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	<title>FOOD - NIHONMONO</title>
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		<title>霊峰石鎚に伝わる幻の発酵茶・石鎚黒茶を守り続けるさつき会／愛媛県西条市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 18 Oct 2026 10:19:13 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki019.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>西日本一の標高を誇る石鎚山（いしづちさん）の麓に、弘法大師空海が伝えたといわれるお茶がある。その名も石鎚黒茶。石鎚黒茶さつき会では、江戸時代から続くその製法を受け継ぎ、現在もすべての工程を手作業で行っている。 日本に4つ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki019.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>西日本一の標高を誇る石鎚山（いしづちさん）の麓に、弘法大師空海が伝えたといわれるお茶がある。その名も石鎚黒茶。石鎚黒茶さつき会では、江戸時代から続くその製法を受け継ぎ、現在もすべての工程を手作業で行っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本に4つしかない「後発酵茶」のひとつ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki011.jpg" alt="" class="wp-image-55446" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki011.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki011-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki011-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>西日本最高峰・石鎚山。その山麓、愛媛県西条（さいじょう）市黒瀬（くろせ）地区。この地でつくられる石鎚黒茶は、富山のバタバタ茶、徳島の阿波番茶、高知の碁石茶（ごいしちゃ）と並び、日本にわずか4つしか存在しない後発酵茶の一つだ。</p>



<p>後発酵茶とは、摘み取った茶葉をすぐに加熱して酸化酵素の働きを止めた後、乳酸菌や麹菌などの微生物の力で発酵させるお茶のことだ。</p>



<p>なかでも石鎚黒茶は、空気に触れさせながら有機物を分解・発酵させる1次発酵（好気発酵）と、空気を遮断した無酸素状態で行う2次発酵（嫌気発酵）の「2段発酵茶」という希少な製法が特徴だ。</p>



<p>「2段階で発酵させているお茶は、世界的に見ても碁石茶と石鎚黒茶しか確認されていないと聞いています」。そう話すのは、さつき会会長の戸田久美さん。石鎚黒茶が2018年に無形民俗文化財に指定された背景には、この希少性が大きく関わっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">真夏の山で行われる、すべて手仕事のお茶づくり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki015.jpg" alt="" class="wp-image-55447" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki015.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki015-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki015-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>さつき会では江戸時代から続く製法を守り、すべての工程を手作業で行っている。効率や大量生産とは無縁の、風土と時間に委ねるお茶づくりを貫いているのだ。</p>



<p>石鎚黒茶の製造は、6月の終わりから7月初旬にかけて始まる。品種は、日本茶の代表的な品種である「やぶきた」だ。煎茶とは異なり、発酵茶には硬くなった茶葉「硬葉（こわば）」を使う。そのため、収穫時期も遅く、梅雨明け前後から真夏にかけて作業が集中する。</p>



<p>人の背丈ほどに伸びた茶木から硬葉を枝ごと手作業で刈り取り、ひとまとめにして山から担いで下ろし、軽トラックに積み込む。収穫は朝6時から8時頃まで。1日に軽トラック3台分を刈り取るのだという。なかなかの重労働だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">山の菌に委ねる、一次発酵 </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki002.jpg" alt="" class="wp-image-55448" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki002.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki002-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki002-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>山から下ろした茶葉は、作業場で枝を切りそろえ、洗浄し、蒸し工程へと進む。</p>



<p>茶葉が蒸し上がったら発酵用の木桶に詰め、1次発酵（好気発酵）を行う。桶に住み着いた天然の微生物、糸状菌など酸素を好む菌が、酸素を取り込むことで分解・発酵が進んでいく。</p>



<p>お茶の味を決めるのは、その場所に住み着く菌だという。同じようにつくっても、場所が違えば味にも違いが出る。だからこそ久美さんは当時から伝わる製法に強いこだわりを持ち、「石鎚黒茶と名乗る以上、石鎚山系の茶葉、水、発酵場所でなければいけない。これだけは絶対に曲げられません」と言い切る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">石鎚黒茶ならではの揉み作業を経て2次発酵へ</h3>



<p>1次発酵を終えた茶葉は、2次発酵までの間に一度揉み作業を挟む。「揉み作業を行うのは、2段階発酵のお茶の中でも石鎚黒茶だけ。だから世界で一番手間がかかっているお茶だと思っています」と久美さんは自負する。</p>



<p>揉み作業を終えた茶葉は、再び木桶に詰め直され、空気が入らないよう蓋と重石をのせて2次発酵へ。酸素を必要としない乳酸菌による嫌気発酵により、独特の酸味と香りが生まれるのだ。</p>



<p>10日から14日ほどかけて2次発酵を終えた茶葉は、むしろの上に広げられ、太陽の下で天日干しをする。ひっくり返しながら両面を丹念に乾かしていくこの工程にも、2〜3日を要する。</p>



<p>こうして仕上がった石鎚黒茶は、できたてのフレッシュな酸味もいいが、そこから2年、3年と熟成させることで生まれる味わいの変化を楽しむのもいい。「だんだんまろやかになって、甘みが増してきます。10年ものを飲んだときは、本当に甘くて驚きました」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">消えかけた文化をつないださつき会</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki001.jpg" alt="" class="wp-image-55449" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki001.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki001-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki001-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>今でこそ石鎚黒茶は「幻のお茶」といわれているが、かつて石鎚山の麓では、どの家庭でも当たり前のようにつくられ、飲まれていたお茶だった。</p>



<p>しかし過疎化とともにその文化は静かに失われていき、1996年当時、製造者はたった一人になっていた。「最後の一軒もやめるという話が出たとき、それではあまりにももったいないということで、地元の生活研究グループが中心になって技術を引き継ぐ話になりました」。</p>



<p>こうして誕生したのがさつき会だ。当初は久美さんの母親世代が中心となり、最後の一軒から製法を受け継ぎ、試行錯誤を重ねながら製造を始めた。</p>



<p>2012年頃からは、初期メンバーの娘世代・嫁世代である久美さんらが製造を引き継いだ。同時期には愛媛大学による研究が進み、石鎚黒茶に整腸作用や免疫力向上などの機能性があることも明らかになった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">かつてのように、暮らしに根づくお茶をめざして</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki032.jpg" alt="" class="wp-image-55450" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki032.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki032-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki032-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>石鎚黒茶は、まだ全国的な知名度が高いとは言えない。だからこそ、さつき会はさまざまな形でPRにも力を入れている。石鎚黒茶を使ったケーキやクッキーを試作する地元の洋菓子店や、商工会の女性部の協力もあるという。西条市内にある愛媛県立小松高等学校との取り組みにも積極的で、学生たちは、夏向けの商品として石鎚黒茶を使ったゼリーを開発。試作を重ね、販売まで行っている。</p>



<p>「高校生のみんなが石鎚黒茶を広めるため、いろんなことに挑戦してくれる。それが本当にありがたいんです」と久美さんは表情を綻ばせる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki021.jpg" alt="" class="wp-image-55451" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki021.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki021-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki021-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>また、地元ラジオ局・FM愛媛とのコラボレーションで誕生した「黒茶大福」も、2024年9月に販売を開始し、大きな反響を呼んだ。</p>



<p>石鎚黒茶をパウダーにして餅生地に練り込み、やさしい甘さの生クリームを包んだ一品だ。表面にも石鎚黒茶のパウダーを贅沢にまぶしている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">全国のサポーターを巻き込み「みんなの石鎚黒茶」に</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki023.jpg" alt="" class="wp-image-55452" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki023.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki023-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki023-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>さつき会では東京などで開催される展示会にも出展し、全国へ石鎚黒茶を伝えるべく動いている。近年の発酵ブームも相まって、健康に関心の高い人々からの反応は上々だ。そうして各地で結んだご縁は、消費者としての広がりにとどまらず、製造現場の助けにもなっている。</p>



<p>石鎚黒茶の製造は、すべて手作業。そのため生産量は年間300キロほどに限られる。人手不足は常に課題だ。しかし近年は、展示会などで石鎚黒茶の魅力に触れた県外の人々が体験に訪れるようになった。2023年には、延べ120人以上が製造に関わったという。「もう、さつき会だけのお茶じゃなくて、来てくれるみんなのお茶。石鎚黒茶がつなげてくれた出会いは、お金にはかえられない財産です」。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki026.jpg" alt="" class="wp-image-55453" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki026.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki026-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki026-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>茶葉の収穫から蒸し、発酵、揉みという一連の作業を体験するだけでなく、「思い出をつくって帰ってほしい」との思いから、作業の合間にみんなで冷えたスイカを食べたり、愛媛の伝統工芸品・砥部焼の絵付け体験をしに出かけたり、メンバーが一丸となっておもてなし。そのあたたかさにひとたび触れたら、きっとまた会いに来たくなるに違いない。</p>



<p>展示会に出れば、体験や過去の展示会でつながった人たちが応援に駆けつける。「私たちは体験に来てくれた方に手ぬぐいをプレゼントしているんですが、それを首に巻いて応援に来てくれたときは、涙が出るくらいうれしくって」と久美さん。東京、千葉、神奈川、京都…、石鎚黒茶を通じて生まれた人の輪が、各地に広がっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">未来を見据え、常に動き続ける</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki006.jpg" alt="" class="wp-image-55454" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki006.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki006-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>夏のわずか2カ月ほどしか製造できない石鎚黒茶を広めるために、一年を通して何ができるか。久美さんは常に考え続けている。「これで満足、って思えたことは一度もないんです。次は何ができるか、ずっと考えています」。</p>



<p>最終的にめざすのは、石鎚黒茶が特別な存在ではなく、暮らしの中に溶け込む未来。そして、次の世代が当たり前のように受け継いでいく文化だ。この想いを紡ぎ、2026年には設立30周年を迎えた。</p>



<p>石鎚の山が育て、人の手が仕上げる一杯のお茶。石鎚黒茶は、土地の記憶と人々の営み、さつき会の熱き思いに満ちている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55435/">霊峰石鎚に伝わる幻の発酵茶・石鎚黒茶を守り続けるさつき会／愛媛県西条市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>南高梅を世界へ、次世代へ。「紀州高田果園」高田智史さん／和歌山県日高郡みなべ町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 18 Oct 2026 10:08:27 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[新着記事]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[紀州南高梅]]></category>
		<category><![CDATA[梅酒]]></category>
		<category><![CDATA[南高梅母樹]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/8fec976f201fa3e992d6b4659b3fae11.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>和歌山県みなべ町で、明治35年（1902年）から梅を育て続ける「紀州高田果園」。日本を代表する梅の品種・南高梅（なんこううめ）の発祥農園として、梅の有機栽培や加工を通して“本物の味”を追求する。代表取締役・高田智史さんが [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/8fec976f201fa3e992d6b4659b3fae11.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>和歌山県みなべ町で、明治35年（1902年）から梅を育て続ける「紀州高田果園」。日本を代表する梅の品種・南高梅（なんこううめ）の発祥農園として、梅の有機栽培や加工を通して“本物の味”を追求する。代表取締役・高田智史さんが、梅を世界へ、次世代へ繋ぐために重ねる挑戦とその思いに迫る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">江戸時代から続く梅の栽培地で育む、南高梅</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/703df56be39395255c6ca7df667f3b27.jpg" alt="" class="wp-image-55426" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/703df56be39395255c6ca7df667f3b27.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/703df56be39395255c6ca7df667f3b27-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/703df56be39395255c6ca7df667f3b27-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>収穫量は61年連続1位、国内収穫量の約6割を占める、梅の一大産地・和歌山県。中でも県中部に位置するみなべ町・田辺（たなべ）市一帯は、県内でも随一の梅の生産量を誇り、栽培の歴史は江戸時代にまでさかのぼる。</p>



<p>太平洋に面し、温暖な気候ながら、急傾斜の山林と岩混じりの痩せた土地が多かったことから、稲作には不向きだったみなべ・田辺エリア。江戸時代、このエリアを治めていた紀州藩田辺領主・安藤直次が、政策として、山頂付近に薪炭林（しんたんりん）を残し、山裾に梅林を開墾したのが梅栽培の始まり。</p>



<p>薪炭林が山の保水力を高め、山に生息するミツバチは梅の受粉に大きな役割を持つことから、同エリアの梅はすくすくと育ち、一大産業に。400年以上たった今もなお、地域の人々の暮らしを支える存在だ。2015年には、画期的な農法と梅産業から広がる文化・景観が評価され、「みなべ・田辺の梅システム」として、国連の専門機関・国連食糧農業機関が、世界農業遺産に認定している。</p>



<p>ほのかに紅色に染まった美しい実は大粒で、厚い果肉と柔らかな皮、フルーティーな香りが特徴のみなべ・田辺エリアの主力品種・南高梅。和歌山県が生産する梅の約８割が南高梅で、全国的にも知名度の高い品種だ。</p>



<p>その南高梅の“生みの親”が、1902年からみなべ町で梅栽培を続ける「紀州高田果園」。代表取締役・高田智史さんは、「私の祖父である、創始者・高田貞楠（さだぐす）が植えた梅の苗木が、南高梅の始まりです」と。</p>



