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	<title>新着記事 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>新着記事 - NIHONMONO</title>
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		<title>石鎚山の伏流水とともに。杜氏と副杜氏、二人の酒を醸す「成龍酒造」／愛媛県西条市</title>
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		<pubDate>Sat, 31 Oct 2026 08:32:01 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo003.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>西日本最高峰・石鎚山（いしづちさん）の麓に広がる愛媛県西条（さいじょう）市。成龍酒造は、豊かな伏流水に恵まれたこの地で、150年近く酒造りを続けてきた。蔵の酒造りを担うのは、杜氏・織田和明さんと、蔵元の次男で副杜氏の首藤 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo003.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>西日本最高峰・石鎚山（いしづちさん）の麓に広がる愛媛県西条（さいじょう）市。成龍酒造は、豊かな伏流水に恵まれたこの地で、150年近く酒造りを続けてきた。蔵の酒造りを担うのは、杜氏・織田和明さんと、蔵元の次男で副杜氏の首藤敏孝さん。伝統を守る酒と、新しい世代の酒。二人の造り手が紡ぐ醸造の物語をたどる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">名水の町に根付く酒蔵 </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo008.jpg" alt="" class="wp-image-55522" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo008.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo008-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo008-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>愛媛県西条市。西日本最高峰・石鎚山の麓に広がるこの町は、清らかな地下水が湧き出る「名水の町」として知られている。石鎚山系に降り積もった雪や雨が長い時間をかけて地下を流れ、まちの至るところで自噴しているのだ。それは「うちぬき」と呼ばれ、全部で3000箇所もあるといわれている。</p>



<p>有名な「うちぬき」スポットでは、今も人々が水を汲んだり、野菜を洗ったりする姿が見られる。そんな豊かな水に支えられてきたのが、西条の酒造りだ。</p>



<p>明治10年（1877年）、成龍酒造はこの地で酒造りを始めた。創業者は鍵屋本家九代目当主・首藤鹿之助。江戸時代までは庄屋米蔵の鍵を預かる「鍵屋」をしていたが、庄屋制度の廃止に伴い、酒造業を営むこととなった。</p>



<p>石鎚山の伏流水と地元の米を使った酒造りは、150年近い年月を経て今も受け継がれている。</p>



<p>現在、酒造りを担っているのは杜氏の織田和明さんと、副杜氏の首藤敏孝さん。長く蔵を支えてきた杜氏と、蔵元家の次男として新しい酒造りに挑む若い世代。二人の造り手が、それぞれの視点から酒に向き合っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">長年の経験を礎に、伝統を守る杜氏</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo018.jpg" alt="" class="wp-image-55523" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo018.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo018-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo018-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>蔵の酒造りをまとめているのは杜氏の織田和明さん。先代社長であり現会長の首藤洋さんの時代から蔵に入り、長く酒造りを担ってきた。</p>



<p>成龍酒造の酒造りは、地元の米を基本としている。</p>



<p>「県内産がだいたい95％ぐらいですね。愛媛県産の松山三井としずく媛。この2つがメインです」。</p>



<p>松山三井は、愛媛県における伝統的な酒造りに適した米品種。もともとは食用米だったが、大粒で砕けにくいことから酒造りに重用されてきた。精米歩合を高められるため、淡麗辛口な酒造りに適している。一方、しずく媛は愛媛県独自に開発された酒米品種。華やかな香りと旨みがあり、やわらかな酒に仕上がるという。それぞれ性格の異なる米を使い分けながら酒を仕込む。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo025.jpg" alt="" class="wp-image-55524" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo025.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo025-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo025-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>酒造りは毎年同じようでいて、実際には年ごとに条件が変わる。近年は原料米の状態も変化しているという。</p>



<p>「仕込みの過程において、酒米はもろみの中で溶けていくのですが、その塩梅が仕上がりを大きく左右します。最近は、夏の猛暑による高温障害の影響か、米が溶けにくい年が続いています。そのため、毎年状態を見極めながら、浸漬時間を長くしたり、水の量を調整したり麹造りを工夫したりして対応しています」</p>



<p>溶けにくい米の場合は、蒸米にしっかり水を吸わせることが重要になる。しかし、吸水を増やしすぎると、米が溶けすぎて雑味につながる可能性もある。吸水の量や浸しておく時間など、細かな調整を繰り返し、ブレのない味に仕上げていくのが杜氏の腕の見せどころだ。</p>



<p>酵母は愛媛酵母が中心。中でも優良な酵母として評価されている「EK-1（愛媛酵母1号）」を多く使用している。</p>



<p>「EK-1はフルーティーで華やかな香りを引き出してくれる酵母。程よいコクのある酒に仕上がります」</p>



<p>米、水、酵母。それぞれの個性を見極めながら、その年の酒を造り上げていく。</p>



<h3 class="wp-block-heading">食事に寄り添う酒「伊予賀儀屋」</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo006.jpg" alt="" class="wp-image-55525" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo006.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo006-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>織田杜氏が中心となって醸す、蔵の代表銘柄が「伊予賀儀屋」だ。</p>



<p>香りの高い酒や甘口の酒が注目されることも多いが、伊予賀儀屋が目指しているのは食事の邪魔をしない酒だ。</p>



<p>「伊予賀儀屋は、食事と一緒に楽しんでもらえる酒を目指しています。お酒と料理がお互いを引き上げてくれるような、そんな酒が理想ですね」</p>



<p>グラスに注ぐと穏やかな米の香りが立つ。口に含むとやわらかな旨味が広がり、あとから静かに切れていく。派手な主張はないが、食事を口に運ぶともう一口飲みたくなる。</p>



<p>「多分、僕の作るお酒は少し古いタイプのお酒だと思います。でも僕はそれでもいいと思って造っています」。</p>



<p>長く蔵を支えてきた杜氏らしい、静かな自信がにじむ言葉だった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">柔軟な発想で挑む、副杜氏の酒造り</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo002.jpg" alt="" class="wp-image-55526" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo002.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo002-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo002-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一方、副杜氏として酒造りに携わるのが首藤敏孝さん。蔵元の次男であり、社長を務める兄の英友さんとともに伝統を守り継いでいる。</p>



<p>「杜氏の酒は伊予賀儀屋として完成していると思うんです。でも、それとは違う酒もあっていいんじゃないかと思い、私なりの視点で酒造りを考えています」。</p>



<p>首藤さんがそう考えるようになった背景には、コロナ禍の出来事があったという。</p>



<p>「日本酒の流れが急に止まったんです。酒屋さんも飲食店さんも大変な時期でした。あのとき、僕らも一度立ち止まって、この先どういう酒を造っていくべきか考えるきっかけになりました」</p>



<p>その思いから生まれたのが、新しいブランド「TOSHI’S」だった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">日本酒への入口を目指す「TOSHI’S」ブランド</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo005.jpg" alt="" class="wp-image-55527" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo005.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo005-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo005-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>TOSHI’Sは、従来の賀儀屋とは少し異なる発想から生まれた酒だ。</p>



<p>「若い人にも日本酒を手に取ってもらえるような、入口が広いお酒を造りたいと思ったんです。TOSHI’Sブランドでは愛媛の「さくらひめ酵母」を多く使っています。さくらひめ<s>媛</s>酵母は、愛媛県酒造組合と東京農業大学、愛媛県の産学官共同研究により、愛媛県オリジナル品種の花「さくらひめ」から分離された清酒用の花酵母。試作のときに嗅いだ香りがすごく良くて、この酵母に決めたんです」。</p>



<p>瓶内二次発酵による微発泡の酒や、新しい酵母を使った酒など、これまでの蔵にはなかった挑戦も行っている。</p>



<p>「いろんなお酒の会に足を運び、お客様の生の声を聞いて、それを蔵に持ち帰って仕込んでみるということを繰り返しています」。</p>



<p>そんな首藤さんが目指すのは、人々の記憶に残る酒。味わいがあり、もう一口飲みたくなる酒だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">地域を醸す酒「成龍然」</h3>



