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	<title>農業 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>農業 - NIHONMONO</title>
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		<title>夢の機械を創る、100年企業が描く農業と未来。「井関農機株式会社／株式会社ISEKI M&#038;D」／愛媛県松山市</title>
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		<pubDate>Thu, 06 Aug 2026 10:02:18 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-27.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本を代表する農業機械メーカーのひとつである、井関農機株式会社。創業者、井関邦三郎氏は、北宇和郡三間（みま）村（現宇和島市）生まれであり、三間はおいしい米（三間米）の産地としても知られる農村地域である。 農家を過酷な労働 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-27.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本を代表する農業機械メーカーのひとつである、井関農機株式会社。創業者、井関邦三郎氏は、北宇和郡三間（みま）村（現宇和島市）生まれであり、三間はおいしい米（三間米）の産地としても知られる農村地域である。</p>



<h2 class="wp-block-heading">農家を過酷な労働から解放したい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-31.jpg" alt="" class="wp-image-55019" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-31.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-31-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-31-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>創業者･井関邦三郎氏、誕生の地である愛媛県。松山市にある「ISEKI　Dream　Gallery」では、井関農機株式会社の歴史や技術を展示している。井関邦三郎氏は、幼いころから家業である農業に携わっていた。当時の農作業は重労働であり、「農家を過酷な労働から解放したい」という強い想いを抱いていたという。人の手から機械へと移り変わる時代の中で、より良いものを追求する情熱が原動力となり、1926年に松山市で「井関農具商会」を創立。最初に手がけた農機は「全自動籾すり機」だった。その後も農業の機械化と近代化に貢献し、戦後の食料増産や高度経済成長を支える企業へと発展していく。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農業の未来を動かす、松山発のモノづくり</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-5.jpg" alt="" class="wp-image-55020" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-5.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-5-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-5-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>1936年に、松山市に工場を設立。戦後の食料増産、高度経済成長を支える、農業の機械化･近代化に貢献する数々の農業機械を開発･生産してきた。1978年には松山工場にて大型トラクタ生産を開始。長い歴史を持つ同工場は、現在も「株式会社ISEKI M&amp;D」としてISEKIグループの農業機械の製造部門を担っている。ISEKIグループにおける「スマート農業」「環境保全型農業」といった取り組みにおいて、製造面から支える、モノづくりの中核拠点だ。</p>



<p>「人の手作業から機械化へと変えていくなかで、本当に役立つ機械を作りたい。“ええもんを作ろう”という創業者の理念を、今も受け継いでいます」と、株式会社ISEKI M&amp;D 代表取締役社長の酒井正弘さんは話す。</p>



<p>ISEKI M&amp;Dで製造する農業機械は小規模農地向けから130馬力の高出力トラクタまで幅広く、海外で活用される芝刈機や、雑草抑制･農薬肥料散布･土壌水分保持などを行う乗用管理機など、多様な製品を手掛ける。部品加工から塗装、組み立てまで社内で一貫して行う体制を整えているため、多品種少量の製品に素早く対応でき、農家にとって使いやすく、手に取りやすい製品づくりにつながっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">スマート農業と野菜作機械化一貫体系</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/eb49b87ebc41ecad7a20bce4a0993fcb.jpg" alt="" class="wp-image-55021" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/eb49b87ebc41ecad7a20bce4a0993fcb.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/eb49b87ebc41ecad7a20bce4a0993fcb-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/eb49b87ebc41ecad7a20bce4a0993fcb-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>農業を取り巻く現実は厳しい。従事者の高齢化や後継者不足で、人手はどんどん減少している。収穫や植え付け、管理といった作業は、季節や天候に合わせて短期間で集中して行う必要があるため、限られた人手ではとても追いつかない。こうした現場で求められているのは、少ない労力で確実に収量を確保できる農業機械の技術だ。</p>



<p>ISEKIは、農業の効率化と環境保全を両立させる「スマート農業」に注力している。ITやセンサー、GPS、ロボットといった最新技術を活用し、作物の状態やほ場の条件に応じた作業を可能にすることで、少ない人手でも高い生産性を実現する。</p>



<p>スマート農業技術を搭載したトラクタやロボットトラクタの開発･生産も行う。たとえば、GPSを利用した位置測位により、トラクタはほ場内での直進走行をアシストできる。これは作業者がステアリングで細かく舵を切る必要がなくなるため、疲労を軽減できるというものだ。また、ロボットトラクタは有人監視のもと、人と協調して作業を行うことで、作業効率の向上にも貢献している。</p>



<p>ほかにも、ほ場内の状態に応じて肥料量を調整する「可変施肥技術」を2015年に開発。肥料の無駄を抑えながら、生育のばらつきを少なくし、品質や収量の安定につなげるなど、環境負荷の軽減と生産性向上の両立を目指している。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/788A9720.jpg" alt="" class="wp-image-55022" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/788A9720.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/788A9720-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/788A9720-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p><strong> </strong>1990年頃には機械化の進展により、稲作における労働時間が1960年の4分の1となる一方で、野菜作に関しても省力化のニーズが高まる。田植機･コンバイン･乾燥機など、機械化一貫体系が進んでいる稲作に比べると、当時の野菜作は機械化が遅れており、軽労化･省力化が求められてきた。ISEKIは、全自動野菜移植機「ナウエルPV101」の商品化に始まり、「野菜作機械化一貫体系」に力を入れてきた企業でもある。</p>



<p>実は野菜作りは、地域ごとに作業のやり方が大きく異なるという特徴があるそうだ。たとえばネギの場合、一口に「長ネギ」と言っても、地域ごとに品種や栽培方法が異なる。畝（うね）の幅や植え付けの間隔にも地域性があり、ISEKIではそれぞれの地域に合わせて、畝幅や植え付け間隔を調整できる機械を開発している。</p>



<p>　さらに、だいこん･玉ねぎ･キャベツ･ブロッコリー･サトイモ･ニンジン･レタス･枝豆･ネギ･かんしょなど、幅広い作物に対応できる機械や資材をそろえ、「野菜作機械化一貫体系」を確立。苗の育成から植え付け、管理、収穫、選別まで、野菜作り全体の工程を一貫して機械化できる体制を整えている。これにより、多品種少量の生産や地域ごとの栽培条件の違いにも柔軟に対応でき、少人数でも効率的かつ品質の安定した農作業が可能になる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">創業100年、技術と人で未来の農業をつなぐ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-47.jpg" alt="" class="wp-image-55023" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-47.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-47-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-47-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現場の解決につながる技術開発を積み重ね、ISEKIはトラクタや田植機、コンバインなど農業機械の開発に関わる技術をはじめ、約2,200件の特許権を保有している 。培ってきた技術力が、スマート農業の進化を支え、現場の農業をより確実で、より負担の少ないものに変えている。</p>



<p>ISEKI M&amp;Dで製造されている新型機種もそのひとつ。GPSなどのデジタル技術を活用したスマート農業にも取り組んでいる。こうした技術は、長年の経験で培われてきた農作業のノウハウをサポートするものだ。例えば、熟練者が感覚で行っていた正確な作業を機械が補助することで、経験の浅い作業者でも一定の品質で作業しやすくなる。人から人へ受け継がれてきた農業技術を、デジタルの力で次世代へつないでいくことで、担い手不足の解消や持続可能な農業の実現を支えている。&nbsp;</p>



<p>農業現場の人手の減少や、気候変動の影響もあり、農業現場の人手は減少。効率化と環境への配慮は欠かせない。国の「みどりの食料システム戦略」も追い風となり、省力化や有機農業など、持続可能な農業への転換が求められている。</p>



<p>ISEKIは2026年に創立100年を迎え、長年の技術と経験を誇る企業としてこの課題に向き合う。大型･先端･畑作･環境対応の農業機械を開発し、省力化と環境保全を両立。電動化をはじめとする環境対応技術を拡充し、高品質な農機を通じて生産性の高い持続可能な農業を後押しする。</p>



<p>さらに次世代の技術者育成にも力を注ぐ。設計や製造、最新技術に触れる実践の場で課題解決力や判断力を磨き、長年培われた技術や知恵を学ぶ姿勢も大切にしている。こうして育まれた人と技術の力が、農業の効率化や環境配慮に直結し、より持続可能で豊かな農業を支えていく。技術と人が紡ぐものづくりは、これからも農業に新しい可能性を届けるだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55014/">夢の機械を創る、100年企業が描く農業と未来。「井関農機株式会社／株式会社ISEKI M&D」／愛媛県松山市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>栃木生まれの「ゆうだい21」で米づくりに向き合う「阿久津農園」阿久津政英さん／栃木県大田原市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 20 Jul 2026 03:41:23 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3332.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>栃木県大田原市は米の生産が県内1位である。その中で「米･食味分析鑑定コンクール」での受賞歴を誇り、他にも「東洋ライス世界最高米2022」に認定されるなど、数々の評価を受ける阿久津農園･阿久津政英さん。栃木県の米があまり有 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3332.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>栃木県大田原市は米の生産が県内1位である。その中で「米･食味分析鑑定コンクール」での受賞歴を誇り、他にも「東洋ライス世界最高米2022」に認定されるなど、数々の評価を受ける阿久津農園･阿久津政英さん。栃木県の米があまり有名でない中、阿久津さんのつくる米はなぜ評価されるのだろうか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">米の生産に適した土地･大田原市</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3249.jpg" alt="" class="wp-image-54895" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3249.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3249-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3249-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大田原市は「那須野が原」といわれる栃木県北部の那須地域にある広大な扇状地に位置する。日本三大疏水のひとつ「那須疏水」が流れる土地だ。那須連山から流れる水は、ミネラルがたっぷり含まれた伏流水。豊かな水源があるから、米作りに適している。</p>



<p>もちろん、水だけではない。肥沃な土壌があり、夏には十分な温度と日照で稲の生育を促進し、冬の寒さは害虫の発生を抑えるなどの気候条件や、水の管理がしやすくて大規模な水田を展開しやすい平坦な地形など好条件が重なり米どころになっている。</p>



<p>大田原市の語源の由来は「大俵（おおたわら）」といわれており、昔から米の生産が盛んな地域なのである。</p>



<h3 class="wp-block-heading">米の収穫量ランキング上位なのに、知名度が低い栃木県産米</h3>



<p>栃木県の米の生産は、2021年に農林水産省が発表した「水陸稲の時期別作柄及び収穫量（全国農業地域別･都道府県別）」データによると、収穫量のランキングは全国8位である。しかし、栃木産米はあまり有名ではない。それは、首都圏に近いという立地を活かして業務用米が主流になっているからだ。</p>



<p>業務用米とは、スーパーなどで販売される家庭用のお米ではなく、外食チェーンやコンビニのお弁当、給食などで使われるお米のこと。私たちが口にする機会は多いものの、食べる時に産地や銘柄を目にすることが少ないため、「栃木の米」としての認知度が広がりにくい側面がある。</p>



<p>実際、2017年の農林水産省のデータでは業務用向けの販売割合が高い上位10県で1位を記録し、7割近い数字が業務用向けになっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">知名度はないけれど、美味しい米ができる土地</h3>



<p>そんな環境で米作りをおこなう阿久津さん。実家が農家だったこともあり、大学を卒業してから農業にたずさわるようになり20年ほど経つという。今では共に米作りをおこなう父の跡を継いで5代目となった。</p>



<p>転機が訪れたのは約8年前にはじめて出品した「米･食味分析鑑定コンクール」だ。</p>



<p>阿久津さんは食味コンクールの存在は知っていたものの、それまで出品には至っていなかった。しかし、「この地域のお米は美味しい」、何より毎日食べている「自分のうちのお米はもっと美味しい！」という確かな自信はあったという。そこで、誰でも出品できることを知り、「出したら賞が取れるのでは？」と考え、楽な気持ちで出品した、と当時を振り返る。</p>



<p>しかし、初出品となる2016年「第18回米･食味分析鑑定コンクール」において、いきなり「都道府県代表 お米選手権」部門で特別優秀賞を受賞。自身の作るコシヒカリにこだわりはあったし、自信もあった。「なんだ、やっぱり出品すれば受賞できるじゃないか」と思った一方で、「コシヒカリ」での上位入賞の限界も感じたという。</p>



<p>というのも、コシヒカリは国内で最も作られている品種ゆえに、コンクールでも出品数が圧倒的に多く、全国の生産者がこぞって出品する。「コシヒカリでは、これより上を目指すのは厳しい」と限界を感じていた時、自分なりに「何かないか？」と探しはじめて出会ったのが「ゆうだい21」だった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">宇都宮大学で生まれた品種「ゆうだい21」との出会い</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3309.jpg" alt="" class="wp-image-54896" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3309.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3309-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3309-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ちょうどその頃「米･食味分析鑑定コンクール」で、ゆうだい21という品種が国際総合部門で金賞を受賞し始めた。</p>