<h3 class="wp-block-heading">梅農家が植えた１本の木が、日本を代表する品種「南高梅」に</h3>



<p>南高梅が誕生するまでのみなべ・田辺エリアでは、各農家で栽培する梅の品種は異なり、その数は多岐にわたった。「高田果園も、祖父が植えた梅の木の中でも、美しく大粒の梅が豊かに実る1本を“高田梅”と呼び、接ぎ木をしながら数を増やし、大切に育てていました」と高田さんは振り返る。</p>



<p>そんな中、1950年、産地のブランド力の向上や高品質の梅を安定して生産するため、この地に適した品種を一本化することを目的に「梅優良樹調査委員会」が設立。当時、地域で栽培されていた114種類の品種を対象に、「収穫量の安定性」や「実の品質」「みなべ・田辺エリアの風土への適応性」「栽培のしやすさ」などの観点から、同委員会が優良品種を調査。5年にも及ぶ審査の結果、「最も風土に適した最優良品種」と評価されたのが高田梅だ。その後、繁殖のための母樹（ぼじゅ）選定に協力した地元の高校「南部（みなべ）高校」の“南”と「高田梅」の“高”から、新たな品種は「南高」と名付けられ、1965年に種苗名称が登録。高田果園の1本の梅の木が、いまや「梅干といえば南高梅」といわれるほどの知名度にまで広がった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">南高梅発祥農園として、有機栽培で極上の一粒を</h2>



<p>梅の栽培から加工、販売まで手掛ける高田果園では、10年以上前から有機栽培に取り組み、現在は約9ヘクタールある自社農園の8割で、化学肥料や農薬を使用せず梅を栽培。同社の梅は、自然の力を生かして育てられた農産物に与えられる国家規格「有機JAS」の認証を受けている。</p>



<p>有機栽培を続けるのは、「南高梅発祥農園として、極上の一粒を届けたい」という、高田さんの強い思いからだ。手作りの堆肥で土壌を育て、実に日光が当たるよう剪定し、細かな手間を惜しまず栽培された木には、大粒で美しい実が豊かに実る。</p>



<p>高田果園では、まだ実が固い状態の青梅と、黄色に変わり柔らかな完熟梅の両方を収穫し、それぞれの特性を生かして加工する。例えば、主力商品である梅干には、まろやかな味わいと滑らかな食感に仕上がる完熟梅を。梅酒にはさわやかな香りの青梅とコクを生む完熟梅をブレンドしている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">塩漬けまでのスピードが命。完熟梅の梅干</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/74bfd974ecc7bb2fbdc983a48a0320e2.jpg" alt="" class="wp-image-55427" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/74bfd974ecc7bb2fbdc983a48a0320e2.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/74bfd974ecc7bb2fbdc983a48a0320e2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/74bfd974ecc7bb2fbdc983a48a0320e2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>梅干に使用する梅は、木から捥（も）いだものではなく、熟れて自然落下した実だけを使用する。その理由を、高田さんは「樹上でギリギリまで育ち、熟して落ちた瞬間が、我々にとっては“完熟”のサイン。香り・皮・果肉どれをとっても別格です」と話す。生の実を食べてもほのかに甘みを感じるほどだという完熟した梅は、桃のような甘い香りが漂い、薄い皮と柔らかな果肉を併せ持つ。梅干しにすると、まろやかさが際立ち口当たりも滑らかな仕上がりに。</p>



<p>しかし、果肉が柔らかいということは、その分、実が傷むのも早いということ。高田さんたちは、落下した梅を「1秒でも早く」という思いで、天候に関わらず収穫し、必ずその日のうちに塩漬けする。梅農家に言わせると、完熟梅は生ものと同じくらい足が早いものだそうで、スピーディーな収穫と塩漬けが品質に直結する。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/04f3a30ff298fcc5f245d3533e53fbb5.jpg" alt="" class="wp-image-55428" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/04f3a30ff298fcc5f245d3533e53fbb5.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/04f3a30ff298fcc5f245d3533e53fbb5-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/04f3a30ff298fcc5f245d3533e53fbb5-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>梅干は、天然塩だけで仕上げる「蔵出し白干梅」をはじめ、自社で有機栽培する紫蘇（しそ）に挟んで漬けた「昔ながらのしそ梅干」、大粒南高梅とアカシアはちみつを使用した「絹梅」、百花はちみつを使用した「真心」など、全8種類を製造。昨今、保存技術の向上や嗜好の変化から、塩分濃度が低いものや、はちみつ、だしなどの調味液で漬けた調味梅干が好まれる傾向にあるが、同社では蔵出し白干梅や昔ながらのしそ梅干もリピーターが多い人気商品。有機梅のおいしさが際立つよう、ともに塩分は18％。酸っぱさの中にもまろやかなコクが感じられる逸品だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">海外の品評会でも高評価。世界に通用する梅酒を目指して</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="639" height="426" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/ae972e1c4c4254459ffa73181be35f8e.jpg" alt="" class="wp-image-55430" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/ae972e1c4c4254459ffa73181be35f8e.jpg 639w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/ae972e1c4c4254459ffa73181be35f8e-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 639px) 100vw, 639px" /></figure>



<p>2008年、みなべ町は「梅酒特区」に認定。みなべ町産の梅を使って町内で梅酒を作る際は、酒製造免許に必要な最低製造量が緩和されたことをきっかけに、高田果園は2011年から梅酒造りを始めた。</p>



<p>梅酒造りで高田さんが大切にしているのは、素材の味わいがストレートに感じられるシンプルなおいしさ。製造する梅酒は一貫して味・色・香りなどの調整はせず、自社栽培の有機梅と砂糖、アルコールだけを使用。同じ年に収穫した梅だけで仕込むので、香りや酸味、コクなど、製造年ごとの変化が楽しめるのが特徴だ。</p>



<p>現在、同社で製造する梅酒は4種類。その中でも、有機梅と国産のブランデー、氷砂糖で仕込み、7年以上熟成させた「熟成梅酒 高田 TAKADA」は、フランスで開催される、日本の酒類を対象とした品評会「Kura Master（クラマスター）」の梅酒コンクールで、2025年度にプラチナ賞と優秀賞を獲得した自信作の一つ。高糖度による“重み”が強い梅酒が多い中、「熟成梅酒 高田 TAKADA」はしっかりと最後にキレが現れるのが特徴。雑味のない有機梅の良さがブランデーに溶け込んでいる。</p>



<p>高田果園では、2023年以降、自社の梅酒を積極的に国際的な品評会へ出品している。高田さんはその理由を「梅酒は世界で通用するのか？という疑問から」と。ヨーロッパで活躍するソムリエやシェフ、一流ホテルの関係者らが味や香りを審査する「Kura Master」は、欧州市場への発信力が強い品評会でもある。今回、上位３銘柄に与えられる優秀賞に「熟成梅酒 高田 TAKADA」は選ばれたものの、高田さんは「世界の人に梅酒を飲んでもらえているかといえば、まだまだ。常にさらにいい味を求めて、チャレンジは続けていきたいですね」と、さらなる高みを見据える。</p>



<p>そんなチャレンジ精神から生まれたのが、最高級ラインの梅酒「貞楠」だ。創始者の名前を冠した同酒は、有機梅・ブランデー・氷砂糖をオーク樽で熟成させた原酒に、さらに新たな梅を漬け込む二段仕込みを採用。「梅酒の概念を変える一杯」をコンセプトにした、樽由来のバニラ香を感じる、ふくよかで深い味わい。こちらの銘柄は、イタリア人のソムリエらが、イタリア料理との相性・デザインなどを多角的に審査する日本の酒類の国際品評会「ミラノ酒チャレンジ2025」で最上位の「マニフィカ賞（各酒カテゴリーのプラチナ賞の中でも最も優れた一本に贈られる特別賞）」 を受賞している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">本物の味を世界に、次世代に。</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/70464bd542a33091daa8e0620195c8dc.jpg" alt="" class="wp-image-55431" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/70464bd542a33091daa8e0620195c8dc.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/70464bd542a33091daa8e0620195c8dc-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/70464bd542a33091daa8e0620195c8dc-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>日本では古くから食文化の一つとして親しまれてきた梅だが、その価値は世界でまだ十分に知られていない。南高梅の発祥農家として、梅の魅力を世界へ伝えていくことが、高田さんの大きな夢だ。</p>



<p>梅の木は、植えてすぐに豊かな実を成すものではない。長期熟成の梅酒もまた、完成までに長い年月を要する。今始めた取り組みの成果を、すぐに自身が目にできるとは限らないが、「これからに繋がる仕掛けはどんどんしていきたい」と高田さんは意気込む。実直に梅と向き合い、新たな商品を生み出し、国内外に南高梅の魅力を伝えていく。その挑戦は、梅の木を大切に育ててきた祖父・貞楠の思いを受け継ぎ、次の世代へ渡していくことにも繋がる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/703df56be39395255c6ca7df667f3b27-1.jpg" alt="" class="wp-image-55432" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/703df56be39395255c6ca7df667f3b27-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/703df56be39395255c6ca7df667f3b27-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/703df56be39395255c6ca7df667f3b27-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>南高梅の礎となった母樹は、樹齢130年を超えた今も、高田果園の農園で毎年花を咲かせ、実を結ぶ。一本の梅の木から始まった南高梅の物語は、その枝を世界へ、そして次の時代へと伸ばし続けている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55418/">南高梅を世界へ、次世代へ。「紀州高田果園」高田智史さん／和歌山県日高郡みなべ町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「人と違うことをやる」。140種ものリンゴを育てるオンリーワンの果樹園「サンファーム」／岩手県盛岡市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 10 Oct 2026 04:01:21 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[リンゴ]]></category>
		<category><![CDATA[ほぼ日]]></category>
		<category><![CDATA[りんご狩りかもしれない展]]></category>
		<category><![CDATA[ブラムリー]]></category>
		<category><![CDATA[カルビル･ブラン]]></category>
		<category><![CDATA[ムーン･ルージュ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_234_9481.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岩手県盛岡市と紫波町（しわちょう）を拠点に、果樹やコメを生産している有限会社「サンファーム」。代表の吉田聡さんは「人と違うことをやる」を信念に、希少な海外品種を含むさまざまなリンゴを育てている。その種類はなんと、140品 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_234_9481.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岩手県盛岡市と紫波町（しわちょう）を拠点に、果樹やコメを生産している有限会社「サンファーム」。代表の吉田聡さんは「人と違うことをやる」を信念に、希少な海外品種を含むさまざまなリンゴを育てている。その種類はなんと、140品種。まるでリンゴの博物館だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「土づくり」から岩手にこだわる「サンファーム」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_230_9451.jpg" alt="" class="wp-image-55373" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_230_9451.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_230_9451-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_230_9451-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>岩手県は、青森県、長野県に続くりんごの一大産地だ。栽培の歴史は青森･長野よりも古く、1872年に盛岡市でりんごの栽培が始まったとされる。</p>



<p>　「サンファーム」は、県内一のリンゴ生産量を誇る盛岡市と、その南隣の紫波町を拠点に、リンゴをはじめとする果樹、コメを育てる農業法人。この地で代々続く農家が母体となっており、現在は11代目の吉田聡さんが代表を務める。</p>



<p>「土作りから丸ごと岩手」をコンセプトに、岩手県内で出る堆肥や牡蠣殻を使った循環型農業を実践。リンゴとコメは、農薬の使用量を慣行農業の半分以下に抑えた「特別栽培」の認証を取得している。また、サクランボやブルーベリーの摘み取りができる観光農園も運営しており、地元はもちろん、首都圏や海外からも収穫体験に訪れるという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">元商社マンが手がける、140種のクッキングアップル</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_203_9270.jpg" alt="" class="wp-image-55374" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_203_9270.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_203_9270-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_203_9270-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>吉田さんは新潟県上越市の出身で、山形大学農学部を卒業後、養殖用水産漁具の専門商社に就職。1995年に結婚したことをきっかけに、妻･美香さんの故郷である盛岡市に移住し、義父が営むサンファームに入社した。未経験から農業の世界に飛び込み、栽培技術の習得に励む一方、観光果樹園や直販事業を立ち上げるなど経営改革にも取り組んできた。</p>



<p><br>なかでも注力しているのが、クッキングアップル（調理用リンゴ）だ。酸味の強い希少品種を中心に、約140品種を栽培。「扱う品種の数でいえば、おそらく日本一だと思います」と、吉田さんは胸を張る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">リンゴ農家としては後発。だからこそ、周りとは違うことを。</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_217_9350.jpg" alt="" class="wp-image-55375" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_217_9350.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_217_9350-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_217_9350-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>岩手県盛岡市は、「わい化栽培」を全国に先駆けて導入した地でもあり、その普及率は90%以上。「わい化栽培」とは、植物の成長を抑える性質を持つ「わい性台木」に接ぎ木し、樹高を低く仕立てて育てる栽培方法のことで、果樹がコンパクトな分、栽培管理や収穫などの作業がしやすく、樹のすみずみまで日光が届くため高品質な果実を育てやすいのがメリットだ。</p>



<p>このように、りんご栽培が盛んな土地ではあったが、吉田さんが農園の仕事を手伝いはじめた当時、同園ではりんごの栽培を行っていなかった。「うちは代々続く農家ですが、リンゴ栽培に参入したのは2009年から。周りと比べたらだいぶ後発なんです」と吉田さん。だからこそ「ほかではやっていないこと」を意識し取り組んでいると話す。</p>