<p>成龍酒造にはもう一つ、土地そのものを表現する酒がある。「成龍然」という銘柄だ。</p>



<p>この酒は、西条産の松山三井を全量使用し、仕込み水も西条の伏流水。酵母も愛媛酵母という、地域の素材だけで醸す酒だ。</p>



<p>「地域を醸して地域に還す、というイメージですね」と首藤さん。</p>



<p>口に含むと、米の旨味を感じるやわらかな香りが広がる。口当たりはなめらかで、甘味と酸味のバランスが整い、最後はすっと切れる。土地の水と米が、そのまま酒になったような味わいだ。すっきりとした味わいで食中酒として優秀な「伊予賀儀屋」に対し、「成龍然」はおおらかな自然の力強さを感じる味わいといえるだろう。</p>



<p>地元の米を確保することは年々難しくなっている。農家の担い手が減り、田んぼが減少しているからだ。それでも、蔵は地元の米と水を使った酒造りを続けていきたいと考えている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">石鎚山の麓で受け継がれる味</h2>



<p>成龍酒造の蔵の一角で、もう一つの発酵の仕事が続いている。酒粕を使った味噌づくりだ。仕込んでいるのは、首藤敏孝さんのお母様である女将と、奥様。酒造りが落ち着く冬から春にかけて、家族で少しずつ仕込んでいる。</p>



<p>この味噌のルーツは、石鎚山の中腹にあった今宮地区にある。かつて石鎚山を御神体として信仰する人々が登拝する際、途中の宿で振る舞われていた味噌汁に使われていた味噌だ。</p>



<p>その作り方を知っていたのが、地域にただ一人、蔵人たちとも交流がある幸（みゆき）おばあちゃんと慕われる女性だった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">みゆきおばあちゃんの酒粕味噌</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo030.jpg" alt="" class="wp-image-55528" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo030.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo030-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo030-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>幸おばあちゃんは大正15年生まれ。今宮地区で生まれ育った。幼いころから体の弱かった母親に代わり、味噌づくりを手伝っていたことから、自然とその製法を身につけたという。</p>



<p>その後、今宮の集落を離れて西条市内に住むようになり、味噌づくりをやめていた時期もあった。しかし二十年以上の時を経て再び味噌づくりを再開。もうすぐ百歳を迎える今も、味噌の季節になると一人で仕込みを続けている。</p>



<p>この味噌づくりを受け継ぎたいと手を挙げたのが、成龍酒造の女将だ。</p>



<p>「酒粕の味噌があるという話は10年以上前から聞いていました。でも作り方を知っているのは、みゆきおばあちゃん一人だったんです」</p>



<p>縁がつながり、味噌づくりを教えてもらうことになり、「百年伝承秘境味噌」として商品化することになった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">手仕込みの味わいを守り続ける </h3>



<p>「百年伝承秘境味噌」と名付けたこの味噌の最大の特長は、酒粕を使って仕込むこと。酒粕仕込みの味噌は日本でもほとんど例がなく、その製法は特許も取得している。</p>



<p>材料は、西条産の大豆、成龍酒造の酒粕、米麹、そして塩の4つだけ。余計なものは一切使わない。酒粕のほのかな甘みと、奥行きのある味わいを出している。</p>



<p>大豆は手でつぶせるほど柔らかく煮てからペースト状にし、麹と酒粕と塩を混ぜて味噌団子を作り、桶に詰めて発酵させる。大豆の煮加減や手ごねの感触など、細かな工程にはすべてみゆきおばあちゃんのやり方が息づいている。</p>



<p>大量生産はしていない。まずは味と技術をしっかり受け継ぐことが大切だと考えているからだ。</p>



<p>「私たちの世代がやらなかったら、この味は消えてしまいますから」</p>



<p>その言葉には、石鎚山で育まれた食文化を守りたいという思いが込められている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">経験と挑戦を重ねて</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo021.jpg" alt="" class="wp-image-55529" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo021.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo021-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo021-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>成龍酒造の蔵の中には、さまざまな時間が流れている。杜氏として長年酒造りを支えてきた織田和明さんの経験と、これからの酒造りを模索する副杜氏・首藤敏孝さんの視点。そこに、女将が受け継いだ秘境味噌の仕事が重なり、蔵の営みは一つの物語のように続いている。</p>



<p>「僕たちがやりたいのは、ものづくりのストーリーを伝えていくこと。酒造りもそうですし、味噌もそう。先人が残してくれたものを、きちんと次の世代に渡していきたい」。そう首藤さんは思いを込める。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo004.jpg" alt="" class="wp-image-55530" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo004.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo004-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo004-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>酒造りの世界では、技術はデータだけでは測れない。米の状態を見て浸漬時間を決めること、蒸米の具合を手で確かめること、発酵の進み方を感じ取ること。そうした感覚は、長い時間の中で体に染み込んでいくものだ。</p>



<p>だからこそ蔵では、経験と挑戦の両方を大切にしている。織田杜氏が守ってきた酒の軸があり、その上で首藤さんが新しい発想を重ねていく。伝統を守ることと、新しい酒を生み出すこと。その両方があってこそ、蔵の酒は未来へ続いていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55511/">石鎚山の伏流水とともに。杜氏と副杜氏、二人の酒を醸す「成龍酒造」／愛媛県西条市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>海と山の恩恵をうけ、漁師の手によって丁寧に厳選される十三湖産大和しじみ「十三漁業協同組合」梶浦武也さん／青森県五所川原市</title>
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		<pubDate>Sat, 31 Oct 2026 08:20:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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		<category><![CDATA[ヤマトシジミ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_326.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>青森県北西部に位置する十三湖（じゅうさんこ）に生息し、「黒いダイヤモンド」とも称される「十三湖産大和しじみ」。代々続くシジミ漁師の家に生まれ、現在は十三漁業協同組合の組合長を務める梶浦武也さん。自然との共生とこれからのシ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_326.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>青森県北西部に位置する十三湖（じゅうさんこ）に生息し、「黒いダイヤモンド」とも称される「十三湖産大和しじみ」。代々続くシジミ漁師の家に生まれ、現在は十三漁業協同組合の組合長を務める梶浦武也さん。自然との共生とこれからのシジミ漁に対する想いとは。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">最適な環境で育まれるヤマトシジミ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_584.jpg" alt="" class="wp-image-55503" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_584.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_584-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_584-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>青森県津軽半島の日本海側に面する「十三湖」は海水と淡水が混じり合う汽水湖。世界自然遺産・白神山地を源流とする、一級河川の岩木川が流れ込み、周囲31.4km、水深は深いところでも3mにも満たない一面遠浅の湖だ。</p>



<p>鎌倉から室町にわたる中世の時代は「十三湊（とさみなと）」と呼ばれ、奥州の藤原家の流れをくむ豪族、安倍・安東一族が拠点とし、居城であった福島城や唐川城の跡が周辺に残る。のちの藩政時代（江戸時代）から明治時代には海上交通において、北前船が往来する主要な港として、新潟や大阪からの船が行き交い、主に木材の積出港として賑わいをみせた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">栄養と旨みがたっぷりつまった黒いダイヤモンド</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_297.jpg" alt="" class="wp-image-55504" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_297.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_297-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_297-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>日本で穫れるシジミには、ヤマトシジミ、セタシジミ、マシジミの３種類があり、この十三湖で獲れるのは「ヤマトシジミ」だ。琵琶湖固有のセタシジミや、川にすむマシジミが淡水で育つのに対し、ヤマトシジミは川の水と海水が混ざり合う「汽水域」にすむ唯一の種。3種のなかでも殻に厚みがあり、ふっくらと丸みを帯びているのが特徴だ。&nbsp;</p>



<p>また、同種は国内で獲れるシジミの9割以上を占め、私たちが普段口にするシジミのほとんどがこのヤマトシジミだ。汽水域で育つことで旨味成分のアラニンが多く作られるといわれ、汁物にすると濃い出汁が出るのも魅力。&nbsp;</p>



