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	<title>長崎県 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>長崎県 - NIHONMONO</title>
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		<title>新進気鋭の杜氏が辿り着いたのは原点に立ち戻った酒づくり「森酒造場」/長崎県平戸市</title>
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		<pubDate>Tue, 24 Jan 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06092b-1-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国から注目を集める酒蔵が、長崎県にある。2018年には廃業寸前だった蔵を蘇らせるとともに古典的な酒造りに舵を切り、次々と話題作を生み出し続けているのは、若き杜氏。その手腕と探究心はどのようにして生まれるのか。 業界内で [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06092b-1-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国から注目を集める酒蔵が、長崎県にある。2018年には廃業寸前だった蔵を蘇らせるとともに古典的な酒造りに舵を切り、次々と話題作を生み出し続けているのは、若き杜氏。その手腕と探究心はどのようにして生まれるのか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">業界内でも一目置かれる新進気鋭の杜氏</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="768" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/d5d9e0cd40fb9bde67ca1c9af8b92822-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-34679" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/d5d9e0cd40fb9bde67ca1c9af8b92822-1024x768.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/d5d9e0cd40fb9bde67ca1c9af8b92822-300x225.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/d5d9e0cd40fb9bde67ca1c9af8b92822-768x576.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/d5d9e0cd40fb9bde67ca1c9af8b92822.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p>南北に細長く伸びる平戸島と、その周辺に点在する大小約40の島々から構成された海のまち、<strong>長崎県平戸市</strong>。大航海時代には「フィランド」と呼ばれ、海外と日本を往来する人々の貿易拠点として発展してきた。風情あふれる町屋が並ぶ城下町の風景は今なお残り、かつての賑わいを感じさせてくれる。</p>



<p>そんな町の一角にあるのが、<strong>老舗の酒蔵「森酒造場」</strong>だ。明治28年、「小松屋」の屋号で森幸吉の手により創業され、昭和30年代に法人化し今に至る。現在は4代目の森幸雄さんが当主を務めている。</p>



<p>実はこの酒蔵、5年ほど前までは年間生産量が50石（1石＝約180L）に満たない、<strong>廃業寸前とも言える酒蔵</strong>だった。一般的に、酒蔵を切り盛りするためには最低400石が必要だと言われていることを鑑みると、かなり厳しい状況だったことが伺える。そんな状況を打破したのは、<strong>若き杜氏の5代目・森雄太郎さん</strong>だ。</p>



<p>「<strong>蔵を継ぐのか継がないのか</strong>ーーということは、蔵元に生まれた人なら一度は考えると思うんですね。自分はここで生まれて育ってきた気持ちが強かったから、生きているあいだに蔵がなくなるのを見たくなかった。だから最初は『酒造りがしたい』というよりも『<strong>残したい</strong>』という思いが強かったのかなと思います」と雄太郎さんは振り返る。</p>



<p>蔵を継ぐ決心をした雄太郎さんは、広島の大学で発酵工学を専攻。学部時代から大学院まで、連携先の独立行政法人酒類総合研究所に所属しながら最先端の酒造りを学んだという、酒業界ではちょっと変わった経歴の持ち主だ。しかしその探究心と手腕は業界内ですでに一目置かれる存在で、「<strong>若き天才杜氏</strong>」と呼ばれ注目を集めている。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="720" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06094b-1024x720.jpg" alt="" class="wp-image-34683" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06094b-1024x720.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06094b-300x211.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06094b-768x540.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06094b.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>大学院を修了後、宮城県の酒蔵で3年間に及ぶ修行を終え、雄太郎さんが平戸に帰郷したのは27歳の時。長年の杜氏の不在で、思うような酒造りをできていなかった当時の状況に危機感を抱いた雄太郎さんは、まずは蔵の設備や衛生面を刷新することに力を入れた。</p>



<p>「いいお酒は、酒造りの技術はもちろんですが、それ以上に蔵の環境が生み出すものだと自分は思っているんですね。つまり、<strong>日々の姿勢がお酒に出る</strong>。そういうことを修行先で学びました。ところが平戸に帰ってきたら、道具は錆びつき、壁も天井もカビだらけ。まともにお酒が造れる状況じゃなかった。最初の年はまず、酒造りができるように環境を整えたという感じです」</p>



<p>微生物の力を必要とする酒造りにおいて、衛生的な環境を保つことはとても重要だ。雄太郎さんは、使える道具や機械はすべて磨き上げ、蔵の梁や柱は残して自ら壁を塗り替えたり、コンクリートを打ち直したりと、蔵全体の改修を行った。そうして生まれ変わった酒蔵は、清潔感あふれる製造エリアと、創業時から残る蔵を改築した直売店、さらに蔵内にはクラシックな雰囲気が漂うイベントスペースも併設されている。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06179b-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34684" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06179b-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06179b-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06179b-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06179b.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<h2 class="wp-block-heading">自然に任せた酒造りを極める</h2>



<p>雄太郎さんが蔵に戻ってきた当時は酒造りを指揮する杜氏がいなかったため、「液化仕込み」という簡易的な醸造技術で造った日本酒を島内で販売する程度の規模だったが、製造方法を改めて見直し、純米酒を造るための環境も一から整えた。</p>



<p>昨年からは、江戸時代に確立された<strong>日本古来の酒造り「生酛（きもと）造り</strong>」を導入。一般的な酒造りでは、醪（もろみ）のベースとなる酒母の仕込みに醸造用乳酸を加えるが、生酛造りでは<strong>乳酸菌が自然につくる乳酸</strong>を使う。完成まで40～45日と通常の酒造りの倍以上の時間がかかる上、長期間にわたる温度や湿度変化への対応など繊細な管理工程が欠かせないため、酒造りの効率化が求められてきた近代以降は廃れつつあった手法だ。</p>



<p>一方自然の力で酵母を増やす生酛造りでは、乳酸菌と生存競争をしながら育つことから強くて元気な酵母が育ち、後の発酵がスムーズに行われる。発酵過程で発生する様々な微生物は味わいにも影響し、濃醇で味わい深い酒として、近年日本酒ツウの間では人気が高まりつつある。「ゆっくりと時間をかけて熟成が進むので、芯がしっかりとした酒に仕上がって長期熟成にも向いています。うちの酒は開栓後も味が安定していますし、そこは自信を持っています」と胸を張る。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06188b-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34689" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06188b-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06188b-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06188b-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06188b.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<h3 class="wp-block-heading">櫂入れなし、加水なし、濾過なし</h3>



<p>森酒造場では、<strong>日本酒造りには欠かせないとされている「櫂（かい）入れ」も行っていない</strong>。櫂入れとは長い櫂棒を使って醪（もろみ）のタンクをかき混ぜ、温度や発酵具合の偏りを調整する作業の一つ。一般的な酒造りでは日に2度ほど櫂入れをするが、ここでは<strong>酵母の働きに任せて自然に対流</strong>させている。</p>



<p>さらに<strong>加水もしていない</strong>。世界的に見ても、日本酒は醸造酒の中でもアルコール度数が比較的高いため、多くの酒蔵では加水を行いアルコールのパーセンテージを下げて味わいのバランスを調整するのが一般的だ。また、にごりを取ったり香味を整えるための濾過もしない。「自分にとっては<strong>絞った時の味わいがベスト</strong>だと思っているので、そこから濾過したり加水したりするのは、自分が考える酒質設計の中にはありません」と雄太郎さん。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06392b-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34692" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06392b-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06392b-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06392b-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06392b-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<h2 class="wp-block-heading">平戸のテロワールを全国、そして世界へ</h2>



<p>そんな森酒造場のメインブランドは、<strong>「飛鸞（ひらん）」シリーズ</strong>。「飛鸞」とは、平戸の古い呼び名のこと。土地の風土にこだわり酒造りを続けてきた森酒造場だが、<strong>飲み手にも平戸のテロワール（土地の個性）が伝わるように</strong>との思いが込められている。フルーティーで軽やかな飲み口のものから、深みのある風味にキレ良く爽やかなもの、あっさりとクセがなく食中酒としても申し分のないものまで、その種類も実に様々だ。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06215b-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34695" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06215b-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06215b-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06215b-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06215b.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>原料となる水には、1キロほど離れた場所にある<strong>最教寺のふもとから湧き出る名水</strong>を創業当時から使用。米には、酒造りに適した酒米として知られる山田錦に加えて、<strong>長崎の食用米「にこまる」</strong>を使っている。食事を引き立て、旨味もありながらキレもある、ついつい飲んでしまうお酒になるよう、酸味と程よい苦みが特徴の味わいを目指している。</p>



<p>「長崎には県独自の酒米がないんですが、やっぱり長崎の蔵として特色を出したい。そこで試してみたのが、にこまるです。<strong>穏やかな香りの中ににこまるの旨味が効きつつ、食中酒としても気兼ねなく</strong>飲んで頂けるお酒に仕上がっています。“食べたらニコッと笑顔になるように”というにこまるの名の由来のように、<strong>飲むと自然と笑顔になって頂けるようなお酒</strong>を目指しています」と雄太郎さん。</p>



<p>原料も造り方も無理がなく、自然に寄り添い醸された「飛鸞」は、2021年にフランスで実施された鑑評会「KuraMaster(クラマスター)」で、<strong>最上位のプラチナ賞に次ぐ金賞</strong>を受賞。イギリスの鑑評会でも金賞を受賞するなど、その評価は海外でも高い。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06315b-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34703" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06315b-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06315b-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06315b-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06315b.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<h2 class="wp-block-heading">より削ぎ落とし、自然なものへと近づける</h2>



<p>今後は原料にもさらなるこだわりを求め、<strong>無農薬のお米も取り入れていきたい</strong>と話す雄太郎さん。もともと生酛造りに挑戦したのも、<strong>より自然な製法で、</strong>という一心からだった。</p>



<p>「自分自身肌が弱くて、米作りをするときに農薬で肌が荒れたことがあったんです。できることならば、<strong>人の体の中に入れるものだからこそ、そうした自然由来じゃないものは減らしていきたい</strong>と思ったのが、生酛をやり出したきっかけですね。<strong>合理性による省力化も画期的で、それがあるからこそ今の酒造りの繁栄がある。</strong>その中でも様々な選択肢があるとしたら、自分は<strong>人の都合に寄せていく酒造りじゃなくて、自然の流れに寄り添って造りたい</strong>と思っています」</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="710" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06362b-1-1024x710.jpg" alt="" class="wp-image-34708" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06362b-1-1024x710.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06362b-1-300x208.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06362b-1-768x533.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06362b-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p> </p>



<p>味わいだけを追求するのではなく、<strong>日本酒を取り巻く社会や自然環境、人間と微生物の共存</strong>までを含めて、様々な背景に目を向けながら酒造りを追い求める雄太郎さん。5年前に50石だった生産高は、今年、250石まで伸びた。「最終的には1000石ほどを目指しています。それ以上だと、自分の目が行き届かず手が回らなくなる。まずは<strong>この蔵に合った無理のない規模を目指して</strong>頑張ります」と、どこまでも自然体だ。</p>



<p>目まぐるしく変わる時代の中で失われつつあった“<strong>自然との共存</strong>”を、まさに体現するかのような森酒造場は、ある意味で最先端の酒蔵として目に映る。そしてそれは、これまで培われてきた<strong>酒造りの知恵を断ち切ることなく“継承”</strong>し、<strong>先人と今を生きる我々との間に見えない“絆”</strong>を生じさせてくれるという意味で、まさに、父・幸雄さんが掲げた<strong>「継（つな）ぎ絆（つな）がる酒造り」</strong>という言葉そのものだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06150b-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34711" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06150b-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06150b-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06150b-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC06150b-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34672/">新進気鋭の杜氏が辿り着いたのは原点に立ち戻った酒づくり「森酒造場」/長崎県平戸市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>日本茶全体のわずか0.03％に満たない“釜炒り茶”を自然農で　「上ノ原製茶園」/長崎県佐々町</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/34353/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 05 Jan 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-16.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>長崎県北部。海を見下ろす韮岳（にらだけ）の山頂にある「上ノ原製茶園」の緑茶は、日本茶の中でも極めて希少な“釜炒り”製法で作られる。“蒸し”が主流の茶業界でなぜ“釜炒り”を貫き続けるのか。釜炒り茶の魅力と、お茶づくりに込め [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-16.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>長崎県北部。海を見下ろす韮岳（にらだけ）の山頂にある「<strong>上ノ原製茶園</strong>」の緑茶は、日本茶の中でも極めて希少な“釜炒り”製法で作られる。“蒸し”が主流の茶業界でなぜ“<strong>釜炒り</strong>”を貫き続けるのか。釜炒り茶の魅力と、お茶づくりに込めるその思いに迫った。</p>