<p>ゆうだい21は地元栃木県にある宇都宮大学の農学部附属農場で偶然発見した稲穂の株を元に、20年もの年月をかけて開発し2010年に品種登録された、国立大学生まれの米である。稲丈が伸びて倒伏しやすく、肥料や水分管理が繊細で技術を要するため、栽培難易度は高いとされているが、中山間地など手間をかけられる環境で真価を発揮し、コシヒカリ並かそれ以上の収量･品質を目指せる品種だ。さらにゆうだい21は、甘みが強く、米そのものの味がしっかりしているため、一般消費者にも受け入れられるとゆうだい21の可能性を直感し、翌年（2017年）からゆうだい21をつくることを決めたのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ゆうだい21をつくる前からの取り組み</h3>



<p>ゆうだい21をつくる前から、阿久津さんは「農薬を使わずお米をつくりたい」という思いを強め、農薬不使用栽培に取り組んでいた。きっかけは、家族のアレルギーを改善したいという考えからだったそう。</p>



<p>草取りから大変な農薬不使用栽培は、先代でもある父の理解を得るのに時間がかかったが、小さい面積から始めて、少しずつ認めてもらえるようになったという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ゆうだい21でも農薬不使用栽培を取り入れる</h3>



<p>そんな経緯があることから、ゆうだい21は農薬不使用で、3反歩（テニスコート約12面分）の栽培から始めた。</p>



<p>さらに少しずつ生産量を増やし、つくり始めて4年目には主食用の米を約4ヘクタールつくっているなかでゆうだい21を半分以上栽培したという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">なぜ阿久津さんがつくる「ゆうだい21」は美味しいのか</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3320.jpg" alt="" class="wp-image-54897" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3320.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3320-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3320-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ゆうだい21の特徴は、粒が大きくてツヤがあり見た目がキレイという印象。食べてみるとうま味が強くてバランスが良く、噛むほどに甘みを感じられると評価されている。</p>



<p>実際に食した方が「美味しい」と言って年々需要が増えており、阿久津農園でも栽培面積を毎年拡大させているという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">評価される品種でも「阿久津農園」が選ばれた理由</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3291.jpg" alt="" class="wp-image-54898" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3291.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3291-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3291-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>先にも述べたが、阿久津農園がある大田原市は米をつくるのに適した土地である。米は夜の気温が下がると美味しさの養分を吸い上げて穂に運ぶといわれている。</p>



<p>阿久津農園は山に囲まれており、標高は200m。日中と夜の温度差が大きく、味に影響を与えていると考えられる。また、近くを流れる蛇尾川（さびがわ）から田んぼに水を引き込むが、この蛇尾川は阿久津農園から上流4kmほどは地面の下を流れている川になる。そのため水温が低い状態で田んぼに引き込むことができ、水温の低さで夜の温度が下がりやすく、味に影響を与えているのだそう。</p>



<p>さらに阿久津農園の田んぼは、河川敷に位置する場所にありミネラルが豊富で肥沃（ひよく）な土壌というのが、通常でも美味しいゆうだい21をさらに美味しくする理由だろう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農薬不使用栽培がゆうだい21のポテンシャルを引き上げた</h3>



<p>しかし、それだけではない。阿久津さんが取り組んできた農薬不使用栽培も理由のひとつだろう。</p>



<p>農薬不使用栽培で一番難しいのは雑草の除草作業だという。</p>



<p>その除草を可能にするために、植え付ける株と株の間を広げて、縦横から除草できるようにしているそう。通常苗は、1坪当たり50株植えるところ、農薬不使用のゆうだい21は「37株植え」という植え方にして4割ほど株を減らしている。</p>



<p>疎植栽培で株間が広くなると穂がV字に広がる空間ができ、株元の葉まで太陽の光がしっかりとあたる。また、栄養が行き渡るため大きな穂に育ちやすい。</p>



<p>さらに、株間の風通しが良くなり「いもち病」や「紋枯病」などの病気が発生しにくく、丈夫な稲を作ることができるという。</p>



<p>もちろん除草剤は使わないが、代わりに酵母菌や納豆菌、虫が嫌うレモングラスの抽出液など天然由来のものを散布して農薬不使用栽培を実現。それでも、時期によっては毎日田んぼに入って人の手で除草するという。</p>



<p>手間ひまかけてつくり上げた阿久津さんのゆうだい21は評判も高く、三越や伊勢丹、ザ･リッツ･カールトン日光などに提供。2025年にはニューヨークやロサンゼルスに店舗を構える日本産米専門店「the rice factory 」での取り扱いがはじまった。</p>



<p>特に海外は農薬不使用栽培の需要が高く、阿久津さんの取り組みが評価されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ゆうだい21の栽培1年目から高い評価を受ける</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3296.jpg" alt="" class="wp-image-54899" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3296.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3296-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3296-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>阿久津農園がつくるゆうだい21は、つくり始めた１年目から「米･食味分析鑑定コンクール」の都道府県部門で金賞を受賞。</p>



<p>次の年は最上位部門である国際総合部門で特別優秀賞、４年目になる「第23回米･食味分析鑑定コンクール」では国際総合部門で金賞を受賞。「米･食味分析鑑定コンクール」で金賞を受賞した玄米の中から、「金芽米」で有名な米の総合メーカーである東洋ライスが独自基準で「美味と生命力」を重視して厳選した最高級の玄米を指す、東洋ライス主催の「東洋ライス世界最高米2022」に認定され、全国でたった4名の生産者の1人になり、世界最高米の原料米に選ばれた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ゆうだい21の伝道師</h3>



<p>今後はゆうだい21の生みの親でもある宇都宮大学が市町村などと組み、ゆうだい21で町おこしをおこなう計画もあるそうだ。</p>



<p>阿久津さんは宇都宮大学から「ゆうだい21の伝道師」に任命され、地元の生産者に栽培方法などを伝えていく。</p>



<p>ゆうだい21をきっかけに栃木産の米が全国で認知され、そこから品種を限定することなくすべての栃木県産米が注目を浴びる、そんな日が訪れたら良い。</p>



<p>そのためにも、まずは「ほかの品種とはちがった美味しさを持つ米『ゆうだい21』を食べてもらいたい」と、阿久津さんは伝道師の看板と責任を背負い、今日も普及の活動を続けていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54888/">栃木生まれの「ゆうだい21」で米づくりに向き合う「阿久津農園」阿久津政英さん／栃木県大田原市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「美味しい」の一言が茶栽培の原動力。「お茶の川谷園」川谷哲也さん/大分県中津市</title>
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		<pubDate>Mon, 13 Jul 2026 10:10:52 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[日本茶]]></category>
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		<category><![CDATA[茶聖]]></category>
		<category><![CDATA[翠]]></category>
		<category><![CDATA[my玄米]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2804.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県北部、険しい岩山と清流が織りなす耶馬溪町（やばけいまち）の山間地に、緑の茶畑が広がっている。ここで茶葉の栽培から販売までを一手に担うのが、「お茶の川谷園」2代目の川谷哲也さんだ。静岡以西では初めて「茶聖」の称号を授 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54845/">「美味しい」の一言が茶栽培の原動力。「お茶の川谷園」川谷哲也さん/大分県中津市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2804.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県北部、険しい岩山と清流が織りなす耶馬溪町（やばけいまち）の山間地に、緑の茶畑が広がっている。ここで茶葉の栽培から販売までを一手に担うのが、「お茶の川谷園」2代目の川谷哲也さんだ。静岡以西では初めて「茶聖」の称号を授かり、大分の茶づくりをリードする存在として知られている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">国の事業をきっかけに、山の土地でお茶を育てる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9371.jpg" alt="" class="wp-image-54855" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9371.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9371-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9371-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川谷園の茶葉生産の歴史が始まったのは、昭和49年のことだ。もともと川谷さんの祖父は山仕事をメインに、炭焼きやシイタケ栽培といった山仕事を営んでいた。そして父の代になった頃、国の事業で茶の栽培が行われることに。祖父の代の山仕事では収益が低かったことに課題を感じていた川谷さんの父が開墾された土地に入ったことがきっかけで、茶業に関わり始めた。当初は、日本の茶畑のおよそ7～8割を占める「やぶきた」をはじめとした3〜4品種だったが、川谷さんがこの世界に入って品種の勉強を重ね、さまざまな品種を取り寄せた結果、現在はさえみどり、あさつゆ、あさのか、はるみどり、やぶきた、おくみどり、さきみどりの7品種に少量の紅ふうきを加えた、計8品種を育てるまでになった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">専門家も猛反対した「あさつゆ」への挑戦</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2697.jpg" alt="" class="wp-image-54856" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2697.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2697-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2697-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そのなかでも、川谷さんの栽培への情熱を象徴する品種がある。その圧倒的な旨みと鮮やかな緑色から&#8221;天然玉露&#8221;とも称される「あさつゆ」だ。極めてデリケートで寒さに弱いこの品種を冬の冷え込みが厳しい耶馬溪で育てることは、専門家の目には「無謀」と映り、試験場の先生からも猛反対を受けたという。それでも川谷さんは耶馬溪の自然が育むお茶の可能性を信じ、その一歩を踏み出した。</p>



<p>「当時は父親も元気だったのですが、先生から頭ごなしに”無理だ”と言われたことで、我々の反骨精神に火が付いたというのも、栽培に踏み切った理由のひとつです」と川谷さん。</p>



<p>川谷園が位置するのは標高およそ550m。茶の栽培には日中の寒暖差がある土地が向いているとされる一方、霜が降りるほど寒すぎると葉がだめになってしまう。川谷園はまさにそのギリギリのエリアであり、実際に霜害に遭うこともある。しかし川谷さんは、「厳しい環境で育った茶葉はまろやかで薫り高い良い芽になる」と言う。寒さに弱いというあさつゆの特徴は、見方を変えれば、厳しい冬を乗り越えた際にとてつもない甘みとコクを蓄えるポテンシャルでもある。逆境が、味わいの深みを生むのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">伝統を礎に、科学で進化させた肥料へのこだわり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9338.jpg" alt="" class="wp-image-54857" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9338.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9338-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9338-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>品種への探究と並走するように、川谷さんが力を注いできたのが土づくりだ。良い茶の栽培には良い土が欠かせない。そして良い土を作るのに欠かせないものといえば、栄養を与える肥料だが、父の時代は、えごまの搾りかす、菜種かす、魚かすをそれぞれ別々に畑に撒き、また新芽を出すためには硫安という窒素肥料も別に与えていた。しかし栽培面積が広がり、肥料やりを一手に担うようになった川谷さんは、すべてを別々に行うことの難しさに気づく。そこで思いついたのが、最初から全ての材料を混ぜてひとつの肥料にする方法だ。時を同じくして、「肥料の中身から、好きなようにやっていい」と父から言われたことが転機となり、自分なりのブレンドへと踏み切ったのが5年ほど前のことだ。</p>



<p>川谷さんが辿り着いた配合には、二つの大きな工夫がある。ひとつは、従来の魚かすではなく、魚の内臓や骨を含む魚粉・骨粉を使うことだ。複雑なミネラルと旨み成分を土に蓄えるためだという。もうひとつは、植物の成長に欠かせない窒素成分を補うために、マイナス196℃の液体窒素を肥料に加えることだ。それにより生まれたのが、内容物のほぼすべてが有機素材で構成された、川谷さん独自の配合肥料である。</p>



<p>さらに、茶の新芽を出す「芽出し」のために液体肥料の「ソリュブル」も取り入れている。ソリュブルは魚の煮汁を濃縮した、ミネラルとアミノ酸が豊富な有機液体肥料で、以前使っていた硫安と比べてもお茶の味の深みや濃さが変わった気がしているという。「ただ、ソリュブルは臭いんです。魚の煮汁なので、皮膚についたら2日間くらいはいくら洗っても取れません。手についていたら、食事の時に全部その味に感じられてしまうくらい強烈で」と、川谷さんは笑いながら話してくれた。</p>



