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	<title>FOOD - NIHONMONO</title>
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		<title>牛の命が輝く場所を作るのが使命。「オオヤブデイリーファーム」大薮裕介さん／熊本県合志市</title>
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		<pubDate>Fri, 29 May 2026 05:11:24 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_9123.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>一口目はもったりと濃厚、二口目はとろりと爽やか。２層仕立ての瓶詰めヨーグルト「ミルコロエイジングヨーグルト」は農林水産大臣賞をはじめとする数々の賞を受賞した人気商品。仕掛け人であり酪農家でもある大薮裕介さんは“選ばれる商 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_9123.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>一口目はもったりと濃厚、二口目はとろりと爽やか。２層仕立ての瓶詰めヨーグルト「ミルコロエイジングヨーグルト」は農林水産大臣賞をはじめとする数々の賞を受賞した人気商品。仕掛け人であり酪農家でもある大薮裕介さんは“選ばれる商品開発“で牛の命が輝く場所を作っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">初めて聞く父の弱音に家業と向き合うことを決めた</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/bd378a7db158c49aaf9837a53b3a1123.jpg" alt="" class="wp-image-54596" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/bd378a7db158c49aaf9837a53b3a1123.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/bd378a7db158c49aaf9837a53b3a1123-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/bd378a7db158c49aaf9837a53b3a1123-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>熊本市のベッドタウンとして人口増加が続いている合志市。その一角に「オオヤブデイリーファーム」はある。</p>



<p>創業は1975年、日本での飼育頭数の9割以上を占める乳牛の種類であるホルスタインを飼育し、乳を搾って出荷する形で始まった。現在の代表である大薮裕介さんは実家を継ぐ形で2001年に就農。とはいえ、家業だから強制的に、というわけではなく、アメリカの研修で毎年海外旅行に行っているという酪農家の夫婦と出会い、「酪農業」を活かして自分の人生を彩り、形作っている生き方に感銘を受けたことが就農のきっかけだったという。旧来からある乳業の仕組みにも疑問を感じていたが、業界内で偉くなっていったとしても、個の力では到底変えることができない画一的な産業システムを目の当たりにし、次第にやる気をなくして悶々とした日々を過ごしていたという。</p>



<p>そんな大薮さんの心に追い打ちをかけたのが、全国的に行われていた生乳の生産調整だった。生産調整とは乳製品の在庫が過剰となった場合などに、国が生産者に対して生乳の生産を抑えるように求める施策だ。牛が生まれてから生乳を搾れるようになるまでには2年かかる。一度酪農家や飼育頭数を減らしてしまうと、生産量を短期間で取り戻すことは難しくなる。そのため、頭数の制限ではなく、生産者に生乳を廃棄させる形で在庫量を調整する。</p>



<p>休みなく働き続けて牛を育て、ようやく搾った生乳を大量に廃棄するよう命じられる生産者の心境は他人が軽々しく言葉にできるものではない。しかも、生産調整は在庫状況に応じて何度も繰り返され、その度に生産者は精神的な負担だけでなく、収益の悪化という重い負担も背負うことになる。</p>



<p>実際、2006年には生乳の大量余剰が発生し、北海道だけで牛乳パック90万本分、約900トンもの生乳が廃棄された。</p>



<p>とはいえ、牛は毎日必ず搾乳しないと乳房炎という病気になり、最悪の場合は死んでしまう。生き物への責任と愛情があるからこそ、廃棄すると分かっていても毎日世話をし、搾らざるを得ない。</p>



<p>また、牛が誕生してから初めて牛乳が搾れるようになるまで約3年を要する。もし今、牛乳が余っているからといって殺処分などで頭数制限をすれば、数年後に猛暑で全国的に乳量が落ちるようなことが起きた場合、供給が間に合わなくなる可能性もある。</p>



<p>加えて、酪農は牛舎の建設、搾乳ロボット、トラクター、そして何十頭もの牛そのものなど、数千万円から数億円の初期投資が必要な「装置産業」。その多くは長期の融資で賄われており「苦しいから明日で辞めます」ということは、なかなか叶わないのだ。</p>



<p>絶望に打ちひしがれた大薮さんは、その時初めて正勝さんの弱音を聞いた。父親の背中が小さく見えた瞬間だった。そして、いつの間にか酪農の現実から目をそらしていた自分に気づいた。</p>



<p>大薮さんは、家業と向き合うことを決めた。このまま同じやり方を続けても未来はない。搾った乳を農協に出荷するだけの酪農は価格も出荷量も自分たちでは決められない。努力が報われない構造の中に取り込まれたままでは、家族を支えることも、牧場を次の世代へつなぐことも難しい。牧場の現状に強い危機感を感じた大薮さんは、 出荷するだけの酪農から自分たちで価値をつくる酪農へと大きく舵を切ることにしたのだった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">酪農家だからこそ作れるオリジナルのヨーグルト</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_0674.jpg" alt="" class="wp-image-54597" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_0674.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_0674-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_0674-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一体、自分たちに何ができるだろうか。「オオヤブデイリーファーム」に生まれてきてくれた牛たちの命を無駄にせず、輝かせるにはどうしたらいいか。答えを探す中で、大薮さんはオリジナル性の高い自社乳製品を生み出すという考えに行き着いた。その頃、牧場でホルスタインに比べて栄養価が高く、生乳に希少性のあるジャージー牛の飼育も始めていた。酪農家の先輩たちからヨーグルトの製造技術を、熊本県の技術支援機関では菌検査方法をそれぞれ学び、2012年に牧場の敷地内に2.5メートル四方の小さな加工施設を建て、自社牧場の生乳を使ったヨーグルトの製造を開始。こうして誕生したのが「ミルコロエイジングヨーグルト」である。</p>



<p>「ミルコロエイジングヨーグルト」の材料はふたつだけ。自社で育てたジャージー牛の生乳とてんさい糖で作る。一般的に生乳は乳脂肪を均一化し、品質を安定させるためのホモジナイズという加工が施されるが、「オオヤブデイリーファーム」ではホモジナイズ加工を行わず、生乳をそのまま使用する。すると、脂肪分が分離してクリームの層として浮かび上がる。ジャージー牛の乳は脂肪が多いためクリームの層が厚くなり、でき上がりのヨーグルトはクリームとヨーグルトの２層仕立てとなる。そのユニークさも商品価値につながると考え、ホルスタインではなくジャージー牛の生乳を選んだ。2層はそれぞれ味わいが異なり、クリームの層はレアチーズケーキのようにもったりと濃厚、ヨーグルトの層はとろりと爽やかな風味を楽しめる。材料がたった2つだけとは思えないほど複雑な香りと旨味がある。加えて、クリームの層が蓋の役割を持ち、ヨーグルトの層の中では日々発酵が進み、乳酸菌が増えて味わいが変化していく。だから“エイジング”と名乗っている、というわけだ。</p>



<p>「ミルコロエイジングヨーグルト」の特徴はこれだけではない。ジャージー牛は体内のさまざまな機能にとって重要な成分であるオメガ3脂肪酸が豊富なアマニを主とした飼料で育てており、その生乳にも天然のオメガ3脂肪酸が多く含まれている。さらに、牧場内での交配で品種改良を繰り返すことにより、「オオヤブデイリーファーム」のジャージー牛の乳はベータカゼインA2ミルクを生産できるようになっている。ベータカゼインA2ミルクは人間の母乳に構造が近いとされており、吸収がよく、消化管に炎症を起こしにくいため、摂取してもお腹がゴロゴロとなりにくいといわれている。</p>



<p>自社の牛乳の特徴を生かした「オオヤブデイリーファーム」の製品開発力は全国的に評価され、2019年6次産業アワード農林水産大臣賞をはじめとする数々の賞を受賞。JR九州の豪華列車「ななつ星in九州」や日本を代表する高級ホテルの朝食でヨーグルトが採用されるなど、販路を大きく拡大した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">誕生を喜ばれない命がある事実に目を背けたくない</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_9482.jpg" alt="" class="wp-image-54598" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_9482.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_9482-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_9482-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>当たり前のことだが、牛にも性別がある。乳牛のメスは乳が出るが、オスからは出ない。だからオスは、肉用牛となる。だが、ジャージー牛のオスはホルスタインと比べて体格が小さく、成長も遅いことから収益が低いなどの理由で生後すぐに殺処分されることが多い。</p>



<p>雄牛が生まれる確率は約50％。大薮さんは、牧場で生まれた子牛がオスだと分かった時に、心の底から喜べない自分がいることがずっと心にひっかかっていた。人間の都合で誕生を喜ばれない命がある事実から目を背けたくない。せっかく生まれてきてくれたのだから、雄の子牛の命にも輝く場をつくりたい。そんな思いからオスの子牛を採算ラインギリギリの生後1年まで肥育し、食肉に加工する取り組みにも着手。牧場の敷地内に新しく開いたカフェ「MILK’ORO LAB. （みるころラボ）」の食事メニューに使うことで、命のバトンをつなぐ仕組みを作った。</p>



<p>オスの子牛はメスと同様にオメガ3脂肪酸が豊富なアマニを主とした飼料で育てることで、肉からも不飽和脂肪酸の一種で、アンチエイジングの補助になる成分「ALA（アルファリノレン酸）」が検出されることが分かった。しかも、肉質がやわらかく、食味も良い。機能性があるだけでなくおいしければ、消費者から選ばれる理由となる。こうした取り組みは業界外からも話題を呼び、2025年6月に大阪万博会場で開催された地方の優れた「食」を表彰する「にっぽんの宝物レジェンドグランプリ」では2位に輝いた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">“選ばれる商品開発”がこれからの酪農の鍵となる</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="681" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/image-58-1024x681.jpeg" alt="" class="wp-image-54594" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/image-58-1024x681.jpeg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/image-58-300x200.jpeg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/image-58-768x511.jpeg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/image-58.jpeg 1381w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>「オオヤブデイリーファーム」では「MILK’ORO LAB.」を拠点に食育活動も積極的に実施。搾乳や乳製品加工など命の温かさや食の循環に触れられる体験の機会を設けており、地元の子どもたちを中心に年間で約2000人を受け入れている。<br>酪農体験で命の温かさに触れ、製造体験では、私たちは皆、誰かに生かされている事を感じて欲しいとは願っているが、そんな複雑なことはまだ伝わらなくとも、牧場に足を踏み入れて牛たちをその目で見ることで、何かを感じてもらえるはずだと大薮さんは信じている。そして、子どもたちが牛や牧場に興味を持ったときに酪農家が希望のある職業であるように、まずは「オオヤブデイリーファーム」が持続可能な事業スタイルを確率させることが重要だとも考えている。そのためには“選ばれる商品開発“がこれからの酪農の鍵となる。今後の展望を熱っぽく語るその目には、命の現場を未来へつなぐ覚悟と力強さが満ちていた。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54590/">牛の命が輝く場所を作るのが使命。「オオヤブデイリーファーム」大薮裕介さん／熊本県合志市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>最高の一杯を追求し、日常に寄り添うコーヒーを。門脇洋之さん・裕二さん／島根県安来市・松江市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 29 May 2026 04:24:34 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01340_142A2681.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>世界最大級のバリスタ競技会「ワールド・バリスタ・チャンピオンシップ」で準優勝した「CAFE ROSSO（カフェロッソ）」店主･門脇洋之さん（写真右）。島根から世界に挑み、自家焙煎による独自の一杯を追求してきたバリスタだ。 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01340_142A2681.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>世界最大級のバリスタ競技会「ワールド・バリスタ・チャンピオンシップ」で準優勝した「CAFE ROSSO（カフェロッソ）」店主･門脇洋之さん（写真右）。島根から世界に挑み、自家焙煎による独自の一杯を追求してきたバリスタだ。「CAFFE VITA（カフェヴィータ）」を営む弟の裕二さん（写真左）も国内コンテストで多数入賞、優勝までも経験し、セミナー講師や審査員としても活躍している。ふたりの拠点は生まれ育った島根県。世界で活躍できる実力を持ちながら、なぜこの地でコーヒーを淹れ続けているのだろうか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">将来を描いたのは、コーヒーのある日常から</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01442__H6A9209.jpg" alt="" class="wp-image-54546" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01442__H6A9209.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01442__H6A9209-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01442__H6A9209-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>兄弟の実家の1階は喫茶店で、父・美己（よしみ）さんが毎日コーヒーを淹れていた。学校の行き帰りには必ず店を通る。それが当たり前の光景だった。</p>