<h2 class="wp-block-heading">昔ながらの茶製法「釜炒り茶」</h2>



<p>お茶は大きく、「<strong>発酵茶</strong>」「<strong>半発酵茶</strong>」「<strong>不発酵茶</strong>」の3つに分けられることは、お茶を嗜む人なら耳にしたことがあるかもしれない。お茶でいう発酵とは、酸化酵素の働きで茶葉を酸化させること。しっかりと発酵させた「発酵茶」は紅茶のことを指し、「半発酵茶」はウーロン茶、そして「不発酵茶」が、私たちが日常的に飲んでいる、いわゆる<strong>緑茶</strong>のことだ。</p>



<p>一般的に流通している緑茶は、摘んだ茶葉を蒸して加熱し、酵素を失活させることで発酵を止める製法を用いて作られる。しかしそんな緑茶の中でも、“蒸す”のではなく“炒る”ことによって発酵を止める「<strong>釜炒り茶</strong>」というお茶が存在していることをご存知だろうか。釜で炒ることによって生まれる釜香（かまか）と呼ばれる香りと、透き通った黄金色の水色が特徴だ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/12/kiji1-16.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">釜炒り茶は緑茶の原点</h3>



<p>釜炒りの製法は15世紀頃に中国から九州地方に伝わったとされている。1700年代に<strong>日本独自の蒸し製法である煎茶</strong>が登場すると、その風味はもちろん、製造効率の高さや量産のしやすさなどから釜炒り茶に取って代わり、以降現在に至るまで、日本で生産されている緑茶のほぼ全てが煎茶となった。逆を言えば、煎茶が普及するまで日本の緑茶はすべて釜炒り製法だったというわけだ。今や釜炒り茶は、<strong>緑茶全体の実に0.03％</strong>（全国茶生産団体連合会「令和2年茶種別生産実績」による）に満たない量しか作られていない。そのほとんどは、長崎県、宮崎県、熊本県、佐賀県と、九州地方を中心にごく一部の地域に限られたものとなっている。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji2-16.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">希少な釜炒り茶を作り続けて70年</h2>



<p>滅多にお目にかかることができない釜炒り茶だが、そんな希少なお茶を現在も作り続けているのが、長崎県にある<strong>上ノ原製茶園</strong>だ。日本本土の最西端にほど近い県北部・<strong>北松浦郡佐々町</strong>（さざちょう）。韮岳の頂上、標高350メートルの高原で、<strong>上ノ原宏二さん</strong>夫妻が営んでいる。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji3-16.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>70年前、この地に茶畑を開墾したのは宏二さんの祖父・上ノ原喜助さん。当時は周りも釜炒り茶ばかりを作っていたが、近代化の波とともに蒸し製機械の導入が全国的に広がり、九州地方の釜炒り茶工場も、瞬く間に煎茶へと移行していった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">意図せず残った釜炒り製法</h3>



<p>1970年代当時、上ノ原製茶園が蒸し製の機械を導入しなかった理由は、なんと「工場を新しくした直後で資金がなかった」こと。「工場や機械を新調したばかりで、またすぐに機械を買い直すことができず、取り残された感じでした」と、宏二さんは苦笑しながら当時を振り返る。この時、蒸し製法を導入“しそびれた”ことが、上ノ原製茶園が図らずも釜炒り茶を貫き続けるひとつの契機となった。  </p>


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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji4-16.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">煎茶とは違う魅力を伝えたい</h3>



<p>とはいえ事実、上ノ原製茶園にある釜炒りの機械は、一般的な蒸し製法の機械と比べると、その処理能力は3分の１程度とかなり低い。「煎茶は製造効率も高いですし、加熱段階で旨味成分が残りやすいので、品質が評価されやすく市場に流通しやすいんですね」と宏二さん。周囲が煎茶の製造にシフトしていく中、一時期は焦りや不安もあったと言うが、「釜炒り茶を作っているところは自分たちを含めてもほとんどいません。だからこそ、その味を自分たちが残していかないと」と、茶作りに励んできた。  </p>


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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji5-16.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>「“旨み”を品質の定義とするのであれば、煎茶が評価されやすいのは間違いないと思うんです。でも食事と合わせるならどのお茶にしようか？となると、旨味が強いお茶よりも、<strong>料理の邪魔をしないすっきりとしたお茶</strong>のほうが好まれやすい。そういう意味で釜炒りはいいですよ。揚げ物なんかにもすごく合います」と宏二さん。実際、中国や台湾では食中茶として日常的に釜炒り茶を飲むのが主流となっている。宏二さんも「煎茶とは一味違う釜炒り茶ならではの魅力を少しでも多くの人に知ってほしい」と、釜炒り茶の可能性を追究しながら研究を重ねる毎日だ。  </p>


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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji6-14.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">リラックス・快眠などに効果をもたらす健康茶も</h2>



<p>そんな釜炒り茶の新たな挑戦として、30年ほど前より「<strong>ギャバロン茶</strong>」の生産を始めた宏二さん。ギャバロン茶とは、1980年代に茶業試験場（現・野菜茶業研究所）の研究中に偶然生まれたという、比較的新しい自然健康茶だ。緑茶の生葉を嫌気処理（酸素のない環境下に置く）することで、葉のなかの酵素が「ギャバ（γアミノ酪酸）」と呼ばれる成分に変化する働きを生かして製造されている。</p>



<p>この「ギャバ」とはアミノ酸の一種で、<strong>リラックス効果をもたらしストレスを軽減</strong>したり、睡眠の質を高めるなどの効果が期待できるとされている。また<strong>動脈硬化を引き起こすコレステロールと中性脂肪の増加を抑制</strong>するなど、近年その注目度はますます高まりを見せている。主要成分の「ギャバ」とウーロン茶の「ロン」をとって命名された「ギャバロン茶」。製法はウーロン茶を作る製法と同じで、半発酵茶に分類される。「成分を損なわずに、かつ釜炒り製法で独特の香りを抑えつつ、飲みやすさを追究しています」と宏二さん。試行錯誤を重ねてギャバロン茶特有の苦みやえぐみをなくし、あっさりとしたウーロン茶のような味わいに仕上げている。  </p>


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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji7-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">体調に合わせたオリジナルブレンド茶も</h3>



<p>そのほか、ギャバロン茶に薬草を合わせて作る「<strong>涸草茶</strong>（こそうちゃ）・天賦のちから」も製造・販売している上ノ原製茶園。ドクダミ、ベニバナ、黒豆、ハトムギ、ビワの葉など、11種類の薬草をブレンドしたお茶を基に、<strong>飲む人の体調に合わせて調合したオリジナルブレンド</strong>にも対応。「お茶は毎日飲むもの。漢方薬のように、基礎体温を上げて免疫力を高めるなど、じんわりと体質改善につながるようなお茶を提供できたらいいですね」と、釜炒り茶の可能性に取り組み続ける。</p>



<h3 class="wp-block-heading">直売店もオープン</h3>



<p>2010年には、「釜炒り茶の文化を守り、その魅力を伝えたい」と、佐々町の中心部に和風喫茶「息福（いっぷく）」をオープン。上ノ原製茶園の釜炒り茶をはじめ様々な商品を購入できるほか、釜炒り茶で作る茶漬けや手作りぜんざいなどを味わいながらくつろぐことができる。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji8-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">無農薬・無化学肥料で自然のままに</h2>



<p>上ノ原製茶園では、「より自然に寄り添ったお茶を」と、育てているお茶のすべてを6年ほど前に<strong>無農薬</strong>に切り替えた。3年前からは<strong>自然農</strong>へとシフトし、農薬だけではなく肥料も使わず、<strong>限りなく自然に近い環境</strong>でお茶を栽培している。手作業で除草こそするが、「とにかく自然に任せて。ある意味作業性はものすごくよくなりましたし、お金もかからなくなりました」と宏二さん。「やり方を変えた頃は収穫が半分になったり、うまくいかないことも多かったんですが、今年に入ってからは畑の生育環境がぐっと良くなって、味も、収穫量も安定してきましたね」  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji9-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">自然に寄り添い、必要なことだけを、無理なく</h2>



<p>「煎茶のほうが需要があるかもしれませんが、だからといって煎茶をたくさん作るよりも、必要としている方に届く分だけ、売れる量だけ、釜炒り茶を作るのが僕のできること」と宏二さん。無理に背伸びをせず、自分の手が届く範囲でお茶を愛でるその姿を見ていると、黄金色に透き通った釜炒り茶の味わいもまた格別なものとなる。</p>



<p>「お茶の木に農薬をあげなくても、肥料をあげなくても、自然のままでもきちんと芽を出し、おいしいお茶ができるんですよ。もともと決して肥沃とはいえないこの土地に祖父が茶の木を植え、父と私に受け継がれて、根付いてきた。そして今、自然の力で、出したい芽を出すようになったんだなと思うと、感慨深いものがあります。釜炒り茶を飲みたいという人がいる限り、この茶の木を絶やさず、お茶を作っていきたいですね」</p>



<p>そう話しながら、風がさわやかに吹き抜ける韮岳の山頂に広がる茶畑を背に、宏二さんは頬を緩ませる。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji10-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34353/">日本茶全体のわずか0.03％に満たない“釜炒り茶”を自然農で　「上ノ原製茶園」/長崎県佐々町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>日本最西端の地・平戸のテロワールを伝え続けて300年余　「福田酒造」/長崎県平戸市</title>
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		<pubDate>Tue, 06 Dec 2022 02:49:06 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>およそ330年にわたり、平戸の地で酒を造り続けてきた老舗の酒蔵、福田酒造。平戸の風光明媚な風景が浮かぶような味わいの中に、古き伝統と新しさが光る酒の追究を続けるのは、若き兄弟の福田竜也さんと信治さんだ。この地でしか造るこ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34001/">日本最西端の地・平戸のテロワールを伝え続けて300年余　「福田酒造」/長崎県平戸市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>およそ330年にわたり、<strong>平戸</strong>の地で酒を造り続けてきた老舗の酒蔵、<strong>福田酒造</strong>。平戸の風光明媚な風景が浮かぶような味わいの中に、古き伝統と新しさが光る酒の追究を続けるのは、若き兄弟の<strong>福田竜也</strong>さんと<strong>信治</strong>さんだ。この地でしか造ることのできない唯一無二の酒造りに迫った。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/12/kiji1.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<h2 class="wp-block-heading">日本最西端の酒蔵</h2>



<p><strong>九州本土の最西端</strong>に位置する<strong>長崎県平戸市</strong>。平戸瀬戸を隔てて南北に細長く伸びる平戸島と、その周辺に点在する大小約40の島々から構成された海のまちだ。長崎県で最初にキリスト教が布教された場所でもあり、1600年代には日本唯一のオランダ貿易港として賑わうなど、その歴史もまた奥深い。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>この平戸の地で<strong>330年</strong>ものあいだ酒を造り続けてきたのが、福田酒造だ。1688年、平戸藩の御用酒屋として<strong>初代・福田長治兵衛門</strong>が創業。現在は<strong>14代目の福田詮</strong>（あきら）さんが当主を務め、彼の長男・竜也さんと次男・信治さん兄弟が酒造りの現場を担う。<strong>平戸産の原料</strong>にこだわり造られる酒は、国内外はもとより海外でも評価が高く、代表銘柄の「<strong>福田</strong>」シリーズは、2018年にはフランスで開催されている日本酒の品評会「Kura Master」純米酒部門でプラチナ賞を受賞。同銘柄の純米吟醸は純米大吟醸酒・純米吟醸部門で金賞を受賞し、その後も3年連続で金賞に輝くなど、その知名度を着実に高めている。</p>



<p>そのほか、大吟醸「<strong>福鶴</strong>」や「<strong>長崎美人</strong>」をはじめ、<strong>長崎県産のじゃが芋を使った</strong>焼酎「<strong>じゃがたらお春</strong>」、南蛮伝来の秘法を受け継ぎ製造された<strong>長期熟成焼酎「かぴたん」</strong>、<strong>本みりん</strong>なども手掛けているほか、もともと廃棄物だった焼酎粕を貴重な資源に、有機肥料の開発も行っている。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji3.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<h2 class="wp-block-heading">原料はすべて平戸産</h2>