<p>「岩手県内のJAが取り扱うリンゴは22品種。多くのリンゴ農家はこの22品種のどれかを栽培し、育てたリンゴは他の生産者のものとひとくくりにされて市場流通に乗っていきます。それだと独自性を発揮しにくいし、面白くないなあって。だったら全く違う土俵で戦おうと、翌年の2010年から、品種を増やし始めました」。</p>



<p>国内で栽培･流通されるリンゴの多くは、ふじやジョナゴールドなど甘みの強い生食用の品種だ。吉田さんは「あえてそれとは逆をいこう」と、酸味が強く調理に向いている品種に着目。加熱調理することで味わいが引き立つ調理用リンゴは、飲食店にこそ大きなニーズがあると考えた。そこで、メインのターゲットをシェフやパティシエに定め、彼らのニーズをつかむべく、全国各地のレストランや菓子店に足を運んだ。<br></p>



<p>「いろいろな料理人の方々に話を伺ううち、焼くなら水分が出にくいもの、ジャムにするなら煮溶けやすいものなど、作りたいメニューや用途によって求められるリンゴの特徴が違うことがわかってきて。それぞれのニーズに適した品種を探すところから始めました」</p>



<p>現在栽培している140品種は、イギリスの定番品種「ブラムリー」や「コックス･オレンジ･ピピン」、フランス原産の「カルビル･ブラン」など。海外品種が中心だが、長野県生まれの「ムーン･ルージュ」など国内の希少品種も扱う。また、園地の一部分を試験区として確保し、毎年、新たな品種を試験栽培しているという。<br><br>「海外品種の原産国の多くは、日本に比べて降水量が少なく、乾燥している気候。高温多湿の日本で育てるのは難しく、栽培を断念したものもあります」と吉田さん。果実の個性の違いを無理に技術で克服しようとするのではなく「日本の気候で育てても、その品種ならではの個性や良いニュアンスが残るものを選び、栽培しています」と話す。<br><br>さらに、栽培している海外品種を親に持つ、サンファームオリジナル品種の育種にも取り組んでいるという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_231_9457.jpg" alt="" class="wp-image-55376" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_231_9457.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_231_9457-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_231_9457-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>これらのリンゴは、主に三つ星レストランや有名ホテルをはじめとするレストラン、パティスリーに納品されている。一軒ずつ店を回る地道な営業活動から始まり、実際にメニューに使ったシェフの口コミで評判が広がっていったという。また、規格外のリンゴは皮むきやカット、すりおろしといった業務用の一次加工品として卸しており、サンファームにとっては廃棄ロスの削減になり、顧客である飲食店にとっても作業コストの抑制につながる。これに加え、現在は食べチョクなどの産直通販サイトを通じて、一般消費者向けの販売も手がける。<br></p>



<p>「JAなどに出荷すると、流通の仕組み上、うちでやっている希少品種は評価されにくい。でも直接販売なら多品種を扱う強みを活かして細かなニーズに応えることができる」と吉田さん。シェフやパティシエからの信頼は厚く、現在、サンファームの売り上げの9割は直接取引だ。</p>



<p>また国の「ふるさと創生グローバル事業」に参加したことをきっかけに、海外における日本産リンゴの需要も実感したという。その後、フルーツ専門の流通会社と連携し、タイのショッピングセンターでの対面販売やテレビショッピング出演を経験するなどグローバルな市場での日本産リンゴの可能性も肌で感じた。</p>



<p>「特に人気なのは『紅の夢』などの赤肉品種。海外の赤肉品種は生で食べると渋みがありますが、日本のものは食べやすいと喜ばれます」</p>



<h3 class="wp-block-heading">都心でりんご狩りを体験？「ほぼ日」とのコラボレーション</h3>



<p>サンファームの多品種栽培の取り組みは、コピーライター･糸井重里氏が代表を務める「ほぼ日」とのコラボレーションにもつながった。<br><br>「ほぼ日」が、2021年から毎年開催している「りんご狩りかもしれない展」は、渋谷PARCOを会場に、擬似リンゴ狩り体験ができるイベント。サンファームはこのイベントに、毎年さまざまな品種のリンゴを提供している。<br></p>



<p>会場では、甘いものや酸っぱいもの、大きさや色もさまざまな品種を展示。来場者はその中から好きなリンゴを選んで購入し、その場で食べることができる。</p>



<p>「スーパーなどではほとんど見かけることがない品種もたくさん展示しています。お子さんは結構、酸味のあるリンゴも平気な顔で食べたりしますね。保護者の方が『それは酸っぱいよ』と止めても『これが好き』と言ってくれたり。甘い=美味しい、という先入観や価値基準に捉われず、リンゴのいろんな魅力を知ってもらえたら嬉しいなと思います」と吉田さんは笑顔を見せる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">気候変動への対応と、新たな挑戦</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_219_9361.jpg" alt="" class="wp-image-55377" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_219_9361.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_219_9361-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_219_9361-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>名だたるレストランやパティスリーをはじめ、全国各地のシェフ･パティシエの信頼を集めるサンファーム。順調に見える農園経営だが、課題もある。中でも、気候変動への対応は切実だ。</p>



<p>「リンゴもサクランボもここ数年、猛暑による果実の軟化、着色不良などの高温障害に悩まされています。また、春先の気温上昇も問題です。花芽の生育が例年より早く進み、開花と寒の戻りによる降霜のタイミングが重なるようになってきた。特にサクランボの花芽は霜に弱く、霜で花が枯れると実がつきません。そのため防霜ファンを設置したり、特に冷え込みそうな日は、火を焚いて畑全体を温める「燃焼法」を実施しています」</p>



<p>こうした努力で春の霜害を防げても、夏に猛暑が続けば高温障害を引き起こす可能性が高い。このまま温暖化が進めば、将来的にサクランボやリンゴの収量は落ちていくだろう。吉田さんはそれを見越し、モモやネクタリンなど暑さに強い果物の栽培も始めているという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「農業は儲かる」を証明し、次世代に繋げたい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_227_9425.jpg" alt="" class="wp-image-55378" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_227_9425.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_227_9425-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_227_9425-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「農業は、トライアンドエラーの積み重ね。しかも1年に1回しか試すことができない」と話す吉田さん。サラリーマンから就農しておよそ30年。一つひとつ積み重ねてきた挑戦の先に、どんな景色を描いているのか尋ねてみた。</p>



<p>「自分の子どもたちに農園を継いでもらわなくても構いません。ただ、やりたいと思う社員や次の世代がしっかり受け継げるように、経営の形を整えたい。農業がきちんと儲かるビジネスだと証明できれば、若い人だって自然と入ってきてくれるはずだから」</p>



<p>そんな吉田さんが「今一番やりたいこと」は、この農園の中にカフェを作ることだそう。</p>



<p>「サクランボやブルーベリーの摘み取り体験にいらしたお客様が、体験後も農園に留まって、カフェでくつろいだり、散策してゆっくり過ごせるようにしたいと考えています」</p>



<p>50代半ばを迎えたいま「あと10年ぐらいで、次世代へのバトンを整えたい」と吉田さん。気候が変わっても、担い手が変わっても、この土地でリンゴを育て続けられるように。吉田さんの挑戦は、まだまだ続く。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55364/">「人と違うことをやる」。140種ものリンゴを育てるオンリーワンの果樹園「サンファーム」／岩手県盛岡市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>多良木町の米農家11人で作る「こめたらぎ」。「たらぎ田んぼのチカラ研究会」尾形伸一郎さん／熊本県球磨郡多良木町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 10 Oct 2026 03:41:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
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		<category><![CDATA[たらぎ田んぼのチカラ研究会]]></category>
		<category><![CDATA[米･食味分析鑑定コンクール4年連続金賞]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4088.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>2017年に熊本県球磨郡多良木町の11軒の米農家で結成された米の生産チーム「たらぎ田んぼのチカラ研究会」。代表の尾方伸一郎さんを中心に、農家同士で協力して品質の高い統一ブランド米を育てることで、多良木町全体の農業を盛り上 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4088.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>2017年に熊本県球磨郡多良木町の11軒の米農家で結成された米の生産チーム「たらぎ田んぼのチカラ研究会」。代表の尾方伸一郎さんを中心に、農家同士で協力して品質の高い統一ブランド米を育てることで、多良木町全体の農業を盛り上げることを目指している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">先人たちの恩に報いるために誇れる米を作りたい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4100.jpg" alt="" class="wp-image-55338" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4100.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4100-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4100-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>&#8220;奥球磨（おくくま）&#8221;と呼ばれる熊本県球磨郡（くまぐん）の山深いエリア。そこにある多良木町（たらぎまち）は鎌倉時代初期から明治時代にかけて、武士の相良氏（さがらし）によって統治されてきた。相良氏は約700年もの長きにわたる統治の間に、灌漑（かんがい）用水路の「百太郎溝（ひゃくたろうみぞ）」や「幸野溝（こうのみぞ）」を整備。これによって領内の農業生産力が向上し、九州有数の米どころとして発展したと伝わる。</p>



<p>中でも「百太郎溝」は全長約18kmにも及び、完成までに100年がかかったという難関の大工事。農民総出での手掘りの最中に何度も洪水に襲われ、最終的に人柱となった百太郎の名が付けられている。「今の恵まれた自然環境は血のにじむような苦労をしてくれた先人たちのおかげ。恩に報いるためにはこの土地で米作りを続けなければ」と話す尾方伸一郎さん。「全国に誇れるおいしい米を作りたい」との思いから、発起人となって2017年に米の生産チーム「たらぎ田んぼのチカラ研究会」を結成。熊本県球磨郡多良木町の11軒の米農家で構成される会の代表として農家を取りまとめるほか、自らも米の生産を行っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">農業を未来へつなぐには、地域全体で発展してこそ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4226.jpg" alt="" class="wp-image-55339" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4226.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4226-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4226-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>尾方さんは代々続く多良木町の農家に生まれ、一時は地元を離れて理美容関係の営業職に就いていた。だが、インターネットや通信販売の普及とともに営業の限界を感じ、2009年に帰郷。 地元の農業法人「農業組合法人 多良木のびる」の設立に参加したことで、農家の高齢化や後継者不足などの課題に直面したという。</p>



<p>そこで、同法人の職員として働きながら、「自分にできること」を模索。「個人の農業を発展させるだけでは限界がある。地域全体で発展してこそ、農業を未来へ残せるはず」と考え、「たらぎ田んぼのチカラ研究会」の発起人となった。</p>



<p>その後、「たらぎ田んぼのチカラ研究会」では2011年頃からアドバイザーとして、米･食味分析鑑定コンクールで4年連続金賞、ダイヤモンド褒賞受賞という実績を持つ山形県高畠町の米農家･遠藤五一さんを招き、その指導のもと育苗から収穫まで細かく栽培方法を検討。化学肥料を使わず、魚粉をベースとした有機肥料を用いて、科学的根拠に基づいた栽培管理を行うなど、統一の栽培方法を確立させ、会全体で徹底して遠藤さんの教えを守ることを決めた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">コンクールで何度も優勝するブランド米「こめたらぎ」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4104.jpg" alt="" class="wp-image-55340" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4104.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4104-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4104-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「たらぎ田んぼのチカラ研究会」の主力品種は「にこまる」で、たんぱく質含有量7％未満、ふるいにかけて1.9mm以上のみ選別と、出荷規格を明確に定めるなど、独自の基準をクリアしたものだけを会のブランド「こめたらぎ」として出荷している。たんぱく質の含有量が低いほど、炊き上がりはふっくらと柔らかくなり、甘みが際立つ。粒の大きさを揃えると、炊飯時の熱の入り方が均一になる。これらの厳しい基準をクリアした「こめたらぎ」の米は大粒で食べ応えがあり、粘りがありしっとりとした食感、強い旨みと甘みが特徴だ。</p>



<p>乾燥方法にもこだわりがあり、まずは熱を加えずに一晩循環させながら乾燥させ、粒の中の水分を均一化させる。それから加熱をして乾燥させることで、全体の水分量のバラつきを防いでいる。また、デザイナーとともにブランド設計にも取り組み、ロゴやパッケージデザインにも注力。米のブランド力の向上に努めてきた。</p>



<p>その成果は、九州各地の自治体が米の食味を競う「九州のお米食味コンクール」（福岡県宮若市）にも表れている。2018年の第2回大会では九州163自治体の頂点に立ち、その後も自治体部門で多良木町が連覇を重ねてきた。4連覇を含む、通算<s>で</s>5回のグランプリ。研究会のメンバーが個人総合部門で最高金賞に輝くこともあり、にこまるの品質の高さを裏づけている。ふるさと納税の返礼品としても人気を博すなど、尾方さんは「多良木町の米の認知度が少しずつ上がっているのでは」と手応えを感じている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本の米作りのモデルとなれるように</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4246.jpg" alt="" class="wp-image-55341" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4246.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4246-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4246-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「たらぎ田んぼのチカラ研究会」では、これまで規格統一のために生産者が独自の判断で統一栽培方法から逸脱することのないよう規律を設けていた。だが、近年では「にこまる」に加え、「ぴかまる」や「くまさんの輝き」といった新しい品種の栽培を認めるなど規律を緩め、会の活動の幅を広げ始めている。また、水管理にセンサーを導入したり、米の乾燥にAIによる水分管理を適用させたりと、新しい試みにも積極的だ。会の目的は「多良木町での米の生産を次の世代へ受け継ぐこと」であり、そのためには時代に合わせて変化を続けることが必要だと考えているからだ。</p>