<p>「中学2年のとき、お店のコーヒーが自家焙煎に変わって、おいしくなったんです。父と一緒にいろいろなお店を回って飲み比べるうちに、“父にしか出せない味がある”ことが面白くて」と振り返る洋之さん。</p>



<p>その父の姿から、コーヒーを生業にする未来は自然と描かれていった。ただ、進路を具体的に考えるようになると、「父のコーヒーは超えられない」という思いも芽生えていく。店を継ぐのではなく、自分にしかできない表現で、自分の店を持ちたいと考えるようになった。その思いから、高校卒業後はスイーツづくりを学ぶため大阪の洋菓子店に就職。パティシエとして6年働き、カフェとしての表現を広げるための土台を築いていった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自分だけの味を追い求めて本場イタリアへ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01403__H6A8955.jpg" alt="" class="wp-image-54547" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01403__H6A8955.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01403__H6A8955-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01403__H6A8955-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>1990年代半ば、日本に外資系コーヒーチェーンが進出し始めた。当時はまだ珍しかったエスプレッソマシンや多彩なメニュー、明るく開放的な店舗は都市部を中心に広がり、コーヒーの楽しみ方に新しい価値観をもたらしていった。それまで日本では、挽いた豆にお湯を注いで抽出するドリップコーヒーが主流。高圧で抽出するエスプレッソは、まだほとんど知られていなかった。「コーヒーの可能性が一気に広がった気がして、“これは流行る”と確信しました」。そのルーツがイタリアにあると知った洋之さんは、本場の味を体験するため現地に足を運んだ。自身のスタイルとして目指すものを見つけたのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">自分だけの軸を作り、育てる</h3>



<p>イタリアのコーヒーは、エスプレッソが主流。洋之さんは、イタリア北部から南部までたくさんのバール（カフェ）を巡り歩いた。味わいだけでなく、店のつくりや客のくつろぎ方まで観察しながら、自分のコーヒーのイメージを少しずつ膨らませていった。帰国後はエスプレッソマシンの操作を習得しながら、父親の店で自家焙煎の技術を学ぶ。そして1999年、自身の店「CAFE ROSSO」を父と同じ安来市（やすぎし）でオープンする。その姿を見ていた弟の裕二さんも、自然とコーヒーの道を志した。兄と同じように洋菓子店で働き、イタリアで自分のスタイルを模索。その後、「CAFFE VITA」を松江市でオープンする。</p>



<h2 class="wp-block-heading">バリスタ・チャンピオンシップへの挑戦</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01357__H6A8705.jpg" alt="" class="wp-image-54548" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01357__H6A8705.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01357__H6A8705-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01357__H6A8705-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>開店から数年後、転機が訪れる。「コンテストがあるので参加しませんか」と取引先から声をかけられた大会は、日本スペシャルティコーヒー協会が主催する「ジャパン・バリスタ・チャンピオンシップ」。高品質なコーヒー文化の普及を目的に開催されている国内最大級のバリスタ競技会だ。スペシャルティコーヒーとは、一定の評価基準を満たした高品質なコーヒーのことで、その味わいを最大限に引き出すにはバリスタの抽出技術が欠かせない。大会では味のクオリティや技術力、ホスピタリティなどを総合的に競う。腕試しのつもりで出場した2003年大会。なんと洋之さんは優勝、裕二さんは準優勝を飾った。自らのスキルが客観的に評価された瞬間だった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">世界大会準優勝。その裏にあった自家焙煎という選択</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01363__H6A8725.jpg" alt="" class="wp-image-54549" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01363__H6A8725.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01363__H6A8725-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01363__H6A8725-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2005年、洋之さんは「ワールド・バリスタ・チャンピオンシップ」に出場する。前述の国内大会優勝者だけが参加できる世界大会で、日本代表としての挑戦だった。審査では、味だけでなく、サービススキル、プレゼンテーションも評価される。当時、欧米のエスプレッソ文化にアジア人が挑むのは簡単ではなかった。</p>



<p>しかし、洋之さんは、自家焙煎した豆を使った独自のプレゼンテーションで準優勝に輝いた。「当時は市販の豆を使う人がほとんど。でも、私は自分で焙煎した豆を使い、オリジナルの味で挑みました」。焙煎で味の基礎をつくり、抽出でそのフレーバーを最大限に引き出したのだ。他と違う味を生み出すための選択で、その経験は、今のコーヒーづくりにも確実に生きている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">コーヒーの味を決める、焙煎へのこだわり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01424__H6A9099.jpg" alt="" class="wp-image-54550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01424__H6A9099.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01424__H6A9099-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01424__H6A9099-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>コーヒーは同じ豆でも、焙煎によって味が大きく変わる。火力や時間のわずかな違いが、酸味や甘み、コクを左右する。「以前、一流バリスタが淹れたコーヒーを飲んだとき、味わいの奥行きにびっくり。『この味を目指そう』と思いましたが、抽出だけでは足りず、焙煎で味を作る必要がありました。そこから本格的に焙煎に取り組むことに」と原点を語る。味の責任を、最後まで自分で持ちたいのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">届けたい味をデザインすること</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01346_142A2747.jpg" alt="" class="wp-image-54551" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01346_142A2747.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01346_142A2747-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01346_142A2747-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>コロナ禍以降、自宅でコーヒーを楽しむ人が増えた。ふたりが営む店でも、コーヒー豆やドリップバッグなども販売している。豆を挽いて淹れるなど、本格的な楽しみ方も広がっている。「おいしく楽しんでもらえるよう、焙煎で味をしっかり整えたものをお届けしています。お店ではバリスタが風味を最大限引き出しますが、ご自宅で同じように再現するのは難しい。そのため、誰が淹れてもおいしくなるよう火を入れるタイミングや表皮の割合を研究しています」と裕二さん。今、目指しているのは、赤茶色の豊かなクレマ（泡）と、ミルクにも負けないコクだという。</p>



<p>洋之さんもまた、「イタリアのナポリで飲んだコーヒーの感動を届けたい」と理想の味づくりにブレはない。</p>



<p>コーヒーを通じて幸せを提供する。焙煎はそのためのひとつの手段なのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">どんなシーンにも寄り添うコーヒーを作り続ける</h3>



<p>そして近年は、産地にこだわったスペシャルティコーヒーへの関心も高まっている。特定の地域で生産された豆を使うシングルオリジンコーヒーは個性が際立つ。一方、複数の産地の豆を組み合わせるブレンドは、調合により多彩な表情を見せるのが魅力。</p>



<p>店舗では、アラビカ種とロブスタ種という2種類のコーヒー豆を扱っている。華やかな香りとフルーティーな酸味を持つアラビカ種に対し、ロブスタ種は苦味が強く、深いコクが特徴。それぞれの産地や個性を見極めながら、最適な味わいをつくり出している。</p>



<p>コーヒー豆の高騰が進む今、「日常はお求めやすいブレンドでいろんな味を楽しみ、特別な日はシングルオリジンコーヒーで贅沢な気分を味わうのもいいですね」と幅広い楽しみ方も提案している。</p>



<p>ふたりが提供するコーヒーは、&#8221;すごさ”を押しつける味ではなく、「おいしい」と自然に言葉が出る一杯だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">茶の湯文化が根付く町で、コーヒー一筋に</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01353__H6A9290.jpg" alt="" class="wp-image-54552" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01353__H6A9290.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01353__H6A9290-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/nih2_01353__H6A9290-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>松江市周辺は、江戸時代に藩主・松平不昧公（ふまいこう）が茶道を広めたことでも知られている。茶の湯文化が根付くこの町では、日常の一服が大切にされてきた。コーヒーもまた、日々の暮らしの中で自然に楽しむもの。彼らが追い求めるのは、驚きよりも“また飲みたくなる”味だ。</p>



<p>今後の展望を聞くと、「自分だけのコーヒーを追求して、全国へ届けたいですね。『こんなおいしいコーヒーがあるんだ』と、思ってもらえる味を目指しています」と語る洋之さん。「いろんな角度からコーヒーを楽しむ提案をしていきたいですね。カフェだけでなく、コーヒーマシンのデモンストレーションやセミナーも実施しているんです」と裕二さんも続ける。</p>



<p>洋之さんは“味”を磨き、裕二さんは“文化”を広げる。日常に寄り添う姿勢は通底しながらも、それぞれのこだわりで、コーヒーのある生活をよき方向へ導いている。島根から生まれる一杯が、これからも多くの人の日常を豊かにしていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54537/">最高の一杯を追求し、日常に寄り添うコーヒーを。門脇洋之さん・裕二さん／島根県安来市・松江市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>琉球王国時代から続く木桶仕込みの天然醸造 玉那覇味噌醤油／沖縄県那覇市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 07 May 2026 10:36:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[新着記事]]></category>
		<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[天然醸造]]></category>
		<category><![CDATA[天然醸造味噌]]></category>
		<category><![CDATA[王朝みそ]]></category>
		<category><![CDATA[うっちんみそ]]></category>
		<category><![CDATA[味噌]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-036.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>沖縄本島、那覇市のなかでも、特に歴史ある古い街並みが残る首里の街。首里城のお膝元で170年もの長い歳月ずっと味噌造りを続けているのは玉那覇（たまなは）味噌醤油。創業当時の製法そのまま、年季の入る木桶で天然醸造を続けている [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54493/">琉球王国時代から続く木桶仕込みの天然醸造 玉那覇味噌醤油／沖縄県那覇市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-036.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>沖縄本島、那覇市のなかでも、特に歴史ある古い街並みが残る首里の街。首里城のお膝元で170年もの長い歳月ずっと味噌造りを続けているのは玉那覇（たまなは）味噌醤油。創業当時の製法そのまま、年季の入る木桶で天然醸造を続けている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">沖縄でも希少な、麹から手作りをする味噌蔵</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-040.jpg" alt="" class="wp-image-54503" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-040.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-040-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-040-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>今から約120年前まで、琉球というひとつの国だった沖縄。首里城を有する首里が琉球国の中心だった。このあたりも武家屋敷が立ち並んでいた場所。そして実際、士族屋敷跡であるこの場所で、琉球王府末期の1855年〜1860年に味噌と醤油を造り始めたのが玉那覇味噌醤油だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">戦禍をくぐり抜けて残った麹菌</h3>