<p>日本酒の原料となる米には、酒造りに適した酒米として知られる<strong>山田錦</strong>をメインに、地元・平戸産のものを使用。契約農家と二人三脚で地元の休耕棚田を復活させ、福田兄弟自らが栽培したものだ。10年前からは自社の田んぼも開墾。除草剤を極力使わず、水田の泥を人力や機械でかき混ぜることで雑草を減らすなど、手間を惜しまない。</p>



<p>「民家がほとんどない棚田上流では生活排水もなく、山からの清らかな水で育つ米は味も違います。手の届く範囲で育てることで、気候や環境の変化も敏感に感じますし、その感覚は酒づくりにも活かされます」と兄の竜也さんは話す。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji4.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>今年からは、1970年代に九州地方で盛んに使われてきた「<strong>レイホウ</strong>」と呼ばれる酒米にも再び着手した。「山田錦は香りもいいし、スッキリした味わいで、色々な意味で優等生。レイホウは温暖な地域でも栽培しやすく平戸の風土にも適しているので、改めて挑戦中です。香りは穏やかであっさりした口当たりと言われていますが、どんな味わいを見せてくれるのか今から楽しみです」と意欲的だ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji5.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p><strong>仕込み水</strong>には、世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産に含まれている平戸市の最高峰、原生林豊かな<strong>安満岳</strong>（やすまんだけ）の<strong>湧水</strong>を使用。ミネラル分の少なく、清らかで軟らかい水でじっくりと発酵させることで、雑味のないまろやかな日本酒が生まれる。</p>



<p>温暖な地域かつ古い蔵だけに温度管理が難しい側面もあるというが、仕込み時期の急激な温度変化に耐えられるよう、数年前には琺瑯製の仕込みタンクの一部を<strong>サーマルタンク</strong>（冷却装置付タンク）に入れ替えた。「タンク単位で温度をコントロールできるので、外気に影響されずに醪管理ができて仕込みやすさは抜群」と竜也さん。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji6.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>

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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji7.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<h2 class="wp-block-heading">酒を通して、平戸の風土を味わう</h2>



<p>こうして醸されるのが、福田酒造を代表する銘酒「福鶴」や「長崎美人」。自家栽培の山田錦を原料に低温でじっくり発酵させた大吟醸酒「福鶴」はやや甘口で、口に含むとフルーティな味わいが広がり女性にも人気の酒だ。</p>



<p>また国内のみならず、海外の日本酒品評会で数々の賞を受賞した「福田」シリーズも、福田酒造の新たな人気商品だ。「やわらかい香りと山田錦のやさしい味わいが調和する『福田』は、あと味もすっきりしていて料理の邪魔をせずに飲みやすいですよ」と竜也さん。<strong>海鮮物が豊富な平戸ならでは</strong>の食中酒としても注目されている。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<h3 class="wp-block-heading">長崎ならではの「じゃがいも焼酎」</h3>



<p>日本酒以外に、焼酎も手がける福田酒造。特に全国でも珍しいじゃがいも焼酎「じゃがたらお春」は、地元でも親しまれている人気の銘柄だ。じゃがいもの産地といえば北海道が思い浮かぶが、長崎は、実は<strong>北海道に次ぐ生産量を誇るじゃがいもの産地</strong>。新鮮な馬鈴薯と麦、米麹を原料に、長年培ってきた技術で丁寧に蒸留された焼酎は、カリウムが豊富な上、加熱しても壊れにくいビタミンCが多く含まれていることから、健康志向の人たちにも親しまれている。ちなみに「じゃがたら」とは、現在のジャカルタのこと。このジャカルタから運び込まれた芋「ジャカルタ芋」が、「じゃがいも」になったと言われている。</p>



<p>「じゃがいもの歴史に、かつてキリシタン禁止令によってジャカルタの地に追放された『お春さん』という長崎の女性を偲ぶ思いも込めて命名しました」と、福田兄弟。クセがないながらも微かに漂うじゃがいもの風味とともに、西洋文明の息吹に触れてきた平戸の歴史に想いをめぐらせて味わいたい酒だ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<h3 class="wp-block-heading">10年貯蔵の秘酒「かぴたん」</h3>



<p><strong>麦焼酎「かぴたん」</strong>も、一風変わった焼酎だ。昔ながらの常圧蒸溜で麦の風味を引き出した後に<strong>樫樽</strong>に詰め、<strong>創業当時に建てられた蔵で5〜10年の歳月をかけてじっくりと熟成</strong>。琥珀色に円熟した「かぴたん」は、口に含むと樫樽特有のスパイシーな香りの中に、まろやかな旨味と麦本来のコクが広がる秘酒だ。「ウイスキーのようにロックや水割りで飲むのもおすすめですが、クセが少なくすっきりとした口当たり」ということから、食事とあわせて味わいたい。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji10.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<h3 class="wp-block-heading">脇役ではなく主役級の「本みりん」</h3>



<p>これら多彩な酒と並び、唸ってしまうのが、地元産の原料だけで造られる「<strong>本みりん</strong>」だ。みりんはアルコールが12〜15％程度入っているため酒税の対象となっている。2011年には酒税法が改正され製造免許を取得しやすくなったことから、地方の酒蔵がみりんの製造免許を取得し、開発に取り組むケースも増えている。福田酒造もそのひとつ。弟の信治さんは大学卒業後、修行先の蔵でみりん製造を学び、帰郷後の2016年に免許を取得。酒蔵ならではのノウハウを活かしながら“本物の”みりんを造っている。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji11.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p><strong>みりんに用いるのは、地元産のもち米「モチミノリ」、米麹、米焼酎の3つのみ</strong>。醸造用アルコールや、糖化の不足を補うために糖類を加えるみりんが少なくない中、福田酒造のみりんは３ヶ月かけてじっくりと米の甘みを引き出した昔ながらの甘味料。「自分たちで言うのもあれですが、料理の出来栄えが格段に違います。飲んでもうまい」と、信治さん自らが太鼓判を押す。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji12.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<h2 class="wp-block-heading">酒づくりは、心でつくり、風が育てる</h2>



<p>平戸藩主から日本酒「福鶴」の製造許可を受けて以降、実に330年以上にわたって酒造業を営んできた福田酒造。話を聞きながら、そして酒を口に含みながら思い浮かぶのは、平戸の歴史や文化だけでなく、米が育った畑や、水が湧き出る山をはじめとした平戸の風景。そして日本酒造りに全てを捧げる蔵の人々の笑顔だ。</p>



<p><strong>揺るぎない伝統を守りながらも、目まぐるしく変わる時代の変化</strong>に合わせ、常に試行錯誤を続けてきたその根底にあるのは、「<strong>酒づくりは、心でつくり、風が育てる</strong>」という創業者・福田長治兵衛門の言葉。300年以上続く家業を継承する覚悟は、並大抵のものではないはずだ。その強い使命感を胸に秘めながらも「『<strong>笑顔をつくる酒造り</strong>』をモットーに、たくさんの人に飲んでもらえる日本酒を」と、今日も酒造りに励む。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji13.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34001/">日本最西端の地・平戸のテロワールを伝え続けて300年余　「福田酒造」/長崎県平戸市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>選りすぐりの長崎産・福岡産茶葉で追求する「本当においしい日本茶」－お茶処　しまだ　/長崎県諫早市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 22 Nov 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-8.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>厳選した長崎県産そのぎ茶と福岡県産八女茶を用いてオリジナル商品を作る「お茶処　しまだ」。「日本茶AWARD」やパリ唯一の日本茶コンクール「Japanese Tea Selection Paris 2020」で銀賞を受賞す [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-8.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>厳選した長崎県産そのぎ茶と福岡県産八女茶を用いてオリジナル商品を作る「お茶処　しまだ」。「日本茶AWARD」やパリ唯一の日本茶コンクール「Japanese Tea Selection Paris 2020」で銀賞を受賞するなど、国内外で高く評価される味はどのように作られるのか。「お茶処　しまだ」嶋田祐子さんを訪ねた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">数々の賞を受賞する「お茶処　しまだ」</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/11/kiji1-8.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p>長崎県JR諫早駅から徒歩3分。県唯一の一級河川「本明川」から程近く、静かな市街地にある「お茶処　しまだ」は、<strong>「日本茶AWARD」などの国内の品評会のほか、パリ唯一の日本茶コンクール「Japanese Tea Selection Paris 2020」銀賞などで数々の賞を受賞</strong>し、注目を集める日本茶販売店だ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji2-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>経営者である<strong>嶋田祐子さんは、近年の全国茶品評会蒸し製玉緑茶部門で目覚ましい成果を収めている「そのぎ茶」の産地、東彼杵町出身</strong>。先代までは茶農家から直接茶葉を仕入れて火入れをしたり、ブレンドして加工して販売する卸問屋として茶業にたずさわってきたが、嶋田さんの代からは卸問屋ではなく、消費者に直接販売する小売業に転向した。「日本茶を生業にする家業としては私が6代目となります。幼い頃から、茶葉を仕入れて加工する父を見て育ち、茶の仕上げの大切さや原葉の見方等も教わってきました」。店舗には嶋田さんがこだわりぬいて仕入れた商品がずらりと並ぶ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji3-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>「これからの時代は、日本茶の文化や素晴らしさを次世代に伝えていくことが大切だと考えています。消費者が求める日本茶はどのようなものか、先代から学んだ経験と知識を活かし、生産者や製茶者の方々に協力を仰ぎながら、理想の味を作り上げています」。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji4-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>卸問屋から消費者に直接販売する小売店に転向したことで、消費者の反応がダイレクトに感じられるようになった嶋田さん。この強みを活かし、使用する茶葉の品種、火入れ加減等の要望を生産者へ細かに伝える。依頼先は、長崎県、福岡県で上質な茶葉を作る生産者たち。先代からの長い付き合いがある、高い技術を持つ生産者や製茶者ばかりだ。茶の卸問屋としての長い歴史で築かれた信頼関係があってこそ、嶋田さんが追い求める味わいが完成する。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本茶のおいしさ、茶文化の素晴らしさを発信</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji5-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>先祖から受け継がれた茶文化の素晴らしさを広めることが、自身の役割だと考える嶋田さん。<strong>日本茶インストラクターとして国内外で活動</strong>しながら、現代の生活スタイルに合った「おいしい日本茶」のあり方を常に模索している。例えば<strong>地元の高校生とのコラボ商品の開発</strong>もその活動の一環。緑茶、焙じ茶、玄米茶ほか多彩な品種の茶を用意し、高校生がブレンドした「高校生がマイボトルに入れたくなるお茶」を作った。この経験から明確になったことは2つ。まずは、<strong>世代によって味の好みが全く異なる</strong>こと。そして<strong>急須を用いずにお茶を淹れられる、質の高い「ティーバッグ」商品が必要</strong>であるということ。「彼女たちが作ったお茶の味は、私にはとても薄く感じました。つまり若者は、ゴクゴク飲めるお茶を求めているということ。長年茶業界にいると、うま味や甘味、水色等にとらわれてしまいがちです。それももちろん大変重要ですが、消費者、特に若者が求めている味との違いを認識することも同じくらい大切」。昨今は急須でお茶を淹れる習慣がなくなりつつあることを踏まえ、ティーバッグやインスタントティーの商品開発にも力を注いでいる。「私たちが作るティーバッグの日本茶は紗の素材を用いているため、お湯を注ぐだけで茶葉が開きやすく、甘みや香りがしっかりと引き出されます」。品評会等で高く評価される、素晴らしい滋味、水色、甘味のある日本茶を尊ぶ一方、日常で気軽に楽しむお茶があって然るべき。<strong>品評会での厳しい審査を見据えた生産者の努力や技術に大きな敬意を払うと同時に、時代のニーズに向き合い、旧来の形態に嵌まりすぎない商品を模索</strong>する。そんな軽やかで柔軟な「日本茶のあり方」こそが、日本茶文化の更なる発展につながると嶋田さんは考えている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「お茶処　しまだ」の受賞歴や代表的な商品</h2>



<p><strong>厳選した長崎県産「そのぎ茶」、福岡県星野村産「八女茶」を中心とした商品</strong>を取り揃える「お茶処　しまだ」。最高級茶から日常使いで楽しむリーフ、水出し茶、ティーバッグ、インスタントティーまで幅広いラインアップが魅力だ。中でも注目したい商品は以下の3商品。</p>



<h3 class="wp-block-heading">八女伝統本玉露「絶品」</h3>



<p><strong>2019年製は日本茶AWARD大賞受賞で日本茶大賞・農林大臣賞を受賞。2020年製はパリで唯一の日本茶コンクールである「Japanese Tea Selection Paris」で銀賞</strong>を受賞した。口に含んだ瞬間に濃厚なうま味と香りに包まれる、伝統と革新の融合させた匠の技があってこその逸品。</p>