<p>青森県では、プランクトン豊富な日本海の海水とミネラルを含んだ淡水が混ざった水質と、シジミの生息に適した泥質の湖底を有する十三湖と同県上北郡にある小川原湖（おがわらこ）が主な漁場となっており、漁獲量全国2位を誇る同県に於いて、ほとんどがこの二箇所で獲られるもの。</p>



<p>「十三湖のシジミの旬は年に2回。土用の丑の頃である7〜8月は産卵時期に入るため身が肥え、ぷりっとした食感が魅力です。もう一つの旬は、1〜2月の厳冬期。この時期のシジミは『寒しじみ』と呼ばれ、冬眠している間、身が引き締まり、夏に蓄えた養分が旨みとして凝縮されます。季節によって食感や味わいに違いが見られるんですよ」と話すのは梶浦武也さん。代々続くシジミ漁師の家に生まれ、現在は十三漁業協同組合の組合長を務める。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_589.jpg" alt="" class="wp-image-55505" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_589.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_589-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_589-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>肝臓の働きを助けるオルニチン、疲労回復に効果のあるタウリンなどが豊富に含まれ、栄養価が高い食材として古くから重宝されてきたシジミ。そのなかでも十三湖産のシジミは、栄養豊富な汽水域であることから、しっかりとした身と濃厚なコクのある旨みが特徴で、アミノ酸が特に高い。そのため、汁物にしたときの出汁は濃い青白で、身も食べ応えがあり、地元ではしじみ汁やしじみラーメン、バター炒めなどの料理で親しまれている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">シジミと自然を守るための独自ルール</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_307.jpg" alt="" class="wp-image-55506" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_307.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_307-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_307-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>十三湖の豊かな自然の恵みによって育まれるシジミ。昭和40年代、漁船の動力化による乱獲で漁獲量が激減した教訓から、同漁協では昭和58年に資源管理を開始。以来、資源保護と環境保全のための厳正なルールを独自に設け、時代に合わせて見直しを重ねてきた。&nbsp;</p>



<p>シジミの漁が可能となるのは漁業権を持つ漁師約160人のみで、それぞれが振り分けられた漁場を持つ。権利は家族で引き継がれることが多く、後継者が不在の場合は漁協へ返納され、新たな就業者へと渡る。</p>



<p>産卵時期を除き、一年を通して漁が行われるが、船での漁は4〜10月にかけて。冬は湖面が結氷するため、ポイントまで歩いていき、チェーンソーで氷を切り出してから漁をするのだそう。</p>



<p>朝7時になると一斉に船がスタートし、午前11時には終了となる。水揚げ量も船一隻あたり一日140キロまでと決められているのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">先を見据えた道具選び</h3>



<p>十三湖のシジミ漁は「ジョレン」という道具を使って行われる。ジョレンとは入り口に複数の爪が付いた金属製のカゴで、湖の底に潜っているシジミを爪で掘り起こす。カゴのサイズも統一され、網目の幅は4分（およそ12mm）。カゴをゆすると砂利や泥とともに、網目よりも小さな貝が落ちることで、獲り過ぎを防ぎ、小さなシジミを湖底に残しておくことを目的としている。</p>



<p>&lt;h2&gt;漁師一人ひとりの丁寧な仕事によってもたらされるブランド品質</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_522.jpg" alt="" class="wp-image-55507" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_522.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_522-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_522-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>規定量に達すると、岸へ戻り、作業場での選別作業が続く。</p>



<p>漁師それぞれが持つ作業場に運び込まれたシジミは井戸水で水洗いし、石やゴミ、空殻だけでなく、形や色の悪い貝を取り除いたあと、残った貝を手ですくい、手から手へ貝をパラパラと落としていく。その一瞬のうちに、手に持った重さと、乾いた音や鈴のような高い音、といった音の違いを聞き分けて、中身の入っていないものをさらに仕分けしていくのだ。</p>



<p>基準を満たしたものは、ふるいで大中小のサイズに分け、10kg単位でネット詰めし、荷さばき施設へと集められ出荷となる。</p>



<p>細かく集中力が必要な作業ではあるが、漁協全体で徹底して取り組まれている選別方法。漁師一人ひとりが、手の感覚と、目と耳を使い、手作業で丁寧な仕分けを行うことで、他産地との差別化とブランド力につながっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">自然の恵みに感謝し後世へとつなぐ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_304.jpg" alt="" class="wp-image-55508" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_304.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_304-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/jusangyokyo_304-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>&nbsp;荷さばき施設に集まる漁師の年代は幅広く、30〜40代も多い。梶浦さんの息子である優太郎さんもシジミ漁師として3年目を迎えた。</p>



<p>「この地域も若い人がどんどん離れてしまい、厳しい状況ではありますが、そんな中でも家族と一緒に同じ仕事ができるのはとても嬉しいことです。今後も若い漁師のみんなが安定した収入を得られるよう、十三湖のシジミとシジミにとって良好な環境を後世へ残せるような取り組みを続けていきたいです」と梶浦さん。</p>



<p>約150年間にもわたって獲り続けてきた十三湖のシジミは、資源保護と伝統的漁法を守る<s>などいう</s>梶浦さん達の取り組みが評価され、2016年に農林水産省の「地理的表示（GI）保護制度」に登録された。産地の特性が品質と結びついた産品を、国が知的財産として守る制度だ。さらにそれに先立つ2009年には、資源管理に積極的に取り組み、持続的な漁業を行う産地を認証する「マリン・エコラベル・ジャパン」を、全国で2番目に取得している。こうしたことから「十三湖産大和しじみ」としてブランド化されている。</p>



<p>「ミネラルが豊富で、日本一おいしいシジミだよ」と漁師さん達はみんな胸を張ってそう話す。そのシジミの味は、炒めても煮物にしてもぷりぷりっとした食感で、泥臭さがなく、深いコクと旨みが強いのが特徴だ。また、お吸い物にすると白濁した濃い出汁が出て、旨みがずっと後を引くおいしさなのだ。</p>



<p>この十三湖ならではのシジミを確かな品質として、次の世代へしっかり受け継がれていくようにしたいというのが梶浦さん達の想いなのである。</p>



<p>丁寧な仕事と未来を見据えた環境への取り組みを怠ることなく、想いは次の世代へしっかりと受け継がれている。十三湖産のシジミは確かな品質として、これからも消費者のもとへと届けられる。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55495/">海と山の恩恵をうけ、漁師の手によって丁寧に厳選される十三湖産大和しじみ「十三漁業協同組合」梶浦武也さん／青森県五所川原市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>海を耕せ！ 近大マグロなどの養殖に挑む「近畿大学水産研究所」／和歌山県串本町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 31 Oct 2026 08:03:10 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[新着記事]]></category>
		<category><![CDATA[養殖]]></category>
		<category><![CDATA[世耕弘一]]></category>
		<category><![CDATA[小割式網いけす]]></category>
		<category><![CDATA[クロマグロ完全養殖]]></category>
		<category><![CDATA[近大マグロ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/2961e1dcfef7ec2e3d87dc83d9c75552.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>1955年、小割式網いけすによるブリの養殖に世界で初めて成功した「近畿大学水産研究所」。以来、日本の養殖業の発展を牽引し、世界で初となるクロマグロの完全養殖を達成。この歴史的な快挙は、世界から注目を浴びた。海産魚類の養殖 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/2961e1dcfef7ec2e3d87dc83d9c75552.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>1955年、小割式網いけすによるブリの養殖に世界で初めて成功した「近畿大学水産研究所」。以来、日本の養殖業の発展を牽引し、世界で初となるクロマグロの完全養殖を達成。この歴史的な快挙は、世界から注目を浴びた。海産魚類の養殖技術と、産業の発展に大きく貢献している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本人の食糧を確保するために「海を耕す」</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="686" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/91d9cad74713ee335a7a4a0dc00095e9-1024x686.jpg" alt="" class="wp-image-55488" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/91d9cad74713ee335a7a4a0dc00095e9-1024x686.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/91d9cad74713ee335a7a4a0dc00095e9-300x201.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/91d9cad74713ee335a7a4a0dc00095e9-768x515.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/91d9cad74713ee335a7a4a0dc00095e9.jpg 1104w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>太平洋戦争直後、世耕弘一（せこう こういち）近畿大学初代総長は、「日本人全員の食糧を確保するには、陸上の食糧増産だけでは不十分。海を耕し、海産物を生産しなければ日本の未来はない」との危機感を抱いていた。1948年、世耕総長が掲げた「海を耕す」の理念のもと、和歌山県白浜町に近畿大学水産研究所（設立時は白浜臨海研究所）が設立されたのである。</p>