<p>坂道をのぼっていくと、歴史を感じさせる古い石垣が見えてくる。重厚感のある立派な石垣は戦前から残るもの。建物は沖縄戦で倒壊したが、焼けずに残った柱を防空壕の中で保存し、柱についた麹菌が玉那覇の味をつないでくれたのだそう。</p>



<p>沖縄県内でも、麹から手作りをしている味噌蔵は希少。以前は醤油も醸造していたが、設備の老朽化により10年ほど前から醤油造りは休止している。</p>



<p>米軍統治下の時代に移行した後も、首里の街だけでも、味噌や醤油を造る蔵がけっこうあったのだそうだが、1972年の日本本土復帰により、県外の製品がどっと入ってきたことによって、ほとんどが廃業してしまった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">5代目が守り続けた“すべて手作業”の味噌造り</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-035.jpg" alt="" class="wp-image-54504" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-035.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-035-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-035-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現在、玉那覇味噌醤油の当主を務めるのは、6代目となる大城由美さん。5代目で2025年4月に亡くなった玉那覇有紀（ありのり）さんの長女にあたる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">手入れをしながら、年季の入る木桶で醸造する</h3>



<p>味噌を仕込むのはすべて昔ながらの木桶だ。蒸した丸大豆に、米麹、そして、沖縄の海塩のみを混ぜ合わせ、発酵、熟成させる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-016.jpg" alt="" class="wp-image-54505" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-016.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-016-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-016-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>麹室の扉を開けると、むわっとした空気が流れ出てくる。麹の発酵により36℃ほどある室内で、工場長が、ずらりと並ぶ麹箱に目を凝らしていた。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-019.jpg" alt="" class="wp-image-54506" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-019.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-019-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-019-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>写真は2日前に種麹をつけたもの。同社の味噌に使う国産米を使った米麹は種麹をつけて、4日ほどで黄色っぽく変色。そこからさらに発酵が進むと、麹室内は40℃ほどにもなるという。</p>



<p>高温多湿な沖縄は微生物が活発に働き、やはり本土に比べ発酵が進みやすいのだそう。夏場は3〜4ヶ月、冬場は6〜7ヶ月ほど発酵、熟成ののち、味噌が仕上がる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-034.jpg" alt="" class="wp-image-54507" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-034.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-034-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-034-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>看板商品である「王朝みそ」は、九州の大豆を使用している。米や大豆のほどよい甘さを感じる、まろやかな口当たりだ。他には、国外産の大豆を使った「首里みそ」、ウコンを混ぜ込んだ「うっちんみそ」、米と麦の合わせ味噌の「特選みそ」を製造している。</p>



<p>直営のほか、地域のスーパーなどで販売、そしてネット販売もしてきた。一時期は製造が追いつかず、新規のネットでの注文はストップしていたが、現在では月1〜2回のペースで販売再開できるようになってきた。</p>



<p>「うちの味噌は1000円するんですけど、1200円の送料を払ってまでも本土から購入してくれる人たちがいるんです。ありがたいですね」と由美さんは話す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">菌にとって最適な環境</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-003.jpg" alt="" class="wp-image-54508" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-003.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-003-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-003-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>年間を通して気温差のあまり大きくない沖縄は、菌の働きに適した環境。大きな桶の中では、乳酸菌や酵母菌が活発に働き、味噌の熟成中だ。ずらりと並ぶ年季の入る桶は、いびつで、漏れがあったりするけれど、できる限り丁寧に修繕を繰り返し、なるべく長く使用する。買い替えの回数を極力減らすことで、創業から続く味を守り続けている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-026.jpg" alt="" class="wp-image-54509" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-026.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-026-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-026-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>管理しやすいホーローや強化プラスチックのタンクに変えるという選択肢もあったが、木は断熱性や保温性が高いため、気温に左右されずに温度を保つことができるため、手入れをしながら何十年と大事に使い続けているのだそう。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-021.jpg" alt="" class="wp-image-54510" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-021.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-021-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-021-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>製造が追いつかないとはいっても、決して効率などを優先せず、これまで大事に守られてきた製法はそのまま。</p>



<p>そんな、品薄状態が続く玉那覇味噌醤油だけれど、近くの保育園の給食で食べられる味噌は途切れることなく確保している。保育園が行う食育に賛同しているからで、すぐ近くで造られる郷里のものを食べて育ってほしいという想いがあるからだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">80年ぶりに木桶を新調</h2>



<p>そして、実は2026年2月に、80年ぶりに木桶を新調したばかり。国内でも少なくなっている本土の木桶職人により、金属を一切使用せず、スギの木の板と竹釘、そして竹で編まれたタガのみで組み上げられた。100年もつとも言われる、真新しくなった木桶での味噌造りが始まる。</p>



<p>日本が誇る発酵文化、発酵調味料である味噌。全国的にも麹から作る味噌蔵が少なくなり、木桶で仕込む蔵も数えられるくらいになっている。</p>



<p>ずっと変わらない人の手による製造方法、そして、この場所ならではの環境とが織りなすことでできあがる、ここだけの味噌の味。先祖代々大事に紡いできた味を守っていくために、小さな味噌蔵の挑戦は続く。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54493/">琉球王国時代から続く木桶仕込みの天然醸造 玉那覇味噌醤油／沖縄県那覇市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>農家の未来を見据え、儲かる農業を目指す「黄金崎農場」／青森県弘前市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 07 May 2026 10:01:38 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[新着記事]]></category>
		<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[キャベツ]]></category>
		<category><![CDATA[JGAP認証]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_66.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国でもトップクラスの広大な土地で葉物野菜や加工用じゃがいも、種芋など30品種以上の野菜を生産する「黄金崎農場（こがねざきのうじょう）」。取引先には大企業も名を連ね、2025年には、キャベツが青森県初のJGAP認証を取得 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_66.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国でもトップクラスの広大な土地で葉物野菜や加工用じゃがいも、種芋など30品種以上の野菜を生産する「黄金崎農場（こがねざきのうじょう）」。取引先には大企業も名を連ね、2025年には、キャベツが青森県初のJGAP認証を取得。地元産野菜の底力を見せ、未来の農家を支える取り組みを続ける。</p>



<h2 class="wp-block-heading">広大な土地と利便性を生かした青森らしい農業</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_27.jpg" alt="" class="wp-image-54454" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_27.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_27-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_27-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>500ha（東京ドーム100個分）の土地に、じゃがいも、キャベツ、大根などのほか30品種以上の種芋を全国へ届けている「黄金崎農場」。取引先は北海道から沖縄までと広く、カルビーポテトや湖池屋など大手企業の名も並び、青森の土地環境を生かした農業を続けている。</p>



<p>規模の大きさや品質以外に、青森ならではの利点があるという。そこに着目したのが、創業者の佐々木君夫さんら4人の農家だった。彼らは、北海道に似た気候と土地の利便性を生かし、持続可能な農業経営を目指したという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農家でもサラリーマン並の給料を</h3>



<p>佐々木さんが同社を設立したのは、1976年。20代の頃だった。天候や野菜の価格の不安定さを危惧し、「サラリーマンのような安定した収入のある農業はできないか」と仲間4人で話し合い、法人組織を発足。これにより、規模の拡大やコストダウンも期待でき、利益が出れば給料になると考えたのだ。</p>



<p>当初から取り入れたのが、土地利用型農業だ。土地利用型農業とは、広大な土地を利用し、大型機械やスマート農業を導入して作業の効率化や、同じ作物を同じ畑で栽培し続けることで土壌環境が変化して生育が悪くなってしまう連作障害の軽減も期待できる農法で、北海道型の大規模農園を目標とした。北海道のような規模を想定したのは、ひとつは気候が似ていることにある。じゃがいもなどは冷涼な地域が適地の品種が多く、青森の昼夜の寒暖差も高品質なじゃがいも生産に向いているという。</p>



<p>さらに、青森の最大の強みは陸路での流通が可能という点だ。特に葉物野菜は一日でも早く届けることが重要となるため、北海道に比べると関東圏の取引先などは有利といえる。気候と流通の強みを生かし、青森ならではの大規模農園を定着させようと考えたのだ。</p>



<p>佐々木さん達は若者らしい行動力の早さで土地を見つけ、さっそく企業法人経営をスタートさせた。見つけた土地は、西海岸に面した深浦町の「黄金崎」岬の丘陵地で、朝から晩まで開墾をしながら資金繰りを猛勉強する日々だったという。農家の給与面の不安定さは今も昔も課題となっているが、そこを解決することで次世代の若手育成も視野に入れながら、突き進んでいったという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「儲ける農業」から「損をしない農業」へ</h3>



<p>土地を開墾し、じゃがいもやにんじん、メロンにスイカなどさまざまな品種の野菜を作り、市場へ持ち込んだのだが、期待通りの収入にはつながらなかった。そこに冷害などが重なり、生活もままならない状況が続き岐路に立たされた佐々木さんらは、市場への出荷をストップさせる道を選んだ。相場に左右されるよりも、自らが売価を設定して売り込もうと考えたのだ。創業から6年ほど経った頃だった。</p>



<p>営業先は、東京の商社。営業経験はなかったが、良い農産物を大量に安定して仕入れたいという先方の要求と、佐々木さん達の農業形態がうまく合い、交渉は順調に進んだ。「儲け一辺倒」から価格の安定した「損をしない経営」、「作る農業」から「売る農業」へと方向性を変えていったという。</p>



<p>じゃがいもや大根などを中心に契約栽培をし、売上も徐々に伸びていった。利益が出たことで経営面積も増え、黄金崎に250ha、弘前市の岩木山麓に250haという広大な農園に成長していったのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本でも有数な高品質の種芋</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_05.jpg" alt="" class="wp-image-54455" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_05.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_05-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_05-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>取引先を増やすと同時に行ったのが、高品質な種芋（たねいも）の生産。種芋とはじゃがいもなどの繁殖用として植える芋のことで、当初は加工用のじゃがいもを生産していたのだが、使用した種芋の状態が悪く、納得のいく出来にならなかったそう。それならば自分達で種芋から作ろうと考えたのが始まりだという。高品質なじゃがいも栽培には、種芋の品質も重要になってくる。</p>



<p>しかし、「じゃがいも栽培以上に、種芋栽培は難しい」と言われるほどで、病害管理が非常に厳しくウイルスや細菌に感染させないことが絶対条件となる。また、冷涼で災害発生が少ない立地であることや、異なる品種が混同しないよう距離をあけるなど、品質管理の徹底が必要なのだ。難しい分野への挑戦ではあるが、国産じゃがいもの品質を守りたいと、試行錯誤を繰り返した。</p>



<p>その中でも同社の強みとなったのが、広大な土地だ。異なる品種の種芋を植えても混同するリスクが少なく、連作障害も防げる。</p>



<p>その努力が徐々に実を結び、今では全国のじゃがいも農家へ黄金崎農場の種芋を届けるほどになった。特に多品種の種芋を栽培している農場は数少ないため、日本のじゃがいも生産を支えているといっても過言ではないのかもしれない。</p>



