、太陽の光を浴びて健やかに育った「雲仙茶」は、うま味と鮮やかな色合いに定評がある。</p>



<h3 class="wp-block-heading">雲仙茶の特徴</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji2-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>日本茶といえば、「煎茶」の細い針状の茶葉を思い浮かべる人が多いだろう。しかし<strong>長崎県で生産されるのは、茶葉が湾曲した「蒸し製玉緑茶（むしせいたまりょくちゃ）」が主流</strong>。この製法で作られた日本茶は、生葉を高温で蒸して発酵を止めた後、揉んで乾燥させる工程で、形状がクルリと丸くなる。これが<strong>勾玉のように見えることから「グリ茶」と呼ばれる</strong>ことも。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji3-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>雲仙茶も「蒸し製玉緑茶」であり、煎茶のように茶葉の形を整える「精揉」の工程を踏まず空気を含ませながら乾燥させるので茶葉に旨味成分が多くとどまり、<strong>渋みが抑えられた、まろやかな味わいになるのが特徴</strong>だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">3代に渡って雲仙茶を作る「長田製茶」</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji4-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>雲仙市瑞穂町の山間。段々畑が一面に広がる山道を車で走ると「長田製茶」の茶畑が見えてきた。訪れたのは、ちょうど収穫のピークを越したばかりの5月初旬。「今年は冬の寒さが影響し、早生品種の収穫が遅かったのですが、中手と晩生は通常通りだったので、かなりタイトでした」。そう言いながら笑顔で迎えてくれたのは<strong>「長田製茶」の長田篤史</strong>さん。<strong>1935(昭和10)年から続く約5ヘクタールの茶畑</strong>で、3代目として日本茶の栽培、製造、販売までを一貫して行っている。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji5-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>長田さんは佐賀大学を卒業したのち、静岡県にある国立野菜茶業研究所で2年間のお茶づくりの研修を経て帰郷。25歳から本格的に家業に携わるようになった。現在は味と香りのバランスが良いとされるサエミドリを中心に、静岡県での修行中に恩師から薦められたオクユタカほか<strong>全部で10種類以上の品種を栽培</strong>。オクユタカはあと味がすっきりしていて爽やかさが特徴で人気の高い茶葉。それぞれの品種の個性を把握しながら「本当においしいお茶」を追求する日々だ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji6-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>長田製茶には製法に独自のこだわりがある。「雲仙茶は基本的に蒸し製玉緑茶ですが、当園では<strong>蒸し時間を通常よりも長くする『深蒸し玉緑製法』</strong>という製法を編み出しました。さらに<strong>仕上げで釜炒り</strong>をして、香りを立たせています。これは祖父の代から続けている工程。香り高く、色味が美しいまろやかな緑茶に仕上がります」。摘み取った茶葉をほんの少し発酵させた「萎凋茶（いちょうちゃ）」や、火を入れていない「白茶」の水出し、和紅茶など、茶本来の持つおいしさを引き出すために様々な試みを行う長田さん。信頼する日本茶インストラクターと共同で、雲仙茶ならではの魅力と可能性を探り、追求している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">長田製茶の取り組み</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji7-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>長田製茶がある雲仙山麓の土壌は、黒ボク土と赤土が混ざった火山灰土。水はけがよく、茶畑の土は触るとふかふかと柔らかだ。長田さんはこの土壌を、長年に渡ってじっくりと丁寧に育んできた。例えば、<strong>冬には牛ふん堆肥をベースにした有機物をブレンドしたオリジナル堆肥を施用</strong>し、秋には稲わらを敷いて保湿しながら雑草を防ぐ。堆肥や稲わらは全て島原半島のものだ。さらに<strong>完全無農薬の茶栽培も行い、安全・安心なお茶作りを徹底</strong>。「<strong>おいしいお茶は元気な木からしか生まれない</strong>、と常々父から言われているんです」と長田さん。今年から仲間と共に獣害対策として捕獲された<strong>イノシシを粉砕するなどして肥料に利用する方法を開発し、それを使用した土づくり</strong>をスタートさせた。さらに島原半島にあるワイナリーからブドウの搾りカスを譲り受け、実験的に肥料として利用。「結果が出るのは2、3年後。茶畑にどのような効果があるか楽しみです。目標は、<strong>未来を見据えた循環型農業</strong>。次世代に繋いでいける健やかな農業のあり方を模索し、チャレンジしています」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">カフェから雲仙茶の魅力を発信</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji8-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>従来のように畑で茶葉を育て、加工し出荷するだけでは、茶文化の継承・発展を目指せないと感じた長田さんは、2017(平成29)年、新たな拠点として日本茶カフェ「ぽっぽや茶葉」を構えた。茶畑から車で約10分、目の前に有明海とローカル線を望む店舗は長田さんの母方の実家をリノベーションしており、ノスタルジックな雰囲気が漂っている。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji9-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>提供するメニューには、雲仙茶はもちろん地元のオーガニック野菜や伝統野菜をふんだんに使用。定期的に小学生を対象としたワークショップやお茶の淹れ方教室等のイベントを開催し、長田製茶の茶葉が購入できるショップコーナーも併設している。<strong>企画から生産・流通・販売まで一気通貫で行うことで、消費者に直接、雲仙茶の魅力や楽しみ方を提案</strong>するのが狙いだ。「私は畑で働く生産者です。しかし畑の中だけで試行錯誤を繰り返しているだけでは、消費者の反応を知ることができません。畑の外に拠点を作って以来、外部との交流が生まれ新たな視点を得る機会が増えました。交流から生まれた課題は畑に持ち帰り、次の目標にしています」。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji10-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>ローカル線の駅の目の前にあるフォトジェニックなカフェには、県内外から連日観光客が訪れる。海の幸、山の幸の宝庫である島原半島には近年、農業、飲食業を営むことを目的とした「食のプロ」の移住者も増えた。「雲仙茶のみならず、島原半島が誇る食文化をこのカフェから広めていくことができれば」。長田さんは生まれ育ったここ島原の地をこよなく愛し、受け継ぐべき新たな姿に心を弾ませながらそう語る。</p>