<h3 class="wp-block-heading">八女煎茶「つゆとろり」</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji6-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p><strong>2022年製が日本茶AWARD合組煎茶部門プラチナ賞受賞</strong>。</p>



<p>濃厚な旨味が特徴の品種や深みのある味わいの品種等をブレンドすることにより香りも旨味も最高の状態で仕上がりました。トロリとしたバランスの取れた美味しさが楽しめる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">焙じ茶「かおりひめ」</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji7-6.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>軽く萎凋（いちょう）させて仕上げた青ウーロン茶を丁寧に焙じ、優しく上品な花香と焙じ香を引き立てている。<strong>「2021 Paris Japanese tea selection」で銀賞を、「2022日本茶AWARD」ではほうじ茶部門プラチナ賞を受賞</strong>した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">これからの日本茶のあり方を追求</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji8-6.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>嶋田さんの目標は、現代の日本の生活スタイルに心地よく馴染む日本茶を作っていくこと。まずは日常使いで気軽に日本茶を楽しむことを目的とした、急須を使用せずともおいしく淹れられるティーバッグや水出し茶の開発を進めている。しかしその一方、本格的な淹れ方で、質の高い日本茶の茶の個性を存分に堪能したいという声も少なくない。「私は消費者、生産者、どちらの声も聞ける立場。それぞれの意見、要望を上手く取り入れつつ、さらに茶業界以外の意見も積極的に反映させて、多様なターゲットごとの『おいしく、心地よいと感じる日本茶』を生み出していく努力を続けて行きます」。</p>



<p>約35年ほど前にそのぎ茶振興協議会が発足するまで、長崎県の日本茶は佐賀県産「嬉野茶」として販売されていた。しかし現在では、全国茶品評会蒸し製玉緑茶部門でそのぎ茶が日本一に輝くなど、<strong>長崎県産茶の存在感とブランド力は日に日に高まっている。 </strong>「生産者の方々は非常に前向きで、高い技術と能力を持っていらっしゃる。彼らと共に、味の目標を明確に掲げ、実現させることができれば、一層日本茶は面白くなっていくと思います」とイキイキと話す嶋田さん。先代たちが茶卸問屋として繋いできた縁を大切に、生産者へのリスペクトそして日本茶への情熱と愛を持って、消費者に寄り添いながら日本の茶文化を伝道しつづける。朗らかでそして柔軟に「おいしいお茶づくり」に挑戦し続ける嶋田さんの姿に日本茶業界の明るい未来が見えた。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33827/">選りすぐりの長崎産・福岡産茶葉で追求する「本当においしい日本茶」－お茶処　しまだ　/長崎県諫早市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>「ほぼすべて独学」のスタイルを貫くスリップウェア作家　「てつ工房」小島鉄平さん/長崎県長崎市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 17 Nov 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[てつ工房]]></category>
		<category><![CDATA[スリップウェア]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[長崎県]]></category>
		<category><![CDATA[長崎市]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/DSC07463a-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>長崎・油木町にて、「てつ工房」の屋号で作陶に励む陶芸家・小島鉄平さんは、昔ながらの技法と独自に研究した原料を用いた、普段使いのうつわを数多く手がけています。自らの目で見てきた動物たちの“生きる姿”を描く生き物シリーズをは [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33775/">「ほぼすべて独学」のスタイルを貫くスリップウェア作家　「てつ工房」小島鉄平さん/長崎県長崎市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/DSC07463a-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>長崎・油木町にて、「てつ工房」の屋号で作陶に励む陶芸家・小島鉄平さんは、<br>昔ながらの技法と独自に研究した原料を用いた、普段使いのうつわを数多く手がけています。<br>自らの目で見てきた動物たちの“生きる姿”を描く生き物シリーズをはじめに、<br>他ではなかなか見られない個性的な佇まいが魅力です。</strong></p>







<p>やわらかく丸みを帯びた櫛目や格子状の模様が代表的な<strong>スリップウェア</strong>だが、生き物をモチーフにひと際個性溢れるスリップウェアを作るのが、長崎市に工房を構える<strong>小島鉄平</strong>さんだ。<strong>陶芸はほぼすべて独学</strong>という小島さんに会いに、「<strong>てつ工房</strong>」へと足を運んだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">スリップウェアとは</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/11/kiji1-7.jpg" alt="" class="wp-image-31997" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>スリップウェアとは、「<strong>スリップ</strong>」と呼ばれる泥状の化粧土で装飾し、焼き上げた陶器のこと。やわらかで丸みを帯びた縞模様や波模様を代表とするスリップウェア独特の風合いには、<strong>手作業</strong>ならではのどっしりとした存在感を見ることができる。</p>







<h3 class="wp-block-heading">イギリス生まれ、日本育ちの器</h3>



<p>18～19世紀にかけてイギリスで盛んに作られてきたスリップウェアは、主にオーブン皿として、料理が焼けたらそのままテーブルへと運ばれ、日々の食卓を支えてきた。やがて工業化の波に呑まれ、大量生産品が一般的になるにつれて姿を消していったが、遠く離れた日本でスリップウェアに目を留めたのが、<strong>柳宗悦</strong>をはじめとする<strong>民藝運動</strong>の創始者たち。彼らとイギリス人陶芸家・<strong>バーナード・リーチ</strong>との出会いは、この器に再び光を当て、徐々にその認知度は上昇。2000年代に入るとその人気はますます高まり、若手の陶芸家もスリップウェアの技法を取り入れるなど、現在では比較的容易に手に入れることができるようになった。</p>







<h3 class="wp-block-heading">無限に広がるスリップウェアの模様</h3>



<p>スリップウェアといえば、<strong>丸みを帯びたやわらかい曲線が特徴的な縞模様や矢羽根模様</strong>。生乾きの化粧土の上からスポイトや筒で模様を描いたり、その上から棒で引っ掻くように模様をつけていく方法などがよく知られている。一枚一枚手描きのため同じ器は二つとなく、作家の個性が溢れるのもまたスリップウェアの面白さ。その中でも<strong>生き物をモチーフ</strong>に個性豊かなスリップウェアを作り続けているのが、長崎市に拠点を構える陶芸家・小島鉄平さんだ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji2-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<h2 class="wp-block-heading">サラリーマンから一転、陶芸家へ</h2>



<p>長崎市内にある小さなビルの一室。「てつ工房」に足を踏み入れると、目に飛び込んでくるのは囲炉裏とそれを取り囲む古道具。民藝や工芸にまつわる書物が棚に並び、まるでこじんまりとした小料理屋のような世界が広がっていた。出迎えてくれたのは、着物姿の小島鉄平さんだ。  </p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji3-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">お金は生活できるだけ。好きなことがしたい</h3>



<p>長崎市出身。大学卒業後に東京のレストランに就職するも、家と職場との往復で過ぎていく時間に自分が本当にやりたいことを見つけたいと退職を決意し、長崎へとUターン。その後は防水工や営業、肉体労働などの職を転々としたが、どれも長くは続かなかった。一方で、帰郷後に通い始めた陶芸にのめり込むようになった小島さん。物心ついた頃からものづくりが好きだった彼にとって、我を忘れて没頭できる貴重な時間だったという。抱き続けてきたのは、「<strong>お金は生活できるだけあればいい。自分が好きなことがしたい</strong>」という気持ち。陶芸の道へと進んだのは、自然な流れだった。</p>



<p>「振り返れば大学時代、居候先に逗留していた陶芸家の方がいたんです。1週間くらい毎日釣りしたり、酒飲んで語り合って過ごすわけですよ。その生活を見て、陶芸家になったらこげな生活ば送れるとねえ……と羨ましく思ったのが、陶芸への入り口だったんでしょうねえ」と目を細めながら当時を語る。  </p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji4-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">気分転換に描いた絵が自分のスタイルに</h3>



<p>陶芸教室に通い始めてまもない頃、某美術系雑誌で特集が組まれたことをきっかけに注目を集めつつあったスリップウェアに小島さんも着目。教室の先生に技法を教わり自宅で試してみるも「素人に線画は難しくてなかなかうまくいかなかった」と振り返る。そんな時たまたま目にした書物に載っていたのが、バーナード・リーチの窯元（イギリス）で修行を積んだ、日本を代表するスリップウェア作家の故・<strong>船木研児</strong>氏の器だった。</p>



<p>「船木先生はスリップウェアでいろんな動物を描いておられるんですね。自分もなんとなく気分転換にと描いてみたら、それが意外と良かったんですよ。線より絵のほうが自分に合っとるかもしれんねえ、と思ったんです」</p>



<p>夜中まで自宅で器に絵付しては教室に持ち込んで焼くという日々。ついに「先生から自分で窯を買えと呆れられましてねえ」と、電気窯を個人で購入。<strong>釉薬</strong>の研究やスリップの技法も、ほぼ独学で習得した。  </p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji5-6.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">わずか3年でプロの道へ</h3>



<p>陶芸を始めて2年後の2011年に、小島さんは<strong>長崎陶磁展 審査員特別賞</strong>を受賞。翌年には同展の<strong>生活陶磁部門で最優秀賞</strong>を獲得した。この年、松屋銀座の「<strong>銀座・手仕事直売所</strong>」からも声がかかったことが、<strong>プロの道</strong>へと進むきっかけとなった。</p>



<p>「1週間在廊して欲しいと頼まれましてね。でも当時はサラリーマン。1週間も仕事を休むわけにもいかんでしょう。かといって断ったら、一生陶芸家にはなれんやろうねえ、と思いました」</p>



<p>これを機に仕事を辞めて陶芸に専念することを決意した小島さん。以降、「銀座・手仕事直売所」には毎年出店し続けるなど、着実にプロとしてのキャリアを築いている。</p>







<h2 class="wp-block-heading">小島さんといえば、生き物の絵</h2>



<p>小島さんといえば、躍動感あふれる生き物が描かれた器。定番の<strong>鹿、タコ、うさぎ</strong>をはじめ、近年は<strong>ぬりかべ、一旦木綿、鬼</strong>など、妖怪シリーズも人気だ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji6-6.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">3分で完成する小島さんの世界観</h3>



<p>スリップウェアは、生乾きの器に<strong>泥漿</strong>（でいしょう・スリップ：水と土を泥状に混ぜたもの）をかけたあと、上からすぐに別の泥漿で一気に絵を描き上げる。「乾いてしまうと絵が描けなくなるでしょう。絵付けにかけられる時間は、一皿<strong>わずか3分</strong>ほどですよ」と小島さん。 </p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji7-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>絵付をそばで見ていると、いとも簡単そうに見えるが、泥漿が入ったスポイトを握るその力加減は経験あってのもの。「点ひとつ取っても、大きさが微妙に違うだけでバランスがどんどん変わってくるんですよ。その強弱をスポイトでつけるのは本当に難しいですね」</p>



<p>またこの時、泥漿の水分量が多すぎると、絵が広がってしまいきれいに仕上がらなくなるほか、乾燥の工程でも収縮率の関係でひび割れや変形などが生じやすくなる。反対に水分量が少なすぎても、焼成時に色が剥がれてしまったりするため、泥漿の濃度調整はスリップウェアにとって非常に重要な要素の一つとなっている。</p>



<p>「化粧土の上で絵が染み込むスピード、線が広がる塩梅、焼いた時に出る色。こういうことを計算しながら濃度を調整するんですね。濃い薄いは本当に難しい。中には濃度計を使う方もいますね」  </p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji8-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">なるべく自分で作った自然のものを</h3>



<p>泥漿に使用するのは、天然顔料のベンガラ。また釉薬には、自分で炊いた木灰をベースに、<strong>島根産の来待（きまち）白石</strong>と呼ばれる希少な石を合わせて作る。「灰も買おうと思えば買えるんですが、どこ産の何という木が使ってあるとか、木以外の、例えば雑誌や新聞紙が混ざっていたりすることもあるので、自分で作ったほうが安心なんですよ。自分で作れるものは、できるだけ作るようにしています」と話す。  </p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji9-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>そのせいか、小島さんのスリップウェアはどことなく自然のやさしさが感じられるものが多く、絵の表情も軽快でユニークながらも、おおらかさが漂う。</p>