<p>伝統を大切にしながらも、科学的な探究心で磨き上げられた川谷園の一杯には、耶馬溪の厳しい風土と、それに挑み続けた川谷さんの執念が凝縮されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">一途に続ける、手もみという技</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2812.jpg" alt="" class="wp-image-54858" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2812.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2812-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2812-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川谷園では、手もみ茶も取り扱っている。機械を一切使わず人の手だけで仕上げる手もみ茶は、江戸中期に京都宇治の茶業家・永谷宗円が考案したとされるもので、茶の葉を蒸して柔らかくした後、手でほぐし、転がし、捏ねて揉んでという作業を立ちっぱなしで行った後に乾燥させて仕上げるという工程をおよそ6時間かけて行う。出来上がった茶葉は針のように細長く、機械によって余計な力をかけられていない分、湯に浮かべると摘み取ったときの茶の葉の形に戻るという。煎れた時の色はきわめて薄く、乳白色が最上とされる手もみ茶は、口に含めばその色の薄さからは想像もできないほどの濃厚なうま味が広がる。手数の多さから量産はできず、また熟練の技術が必要なことから揉み手も減っているため、市場に出回れば手もみ茶にきわめて高い値がつく。</p>



<p>川谷さんが手もみ茶と出会ったのは、高校卒業後に国立試験場の研修生として学んでいた19歳のときだった。そこで研修同期だったのが、のちに全国手もみ茶品評会で8度の日本一に輝き、日本で初めて「永世茶聖」の称号を授かった中島毅だ。同い年の2人は切磋琢磨しながら技術を研ぎ澄ませ、やがて川谷さんも品評会の舞台に立つようになる。2011年には農林水産大臣賞（1等1席）を受賞し、静岡以西では初めてとなる「茶聖」の称号を授かった。</p>



<p>手間がかかり量産もできない手もみ茶を、なぜ川谷さんは続けるのか。そこには、過去の後悔がある。これまで2度、品評会を欠場したことがある。1度目は手もみの当日朝にぎっくり腰になったとき、2度目は手もみを続けることへの諦めの気持ちが生まれたタイミングだった。しかし、欠場して楽になった気持ちを1とすれば、「やっぱり出場しておけばよかった」という悔いが50から60ほどあったという川谷さん。品評会の結果云々という話ではなく、その年のお茶がどういうものかを感覚で確かめるためにも手もみをしよう——欠場したことで、逆に手もみの存在を実感したことが、今も川谷さんを手もみ茶へと向かわせている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「お茶らしいお茶」を、一杯の中に</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2768.jpg" alt="" class="wp-image-54859" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2768.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2768-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2768-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川谷園では手もみ茶のほか、煎茶、深蒸し茶、ほうじ茶など幅広いラインナップを揃えており、そのなかには客の声から生まれた商品も少なくない。</p>



<p>川谷さんが目指す味は、「お茶らしいお茶」だ。世の中で「おいしいお茶」といえば、往々にして甘みの強いものが注目されがちで、世間の多くの人もまた、そうした甘味の強いお茶こそを「美味しい」と口にする。かつての川谷さんも、その声に応えるかのように、ひたすらに甘みを追い求める時期があった。しかしその市場で戦い続けることへの疑問が拭えず、考え方を変えた。甘いだけではなく、キリっとした渋みと爽快感が走る。その味わいを理想に据えて辿り着いたのが、上深蒸し茶「翠」だ。毎年最初に仕上げるのもこの「翠」で、前年のものと飲み比べながら納得のいくブレンドを探るため、新茶を摘んでから商品化まで最低でも2週間ほどかかるという。物流が発展した現代では、産地に近い茶舗には摘み取りから3～5日で商品として並ぶ場合もあると考えると2週間はきわめて長いが、川谷さんのこだわりの結晶だともいえるだろう。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2858.jpg" alt="" class="wp-image-54860" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2858.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2858-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2858-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一方、「作らない」と長らく決めていたにもかかわらず、客のリクエストに折れてラインナップに加えた商品もある。玄米茶だ。緑茶は50gや100g単位でパッケージとして売られているのに対し、玄米茶は500gや1kgという大容量である場合が多い。それだけの量があると、一度玄米茶を買ってしまったらしばらくの間ずっと玄米茶ばかりを飲み、緑茶を飲む機会が減るという、川谷さん流に言うと「負の玄米茶ループ」にはまってしまう。それを懸念し、玄米茶は作らないという姿勢を貫いていたものの、熱烈なリクエストを受けるうちに「自分のところで作った玄米を使えばいいのでは」という考えに至り、作ることを決意する。</p>



<p>それが、「my玄米」と名付けられた一品だ。袋を開けて驚くのは、そこに緑茶の葉が一枚も入っていないこと。文字通り、丁寧に香ばしく弾けさせた「玄米だけ」が収められている。あえて緑茶と混ぜ合わせない。この引き算の美学が生んだのは、これまでの玄米茶の常識を覆す自由度だった。玄米茶として味わうならば、緑茶は客が自分で用意する必要がある。「my玄米」においては、「玄米茶を飲み始めると緑茶の消費が減る」という川谷さんの懸念は解決された。加えて、クルトンやあられの代わりにサラダやお茶漬けに使えるという新しい提案により、既存の玄米茶のイメージを軽やかに超えていった。さらにお湯にも水にも溶けるスティックタイプの粉末玄米茶も開発し、こちらも好評を博している。</p>



<p>粉末のお茶は、東京のジェラート屋や千葉のシフォンケーキ教室でも採用されるなど、飲むだけにとどまらない新しい消費者層の開拓にもつながっている。「飲むだけに限らないところが、茶はまだまだ夢がある商品だと感じられる」と川谷さんは目を細めた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">九州のレベルを上げ、若手を育てたい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9322.jpg" alt="" class="wp-image-54861" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9322.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9322-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9322-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>茶の有名産地といえば静岡や狭山（埼玉県）が真っ先に思い浮かぶ。大分の名はなかなか前面には出てこない。もし自分が産地の中心で茶を作っていたら、競争に勝てなかっただろうと川谷さんは率直に語る。「おそらく今の九州で、このクラスの手もみ茶を作れるのは自分だという自負はあります。しかし全国の品評会となると歯が立たないこともある。そういう時、九州のレベルがどれだけまだまだなのかを痛感します」と、川谷さん。もちろん九州にも、全国の茶品評会で上位に入る八女市や嬉野市がある。しかし、手もみ茶ではなく別部門においてだ。手もみ茶では、狭山などに遠く及ばない。&nbsp;</p>



<p>だからこそ川谷さんが強く意識しているのが、九州の茶づくりのレベルを上げること、そして若手を育てることだ。品評会に出るには全国組織への加盟が必要だが、大分県にはその組織がなく、川谷さん自身も福岡県・八女の組織に所属している。その八女に育ちつつある若者がいる。その人物と2人で九州の手もみ会を再び盛り上げようというプロジェクトが、今まさに動き始めている。将来的には九州各県に1人ずつ全国に打って出られる作り手を育て、品評会で九州勢が一等に並ぶような未来を、川谷さんは真剣に思い描いている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「おいしいね」の言葉に力がみなぎる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2827.jpg" alt="" class="wp-image-54862" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2827.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2827-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2827-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川谷園の初代である父が亡くなったのは、2022年のことだ。父が生きていた頃は「自分がやれることを8割の力でやる」という目標を持っていたが、家業をすべて一人でこなすようになった今は、100や120の力を出さなければ間に合わないことを痛感しているという。それは決して楽ではない。しかし、同業者や客から「川谷園のお茶は美味しい」と言われるたびに力がみなぎる。市場の変化は激しく、正解のルートなどないけれど、味わいも含めて柔軟にトライし続けていく。その姿勢を川谷さんは「客の口に入るまでが戦い」と表現した。</p>



<p>ペットボトルの緑茶ドリンクに押され、生の茶葉を売ることをやめてドリンク専用工場へ向かう茶業家も増えているのが現状だ。しかし川谷さんはそこに異を唱える。「学校に行って、茶について深く学んだじゃないか」と。茶の末端価格は野菜のような大きな値崩れが起きにくい。ならば必ず、問屋や社長ではなく茶葉を育てる農家自身が儲かるための突破口があるはずだ。そう言い続け、「生産者のやり方がまだあるはず。それを考えよう」と仲間に呼びかけてきた。</p>



<p>高校卒業後の研修で同期と笑い交じりに語り合った夢は、「みんなでベンツに乗って同窓会ができるくらいになろう」というものだった。あれからおよそ25年。その夢は今、「皆で儲けて、皆で幸せに。そして、その環境を取り巻く人たちまでも幸せにしたい」という思いへと深まっている。お茶づくりを通じて人を幸せにしたい。川谷さんのお茶は、その想いとともに今日も山の茶畑から生まれ続けている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54845/">「美味しい」の一言が茶栽培の原動力。「お茶の川谷園」川谷哲也さん/大分県中津市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>山田町の原木椎茸を牽引し続ける。茸の匠･芳賀榮三さん／岩手県山田町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 13 Jul 2026 09:46:46 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[新着記事]]></category>
		<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[原木椎茸]]></category>
		<category><![CDATA[茸の匠]]></category>
		<category><![CDATA[名人]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi26.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岩手県沿岸のほぼ中央に位置する山田町。太平洋に面していることから、漁業のまちとしての印象が強いが、町の特産に原木椎茸があり、全国規模で行われる品評会では、毎年のように町内から農林水産大臣賞受賞者を輩出してきた。そんな山田 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi26.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岩手県沿岸のほぼ中央に位置する山田町。太平洋に面していることから、漁業のまちとしての印象が強いが、町の特産に原木椎茸があり、全国規模で行われる品評会では、毎年のように町内から農林水産大臣賞受賞者を輩出してきた。そんな山田町における原木椎茸の先駆者と言えるのが、全国でも数名しかいない名人格のうちの一人･芳賀榮三さんである。</p>



<h2 class="wp-block-heading">冷涼な気候と豊かな山が原木椎茸を育む</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi6.jpg" alt="" class="wp-image-54816" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi6.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi6-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi6-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>岩手県下閉伊郡（しもへいぐん）山田町は東側に太平洋、西側に北上山地の山々が連なる自然に抱かれた町だ。山にはブナやナラ、アカマツなどの広葉樹が豊富に植生していることから、原木椎茸の生育適地として、椎茸栽培が盛んに行われている。原木椎茸は直射日光が当たらず風通しがよく、適度な湿度がある場所を好むため、草木が日除けとなったり、標高による冷涼な気候や、樹木が呼吸をすることで適度な湿気が保たれる山林の環境は好条件なのだ。</p>



<p>ちなみに椎茸には栽培方法によって「原木椎茸」と「菌床椎茸」があり、スーパーなどで販売されている生の椎茸は菌床椎茸が多い。その理由として、菌床椎茸は、おがくずを固めた菌床ブロックに人工的に養分を加えて育てるため3〜6か月で収穫でき、原木椎茸に比べて成長速度も4倍近く早い。加えて設備さえ整っていれば場所を選ばず、気候にも左右されないため、生産量も安定する。</p>



<p>一方、原木椎茸は天然の木に種菌を植え付けるので、木の養分のみで育つため成長には時間を要する。種菌を植え付ける榾木（ほたぎ）さえあれば、室内でも栽培することは可能だが、条件の整った自然の中でじっくり育った原木椎茸は、特段、味も強く、傘も肉厚になるのだという。</p>



<p>山田町では、この原木椎茸を乾燥させ乾椎茸（ほししいたけ）に加工することが多い。乾椎茸の中でも傘が大きく形が良いものは贈答品や高級食材として重宝されている。&nbsp;</p>



<h3 class="wp-block-heading">高級食材でもある山田町の乾椎茸</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi5.jpg" alt="" class="wp-image-54817" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi5.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi5-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi5-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>乾椎茸には、いくつかの呼び名がある。「花どんこ」は、傘の表面に花のような白い亀裂が入ったもので、見た目の美しさから贈答用に使われることが多い 。「こうしん」は、どんこよりも傘が開きヒダがあるものを指し、よく出汁が出るため、煮物などに重宝されている 。全農乾椎茸品評会には「こうしん中葉厚肉」や「花どんこ」「どんこ」などの部門があり、色･形･大きさなどによって審査される。</p>



<p>これらの品評会で賞を取るほどの 乾椎茸は、高級食材としてホテルや料亭などで使用される。見た目もよく味も良い山田町の乾椎茸は、料理人や寿司職人などから引っ張りだこだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">原木椎茸の名人として</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi2.jpg" alt="" class="wp-image-54818" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi2.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>原木椎茸の名人･芳賀榮三さんは、山田町の中でも内陸に位置する豊間根地区にきのこ工房を構え、原木椎茸を栽培している。秋になると山に入り松茸も採る。山を知る芳賀さんがとる松茸は品質が良いと評判で、周囲からは「茸の匠（きのこのたくみ）」とも呼ばれている。</p>