<h3 class="wp-block-heading">画期的な「小割式網いけす」で養殖技術が向上</h3>



<p>当時の養殖は、自然地形の湾を仕切った養魚地に魚を放し飼いにする方式が主体。この方式は、面積が広すぎて出荷時に魚を獲りあげるのが困難であった。そこで1954年、小さな区画の網いけすを多く作って養殖を行う「小割式網いけす」を開発。区切られた小さなエリアで飼うことで、収穫までの効率が飛躍的に向上した。この画期的な養殖技術によりブリの養殖に成功し、国内の養殖業の拡大に貢献することになった。</p>



<p>この時代のブリの養殖は、海で捕獲した天然の稚魚を育てていたので、完全な養殖とは言えない。そこで、1960年から天然資源に頼らないブリの人工種苗（幼魚）の生産研究を開始し、1968年にブリの人工種苗生産に世界で初めて成功した。親魚から卵を採取し、ふ化〜稚魚〜幼魚まで完全に人工で飼育した幼魚は、病気や寄生虫のリスクが少なく、安定供給や資源保護の観点からも高い評価を得ることになった。</p>



<p>また同時期に手掛けていたのがマダイの養殖。当時、天然のマダイの稚魚は漁獲制限があり、養殖の需要が高まりつつあった。“成長が早い・病気に強い・少ない餌で育つ”などの優れた特性を持つ魚を親にする「選抜育種」を取り入れたことで、天然の稚魚を使うよりも2倍の成長力を持つマダイの養殖に成功した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">世界初のクロマグロ完全養殖へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="662" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/047be1b11f689acf5a6dbeffc4d9f890-1024x662.jpg" alt="" class="wp-image-55489" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/047be1b11f689acf5a6dbeffc4d9f890-1024x662.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/047be1b11f689acf5a6dbeffc4d9f890-300x194.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/047be1b11f689acf5a6dbeffc4d9f890-768x497.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/047be1b11f689acf5a6dbeffc4d9f890-1536x993.jpg 1536w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/047be1b11f689acf5a6dbeffc4d9f890.jpg 1740w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>クロマグロ養殖の研究は、1970〜72年度の水産庁委託研究「マグロ類養殖技術開発企業化試験」に始まる。日本人が最も消費する魚であったマグロは、漁獲量が頭打ちとなり、安定供給の危機が迫っていた。</p>



<p>ブリやマダイをはじめ、カンパチ、シマアジ、ヒラメ、クエなど1990年代にかけて数々の魚種の養殖に成功していた近畿大学水産研究所は、プロジェクトへの参加に併せて和歌山県串本町に大島分室（現・大島実験場）を開設。1974年に天然幼魚からの養殖に成功し、1979年に5歳に達した約60尾（推定70 kg）が自然産卵、世界で初めてのクロマグロの採卵（さいらん）、つまり親魚から養殖用の卵を採取することに成功した。</p>



<p>ところがその後、産卵が続かない。種苗生産の研究が中断する時期もあり、ようやく再開となった1995年と1996年に採卵した320万粒の卵から育てて生き残った20尾（推定70〜120 kg）が、2002年に産卵。ふ化した幼魚を飼育・育成し、2004年に世界で初めて、完全養殖のクロマグロ2年魚（約20 kg）の出荷に至ったのである。</p>



<h3 class="wp-block-heading">安定した生産と供給のために</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/303498265455dae8ca1b2785468abe9d.jpg" alt="" class="wp-image-55490" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/303498265455dae8ca1b2785468abe9d.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/303498265455dae8ca1b2785468abe9d-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/303498265455dae8ca1b2785468abe9d-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>近畿大学水産研究所の第7代所長として、海水魚の養殖や種苗生産に関係する実用的な研究を行う家戸（かと）敬太郎さん。「我々が重視していることの一つとして、安定した生産体制の維持と効率化が挙げられますね」と話す。</p>



<p>現在、マダイの種苗は全国で流通する約3割を生産・出荷しており、もし生産が滞れば多くの業者の経営に影響を及ぼしてしまう。一方で、大量出荷すると市場価格が下落してしまうため、生産量を適切に調整し、価格を安定させることも重要な役割だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">魚粉不使用の飼料で魚を育てる </h3>



<p>新たな課題として取り組んでいるのが、環境変化への対応。地球温暖化による海水温の上昇に耐えられる魚の品種開発に加え、飼料価格の高騰を見据え、魚粉を使わない飼料でもよく育つ魚の品種改良を進めている。</p>



<p>養殖魚は本来、魚を原料とした魚粉を多く含む飼料で育てられている。しかし、その原料となる魚の漁獲量は年々減少しており、将来的な供給には不安をぬぐい切れない。「魚を育てるために魚を使う」という仕組みは、持続可能とは言えないのだ。</p>



<p>そこで着目しているのが、魚粉を含まない飼料。家戸さんは「魚粉を使わないと味が落ちるのではないかと心配されることがありますが、実際には大きな違いは見られません」ときっぱり。魚粉を含まない飼料で育てた魚と従来の魚では、味に大きな差はなく、「良い魚を育てるには必ず魚粉が必要」という従来の考え方を見直すべきだと強調する。</p>



<h3 class="wp-block-heading">エサの革新で養殖魚をもっとおいしく</h3>



<p>養殖魚は「天然より味が劣る」というイメージがあるかもしれない。しかし実際には、エサを工夫することで味や品質をコントロールしやすいという大きな強みがある。</p>



<p>1980年代は、多くの養殖魚は冷凍イワシを餌として育てていた。脂の多いイワシを食べることで成長は良く、天然魚に近い味わいになる一方、脂が過剰に蓄積し、腹部に脂が溜まりすぎることがあった。魚の脂は酸化しやすいことから、独特の臭みや風味の低下につながる。</p>



<p>現在はイワシの漁獲量が減少したこともあり、養殖では栄養バランスを考慮した配合飼料が主流。その結果、かつて養殖魚特有といわれていた臭みは大幅に改善され、出荷前にエビなどを与えて風味や肉質を整えるなど、エサを工夫することで品質の向上に取り組んでいる。</p>



<p>また、養殖と天然魚を費用対効果の面で比較すると、近年は飼料価格の高騰により、養殖で大きく利益を確保することは以前より難しくなっている。それでも養殖魚は、計画的に生産・出荷できるという大きな強みがある。天然魚は、環境の変化によって不漁になる可能性もあり、価格が大きく変動する恐れもある。養殖魚は供給量を維持でき、価格も安定するなど、メリットが多い。</p>



<p>現在漁業全体では、養殖生産が漁業生産を上回っている。2024年の統計によるとタイヘイヨウクロマグロは養殖が2万4327トン、漁獲が1万1802トン。ミナミマグロ（インドマグロ）は養殖が7261トン、漁獲が19367トンとなっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">新たな魚種の養殖への挑戦</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/5ff3ca5afc960982ea64bd9e777ff975.jpg" alt="" class="wp-image-55491" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/5ff3ca5afc960982ea64bd9e777ff975.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/5ff3ca5afc960982ea64bd9e777ff975-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/5ff3ca5afc960982ea64bd9e777ff975-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>日本食といえば、刺身や寿司。漁獲量が減っている中で、素材を安定して供給し続ける養殖魚生産の役割はますます大きくなる。</p>