<p>約13ヘクタールという小さな産地が、起こすムーブメントは、日本茶の枠を超えた大きな可能性を広げていく、そんな雲仙茶の描く未来が明るく見えた。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33617/">土づくりと独自の製法にこだわる雲仙茶ー長崎県島原半島・長田製茶/長崎県雲仙市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>地域の助け合いが紡ぐ重要無形民俗文化財「阿波晩茶」殿川綾女さん／徳島県上勝町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 15 Aug 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[茶]]></category>
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		<category><![CDATA[重要無形民俗文化財]]></category>
		<category><![CDATA[上勝町]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/main-4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>徳島県東部に位置する上勝町は大小55の集落からなる人口1500人ほどの四国一小さな町でありながら、2003年に「2020年までにごみをゼロにする」という目標をたて、「ゼロ・ウェイスト宣言」を日本で初めて行った先進的な町と [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/32418/">地域の助け合いが紡ぐ重要無形民俗文化財「阿波晩茶」殿川綾女さん／徳島県上勝町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/main-4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>徳島県東部に位置する上勝町は大小55の集落からなる人口1500人ほどの四国一小さな町でありながら、2003年に「2020年までにごみをゼロにする」という目標をたて、「ゼロ・ウェイスト宣言」を日本で初めて行った先進的な町としても知られている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">上勝の阿波晩茶とは</h2>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">阿波晩茶（あわばんちゃ）</span>の生産者、<a href="https://www.kamikatsu-teamate.com/archives/in0ft4uvclitcxigwcw0/%e6%ae%bf%e5%b7%9d%e7%b6%be%e5%a5%b3%e3%81%95%e3%82%93?easys_page_id=157&amp;easys_block_id=t0gltl40r74jv2vodwwv" target="_blank" rel="noopener" title="殿川綾女">殿川綾女</a>さんの家までは、クルマがすれちがうのも難しいような狭く曲がりくねった道をゆく。霧がたちこめた谷地には、棚田も見える。日本の農村の原風景のような美しい町だ。<span class="swl-marker mark_yellow"> 阿波晩茶とは、徳島県で古くから飲まれてきた特産茶のこと。中国茶の「プーアル茶」や、高知県の「碁石茶」と同じく乳酸菌を使って茶葉を発酵させた“後発酵茶”で、2021年にはその製造技術が認められ、国の「重要無形民俗文化財」に指定された。</span></p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/07252020_tabi_1681.jpg" alt="" class="wp-image-31998"/></figure></div>