<p>芳賀さんが原木椎茸の栽培を始めたのは1983年。38歳の頃だ。全国の品評会で初めて農林水産大臣賞を受賞したのは49歳の時。その後も「花どんこ」の部で農林水産大臣賞を５回受賞。最高位の常連になった芳賀さんは「名人位」を授けられた。以来、部門を変えて出品し、受賞を重ねている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">山田町に豊富にあるナラの木で原木椎茸を栽培</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi12.jpg" alt="" class="wp-image-54819" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi12.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi12-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi12-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>芳賀さんの原木椎茸は、露地栽培とハウス栽培の両方で行われる。椎茸の菌を植える榾木（ほだぎ）は、ナラの木を使う。榾木に適しているのは針葉樹ではなく、広葉樹だ。 他県ではクヌギを使うことが多いが、山田町の山林にはクヌギが生えておらず、一方でナラが豊富にあるため、ナラを使っている。ナラの木は樹皮に亀裂があり、椎茸の種菌（たねきん）を植えやすいという特徴もある。芳賀さんは「ほかの広葉樹で栽培するところもあるが、試してみてもやっぱりナラの木で作った椎茸が美味しい」と言う。 椎茸は涼しく程よい湿度がある場所で育つため、榾木には直射日光が当たらない方がいい。そこで、露地栽培と言っても背の高い樹々に覆われた山林の中で栽培される。椎茸の大きさは榾木の大きさに比例するという。太くて立派な榾木であれば、椎茸も大きくなるというわけだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">山田町の原木栽培を牽引する存在</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi11.jpg" alt="" class="wp-image-54820" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi11.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi11-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi11-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>芳賀さんが原木椎茸の栽培を始めた1983年は、ちょうど山田町が椎茸栽培に力を入れ出した頃と重なる。同じ時期に原木椎茸を始めた人たちがたくさんいた。しかし、平成に入ると安価な中国産が出回るようになり、市場価値が低下。山田町の原木椎茸も苦境に立たされた時期があった。なかにはその頃に廃業してしまった人もいるという。そのような中でも、芳賀さんは精力的に全国の品評会に出品を続けた。&nbsp;</p>



<h2 class="wp-block-heading">原木椎茸の未来に思いを馳せる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi15.jpg" alt="" class="wp-image-54821" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi15.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi15-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi15-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>芳賀さんは80歳を過ぎてもなお、精力的に原木椎茸を作る。「菌床椎茸よりも原木椎茸のほうが、歯ごたえがあって旨味もある」と言い、原木椎茸にこだわる。<br>品評会で受賞する原木椎茸は、傘の大きさ、色、形をできるだけ揃えたものを出品するのだという。同じ大きさの椎茸を数多く育てるには、榾木の大きさも揃えなければならない。榾木の直径は約18㎝。重さもあることから、高齢の芳賀さんにとって榾木の管理は重労働だ。</p>



<p>「ずっとハウスの中に入れておくと高温障害が出る。7月になればハウスの中は暑くなる。そうしたら榾木を山に置く。薬をかけるより、山に戻しておくほうが風通しも良くていい」と芳賀さん。11月。ハウスの榾木にはまだ椎茸は発生していなかったが、4月ごろになると収穫できるという。農薬をかけない榾木を使って栽培するから原木椎茸は安全･安心なのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">命ある限り原木椎茸を作り続ける</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi4.jpg" alt="" class="wp-image-54822" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi4.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi4-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>山田町で原木椎茸の栽培が盛んになった頃から、第一線を走り続けている芳賀さん。同年代の生産者が栽培をやめてもなお、椎茸栽培の最前線を行く。「1番の課題は自分の体力。これが最後の椎茸になるかもしれないと毎年思いながらやっている」と話す。しかし、そのような中でも、芳賀さんは品評会で結果を出し続けている。「長年の積み重ねなんだろうね。毎日通っていれば気候が教えてくれる。湿度が上がった時に傘が割れて白くくっきり亀裂が入り、きれいな椎茸になる。湿度が足りない時は散水する。我ながらうまいことやっている。後継者の育成もしないとね。命ある限りはがんばりたい」と話す芳賀さん。その表情には名人としての矜持があった。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54808/">山田町の原木椎茸を牽引し続ける。茸の匠･芳賀榮三さん／岩手県山田町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>ゴールドバレルの頂点を目指す「しんざと果樹園」2代目の挑戦／沖縄県国頭郡東村</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 29 Jun 2026 08:48:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[タダオゴールド]]></category>
		<category><![CDATA[TADAO GOLD]]></category>
		<category><![CDATA[ゴールドバレル]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-001.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>海を望む丘陵地に広がるパイナップル畑。沖縄県本島北部の東海岸に位置する国頭郡（くにがみぐん）東村（ひがしそん）は、国内生産量わずか5%の高級パイナップル「ゴールドバレル」の産地。「パイナップルの王様」とも呼ばれるゴールド [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-001.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>海を望む丘陵地に広がるパイナップル畑。沖縄県本島北部の東海岸に位置する国頭郡（くにがみぐん）東村（ひがしそん）は、国内生産量わずか5%の高級パイナップル「ゴールドバレル」の産地。「パイナップルの王様」とも呼ばれるゴールドバレルと、その若き担い手の想いとは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">沖縄県のパイナップル栽培の歴史</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-022.jpg" alt="" class="wp-image-54741" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-022.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-022-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-022-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>沖縄県は国産パイナップルの生産量のほぼ100％を占めており、年間の収穫量はおよそ7,000t〜8,000tに及ぶ。1866年に石垣島沖に座礁したオランダ船から漂着した苗を植えたのがパイナップル栽培のはじまりと言われており、戦後本格的に缶詰加工用としての栽培や品種改良が行われるようになると、1960年代にはサトウキビと並ぶ2大基幹作物にまで成長した。</p>



<p>ところが順調だったパイナップル栽培は1990年の缶詰製品の輸入自由化により大打撃を受け、加工用品種として主力だったハワイ種「N67-10」の栽培は落ち込みをみせた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">付加価値の高い生食用品種への転換</h3>



<p>一時は衰退したパイナップル栽培だが、沖縄県のパイナップル栽培はより付加価値の高い生食用品種の栽培へと移行していく。そして現在では、手でちぎって食べられるスナックパイン（正式名称：ボゴールパイン）、果肉が白く小ぶりなピーチパイン（正式名称：ソフトタッチ）、甘みが強いサンドルチェ（正式名称：沖農P17）、ココナッツのような香りのあるホワイトココ（正式名称：沖農P19）、高級品種のゴールドバレル（正式名称：ゴールドバレルパイン）など、多くの生食用品種が開発・栽培され、シェアを拡大している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">高級パイナップル「ゴールドバレル」の誕生</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-009.jpg" alt="" class="wp-image-54742" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-009.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-009-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-009-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2006年に新品種として登録された「ゴールドバレル」は、東村が発祥の地。1989年に沖縄県農業研究センターで「クリームパイン」と「McGregor ST-1」を交配して得られた実生（みしょう）から、およそ20年の歳月をかけて誕生し、黄金色の果肉と樽（バレル）のような形からその名が付けられた。</p>



<p>ゴールドバレルの1番の特徴は、糖度の高さにある。一般的なパイナップルの糖度が14度〜16度なのに比べ、ゴールドバレルは17〜19度と糖度が非常に高い。また実は芯まで食べられるほどやわらかく、パイナップル独特の刺激的な酸味が少ない。口に入れると、とろけるように柔らかくジューシーで、繊維が少ないためざらざらとした食感が口に残らない。上品な甘さと芳醇な香りが楽しめ、1個当たりの重さが約1.5kg〜2kgと大きいため贈答用の高級パイナップルとして注目を浴びるようになった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「ゴールドバレル」の生みの親、玉城忠男さん</h3>



<p>この新品種の誕生に深く関わったのが、東村におけるパイナップル栽培の先駆者であり沖縄県名誉指導農業士でもある玉城農園の玉城忠男（たまきただお）さんだ。玉城さんは譲り受けた11本のか細い苗から選抜育成をくり返し、長年にわたる努力と研究によって「ゴールドバレル」をまさに黄金色の果実へと育てあげた。</p>



<p>玉城さんが自身で育てるゴールドバレルの中でも、味、色、大きさ、形など特に選りすぐりのものは「TADAO GOLD（タダオゴールド）」と名付けられ、全体の数パーセントしか選ばれないゴールドバレルの最高級品として知られている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">受け継がれるパイナップル栽培</h2>



<p>東村で「しんざと果樹園」を営む新里善幸さんと貴恵さん夫妻は、パイナップル作り一筋50年以上の玉城さんのもとゴールドバレル栽培の手ほどきを受けた担い手だ。</p>



<p>貴恵さんは玉城さんの娘さんで、幼いころから玉城さんがパイナップルを育てる姿を目にしていた。しかし、お父さんが育てるパイナップルの凄さに気付いたのは社会人になってから。那覇市でパティシエとして働きだしてからなのだそう。</p>



<p>20年近く前、働いているお店で仕入れていたパイナップルがお父さんの育てたゴールドバレルだった。周りの人から「TADAO GOLD」が美味しくて有名だという噂を聞き、その凄さを知ったという。そして「これは誰にでもできる仕事ではないのかもしれない」と、南城市のマンゴーの兼業農家で生まれ育った善幸さんと二人三脚でゴールドバレル栽培に取り組むようになった。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-019.jpg" alt="" class="wp-image-54743" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-019.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-019-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-019-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">東村の大地に育まれるゴールドバレル</h3>



<p>しんざと果樹園がある東村は、県内有数のパイナップルの産地であることはもちろん、マングローブ林などの豊かな自然と固有の生態系が色濃く残る「やんばる（山原）」と呼ばれる地域としても知られている。赤土がのぞく広大な畑には、大人の腰ほどの背丈に育ったパイナップルが規則正しく生い茂る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">パイナップル栽培に最適な東村の赤土と気候</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-003.jpg" alt="" class="wp-image-54744" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-003.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-003-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-003-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>東村でパイナップル栽培が盛んな理由に、パイナップルが一番好む酸性で水はけのよい赤土の土壌がある。また海からのミネラルが降り注ぐ地形と、夏の30度〜35度と高い気温。これらの条件が糖度の高いパイナップルを育てる。</p>



<p>この土壌の優位性を活かす土作りはパイナップル栽培にとって非常に重要なファクターだ。</p>



<p>土づくりは、まずパワーシャベルで1メートルほどの深さまで切るように耕す。パイナップルは水が天敵のため、土の中に空洞を作り、より水はけの良い土にする。耕した土は元気を取り戻すために3ヶ月間、自然の雨にさらし土に水分やミネラルを浸透させ、同時に空気も取り込みながら休ませる。そうすることで育成不良などの連作障害も起こらなくなる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-006.jpg" alt="" class="wp-image-54745" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-006.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-006-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そして土づくりで何より大切なのが草の管理なのだそう。「お義父さんには、草を生やすなって1番言われます」と善幸さん。貝殻虫という害虫の発生を防ぐため、草取りに機械は使わずほとんど手で抜きあげる。こうして手間と時間をかけた土づくりが最終的にパイナップルの味に繋がっていく。</p>



<h3 class="wp-block-heading">植え付けから生育、収穫</h3>



<p>パイナップルの植え付けは、3月・4月の春と、9月・10月の夏の大きく2期に分けて行う。春の植え付けは、5月下旬頃の梅雨入りまでに根が張るように。夏の植え付けは台風の状況を見ながら、植えた苗が雨で腐ってしまわないように計算して行われる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-031.jpg" alt="" class="wp-image-54746" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-031.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-031-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-031-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ある程度まで育った実には、日焼け防止のために新聞で作った帽子をひとつずつ被せ、さらに上からネットで覆い強い紫外線を遮ることで皮が焼けて傷みの原因となることを防ぐ。また、実が大きく重いゴールドバレルは台風の強風で茎が折れてしまうこともあるため、茎を支えるパイプの設置も行われる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-015.jpg" alt="" class="wp-image-54747" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-015.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-015-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-015-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>手間をかけ、作物にとって最適な環境で育ったゴールドバレルは、苗の植え付けからおよそ3年でようやく収穫を迎える。パイナップルは基本的には収穫後に追熟しないため、木上（きじょう）で熟させ1番美味しいタイミングで収穫をする。収穫の時期が近づくと、毎日ひとつずつ成熟度の確認を行い、熟したものは手作業で収穫される。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ゴールドバレルに夢をのせて</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-048.jpg" alt="" class="wp-image-54748" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-048.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-048-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-048-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>しんざと果樹園で収穫されるパイナップルは、年間およそ9,000個。一般的なパイナップルが4年で2回収穫できるのに対し、ゴールドバレルは3年でようやく1回。収量が限られるうえ病気にも弱く、栽培の難しい品種にも関わらず、土づくりにこだわり、木上で熟すのを待ち一番美味しいタイミングで摘み取るなどの手間も惜しまない。</p>