<p>「今では黄金崎農場といったら芋という方もいるほど定着しています。ただ、品種の特性を把握したり、風乾及び冷蔵保存できる施設が必要にもなります」と話すのは現代表取締役社長の東正浩さん。企業の担当者と連携してアドバイスをもらうなど、安定供給できる仕組みづくりを続けているそうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">次世代へとつなぐ想い</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_10.jpg" alt="" class="wp-image-54456" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_10.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_10-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_10-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「昨年、加工用のキャベツがJGAPを取得しました。これは、企業や消費者の方の信頼にもつながると思っています」と話すのは、専務取締役の大倉和則さん。JGAPとは「Japan Good Agricultural Practice（日本の良い農業の取り組み）」の頭文字を取った日本発の農業生産工程管理の認証制度で、農業におけるリスク（農薬管理、異物混入、労働災害など）を減らし、安心・安全な農産物を安定的に生産するための基準だ。</p>



<p>主にカット野菜用で出荷しているキャベツは「おきな」という品種で、スーパーなどでよく見かける千切りキャベツなどにも使用されている。コールスローなどみじん切りに近い状態でもボリュームが出る固めの葉で、パリッとしていて歯ごたえがある。全国的に展開しているチェーン店の餃子にも使用されているそうだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_78.jpg" alt="" class="wp-image-54457" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_78.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_78-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_78-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「土づくりが重要になりますが、広さもあって時間もかかります。18ha／枚くらいある大きな畑だとトラクターで何周もしないといけないので、そこをAIなどで自動化できないかと考えています」と大倉さん。コスト面の問題もあるが、規模が大きいからこそドローン（令和8年5月7日納品）や機械の導入などは積極的に取り入れ、時代に合わせた仕組みづくりをし、環境整備を考えていきたいと話す。</p>



<p>また、広大な土地だからこそ、さまざまな品種にチャレンジできるメリットもある。昨年挑戦した玉ねぎは納得のいく出来にはならなかったが、大倉さんは「原因は必ずあるので、解決できればうまくいくと思っています。いつか産地になるかもしれません」と、意欲的だ。失敗を恐れるのではなく、そこから学んでいく姿勢が黄金崎農場をここまで成長させたのかもしれない。</p>



<h3 class="wp-block-heading">佐々木さんからつなぐ未来の農業</h3>



<p>実は大倉さんは茨城県からの移住者で、佐々木さんの想いに魅せられ入社を決意したという。「以前は30年ほど営業職をしていました。でも、佐々木さんの人柄と想いに惹かれてここに来たんです」。</p>



<p>長年農家の未来を願い、つなげようと奮闘した佐々木さんの姿は、さまざまな人の気持ちを動かしたようだ。大倉さんが勤めて間もなく亡くなったそうだが、次世代へとバトンをつないでほしいと、その想いごと託されたのだという。</p>



<p>「人手不足や高齢化など、農業の課題はまだまだあるかもしれません。それでも、国産野菜の重要性、日本の食を支える手助けをするため、地域農業の発展に貢献していきたいですね」。</p>



<p>佐々木さんが思い描いた農家の夢は、今の世代へとしっかり受け継がれている。日本の食を支える人達が、これからも継続し続けられる仕組みづくりは、今後さらに広がりをみせてくれそうだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54448/">農家の未来を見据え、儲かる農業を目指す「黄金崎農場」／青森県弘前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>青森のりんご農家を支える「地方独立行政法人青森県産業技術センターりんご研究所」／青森県黒石市</title>
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		<pubDate>Mon, 20 Apr 2026 11:55:38 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[りんご]]></category>
		<category><![CDATA[りんご生産量]]></category>
		<category><![CDATA[ふじ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/DSC_0205.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国でのりんご生産量が約60％を占めており、日本一のりんご王国と言われている青森県。県内では、甘さと酸味のバランスが良い「ふじ」や、果汁が多く柔らかい「つがる」などをメインに約50種類が栽培されている。りんごの収穫量を維 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/DSC_0205.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国でのりんご生産量が約60％を占めており、日本一のりんご王国と言われている青森県。県内では、甘さと酸味のバランスが良い「ふじ」や、果汁が多く柔らかい「つがる」などをメインに約50種類が栽培されている。りんごの収穫量を維持していくためには、病害虫対策や品種改良が不可欠となる。その研究を行うのが青森県黒石市にある「地方独立行政法人青森県産業技術センターりんご研究所」（以下、青森県産業技術センターりんご研究所）。同施設は、今や青森県のりんご農家にとってなくてはならない施設となっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">県内りんごの品質を支え、守り続ける施設</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0123.jpg" alt="" class="wp-image-54401" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0123.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0123-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0123-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>りんごの原産地は中国の天山山脈からロシアのコーカサス地方にかけてといわれている。そのりんごがギリシャやローマ、ヨーロッパ、やがてアメリカへと広がっていった。その頃、日本では明治政府が外国から様々な果樹の苗木を取り寄せ全国に配布。当時、りんごは主にアメリカやフランス、イギリスなどから輸入されており、本県に配布されたのが生食に向いたアメリカ産りんごの苗木だった。このことがきっかけとなり、青森県で、生食用りんごを主とした栽培が始まったのだ。特に県の西部に位置する黒石市や弘前市などの津軽地方は、冷涼な気候と、昼夜の寒暖差があることで糖度が高まるため、りんご栽培には適した地域となっている。</p>



<p>しかし、明治30年代から栽培が進むにつれて病害や害虫により、収穫が困難となり廃園する農家も増えてきた。そこで、病害虫の対策がしっかりと出来るように、昭和6年「西洋から渡来したりんご」という意味の「苹果（へいか）試験場」を設立。平成21年に「青森県産業技術センターりんご研究所」と名前を変え、病害虫の対策の他、新品種の開発なども行っている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">毎年一定量の収穫が出来るように、研究結果を農家と共有  </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0329.jpg" alt="" class="wp-image-54402" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0329.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0329-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0329-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>青森県産業技術センターりんご研究所は、青森県黒石市の自然豊かな環境にあり、敷地内には24.8ヘクタールの農地も保有している。「ここでは消費者の需要が高く、栽培率も高い『ふじ』『王林』『ジョナゴールド』など多種多様な（実際、数百種類のりんごを栽培しています）りんごを栽培しています。年間を通して木の状態や実の付け方、農薬の散布と虫の発生するタイミングなどの研究を行い、その結果を農家と共有することで、安定した収量を上げられるようにしています」と話すのは、所長の福田典明さん。</p>



<p>気温の変化や降水量、日照期間、積雪量を数値化し、落葉、発芽、発育状況、熟度経過、品質など細かく研究していく。「県内でも気候が違うので、地域ごとに調査しています。地道な作業ですが、とても大事な調査ですね」と話すように、細かいデータがあるからこそ、りんごの栽培方法を的確に農家に伝えることができるのだろう。</p>



<p>りんご栽培は、冬の間に日当たりを考えながら剪定を行い、春に花が咲いたタイミングで花の数を制限する。この作業をすることで、一つひとつに十分な栄養が行き渡るという。そして、秋には実に接している葉を取り、“玉回し”といって実を回転させることでまんべんなく日光を当て全体を均等に赤くする。こういった手入れを丁寧に行う事で毎年同量の収穫が出来るようになっていく。</p>



<h3 class="wp-block-heading">害虫と闘いながら農薬を減らす取り組みも</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0260.jpg" alt="" class="wp-image-54403" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0260.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0260-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0260-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「りんごは病害虫が最大の弱点で無農薬栽培は厳しいと言われています。もちろん減農薬を望む農家もいるためサポートはしていますが、温暖化などの影響でこれまで発生がみられなかった虫や病気も確認されているので、減農薬も簡単ではないですね。」と現状を話す。</p>



<p>葉に寄生して光合成を抑制してしまう「ハダニ」をはじめ、最も厄介なのが果実の中に侵入する「モモシンクイガ」だという。食害されると商品にならなくなってしまうため、農家にとって天敵だ。防除する方法として、農薬や交尾の抑制が主な対処法だが、高齢化や担い手不足により管理されず放置された状態のりんご園が増えていることで、発生源がなくならないことが現在の大きな問題となっていると福田さんは話す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">これまで発生がみられなかった病気にも負けない農薬を研究し続ける</h3>



<p>害虫だけではなく、病気対策の研究も行っている。カビを発生させ亀裂や奇形を引き起こす「黒星病」への対策はもちろん、最近は温暖化の影響で、これまで青森県ではみられなかった、早期落葉や樹勢低下を招く「褐斑病（かっぱんびょう）」、果実を腐らせる病気、「炭疽病（たんそびょう）」や「輪紋病（りんもんびょう）」など暑い地域でしかみられなかった病気も出てきているという。</p>



<p>病気は気候などで変化することもあるため、常に同じ対策では農薬が効かなくなることもある。そのため、発生した病気に対しどんな農薬が効くのか、どの時期に何回散布するのが効果的かなど研究を続けていく必要があり、終わりなき闘いなのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">後継者不足の解消にも力を入れた取り組み</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0251.jpg" alt="" class="wp-image-54404" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0251.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0251-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0251-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「放任園を増やさないために、様々な取り組みもしています」と話すように、りんご研究所では、新規就農者が参入しやすいよう、農薬を散布する時期や病害虫の対策を分かりやすく明記した「りんご病害虫防除暦」を作成。これは、ベテランの農家の方からも好評で、今ではりんご農家には必要不可欠なものになっているという。</p>



<p>また一般の人にりんごをもっと身近に感じてもらい、新規就農のきっかけにもなればと、年1回「りんご研究所参観デー」を開催している。このイベントで地元も果物にも関心を持てるように、農地の一般公開や研究成果の展示、果樹栽培の相談も行っている。「少しでもりんご農家に興味を持ち、自分でもやってみたいという人が増えていけば嬉しいですね」と期待を寄せている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">味や栽培方法などをクリアし、次世代を担う品種改良にも挑戦</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0300.jpg" alt="" class="wp-image-54405" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0300.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0300-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0300-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>りんごは多くの品種があり、中でも現在は「ふじ」の売れ行きが最も良く、次いで「つがる」「ジョナゴールド」「王林」の4種類が約8割を占めているという。「この次にヒットするようなりんごを作りたい」という想いで、近年「紅はつみ」という新しい品種が開発された。味が濃くて酸味がある後味が特徴だ。</p>