<p>尾方さんは「会を通してたくさんの方に多良木町の米を届けていれば、15年後には“多良木町の米”が世の中で知られる存在になるはず」と信じている。成功すれば会の活動が日本の米作りのモデルとなることも可能となり、さらには“多良木町の米”の認知度が“多良木町の農産物”を広める助けとなるはず、とも。</p>



<p>「先人たちがこの土地の農業のために拓いてくれた百太郎溝。度重なる洪水で堰は幾度となく流され、完工までに約100年を要したと言います。つまり、一代でなく、何代にも亘って築かれてきた、地域の宝とも言える用水路なんです。私たちの生活は、その上に成り立っていることを忘れてはいけない」と尾方さん。多良木町という土地が持つチカラを最大限に引き出し、次世代に受け継ぐために、町の過去と未来を見つめ続けている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55332/">多良木町の米農家11人で作る「こめたらぎ」。「たらぎ田んぼのチカラ研究会」尾形伸一郎さん／熊本県球磨郡多良木町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>フルーツトマト並みの高糖度れんこん栽培を実現「金坂蓮魂」金坂哲宏さん／千葉県長南町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 10 Oct 2026 03:30:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[高糖度れんこん]]></category>
		<category><![CDATA[糖度9度]]></category>
		<category><![CDATA[金坂蓮魂]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4169.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>2021年、千葉県長南町産のれんこんが国内トップレベルの糖度9度を記録し注目を集めた。生産者は金坂哲宏（あきひろ）さん。引きこもりを経験するも、業界で著名だった父の死をきっかけに就農。肥料や農薬を使わず、土中の微生物の働 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4169.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>2021年、千葉県長南町産のれんこんが国内トップレベルの糖度9度を記録し注目を集めた。生産者は金坂哲宏（あきひろ）さん。引きこもりを経験するも、業界で著名だった父の死をきっかけに就農。肥料や農薬を使わず、土中の微生物の働きを活かした自然栽培を確立し「金坂蓮魂（れんこん）」というブランド名で自身のれんこんを送り出している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">引きこもりネットゲーマーかられんこん農家へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3276.jpg" alt="" class="wp-image-55321" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3276.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3276-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3276-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>房総半島の内陸部に位置する長南町は、山あいの谷筋に谷津田が広がる中山間地域で、生産組合も活動する千葉県におけるれんこんの産地である。そんな長南町でれんこんを栽培をする金坂家は親子二代にわたり、れんこん業界に新風を送り続けている。</p>



<p>れんこんは蓮の地下茎（ちかけい）の肥大化した食用部分で、蓮田（はすだ）と呼ばれる泥沼の水面下で育つ。収穫時はこの泥沼の中に入り、ホースで水圧を加えて泥をはじき飛ばしながられんこんを浮かせて収穫するのだが、水面下の様子は泥で見えないため、手探りでの作業になる。そうした環境のなかで傷つけることなく掘り起こさなければならない。「水圧を当てすぎてしまっても、れんこんにあざができてしまいます」と金坂さんはその作業の難しさを語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">父は品種名に名を残した篤農家 </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3529.jpg" alt="" class="wp-image-55322" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3529.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3529-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3529-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>金坂さんの父である金坂孝澄（たかすみ）さんは、れんこんの新しい品種を育成した篤農家（とくのうか）として、れんこん業界では有名な人物だ。自身の氏名をもとに名付けた最初の「金澄（かなすみ）1号」は1985年に品種登録。その後、2号3号と改良を重ね、今や金澄系品種は関東地方で生産されるレンコンの約7割を占めるにまで至っている。</p>



<p>耐病性、収量性、収穫のしやすさなどに着目して品種を開発した孝澄さんだが、最も意識したのが「食味」であるという。「父は甘さとシャキシャキ感を求めてましたね。子供の頃から父が作ったれんこんの煮物がよく食事に出てきましたが、 鶏肉が入っていない。れんこんの味や食感をチェックするためなんです」。そんな父のもとで育った金坂さんだが、実は引きこもり生活を経験することになるのだった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ネットゲームにのめり込んだ引きこもり時代 </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4011.jpg" alt="" class="wp-image-55323" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4011.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4011-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4011-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>もともと家業を継ごうとは考えていなかった金坂さん。専門学校でプログラミングを学び、IT関係の会社に就職する。ところが、職場は同期が何人も辞めるような過酷な労働環境。気を紛らわすためネットゲームにのめり込み、退職を余儀なくされた。金坂さんは当時のことを「一度人生を諦めたネットゲーム時代。メールを見ることや電話に出ることさえも怖くなっていました」と振り返る。</p>



<p>3年近くに及ぶ引きこもり生活に転機が訪れたのは父親の急逝だった。「兄も姉も、誰も父の跡を継いでいなかったこともあって、亡くなってから父のことをとても意識するようになりました。やっぱり父親という存在を小さい頃からなんとなく感じていたんでしょうね」。孝澄さんの葬儀の時、金坂さんは「もしかしたら自分がれんこん農家を継ぐかもしれない」と、兄に話しかけていた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">著名な父の息子としてのプレッシャーを乗り越える </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3409.jpg" alt="" class="wp-image-55324" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3409.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3409-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3409-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>だが、本当に就農するかどうかは数ヵ月間悩んだという。引きこもり生活が長かっただけに、継続してやり続けられるかどうか自信がなかった。「周りから『金坂さんのところの息子さん、就農したけど辞めちゃったって』と言われるのが怖かった」。父の存在が大きかっただけに、れんこん農家を引き継ぐプレッシャーが重くのしかかった。</p>



<p>ようやく就農を決意するも、1か月仕事して3か月休み、また1か月仕事して半年休むということを繰り返した。「なぜ自分は頑張れないのだろうと泣いたこともありました」。そんな葛藤の日々が続いたなか、「父が生み出した品種を守るという目的だけでは父を超えられず、農作業は辛いだけでした。自分がやってみたいことに打ち込んで、自分らしさを出してこそ父を超えられる」という考えに至る。自分が夢中になって打ち込めること。金坂さんにとってそれは、れんこんの自然栽培に挑むことだった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自然栽培で国内トップクラスのれんこんに</h2>



<p>長南町は山あいの谷津田が点在する地形のため、広大な平地でれんこんを栽培する国内最大の産地、茨城県には作業効率、収穫量の面で太刀打ちができない。市場においても知名度が高い茨城県産のれんこんの方が千葉県産よりも高い価格がつく。そうした現状を踏まえ、この地で生き残る農業を模索していた金坂さん。たどり着いた結論が、自然栽培で高品質のれんこんを作り、付加価値化させることだった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">微生物を意識した自然栽培 </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4060.jpg" alt="" class="wp-image-55325" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4060.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4060-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4060-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>金坂さんが年配のれんこん農家に昔の農作業のやり方について聞き取りを行う中で、ある気づきがあったという。それは、60年ほど前には農薬や化学肥料を使っておらず、山の落ち葉などを堆肥として使っていたということ。そのことが金坂さんに自然栽培へ興味を持たせるきっかけとなった。そこでまず、落ち葉の代わりに地元で生い茂っていた竹をチップ化して蓮田に投入し基礎となる地力を回復させた。</p>



<p>栽培を続けるなかで、国内トップクラスのれんこん生産者が微生物に着目していることを知り、生育環境における微生物の働きが食味や病害虫の耐性などに影響を与えていると考えた金坂さん。土中の微生物のバランスを維持し、その働きを活性化させるため、徐々に無農薬、無肥料による自然栽培に移行する。れんこんは順調に成長し肥大化したものを収穫できるようになった。金坂さんは「微生物の働きについてはまだわかっていないことが多い」と前置きをしつつも「施肥と農薬を前提とした栽培」とは異なる「微生物を主体とした栽培」として、自身の農法を位置付けている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">糖度９度の国内トップクラスのれんこん </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4117.jpg" alt="" class="wp-image-55326" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4117.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4117-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4117-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな金坂さんの探究した栽培方法は、分析結果としてもその食味の良さが証明された。2021年、金坂さんのれんこんが国内最高レベルの糖度9度を記録。逆に苦味やえぐみのもととされる硝酸イオンの数値は低く抑えられた。一般的なれんこんの糖度が6から7程度とされる中での快挙は注目を浴び、現在ではミシュランで五つ星を獲得したホテルにも食材として採用されている。</p>



<p>一般顧客向け販売にはネットショップを活用する。会社員時代のスキルを活かしラベルデザインなどは自作。「金坂蓮魂」という商品名は引きこもり時代、ネットゲーム仲間に付けてもらったネーミングだ。これまでの葛藤、試行錯誤を乗り越えて作り上げた「魂」の込められたれんこんとして、金坂さんお気に入りのブランド名として採用したものである。</p>



<h2 class="wp-block-heading">さらに課題に挑み、地域の産業に発展させたい </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3477.jpg" alt="" class="wp-image-55327" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3477.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3477-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3477-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>れんこんの自然栽培技術で実績を残す金坂さんだが、今まで農薬で駆逐できていたザリガニがれんこんに被害を与えるようになるなど「まだ研究しないといけないことがある」と課題は残されている。それでも今は引きこもり時代と違い、自分がこれから取り組んでみたいことが次々と思い浮かんでくる。「これからは引きこもり経験者としての農業体験の受け入れや農泊などの交流事業の整備を進めてみたい。長期的にはれんこんの加工品開発を経て、地域の産業と雇用を守る地域商社に発展させていきたいですね」。今後のさらなる活躍が楽しみでならない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55319/">フルーツトマト並みの高糖度れんこん栽培を実現「金坂蓮魂」金坂哲宏さん／千葉県長南町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>1959年創業、カツオの一本釣り漁業を守り抜き、高知の食文化を支えていく「明神水産株式会社」／高知県幡多郡黒潮町</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/55299/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 10 Oct 2026 03:08:35 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[水産業]]></category>
		<category><![CDATA[ブライン凍結一級品]]></category>
		<category><![CDATA[カツオ]]></category>
		<category><![CDATA[一本釣り漁]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-144306-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>高知県の県魚はカツオであり、その消費量も全国一位。カツオは、県民に深く愛されている。 そんなカツオ県でも、名の知れた存在が、黒潮町の明神水産だ。明神水産のカツオの藁焼きタタキは、ただ美味しいだけではない。一本釣りで乱獲か [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-144306-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>高知県の県魚はカツオであり、その消費量も全国一位。カツオは、県民に深く愛されている。</p>



<p>そんなカツオ県でも、名の知れた存在が、黒潮町の明神水産だ。明神水産のカツオの藁焼きタタキは、ただ美味しいだけではない。一本釣りで乱獲から海の資源を守り、鮮度を極めるための技術は貪欲に取り入れる。タタキを作るための良質な藁を得るために農業法人を立ち上げ、町内の休耕田を再生し、使った藁灰は田んぼの肥料として還元するなど、海と山の循環型モデルを形成している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">県魚であり消費量も日本一。県民のカツオ愛</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-163512-4.jpg" alt="" class="wp-image-55309" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-163512-4.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-163512-4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-163512-4-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>高知市から西へ約90キロメートル。高知県南西部に位置する黒潮（くろしお）町では、土佐沖の黒潮に乗ったカツオを追って、古くから一本釣り漁が盛んであり、「カツオの町」のイメージが定着している。</p>



<p>また、近年は、自然資源を活かした「ホエールウォッチング」などの体験型観光や、土佐西南大規模公園を活用したスポーツツーリズムなどにより、県内外から多数の人が訪れている。</p>



<p>漁船が出航する佐賀（さが）漁港のすぐ近くにあるのが、「カツオの藁焼きタタキ」で有名な「明神水産」の本社だ。</p>



<p>代表取締役であり、一国一城の主となった現在でも、船を出し、趣味でカツオを釣りにいくという明神正一さんがカツオの「タタキ」の由来を教えてくれる。</p>



<p>「そもそもタタキは、冷蔵・冷凍がない時代に鮮度の落ちたカツオを安全に食べるための漁師町の知恵でした。酢と醤油を手のひらに乗せて、軽く炙ったカツオを刺身に切り、その上から叩いて味を染み込ませたのです。その上にネギやタマネギ、ニンニクなどの薬味を乗せていました」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">一本釣り漁をこれからも守っていく</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-163624-2.jpg" alt="" class="wp-image-55310" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-163624-2.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-163624-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-163624-2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>黒潮に乗って、2月から3月頃に土佐湾沖を北上するのが「初カツオ」。その後、千葉沖や東北あたりでたっぷりとアミ（エサ）を食べながら南下して、秋に土佐沖へ戻ってくる頃には脂が乗り、「戻りカツオ」と呼ばれる。</p>