<p>サイズや形もさまざま。<strong>深さがありサラダをのせたりおでんなどにも使い勝手が良い7寸皿</strong>をはじめ、<strong>ケーキ皿や取り皿としても小回りが効きそうな5寸の平皿</strong>。<strong>3寸の豆皿</strong>にも丁寧な絵付けが施されていて、その動物や妖怪たちの表情や躍動感のある動きは見ていて飽きることがない。  </p>






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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji10-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<h2 class="wp-block-heading">自分のスタイル確立を求めて</h2>



<p>「もともと絵を描くのは苦手なんで、ツラい時もありますね」と苦笑いしながら話す小島さん。しかし奇しくも、故・船木研児氏の器を目にしたことで生き物の絵をかくようになったことで切り拓けた今の道。「少しでも自分の絵が上手になれば」と、最近は自分ですった墨で水墨画を描くことが日課となった。</p>



<p>同時に、今新たに増やしつつあるのが、「<strong>墨はじき</strong>」で作る器だ。墨はじきとは、墨の成分を生かして白抜きするという古くからある技法で、角のない丸みが特徴のスリップウェアと比べると、パキッとした<strong>シャープな表情</strong>を描き出せるという点で対照的だ。  </p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji11-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>「陶芸の学校も出てないし、ちゃんとした師匠もいない。だからこそ、<strong>総当たり戦</strong>でやっていくしかないというのが本音。これから先もずっと続けていれば、いつかは自分の絵が描けるようになり、自分のスタイルに近づいていくんやないかなあと思います」と、朗らかに笑う。</p>



<p>自分が本当に好きなことがしたいと、たどり着いた場所にあったものと出会えた小島さん。ほんの少し遠回りをしたけれど、その全てを学びに変えてきた、と話す小島さんの作品はどこか優しくあたたかい。日常の、ほっと一息付けるときに手に取りたくなる不思議な安心感は、使い手が喜んでくれることにこだわり続ける小島さんの想いがあるからこそ。是非一枚は仲間に加えてみてほしい。気が付けば食器棚の最前列にいつもあるお皿になるはずだ。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/fde94d42f6c3d17fbd49b04b20534e3e.jpg" alt="" class="wp-image-47707" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/fde94d42f6c3d17fbd49b04b20534e3e.jpg 360w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/fde94d42f6c3d17fbd49b04b20534e3e-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">てつ工房 小島鉄平さん</figcaption></figure></div>


<p>自分なりに1つ1つ課題をクリアしつつ作品を完成させてきました。独自の工夫がなされた、自分ならではのうつわだと自負しております。ぜひお手元に置いて、たくさん使ってあげてください。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33775/">「ほぼすべて独学」のスタイルを貫くスリップウェア作家　「てつ工房」小島鉄平さん/長崎県長崎市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>異なる木の表情に寄り添い生まれる木の道具　木工作家・堀宏治/長崎県佐世保市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 12 Nov 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[木工作家]]></category>
		<category><![CDATA[佐世保市]]></category>
		<category><![CDATA[木工]]></category>
		<category><![CDATA[工芸品]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/DSC05626a-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>何気なく使えるシンプルさを基調に、作家としてのさりげない意匠を施した独自の作風が魅力的な木工作家　堀　宏治さん。日々の暮らしを少しだけ温かく穏やかにする、そんな時間や空間も一緒に届けられるような、素朴な優しさに満ちた器を [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33712/">異なる木の表情に寄り添い生まれる木の道具　木工作家・堀宏治/長崎県佐世保市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/DSC05626a-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>何気なく使えるシンプルさを基調に、作家としてのさりげない意匠を施した<br>独自の作風が魅力的な木工作家　堀　宏治さん。<br>日々の暮らしを少しだけ温かく穏やかにする、そんな時間や空間も一緒に届けられるような、<br>素朴な優しさに満ちた器を1つ1つ丁寧に制作しています。</strong></p>



<p>長崎県佐世保市で木の道具を作る堀宏治さん。木目や手触りなど、その普遍的な木の良さを引き出したテーブルウェアは評判で、中には1年待ちのものもある。2つと同じものはない木の表情に寄り添い続ける堀さんの道具は、なぜ魅力的なのか。佐世保市にある工房を訪ね、話を聞いた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自衛隊員から一転、木工を生業に</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/11/kiji1-4.jpg" alt="" class="wp-image-31997" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p><strong>長崎県</strong>の北部。<strong>佐世保市</strong>の海沿いにある工業地帯の一角に、小さな工房がある。<strong>木工作家</strong>の<strong>堀宏治さん</strong>が制作の拠点としている場所だ。10畳ほどの空間に所狭しと置かれた木材や機械や工具類。入口の棚には、仕上がったばかりの<strong>木の道具</strong>が無造作に並ぶ。 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji2-4.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji3-4.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">自衛隊を脱サラ、インテリア会社へ就職</h3>



<p>生まれも育ちも長崎県佐世保市の堀さんは、父親が海上自衛隊員だったことに影響を受け、高校卒業後に自身も海上自衛隊に入隊。佐世保基地から横須賀へと転任し、自衛隊員として従事していたという異色の経歴の持ち主だ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji12.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>自衛隊員として3年間働いたのち、もともと関心のあった家具の仕事がしたいと東京の<strong>インテリア会社</strong>に就職。傍らで、いつかは自分で木工家具を作って生計をたてたいと考えていた堀さん。週末に木工教室に通い出したのが木工との出会いだった。知れば知るほど奥深い木工の魅力に引き込まれていったという。とはいえ、自分なりのマーケット調査で家具づくりでは生計を立てるのは難しそうだと感じた堀さん。、それならばと若い頃から好きでよく手に取っていた<strong>木の器</strong>や<strong>カトラリー</strong>などの<strong>テーブルウェア</strong>の一環として<strong>木の盆</strong>を作り始めたのが、作家としてのスタートだった。 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji5-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">昼間は制作、夜は居酒屋でアルバイト</h3>



<p>鎌倉に移り住み、東京の会社に通勤しながら週末は制作を続けていた堀さんが独立したのは2006年頃。当初は取引先も少なく、夕方になると近くの居酒屋でアルバイトをしながら生計を立てていたという。そんな状況に変化をもたらしたのは、売り込みで飛び込んだ雑貨店。目利きのオーナーが、<strong>丁寧に作られた生活用品</strong>を自らセレクトし販売している、全国でもちょっと名の知れた店だった。</p>



<p>「僕、営業とかほんと苦手なんですよ。でも背に腹は変えられませんから、当時は自分の想いとコンセプトが近いお店をリサーチしては、勇気を振り絞って飛び込み営業をしてました」と苦笑いしながら当時を振り返る。</p>



<p><strong>美しく、永く使えるもの</strong>を。そして<strong>“商品”の背後にある作家の想いをすくい上げて消費者に伝える</strong>、そんな、今となっては当たり前の視点を早くから取り入れていた雑貨店との出会いは大きく、取引が始まってからは、堀さんの木の道具は自然と一人歩きを始めていった。  </p>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji6-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>

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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji7-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">どんなシーンでも選ばない道具たち</h2>



<p>現在は盆や器のほか、スプーン、フォーク、バターケースなど、テーブルウェアを中心に幅広く手掛けている堀さん。<strong>ひとつひとつ異なる木の表情</strong>に寄り添い、彫り目を残した模様が特徴的なその作品は、手に馴染みやすく温もりが感じられるものばかりだ。彫り終えた作品には、木の質感や手触りを保ち、木の強度を高めてくれる木固め材を染み込ませて乾燥させ、最後にツヤ出しを兼ねて食用の<strong>エゴマ油</strong>を塗って仕上げる。「ウレタン系塗料で仕上げると、どうしてもプラスチック感が出てしまって。<strong>木が持っているそのままの手触り</strong>を感じて欲しいので、エゴマ油を使っています」と堀さん。自然な木の風合いは、<strong>日常使い</strong>はもちろん、ちょっと<strong>特別な日の食卓</strong>にも<strong>贈り物</strong>にもぴったりで、使うシーンを選ばない。  </p>






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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji8-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">堀さんといえば、丸盆</h3>



<p>その中でも、堀さんの<strong>代表作</strong>といえば、丸盆。縁が深く安定感があるのに加え、自然な風合いと手に馴染みやすい質感、そしてさまざまな器や料理を乗せたときにぴったりと似合う、そんな<strong>食卓の名脇役</strong>のような存在感を放つ。中サイズの盆はプレートとして、小サイズの盆は飲み物とちょっとしたお菓子を乗せるのにもちょうど良い。経年により色合いが変化し、より味わい深いものと育つのもまた、木ならではの良さだろう。  </p>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji9-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>

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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji10-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">ダムの底に沈んだ古い民具から着想</h2>



<p>堀さんの多くの作品に共通しているのが、<strong>直線が波打つ独特の彫り目</strong>。この作風は、<strong>石川県の我谷盆</strong>（わがたぼん）から堀さんが着想を得て生まれたもの。我谷村（現・加賀市）で生まれた我谷盆は、大工や建具職人が生活の道具として、<strong>栗の木をノミ一本で彫り出した民具</strong>だ。昭和期、我谷村がダムの底に沈んでしまうとともに一度は途絶えたと言われている我谷盆だが、近年ではその技術を独学で学び蘇らせようと取り組む木工職人によって、全国的にその輪が広がりつつある。 </p>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji11.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px"/></figure></div>


<p>堀さんはこの我谷盆に魅せられた一人。民具ゆえに本来は荒削りで無骨な風合いを併せ持つ我谷盆を、自分の作風に取り込み見事に昇華している。「使う木材も、作る過程も違いますが、直線を手作業であえて残しながら削っていく。そうして仕上がったときに見えてくる、<strong>一本一本の線が持つ力</strong>がとても大きいんです」 </p>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji13.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">アトリエ・ギャラリー・住まいが一緒になった新しい拠点</h2>



<p>2017年には故郷の佐世保市へと戻り、現在のアトリエで制作を続ける堀さん。少し離れた家から毎朝アトリエに通う日々だが、「ゆくゆくは<strong>アトリエとギャラリーと住まいを一緒くたにした拠点</strong>を作って、<strong>自分が作るものに囲まれて生活したい</strong>」と構想中だ。  </p>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji14.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>「一人黙々と制作しつつ、ギャラリーに来てくれたお客さんにお茶を出したり、人を呼んで小さなパーティーをしたり。<strong>決して派手ではないけど、自分の心を満たしてくれるという意味で豊かな生活が送れて、それで人生を全うできたら幸せ</strong>かな。そのうちオブジェなんかも作りたいですね」と尽きることのない夢を語る。</p>



<p>シンプルで研ぎ澄まされた中に見え隠れする不揃いな木の表情。均一で整然とした機械的な美とは対照にある<strong>流動的な美しさ</strong>だからこそ、私たちはいつまでも魅了されるのだと気付かせてくれるのが、堀さんの木の道具だ。近い将来、堀さんの道具を手に取って、その<strong>自然体の美しさに触れられる新しい拠点の誕生</strong>が、待ち遠しい。 </p>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji15.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>

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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji4-4.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/><figcaption class="wp-element-caption">木工作家　堀 宏治さん</figcaption></figure></div>


<p>日々の食卓に「木」のものが1つでもあると、その空間や時間を温かく穏やかに演出してくれます。慌ただしい日常の中、僕の作品を使うことで少しでも癒やしを感じ、木工品のある生活の楽しさを知っていただけたら嬉しいです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33712/">異なる木の表情に寄り添い生まれる木の道具　木工作家・堀宏治/長崎県佐世保市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>土づくりと独自の製法にこだわる雲仙茶ー長崎県島原半島・長田製茶/長崎県雲仙市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 08 Nov 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[長田製茶]]></category>
		<category><![CDATA[雲仙茶]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>雲仙市瑞穂町の約13ヘクタールという非常に小さなエリアで、島原半島の火山灰土壌とオリジナル有機堆肥を用いた「雲仙茶」の栽培が行われている。「深蒸し玉緑製法」という独自の製法を守りながら日々新たな挑戦を続ける、雲仙山麓の茶 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33617/">土づくりと独自の製法にこだわる雲仙茶ー長崎県島原半島・長田製茶/長崎県雲仙市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>雲仙市瑞穂町の約13ヘクタールという非常に小さなエリアで、島原半島の火山灰土壌とオリジナル有機堆肥を用いた「雲仙茶」の栽培が行われている。「深蒸し玉緑製法」という独自の製法を守りながら日々新たな挑戦を続ける、雲仙山麓の茶農家「長田製茶」3代目・長田篤史さんを訪ねた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">雲仙山麓の豊かな土壌が育む「雲仙茶」</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" width="640" height="427" src="/wp-content/uploads/2022/11/kiji1-2.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>長崎県島原半島。その中心にそびえる<strong>雲仙岳の麓、標高約50メートルから200メートルの中山間地で「雲仙茶」は栽培されている</strong>。この地で日本茶の栽培が始まったのは、<strong>1935(昭和10)年</strong>ごろ。当時、国策としてミカン栽培が進められていた中、後に紹介する「長田製茶」初代が、雲仙山麓の土壌と気候に合うチャノキを瑞穂町に植樹した。それから<strong>約90年、栽培面積約13ヘクタールと小さなエリアで「雲仙茶」は作り続けられている</strong>。県内での茶の産地としては南に位置しているため収穫は比較的早め。澄んだ空気、豊かな土の養分、太陽の光を浴びて健やかに育った「雲仙茶」は、うま味と鮮やかな色合いに定評がある。</p>