<p>とはいえ、この丁寧な仕事が芯までやわらかく芳醇に香るゴールドバレルを生み出しているのだが、「お義父さんは日々研究して、80歳を過ぎてもどんどん新しいことを取り入れている。僕なんか若いのに、まだまだ負けてる」と、謙虚な善幸さん。</p>



<p>玉城さんから技術と知識を吸収しながら、生育が難しく収量も安定しにくいゴールドバレルの作付けを少しずつ広げ、いずれは安定して12,000〜13,000個を収穫できるようにしたいと生産拡大に意欲を燃やす。</p>



<p>一方、貴恵さんが見据えるのは出荷の仕組みづくりだ。木上で熟させたゴールドバレルは、収穫後の賞味がわずか3日。1個ずつ布で磨き、箱に手作業で詰めていく作業は、収穫量の多い時期には22時間に及ぶこともあるが、機械やシステムの導入など新しい仕組みを取り入れることで、この作業を効率化させ、より一層パイナップルの生育に手間をかけたいと考えている。</p>



<p>ふたりは現在、収穫したパイナップルを地域の小学校や児童養護施設へ定期的に寄贈している。これは「自分たちが小さい頃は、パイナップルは少し酸っぱくて当たり前だと思っていた。ところが、品種や育て方でこんなにも甘くなる。子どもたちにパイナップルは甘くて美味しいものだと知ってもらい、パイナップルに対する“当たり前”を変えていきたい」という想いから。</p>



<p>玉城さんが11本のか細い苗から黄金色の果実を育てあげたように、その想いと技術は、いま確かに次の世代へと受け継がれている。東村の赤土に根を張ったゴールドバレルは、ふたりの夢をのせて、これからも甘く実っていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54735/">ゴールドバレルの頂点を目指す「しんざと果樹園」2代目の挑戦／沖縄県国頭郡東村</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>間口を拡げて梨の魅力を多くの人に伝えたい。「芳香園」中間朋海さん／大分県日田市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 24 Jun 2026 10:32:16 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[日田の梨]]></category>
		<category><![CDATA[梨酢]]></category>
		<category><![CDATA[晩三吉]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8479.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県日田市の山あいで、70年にわたり梨づくりを続ける「芳香園」。3代目の中間朋海（なかまともみ）さんが守り続けるのは、この土地の力が育む甘くみずみずしい梨と、「美味しいものをお客さんにも食べてもらいたい」というぶれない [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8479.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県日田市の山あいで、70年にわたり梨づくりを続ける「芳香園」。3代目の中間朋海（なかまともみ）さんが守り続けるのは、この土地の力が育む甘くみずみずしい梨と、「美味しいものをお客さんにも食べてもらいたい」というぶれない一念だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「四季を通して日田の梨」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1426.jpg" alt="" class="wp-image-54698" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1426.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1426-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1426-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大分県の北西部、福岡や熊本と接する九州の内陸に、日田という町がある。山々に抱かれた盆地の奥に広がるこの地は、古くから豊かな水に恵まれ、筑後川の源流域に近いことから「水郷」とも呼ばれてきた。江戸時代には幕府の直轄地として栄え、今もその面影を残す古い町並みや温泉が訪れる人を迎える。そんな自然豊かな日田で、人気の産品がある。梨だ。</p>



<p>「芳香園」の中間朋海さんは、この地で梨づくりに心血を注ぐ3代目だ。「自分が食べておいしいものをお客さんにも食べてもらいたい」という一念で続けてきた梨づくりは、多くのリピーターを生み出し、毎年「今年はまだ？」という問い合わせが届くほどの支持を集めている。</p>



<p>芳香園が梨の栽培を始めたのは今から約70年前の、中間さんの祖父の代のことだ。そして中間さん自身が実家の農園に就農したのは大学を出てすぐのタイミングだった。「跡を継ぐものだと思っていた」という理由からだという。若くして家業に関わり始めた中間さんが今も変わらず向き合い続けているのが、この土地ならではの梨づくりだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">様々な自然条件が梨づくりに適した土地</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8488.jpg" alt="" class="wp-image-54699" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8488.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8488-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8488-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>梨の産地というと、鳥取県や千葉県が真っ先に思い浮かぶ。都道府県別の生産量でいえば、大分県は10位前後にとどまる。しかし日田市では、7月末から12月頃まで出荷できるさまざまな品種が栽培されており、その豊かなラインナップを、地元のJA梨部会は「四季を通して日田の梨」というキャッチフレーズで表現している。</p>



<p>ではなぜ日田市では、良質な梨の栽培が可能なのか。中間さんに聞くと、「それは土地の力」という答えが返ってきた。</p>



<p>盆地である日田市は朝晩の気温差が大きく、夏場は12〜13度に達することもある。夜間の気温が低ければ低いほど、日中に育まれた糖分を果実の中に蓄えておける。これが、寒暖差の大きな土地は果物の生産に向いているといわれる所以だ。さらに水。水質も水量も豊かな日田市は「水が磨く郷」とも称されるほどで、梨の生育にとって申し分のない恵みをもたらす。そして、土。砂地ではなく赤土であるこの地には肥料を蓄える力があり、豊かな実りの土台となっている。寒暖差、水、土。</p>



<p>三つの力が重なり合うことで、日田の梨は生まれている。</p>



<p>芳香園では現在、出荷用として主に6品種を栽培している。幸水に始まり、豊水、新高、あきづき、愛宕、晩三吉（おくさんきち）と続く。特に晩生（おくて）の晩三吉は、かつては日本各地で栽培されていたが、育てるのに手間がかかるため生産者が激減した結果、現在では梨全体の1％未満程度しか生産されておらず、そのほとんどが大分県で生産されたものだそうだ。適度な酸味を内包する晩三吉に対し、最近は酸味の少ない甘い品種が消費者に好まれる傾向があり、品種選びにも時代の変化が反映されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">梨の木が何を欲しがっているか、見極めながら</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1473.jpg" alt="" class="wp-image-54700" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1473.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1473-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1473-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「木を見て、水を欲しがっているのか、それとも人間でいうサプリメントのような栄養を欲しがっているのか。そういったところを見極めながら、何をするかを考えています」と中間さんは話す。</p>



<p>梨の苗木は植えて3年目頃から少しずつ実をつけ始める。花が咲くのは桜と同じ頃で、1つの場所から7〜8輪が開く様子は、桜の咲き方にも似ている。収穫のピークは樹齢およそ20年で、その後はゆるやかに下降していくものの、樹齢100年を超えてもなお実をつける木もあるという。果実をしっかりと大きくし、光合成で育んだ糖分を甘みへと変えるには、常に畑と木を見守りながら、細やかな配慮を重ねていくほかない。その手間ひまの積み重ねが、甘い梨を実らせる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">重要なのは土づくり</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1476.jpg" alt="" class="wp-image-54701" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1476.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1476-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1476-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>芳香園では、牛糞やノコくずを混ぜた堆肥や魚粉、菜種油粕などの有機質肥料を使っている。 使い続けることで土が柔らかくなり、排水性が上がり、微生物が元気に育つ。鶏糞堆肥を使うという選択肢もあるが、即効性はあっても長続きしないという特性を鑑み、長期的に土壌へ働きかける牛糞堆肥を選んでいる。</p>



<p>また、畑に生えた草には除草剤を使わず、機械で刈る。これによって土中のミミズが豊かに生き、そのミミズの糞が、微生物の餌となる有機物を供給する。さらにミミズが動き回ることで土の中に空気が通り、微生物による有機物分解が促進される。そうして生きた土、肥えた土が出来上がっていくのだ。</p>



<p>しかし、梨づくりの様々な条件が揃ったこの地でもやはり解決しなければならない課題はあると、中間さんは語る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">梨栽培に立ちはだかる壁</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8457.jpg" alt="" class="wp-image-54702" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8457.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8457-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8457-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>梨づくりで困難を感じている点を聞くと、気候変化、木の病気、そして人手不足という三つの答えが返ってきた。</p>



<p>気候について言えば、最近の春は気温が高く、梨の開花が早まっている。花の時期は最も繊細で、このタイミングで遅霜が発生すると、めしべが黒くなって枯れ、実がつかなくなる恐れがある。暑すぎる夏、長く続く雨、そうかと思えば短期間に大量に降る雨。近年の天候はどんどん読みづらくなっており、木が弱りやすい状況に拍車がかかっている。天気を見ながら栄養を与え、水の管理をしながら臨機応変に対応するが、それでもなかなか難しいと中間さんは打ち明ける。</p>



<p>木の病気もまた、悩みのひとつだ。おいしさを追求して品種改良を重ねた結果、病気に弱い品種が増えている。農業の世界的な潮流として有機栽培への移行も検討したが、梨で試したところ病気が蔓延し、数年にわたって影響が続いた苦い経験がある。安全性を意識しながら農薬を使う、そのバランスの取り方に頭を悩ませているという。</p>



<p>そして人手不足。芳香園も例外ではない。通常、梨の実は地面からおよそ180cmのところにできる。作業中はずっと顔も手も上に向け続けることになり、首や肩、腰への負担は相当なものだ。以前は地元の年配の方や繁忙期に来てくれる専業主婦の方々に頼ることができたが、今はもう頼める人がいなくなってしまったという。現在は地域の人が数名と、繁忙期だけ県外から来てもらうというスタイルで何とかしのいでいる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">作業者の負担を考え、木の仕立て方を変える</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8494.jpg" alt="" class="wp-image-54703" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8494.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8494-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8494-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>未経験者が多い状況のなかで中間さんが変えたのが、木の仕立て方だ。「普通、木は上に伸びていきます。ただ、枝を30度〜40度くらい倒すと、以前より少し低い場所に実がなります。90cmくらいのところに実ができるようになると、未経験の人も作業がしやすいんです」。</p>



<p>誰でも収穫できる栽培方法へと変えていく。コストを抑えながら、将来的には収穫ロボットの導入も視野に入れる。人がいなくても成り立つ道を、中間さんは着実に模索している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">果物の需要が年々減るなかで</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1388.jpg" alt="" class="wp-image-54704" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1388.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1388-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1388-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>人手不足と並んで中間さんが直面しているのが、果物自体の需要減だ。特に梨は、皮をむかなければ食べられないという点がネックになっている。「梨が好き」という声は多くても、それが購入には必ずしもつながらない。特に若い世代は本当に買わないと実感しており、店頭でも通信販売でも、購入者のおよそ7割は50代以上だという。皮ごと食べられて種もないシャインマスカットのような品種が伸びる一方で、食べるためにひと手間かかるものは、嗜好品としての性質も相まって需要が落ちている。中間さんはそう分析する。</p>



<p>その打開策として中間さんが取り組んでいるのが、梨の間口を拡げる試みだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">梨の魅力を伝えるために</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1401.jpg" alt="" class="wp-image-54705" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1401.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1401-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1401-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>芳香園では新鮮な梨の販売に加えて、ジュース、ジャム、ドライフルーツといった加工品も手作りで製造している。量はさほど作れないが、年間を通して梨のおいしさに触れられるとあって人気が高い。「加工品づくりは趣味みたいなもの」と中間さんは笑うが、その言葉の裏には、梨の魅力をより多くの人に届けたいという真剣な思いが宿っている。</p>



<p>なかでも珍しいのが「梨酢」だ。その名の通り、梨を原料とした酢である。「ワインからバルサミコ酢ができるなら、梨からでも作れるんじゃないか」というシンプルな発想から生まれたという。こうした珍しい加工品が評判を呼び、芳香園がメディアに取り上げられる機会も増えた。イベントに出展する際は梨も加工品も両方持っていくが、みずみずしい梨を選ぶ人、加工品に手を伸ばす人と、それぞれの出会い方がある。その光景を見るたびに、少しずつ梨の魅力が広がっていることを実感するのだと中間さんは話す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">梨づくりの未来のために</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8481.jpg" alt="" class="wp-image-54706" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8481.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8481-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8481-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>今は日田に100件ほど梨農家があるものの、その数は年々減り続けている。15年ほど前、市場出荷だけでは生活が成り立たないほどの底値がついた時期を経験した世代が、子どもに継がせなくなっているのも一因だという。中間さん自身には息子がいるが、絶対に継いでほしいとは思っていない。「自分がある程度年を重ねて引退するときに、誰か継ぎたい人がいればその人に」というのが正直な思いだ。だからこそ、人手や経験がなくても生産・収穫ができるよう栽培方法を変えるという試みを、今から地道に続けている。</p>