<p>一本の釣竿でカツオを釣り上げる土佐伝統の「一本釣り漁」を土佐湾沖で行ってきたのが明神水産で、創業は1959年だ。</p>



<p>「全国的にはカツオ＝高知というイメージがあるかもしれませんが、実は水揚げ量は決して多くないんです。静岡や鹿児島など他県では、大量に漁獲できる巻き網漁が中心で、一度に100トンを超えるなど、カツオを一網打尽にして漁獲します。私たちは1日40から50トンが限界。今でも高知と宮崎は伝統的な一本釣り漁で、群れがエサを食べなければそこで終わり、他の場所を探します。獲り過ぎない、自然に優しい、持続可能な漁法です」と、明神さんは強い誇りを持って語る。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/9645000799c78b5773ecd92240a0d6c3.jpg" alt="" class="wp-image-55311" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/9645000799c78b5773ecd92240a0d6c3.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/9645000799c78b5773ecd92240a0d6c3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/9645000799c78b5773ecd92240a0d6c3-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>返し（かえし）のない擬餌針（ぎじばり）を使い、高々と跳ね上げられたカツオは、その軌跡の頂点で針から外れるため、連続して釣ることができる。リズム良く釣り上げるには3年ほどの熟練が必要だ。大物のカツオになるほど扱いが難しく、技術の差が出てくる。</p>



<p>一本釣りは魚体を傷めず品質が良いため、網漁と比べて1キログラムあたり3〜4倍と高い単価で取引される。そのため、水揚げ自体が少なくても漁業を成立させてきた。</p>



<p>現在では自社で4隻の近海船とグループ会社で3隻の大型冷凍船を保有しており、その冷凍船は遠洋で操業できる「勝栄丸」だ。 この船は「B-1船」と呼ばれ、釣れたカツオは一匹ずつ即座に魚槽の「食塩ブライン溶液」と呼ばれるマイナス20度前後の高濃度の食塩水に投入、生きたまま急速凍結して鮮度が落ちる隙を与えない。</p>



<p>さらに、ベテラン漁師は2秒に1匹のペースで釣り上げる。釣り過ぎで魚槽をいっぱいにして冷凍スピードを落とさないよう漁労長が漁獲量を見極め、ストップをかけるという。</p>



<p>「ほんまに一気に釣れる時は１時間半から２時間もぶっ続け。重量で言うたら55トンとか60トン、キロ数にして６万キロがバンバンバンバン釣れるきね」と、長年にわたり漁労長を務めた明神さんが熱く語る。</p>



<p>一本釣りを極める明神水産のカツオは、「B-1（ブライン凍結一級品）」として、全国的に高評価を得ている。</p>



<p>一方、巻き網漁では、例えば100トン捕ったら、その100トンもの大量のカツオを一気に船内の魚槽へ入れて凍らせるため、魚体の中心温度がゆっくり下がる緩慢（かんまん）凍結になり、魚の肉質が落ちやすい。</p>



<p>明神水産では、B-1船で獲れた最高グレードのカツオをすべて藁焼きタタキにするが、それでも、自社製造のタタキに使うカツオの年間量のまだ半分くらいだという。</p>



<p>部長で広報を担当する富岡健太さんは、「例えばうちの船が釣っていて、脂の乗ったとても良いカツオだった場合、その漁場にいる他社の船の獲物も同じ品質と考えられます。それを買い付けすれば、良い原料ばかりを選んで集められます」と話す。</p>



<p>明神さんも「燃料代の高騰や後継者問題もあり、漁船も年々減ってきています。素人目からするとライバルが減って有利になると思うかもしれませんが、漁師から見ると、船が減れば余計に釣れなくなる。広大な太平洋に散らばって漁をしているからこそ、漁師同士、送られてくるデータをもとに漁場を探していくんです」という。</p>



<p>カツオ船は1日3回、今どこで漁をしていて、どれだけの漁獲高があるかを情報共有する決まりがあり、これらの情報はすべてオープンになっている。富岡さんにスマートフォンを見せてもらうと、AIS（船舶自動識別装置）を使って「勝栄丸」の操業場所がすぐに把握できた。船の安全性のこともあるだろうが、ライバルでありながら共存共栄する漁の世界は面白い。</p>



<h2 class="wp-block-heading">藁焼きの迫力と美味しさは比例する</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-162817-2.jpg" alt="" class="wp-image-55312" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-162817-2.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-162817-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-162817-2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>明神水産が水産物の加工販売、およびカツオの藁焼きタタキの製造・販売を始めたのは1986年。本場高知のタタキの美味しさを全国の人に知ってほしいという思いからスタートした。</p>



<p>藁は一気に燃え上がり、すぐに灰になるため、表面だけを焼き、中は生のままに仕上げられる。ガス焼きでは再現できない香りと食感が生まれるのだ。冷凍でありながら鮮度抜群のカツオと、その藁焼きの香りこそが、明神水産のタタキの魅力である。</p>



<p>その魅力を一気に有名にしたのが、高知市の観光名所「ひろめ市場」にある店舗「明神丸」だ。藁焼きの実演をしながら、その場で出来立てを食べてもらう。そのカツオのタタキの香ばしさ、美味しさが評判となり、今や県内外に飲食店を構えている。また、黒潮町にある「道の駅なぶら土佐佐賀」の運営も行っており、そこでも同じようにカツオの藁焼きタタキの食事ができるようにしている。</p>



<p>現在、明神水産では高知県内に6店舗、東京に5店舗、大阪・岡山に2店舗、四国に2店舗を展開している。これら飲食店では、良質な藁を得るために運営を始めた自社農園「明神ファーム」で育てた藁を使用してタタキを焼き上げ、そこで獲れた米を使っている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">巨大な藁倉庫に、スタッフの苦労が伝わる</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-160413-2.jpg" alt="" class="wp-image-55313" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-160413-2.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-160413-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-160413-2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>明神水産はカツオの確保と合わせて、藁の確保に力を注いできた。</p>



<p>当初は、スタッフが近隣の市町村をはじめ、県内、四国内の農家から藁を集めていたという。しかし、高齢化のため米作りをやめる人も多く、藁不足は深刻な課題となった。そこで明神さんが「それなら自分たちで米を作ろう」と、2014年に「明神ファーム」を立ち上げた。耕作放棄地を借り、年々規模を拡大。地域農家と協力し、伝統的な稲木干しなどの技術も継承している。</p>



<p>乾燥した藁をさらに除湿し、燃え上がりの良い状態で保管するための専用倉庫も用意した。巨大な藁倉庫に案内してもらったが、実は6か所ほど倉庫があり、そこにストックされているという。しかし、それでも年間使用量の4万束には足りないため、スタッフは高知県内で藁の確保に走り回っている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">マイナス50度のすごさを体感</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-155128-2.jpg" alt="" class="wp-image-55314" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-155128-2.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-155128-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-155128-2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>加工場を案内してもらう。鮮度を維持しているカツオを保管している超低温倉庫はマイナス50度。超低温で保管しているため賞味期限が長く、年間を通して切らすことなくカツオの提供を可能にしている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-155913-1.jpg" alt="" class="wp-image-55315" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-155913-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-155913-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-155913-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>この凍結したままの状態で、1人前、2人前などニーズに合わせてカット加工を行う。それからオリジナルの藁焼き専用機を使い、その日の気温、湿度、カツオの脂の乗り具合を確認しながら、使用する藁の量を調整して表面を5分から6分ほど焼いていく。それをギフト用、セット用などにパックし、ラインで仕分けをした後、マイナス35度の「液体瞬間凍結」を行って冷凍保管する。</p>



<p>製造の8割から9割がタタキであり、残りはマグロを使用した丼を製造しているそうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">伝統的な漁法「一本釣り」で未来を拓いていく</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-160737-1.jpg" alt="" class="wp-image-55316" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-160737-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-160737-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/23myouzin-160737-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>明神さんは「うちの強みは、役員をはじめ漁労長や飲食部門の責任者に兄弟や親せきといった身内がおり、絆が強いところですね」と話す。「船があれば頑張っていけるし、カツオの安定的な確保には自社船が欠かせない」とも言う。</p>



<p>今、新しいカツオ船の建造計画がある。海を知り尽くした会社からは、常に進化していく覚悟が感じられる。明神さんは、今の課題をこう語る。</p>



<p>「それがね、僕が28歳の時から71歳まで漁労長をやってきた中で、どう考えても海を見るたびに魚が減っていく。近年の漁場は、30代40代の時に見た群れの大きさと比べたら雲泥の差がある。魚自体が枯渇することはおそらくないとは思うけれど、少なくなっていることは確か。自社でカツオを確保していかないと、いくら「明神のたたきは美味しい」と言っても、原料が無くなったらどうしようもない。遠洋の漁をもっと増やさないと」</p>



<p>明神水産が海の資源を守る一本釣りを続けることには揺るぎが無い。海の変化に立ち向かいながら、次の世代へバトンを渡そうとしている。私たちが美味しいカツオを食べ続けられるために、この古から続く漁法が絶えることなく、むしろ広がりをみせてほしいと願わずにはいられない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55299/">1959年創業、カツオの一本釣り漁業を守り抜き、高知の食文化を支えていく「明神水産株式会社」／高知県幡多郡黒潮町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>柚子飲料「ごっくん馬路村」が代名詞になった辺境の村。「馬路村農協」の挑戦 ／高知県安芸郡</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 30 Sep 2026 03:40:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[馬路村]]></category>
		<category><![CDATA[ごっくん馬路村]]></category>
		<category><![CDATA[ゆずの村]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[柚子]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/uma-N.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>高知県は、全国生産量の約半分を占める“ゆず王国”として知られている。年間およそ1万トンという圧倒的なシェアを誇り、その存在感は群を抜く。なかでも馬路村（うまじむら）は、高知県内での生産量こそ5番目ほどだが、柚子飲料「ごっ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55231/">柚子飲料「ごっくん馬路村」が代名詞になった辺境の村。「馬路村農協」の挑戦 ／高知県安芸郡</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/uma-N.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>高知県は、全国生産量の約半分を占める“ゆず王国”として知られている。年間およそ1万トンという圧倒的なシェアを誇り、その存在感は群を抜く。なかでも馬路村（うまじむら）は、高知県内での生産量こそ5番目ほどだが、柚子飲料「ごっくん馬路村」や、ぽん酢しょうゆ「ゆずの村」といった人気商品によって、全国的に名を馳せている。</p>



<p>かつては林業を主な生業としていた山間の小さな村は、この60年あまりで、多くの人を惹きつける“ゆずの村”へと変貌を遂げた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">森林率96％の村の分岐点 </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="549" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others19.jpg" alt="" class="wp-image-55239" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others19.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others19-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others19-768x511.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>馬路村へは、高知市から東方面へ車で約1時間半。くねくねした山道を奥へ奥へと走り続け、ようやくたどり着く。日本屈指の多雨地帯だ。周囲をぐるりと1千メートル級の山に囲まれた村の森林率は96％。家々と畑は、残り4％のわずかな谷間の平地に、寄り添うように並ぶ。</p>



<p>「本当に山奥なんです」と笑うのは、村の産業を担う馬路村農業協同組合の組合長を務める長野桃太さんだ。</p>



<p>村は、戦国時代より銘木「魚梁瀬杉（やなせすぎ）」を産出し、豊臣秀吉にも献上してきた歴史を持つ。最盛期には3,500人が暮らしていたという。しかし、昭和20年代以降、戦後復興のためのダム建設、森林鉄道の廃線、輸入材の流入など、時代の波に抗えず林業は衰退した。そして、選んだ新しい道が「柚子」だった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">60年前から始まった、小さな柚子の挑戦 <strong> </strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="551" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others02.jpg" alt="" class="wp-image-55240" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others02.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others02-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others02-768x513.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>長野さんによれば、そもそも柚子は高知県を含む四国に、“平家の落人（へいけのおちうど）”が種を持ち込んだと伝えられており、馬路村にもおよそ800年前に伝来したという。柚子は海沿いから中山間地まで比較的どこでも栽培しやすいが、産地によって品質が驚くほど異なるのだそうだ。</p>



<p>日照時間が短く、寒暖差が激しい馬路村では、柚子は小ぶりになる。しかし、その小ささこそが香りの濃さにつながる。皮ごと搾ったときに立ち上がる精油の量が多く、香りが強いのだ。それは、山深い土地が与えた“個性”だった。</p>



<p>村で本格的な栽培を始めたのは昭和38年。当初は苦労の連続だったという。</p>



<p><br>県内では後発組だったため販路を県外に求めたが、当時の日本では柚子はまだ広く知られた柑橘ではなく、評価されない日々が続いた。「どう提案すればいいのか」。村は悩み、考え抜き、そして生み出したのが、のちに全国区となる柚子飲料「ごっくん馬路村」や、ぽん酢しょうゆ「ゆずの村」だった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">田舎を売り出す、「ごっくん馬路村」の誕生 </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others37.jpg" alt="" class="wp-image-55241" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others37.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others37-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others37-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>柚子を使った商品の開発はできたが、それから販路を広げるのにも苦労した。昭和60年代、村は大きな決断をする。都会を追いかけるのではなく、“馬路村という田舎を価値にする”方向へ舵を切ったのだ。</p>



<p>「デザイナーさんと話して、『田舎を売ろう』と決めたんです」。大きな決断だった。</p>



<p>パッケージには、馬路村の素朴な空気をそのまま閉じ込めた。ネーミングは「ごっくん馬路村」。スーパーのバイヤーからは「何のジュースか分からない」と酷評されたが、決断を貫いた。</p>