<p>新しい品種ができるまでには、硬さや酸味のバランス、果汁の多さを総合的に評価しながら新品種の開発を進めていく。何年もの歳月をかけて完成した「紅はつみ」は、これからもっと生産者を増やし、消費拡大を目指して行きたいと福田さんは意気込みを見せる。栽培技術の研究や病害虫の研究、そして農家の指導など、様々なことを行っているりんご研究所。りんごの研究は緻密なものが多く、一年間で出せる成果は限られているという。しかし、その研究結果こそがりんご農家には欠かせない情報であり、次世代に繋げていくものにもなっている。現在、気候変動や病気にも強い新品種の改良が進められているので、今後どんな美味しいりんごが誕生するのか期待が高まっていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54394/">青森のりんご農家を支える「地方独立行政法人青森県産業技術センターりんご研究所」／青森県黒石市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>福島が誇るモモを自然由来の土づくりで大切に育む樅山果樹園の樅山 和宏さん･智美さん／福島県福島市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 20 Apr 2026 11:30:18 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8232.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福島市飯坂町で、さくらんぼ、桃、りんごを生産している「樅山（もみやま）果樹園」。明治30年代から続く老舗果樹園の５代目･樅山和宏さんは、自然由来の土づくりにこだわるなど、飽くなき探求心と日々の研究を重ね、より良い果物を作 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54367/">福島が誇るモモを自然由来の土づくりで大切に育む樅山果樹園の樅山 和宏さん･智美さん／福島県福島市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8232.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福島市飯坂町で、さくらんぼ、桃、りんごを生産している「樅山（もみやま）果樹園」。明治30年代から続く老舗果樹園の５代目･樅山和宏さんは、自然由来の土づくりにこだわるなど、飽くなき探求心と日々の研究を重ね、より良い果物を作り続けている。奥様の智美さんは果樹園から届く新鮮な果物やオリジナル加工品を販売する直売所兼カフェを運営し、福島が誇るフルーツの魅力を発信。「自分たちが育てたモモやリンゴを『美味しい』と食べてもらえるのが一番うれしいです」と微笑むご夫妻の思いはひとつだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">明治時代から受け継がれてきた果樹園と家族の絆</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8241.jpg" alt="" class="wp-image-54375" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8241.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8241-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8241-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>春のイチゴ、初夏のサクランボ、夏のモモ、秋のナシやブドウ、初冬のリンゴなど、四季を通して上質なフルーツを堪能できる福島市。吾妻連峰と阿武隈高地に囲まれた盆地にあり、寒地系と暖地系、両方のフルーツを作ることができる恵まれた気候のもと、品種改良や技術革新を重ね、多種多様な果実が実る。</p>



<p>そんな果樹園が並ぶ、通称･フルーツライン沿いにあるのが樅山果樹園の直売所兼カフェ「よつ葉のクローバー FARMERS GARDEN」。のどかな風景に優しく溶け込む真っ白い建物が印象的だ。</p>



<p>明治30年代から100年以上続く老舗果樹園の樅山果樹園は、数十件の果樹園が点在する福島市飯坂町で、「さくらんぼ」「桃」「りんご」を栽培し、父であり、4代目の和一郎さんは農林水産大臣賞も受賞している。「子どもの頃から『農業はいいぞ』と父から繰り返し聞いて育ったので、家業を継ぐことに何の迷いもなかったです」と笑顔で話す和宏さん。大学卒業後、福島県農業総合センター果樹研究所の研修生として1年間学び、23歳で家業を継いだ、</p>



<h2 class="wp-block-heading">盆地特有の寒暖差が育む極上フルーツ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8379.jpg" alt="" class="wp-image-54376" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8379.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8379-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8379-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>自他ともに認める「フルーツ王国･ふくしま」。福島のモモは太陽の光をたっぷり浴びた真っ赤な見た目と糖度の高さが特徴。昼夜の寒暖差が大きいため、果実に糖分がしっかり蓄積され、甘みの強い桃が育ちやすい。生産量は全国2位だが、モモの消費量は断トツの全国1位。なんと全国平均の約7倍以上のモモを福島県民は食べているという。</p>



<p>福島市では6月下旬から9月下旬にかけて多品種のモモが作られており、樅山果樹園でも十数種類のモモを順番に育てている。早稲（わせ）の「はつひめ」から始まり、「暁星（ぎょうせい）」「あかつき」「まどか」、晩生（おくて）の「ゆうぞら」「さくら白桃」まで多彩なモモの栽培のリレーで旬の美味しさを届ける。</p>



<h3 class="wp-block-heading">福島の代表的なモモ「あかつき」</h3>



<p>かつて「あかつき」は試験栽培中にある1点の欠点を克服することができずに栽培を断念する県が続出する中、福島県だけがあきらめずに栽培を続け、見事その欠点を克服。今では福島のモモを代表する全国区の品種となった。</p>



<p>「福島の人が根気よく作り続けてきた結果、今の大きさになり、福島と言えば『あかつき』と好評です」と微笑む和宏さん。色づきが良くジューシーで、甘味と酸味のバランスが抜群な「あかつき」はお中元や贈り物としても人気を集め、毎年、お盆の前〈7月下旬～8月上旬〉の収穫を目指している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ミネラルたっぷり。自然由来の土づくり</h3>



<p>父の和一郎さんとともに、パートさんたちの手を借りながら愛情を込めて果実の手入れをしている和宏さんは、「作業の妥協はしないことを信念しています」と穏やかに話す。自然由来の土づくりにも力を入れており、ミネラル豊富な三陸産の牡蠣殻をくだいたものを土に撒き、微生物の力を引き出しながら自然に優しい取り組みをしている。</p>



<p>春の作業は花の前の蕾（つぼみ）の時点で数を減らす「摘蕾（てきらい）」から始まり、100％から30％位まで蕾を落としていく。その後は実が小さいうちに不要な実を取り除く「摘果」を行う。幼いうちに摘み取る摘果は品質の良い果実を得るためには欠かさない作業の一つだ。さらに、冬の剪定による健康な木づくりも大事にしている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">多彩なモモのリレーで旬の美味しさを届ける</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8336.jpg" alt="" class="wp-image-54377" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8336.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8336-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8336-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>果樹園で果実に袋（スカート）をかぶせているものを見かけることがある。これは、晴天続きで土壌が過乾燥した状態で急に多量の雨が降った時に果実が割れてしまうような「雨焼け」から守るために１つずつ手作業でかけていくもので、色づく頃には袋（スカート）を外して太陽の光をあてて色づけをする。雨焼けとは、まんべんなく光があたらないと全面が赤くならないため、下には光を反射するシートが敷かれている。「葉っぱのある部分は特に色づきにくいので、時々葉っぱを半分に切ってあげると2日後ぐらいには色付いてきます」と教えてくれた。</p>



<p>モモは先端から赤くなってきて、1品種が10日から2週間ぐらいで食べ頃になる。</p>



<p>はっきりと赤い色のほうが、より甘くて美味しいのだそう。その作業を順番に行い、多品種のモモ栽培のリレーが完結する。旬に収穫される様々な品種のモモを味わいながら食べ比べを楽しむのも醍醐味だ。</p>



<p>「私のおすすめは、『ゆうぞら』。他品種に比べて、自然に落ちてしまう生理落下が多いので栽培は難しいのですが、果肉が緻密で果汁が多くてなめらかなのでとても美味しいです」と和宏さん。硬めのモモが好きな人にもおすすめだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">美味しいフルーツを作り、農業を未来へつなぐ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8326.jpg" alt="" class="wp-image-54378" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8326.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8326-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8326-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>和宏さんの目下の課題は、今後を見据えた果樹栽培への挑戦と、果樹園で働いてくださる方の高齢化による人手不足。「収穫時期の見極めなどは豊富な経験が重視されるため、父に手伝ってもらう以外は私が収穫をしています」。長年の経験と熟練の技が必要とされる果樹園のIOT化の難しさを実感している。</p>



<p>「今後は少し栽培面積を減らし、それぞれの個体に集中したいという気持ちがあります。同時に産地を守りたいという強い思いもあり、まわりの方が高齢でやめていく中で放棄地を作りたくないという葛藤もあります」と現在の思いを正直に語ってくれた。</p>



<p>近年は異常気象が続いているが、「自然の厳しさの中で日々努力をし、美味しいフルーツを作り上げることが果樹栽培のおもしろさであり、プロの果樹園としての誇りです」と話す和宏さん。研究を重ね、より良いフルーツを作ることに尽力しながら福島の農業の発展と継続も考慮している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">採れたての果実を絶品スイーツや加工品に</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8325.jpg" alt="" class="wp-image-54379" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8325.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8325-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8325-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「和宏さんが愛情を込めて育てた美味しいフルーツをたくさんの人に届けたい」という思いで、奥様の智美さんは2019年11月に直売所兼カフェ「よつ葉のクローバー FARMERS GARDEN」をオープン。観光果樹園が並ぶ県道「フルーツライン」沿いにあり、フルーツの収穫時期のみ営業しているが毎年県内外からたくさんの人が訪れる。</p>



<p>「私の実家も果樹農家でフルーツを栽培していましたが、朝早くから夜遅くまで働いていても購入したお客様の声を直接聞くことがなかったので、いつか直売所をやりたいと思っていました」と微笑む智美さん。念願を叶えた直売所では。和宏さんが丹精込めて育てた旬のサクランボ、モモ、リンゴを販売するほか、フルーツのうまみを生かしたジャムやジュースなどの手作りの加工品も販売している。併設するカフェスペースでは採れたてフルーツを贅沢に使ったスイーツが人気を集める。見た目も愛らしく、インパクトのある「贅沢！朝採りまるごと桃のパフェ」も大好評。晴れた日はテラス席で、周囲に広がる山々の景色を愛でながらスイーツやドリンクを楽しむことができる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">子どもたちや若い世代に福島のフルーツの魅力を伝えたい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8252.jpg" alt="" class="wp-image-54380" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8252.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8252-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/XXXX8252-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ちょっと傷のあるものや形が小さいものなど、B級品を直接販売することができるのも直売所ならでは。「お客様からも好評で、リピートしてくださった際には同じ果実で作ったジャムなどもお土産に購入していただいています」と話す智美さん。念願だった直売所とカフェをオープンして6年。「和宏さんが作る美味しいモモを多くの人に伝えられる喜びと、わが家の子どもたちに福島の農業やモモの魅力を伝えられている喜びがあります」と笑顔があふれる。「カフェを通して、若い世代が福島のフルーツや農業に興味を持ってくれるのもうれしいです」と和宏さんにも笑顔があふれる。</p>



<p>お客様からの「美味しかった」という声をエネルギーに、二人三脚で福島のフルーツの魅力を発信する樅山さんご夫妻。先祖から受け継いだ大切な果樹園をプライドを持って守り続けていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54367/">福島が誇るモモを自然由来の土づくりで大切に育む樅山果樹園の樅山 和宏さん･智美さん／福島県福島市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>沖縄でしか味わえない特別なコーヒー「豆ポレポレ」／沖縄県沖縄市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/54345/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 20 Apr 2026 11:09:56 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[スペシャルティコーヒー]]></category>
		<category><![CDATA[ジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップ優勝]]></category>
		<category><![CDATA[ワールドコーヒーロースティングチャンピオンシップ2位]]></category>
		<category><![CDATA[バリスタ]]></category>
		<category><![CDATA[焙煎]]></category>
		<category><![CDATA[アカチチ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-040.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>歴史的にアメリカ文化の影響を受け、昔からコーヒーが親しまれてきた沖縄。そんな沖縄の「コーヒー豆」の物語もまた、新たな沖縄を知る体験のひとつだ。夜明けをむかえた沖縄産コーヒーの魅力を、「豆ポレポレ」のオーナーで焙煎士の仲村 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-040.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>歴史的にアメリカ文化の影響を受け、昔からコーヒーが親しまれてきた沖縄。そんな沖縄の「コーヒー豆」の物語もまた、新たな沖縄を知る体験のひとつだ。夜明けをむかえた沖縄産コーヒーの魅力を、「豆ポレポレ」のオーナーで焙煎士の仲村良行さんが教えてくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">コザ、そして高原へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/8f5a6a66aed097dda2110af08cfb59a5-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-54351" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/8f5a6a66aed097dda2110af08cfb59a5-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/8f5a6a66aed097dda2110af08cfb59a5-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/8f5a6a66aed097dda2110af08cfb59a5-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/8f5a6a66aed097dda2110af08cfb59a5.jpg 1170w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>「コーヒーは苦いだけでなく、チョコレートぽかったり、フルーティだったり、多種多様で面白い世界です」と話す仲村さん。沖縄県中部に位置する沖縄市に2010年に店舗を出して以降、新しい焙煎機を迎えるにあたり一度移転し、2024年には店舗の老朽化に伴い、同市内の高原地区に新店舗を構えた。</p>