<p>「魚食は成人病の予防につながるともされ、日本人の寿命が長いことにも貢献しているかもしれない。将来にわたって維持できるようにしなければ」</p>



<p>近畿大学水産研究所は立ち止まることなく、新たな養殖魚種の研究・開発にも着手している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ノドグロの養殖成功、そしてアナゴやハモも</h3>



<p>2026年、これまで養殖が難しいとされてきたノドグロの完全養殖に成功し、新たな一歩を踏み出した。次に、アナゴやハモの養殖技術の確立を進めている。</p>



<p>アナゴは大阪湾での漁獲量が30年前との比較で約40分の1まで減少しており、深刻な資源減少が問題になっている。古くから大阪を代表する魚であるが、このままではアナゴを扱う加工業者や飲食店など地域の産業にも大きな影響が及びかねない。漁獲量の減少は、単に魚が獲れなくなるだけでなく、地域の食文化そのものが失われることにもつながってしまう。</p>



<p>そこで、アナゴの漁獲地である大阪府泉南市の岡田浦漁業協同組合と連携し、養殖技術の開発や普及に取り組むようになった。</p>



<p>「安定的に生産・流通できる仕組みを作ることが重要なんです」</p>



<h2 class="wp-block-heading">魚を育て、魚を育てる人を育てる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/34e28706e24e61422f9b07f4008ba690.jpg" alt="" class="wp-image-55492" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/34e28706e24e61422f9b07f4008ba690.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/34e28706e24e61422f9b07f4008ba690-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/34e28706e24e61422f9b07f4008ba690-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>近畿大学水産研究所で育てた養殖用種苗は、近畿大学のベンチャー企業である「株式会社アーマリン近大」（本社：和歌山県白浜町）を通じて販売し、国内の養殖業者に貢献している。また同社はレストラン経営も行い、「近大マグロ」を使用した料理を提供。2025年の売上高は、大阪・関西万博にも出店したことも功を奏し、40億円に達した。前年より約5億円増である。</p>



<p>&nbsp;「大学は経営や商売を学ぶ場」…つまり実学の精神に満ちているのが近畿大学の特徴。この考えに魅せられ、2026年度私立大学志願数のトップに躍り出た（志願者総数17万4789人）。水産学科の卒業生は現場実習を豊富に積んでいるので、水産関連の企業から即戦力として重宝されているという。就職にも強いのだ。</p>



<p>「若い人が魅力に感じる産業にしていきたい」</p>



<p>家戸さんのこの言葉には、養殖の未来は技術だけでは守れないという思いがにじむ。魚を育てる技術を磨き、その技術を担う人を育てる。どちらが欠けても、日本の食卓に魚を届け続けることはできない。</p>



<p>振り返れば、近畿大学水産研究所の歩みは、「できない」とされてきたことへの挑戦の連続だった。湾を仕切った放し飼いが当たり前の時代に小割式網いけすを生み出し、天然の稚魚に頼っていたブリの種苗を人工で育て上げた。クロマグロでは、産卵が途絶え、研究が中断する時期を乗り越え、30年以上の歳月をかけて世界初の完全養殖にたどり着いた。2026年にはノドグロの完全養殖にも成功し、いまは漁獲量が激減したアナゴやハモ、さらにはウナギの養殖にも挑んでいる。</p>



<p>戦後の食糧難のなか、世耕弘一初代総長が「海を耕し、海産物を生産しなければ日本の未来はない」と掲げてから、まもなく80年。漁獲量の減少、海水温の上昇、飼料価格の高騰。海を取り巻く課題が増えたいま、その言葉はかつて以上の重みをもって響く。</p>



<p>海を耕し、魚を育て、人を育てる。串本の海で続く挑戦は、日本の食の未来そのものを耕している。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55486/">海を耕せ！ 近大マグロなどの養殖に挑む「近畿大学水産研究所」／和歌山県串本町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>まちに人を呼び込む幻の桃「クリーンピーチ」の物語。 「株式会社夢ファーム大分」時松裕二さん／大分県豊後大野市清川町</title>
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		<pubDate>Sat, 31 Oct 2026 07:45:01 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[新着記事]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[クリーンピーチ]]></category>
		<category><![CDATA[幻の桃]]></category>
		<category><![CDATA[矮化栽培]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF3409.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県の南西部、熊本県との県境に位置する豊後大野市清川町。山あいの静かなこの地に、「幻の桃」とも呼ばれるブランド桃「クリーンピーチ」がある。生産するのは、株式会社夢ファーム大分。独自の接ぎ木技術から生まれる、糖度が高く身 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55467/">まちに人を呼び込む幻の桃「クリーンピーチ」の物語。 「株式会社夢ファーム大分」時松裕二さん／大分県豊後大野市清川町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF3409.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県の南西部、熊本県との県境に位置する豊後大野市清川町。山あいの静かなこの地に、「幻の桃」とも呼ばれるブランド桃「クリーンピーチ」がある。生産するのは、株式会社夢ファーム大分。独自の接ぎ木技術から生まれる、糖度が高く身が締まった、リンゴのような食感をもつ桃の誕生には、何とも意外な物語が秘められていた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">老後の小遣い稼ぎのために</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF3222.jpg" alt="" class="wp-image-55476" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF3222.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF3222-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF3222-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そもそも、大分県の気候は桃の栽培に向いているとはいえない。桃の主力産地といえば山梨県をはじめ、福島県、長野県、岡山県といった土地が思い浮かぶが、大分は気温が高く虫も多い。どちらをとっても、桃の栽培には不向きな環境だ。それでも今やブランド桃として確固たる地位を築いたクリーンピーチの栽培が、なぜここで始まったのか。</p>



<h3 class="wp-block-heading">県の取組みが幻の桃に繋がる</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF3325.jpg" alt="" class="wp-image-55477" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF3325.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF3325-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF3325-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>きっかけは、今からおよそ30年前にさかのぼる。当時はまだ「清川村」と呼ばれていたこの地域で農業に携わっていた人々が、自身の高齢化を見据え、年金に加えたもうひとつの収入源を作ろうと模索していたのだ。折よく大分県内で展開されていた「自分たちの町や村が世界に誇れるものを、自分たちで一つ作ろう」という「一村一品運動」の流れのなか、当時の村長が「桃を清川村の特産にしよう」と決断したことで、栽培への道が開いた。</p>



<p>さらに、年を重ねても無理なく作業ができるよう取り入れたのが「矮化栽培」という農法だ。樹を低く、小さく育てるこの方法により、脚立を使わずとも桃を収穫することができる。ただし、その手間は並ではない。樹の一本一本に支柱やワイヤーを施す、日光が全体に当たるよう計算して剪定するなど、絶えず人の手でコントロールする必要がある。しかしひとたび樹が形になれば、その後の作業が劇的に楽になる。とはいえ樹の生育段階で極めて手がかかるこの方法で本格的に桃を栽培しているのは、全国でも清川だけだともいわれている。</p>



<p>そんな清川の地で清算されているのが、「クリーンピーチ」。「30年前、『清川の桃』という意味を込めて、『クリーンピーチ』という名前にしたそうです」と話すのは、株式会社夢ファーム大分の時松裕二さんだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「株式会社夢ファーム大分」 の誕生</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF3256.jpg" alt="" class="wp-image-55478" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF3256.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF3256-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF3256-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>出荷を始めた当初は市場で評価されず、販売にも苦戦したという。二束三文で売らなければならないような時期もあったが、清川駅付近に直売所を設けて直接販売に切り替えると、口コミで少しずつ評判が広がっていった。ところが、当初80軒ほどいた農家が、高齢化と後継者不足による離農が相次ぎ十数軒にまで激減。人気が高まるなかで供給が細っていくという、もどかしい状況が続いた。</p>