<h3 class="wp-block-heading">雲仙茶の特徴</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji2-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>日本茶といえば、「煎茶」の細い針状の茶葉を思い浮かべる人が多いだろう。しかし<strong>長崎県で生産されるのは、茶葉が湾曲した「蒸し製玉緑茶（むしせいたまりょくちゃ）」が主流</strong>。この製法で作られた日本茶は、生葉を高温で蒸して発酵を止めた後、揉んで乾燥させる工程で、形状がクルリと丸くなる。これが<strong>勾玉のように見えることから「グリ茶」と呼ばれる</strong>ことも。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji3-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>雲仙茶も「蒸し製玉緑茶」であり、煎茶のように茶葉の形を整える「精揉」の工程を踏まず空気を含ませながら乾燥させるので茶葉に旨味成分が多くとどまり、<strong>渋みが抑えられた、まろやかな味わいになるのが特徴</strong>だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">3代に渡って雲仙茶を作る「長田製茶」</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji4-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>雲仙市瑞穂町の山間。段々畑が一面に広がる山道を車で走ると「長田製茶」の茶畑が見えてきた。訪れたのは、ちょうど収穫のピークを越したばかりの5月初旬。「今年は冬の寒さが影響し、早生品種の収穫が遅かったのですが、中手と晩生は通常通りだったので、かなりタイトでした」。そう言いながら笑顔で迎えてくれたのは<strong>「長田製茶」の長田篤史</strong>さん。<strong>1935(昭和10)年から続く約5ヘクタールの茶畑</strong>で、3代目として日本茶の栽培、製造、販売までを一貫して行っている。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji5-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>長田さんは佐賀大学を卒業したのち、静岡県にある国立野菜茶業研究所で2年間のお茶づくりの研修を経て帰郷。25歳から本格的に家業に携わるようになった。現在は味と香りのバランスが良いとされるサエミドリを中心に、静岡県での修行中に恩師から薦められたオクユタカほか<strong>全部で10種類以上の品種を栽培</strong>。オクユタカはあと味がすっきりしていて爽やかさが特徴で人気の高い茶葉。それぞれの品種の個性を把握しながら「本当においしいお茶」を追求する日々だ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji6-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>長田製茶には製法に独自のこだわりがある。「雲仙茶は基本的に蒸し製玉緑茶ですが、当園では<strong>蒸し時間を通常よりも長くする『深蒸し玉緑製法』</strong>という製法を編み出しました。さらに<strong>仕上げで釜炒り</strong>をして、香りを立たせています。これは祖父の代から続けている工程。香り高く、色味が美しいまろやかな緑茶に仕上がります」。摘み取った茶葉をほんの少し発酵させた「萎凋茶（いちょうちゃ）」や、火を入れていない「白茶」の水出し、和紅茶など、茶本来の持つおいしさを引き出すために様々な試みを行う長田さん。信頼する日本茶インストラクターと共同で、雲仙茶ならではの魅力と可能性を探り、追求している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">長田製茶の取り組み</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji7-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>長田製茶がある雲仙山麓の土壌は、黒ボク土と赤土が混ざった火山灰土。水はけがよく、茶畑の土は触るとふかふかと柔らかだ。長田さんはこの土壌を、長年に渡ってじっくりと丁寧に育んできた。例えば、<strong>冬には牛ふん堆肥をベースにした有機物をブレンドしたオリジナル堆肥を施用</strong>し、秋には稲わらを敷いて保湿しながら雑草を防ぐ。堆肥や稲わらは全て島原半島のものだ。さらに<strong>完全無農薬の茶栽培も行い、安全・安心なお茶作りを徹底</strong>。「<strong>おいしいお茶は元気な木からしか生まれない</strong>、と常々父から言われているんです」と長田さん。今年から仲間と共に獣害対策として捕獲された<strong>イノシシを粉砕するなどして肥料に利用する方法を開発し、それを使用した土づくり</strong>をスタートさせた。さらに島原半島にあるワイナリーからブドウの搾りカスを譲り受け、実験的に肥料として利用。「結果が出るのは2、3年後。茶畑にどのような効果があるか楽しみです。目標は、<strong>未来を見据えた循環型農業</strong>。次世代に繋いでいける健やかな農業のあり方を模索し、チャレンジしています」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">カフェから雲仙茶の魅力を発信</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji8-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>従来のように畑で茶葉を育て、加工し出荷するだけでは、茶文化の継承・発展を目指せないと感じた長田さんは、2017(平成29)年、新たな拠点として日本茶カフェ「ぽっぽや茶葉」を構えた。茶畑から車で約10分、目の前に有明海とローカル線を望む店舗は長田さんの母方の実家をリノベーションしており、ノスタルジックな雰囲気が漂っている。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji9-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>提供するメニューには、雲仙茶はもちろん地元のオーガニック野菜や伝統野菜をふんだんに使用。定期的に小学生を対象としたワークショップやお茶の淹れ方教室等のイベントを開催し、長田製茶の茶葉が購入できるショップコーナーも併設している。<strong>企画から生産・流通・販売まで一気通貫で行うことで、消費者に直接、雲仙茶の魅力や楽しみ方を提案</strong>するのが狙いだ。「私は畑で働く生産者です。しかし畑の中だけで試行錯誤を繰り返しているだけでは、消費者の反応を知ることができません。畑の外に拠点を作って以来、外部との交流が生まれ新たな視点を得る機会が増えました。交流から生まれた課題は畑に持ち帰り、次の目標にしています」。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji10-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>ローカル線の駅の目の前にあるフォトジェニックなカフェには、県内外から連日観光客が訪れる。海の幸、山の幸の宝庫である島原半島には近年、農業、飲食業を営むことを目的とした「食のプロ」の移住者も増えた。「雲仙茶のみならず、島原半島が誇る食文化をこのカフェから広めていくことができれば」。長田さんは生まれ育ったここ島原の地をこよなく愛し、受け継ぐべき新たな姿に心を弾ませながらそう語る。</p>



<p>約13ヘクタールという小さな産地が、起こすムーブメントは、日本茶の枠を超えた大きな可能性を広げていく、そんな雲仙茶の描く未来が明るく見えた。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33617/">土づくりと独自の製法にこだわる雲仙茶ー長崎県島原半島・長田製茶/長崎県雲仙市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>熱量日本一の温泉地で生み出される、自然の恵みをゆっくりと凝縮したまろやかな塩/長崎県雲仙市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 01 Nov 2022 03:01:19 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[製塩業]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>湧出量×湯温で求められる「温泉熱量」が日本一ともいわれる、高温の源泉が豊富に湧く温泉地が長崎にある。島原半島の西側、町の至る所で湯けむりが立ちのぼる「小浜温泉」だ。この土地が持つエネルギーを活用した環境に優しい製法で、一 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33580/">熱量日本一の温泉地で生み出される、自然の恵みをゆっくりと凝縮したまろやかな塩/長崎県雲仙市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>湧出量×湯温で求められる「温泉熱量」が日本一ともいわれる、高温の源泉が豊富に湧く温泉地が長崎にある。島原半島の西側、町の至る所で湯けむりが立ちのぼる「小浜温泉」だ。この土地が持つエネルギーを活用した環境に優しい製法で、一人塩作りを続ける「雲仙エコロ塩」木村建洋さんを訪ねた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">小浜温泉がある島原半島について</h2>



<p>長崎県南部、有明海に迫り出す<strong>自然豊かな島原半島</strong>は、活火山である「雲仙火山」を中心とした「長崎県島原半島ユネスコ世界ジオパーク」としても知られている。この半島の地下には大きなマグマ溜まりがあり、時に大きな災害をもたらしながらも、その土地に住む人々に地熱や温泉といった恩恵を与えてきた。半島には東西に横切るように<strong>温泉地「島原」「雲仙」「小浜」</strong>が並び、さらに南北にも多くの温泉が点在することから、総称して<strong>「雲仙温泉郷」</strong>とも呼ばれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">小浜温泉の特徴</h3>



<p>雲仙温泉郷の西側に位置する「小浜温泉」は、夕日が美しい橘湾を望む風光明媚な温泉街だ。約30カ所に及ぶ源泉が点在するため、町のあちこちで湯煙が立ちのぼる様子が見られる。<strong>源泉の温度は105度前後と非常に高温</strong>で、<strong>湧出量×湯温で求められる「温泉熱量」は日本一</strong>。発電プロジェクトが進められるほどの地熱エネルギーを持つエリアでもある。</p>



<h3 class="wp-block-heading">小浜温泉と塩づくりの歴史</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/11/kiji1.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>類まれなる温泉熱量を誇る小浜温泉は、かつて<strong>製塩業で栄えた歴史</strong>を持つ。海岸のすぐそばに高温泉が湧出するという地の利を活かし、1941年から本格的な製塩業が始まったのだ。製塩方法は、<strong>汲み上げた温泉水を源泉の熱で蒸発させる湯煎方式</strong>。第二次世界大戦の影響で輸入塩が激減し、早急に国内産塩を確保しなければならなかった時代背景もあり、最盛期には40余りの製塩工場が<strong>海岸一帯に建ち並んでいた</strong>という。戦後の物資不足の時代には国内製塩量の2%を占めるほどの生産量を誇っていたが、大量の温泉水を必要とする製塩方法が影響し、1955年には<strong>源泉が枯渇寸前</strong>に。さらに自然災害や海外からの安価な輸入塩の影響で徐々に採算が合わなくなり、<strong>1965年、小浜温泉の塩づくりは完全に途絶えてしまった</strong>。</p>



<h2 class="wp-block-heading">小浜温泉の塩づくりを復活させた木村建洋さん</h2>



<p>すっかり途切れた小浜温泉の製塩業の歴史。しかし約50年の時を経て、<strong>環境に優しい製法</strong>を用い、たった一人で<strong>小浜の塩づくりを再スタート</strong>させた人がいる。「雲仙エコロ塩」の木村建洋さんだ。  </p>


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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>元々長崎市内で寿司店を営み、自らも職人として腕を振るっていた木村さん。美味しい料理を食べてもらいたい、と味へのこだわりが強く、市販の塩の味では物足りず店では故郷・小浜の温泉水で作った塩を用いて料理を提供していた。「自分なりのやり方で塩を作っていました。これがいつも好評で、特に吸物はお客さんがみんな口を揃えておいしい！と感動してくれて。料理における塩の大切さを目の当たりにしたことが、いつか故郷で『本当においしい塩』を作りたいと考えるきっかけになりました」。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji3.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>塩づくりへの思いが日に日に増していった木村さん。意を決して寿司屋をたたみ、<strong>製塩業の世界へ飛び込んだ</strong>のは60歳の時だった。「小浜の製塩工場の元職員から温泉熱を利用した塩づくりの仕組みを教わったり、全国の塩づくり職人を訪ねたり。<strong>試行錯誤を経て</strong>現在のやり方に辿りつきました」。市が管理していた源泉で製塩業を営む許可が出たことを機に、2011年、遂に木村さんの塩づくりが本格的にスタートした。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「雲仙エコロ塩株式会社」を訪ねる</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji4.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>小浜温泉街中心地からほど近く、海岸沿いの「雲仙エコロ塩」を訪ねると、木村さんが源泉の熱気に満ちた工場で一人黙々と作業をしていた。湯けむりが立ちのぼる工場脇の掘削機からは、水路を伝って湯がとめどなく流れ出ている。「源泉温度は105度ですが、この湯は空気に触れているから92,3度くらいかな」と木村さん。「橘湾の海底には大きなマグマ溜まりがあるんです。<strong>小浜温泉に高温の湯が湧くのは、このマグマ溜まりにとても近いから</strong>なんですよ」と、目の前に広がる穏やかな橘湾を指差しながら話す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「雲仙エコロ塩」の塩づくり</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji5.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>工場には高温の温泉水で満たされたプールがあり、そこに畳一畳ほどの大きさの容器が複数浮かべられている。この容器に、<strong>温泉水と橘湾海底から汲み上げた海水</strong>を入れ、<strong>プールでゆっくりと湯煎しながら塩分を濃縮</strong>させる。塩分濃度は温泉水0.2％、海水3％ほど。ブレンドすることで、海水だけでは表現できないまろやかさが生まれるという。どちらも1時間で約1％ずつ濃度が上がっていき、塩の結晶が固まってきた頃を見計らって木製の専用ヘラでざっくりと刮ぎ取る。この時点の塩を舐めるとニガリ成分による刺激が舌に残るが、工場隣の小屋で<strong>天日干しにすることで味わいが丸くなり、サラリとした質感に</strong>。自然の恵みをゆっくり丁寧に濃縮させた小浜の塩は口コミで評判となり、現在ホテルのレストランやステーキハウス、寿司店、ブーランジェリーといった全国の有名店からの注文が相次いでいる。</p>