<p>梨の未来がどうなっていくのか、今の時点では誰にもわからない。それでも中間さんは、将来を見据えながら今日も梨と向き合い続けている。「梨が少なくなると寂しいといった声がある限りは続けますよ。&#8221;美味しい&#8221;と買ってくれるお客さんの期待を裏切ることはできないので、絶対に手は抜きません」。</p>



<p>「四季を通して、日田の梨」。その一角を支えているのが、中間さんのような、梨づくりに思いをそそぐ農家の存在だ。今年も梨を心待ちにしている人のために、中間さんは今日も日田の畑に立っている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54687/">間口を拡げて梨の魅力を多くの人に伝えたい。「芳香園」中間朋海さん／大分県日田市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>家族の想いを未来へつなぐ。「ファームベジコ」より愛を込めて／高知県高知市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 19 Jun 2026 04:39:32 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[冬きゅうり]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[ベジタブル・コミュニケーション＆コラボレーション]]></category>
		<category><![CDATA[きゅうり]]></category>
		<category><![CDATA[野菜ソムリエサミット大賞]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-b131400-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>太平洋の恵みと山河が育む自然豊かな南国の地・高知県。なかでも高知市春野町は太平洋に面した温暖な地域だ。海から吹く風と豊かな日照、そして平野と丘陵が入り混じる地形。こうした土地の恵みを受けながら、ファームべジコは農の未来を [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54642/">家族の想いを未来へつなぐ。「ファームベジコ」より愛を込めて／高知県高知市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-b131400-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>太平洋の恵みと山河が育む自然豊かな南国の地・高知県。なかでも高知市春野町は太平洋に面した温暖な地域だ。海から吹く風と豊かな日照、そして平野と丘陵が入り混じる地形。こうした土地の恵みを受けながら、ファームべジコは農の未来を切り拓いている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">冬にハウスで野菜を育てる、逆転の農業</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-b132415.jpg" alt="" class="wp-image-54649" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-b132415.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-b132415-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-b132415-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>高知県は県土の約9割を山地が占め、四国山地から流れ出る河川は急流となって海へ注ぐ。そのため土砂が広く堆積しにくく、大規模な平野が発達しづらい地形が特長だ。では、この限られた平地をどう生かすのか。その課題に応える形で発展してきたのが、狭い面積でも高収量を得られるハウス園芸だった。夏は山間部で露地栽培、冬は平野部でハウス栽培。季節と地形を巧みに使い分けることで、この土地ならではの農業が形づくられてきた。</p>



<p>長崎朝陽さんがつくるファームべジコのきゅうりは、10月初旬に定植し、11月中旬から6月まで毎日収穫が続く。露地栽培では夏に実る作物を、冬に育てるという逆転の発想だ。寒さに耐えたきゅうりは青臭さが薄れ、甘みが増す。冬のハウスで育つきゅうりには、夏とは異なる静かで力強い味わいが宿っている。</p>



<p>しかし、寒冷地では加温費がかさむため、冬のきゅうり栽培を大規模に広げることは難しい。その点、温暖で日照に恵まれた太平洋側は、冬の実りを育むのにふさわしい土地といえる。なかでも高知県はきゅうりの収穫量が全国上位に位置し、近年は6〜7位前後を推移。重要産地として安定した地位を保っている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">土をつくり、葉を読み、実をまっすぐに育てる</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-081210.jpg" alt="" class="wp-image-54650" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-081210.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-081210-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-081210-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ファームべジコのきゅうりは、夏の3か月間のオフシーズンにすべてが決まる。米農家でもある長崎家では、稲作で出た籾殻や米ぬかを大量に土へ入れ、発酵させる。冬のきゅうりが驚くほど甘いのは、この土づくりに理由がある。ぬか漬けが甘くなるのと同じ理屈で、米ぬかで育った土が甘みを引き出す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ハウスに息づく、緑の生命力</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-081916.jpg" alt="" class="wp-image-54651" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-081916.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-081916-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-081916-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ハウスの中では、一本のきゅうりの株から伸びる“身体”と“手足”のようなつるを見極めながら、葉の枚数を調整し、光合成の量をコントロールする。葉はそれぞれ近くの実を育てる役割を持ち、葉を落としすぎても残しすぎてもいけない。</p>



<p>日本の市場では「まっすぐなきゅうり」が求められる。葉に触れれば曲がり、地面に触れれば黄色くなる。農家は一本一本の成長を見守りながら、時に摘果し、時に手で形を整え、A品へと仕上げていく。A品とは、形・色・大きさが規格どおりで、傷や曲がりが少ない正規品のことだ。もちろん曲がっていても味は変わらない。それでも市場の規格が農家の収入を左右する現実がある。</p>



<p>ハウスの中で、きゅうりのつるは空気を探るように細く伸び、まだ何にも触れていない先端が、そっと宙に揺れている。支えを求めて手を伸ばす前の、ためらいにも似た静かな動き。</p>



<p>そのわずかな気配の中に、これから命がどこへ向かうのかを選び取ろうとする、植物の確かな意志が宿っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">50年続く農園と、家族が残した遺産</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-083848.jpg" alt="" class="wp-image-54652" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-083848.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-083848-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-083848-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ファームべジコの歴史は、50年以上前に遡る。祖母の代からメロンやトマトを育ててきた農家に、旅行会社で働いていた父が養子として入り、畑を受け継いだ。農業は未経験。それでも、職人気質の父は土に向き合い、一つひとつの作業に没頭し、技を磨いていった。</p>



<p>そのそばには、同じ旅行会社に勤めていた母がいた。人と自然に関係を結ぶ力を持つ母は、「ベジタブル・コミュニケーション＆コラボレーション」という理念を掲げ、ファームべジコというブランドを立ち上げた。シェフとの対話を大切にし、きゅうりだけでなくハーブや多様な野菜を育て、料理人の声に応え続けた。さらに東京のスーパーへ自ら足を運び、品評会にも積極的に挑むことで、一般の生活者へも、ファームべジコの名を静かに、そして確かに広げていった。</p>



<p>両親が築いた農園を守り、次の世代へつなぐために、長崎さんは東京でのサラリーマン生活を経て、自ら畑に立つ道を選んだ。しかし 2025年5月、母は病でこの世を去った。長崎さんが農園に戻って4年目のことだった。直接教わった時間は長くはない。それでも、母の背中から受け取った“人の喜ぶ顔をつくる農業”という精神は、今も変わらず、この農園の中心に息づいている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">市場と直販の狭間で揺れる、農家の現実</h3>



<p>現在、ファームべジコの出荷は市場が7割、直販が3割。JA出荷はやめた。JA出荷は手数料が高く、農家の手取りは半減することもある。価格決定もJA主導で、売り先を主体的に選びにくい。一方で、集荷・選別・販売を任せられ、販路が安定する利点は大きい。</p>



<p>市場出荷は手数料が1割程度と低く、手取りが増えるのが魅力だ。ただし、仕分け・箱詰め・出荷作業をすべて自分で担う必要があり、品質の安定や信頼づくりも農家の責任となる。それでも、自らが育てるきゅうりへの愛情と誇りが、個のブランドを育てる道を選ばせた。</p>



<p>きゅうりの単価は相場で決まり、農家が値段を決めることはできない。A品でも1本30円ほど。規格外は1キロ50円という厳しい世界だ。ハウスの建て替えには3千万〜4千万円。修理だけでも毎年、百万単位の費用がかかる。若い農家が増えない理由がここにある。</p>



<p>それでも長崎さんは「農業は楽しい」と言う。</p>



<p>「親元就農で基盤があったことは幸運でした。けれど、何もない状態から始めるにはハードルが高い。国が使われていないハウスを若者に貸し出す仕組みがあれば、農業人口は増えるはずです」と語る。</p>



<p>直販を増やし、適正価格で買ってくれるシェフやスーパーとつながること。それが小規模農家が生き残る道だ。実際、2013年に野菜ソムリエサミットにて大賞を受賞して以降、ファームベジコの知名度は向上し、東京のレストランや外資系ホテルのシェフたちは、同園のきゅうりを求めて高知を訪れるようになった。なかには花のついた極小サイズのきゅうりを欲しがる海外シェフもいる。そんな料理人の感性が、農家に新しい視点をもたらしている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">これからも守りたい“味”。若き農家の想い</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="547" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-081342.jpg" alt="" class="wp-image-54653" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-081342.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-081342-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/25nagasaki-081342-768x509.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ファームべジコのきゅうりをかじると、収穫直後から水分があふれ、みずみずしさが口いっぱいに広がる。しかも、そのみずみずしさは数日経っても失われにくい。冬にゆっくり育つことで細胞が締まり、水分を抱えたまま保つ力が強まるのだ。<br>さらに冬の寒さに耐えた実は青臭さが少なく、驚くほど甘い。</p>



<p>長崎さんは言う。「父がいなくなっても、味が変わったと言われるのが一番嫌なんです」。ハウスを増やすつもりはない。規模を追わず、味を守る。そして、自分たちの作物を正当に評価し、適正価格で買ってくれる人たちとつながる。それがファームべジコのこれからの形だ。</p>



<p>高知の冬に育つ一本のきゅうり。その背景には、家族の歴史、土地の気候、土の記憶、そして人と人のつながりがある。静かなハウスの中で、今日もまた、まっすぐに伸びようとする小さなつるが、支えを探して手を伸ばしている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54642/">家族の想いを未来へつなぐ。「ファームベジコ」より愛を込めて／高知県高知市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>人と環境にやさしい農法で、旬のおいしい野菜を追求する「ニッケイファーム」大竹英世さん／福島県郡山市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 19 Jun 2026 04:26:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[ピュアホワイト]]></category>
		<category><![CDATA[直売]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[トウモロコシ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/XXXX0469.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「虫も出ない畑を子どもたちには見せたくないから、農薬は使いません」ときっぱり話すのは、「ニッケイファーム」代表の大竹秀世さん。農業を志して17年あまり。農薬を一切使用せず、有機肥料での野菜作りにこだわり、今では年間100 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54628/">人と環境にやさしい農法で、旬のおいしい野菜を追求する「ニッケイファーム」大竹英世さん／福島県郡山市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/XXXX0469.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「虫も出ない畑を子どもたちには見せたくないから、農薬は使いません」ときっぱり話すのは、「ニッケイファーム」代表の大竹秀世さん。農業を志して17年あまり。農薬を一切使用せず、有機肥料での野菜作りにこだわり、今では年間100種類もの野菜を栽培する、福島県郡山市の農業の未来を担う1人だ。2024年の「野菜ソムリエサミット」で最高金賞を受賞した「レジェンドほうれん草」でも知られ、全国からも注目される存在に。農業に従事しながら自社直売所での販売を担当する奥様の志保さんやスタッフとともに、人を喜ばせる野菜作りを追求している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">美容師から農業へ転身。人を喜ばせる意味では同じだった</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/XXXX0444.jpg" alt="" class="wp-image-54636" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/XXXX0444.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/XXXX0444-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/XXXX0444-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>実は大竹さんは、高校卒業後に最初についた職業は美容師だったそう。「高校時代、ある美容師さんに自分の髪の悩みを解決してもらえた時、自然に『ありがとうございます』という言葉が出たんです。自分もいつか美容師として人を喜ばせたいと思い、弟子入りしました」。</p>



<p>当時から、大竹家では畑を所有して野菜を育てていたが、農業に携わっていたお母様が病気のために畑に出られなくなったことで、農業に携わることに。美容師の道に進めたことへの感謝の思いもあり、その後、悩みながらも美容師から転身し、農業の道を志すことになった。</p>



<p>「まさか美容師をやめて農業の道に進むとは思ってなかったので自分でも驚いています。当初はやりたくなくて、泥まみれになるのはかっこ悪いと思っていました。でも、うちの野菜を食べた方からの『おいしかった。ありがとう』の一言に、美容師でも農業でも人を喜ばせる意味では同じだと気付きました。農業で人を幸せにしたいという気持ちが芽生えました」と笑顔で振り返る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">土の中にいる生き物こそ、農業に欠かせない大切な仲間</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/XXXX0613.jpg" alt="" class="wp-image-54637" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/XXXX0613.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/XXXX0613-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/XXXX0613-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>周囲からは「無農薬は難しい」と言われて悔しかった大竹さんは、まず初めにトウモロコシを1,000本植えて始まった。しかし、ハクビシンやカラス、虫の被害にあってしまいトウモロコシは全滅。その経験からハクビシン除けに電柵を張るなど工夫し、少しずつ成功率を上がっていったそう。「微生物を育てながら栽培していくと、連作（同じ場所で同じ作物を何度も繰り返し栽培すること）によって起こる野菜の病原菌感染や育ちが悪くなるなどの障害も出ないようです」と独自の有機農法に自信を持つ。</p>