<p>その状況を変えようと、生協や道の駅が出資して約10年前に設立されたのが「株式会社夢ファーム大分」だ。元は生協職員だった時松さんは、脱サラして参画した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">独自手法が生み出すブランドの本質</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF9688.jpg" alt="" class="wp-image-55479" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF9688.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF9688-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF9688-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>夢ファーム大分の桃栽培が他と大きく異なるのは、「ユスラウメを台木にして桃を接ぐ」という点だ。一般的な桃の産地では、実がなるまでの時間を早くしたり、病気に強くしたりする目的で、「桃の枝を桃の根に接ぐ」のが主流だ。しかしここでは、病害虫に強い特徴をもつユスラウメを台木として使う。ユスラウメは桃と同じバラ科の植物ではあるものの、桃の近縁種ではないため木同士の相性が悪く、台木から接ぎ木の桃へ栄養が十分に届かない。</p>



<p>栄養が十分に届かないことは、木にとってストレスとなり、これによって木は大きく育たず、また、自身の生存に危機感を持った木がより良い実を残そうとするためか、糖度が高く締まりのよい果実をつけることに繋がるのだという。また、台木であるユスラウメが梅の一種だからか、「梅の香りがする」と感想を言う人もいるそうで、クリーンピーチならではのひそかな個性にもなっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">決して桃向きではない気候のなかで</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF9694.jpg" alt="" class="wp-image-55483" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF9694.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF9694-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF9694-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現在、夢ファーム大分では約8種の桃を栽培している。主力は白桃品種「なつおとめ」で、糖度が乗りやすい特徴がある。一般に桃の糖度は11度で十分、12度超えは特選基準とされるが、なつおとめは選果場で14度前後という極めて高い数値を見せることも珍しくない。リンゴのような食感のため、当初は「硬い」という声もあった。しかしその硬さは、朝採れのものをその日のうちに出荷するという新鮮さの証でもある。</p>



<p>収穫の目安は、袋をかけたまま上から透かして見る「色」だそうだ。淡い白ピンクに染まっていれば、それが完熟のサイン。販売場所が近いからこそ、完熟ぎりぎりまで木に残して収穫できるのだと時松さんは語る。</p>



<p>とはいえ、梅雨の長雨など気象の影響で思うように糖度が上がらず、悔しい思いをする年もある。そもそも、温暖な冬、夏場の昼夜の寒暖差の不足、雨量の多さや台風リスクなど、九州の気候はそもそも桃の生産に向いていない。清川町は、九州の中でも標高の高い高冷地に位置し、桃栽培における九州の弱点をクリアしているとはいえ、土づくり、剪定、木の個性を見極めながらの摘果量調整など、栽培における苦労は尽きない。毎年改善を続けていても、正解がないのが農業の難しさだ。</p>



<p>もうひとつの課題もある。相性の悪い木を接いでストレスを与えるという矮化栽培の影響で、およそ10年経つと木が枯れてしまう傾向がある。効率は悪く、コストもかかるのは明らかだが、それでも「せっかく作るなら、食べた人に美味しいと言ってもらいたい」という時松さんの思いは揺るがない。今後も植え替えを繰り返しながら、この桃を守り続けていくつもりだという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">需要に供給が追い付かない、うれしい悲鳴</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF3362.jpg" alt="" class="wp-image-55481" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF3362.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF3362-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF3362-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>クリーンピーチが抱える最大の課題は、生産量が需要にまったく追いつかないことだ。味の良さから人気が高いのはもちろんのこと、栽培農家が減少したことによる生産量の不足に加え、完熟したクリーンピーチはデリケートで発送に向かないため、近隣の道の駅でしか販売していないことも、希少価値を高めている。毎年販売の季節を迎えると、道の駅には「幻の桃」を求めて長蛇の列ができる。同じ道の駅で販売している桃ソースのソフトクリームは、売れる日には1日1,000本以上が出ていく人気ぶりだ。</p>



<p>人口約2,000人の清川町において、クリーンピーチは人を呼び込み、地域経済を支える存在となっている。夢ファーム大分の設立後、栽培面積を積極的に広げているものの、それでも生産が追いつかない。背景にあるのは深刻な人手不足だ。収穫期には正社員だけでは到底足りないが、そのためだけに通年雇用するのは難しい。パートを雇おうにも、地域に人がいない。そこで生協と連携し「援農ボランティア」を募っている。登録した人が都合のつく日に来てくれる代わりに、収穫物の一部を報酬として提供するというかたちだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「桃で食べていける」と示したい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF9745-1.jpg" alt="" class="wp-image-55482" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF9745-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF9745-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSCF9745-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>会社設立から10年。仕事が大好きだと語る時松さんにも、もちろん苦労の時期があった。なかなか黒字に届かず、資金繰りに追われて銀行に頭を下げたことは一度や二度ではない。だが、そのころの苦労が少しずつ報われ、今は先が見えてきたと安堵の表情を見せる。</p>



<p>次の目標を尋ねると、時松さんは「従業員の給料を上げたい」と答えた。「去年くらいから昇給に手を付けられるようになりました。従業員が結婚して、子どもを大学に送れるくらいの給料を払っていきたい」。</p>



<p>そのためには生産規模の拡大が不可欠だが、そこでまた壁として立ちはだかるのが人手不足だ。</p>



<p>目立った観光施設も名所も少ない清川町で、新たな農家を増やすことは容易ではない。だからこそ、時松さんは願っている。「桃で食べていけるぞ」という姿を見せることで、Iターンや農業に憧れを持つ人が来てくれないか、と。栽培面積を広げ、クリーンピーチを増産し、その評判を聞きつけた人が就農し、この地に新しい暮らしが根づいていく、そんな未来を描いている。</p>



<p>人が桃を作り、桃が人を呼ぶ。クリーンピーチが生み出すその循環が、清川町の未来をひとつひとつ、着実に形づくっていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55467/">まちに人を呼び込む幻の桃「クリーンピーチ」の物語。 「株式会社夢ファーム大分」時松裕二さん／大分県豊後大野市清川町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>農家の未来を見据え、儲かる農業を目指す「黄金崎農場」／青森県弘前市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 07 May 2026 10:01:38 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[新着記事]]></category>
		<category><![CDATA[おきな]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[キャベツ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_66.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国でもトップクラスの広大な土地で葉物野菜や加工用じゃがいも、種芋など30品種以上の野菜を生産する「黄金崎農場（こがねざきのうじょう）」。取引先には大企業も名を連ね、2025年には、キャベツが青森県初のJGAP認証を取得 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_66.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国でもトップクラスの広大な土地で葉物野菜や加工用じゃがいも、種芋など30品種以上の野菜を生産する「黄金崎農場（こがねざきのうじょう）」。取引先には大企業も名を連ね、2025年には、キャベツが青森県初のJGAP認証を取得。地元産野菜の底力を見せ、未来の農家を支える取り組みを続ける。</p>



<h2 class="wp-block-heading">広大な土地と利便性を生かした青森らしい農業</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_27.jpg" alt="" class="wp-image-54454" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_27.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_27-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_27-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>500ha（東京ドーム100個分）の土地に、じゃがいも、キャベツ、大根などのほか30品種以上の種芋を全国へ届けている「黄金崎農場」。取引先は北海道から沖縄までと広く、カルビーポテトや湖池屋など大手企業の名も並び、青森の土地環境を生かした農業を続けている。</p>



<p>規模の大きさや品質以外に、青森ならではの利点があるという。そこに着目したのが、創業者の佐々木君夫さんら4人の農家だった。彼らは、北海道に似た気候と土地の利便性を生かし、持続可能な農業経営を目指したという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農家でもサラリーマン並の給料を</h3>



<p>佐々木さんが同社を設立したのは、1976年。20代の頃だった。天候や野菜の価格の不安定さを危惧し、「サラリーマンのような安定した収入のある農業はできないか」と仲間4人で話し合い、法人組織を発足。これにより、規模の拡大やコストダウンも期待でき、利益が出れば給料になると考えたのだ。</p>



<p>当初から取り入れたのが、土地利用型農業だ。土地利用型農業とは、広大な土地を利用し、大型機械やスマート農業を導入して作業の効率化や、同じ作物を同じ畑で栽培し続けることで土壌環境が変化して生育が悪くなってしまう連作障害の軽減も期待できる農法で、北海道型の大規模農園を目標とした。北海道のような規模を想定したのは、ひとつは気候が似ていることにある。じゃがいもなどは冷涼な地域が適地の品種が多く、青森の昼夜の寒暖差も高品質なじゃがいも生産に向いているという。</p>