<p>急激な温度変化が無いため雪の様な滑らかな塩ができる。</p>



<p>火の入れ方によって結晶の大きさ、食感が変わる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">環境に優しい塩づくり</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji6.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>現在日本で出回っている塩の多くは大量の燃料を必要とする製塩方法で作られており、CO2排出量の多さから環境破壊が懸念されている。一方「雲仙エコロ塩」で行われているのは、<strong>温泉の熱を効率的に利用した環境に優しい塩づくり</strong>。<strong>使用しているのは、これまで使われないまま海に捨てられてしまっていた温泉水</strong>だ。「小浜では1日で1万5,000トンもの温泉水が湧き出しています。しかし実はそのうち約35%が<strong>未使用のまま</strong>海に排出されているのです。これは本当にもったいないこと。塩づくりに活用しない手はないと思いました」と木村さん。現在「雲仙エコロ塩」では年間約1トンの塩を生産しているが、光熱費はたったの6,000円。<strong>高温の源泉で鹹水（かんすい）を少しずつ蒸発させていくため、ほとんど燃料を必要としない</strong>のだ。まさに環境に優しく、<strong>自然の恵みを無駄にしない</strong>製塩方法といえる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">商品の使い方や特徴</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji7.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>ボーリングして汲み上げた地下海水の運搬、検品、袋詰めまで、<strong>全て木村さんが手作業で行う「雲仙エコロ塩」の塩づくり</strong>。雪のように溶ける細やかな粉状のものから、程よい舌触りを残す粒、液体のものまで様々な塩があるが、中でも<strong>特に人気なのが　「小浜温泉 塩の宝石」と「調味液体の塩」</strong>だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「小浜温泉 塩の宝石」</h3>



<p>温泉水に溶け込んだミネラルや旨味を感じる、<strong>まろやかな塩</strong>。温泉水と橘湾海底から汲み上げた海水がバランス良くブレンドされており、結晶はやや粗め。素材本来の味わいを穏やかに<strong>引き立てる</strong>。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「調味液体の塩」</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>温泉水と海水をブレンドした、塩分濃度約20％の<strong>液体の塩</strong>。「刺身を浸して冷蔵庫で半日から2日ほど寝かすと、身が引き締まり<strong>旨味もアップ</strong>します。焼き魚、焼き鳥、パン作りなどに活用できますし、おにぎりを握る際に使用するのもお薦めです」と木村さん。元寿司職人としての<strong>経験を活かした商品</strong>だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">木村さんの塩づくりへの思い</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>とある調査で、木村さんが作る塩は<strong>人体に最適なミネラルがバランスよく含まれているという分析結果</strong>が発表された。「塩は人間にとって<strong>空気のようなもの</strong>。あって当たり前だからこそ、<strong>質が大切</strong>」と木村さんは話す。天候や気温で味わいが微妙に変化し、まるで生き物のように日々違った表情を見せる塩。その魅力と可能性に、木村さんは残りの人生を賭けるつもりだという。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji10.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>塩づくりを始めて10年、今後の展望を尋ねると「塩づくりには<strong>ロマンがあります</strong>。これからも黙々と、自分が作る塩が一番おいしいという<strong>信念を持って作り続けるだけ</strong>です」と一言。「雲仙エコロ塩」の塩が食のプロたちに支持されるのは、海の恵み、山の恵みを凝縮させた味わいはもちろん、木村さんのひたむきな情熱が込められているからだろう。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33580/">熱量日本一の温泉地で生み出される、自然の恵みをゆっくりと凝縮したまろやかな塩/長崎県雲仙市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>壱岐生まれ、壱岐育ちの銘牛「壱岐牛」の伝統を大切に受け継ぐ「梅嶋畜産」/長崎県壱岐市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 19 Oct 2022 01:41:46 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[長崎県]]></category>
		<category><![CDATA[牛]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/main-9.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>その味と希少性から幻の銘牛ともいわれる「壱岐牛」。玄界灘に浮かぶ小さな島「壱岐島」の恵まれた自然環境に生まれ、海のミネラルを多く含む牧草を食べて育った牛は、柔らかでコクとキレのある肉質となる。弥生時代からの歴史を持つ壱岐 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33414/">壱岐生まれ、壱岐育ちの銘牛「壱岐牛」の伝統を大切に受け継ぐ「梅嶋畜産」/長崎県壱岐市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/main-9.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>その味と希少性から<strong>幻の銘牛</strong>ともいわれる「壱岐牛」。玄界灘に浮かぶ小さな島「壱岐島」の恵まれた自然環境に生まれ、<strong>海のミネラルを多く含む牧草を食べて育った牛</strong>は、柔らかでコクとキレのある肉質となる。弥生時代からの歴史を持つ壱岐の和牛について紐解き、高品質な壱岐牛を育てる肥育農家「梅嶋牧場」を訪ねる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">幻の名牛を育む壱岐島とは</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/10/kiji1-9.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>九州の玄界灘に浮かぶ、南北17km、東西14kmほどの小さな島「壱岐島」。穏やかな気候、豊かな自然環境によって古より農耕文化が栄え、また中国大陸、朝鮮半島に隣接することから文化の交流拠点として栄えた歴史を持つ。日本最古の歴史書「古事記」では天地を結ぶ交通路としての役割を担う「天比登都柱（アメノヒトツバシラ）」として登場するなど、古来より神々とのゆかりが深く、現在でも150以上もの神社島内に多くの神社が点在することから「神々が宿る島」としても知られている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">和牛のルーツは長崎から!? 　壱岐島と和牛の歴史</h3>



<p><strong>壱岐島での畜産の歴史は長い</strong>。大陸交流の拠点であった壱岐には朝鮮半島経由でさまざまな文化が集まったが、壱岐牛の祖先もその際に渡来したものと考えられている。<strong>弥生時代の壱岐の歴史を物語る「原の辻遺跡」からは家畜牛の骨が出土</strong>しており、さらに国産牛についての<strong>鎌倉時代の図説「駿牛絵詞」</strong>には牛車を引く「駿牛」として登場。同じく鎌倉時代の図説<strong>「国牛十図」</strong>では「筑紫牛（壱岐牛）に優ぐるものなし」と称賛され、元寇の際には元軍に食用にされたとの記述もある。</p>



<h3 class="wp-block-heading">使役牛から食用へ</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji2-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>均整の取れた躯体を活かし、主に運搬などの役割を持つ役牛として活用されていた壱岐の和牛。弥生時代から農業の機械化を経た現在まで種を脈々と引き継ぐことができた理由は、その肉質の良さにある。壱岐はかねてから稲作が盛んな島。車であれば2時間弱で一周できるほどの小さな島には<strong>長崎県で2番目に広い「深江田原(ふかえたばる)平野」があり、この肥沃な土と温暖な気候、豊富な水を用いて古くから稲作が盛んに行われてきた。農作業などに使う牛車を引くための使役牛として活躍していたのが「壱岐牛」のはじまり、とされており、島では弥生時代の遺跡から家畜牛の骨が出土していることから、その頃にすでに牛の肉を食していたことがうかがえる。農業機械が進化し、牛の力を必要としなくなってからも、壱岐の島に牛が残り続けたのは、海に囲まれた島ならではのミネラルを多く含む牧草</strong>などを食べて生活する牛たちの肉質が、食用牛としても優れていたからだと言われている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">壱岐牛とは</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji3-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>現在壱岐では繁殖牛などの種類をとわず約13,000頭の牛が飼育されているが、その中で<strong>年間900頭しか</strong>出荷できないのが「壱岐牛」。出荷頭数が少ないのは、<strong>壱岐牛として育てるための厳しい規定</strong>があるためだ。規定は4項目。<strong>壱岐島で生まれ育った黒毛和牛であること。壱岐市農業協同組合肥育部会の構成員により育てられていること。独自の配合飼料「一支國」を食べさせていること。肉質等級が3等以上であること。</strong>これらを満たさなければ壱岐牛として認められない。壱岐牛の脂は融点が低くコクとキレがあり、赤身は味わい深く柔らかな食感。そのおいしさと希少性が、壱岐牛の価値を高めている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">実は有名ブランド牛の肥育用子牛の隠れた産地</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji4-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>壱岐で生まれた子牛の質は全国の肥育農家からの評価が非常に高く、例えば但馬牛、松坂牛などの<strong>名だたるブランド牛の肥育農家が、壱岐に子牛を買い付けに来る</strong>ことは珍しくない。つまり、壱岐で生まれた子牛を島外で育て、その土地のブランド牛として出荷されるケースも少なくないというわけだ。子牛だけでなく、<strong>壱岐で生まれた種雄牛も全国的に高く評価</strong>されている。和牛界では、実は壱岐で生まれたエリート牛たちが活躍しているのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「壱岐牛」が出荷されるまで</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji5-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>希少な壱岐牛は、どのような過程を経て出荷されているのか。大まかな流れは以下の通りだ。人工授精で生まれた壱岐牛の子牛はまず、<strong>繁殖農家</strong>で 「肥育素牛」として飼養管理される。 肥育素牛は繁殖農家で8ヶ月から10ヶ月ほど育てられ、その後、家畜市場へ。ここで子牛たちは<strong>肥育農家</strong>に引き取られ、約20ヶ月間、大切に飼養される。立派に育て上げられ食肉市場へ出荷されるまで、壱岐牛は島から出ることなくのびのびと過ごす。</p>



<h2 class="wp-block-heading">壱岐島の肥育農家「梅嶋畜産」へ</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji6-6.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>壱岐島の東側、金刀比羅神社近くにある海辺の牛舎を訪れたのは４月の終わり頃。稲藁の香りがする「梅嶋畜産」の清潔な牛舎には海からの風が心地よく抜け、美しい黒毛の壱岐牛が穏やかに過ごしていた。</p>



<p>肥育、レストラン経営、精肉販売まで一貫して手掛ける「梅嶋畜産」は、2代目に当たる梅嶋秀明さん、和之さん兄弟によって運営されている。「『壱岐牛』をブランド牛として生産し始めたのは約20年前。元々繁殖農家だった父は、その頃に肥育農家として形態を切り替え、現在に至っています」と話すのは、肥育を担当している弟の和之さん。現在150〜200頭の牛たちが衛生牛舎で暮らしている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">健やかな肥育環境</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji7-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>手入れの行き届いた牛舎でのんびりと飼料を食む牛たちを、優しく見守る和之さん。「島の豊かな環境が、壱岐生まれ、壱岐育ちの牛たちを健やかに育んでいます。今、牛たちが食べているのは『一支國』という飼料。15年ほど前、より良い肉質を目指す壱岐市農業協同組合肥育部会の構成員が「JA北九州くみあい飼料福岡工場」で作った、壱岐牛のための特別な配合飼料です」。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji8-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>飼育環境を整えるのはもちろん、和之さんは牛たちの体調管理にも細心の注意を払う。子牛として牛舎に迎え入れてから、２か月～3ヶ月目が特に重要な時期だという。この時期に牧草メインの食事でしっかりと食べられる胃袋を作ってやることが、その後の肥育を促進させるに欠かせない。子牛の頃に丈夫な胃袋を作れれば、食べ盛りの頃に配合飼料を取り込む力を発揮して、すくすくと大きく成長できる。こうして毎日、愛情をこめて育てていても、病気にかかって命を落とす牛もいるのだそうだ。突然やってくる病気には特に注意が必要だという。</p>