<p>コザにあった旧店舗は、1950年代に建てられた沖縄ではじめて洋食を出したニューヨークレストランの跡地。その趣を活かし、見る人に歴史を感じさせてくれる、そんなデザインだった。あえて残したままの当時の看板や青さび、店内の奥に鎮座する焙煎機、思わず丁寧に呼吸したくなる店内に棲みつく香り。仲村さん自身、古いものと新しいもののバランスが心地よく、沖縄とアメリカの文化が混じり合った当時のままの雰囲気が味わえる空間を大変気に入っていた。もちろん、高原の新店舗にもそのテイストは引き継がれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">鍛錬の先で世界で認められた、焙煎の腕</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-049.jpg" alt="" class="wp-image-54352" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-049.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-049-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-049-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>仲村さんは、大学の卒業旅行の際に出会ったベトナムコーヒーに衝撃を受け、帰国後バリスタとしての経験を積んだ。何かを始めたら極めるタイプの仲村さんは、独学で試行錯誤を繰り返す。沖縄県内では学べない焙煎技術を求め、日本全国に足を運んだ。そんな鍛錬の中で挑戦し始めたのが、「ジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップ」（JCRC）だ。2017年に行われたJCRCで優勝、その後2019年イタリアで行われたWCRC（ワールドコーヒーロースティングチャンピオンシップ）に日本代表として出場し、初出場にして世界第2位に輝いた。</p>



<p>仲村さんは焙煎士として、飲みくちが綺麗であること、そして余韻の甘さを意識しているという。「浅煎りにしても深煎りにしても、あとくちが甘さで終わるように気をつかっています。」と語る。そんな仲村さんの豆を求め、今では日本全国から通う人もいる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">個性を引き出す、コーヒー豆との対話</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-030.jpg" alt="" class="wp-image-54353" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-030.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-030-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-030-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>コーヒーは嗜好品だ。人それぞれに好きなテイストがあり、飲む環境や時間によっても味わいの感じ方は変わる。仲村さんは焙煎士として品質を追い求めながら、そんな正解のない世界で、豆と対話し、そのポテンシャルや個性を引き出していく。</p>



<p>同じ農園の同じ品種であっても、収穫後のプロセス（工程）が違えば、それはまるで別の豆へと姿を変えるのだそう。例えば、果実のまま天日干しするとベリーのような濃厚な甘みとコクが宿り、水洗いで果肉を落とすとクリーンで澄んだ酸味が際立つ。</p>



<p>また、近年注目される発酵の工程も、味を左右する。酸素を遮断して微生物を活性化させることで、従来のコーヒーにはなかったワインやスパイスを思わせる複雑な芳香が引き出される。こうした無数の可変要素をコントロールし、一杯の物語を編み上げていくのが、コーヒーの面白さだと仲村さんは言う。</p>



<p>「コーヒー豆も、僕たち人間と同じでみんな同じじゃない。育った環境で個性が変わります。」と仲村さん。</p>



<p>焙煎の火の入れ方も、豆によって時間が違う。大きさ、硬さなど豆の状態を見極め、キャラクターを探りながらどのように仕上げていこうかイメージし、火の入れ方を決めていくのだという。豆の個性により、深煎りか浅煎りかだけでなく、飲み方まで変わってくる。ボディが強ければミルクに負けないカプチーノに、という具合だ。</p>



<p>収穫したコーヒーチェリー（コーヒーの果実）から、種子（コーヒー豆になる部分）を取り出し乾燥をさせる「精製」の工程に、栽培する農家さんのこだわりがある。そして、飲んだ時感じる風味や酸などのテイストは、その豆が育った土地の味がベースにある。豆との対話を大切にする仲村さんだからこそ、その豆がどこで生まれ、どのような環境で育ってきたのかを確認し、豆の水分値や発酵具合を確認する。</p>



<p>水分が抜けていくと音が変わってくる。<br>「豆ポレポレ」の豆は、そんなバトンリレーを経て、こだわりのドイツ製の焙煎機の中で熱を伝えられていく。</p>



<h2 class="wp-block-heading">世界に認められた沖縄のスペシャリティコーヒー</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-034.jpg" alt="" class="wp-image-54354" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-034.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-034-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-034-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな仲村さんに驚きを与えてくれるのが、日本ではじめてスペシャルティコーヒーの認証をとった沖縄県北部、やんばるの森にあるコーヒー農園ADAファームさんのコーヒー豆、『アカチチ』。</p>



<p>『アカチチ』は沖縄の言葉で夜明けを意味する「あかつき」が由来。これが流行りで終わらず、未来に繋がる夜明けになってほしいという思いを込め仲村さんが命名した。</p>



<p>品質のよいコーヒー豆の持つ酸の強さ、フルーツのようなテイストは、寒暖の差が生み出す。豆をぎゅっと硬くし、糖分を閉じ込め、コーヒー豆を甘くする。まさに、コーヒーも果実なのだ。しかし、沖縄は標高が低く寒暖の差が小さい。コーヒー豆を栽培する環境として恵まれているとは言えず、スペシャルティコーヒーの栽培は難しいと言われていた。では、なぜアカチチは沖縄で育ちスペシャルティコーヒーに認証されたのか。そこには、豆一粒ひと粒の完熟度にこだわるADAファーム徳田さんのこだわりと情熱がある。</p>



<p>「消費者が飲む一杯のコーヒーが、素晴らしい風味を持ち、満足できる美味しさであること」<br>日本スペシャルティコーヒー協会（SCAJ）が定義するスペシャルコーヒーの真髄は、豆の品質のみならず、生産から抽出に至る徹底した管理と持続可能性にある。その理想を体現するのが、やんばるの深い森に抱かれた「ADAファーム」の豆。 そして、生産者の想いと森の息吹を、最高の状態で私たちに繋ぐ「豆ポレポレ」の焙煎。沖縄の森で育ち、世界で認められた豆を、この島を愛する人が焙煎し、個性を引き出す。そして、それをこの土地の水を使って丁寧にドリップする。ふたりのこだわりが重なり合い、最高に贅沢な「満足できる美味しさ」が生まれる。</p>



<p>「この土地でしか作れない、世界を驚かせる一杯」を届けるために、彼らは今日も森とともに歩み、一粒の豆にその情熱を注ぎ込んでいる。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54345/">沖縄でしか味わえない特別なコーヒー「豆ポレポレ」／沖縄県沖縄市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>山地放牧が照らす酪農の未来。「玉名牧場」矢野希実さん／熊本県玉名市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 10 Apr 2026 10:25:36 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[乳牛]]></category>
		<category><![CDATA[山地酪農]]></category>
		<category><![CDATA[ジャージー]]></category>
		<category><![CDATA[ルミエール]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2315.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>茶褐色の土がむき出しになった小高い山を、牛たちが悠然と歩いている。野生を感じさせるその締まった体つきは、山地での完全放牧によるものだ。牧場主の矢野希実さんは元エンジニア。脱サラして10年かけて開拓した東京ドーム約3個分の [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54314/">山地放牧が照らす酪農の未来。「玉名牧場」矢野希実さん／熊本県玉名市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2315.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>茶褐色の土がむき出しになった小高い山を、牛たちが悠然と歩いている。野生を感じさせるその締まった体つきは、山地での完全放牧によるものだ。牧場主の矢野希実さんは元エンジニア。脱サラして10年かけて開拓した東京ドーム約3個分の土地で、30頭のジャージー牛を飼っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">無一文状態で山に入り、土地を拓き、酪農を始めた</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2715.jpg" alt="" class="wp-image-54320" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2715.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2715-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2715-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>熊本県北部にある玉名市は、有明海、小岱山、菊池川と豊かな自然に恵まれ、気候も温暖。米や野菜、果物の栽培が盛んな農業のまちだ。この土地で矢野さんが新たな一歩を踏み出したのは2000年頃。</p>



<p>福岡県北九州市出身の矢野さんは、地元の製鉄所の設備などを設計するプラントエンジニアとして働いていたが、会社員として働き続ける人生にふと違和感を感じたという。幼い頃からアレルギー体質に悩まされていたこともあり、生活と食を根本から見直すようになった。その過程で農薬も肥料も使わない自然農法を実践する農家と出会い、食と農への関心は深まっていく。そして20代後半で脱サラし、自給自足と循環型農業を目指して現在の牧場がある山に入植することを決めた。</p>



<p>入植とは、未開の地に入り生活を始めることを指す。矢野さんは標高約200mにある雑木林と化した牧場跡地と出合い、ここでなら日本ならではの山地酪農の形を追究できると確信。2000年に牛と豚、犬を一頭ずつ連れて無一文状態で移住することを決めた。土地の片隅に小さな小屋を建て、木々を切り倒して間引き、荒れ果てた土地を耕し、玉名牧場を作った。</p>



<p>矢野さんが酪農を本格的に始めることができたのは、そこから7年後の2007年。牛乳の販売と並行してチーズの加工販売も始めて採算を取りながら、少しずつ理想とする牧場の形を作っていった。牧場の名は地名から取った玉名牧場。自然農法で育てた米や野菜、鶏の卵を売って生計を立てながら、現在の広さまで開拓するのに10年もの月日を要した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自然の摂理に沿った、力強い営みが息づく牧場</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2341.jpg" alt="" class="wp-image-54321" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2341.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2341-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2341-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>約15ヘクタールの広大な土地で暮らす乳牛は30頭。飼育する牛はジャージー種で、国内飼育の9割以上を占めるホルスタイン種に比べると、体重にして約200kgほど小さく搾乳量も少ないが、そのぶん自分の重さで膝や蹄（ヒヅメ）を痛めにくく、丘陵地での飼育に適している。</p>



<p>こうした環境適正はもちろん、ジャージー種から搾乳する牛乳は脂肪分やタンパク質が非常に高く、濃厚であるため、肝心の味でも差別化ができると考え、ジャージー牛を選んだ。</p>



<p>ちなみに、玉名牧場では一般的な酪農で用いられる穀物飼料や配合飼料は与えない。牛たちはお腹がすいたら山に自然に生える牧草を食べ、満腹になったら散歩をしたり、ウトウトとまどろんだり。</p>



<p>牧場には牛舎と呼ばれる牛を管理する小屋があるのが普通だが、玉名牧場には牛舎がなく、牛たちは年間を通して山の牧草地で自由に過ごす。当然糞尿も山でするわけだが、牧草しか食べていない牛の糞はまるで土のかたまりのようだ。水っぽさがなく、ツーンと鼻をつく悪臭もない。矢野さんがひょいと持ち上げたそれは見るからにふかふかとしていて、指の間からぽろぽろと崩れ落ちては山の土と一体となる。その様子からは、人の手を介さずとも自然に還り、この土地で循環していくことが容易に想像できる。玉名牧場のように放牧で酪農をしている牧場は全国でわずか20件ほどだという。</p>