<p>さらに、青森の最大の強みは陸路での流通が可能という点だ。特に葉物野菜は一日でも早く届けることが重要となるため、北海道に比べると関東圏の取引先などは有利といえる。気候と流通の強みを生かし、青森ならではの大規模農園を定着させようと考えたのだ。</p>



<p>佐々木さん達は若者らしい行動力の早さで土地を見つけ、さっそく企業法人経営をスタートさせた。見つけた土地は、西海岸に面した深浦町の「黄金崎」岬の丘陵地で、朝から晩まで開墾をしながら資金繰りを猛勉強する日々だったという。農家の給与面の不安定さは今も昔も課題となっているが、そこを解決することで次世代の若手育成も視野に入れながら、突き進んでいったという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「儲ける農業」から「損をしない農業」へ</h3>



<p>土地を開墾し、じゃがいもやにんじん、メロンにスイカなどさまざまな品種の野菜を作り、市場へ持ち込んだのだが、期待通りの収入にはつながらなかった。そこに冷害などが重なり、生活もままならない状況が続き岐路に立たされた佐々木さんらは、市場への出荷をストップさせる道を選んだ。相場に左右されるよりも、自らが売価を設定して売り込もうと考えたのだ。創業から6年ほど経った頃だった。</p>



<p>営業先は、東京の商社。営業経験はなかったが、良い農産物を大量に安定して仕入れたいという先方の要求と、佐々木さん達の農業形態がうまく合い、交渉は順調に進んだ。「儲け一辺倒」から価格の安定した「損をしない経営」、「作る農業」から「売る農業」へと方向性を変えていったという。</p>



<p>じゃがいもや大根などを中心に契約栽培をし、売上も徐々に伸びていった。利益が出たことで経営面積も増え、黄金崎に250ha、弘前市の岩木山麓に250haという広大な農園に成長していったのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本でも有数な高品質の種芋</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_05.jpg" alt="" class="wp-image-54455" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_05.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_05-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_05-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>取引先を増やすと同時に行ったのが、高品質な種芋（たねいも）の生産。種芋とはじゃがいもなどの繁殖用として植える芋のことで、当初は加工用のじゃがいもを生産していたのだが、使用した種芋の状態が悪く、納得のいく出来にならなかったそう。それならば自分達で種芋から作ろうと考えたのが始まりだという。高品質なじゃがいも栽培には、種芋の品質も重要になってくる。</p>



<p>しかし、「じゃがいも栽培以上に、種芋栽培は難しい」と言われるほどで、病害管理が非常に厳しくウイルスや細菌に感染させないことが絶対条件となる。また、冷涼で災害発生が少ない立地であることや、異なる品種が混同しないよう距離をあけるなど、品質管理の徹底が必要なのだ。難しい分野への挑戦ではあるが、国産じゃがいもの品質を守りたいと、試行錯誤を繰り返した。</p>



<p>その中でも同社の強みとなったのが、広大な土地だ。異なる品種の種芋を植えても混同するリスクが少なく、連作障害も防げる。</p>



<p>その努力が徐々に実を結び、今では全国のじゃがいも農家へ黄金崎農場の種芋を届けるほどになった。特に多品種の種芋を栽培している農場は数少ないため、日本のじゃがいも生産を支えているといっても過言ではないのかもしれない。</p>



<p>「今では黄金崎農場といったら芋という方もいるほど定着しています。ただ、品種の特性を把握したり、風乾及び冷蔵保存できる施設が必要にもなります」と話すのは現代表取締役社長の東正浩さん。企業の担当者と連携してアドバイスをもらうなど、安定供給できる仕組みづくりを続けているそうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">次世代へとつなぐ想い</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_10.jpg" alt="" class="wp-image-54456" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_10.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_10-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_10-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「昨年、加工用のキャベツがJGAPを取得しました。これは、企業や消費者の方の信頼にもつながると思っています」と話すのは、専務取締役の大倉和則さん。JGAPとは「Japan Good Agricultural Practice（日本の良い農業の取り組み）」の頭文字を取った日本発の農業生産工程管理の認証制度で、農業におけるリスク（農薬管理、異物混入、労働災害など）を減らし、安心・安全な農産物を安定的に生産するための基準だ。</p>



<p>主にカット野菜用で出荷しているキャベツは「おきな」という品種で、スーパーなどでよく見かける千切りキャベツなどにも使用されている。コールスローなどみじん切りに近い状態でもボリュームが出る固めの葉で、パリッとしていて歯ごたえがある。全国的に展開しているチェーン店の餃子にも使用されているそうだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_78.jpg" alt="" class="wp-image-54457" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_78.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_78-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_78-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「土づくりが重要になりますが、広さもあって時間もかかります。18ha／枚くらいある大きな畑だとトラクターで何周もしないといけないので、そこをAIなどで自動化できないかと考えています」と大倉さん。コスト面の問題もあるが、規模が大きいからこそドローン（令和8年5月7日納品）や機械の導入などは積極的に取り入れ、時代に合わせた仕組みづくりをし、環境整備を考えていきたいと話す。</p>



<p>また、広大な土地だからこそ、さまざまな品種にチャレンジできるメリットもある。昨年挑戦した玉ねぎは納得のいく出来にはならなかったが、大倉さんは「原因は必ずあるので、解決できればうまくいくと思っています。いつか産地になるかもしれません」と、意欲的だ。失敗を恐れるのではなく、そこから学んでいく姿勢が黄金崎農場をここまで成長させたのかもしれない。</p>



<h3 class="wp-block-heading">佐々木さんからつなぐ未来の農業</h3>



<p>実は大倉さんは茨城県からの移住者で、佐々木さんの想いに魅せられ入社を決意したという。「以前は30年ほど営業職をしていました。でも、佐々木さんの人柄と想いに惹かれてここに来たんです」。</p>



<p>長年農家の未来を願い、つなげようと奮闘した佐々木さんの姿は、さまざまな人の気持ちを動かしたようだ。大倉さんが勤めて間もなく亡くなったそうだが、次世代へとバトンをつないでほしいと、その想いごと託されたのだという。</p>



<p>「人手不足や高齢化など、農業の課題はまだまだあるかもしれません。それでも、国産野菜の重要性、日本の食を支える手助けをするため、地域農業の発展に貢献していきたいですね」。</p>



<p>佐々木さんが思い描いた農家の夢は、今の世代へとしっかり受け継がれている。日本の食を支える人達が、これからも継続し続けられる仕組みづくりは、今後さらに広がりをみせてくれそうだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54448/">農家の未来を見据え、儲かる農業を目指す「黄金崎農場」／青森県弘前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>山あいの窯で、光を重ねる「御船窯」 ／熊本県上益城郡御船町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 07 May 2026 09:53:13 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[新着記事]]></category>
		<category><![CDATA[貫入青磁]]></category>
		<category><![CDATA[焼締め]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[青磁]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6743.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>山あいに佇む「御船窯（みふねがま）」のギャラリーには、双子の兄弟が手がける２種の器が並んでいる。土と炎が力強い質感を生み出す「焼締め」と、塗り重ねられた釉の層に光を宿す「青磁」。弟の津金日人夢（つがねひとむ）さんは、陶芸 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54432/">山あいの窯で、光を重ねる「御船窯」 ／熊本県上益城郡御船町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6743.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>山あいに佇む「御船窯（みふねがま）」のギャラリーには、双子の兄弟が手がける２種の器が並んでいる。土と炎が力強い質感を生み出す「焼締め」と、塗り重ねられた釉の層に光を宿す「青磁」。弟の津金日人夢（つがねひとむ）さんは、陶芸のなかで最も難しいとされる青磁の道を選んだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">脱サラした父の窯。暮らしの器の時代</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6378.jpg" alt="" class="wp-image-54440" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6378.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6378-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6378-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>御船窯があるのは、市街地から少し離れた山あいの森のなか。今から40年ほど前、脱サラした父が熊本県八代市で約400年続く陶磁器・高田焼の技法を学び、独立。この地に窯を築いたのが始まりだった。高田焼は青磁で知られるが、父は青磁には取り組まず、わらや木など植物灰を原料とした釉薬による灰釉（はいゆう）陶器や粉引きといった日用の器を手がけた。焼き物ブームの中で、あちこちに窯元が乱立していた時代だったが父の器は人気を集め、週末ともなれば駐車場に入りきらないほどの人が、この窯を訪れた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">窯元から作家へ、青磁という賭け </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6513.jpg" alt="" class="wp-image-54441" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6513.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6513-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6513-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな環境で育った津金さんは、佐賀県有田にあった全国唯一の窯業専門の専修学校で陶芸の基礎を学び、卒業後、帰郷。卒業後は父の片腕として日用の器としての茶碗を何十個も作り、展示会が終わればまとまったお金をもらう。求められる数を、決められた形で作る“職人”的な働き方だった。しかし、窯元を続けていくには、これまでのように山あいの窯で日用の器を作って並べ、客を待つだけでは難しい時代になっていた。</p>