<p>材料は、柚子とハチミツと水だけ。賞味期限はわずか4ヶ月。「メーカーではなく産地であれ」という哲学が、味にも姿勢にも宿る。流通のしやすさや賞味期限の長さを優先するメーカー的な発想ではなく、柚子の本質的な品質にこだわる。それは、産地としての誇りだった。</p>



<p>すると、徐々に商品が売れ出した。やがて、資金が乏しい中で村の自然を活かしたテレビCMを制作する。それが県内で話題となり、「ごっくん馬路村」は高知を代表する飲料へと育っていった。CMは、小さな村が自分たちの暮らしを商品化した転換点だった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ファンとの、温かみのあるコミュニケーションを大切にし続ける</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/24umaji-085015-1.jpg" alt="" class="wp-image-55242" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/24umaji-085015-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/24umaji-085015-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/24umaji-085015-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「ごっくん馬路村」は販売から30年ほどをかけて全国区の商品に成長し、村のゆず加工品全体の売り上げは年間30億円になった。以来20年間、その売り上げを維持する。「村内のゆずで安定的に生産ができて、ゆず農家にも村にも還元できる目安が30億円から35億円の間ぐらいです。他産地の原料を取り寄せて生産量を増やそうは考えていません」と長野さん。農協では2006年から、製造ラインを公開する「ゆずの森加工場見学」を実施。また、顧客対応を担うコールセンターでは、電話越しの“人と人とのやりとり”を大切にしている。</p>



<p>「馬路村のファンでいてくださる方は、機械的な応答ではなく、私たちの“声”を求めてくださっていると感じます。『最近の馬路村の景色はどう？』と尋ねられることもありますし、そんな会話のキャッチボールができるのは、この村のコールセンターならではだと思います」と長野さん。</p>



<p>村は、現在もぶれることなく「田舎らしさ」を届け続けている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">小さな村がつくる“大きな産業”</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others40.jpg" alt="" class="wp-image-55243" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others40.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others40-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others40-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>柚子の加工品づくりは、単なる特産品づくりではない。村の雇用を生み、暮らしを支える“産業化”だった。村役場と農協、そして生産者が一緒になって、林業に代わる大きな産業にしようと取り組んできたと、長野さんはいう。</p>



<p>「原料を売るだけでは、雇用は生まれません。加工することで、村の中に仕事が生まれるんです」。</p>



<p>現在、馬路村農協の職員は約90名。人口700人台の村で、これだけの雇用を生み出しているのは驚異的だ。ポン酢、ドリンク、ジャム、マーマレード、柚子胡椒──100種類を超える商品が村の工場で生まれている。</p>



<p>最近のヒットは、缶チューハイだ。添加物なしで柚子の味を再現するという馬路村らしいこだわりで、長野さんは「自分たちが納得できる柚子チューハイを完成させました」と嬉しそうに話す。販売数はすでに1万2000ケースに到達する。</p>



<p>さらに、柚子の種から抽出した「種子油」を使った化粧品も人気だ。「使い道のなかった種を活かすことで、また農家に還元できます。無駄なく使うという取り組みは、力を入れていきたいですね」と長野さん。柚子は、村の未来を支える力になっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">有機栽培という誇り </h3>



<p>馬路村の柚子は、2001年から全量が有機栽培。化学農薬も化学肥料も除草剤も使わない。</p>



<p>「皮ごと使うからこそ、安心して食べてもらいたい。それが有機栽培を選んだ理由です」。</p>



<p>ただし、有機栽培は見た目の“黒点”が出やすく、市場では不利になることもある。それでも村は、自然に近い柚子づくりを貫いてきた。</p>



<p>「柚子茶や皮製品では、有機の価値が伝わりやすい。これからは、見た目より“安心”を選んでもらえるようにしたい」と長野さん。</p>



<p>村では、杉の外皮と柚子の搾りかすを混ぜて発酵させた堆肥も作っている。山の恵みを循環させる、馬路村らしい取り組みだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">柚子が照らす未来、村が向かう先 </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="619" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others01.jpg" alt="" class="wp-image-55244" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others01.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others01-300x225.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others01-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>柚子産業によって、馬路村は“豊かに暮らせる村”になった。現在、兼業を含めて190軒の柚子農家がいるという。柚子は加工原料として扱うため、75歳や80歳の人でも続けやすいというメリットがある。高齢者の場合、年金に加え、柚子から得られる副収入が100万〜200万円あれば、山の暮らしは十分に成り立つそうだ。村では農協や役場などで雇用があるため、若い人も意外と多いのだという。</p>



<p>「実は私もIターンでこの村に来たんですよ」と長野さんはにっこり笑う。「馬路村は人口700人台の本当に田舎です。けれど、しっかりとしたビジネスの母体がある。700人規模の市町村の中で、こんな地域はまずないのかなと思っています。中山間地での田舎暮らしとビジネス、いずれかを選んでもいいし、両方楽しむこともできます。さらに兼業で農業も可能というのは、特殊でしょう。加えて、衰退したとは言え林業もあり、若い人が山で働くようになったケースも見受けられます。暮らしやすさと、やりがいをPRしていきたいです」</p>



<h3 class="wp-block-heading">「馬路村に住んでよかった」と思える人を増やしたい</h3>



<p>しかし、人口減少は続いている。柚子だけでは解決できない課題もある。長野さんは、「これからは、農協が村の課題を解決する存在になりたい。教育や福祉にも取り組んで、村の豊かさを守っていくことが私たちの役目だと思っています。村に住んでよかったという人を増やしたいですね」と将来を見据えていた。</p>



<p>馬路温泉はスノーピークと協働でリノベーションをする計画が進んでいる。年間6万人を超える観光客をさらに集客したい。「柚子は11月だけですが、精油は一年中あります。柚子の香りを使った温泉も面白いと思います」と、長野さんの構想は広がる。</p>



<p>日本各地で過疎化に悩む山村がある。馬路村は、主要産業の転換を図り、山深い村の個性を売り出すことで豊かに暮らす道をつくった。人口700人の村の挑戦はこれからもまだまだ続く。その未来に目が離せない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55231/">柚子飲料「ごっくん馬路村」が代名詞になった辺境の村。「馬路村農協」の挑戦 ／高知県安芸郡</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>ゆずこしょうを調味料の主役に。「大分千歳村農産加工」／大分県豊後大野市千歳町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 30 Sep 2026 03:28:49 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[ゆずこしょう]]></category>
		<category><![CDATA[青ゆず]]></category>
		<category><![CDATA[千歳村]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3020.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県豊後大野市千歳町。自然豊かなこの場所にある農産加工会社で生産されているのが、ピリっとした味わいで料理の味をひきしめる「ゆずこしょう」だ。生産を担う大分千歳村農産加工の友永剛三さんは「調味料の主役になろう」を掲げ、地 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3020.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県豊後大野市千歳町。自然豊かなこの場所にある農産加工会社で生産されているのが、ピリっとした味わいで料理の味をひきしめる「ゆずこしょう」だ。生産を担う大分千歳村農産加工の友永剛三さんは「調味料の主役になろう」を掲げ、地元農業の活性化に奔走。その言葉の背景には、この土地の農業と食文化への深い思いが宿っていた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">九州の山間部で生まれた、家庭の味</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3181.jpg" alt="" class="wp-image-55220" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3181.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3181-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3181-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>鍋、焼き鳥、うどん。料理の脇にほんの少し添えられるだけで、ゆずこしょうは味の印象をがらりと変えてしまう。かつては九州だけでよく知られた調味料だったゆずこしょうが、いつしか日本全国の食卓へと浸透した。</p>



<p>材料は驚くほどシンプルだ。ゆずの皮、唐辛子、そして塩——たったそれだけである。だが、3つの素材が重なり合うことで生まれる味わいは、決して単純ではない。</p>



<h3 class="wp-block-heading">それぞれの家庭の味があったゆずこしょう</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3085.jpg" alt="" class="wp-image-55221" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3085.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3085-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3085-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>もともとゆずこしょうは、九州の山間部の農家で作られてきた保存食だった。大分県が発祥という説もある。ゆずの収穫期になると皮を削り、唐辛子と塩をすり合わせて壺に詰める。ゆずの量も、唐辛子の辛さも、塩の加減も、家ごとにみな違う。だからこそ味も、もちろん異なるものだった。九州の一部地域では唐辛子を「こしょう」と呼ぶ習慣があり、そこから「ゆずこしょう」という名が生まれたともいわれている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">柑橘の町で生まれた会社</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF9577.jpg" alt="" class="wp-image-55222" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF9577.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF9577-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF9577-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>豊後大野市は、かぼすをはじめ、さつまいも、里芋、ミツバなどの産地としても知られ、ピーマンの生産量は全国トップクラスを誇るなど農業の盛んな土地だ。そんな地で、現在の千歳町がまだ「千歳村」と呼ばれていた1998年4月、「大分千歳村農産加工」は産声を上げた。</p>



<p>創業当初の事業は、かぼす加工品の製造・販売のみ。もともとかぼすの一大産地であったこの地域で、周辺の生産者が持ち込む収穫物を加工しようという発想から会社設立に至ったという。友永さんいわく、かぼすは「脇役的な形で素材を引き出すのに優れた柑橘」。一方、現在の主力商品となったゆずこしょうの原料であるゆずは、「ゆず自体が主張する、華やかな香りを持つ柑橘」だという。対照的な個性を持つ2つの柑橘が、この会社の歩みを形作ってきた。</p>



<p>かぼす果汁100%一本で走り出した同社だったが、単体商品での経営はやがて困難に陥り、他企業の支援を仰ぐかたちで再建を図ることになった。その際、相談相手となったのが丸一青果株式会社だ。当時は友永さんの父が代表を務めており、大分の公設市場で青果の仲卸を担っていた。 既存人員の活用と役員派遣によって再び動き出した同社がゆずこしょうの製造・販売を始めたのは2006年のこと。丸一青果から派遣されていた役員から、「ゆずこしょうを作ってみたらいいんじゃないか」と、事業多角化のための提案されたのがきっかけだったという。事業承継からおよそ4年、このアドバイスが同社にとって大きなターニングポイントとなった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">3つの素材だけで作る、本物のゆずこしょう</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3125.jpg" alt="" class="wp-image-55223" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3125.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3125-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3125-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大分千歳村農産加工のゆずこしょうは、大分県産を中心とした青ゆずと青唐辛子、長崎県産の塩、この3つの素材だけで作られている。青ゆずに関しては、製造拡大に伴う原材料の不足により、大分県だけでなく九州各県から調達しているという。昔ながらの貯蔵方法で香料・着色料など使用しない、正真正銘の自然の産物に近い調味料である。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ゆずこしょうづくりの現場が抱える問題</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF9627.jpg" alt="" class="wp-image-55224" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF9627.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF9627-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF9627-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ゆずは黄色く熟したものではなく、何故あえて青ゆずを使うのかといえば、キリッとシャープな味わいが唐辛子の辛みに映えるという理由からだという。また、唐辛子は当初「鷹の爪」を使っていたが、1本の木からおよそ1.5kgしか収穫できないことから、2倍の収穫量が見込める「ホットパースEX」という品種に切り替えた。塩は長崎県産の「並塩」を使う。並塩は塩辛さに潜む若干のトゲが強いが、唐辛子の風味と相性が良いのだとか。これら3つの素材が、友永さんのゆずこしょうを成り立たせている。</p>



<p>しかし、素材を揃えることは、年々難しくなっている。大分県はゆずの生産量で全国シェア上位の生産量をほこるものの、ゆずこしょうの需要が高まるにつれて原材料不足は深刻化している。友永さんは大分産のゆずにこだわりながら、熊本・宮崎・鹿児島の産地からも原料を集めている。さらに将来の材料確保を見越し、ゆずの苗木を農家へ無償提供して育ててもらうことで、県内の産地拡大にも取り組んでいる。唐辛子もまた、苗の提供などで生産者を支援しながら、年間60〜80トンを確保しているという。</p>



<p>唐辛子は1月に苗づくりを始め、5月に定植、7〜11月に収穫と増産への対応が比較的柔軟にできる作物だ。しかし、ゆずは植えてから収穫できるまでに8〜10年を要する。2005年頃の辛みブームを追い風に全国へ広まったゆずこしょうだが、認知度が上がれば上がるほど、原材料の確保という課題は重くのしかかってくる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">手間ひまが生む、なめらかさとコク</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3133.jpg" alt="" class="wp-image-55225" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3133.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3133-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3133-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「唐辛子には水分が多いので、当社では水分を除去して使っています。それが、雑味の低減とコクにつながるんです」と友永さんは話す。</p>



<p>7月頃から実が大きくなるゆずは、9月下旬から約1カ月かけて収穫と下準備が行われる。収穫直後に皮をむき、すぐに塩漬けにして1年間貯蔵する。唐辛子も同様に塩蔵し、種などがなくなるまで丁寧にミキサーにかけてから他の材料とブレンドしていく。その手間ひまこそが、大分千歳村農産加工のゆずこしょうが持つ、なめらかな食感を生み出している。</p>