<p>到着すると阿波晩茶作りの名人である殿川さんは、地元の女性たちと一緒に腰に茶摘みカゴを着けて茶葉を摘んでいた。「収穫といっても茶畑じゃないんですよ。山に自生した茶の葉をとるんです」（殿川綾女さん）ヤブのなかを分け入り、茶木を見つけては葉を摘み続ける。収穫の仕方は摘むというよりは、枝から“むしる”といったほうがいいかもしれない。</p>



<p>「どのくらいの量をつくるんですか？」（中田）</p>



<p>「うちだと70kgくらいかな。家で飲む分と、友だちに配る分がほとんどで、余ったものを市場に出しています。商売にはならないですよ。先祖代々やっているので、それを私も受け継いでいるんです」（殿川さん）</p>



<p>市場ではほとんど目にすることのない阿波晩茶だが、上勝町ではいたってポピュラー。冬は温かく、夏は冷やして。赤ん坊の風呂用につかうこともあるという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">地域の助け合いで生まれる阿波晩茶の作り方</h2>



<p>収穫の翌日、朝９時に殿川さんの自宅に伺うと、庭先の大きなブルーシートの上に、５日間かけて収穫した野生の茶葉を広げているところだった。そこからまずは枝やゴミを取り除き、大きな鍋で茹で、機械で揉捻し、そして桶で漬け込む。重要なのは、茶葉の茹で具合だ。 「何度のお湯でどのくらいの時間茹でるか決まっているわけじゃないんですよ。葉っぱの具合を見ながら、そろそろかなと思ったらそこで終わり。勘みたいなものかな。私もだれかに教わったわけじゃないんだけど、子どものころから見ているからね。それでなんとなく覚えたんですよ」（殿川さん）</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/07252020_tabi_1670.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>一家総出で行われる阿波晩茶づくりは、この地域の夏の風物詩。揉捻機や鍋、ボイラーを貸し出す業者の方は、この時期、１日に何軒もまわって阿波晩茶づくりを手伝うのだという。みんなで作業を分担し、手際よく茶づくりが進む。</p>



<p>「<span class="swl-marker mark_yellow">近所の人も茶摘みや茶づくりを手伝ってくれるんですが、みんなボランティア。このあたりでは、昔から“手間借り”、“手間返し”といって、お互い忙しいときは助けあうのが当たり前。ずっとそうやってきました</span>」（殿川さん）</p>



<p>茹で上がり、揉捻された茶葉が大きなバケツのような桶に移されると、まずは長靴を履いた人がこれをギュッギュッと踏んで隙間から空気を追い出す。小山ほどあった茶葉がどんどん桶に入れられていく。最後の茶葉が入れられ、じゅうぶん踏み込まれたところで、茶色くなった茹で汁が注ぎ込まれた。こうして梅雨明けあたりに漬け込んだ茶葉はお盆が終わる頃に取り出す。その間に茶葉が醗酵する事で独特の風味が生まれるのだ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/07252020_tabi_1767.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p>「石を持ってこようか」。殿川さんの掛け声で、家の裏手から大きな石がいくつも運ばれてきた。殿川家に代々伝わる漬け込み用の石だ。こういった作り方も阿波晩茶が“漬物茶”と呼ばれる所以。殿川家では、他家よりも重い150～180kg分。石をどのくらい積むかも家によって異なる。さらに石の積み方にも殿川さんはこだわる。石の向きや置き方によって、茶葉にかかる圧力が変わってくるからだ。</p>



<p>「これで終わり！ 4週間くらい待って、天日で乾燥させたら阿波晩茶のできあがりです」（殿川さん）</p>



<p>作業を終え、みんなで冷えた阿波晩茶を飲む。茶摘みから漬け込みまで、殿川さんを中心に地元の方々がとても楽しそうにしていたのが印象的だった。阿波晩茶は、地域のコミュニケーションツールとして大きな役割を果たしている。それは、作ったお茶を売って収入を得ることよりもずっと貴重なことのように思えた。</p>


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