<p>就農して約17年。勉強熱心で追求する性格の大竹さんは多種多彩な野菜作りに挑戦してきた。とにかく農業を知ることから始まり、先輩農家の話を聞いたり、指導を受けるなど様々な経験を積んで、失敗を重ねながら独自のスタイルを築いてきた。</p>



<p>野菜作りにおいて大竹さんが大切にしているのは、農薬を使わずに昔ながらの農業を残していくこと。ただし、決して農薬否定派ではない。その思いの背景にはご自身の幼少時代の楽しかった経験が影響していると言う。</p>



<p>「昔から虫が大好きで、カブトムシやトンボを採ったりしていました。田んぼにはカエル、畑には虫がいるのが当たり前でしたが、農薬を使い出したせいか、いつの間にか消えてしまいました。農業の実体験を通して学びましたが、野菜を育てているのは土であって、土作りのやり方を変えることで、土壌の微生物たちも変化し、健康な土になる。健康な土になれば、自然と虫も増えるんです。だから、むしろ虫たちから野菜の生育のヒントをもらいます。虫たちがいる畑は子どもたちにも誇れますから」と楽しそうに笑う。虫たちにとって畑はレストランみたいなものだと言う。人間が身勝手に殺虫するのではなく、土質をあまりいじらず、緑肥という形で少しずつ微生物を増やしている。「虫がいる土を使って野菜作りをさせていただいている」という考えで今のスタイルを築き上げた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">震災後の苦しい状況を乗り越え、熱い思いで農業を守る</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/XXXX0496.jpg" alt="" class="wp-image-54638" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/XXXX0496.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/XXXX0496-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/XXXX0496-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大竹さんは農業について勉強する中で、出荷についてもこだわりを追求してきた。無農薬野菜や多品種の希少な野菜を必要とする方に届けるための手段を検討した結果、市場やJAなどへの出荷ではなく、契約する販売店や飲食店へ直接販売する独自の農業を貫きながら、自社直売所でも旬の野菜を販売する。</p>



<p>順調に農業の道を歩んできたように思えるニッケイファームだが、17年の間には東日本大震災後の風評被害やコロナ禍を経験し、作った野菜を捨てなければならないような苦しい状況を何度も乗り越えてきた。</p>



<p>「震災前の売り上げは飲食店を専門とする仲介業者を通して東京の飲食店などに出す分が約8割、地元が2割ぐらいの比率だったので震災と原発事故の風評被害で8割分がごっそりなくなってしまいました」と振り返る。福島県民にも地元野菜が避けられたため、「当時のことを思い出すと、今でも涙がこらえられなくなります」と話す奥様の志保さん。しばらくは作っては捨てるという毎日を過ごし、心身ともにダメージが大きかった。赤字が続き、会社としては全く成立していなかったが、地元のレストランが立ち上がったことで支えられ、復興に向けて少しずつ歩んできたと言う。</p>



<p>「10年ぐらいは本当に苦しくて大変でした。しかし、震災後に農業をあきらめざるを得なかった方も多い中で、僕らは福島県、そして郡山の農業を未来へ繋いでいかなければならないと決意しました」と故郷への思いを語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">自社直売所では、有機肥料で育てた新鮮な旬の野菜を販売</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/XXXX0592.jpg" alt="" class="wp-image-54639" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/XXXX0592.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/XXXX0592-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/XXXX0592-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>郡山市大槻町の住宅街に静かに佇むニッケイファームの直売所では、自社の野菜を中心に、おいしい野菜を作っている生産者の野菜も多数取り扱う。小さな店舗にはカラフルな野菜や、他店では目にすることがあまりない希少な品種が並び、訪れる人を笑顔にする。農薬を使わず、有機肥料で栽培した野菜は自然の恵みをたっぷり吸収し、味も香りも濃厚。夏の時期は枝豆、ズッキーニ、インゲンなどに加え、カラフルなミニトマトやビーツ、京まんじゅう（ナス）などが登場。コロンとした形が愛らしいサラダカボチャや朝採りのトウモロコシは生でも食べられるほど新鮮だ。</p>



<p>「口頭にはなりますが、お客様には販売する野菜を使って楽しめる料理のレシピを数種類ご紹介しています。直接話せるのは楽しいし、野菜の魅力を伝えることができるのはうれしいです」と微笑むのは、直売所を切り盛りする志保さん。また、市内のレストランでニッケイファームの野菜を使用した料理を食べ、自分でも調理してみたいと来店する人も多いそう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">まるでフルーツのような甘さ。生でも食べられるトウモロコシ</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/image-7-1024x683.jpeg" alt="" class="wp-image-54632" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/image-7-1024x683.jpeg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/image-7-300x200.jpeg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/image-7-768x513.jpeg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/image-7.jpeg 1299w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>年間100種類もの品種を栽培するニッケイファームは少量多品種をベースとしているが、その中でも主力のトウモロコシは26,000本もの量を出荷している。旬を迎える夏の3か月間は毎日午前3時頃に収穫し、もぎたての新鮮な状態で出荷する。それは、トウモロコシは夜中にデンプン（糖分）を蓄え、朝が一番甘みのある状態だからだ。また、早朝に収穫したトウモロコシは水分量が多いため鮮度を保ちやすくなり、昼間の暑さによる品質の劣化を防ぐのにも役立つという。</p>



<p>ニッケイファームでは、トウモロコシは通常より10日ほど長く育てるため、甘みが凝縮し味が濃くなるそう。白いトウモロコシ「ピュアホワイト」の糖度は22.5度、黄色いトウモロコシは21.5度と高水準を維持している。</p>



<p>「トウモロコシの頭の部分を触って実がしっかりしていて、お尻を触って確認し、ひげ部分の乾燥具合や色で判断をして収穫します」とピュアホワイトを手にする大竹さん。トウモロコシの害虫として知られるアワノメイガを防ぐために茎を切ったり、葉の数を減らすなど工夫することで害虫被害は劇的に減ったと言う。</p>



<p>「白いトウモロコシは生食がおすすめです。ジューシーで新鮮な甘みを感じることができます。黄色は少し火入れをしたほうが甘みが増します」と教えてくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">野菜の味でたくさんの人を感動させたい</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/image-8-1024x683.jpeg" alt="" class="wp-image-54634" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/image-8-1024x683.jpeg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/image-8-300x200.jpeg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/image-8-768x512.jpeg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/image-8.jpeg 1300w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>「夢はまだまだたくさんあります」と笑う大竹さん。そのひとつが自分の農業のスタイルになっている、野菜の味でたくさんの人を感動させること。</p>



<p>野菜を食べることや食べさせることを親子で義務のように感じるのではなく、子どもがお菓子を買うように、「あそこの野菜がおいしい」「あのトウモロコシが食べたいから買ってほしい」と思われるような存在になりたいと願う。</p>



<p>「子どもの頃の農業体験を通して面白さやメッセージを届けることができれば、畑は子々孫々まで野菜を作り続けられる場所であり続けることができると信じています。また畑に遊びに行ってみたいと思われることが幸せです」。</p>



<p>また、消費者にとって野菜が安いのは当たり前という現状は決して農家が望んでいることではないため、「農家が抱える状況を理解して意識を変えてもらうことも大事なこと」と言う。</p>



<p>「様々な困難を乗り越えてきましたが、今となっては農業をやってよかったと思えます。誰かのためにできることなら僕は頑張れます」と話す大竹さん。隣で志保さんも大きくうなずく。これからも「おいしかった！」という笑顔を見るために、日々やりがいを感じながら独自のスタイルで農業の道を突き進んでいく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54628/">人と環境にやさしい農法で、旬のおいしい野菜を追求する「ニッケイファーム」大竹英世さん／福島県郡山市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>農家の未来を見据え、儲かる農業を目指す「黄金崎農場」／青森県弘前市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 07 May 2026 10:01:38 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[新着記事]]></category>
		<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[キャベツ]]></category>
		<category><![CDATA[JGAP認証]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_66.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国でもトップクラスの広大な土地で葉物野菜や加工用じゃがいも、種芋など30品種以上の野菜を生産する「黄金崎農場（こがねざきのうじょう）」。取引先には大企業も名を連ね、2025年には、キャベツが青森県初のJGAP認証を取得 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_66.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国でもトップクラスの広大な土地で葉物野菜や加工用じゃがいも、種芋など30品種以上の野菜を生産する「黄金崎農場（こがねざきのうじょう）」。取引先には大企業も名を連ね、2025年には、キャベツが青森県初のJGAP認証を取得。地元産野菜の底力を見せ、未来の農家を支える取り組みを続ける。</p>



<h2 class="wp-block-heading">広大な土地と利便性を生かした青森らしい農業</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_27.jpg" alt="" class="wp-image-54454" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_27.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_27-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_27-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>500ha（東京ドーム100個分）の土地に、じゃがいも、キャベツ、大根などのほか30品種以上の種芋を全国へ届けている「黄金崎農場」。取引先は北海道から沖縄までと広く、カルビーポテトや湖池屋など大手企業の名も並び、青森の土地環境を生かした農業を続けている。</p>



<p>規模の大きさや品質以外に、青森ならではの利点があるという。そこに着目したのが、創業者の佐々木君夫さんら4人の農家だった。彼らは、北海道に似た気候と土地の利便性を生かし、持続可能な農業経営を目指したという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農家でもサラリーマン並の給料を</h3>



<p>佐々木さんが同社を設立したのは、1976年。20代の頃だった。天候や野菜の価格の不安定さを危惧し、「サラリーマンのような安定した収入のある農業はできないか」と仲間4人で話し合い、法人組織を発足。これにより、規模の拡大やコストダウンも期待でき、利益が出れば給料になると考えたのだ。</p>



<p>当初から取り入れたのが、土地利用型農業だ。土地利用型農業とは、広大な土地を利用し、大型機械やスマート農業を導入して作業の効率化や、同じ作物を同じ畑で栽培し続けることで土壌環境が変化して生育が悪くなってしまう連作障害の軽減も期待できる農法で、北海道型の大規模農園を目標とした。北海道のような規模を想定したのは、ひとつは気候が似ていることにある。じゃがいもなどは冷涼な地域が適地の品種が多く、青森の昼夜の寒暖差も高品質なじゃがいも生産に向いているという。</p>



<p>さらに、青森の最大の強みは陸路での流通が可能という点だ。特に葉物野菜は一日でも早く届けることが重要となるため、北海道に比べると関東圏の取引先などは有利といえる。気候と流通の強みを生かし、青森ならではの大規模農園を定着させようと考えたのだ。</p>



<p>佐々木さん達は若者らしい行動力の早さで土地を見つけ、さっそく企業法人経営をスタートさせた。見つけた土地は、西海岸に面した深浦町の「黄金崎」岬の丘陵地で、朝から晩まで開墾をしながら資金繰りを猛勉強する日々だったという。農家の給与面の不安定さは今も昔も課題となっているが、そこを解決することで次世代の若手育成も視野に入れながら、突き進んでいったという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「儲ける農業」から「損をしない農業」へ</h3>



<p>土地を開墾し、じゃがいもやにんじん、メロンにスイカなどさまざまな品種の野菜を作り、市場へ持ち込んだのだが、期待通りの収入にはつながらなかった。そこに冷害などが重なり、生活もままならない状況が続き岐路に立たされた佐々木さんらは、市場への出荷をストップさせる道を選んだ。相場に左右されるよりも、自らが売価を設定して売り込もうと考えたのだ。創業から6年ほど経った頃だった。</p>



<p>営業先は、東京の商社。営業経験はなかったが、良い農産物を大量に安定して仕入れたいという先方の要求と、佐々木さん達の農業形態がうまく合い、交渉は順調に進んだ。「儲け一辺倒」から価格の安定した「損をしない経営」、「作る農業」から「売る農業」へと方向性を変えていったという。</p>