<p>素材の配合にもこだわりがある。青ゆずの皮は少なく、青唐辛子を多めに使い、添加物を使わない分、微生物をコントロールするために塩分濃度を高く設定している。他社では青ゆずと唐辛子の分量を1対1にしているところも多いが、友永さんは唐辛子の比率を意図的に多くしている。辛みがダイレクトに伝わる、シャープな味わいを生み出すためだ。「水分を抜いているので商品自体が少し固めにはなるものの、どうしても凝縮した味を出したくて、この製造工程をとっています」。</p>



<p>友永さんのこだわりは、製造の一工程一工程に染み込んでいる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">農業が「やりたい」産業になるために</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF9638.jpg" alt="" class="wp-image-55226" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF9638.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF9638-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF9638-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>原材料不足や製造工程の課題に加えて、友永さんにはもうひとつ、気がかりなことがある。それが人手だ。千歳町の人口は約2,600人。作り手には高齢者も多く、刺激性の強い唐辛子を扱う現場は身体的な負担が大きい。工場として使っている建物は元々学校の跡地で、その前は精密時計工場だったという経緯から、食品づくりに最適化されていない。加えて、充てん作業は半手動、キャップ締めは手作業と、パート従業員の手なしには商品が完成しない現状がある。将来的な自動化の必要を、友永さんは切に感じている。</p>



<p>さらに近年は、気候変動と輸入肥料・資材の高騰も重くのしかかる。商品の価格改定だけではコスト増を吸収しきれず、生産者へ無理な要求をしなければならない場面もある。そのたびに、心苦しい思いをするという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">若者をとりこむ施策</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3028.jpg" alt="" class="wp-image-55227" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3028.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3028-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3028-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>農業が持続していくためには、農家が事業を継続できる環境を整えることが不可欠だ。大切なのは価格の「高い・安い」ではなく、生産から消費までの循環が適切に機能する仕組みを作ること。農家が1年の営みを通じて生活を安定させ、ある程度の潤いを感じられる状況でなければ、農業は次の世代へつながっていかない。</p>



<p>「農業が魅力的で、&#8221;やりたい&#8221;と思える産業になる必要があると思っています。後継者が入りたがる産業にならないと。そのためには国の支援も必要とはいえ、自分には何ができるのかと考えています」。</p>



<p>その問いに向き合いながら、友永さんが取り組んでいることのひとつが新商品の開発と他社とのコラボレーションだ。これまでの堅い商品イメージを脱却し、若い世代を意識したラベルやコンセプトづくりを進めたいという思いもある。その一歩として、かぼす果汁を使った吸って食べるパウチ型ゼリーもすでに販売している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">小さな瓶に詰まった、この土地の風景</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3081.jpg" alt="" class="wp-image-55228" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3081.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3081-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/DSCF3081-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>決して人口の多くない千歳町で作られたゆずこしょうは、今では全国へと広がっている。小さな瓶の中には、この土地の風景が詰まっている。ゆずの木、唐辛子の畑、農家の手、そしてそれを調味料へと仕上げる工場。</p>



<p>「いい素材があるから、いい商品ができるんです」。</p>



<p>友永さんのまっすぐな言葉は、シンプルな素材だけで作られるゆずこしょうの本質を、そのまま映し出しているようだ。</p>



<p>山あいの小さな町で生まれたゆずこしょうは、今日もどこかの食卓で料理を引き立てている。その香りは、この土地の農業とともに、これからも続いていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55210/">ゆずこしょうを調味料の主役に。「大分千歳村農産加工」／大分県豊後大野市千歳町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>全国から注文が入るフルーツトマト「うしの恵み」を育てる家族「眞嶋農園」／高知県香南市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 17 Aug 2026 07:25:02 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[フルーツトマト]]></category>
		<category><![CDATA[乳牛]]></category>
		<category><![CDATA[野菜ソムリエ]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[畜産]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-182718.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>高知県は、「フルーツトマト」と呼ばれる、高糖度トマトの発祥の地と言われており、県内各地で付加価値の高い高糖度トマトが生産・販売されている。県で3番目の生産量を誇る香南市で、「うしの恵」と名付けた「フルーツトマト」のブラン [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-182718.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>高知県は、「フルーツトマト」と呼ばれる、高糖度トマトの発祥の地と言われており、県内各地で付加価値の高い高糖度トマトが生産・販売されている。県で3番目の生産量を誇る香南市で、「うしの恵」と名付けた「フルーツトマト」のブランド化に成功しているのが、眞嶋農園だ。眞嶋農園は、高知龍馬空港から約10分、高知県の東部エリアへ伸びる国道55号近くにある。住宅と畑の間に厩舎とビニールハウスが建つ、家族経営の酪農家兼農家だ。牛乳を生産し、牛糞を「濃縮堆肥」にして販売、さらに堆肥を使って旨味のある「フルーツトマト」を育てることに取り組んできた。また、同じ堆肥で、耕作放棄地を活用した青パパイヤ栽培や、飼料にする牧草を育てて、持続可能な循環型の耕畜連携を実践している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">酪農と農業の循環を築き、継承に力を注ぐ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-172203.jpg" alt="" class="wp-image-55069" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-172203.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-172203-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-172203-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>代表の眞嶋順一さんは、「うちは元々、父の代から約60年続く酪農家なんです」と語る。26年前、母の入院をきっかけに、眞嶋さんが妻と息子を連れて県外からUターンして、家業を継いだのだそうだ。</p>



<p>飼育しているのはホルスタイン種という搾乳に特化した牛で、現在は35頭を世話する。しかし、飼料の高騰や、少子化による学校給食での牛乳消費量の減少など、酪農を取り巻く環境は厳しい。「酪農は、家族経営ではだんだん厳しくなっていて、メガファームやギガファームといった大規模化、IT化が進む流れもあります」と眞嶋さんは言う。</p>



<p>そんな環境下で、眞嶋家は、自給飼料への切り替えを図るなどしてコストを下げながら、酪農と農業を循環させる工夫を続けている。今では、主に眞嶋さんが酪農を、野菜ソムリエの資格を取った妻の美加さんがトマト栽培を担い、息子の将さんが夫婦の後継として共に働いている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">超濃縮タイプの“乾燥牛糞堆肥”づくり</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-175214.jpg" alt="" class="wp-image-55070" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-175214.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-175214-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-175214-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>眞嶋さんは父から酪農を引き継いで以降、酪農の副産物である糞尿をどう活かすか試行錯誤を重ねたという。</p>



<p>父が取り組み始めていた堆肥づくりを、販売できるまでにするにはどうすればよいか。本を読むなどしていろいろ調べ、糞尿を乾燥装置で水分10％以下まで落とし、その乾燥堆肥を水分調整材として再利用する独自の手法を編み出した。</p>



<p>「一度出来上がった乾燥堆肥を混ぜることで水分を調整して、また良い堆肥ができる。これを繰り返すことで、オガクズなどを入れることなく、高品質な堆肥を安定的に製造できています。</p>



<p>並行して、父は販売を見据え2000年頃から堆肥の効き目を検証するために『フルーツトマト』栽培を始めていました。トマト農家を営む親戚から栽培について教わり、その2年後に私たち夫婦がノウハウを受け継いだんです。堆肥の投入量の適正化を含め家族で試験を重ねてきました。</p>



<p>トマトが美味しいと言われて売れるようになり、堆肥の品質の良さが証明されたことで、堆肥も売れるようになりましたが、軌道に乗るまで、5～6年かかりましたね」</p>



<p>酪農家が堆肥をつくることは珍しくない。一般的には、糞尿に籾殻やオガクズを混ぜて発酵させることで水分量が60％以上の発酵堆肥が作られている。ただ、眞嶋農園のように糞尿を乾燥させた堆肥を水分調整に用いる例は非常に珍しい。</p>



<p>眞嶋農園の牛糞99.9％という超濃縮タイプの“乾燥牛糞堆肥”は、軽くて扱い易く、肥料としての質が高い。評判が広がるにつれ農家からの注文が増えて、現在は製造が追いつかないほどだそう。</p>



<p>「農作物の肥料として少量でも十分な効果を発揮する点が自慢です」と眞嶋さんは言う。</p>



<h3 class="wp-block-heading">始めは大玉、徐々に高糖度の「フルーツトマト」に仕上げる </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-175636.jpg" alt="" class="wp-image-55071" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-175636.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-175636-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-175636-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そもそも「フルーツトマト」とは特定の品種名ではない。品種やサイズに関わらず、糖度が8以上あるものを「フルーツトマト」と呼ぶ。小ぶりな「ミニトマト」はフルーツトマトと混同されがちだが、ミニトマトはあくまでも形で分類された小さいトマトの総称。規定の糖度を越えなければフルーツトマトとして出荷することはできない。そのため、糖度を上げるための栽培方法が重要になってくる。一般的には、小ぶりな品種のトマトを選び、水分制限して育てると糖度を上げやすいと言われるが、眞嶋農園のトマトは、独自の栽培方法を確立している。</p>



<p>眞嶋農園では、品種は大玉トマトの「桃太郎ファイト」を使う。食味、柔らかさ、皮の硬さなどの観点でいろいろな品種を試した結果、最終的に選んだ。年配の人にも美味しく食べてもらえる皮の食感だという。</p>



<p>「現在も試し続けていますが、ここ数年は今の品種が一番うちの栽培方法にピタッと合っていると思います」と、美加さん。</p>



<h2 class="wp-block-heading">眞嶋流は、どこよりも時間をかける</h2>



<p>何より特徴的なのは、急がず、健康的な株を育ててから“ゆっくりと高糖度に仕上げる”という考え方だ。他所よりも時間をかけて育てるため、「他のフルーツトマトはもう店頭に並んでいるけど、おたくのトマトの出荷はまだなの？」と、お客さんから問い合わせを受けることもあるのだとか。</p>



<p>多くの農家は、根の広がりを制限して水の管理を徹底する「隔離栽培」を行うことで早く糖度を上げて「フルーツトマト」に仕上げようとするのに対し、眞嶋農園では根の広がりを制限しない。むしろ、しっかり根を張った健康的な株を育てることに時間をかける。水を制限するのも段階的だ。敢えて、最初から「フルーツトマト」にしないというのが、こだわりだ。</p>



<p>「そもそもフルーツトマト専用の種はなく、大玉トマトの品種を栽培方法でフルーツトマトに仕上げていきます。うちの場合は接ぎ木をせず、茎を太くして根がいっぱい張るように育てています。さらに堆肥の効果が後まで続くようにと考えて、最初に堆肥を少し多めに入れるため、その効き目が出て、初めは大玉がつきます。そこから、糖度を上げるために徐々に水分を制限することで、結果的に小ぶりになってはいきますが、他より大きめのトマトでも糖度が乗ったものができます。</p>



<p>単に甘いだけでは魅力を感じません。甘み・酸味のバランスを整えた上でのトマトらしい甘みであってほしいし、自家製の牛ふん堆肥による独自の旨みを大事にしています」と、眞嶋さんは言う。</p>



<h3 class="wp-block-heading">トマトの目利きは、妻と息子</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-181810.jpg" alt="" class="wp-image-55072" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-181810.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-181810-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-181810-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>糖度は、実が色づき始めた頃にはほぼ決まっており、そこから追熟が進むと酸味が旨味に変わっていき、甘みも強く感じられるようになり微妙な味わいの変化があるという。</p>



<p>「糖度が上がってくると、トマトの中の果肉が透けて見えるようになります。また、糖度が高くなるひとつの目安に、青いトマトのヘタ部分に入る『ベースグリーン』と呼ばれる濃い緑色のラインがあります。スターマークは知られるようになりましたが、そんなことも目安に日々食味しながらトマトの状態を確認しています。目利きはもう、妻と息子には敵わないです」と、眞嶋さん。続けて、妻の美加さんが言う。</p>



<p>「トマトの見極めは、家族で手分けして行っています。人を育てないと、とは思いますし、画一性を求めるなら人に任せず糖度センサーを入れればいいんでしょうけど、お客さんによって異なる好みに対して、直にお応えしたい。やはり相手の顔が見えている中で販売・やり取りしていますので、大切にしたい部分なんです」</p>



<p>「フルーツトマト」の産地として知られる高知県だけあって、競合も多い。そんな中で、眞嶋農園はきめ細かさで、顧客の要望に応えている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">独自の“斜め誘引”と、5,500本を支える手仕事</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180144.jpg" alt="" class="wp-image-55073" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180144.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180144-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180144-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>トマトの圃場に入ると、まず目を引くのが“斜め誘引”という珍しい栽培方法だ。株を斜めに伸ばし、根を自由に張らせているという。「吊るし式も試しましたが、収穫姿勢が厳しく断念しました」と、眞嶋さん。</p>



<p>斜め誘引は、株が成長するにつれ収穫位置が上がり、作業がしやすい。ただし手間は膨大だ。5,500本すべてを紐でくくり、脇芽を取り、毎日手入れをする。繁忙期は家族だけでは手が足りないので、手伝ってもらう。これが最初に教わった方法だったという。以来、20年以上、眞嶋さんはずっと手間を惜しまず、斜め誘引を継承している。</p>



<p>また、ハウスの温度や湿度の管理は、コンピュータ制御ではなく、経験と経験に培われた勘で乗り越えてきた。南国・高知と言われるだけあって、冬でも日中の気温が12〜16℃あって温かい。そのうえ、気候変動でハウス内が30℃になる日も出てきたが、「自分たちの目と感覚で管理しています」と美加さん。手を抜かず、積み上げてきた経験がものを言う。</p>