<p>玉名牧場の牛は背骨が出て肋骨もうっすらと見えている。牛舎で管理されているホルスタインをイメージすると痩せているように感じるが、これが野生に近い姿だと矢野さんは言う。早く成長させて多くの乳を出せるように高たんぱく･高カロリーの飼料を与えることはしないので、スリムだし、一般的なジャージー牛と比べても半分以下の乳量しか採れない。だが、だからこそ健康なのだ。身体に負担がかからない食事をして、適度に運動し、よく眠り、ストレスなく暮らしているから、肥満にならないし病気にもかかりにくい。牛たちは山で自然に繁殖し、出産も人の介助を必要とせず、牛が自力で産み落とす。</p>



<p>玉名牧場には自然の摂理に沿った力強い営みが息づき、矢野さんはその循環こそ目指すべき酪農の姿であり、山地酪農こそ理想の牛乳をつくるためのベストな選択だと考えている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">季節と風土を映す玉名牧場の乳製品</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2758.jpg" alt="" class="wp-image-54322" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2758.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2758-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2758-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>こうした環境で育った牛たちの乳は、ほのかに黄色味を帯びたクリーム色が特徴だ。市場に出回っている牛乳の乳脂肪分の平均はホルスタインが3%台、ジャージーが4％台とされるが、玉名牧場のものは5％に達する。この高い乳脂肪分が濃厚でコクのある味わいを生み出しているが、後味は驚くほどさっぱりとしている。また、気温や牧草の状態の影響を受けて季節ごとに味が微妙に変化するのも玉名牧場の牛乳の特色の一つ。日本では120〜130度で3秒間の熱処理を行う高温殺菌が主流だが、玉名牧場では65度で30分という低温で殺菌しているため、タンパク質の変性が少ない。だから生乳本来のクリアな風味や季節ごとの味の特徴がそのまま保たれ、飲み口はさらり。タンパク質や脂肪分が舌にまとわりつくような重さもなく、すっと消えるような余韻がある。</p>



<p>そんな牛乳で作る玉名牧場の看板商品であるシェーブルタイプのオリジナルチーズ「ルミエール」は、まず香りに驚かされる。牧草を想起させる爽やかでほのかに甘い香りがふわりと立っているのだ。口に含むと、濃厚なコクと旨味が舌にじんわりと広がるが、山の空気のような清々しさも感じる。熟成とともに味に奥行きが増し、とろりと溶けていくのも、ルミエールのポイントだ。矢野さんが自ら生産する牛乳の乳質に合う製法を模索して完成させたこのチーズには、牛たちが暮らす自然環境や季節の移ろいが閉じ込められている。2011年にはくまもと食品科学研究会大賞で最優秀賞を受賞した逸品だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">生計を立てられる持続可能な酪農を次の世代へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2791.jpg" alt="" class="wp-image-54323" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2791.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2791-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2791-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>牛乳やチーズ、バターなど、玉名牧場の乳製品は一般に向けて直販されているほか、県内外の料理人やパティシエ、自然食品店からも根強い支持を得ている。だが、矢野さんは生産量を今以上に増加させるのではなく、質を保ち続けることを目標にしている。</p>



<p>山頂を開拓した牧場は斜面が多く、日陰の部分は牧草が生えにくい。加えて、近年頻発している豪雨により土が流されることもあり、牧場内だけでは牧草を確保するのが難しくなってきているのが現実だ。そこで別の圃場で牧草を栽培して不足分を賄っているものの、牧場として使える十分な土地の確保が当面の課題である。</p>



<p>また、矢野さんは次の世代の酪農家にも責任を感じている。玉名牧場のような営農方法を目指して見学や研修に来る人は後を絶たないが、資金や土地の面でつまずくケースが少なくない。農業は生産するだけでなく、生計を立ててこそ初めて持続可能となる。そのためには若手にノウハウを伝えるだけでなく、彼らが安心して挑戦できる環境を整えることが重要だと矢野さんは考えている。これらの解決のためには、消費者が食べ物を選ぶ際の基準や意識を変えることが必要だ、とも。</p>



<p>そのために玉名牧場では、消費者と生産者双方に向けて、食や、その生産環境について考えてもらうための牧場案内やイベントを積極的に実施。その成果もあってか、矢野さんの思いに共鳴する消費者や生産者、料理人、そして自治体までもが、玉名牧場の製品の魅力、取り組みの素晴らしさを自主的に発信してくれるようになってきた。こうして、矢野さんの撒いた種は少しずつ実を結び、国土面積の約7割が山地･広陵地である日本に於ける山地酪農の可能性や価値への理解が深まるなど、活動の輪は広がりつつある。</p>



<p>矢野さんの渾身のチーズの名は「ルミエール」。フランス語で光を意味するそのチーズのように、山の営みから生まれた小さな光は今、熟成の時を迎えて次の世代を照らし始めている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54314/">山地放牧が照らす酪農の未来。「玉名牧場」矢野希実さん／熊本県玉名市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>農業を「稼げる産業」へ。地域の未来を育てる農業経営「舞台ファーム」／宮城県仙台市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 10 Apr 2026 10:14:06 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[農業コンサルティング]]></category>
		<category><![CDATA[レタス]]></category>
		<category><![CDATA[美里グリーンベース]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2005.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>宮城県北東部に位置する美里町。町の約7割が水田や畑という、農業が暮らしに根づいた地域で、大規模ハウスによるレタス生産を行っているのが「株式会社舞台ファーム」だ。農作物の栽培・生産・商品開発に加え、物流や農業コンサルティン [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2005.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>宮城県北東部に位置する美里町。町の約7割が水田や畑という、農業が暮らしに根づいた地域で、大規模ハウスによるレタス生産を行っているのが「株式会社舞台ファーム」だ。農作物の栽培・生産・商品開発に加え、物流や農業コンサルティングも行い、多角的な農業経営を展開。全国の農家や企業と連携し、グループ連結で年間61億円の売り上げを生み出すまでに成長してきた。その背景には、従来の農業の枠にとらわれない、独自の経営戦略がある。</p>



<h2 class="wp-block-heading">家族経営の枠を超えて、農業DXを切り拓いた老舗農家</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2327.jpg" alt="" class="wp-image-54308" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2327.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2327-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2327-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>1720年から農業を営んできた針生（はりう）家。15代目で、株式会社舞台ファームの代表取締役社長を務める針生信夫さんが家督を継いだ時代に、大きな転換点を迎えた。</p>



<p>家族経営が主流だった当時、信夫さんは早くから農業の高齢化や働き手不足、後継者不足に危機感を抱き、最先端技術によるDX化や設備投資を積極的に導入。固定観念にとらわれない経営判断により、家族経営の枠を超えた大規模農場への基盤づくりを進めてきた。その背景にあったのは切実な危機感だった。家業に入ってからは長時間労働を行う毎日で「このままでは、働き続けても持続可能な形にならないのではないかのではないか」。そんな思いが、経営を抜本的に見直すきっかけになったという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">約300年続く農家の15代目が考えた<strong>「</strong>持続可能な農業<strong>」</strong></h3>



<p>「15代目は22歳で結婚し、翌年には14代目から家督を継ぎました。農家は50歳くらいまで家長のもとで暮らすという慣習があるなかでは、かなり早い決断だったと思います。『徳川家も15代目で大政奉還したように、15代目は大きな転換点になりやすい。だからこそ踏ん張れ』と、よく言われていたそうです」と教えてくれたのは、16代目で、舞台ファーム取締役の針生信洋さん。</p>



<p>15代目が家督を継いだ1980年代、農業は近代化という大きな転換期にあった。個人の努力だけでは立ち行かず、大規模化に耐えうる農機や設備への投資が不可欠な時代だったという。実際、この時期に思い切った設備投資や法人化に踏み切った農家のなかには、その後規模を拡大して成長した事例もある。一方で、従来の家族経営にとどまった農家が厳しい状況に置かれたのも事実だ。信夫さんは時代の変化を直感的に捉え、「持続可能な農業」を目指して経営基盤の強化を図った。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農業の可能性を広げる鍵は「仕組み」にあった</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2156.jpg" alt="" class="wp-image-54309" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2156.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2156-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2156-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>農業が衰退する背景には、天候や土壌、担い手不足といった複数の要因が絡み合っている。いずれも、個々の農家が「一馬力」で解決できる問題ではない。だからこそ舞台ファームでは、過去の延長線ではなく、まず5年後、10年後の日本農業のあるべき姿を描き、そこから逆算して経営や技術導入を設計してきた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">家族経営からチーム経営へ。大規模化の舞台裏</h3>



<p>舞台ファームが家族営農から大規模ファームへ移行できた背景には、家族以外の人材を巻き込み、チームとして経営できたことがある。</p>



<p>高齢化した農家から土地を借り、5〜10年単位で契約を結ぶ形で事業を拡大。単なる土地確保にとどまらず、地域との信頼関係を築くことを重視し、農家の法人化支援や販路開拓支援にも取り組んできた。その道のりは平坦ではなく、契約条件の調整や将来不安への配慮など、一つひとつ対話を重ね、地域全体で持続可能な形を模索してきた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">16代目による「経営の見える化」で、生産効率を大幅改善</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2087.jpg" alt="" class="wp-image-54310" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2087.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2087-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2087-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2020年、16代目の信洋さんが舞台ファームへ入社。信洋さんはまず簿記や会計を独学で学び、PL（損益計算書）、BS（貸借対照表）、キャッシュフロー計算書を読み、会社の状況を理解することから着手した。「経営」を見える化することで、人が担うべき仕事、機械に任せられる工程、改善すべき点を洗い出し、ひとつずつ手を打っていった。</p>



<p>現在では、国内最大級のリーフレタス工場「美里グリーンベース」の運営や、IoT・AI技術の導入など、農業の在り方をアップデートする取り組みを次々と実践している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">露地栽培の約80倍の生産効率を実現する「美里グリーンベース」</h3>



<p>信洋さんは、農業には「日々の食を支える、食べなくてはならない農業」と、「付加価値を楽しむ嗜好品的な農業」の二つがあると考えている。舞台ファームが目指すのは前者。毎日口にする野菜を、安定した品質と適正価格で届けることだ。</p>



<p>その中核を担うのが、仙台市から北へ約60km、遠田郡美里町に構える次世代型植物工場「美里グリーンベース」。奥行500メートルに及ぶ大規模ハウスで水耕栽培を行い、天候や季節に左右されることなく、一日約4万株のリーフレタスを出荷している。リーフレタスは植物工場での自動化や周年栽培との相性がよく、品質の安定と高効率生産を両立しやすい作物。生産効率は露地栽培のおよそ80倍にのぼるという。国内外の事例を調べながら、舞台ファーム独自の運営モデルを構築したのだ。</p>



<p>計画生産によって廃棄率はほぼゼロ。さらに、電力を主なエネルギー源とし、ソーラーシェアリングを導入することで、環境負荷とコストの双方を抑える仕組みを構築している。安定供給と合理性を両立させるこの工場は、「食べなくてはならない農業」を支える象徴的な存在である。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農地で電気もつくる。ソーラーシェアリングという選択</h3>