<p>「このままでは続かない」。</p>



<p>そう感じるようになった津金さんは、量ではなく、作品そのものと向き合う道を考えはじめる。</p>



<p>「ならば、作家として何をやるのか」。<br>そう自問したとき、たどり着いたのが青磁だった。陶芸の世界でも最も難しいと言われるジャンルで、手がける人も多くはない。だからこそ、それを極めてみたいと思ったという。青磁の起源は古代中国にさかのぼる。素地に透明釉をかけ、窯の中を酸欠状態にして焼成すると、釉薬に含まれる鉄分が青く発色する。しかし、天然原料の釉薬は鉄分量が安定せず、素地の土や炎の具合によっても、仕上がりの色は異なる。イメージ通りの青を出すのは、容易なことではない。その難しさから、青磁はかつて、「手を出すと身代を潰す」と言われ、体系的に学ぶ環境もほとんどない中で、津金さんは本を買い集め、理解できない部分は他の文献で補いながら、独学で青磁の研究を重ねていった。<br>「このままではダメだと思って始めた青磁でしたが、やってみると、どんどんのめり込んでいきました」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">厚い釉、薄い土——青磁を組み立てる技術 </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6735.jpg" alt="" class="wp-image-54442" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6735.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6735-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6735-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>最初は不思議なほど順調だった。地方の展覧会で賞も取れた。だが、日本工芸会の世界へ入ると、こう言われた。「それは青磁じゃない。本物を見たことがあるのか」。</p>



<p>日本工芸会の世界では、地方の展覧会とは評価の基準がまったく異なる。作品の出来栄えだけでなく、素材や技法、歴史的な文脈まで含めて「本物の工芸かどうか」が厳しく問われる世界だ。津金さんの認識は、根本から覆された。青磁は、ただ青や緑に見えればいいわけではない。特徴は、釉薬を驚くほど厚くかけることだ。一般的な器が1ミリ未満なのに対し、青磁では2ミリ以上、場合によっては4ミリを超える。厚い釉の層の中で光と鉄分が反応し、あの深い色合いが生まれる。</p>



<p>釉薬が厚い分、土台となる器は極端に薄く作らなければ、品が出ない。だが、薄くすればするほど、焼成の途中で土が耐えきれず、へたったり歪んだりしてしまう。<br>そこで必要となるのが、土そのものをつくる作業だ。津金さんは日本各地の土を試し、焼きに耐える強さや、成形のしやすさ、焼き上がりの安定感などを少しずつ調整し、独自に配合していった。「これでいい」と思っても、また手を入れたくなる。その繰り返しだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">時間が描く線。貫入という名の表情 </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6750.jpg" alt="" class="wp-image-54443" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6750.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6750-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6750-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>釉薬のかけ方も、同じように手間がかかる。内側に3回、乾かしては重ね、外にも3回。焼く前の姿は、本当に青磁になるのか？と疑うほど、完成系からはほど遠い。しかも、窯の中の状態が少し変わるだけで、色は簡単にブレてしまう。「酸素の具合ひとつで、青磁は黄色にも傾きます。色をつくるのではなく、厚くかけた釉薬の中で、鉄分の発色を引き出す。それが、青磁という焼き物だと思います」。津金さんはそう話す。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6599.jpg" alt="" class="wp-image-54444" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6599.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6599-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6599-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>津金さんの器の中でも特徴的なのが、「貫入青磁（かんにゅうせいじ）」と呼ばれるものだ。貫入とは、焼き上がった器を窯から出し、冷ます過程で生まれる細やかなヒビのこと。青磁では、土と釉薬の収縮率のわずかな違いによって、表面の釉薬に細かな亀裂が入る。薄い氷が張ったように見えるものもあれば、ヒビにベンガラを擦り込み、赤い線として際立たせたものもある。一般的には、こうした貫入は偶然に生まれるものとされる。しかし津金さんは、釉薬の厚みや焼成、冷却の条件を細かく調整し、貫入の入り方そのものを作品の表情として引き出している。<br>貫入は、必ずしも窯から出した瞬間に入るわけではない。数日後、ときには1ヶ月ほど経って、「バキン」と音を立てて入ることもある。赤く浮かび上がる線と、後から入る透明な線。その重なりが、使い込むほどに器の表情を変えていく。</p>



<h2 class="wp-block-heading">青磁の品格を決めるもの</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6739.jpg" alt="" class="wp-image-54445" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6739.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6739-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6739-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>津金さんは、日本工芸会が主催する国内最高峰の公募展「日本伝統工芸展」に初入選して以降、作品が宮内庁に買い上げられるなど評価を高めてきた。さらに「日本工芸会賞」の受賞をはじめとする実績を重ね、青磁の分野で確かな地位を築いている。一方で、賞をめぐる価値観は、この十数年で大きく変わったという。かつては、受賞が百貨店の催事を呼び、客もそれを目印に訪れた。今は、個人の感覚で器を選ぶ人が増え、「賞がすべてを決める時代ではなくなってきた」と、津金さんはいう。<br>それでも彼の中で揺るがないのは、青磁に求められる「品格」だ。目指すのは、雨過天青（うかてんせい）と呼ばれる、水のように澄んだ青。その理想に近づくため、中国の青磁の系譜を学び、現地にも足を運ぶ。ルーツを知ることが、新しい表現への確かな土台になると考えている。</p>



<p><br>窯はガス窯を使う。窯の種類にこだわるのではなく、作品にふさわしい炎を選ぶという考え方だ。青磁には、不純物の少ない、強く安定した炎が欠かせない。</p>



<p>さらに近年は、原料そのものが失われつつある。土を掘る人が減り、長年使ってきた土が「もう出せない」と告げられることもある。<br>津金さんは、手に入る分を確保しながら次の土を探し、原料屋とも現場で会って関係をつなぐ。「土を掘る人がいなければ、僕らも作れない」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">使われることで、完成していく</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6527.jpg" alt="" class="wp-image-54446" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6527.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6527-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/IMG_6527-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>目標は、「津金の青磁、いいな。ひとつ持っておきたい」と思わせる作り手になること。箱に入れて飾る器ではなく、食卓で使われ、ふと「それ、誰の？」と聞かれるような器をつくりたいと考えている。</p>



<p>青磁は地味で、下積みが長い。歩留まりも決して良くはない。それでも、難しさの先にある品格に惹かれ、辞めなかった。“70歳を超える名匠でさえ、捨て場に失敗作が山ほどある”。その話を聞いたとき、肩の力が抜けたという。</p>



<p>「一生やる」。その言葉を、静かに噛み締める。</p>



<p>器は、焼き上がって終わりではなく、使われることで少しずつ、完成していく。津金さんの仕事もまた、そんな風にゆっくり積み重ねられている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54432/">山あいの窯で、光を重ねる「御船窯」 ／熊本県上益城郡御船町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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