<h3 class="wp-block-heading">害虫対策は、農薬の使用量を減らして天敵昆虫を使う「環境保全型農業」 </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180240.jpg" alt="" class="wp-image-55074" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180240.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180240-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180240-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>さらに、トマト栽培に害をなすコナジラミの対策には、トマト苗生育中に並行して、ごまを育て、天敵昆虫のタバコカスミカメを自家採種。タバコカスミカメの餌植物であるクレオメを植えて自然繁殖させ、害虫の発生を抑制させる。農薬の使用を減らす「環境保全型農業」も実践していた。高知県は全国的に見てもこの「環境保全型農業」への意識と実践が非常に高い。JAが中心となって農薬に頼らない栽培を推進している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">野菜ソムリエ仲間の口コミから広がった、「うしの恵み」の輪</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180527.jpg" alt="" class="wp-image-55075" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180527.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180527-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180527-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>販路拡大のきっかけは、妻の美加さんの野菜ソムリエ資格の取得だった。夫に付き添ってIターンして数年後、美加さんは友人5人と毎週末、高知から香川まで通って野菜ソムリエの資格を取得する。その後に知り合った県内外の野菜ソムリエ仲間がレストランや百貨店と繋いでくれたり、SNSで発信してくれるなど気にかけてくれた。こうして口コミが広がって、県外からの注文が増えていったという。</p>



<p>「お客さんがお客さんを呼んでくれるんです」。<br>営業に出る時間がない家族経営にとって、これは大きな力になった。<br>ハウスの広さは25アール。「もっと広げたら？」と言われるが、品質を守るためにあえて増やさない。</p>



<p>「二人でしっかり見られる限界が25アールなんです」と、夫妻は言う。</p>



<p>規模よりも味。今のお客さまに喜んでもらえることが一番。その姿勢が、ファンを増やし続けている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">牛を可愛がることが、美味しい牛乳につながる </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-172839.jpg" alt="" class="wp-image-55076" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-172839.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-172839-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-172839-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一方、厩舎を覗くと、乳牛たちが穏やかに牧草を食んでいた。子牛が興味深そうにこちらを見てくる。「さくらちゃん、さくらちゃーん」と、美加さんが声をかける。厩舎の牛たち全頭に名前がついており、赤ちゃんの頃から「かわいいね」と声をかけ続けるのだそうだ。ストレスを与えないことが、美味しい牛乳の第一条件だからとはいえ、美加さんの声は、母親がわが子に呼びかけるように優しい。</p>



<p>牛舎にはミストと大型扇風機が設置され、暑さに弱い牛を守る。角は幼少期に焼いて除角し、怪我を防ぐ。1日4回、1頭25kgの餌を食べ、約30Lの牛乳を出す。繁殖も丁寧だ。生後14ヶ月で初めての種付け、妊娠期間は10か月。出産2か月前からは搾乳を止め、赤ちゃん牛に栄養を回す。</p>



<p>さらに、県の事業として「土佐あかうし」の受精卵移植にも協力。ホルスタインが代理母となり、地域の畜産を支えている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">“去年の美味しさ”を超えるために。続いていく家族の挑戦  </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180853.jpg" alt="" class="wp-image-55077" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180853.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180853-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180853-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>酪農から出た堆肥が、農作物を育て、乳牛たちの飼料になり、美味しい牛乳となる一連の循環が、眞嶋農園を支えている。</p>



<p>眞嶋農園では、トマトの収穫は12月から6月末まで。そこで一旦区切りを設けて、次の植え付けに着手するというが、美加さんは、植え付けからの手入れ期間は「一番楽しい」と笑う。逆に収穫が始まると緊張の日々なのだとか。</p>



<p>「これまでは、良くする努力を重ねてきましたが、おかげさまで、お客さんに付いていただけるようになったので、今度は、できるだけ味を変えない努力をしています。息子が苦労している最中ですが、先の状態を想像しながら管理していくことは、気候変動の中では非常に難しいと、ここ近年感じています」</p>



<p>美加さんは、「お客さんの記憶の中の“美味しい”は年々美化されていきます。だから、それを超えるぐらいの気持ちでトマトを作って、次の年も「美味しい」と言っていただけるようにと想いを込めて作っています」と言う。</p>



<p>水の管理と玉の大きさの調整、機械に頼らずに生育状態を日々自身の目で細かく見極めるなど、味を狂わせないための数々の努力と、家族だけが可能な“目利き”が、今年もトマトを仕上げていく。</p>



<p>牛と堆肥とトマトがつくる“恵みの循環”は、家族の力でこれからも続いていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55058/">全国から注文が入るフルーツトマト「うしの恵み」を育てる家族「眞嶋農園」／高知県香南市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>夢の機械を創る、100年企業が描く農業と未来。「井関農機株式会社／株式会社ISEKI M&#038;D」／愛媛県松山市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/55014/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 06 Aug 2026 10:02:18 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[農業機械]]></category>
		<category><![CDATA[スマート農業]]></category>
		<category><![CDATA[ISEKI　Dream　Gallery]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-27.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本を代表する農業機械メーカーのひとつである、井関農機株式会社。創業者、井関邦三郎氏は、北宇和郡三間（みま）村（現宇和島市）生まれであり、三間はおいしい米（三間米）の産地としても知られる農村地域である。 農家を過酷な労働 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55014/">夢の機械を創る、100年企業が描く農業と未来。「井関農機株式会社／株式会社ISEKI M&D」／愛媛県松山市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-27.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本を代表する農業機械メーカーのひとつである、井関農機株式会社。創業者、井関邦三郎氏は、北宇和郡三間（みま）村（現宇和島市）生まれであり、三間はおいしい米（三間米）の産地としても知られる農村地域である。</p>



<h2 class="wp-block-heading">農家を過酷な労働から解放したい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-31.jpg" alt="" class="wp-image-55019" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-31.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-31-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-31-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>創業者･井関邦三郎氏、誕生の地である愛媛県。松山市にある「ISEKI　Dream　Gallery」では、井関農機株式会社の歴史や技術を展示している。井関邦三郎氏は、幼いころから家業である農業に携わっていた。当時の農作業は重労働であり、「農家を過酷な労働から解放したい」という強い想いを抱いていたという。人の手から機械へと移り変わる時代の中で、より良いものを追求する情熱が原動力となり、1926年に松山市で「井関農具商会」を創立。最初に手がけた農機は「全自動籾すり機」だった。その後も農業の機械化と近代化に貢献し、戦後の食料増産や高度経済成長を支える企業へと発展していく。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農業の未来を動かす、松山発のモノづくり</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-5.jpg" alt="" class="wp-image-55020" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-5.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-5-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-5-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>1936年に、松山市に工場を設立。戦後の食料増産、高度経済成長を支える、農業の機械化･近代化に貢献する数々の農業機械を開発･生産してきた。1978年には松山工場にて大型トラクタ生産を開始。長い歴史を持つ同工場は、現在も「株式会社ISEKI M&amp;D」としてISEKIグループの農業機械の製造部門を担っている。ISEKIグループにおける「スマート農業」「環境保全型農業」といった取り組みにおいて、製造面から支える、モノづくりの中核拠点だ。</p>



<p>「人の手作業から機械化へと変えていくなかで、本当に役立つ機械を作りたい。“ええもんを作ろう”という創業者の理念を、今も受け継いでいます」と、株式会社ISEKI M&amp;D 代表取締役社長の酒井正弘さんは話す。</p>



<p>ISEKI M&amp;Dで製造する農業機械は小規模農地向けから130馬力の高出力トラクタまで幅広く、海外で活用される芝刈機や、雑草抑制･農薬肥料散布･土壌水分保持などを行う乗用管理機など、多様な製品を手掛ける。部品加工から塗装、組み立てまで社内で一貫して行う体制を整えているため、多品種少量の製品に素早く対応でき、農家にとって使いやすく、手に取りやすい製品づくりにつながっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">スマート農業と野菜作機械化一貫体系</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/eb49b87ebc41ecad7a20bce4a0993fcb.jpg" alt="" class="wp-image-55021" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/eb49b87ebc41ecad7a20bce4a0993fcb.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/eb49b87ebc41ecad7a20bce4a0993fcb-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/eb49b87ebc41ecad7a20bce4a0993fcb-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>農業を取り巻く現実は厳しい。従事者の高齢化や後継者不足で、人手はどんどん減少している。収穫や植え付け、管理といった作業は、季節や天候に合わせて短期間で集中して行う必要があるため、限られた人手ではとても追いつかない。こうした現場で求められているのは、少ない労力で確実に収量を確保できる農業機械の技術だ。</p>



<p>ISEKIは、農業の効率化と環境保全を両立させる「スマート農業」に注力している。ITやセンサー、GPS、ロボットといった最新技術を活用し、作物の状態やほ場の条件に応じた作業を可能にすることで、少ない人手でも高い生産性を実現する。</p>



<p>スマート農業技術を搭載したトラクタやロボットトラクタの開発･生産も行う。たとえば、GPSを利用した位置測位により、トラクタはほ場内での直進走行をアシストできる。これは作業者がステアリングで細かく舵を切る必要がなくなるため、疲労を軽減できるというものだ。また、ロボットトラクタは有人監視のもと、人と協調して作業を行うことで、作業効率の向上にも貢献している。</p>



<p>ほかにも、ほ場内の状態に応じて肥料量を調整する「可変施肥技術」を2015年に開発。肥料の無駄を抑えながら、生育のばらつきを少なくし、品質や収量の安定につなげるなど、環境負荷の軽減と生産性向上の両立を目指している。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/788A9720.jpg" alt="" class="wp-image-55022" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/788A9720.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/788A9720-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/788A9720-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p><strong> </strong>1990年頃には機械化の進展により、稲作における労働時間が1960年の4分の1となる一方で、野菜作に関しても省力化のニーズが高まる。田植機･コンバイン･乾燥機など、機械化一貫体系が進んでいる稲作に比べると、当時の野菜作は機械化が遅れており、軽労化･省力化が求められてきた。ISEKIは、全自動野菜移植機「ナウエルPV101」の商品化に始まり、「野菜作機械化一貫体系」に力を入れてきた企業でもある。</p>



<p>実は野菜作りは、地域ごとに作業のやり方が大きく異なるという特徴があるそうだ。たとえばネギの場合、一口に「長ネギ」と言っても、地域ごとに品種や栽培方法が異なる。畝（うね）の幅や植え付けの間隔にも地域性があり、ISEKIではそれぞれの地域に合わせて、畝幅や植え付け間隔を調整できる機械を開発している。</p>



<p>　さらに、だいこん･玉ねぎ･キャベツ･ブロッコリー･サトイモ･ニンジン･レタス･枝豆･ネギ･かんしょなど、幅広い作物に対応できる機械や資材をそろえ、「野菜作機械化一貫体系」を確立。苗の育成から植え付け、管理、収穫、選別まで、野菜作り全体の工程を一貫して機械化できる体制を整えている。これにより、多品種少量の生産や地域ごとの栽培条件の違いにも柔軟に対応でき、少人数でも効率的かつ品質の安定した農作業が可能になる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">創業100年、技術と人で未来の農業をつなぐ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-47.jpg" alt="" class="wp-image-55023" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-47.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-47-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-47-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現場の解決につながる技術開発を積み重ね、ISEKIはトラクタや田植機、コンバインなど農業機械の開発に関わる技術をはじめ、約2,200件の特許権を保有している 。培ってきた技術力が、スマート農業の進化を支え、現場の農業をより確実で、より負担の少ないものに変えている。</p>



<p>ISEKI M&amp;Dで製造されている新型機種もそのひとつ。GPSなどのデジタル技術を活用したスマート農業にも取り組んでいる。こうした技術は、長年の経験で培われてきた農作業のノウハウをサポートするものだ。例えば、熟練者が感覚で行っていた正確な作業を機械が補助することで、経験の浅い作業者でも一定の品質で作業しやすくなる。人から人へ受け継がれてきた農業技術を、デジタルの力で次世代へつないでいくことで、担い手不足の解消や持続可能な農業の実現を支えている。&nbsp;</p>



<p>農業現場の人手の減少や、気候変動の影響もあり、農業現場の人手は減少。効率化と環境への配慮は欠かせない。国の「みどりの食料システム戦略」も追い風となり、省力化や有機農業など、持続可能な農業への転換が求められている。</p>



<p>ISEKIは2026年に創立100年を迎え、長年の技術と経験を誇る企業としてこの課題に向き合う。大型･先端･畑作･環境対応の農業機械を開発し、省力化と環境保全を両立。電動化をはじめとする環境対応技術を拡充し、高品質な農機を通じて生産性の高い持続可能な農業を後押しする。</p>



<p>さらに次世代の技術者育成にも力を注ぐ。設計や製造、最新技術に触れる実践の場で課題解決力や判断力を磨き、長年培われた技術や知恵を学ぶ姿勢も大切にしている。こうして育まれた人と技術の力が、農業の効率化や環境配慮に直結し、より持続可能で豊かな農業を支えていく。技術と人が紡ぐものづくりは、これからも農業に新しい可能性を届けるだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55014/">夢の機械を創る、100年企業が描く農業と未来。「井関農機株式会社／株式会社ISEKI M&D」／愛媛県松山市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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