<p>じゃがいもや大根などを中心に契約栽培をし、売上も徐々に伸びていった。利益が出たことで経営面積も増え、黄金崎に250ha、弘前市の岩木山麓に250haという広大な農園に成長していったのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本でも有数な高品質の種芋</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_05.jpg" alt="" class="wp-image-54455" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_05.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_05-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_05-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>取引先を増やすと同時に行ったのが、高品質な種芋（たねいも）の生産。種芋とはじゃがいもなどの繁殖用として植える芋のことで、当初は加工用のじゃがいもを生産していたのだが、使用した種芋の状態が悪く、納得のいく出来にならなかったそう。それならば自分達で種芋から作ろうと考えたのが始まりだという。高品質なじゃがいも栽培には、種芋の品質も重要になってくる。</p>



<p>しかし、「じゃがいも栽培以上に、種芋栽培は難しい」と言われるほどで、病害管理が非常に厳しくウイルスや細菌に感染させないことが絶対条件となる。また、冷涼で災害発生が少ない立地であることや、異なる品種が混同しないよう距離をあけるなど、品質管理の徹底が必要なのだ。難しい分野への挑戦ではあるが、国産じゃがいもの品質を守りたいと、試行錯誤を繰り返した。</p>



<p>その中でも同社の強みとなったのが、広大な土地だ。異なる品種の種芋を植えても混同するリスクが少なく、連作障害も防げる。</p>



<p>その努力が徐々に実を結び、今では全国のじゃがいも農家へ黄金崎農場の種芋を届けるほどになった。特に多品種の種芋を栽培している農場は数少ないため、日本のじゃがいも生産を支えているといっても過言ではないのかもしれない。</p>



<p>「今では黄金崎農場といったら芋という方もいるほど定着しています。ただ、品種の特性を把握したり、風乾及び冷蔵保存できる施設が必要にもなります」と話すのは現代表取締役社長の東正浩さん。企業の担当者と連携してアドバイスをもらうなど、安定供給できる仕組みづくりを続けているそうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">次世代へとつなぐ想い</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_10.jpg" alt="" class="wp-image-54456" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_10.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_10-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_10-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「昨年、加工用のキャベツがJGAPを取得しました。これは、企業や消費者の方の信頼にもつながると思っています」と話すのは、専務取締役の大倉和則さん。JGAPとは「Japan Good Agricultural Practice（日本の良い農業の取り組み）」の頭文字を取った日本発の農業生産工程管理の認証制度で、農業におけるリスク（農薬管理、異物混入、労働災害など）を減らし、安心・安全な農産物を安定的に生産するための基準だ。</p>



<p>主にカット野菜用で出荷しているキャベツは「おきな」という品種で、スーパーなどでよく見かける千切りキャベツなどにも使用されている。コールスローなどみじん切りに近い状態でもボリュームが出る固めの葉で、パリッとしていて歯ごたえがある。全国的に展開しているチェーン店の餃子にも使用されているそうだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_78.jpg" alt="" class="wp-image-54457" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_78.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_78-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/koganezaki_78-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「土づくりが重要になりますが、広さもあって時間もかかります。18ha／枚くらいある大きな畑だとトラクターで何周もしないといけないので、そこをAIなどで自動化できないかと考えています」と大倉さん。コスト面の問題もあるが、規模が大きいからこそドローン（令和8年5月7日納品）や機械の導入などは積極的に取り入れ、時代に合わせた仕組みづくりをし、環境整備を考えていきたいと話す。</p>



<p>また、広大な土地だからこそ、さまざまな品種にチャレンジできるメリットもある。昨年挑戦した玉ねぎは納得のいく出来にはならなかったが、大倉さんは「原因は必ずあるので、解決できればうまくいくと思っています。いつか産地になるかもしれません」と、意欲的だ。失敗を恐れるのではなく、そこから学んでいく姿勢が黄金崎農場をここまで成長させたのかもしれない。</p>



<h3 class="wp-block-heading">佐々木さんからつなぐ未来の農業</h3>



<p>実は大倉さんは茨城県からの移住者で、佐々木さんの想いに魅せられ入社を決意したという。「以前は30年ほど営業職をしていました。でも、佐々木さんの人柄と想いに惹かれてここに来たんです」。</p>



<p>長年農家の未来を願い、つなげようと奮闘した佐々木さんの姿は、さまざまな人の気持ちを動かしたようだ。大倉さんが勤めて間もなく亡くなったそうだが、次世代へとバトンをつないでほしいと、その想いごと託されたのだという。</p>



<p>「人手不足や高齢化など、農業の課題はまだまだあるかもしれません。それでも、国産野菜の重要性、日本の食を支える手助けをするため、地域農業の発展に貢献していきたいですね」。</p>



<p>佐々木さんが思い描いた農家の夢は、今の世代へとしっかり受け継がれている。日本の食を支える人達が、これからも継続し続けられる仕組みづくりは、今後さらに広がりをみせてくれそうだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54448/">農家の未来を見据え、儲かる農業を目指す「黄金崎農場」／青森県弘前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>青森のりんご農家を支える「地方独立行政法人青森県産業技術センターりんご研究所」／青森県黒石市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 20 Apr 2026 11:55:38 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[りんご]]></category>
		<category><![CDATA[りんご生産量]]></category>
		<category><![CDATA[ふじ]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/DSC_0205.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国でのりんご生産量が約60％を占めており、日本一のりんご王国と言われている青森県。県内では、甘さと酸味のバランスが良い「ふじ」や、果汁が多く柔らかい「つがる」などをメインに約50種類が栽培されている。りんごの収穫量を維 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54394/">青森のりんご農家を支える「地方独立行政法人青森県産業技術センターりんご研究所」／青森県黒石市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/DSC_0205.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国でのりんご生産量が約60％を占めており、日本一のりんご王国と言われている青森県。県内では、甘さと酸味のバランスが良い「ふじ」や、果汁が多く柔らかい「つがる」などをメインに約50種類が栽培されている。りんごの収穫量を維持していくためには、病害虫対策や品種改良が不可欠となる。その研究を行うのが青森県黒石市にある「地方独立行政法人青森県産業技術センターりんご研究所」（以下、青森県産業技術センターりんご研究所）。同施設は、今や青森県のりんご農家にとってなくてはならない施設となっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">県内りんごの品質を支え、守り続ける施設</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0123.jpg" alt="" class="wp-image-54401" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0123.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0123-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0123-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>りんごの原産地は中国の天山山脈からロシアのコーカサス地方にかけてといわれている。そのりんごがギリシャやローマ、ヨーロッパ、やがてアメリカへと広がっていった。その頃、日本では明治政府が外国から様々な果樹の苗木を取り寄せ全国に配布。当時、りんごは主にアメリカやフランス、イギリスなどから輸入されており、本県に配布されたのが生食に向いたアメリカ産りんごの苗木だった。このことがきっかけとなり、青森県で、生食用りんごを主とした栽培が始まったのだ。特に県の西部に位置する黒石市や弘前市などの津軽地方は、冷涼な気候と、昼夜の寒暖差があることで糖度が高まるため、りんご栽培には適した地域となっている。</p>



<p>しかし、明治30年代から栽培が進むにつれて病害や害虫により、収穫が困難となり廃園する農家も増えてきた。そこで、病害虫の対策がしっかりと出来るように、昭和6年「西洋から渡来したりんご」という意味の「苹果（へいか）試験場」を設立。平成21年に「青森県産業技術センターりんご研究所」と名前を変え、病害虫の対策の他、新品種の開発なども行っている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">毎年一定量の収穫が出来るように、研究結果を農家と共有  </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0329.jpg" alt="" class="wp-image-54402" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0329.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0329-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0329-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>青森県産業技術センターりんご研究所は、青森県黒石市の自然豊かな環境にあり、敷地内には24.8ヘクタールの農地も保有している。「ここでは消費者の需要が高く、栽培率も高い『ふじ』『王林』『ジョナゴールド』など多種多様な（実際、数百種類のりんごを栽培しています）りんごを栽培しています。年間を通して木の状態や実の付け方、農薬の散布と虫の発生するタイミングなどの研究を行い、その結果を農家と共有することで、安定した収量を上げられるようにしています」と話すのは、所長の福田典明さん。</p>



<p>気温の変化や降水量、日照期間、積雪量を数値化し、落葉、発芽、発育状況、熟度経過、品質など細かく研究していく。「県内でも気候が違うので、地域ごとに調査しています。地道な作業ですが、とても大事な調査ですね」と話すように、細かいデータがあるからこそ、りんごの栽培方法を的確に農家に伝えることができるのだろう。</p>



<p>りんご栽培は、冬の間に日当たりを考えながら剪定を行い、春に花が咲いたタイミングで花の数を制限する。この作業をすることで、一つひとつに十分な栄養が行き渡るという。そして、秋には実に接している葉を取り、“玉回し”といって実を回転させることでまんべんなく日光を当て全体を均等に赤くする。こういった手入れを丁寧に行う事で毎年同量の収穫が出来るようになっていく。</p>



<h3 class="wp-block-heading">害虫と闘いながら農薬を減らす取り組みも</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0260.jpg" alt="" class="wp-image-54403" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0260.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0260-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0260-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「りんごは病害虫が最大の弱点で無農薬栽培は厳しいと言われています。もちろん減農薬を望む農家もいるためサポートはしていますが、温暖化などの影響でこれまで発生がみられなかった虫や病気も確認されているので、減農薬も簡単ではないですね。」と現状を話す。</p>



<p>葉に寄生して光合成を抑制してしまう「ハダニ」をはじめ、最も厄介なのが果実の中に侵入する「モモシンクイガ」だという。食害されると商品にならなくなってしまうため、農家にとって天敵だ。防除する方法として、農薬や交尾の抑制が主な対処法だが、高齢化や担い手不足により管理されず放置された状態のりんご園が増えていることで、発生源がなくならないことが現在の大きな問題となっていると福田さんは話す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">これまで発生がみられなかった病気にも負けない農薬を研究し続ける</h3>



<p>害虫だけではなく、病気対策の研究も行っている。カビを発生させ亀裂や奇形を引き起こす「黒星病」への対策はもちろん、最近は温暖化の影響で、これまで青森県ではみられなかった、早期落葉や樹勢低下を招く「褐斑病（かっぱんびょう）」、果実を腐らせる病気、「炭疽病（たんそびょう）」や「輪紋病（りんもんびょう）」など暑い地域でしかみられなかった病気も出てきているという。</p>



<p>病気は気候などで変化することもあるため、常に同じ対策では農薬が効かなくなることもある。そのため、発生した病気に対しどんな農薬が効くのか、どの時期に何回散布するのが効果的かなど研究を続けていく必要があり、終わりなき闘いなのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">後継者不足の解消にも力を入れた取り組み</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0251.jpg" alt="" class="wp-image-54404" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0251.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0251-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0251-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「放任園を増やさないために、様々な取り組みもしています」と話すように、りんご研究所では、新規就農者が参入しやすいよう、農薬を散布する時期や病害虫の対策を分かりやすく明記した「りんご病害虫防除暦」を作成。これは、ベテランの農家の方からも好評で、今ではりんご農家には必要不可欠なものになっているという。</p>



<p>また一般の人にりんごをもっと身近に感じてもらい、新規就農のきっかけにもなればと、年1回「りんご研究所参観デー」を開催している。このイベントで地元も果物にも関心を持てるように、農地の一般公開や研究成果の展示、果樹栽培の相談も行っている。「少しでもりんご農家に興味を持ち、自分でもやってみたいという人が増えていけば嬉しいですね」と期待を寄せている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">味や栽培方法などをクリアし、次世代を担う品種改良にも挑戦</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0300.jpg" alt="" class="wp-image-54405" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0300.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0300-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/ringokenkyujo-_N1_0300-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>りんごは多くの品種があり、中でも現在は「ふじ」の売れ行きが最も良く、次いで「つがる」「ジョナゴールド」「王林」の4種類が約8割を占めているという。「この次にヒットするようなりんごを作りたい」という想いで、近年「紅はつみ」という新しい品種が開発された。味が濃くて酸味がある後味が特徴だ。</p>



<p>新しい品種ができるまでには、硬さや酸味のバランス、果汁の多さを総合的に評価しながら新品種の開発を進めていく。何年もの歳月をかけて完成した「紅はつみ」は、これからもっと生産者を増やし、消費拡大を目指して行きたいと福田さんは意気込みを見せる。栽培技術の研究や病害虫の研究、そして農家の指導など、様々なことを行っているりんご研究所。りんごの研究は緻密なものが多く、一年間で出せる成果は限られているという。しかし、その研究結果こそがりんご農家には欠かせない情報であり、次世代に繋げていくものにもなっている。現在、気候変動や病気にも強い新品種の改良が進められているので、今後どんな美味しいりんごが誕生するのか期待が高まっていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54394/">青森のりんご農家を支える「地方独立行政法人青森県産業技術センターりんご研究所」／青森県黒石市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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