<p>農業は本質的に、太陽光エネルギーを食料へと変換する産業だ。舞台ファームでは、農地に支柱を立てて太陽光パネルを設置するソーラーシェアリングを導入。農地で米と電気を同時に生み出す仕組みを構築し、土地を「活用されていない負の動産」から「収益を生む不動産」へと転換している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">農業を稼げる産業に、数量×単価で考えるシンプルな経営</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_B_1858.jpg" alt="" class="wp-image-54311" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_B_1858.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_B_1858-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_B_1858-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>農業経営においても基本はビジネス。家族経営だとどんぶり勘定になりがちだが、売上を伸ばすには「数量×単価」の考え方が欠かせない。そのため、土地面積の拡大や二毛作・三毛作の導入、価格決定権の確保、徹底したコスト管理が重要だという。</p>



<p>また舞台ファームでは、JAに出荷を任せきりにせず、自ら価格を設定。市場関係者の動きや取引現場を観察し、各卸売業者の売値を把握。その上で、自ら小売店へ足を運び価格交渉を行い、直接契約へとつなげていった。肥料などの必要経費についても、「良いものを、いかに安く仕入れるか」を常に検討し、輸入に頼らざるを得ない肥料であっても、中間業者を極力省く工夫を重ねている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">地域の食を、次世代へつなぐために</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2129.jpg" alt="" class="wp-image-54312" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2129.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2129-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2129-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>アメリカ留学など海外経験が豊富な信洋さんは、「日本ほど地域の食が豊かな国はない」と考える。その豊かさが、担い手不足によって失われていくことに、強い危機感を抱く。</p>



<p>地域の食を次世代につなぐために必要なものとして挙げてくれたのが、エネルギー、食料、雇用、教育という四つの柱だ。「エネルギーと食が安定的に手に入る町」を土台に、まず雇用を生み出し、次に特色ある教育を提供する。地域の農業生産者として食農教育にも積極的に取り組み、中学校などで特別授業を実施。農業の仕組みや経営の視点を伝えることでキャリア教育を推進し、人々が「ここに来たい」と思える町づくりの構想を進めている。エネルギーシェアリングを含めた仕組みづくりにより、農業を稼げる産業にし、2023年度で38％だった食料自給率を「最低でも50％以上に引き上げたい」と力強く語る。</p>



<p>その言葉の背景にあるのは、単なる数字目標ではない。地域に雇用を生み、次世代が誇りを持って農業に向き合える未来をつくるという決意だ。舞台ファームの挑戦は、一企業の成長物語にとどまらない。地域の可能性を、次の世代へ手渡すための実践である。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54302/">農業を「稼げる産業」へ。地域の未来を育てる農業経営「舞台ファーム」／宮城県仙台市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>肥沃な土壌が育むコクのある豊かな味わいの河内晩柑「吉本農園」／愛媛県愛南町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 22 Mar 2026 05:19:36 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[柑橘]]></category>
		<category><![CDATA[河内晩柑]]></category>
		<category><![CDATA[農林水産大臣賞受賞]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto005.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛媛県愛南町の特産である河内晩柑を中心に、さまざまな品種の柑橘を生産している愛南町御荘にある吉本農園。こだわりの方法で栽培されている柑橘たちは「他とは一味違う」と高く評価され、リピーターも多い。園主である吉本敏幸さんによ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54229/">肥沃な土壌が育むコクのある豊かな味わいの河内晩柑「吉本農園」／愛媛県愛南町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto005.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛媛県愛南町の特産である河内晩柑を中心に、さまざまな品種の柑橘を生産している愛南町御荘にある吉本農園。こだわりの方法で栽培されている柑橘たちは「他とは一味違う」と高く評価され、リピーターも多い。園主である吉本敏幸さんによると、そのおいしさの秘密は“土”にあるという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">さっぱりとした甘さとほろ苦さが上品な大人の味わい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto022.jpg" alt="" class="wp-image-54238" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto022.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto022-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto022-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>愛媛県の南部に位置する愛南町は、日本一の生産量を誇る河内晩柑（かわちばんかん）の一大産地だ。愛南ゴールド、宇和ゴールド、美生柑など、幾つもの名前を持つ河内晩柑は、その見た目と味わいがグレープフルーツに似ていることから“和製グレープフルーツ”と呼ばれることもある。甘みはしっかりあるけれど甘ったるくはなく、心地良い酸味とほのかな苦味があって、瑞々しくジューシーな人気の柑橘だ。この河内晩柑を中心に、甘平や紅まどんな、せとか、伊予柑、デコポン、温州みかんなど9種類の柑橘を、家族と一緒に力を合わせて生産しているのが吉本農園の園主である吉本敏幸さんだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">周囲の反対を押して前例のない平地での柑橘栽培に挑戦した初代</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto006.jpg" alt="" class="wp-image-54239" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto006.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto006-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>愛媛県における柑橘栽培の中心地である南予地方の柑橘園地は、急斜面につくられた段々畑が主流だが、吉本さんの園地は傾斜のない平地にある。第二次世界大戦中には「飛行場にできるんじゃないか？」と言われていたほど広く平らなこの土地を見て、愛媛県の柑橘栽培先進地である吉田町でみかんを作っていた人が「ここにみかんを植えてみたら？」と言ったことが吉本農園のルーツとなった。「祖父が柑橘栽培を始めようとした当時、ここは芋畑だったんです。周囲からは『なんで芋畑に柑橘を植えるんだ？』と反対されたらしいんですが、それを押し切ってやってみたら上手くいった。だから今があるんです。ここは雨が多く降るし、暖かい。北西の風が強く吹くので、まず防風林を植えて。温州みかんは雨を嫌うと言われていますが、土をきちんとつくればどんな柑橘でも栽培できることがわかってきました。おいしい柑橘が育つ、保水力があって水キレの良い土にするためには、有機物と微生物が大事なんです」と吉本さんは話す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">土中の微生物や生き物の力を借りてつくる健やかで豊かな土壌</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto014.jpg" alt="" class="wp-image-54240" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto014.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto014-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto014-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>おいしい柑橘とは単純に糖度の高い・低いだけではなく、糖度と酸とのバランスと、土中のミネラルによるコクが重要だという。そのためには土中にミネラルをつくり出してくれる微生物を繁殖させてやる必要がある。「堆肥や敷きワラなどの有機肥料を入れながらコツコツと土づくりを続けてきました。今は堆肥センターがあってそこで堆肥を買うことができますが、昔は畜産農家から家畜の糞をもらってきて、茅や稲わらを入れて発酵させていたからものすごく臭かったんですよ。土が肥えてくるとミミズが増えてきます。そして次にはモグラが来てイノシシが来る。地面に穴が空いていたり、土を掘った跡ができたりすると、いい土ができたというサイン。でも除草剤をかけると微生物は激減してしまうんです」。祖父の開墾した園地を父親から受け継いだ吉本さんは、20年以上堆肥を入れ続け、大切に園地の土を守り育てている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">自然が与えてくれる豊潤なおいしさ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto007.jpg" alt="" class="wp-image-54241" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto007.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto007-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto007-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>河内晩柑は収穫する時期によって味が全く違う不思議な柑橘だ。収穫期の始まりにあたる3月に出回る河内晩柑は、水分が多くフレッシュな感じで種がある。収穫期の中盤に差し掛かる6月頃から不思議なことに種が消え、プリプリした食感の円熟した味わいが終盤の8月頃まで楽しめる。「時期によって味や食感が変わりますが、どの時期もそれぞれに特長があり、ちゃんとおいしいと思ってもらえるものを作っている自負があります最初はよそで作っているみかんと味が変わらなかったけれど、差が出てきているのが自分でもわかるようになったら自信がついてきました。10年くらい前からお客さまからも『おいしいね』という反応が出てきて、リピートしてくれる方が増えてきました」。そう話す吉本さんの目は輝いている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto009.jpg" alt="" class="wp-image-54242" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto009.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto009-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto009-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「自然は、その季節に人間が欲するものをうまく与えてくれているように感じます。寒い冬には温かそうなオレンジ色をした温州みかんが、暑い夏には見た目にも涼やかな黄色の河内晩柑がおいしくなってくる。暑さに参っていても、みずみずしくスッキリとした味わいの河内晩柑を食べると元気になります。夏にはなくてはならない柑橘のひとつです。今は一年中いろいろな果物や野菜が手に入りますが、季節感がないのは良いことなのか、悪いことなのか。旬のものは生産時の環境負荷もないし、何よりおいしいんじゃないかと思いますね」。</p>



<p>吉本農園では、さまざまな品種の柑橘をバランス良く栽培しているため、品種リレーによって一年を通して季節の柑橘が収穫できるという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">おいしいみかんづくりに完結はない。日々努力の繰り返しが続いていく</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto034.jpg" alt="" class="wp-image-54243" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto034.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto034-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto034-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>除草剤や化学肥料をできるだけ使用せず、肥沃な土壌をつくるためにはもちろん苦労もある。除草剤を使いたくないからといって、園地を草だらけにしてしまうわけにはいかない。土づくりにこだわった柑橘栽培は草刈りとの戦いでもある。しかし、これまでは人の手で行なっていた草刈りも、24時間自動で園地の草刈りをしてくれる自走式草刈り機によって省力化を図るなど、時代に合わせて変化している。ちなみに自走式草刈り機の導入は、園地が平らであったからこそ可能だったことでもある。地の利を生かした栽培だ。</p>



<p>また夏の水やりも柑橘の生育や品質に影響を与える重要な作業だ。3km下の水源からポンプアップした水や、山から引いてきた水を使って潅水しているが、それも限りがある。足りない分は川から汲み上げたり、水田に水が要らなくなる8月頃からは灌漑用水を利用したりしながら、適切な量とタイミングで灌水を行っているという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto001.jpg" alt="" class="wp-image-54244" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto001.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto001-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto001-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>除草剤を一切使わず、人の手で草を刈り、刈った草はそのまま土に還す。そんな地道な作業を長年積み重ねることで、畑は保水力がありながら水はけの良い、ふかふかな土壌へと育っていった。根が健やかに張ることで果樹は必要な養分をしっかりと吸収し、果実の糖度は自然と高まる。また、草を活かした環境づくりは、カメムシなどの害虫が発生しにくい畑づくりにもつながっている。柑橘それぞれの特性に合わせて土壌を整えることで、ほどよい酸味が甘みを引き立て、「一度食べればまた食べたくなる」味わい深いみかんが生まれる。こうした長年にわたる試行錯誤と、土作りに真摯に向き合い続けてきた姿勢が評価され、2003年に吉本農園は農林水産大臣賞を受賞した。</p>



<p>「みかんの産地を守りたい、産地を盛り上げないといけないという信念を持ってみかんを育ててきました。それが認められ、こんな素晴らしい賞をいただけたことは本当に嬉しいことです。せっかく今までおいしいみかんづくりをやってきたんだから、その技術やノウハウを伝えて行きたい。そうすることで愛南町も元気になるし、農家の生きがいにもなるんじゃないかと思っています」と吉本さんはいう。「一度食べればまた食べたくなる」と絶賛される吉本農園の柑橘たちは、年を重ねるごとに新たなファンを増やし続けている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54229/">肥沃な土壌が育むコクのある豊かな味わいの河内晩柑「吉本農園」／愛媛県愛南町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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