<p>「肥育農家として最も大切にしているのは、牛をしっかりと観察すること。牛は話せませんが、態度で私たちにいろいろなことを伝えてくれます。いつもと違う場所に座っているな、頭が少し下がっているな…そんな小さなサインを私たちは見逃してはいけないのです」。</p>



<p>肥育農家の仕事は365日、1日も休みがない。体力や経験、知識はもちろん、愛情や情熱も不可欠だ。「牛が好き。その気持ちがあるからこそやっていけます」と和之さんは微笑む。惜しみなく手間ひまと愛情を掛けた「梅嶋畜産」の壱岐牛は、「第40回九州産肉牛枝肉共進会金賞」「平成22年度開場記念ミートフェア（牛枝肉）最優秀賞」「第7回壱岐市和牛共進会（肉牛の部）金賞」といった多くの賞を受賞している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「梅嶋畜産」直営レストラン「味処うめしま」へ</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji9-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>牛舎から車で10分。<strong>芦辺港目の前にある「梅嶋畜産」直営の「味処うめしま」</strong>へ。柔らかく鮮やかな赤身にクリーム色のサシが入った上質な壱岐牛を、ヒレステーキ、特選ロース、焼き肉などでリーズナブルに楽しめるとあって、地元はもとより観光客にも人気のレストランだ。<strong>直売所が併設</strong>されており、ここから壱岐牛を全国に発送することもできる。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji10-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>ここを運営しているのは、梅嶋兄弟・兄の秀明さん。「<strong>丹精込めて育てた牛</strong>を自分たちの手でお客様に提供したい」という父の願いを、料理人を目指す秀明さんが叶える形で創業した。「30年ほど前のこと、肥育農家としてスタートしたばかりの父が初めて品評会に参加したところ結果が振るわず、小学生だった私はそのことをとても恥ずかしく思いました。しかし父はその結果をバネに『これから壱岐で上質な牛を育てるぞ！』と奮い立っていた。今、お客様からおいしいと言っていただくたびに、その時の父の希望に満ちた力強い姿を思い出します」と話す。「父や先人のおかげで壱岐牛がいて、壱岐の文化、私たちの生活がある。感謝しかありません。現在、弟がより良い壱岐牛を育ててくれてることに、自信と誇りを持っています」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">梅嶋牧場のこれから</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji11.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>古くから人と牛が共に暮らしてきた壱岐島。壱岐牛から作られる良質な堆肥は稲作に利用され、ここから出る藁は牛の餌になり、再び健やかな壱岐牛を育む。このようにして島では古くから循環型農業が営まれてきたという。現在、島の基幹作物の一つとして栽培されているアスパラガスにも壱岐牛の堆肥が使用され、全国から高い評価を受けている。つまり壱岐島内では持続可能な農業が長きにわたって受け継がれ、今さらに進化中というわけだ。「私の願いは、100年後もそれ以降もずっと、壱岐牛がおいしいと評価されること。希望を持った島内外の若者たちが、一次産業の島・壱岐で牛を育てたいと思えるようになるとうれしいです」と秀明さん。その言葉から、文化の交流拠点としての歴史と恵まれた自然環境が生んだ大らかな人柄、島への深い愛が感じられた。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33414/">壱岐生まれ、壱岐育ちの銘牛「壱岐牛」の伝統を大切に受け継ぐ「梅嶋畜産」/長崎県壱岐市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>“撥ね木”と“花酵母”　2つのこだわりから生まれる唯一無二の酒　「吉田屋」／長崎県南島原市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 12 Oct 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[酒]]></category>
		<category><![CDATA[酒造り]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/main-5.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国でも極めて希少な日本酒の製法「撥ね木（はねぎ）搾り」を用いて日本酒をつくる蔵が、長崎にある。重労働を伴う上に量産が難しく、今では日本でも数えるほどしか残っていない。その撥ね木搾りに加えて、自然界に咲く花々から分離した [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33283/">“撥ね木”と“花酵母”　2つのこだわりから生まれる唯一無二の酒　「吉田屋」／長崎県南島原市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/main-5.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国でも極めて希少な日本酒の製法「<strong>撥ね木（はねぎ）搾り</strong>」を用いて日本酒をつくる蔵が、<strong>長崎</strong>にある。重労働を伴う上に量産が難しく、今では日本でも数えるほどしか残っていない。その撥ね木搾りに加えて、自然界に咲く花々から分離した「<strong>花酵母</strong>」を使用した酒造りで、独自のブランド力を高めるべく試行錯誤を重ね続ける酒蔵を訪ねた。  </p>



<h2 class="wp-block-heading">日本でも滅多に見られない酒造り</h2>



<p>長崎県南島原市。醤油や味噌などの醸造蔵が今なお残る有家町にある<strong>酒蔵「吉田屋」</strong>では、<strong>昔ながらの酒造り</strong>を貫いている。8メートルほどの長さの巨木に重石をつるし、<strong>てこの原理</strong>で<strong>醪</strong>（もろみ）に圧力をかけることで酒を搾り出す「撥ね木搾り」。大変な労力がかかることに加え、近代化の波で多くの蔵が機械搾りを導入する中、日本でも５軒ほどを残すにとどまる、今では滅多に目にすることができない製法だ。機械による搾りとは違い、とてもまろやかな、そしてふくよかな味わいを醸し出すのがその魅力で「撥ね木搾り」によって造られた酒は今となっては貴重な存在となっている。</p>



<p>吉田屋の創業は大正6年（1917）。もともと撥ね木搾りで酒を造ってきた老舗の酒蔵だったが、時代の流れとともに1970年代頃には機械搾りへと移行。<strong>現蔵元</strong>の<strong>吉田嘉明さん</strong>が東京の大学で醸造を学んだのち、長崎へと帰郷した1984年には、蔵では製造量を減らしつつも、細々とではあるが地元で親しまれる<strong>普通酒</strong>を造って販売するのみとなっていた。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/10/kiji2-5.jpg" alt="" class="wp-image-31998"/></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">機械化を経て、再び蘇った撥ね木搾り</h3>



<p>100年近くにおよぶ酒蔵の後継者として志を高く持ち、改めて酒造りと向き合うこととなった若き嘉明さんは、<strong>吟醸酒</strong>や<strong>純米酒</strong>など、お米の精米歩合や原料などの条件を満たすいわゆる「高級酒」に再び着手。しかし製造ラインを最小限に抑えてきた当時の設備で造るのは困難で、試行錯誤を繰り返す日々だったという。</p>



<p>そこで嘉明さんが目を着けたのが、蔵にそのまま残されていた撥ね木だった。「道具も丸々残されていましたから、思い切って。全てきれいに洗って、まずは普通酒づくりから試してみました」 とはいえ、遠ざかっていた撥ね木搾りできちんと酒を造れる人材がいない。蔵に残されていた記録や、蔵人たちのわずかな記憶を手がかりに研究を重ね、ようやく撥ね木搾りを復活させたのは1997年。嘉明さんが長崎に帰ってきて13年が経っていた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">重労働かつすべてが手作業</h3>



<p>撥ね木搾りでは、<strong>槽</strong>（ふね）と呼ばれる木枠の中に醪を入れた酒袋を何重にも積み、その上に枕木を高く重ねていく。一番上に撥ね木を乗せ重石をつるしたら、無理な圧力をかけずに自然の重みでゆっくりと搾り出す。量産はできないが機械のように完全に“<strong>搾りきらない</strong>”ことで、最後に残る雑味が抜けてすっきりとした優しい味わいに仕上がる。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji3-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>一方、その工程は並大抵ではない労力を必要とする。槽は大きく深いため、酒袋を積み入れる蔵人の上半身は逆さまになるほど。両手に抱えた袋の重みで頭から落下しないように、もう一人の蔵人が脚をしっかりと支えながら、二人がかりで積むこともある。醪が多すぎたり、酒袋の重なりが悪いとうまく圧力がかからず袋が破れてしまうこともあるため、すべて<strong>長年の経験と感覚</strong>を頼りに<strong>手作業</strong>で行われる。  </p>


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<h3 class="wp-block-heading">苦労を惜しまず手間ひまかけて</h3>



<p>枕木を乗せるのも、８メートルという撥ね木を動かす阿弥陀車の操作も、<strong>人力</strong>。微妙な位置を調整しながら撥ね木を乗せたら、最後は60個もの重石をひとつひとつ担いで吊るしていく。現在は重石の代わりにポリタンクに水を入れたもので代用しているがその重さはひとつ16キロ～18キロ。その重さは約1トンに上る。</p>



<p>その後の充填・ラベル貼り・出荷作業も一貫して手作業だ。こうした工程のひとつひとつを<strong>慎重かつ丁寧</strong>に、そして<strong>苦労を惜しまず手間ひまかけて生み出す</strong>からこそ、<strong>奥深い味わい以上の酒</strong>に仕上がるのだろう。  </p>


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<h2 class="wp-block-heading">もうひとつのこだわり“花酵母”</h2>



<p>日本酒の味わいを大きく左右する原料のひとつが、<strong>酵母</strong>。種類によって<strong>生まれる香りや味の成分</strong>が違うため、<strong>どの酵母を選択するかは酒造りにおいて重要な要素</strong>となる。代表的な酵母といえば、「<strong>きょうかい酵母</strong>」や、「<strong>都道府県酵母</strong>」などがある。</p>



<p>吉田屋が使用しているのは、このどちらでもない自然界に存在する<strong>天然の清酒酵母</strong>「<strong>花酵母</strong>」と呼ばれる種類のもの。そもそも酵母は自然界のあらゆる場所に存在しているが、その中でも花や果物などには特に多く生育している。ここに着目した<strong>東京農業大学</strong>の「<strong>花酵母研究会</strong>」は、<strong>世界で初めて花から酵母を分離</strong>させることに成功。現在では十数種類の花酵母が実用化されている。当大学は嘉明さんの出身校とあり、開発当時から花酵母を使用する機会に恵まれたという。</p>



<p>「花酵母」と聞くと、香りが強くて華やかなイメージが思い浮かぶが、嘉明さんは「香り高いというよりも、<strong>味わいの幅広さが花酵母の魅力</strong>ですね。この酵母はどんな味わいを出してくれるだろう？と、酵母に合わせて造り方を変えるなど、日々研究です」と話す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">花の種類によって発酵の特性は様々</h3>



<p>香り華やかで、辛口でありつつも口に含んだ瞬間にしっとりとした甘味が広がるのは、<strong>ナデシコ酵母</strong>を使用した「はねぎ搾り 純米吟醸酒」。</p>



<p>果実酒のように甘くフルーティーな香りが人気の「純米大吟醸 清泉石上流（せいせんせきじょうをながれる）」は、<strong>アベリア酵母</strong>を使用。上品かつなめらかな味わいを持ちつつ、飲んだ後には爽やかなキレを感じられる自信作となっている。  </p>


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<h3 class="wp-block-heading">次世代の蔵元が手掛けるのは新しい花酵母</h3>



<p>息子の<strong>嘉一郎さん</strong>（5代目）が修行後、蔵に戻って初めて開発した純米吟醸酒「<strong>BANG</strong>」も注目株だ。アルコール度数16度とあるが、その強さを感じさせない軽やかな味わいですっきりとした甘さが特徴。吉田屋では初めて<strong>オシロイバナ酵母</strong>を使用するなど新たな扉を開くとともに、「BANG」の名は吉田屋の老舗銘柄「<strong>萬勝</strong>（バンショウ）」を由来とするなど、古き良きものを受け継ぐ<strong>次世代の志</strong>が光る<strong>新ブランド</strong>となっている。</p>



<p>「酒蔵業界にバン！と音を立てて名前を知れ渡らせたいという思いを込めています。温度変化によって表情がガラッと変わるので、ぜひ色々な温度帯で楽しんでほしい」と嘉一郎さん。  </p>


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<h3 class="wp-block-heading">勢いを増す日本酒以外の商品も</h3>



<p>そのほか、甘味・酸味・心地よい苦味と、ふくらみのある旨味のバランスが整う<strong>ツルバラ酵母</strong>使用の「はねぎ搾り 純米酒」や、若干の酸味の中に、フレッシュな果実を思わせる夏らしい爽やかな味わいが特徴の特別純米酒「<strong>ひまわり酵母</strong>のお酒」など、吉田屋ではすべての銘柄に花酵母を使用している。「花酵母はまだまだ新しいものも出てきていますし、私たちも知らないことがたくさん。それだけに楽しみですね」</p>



<p>日本酒以外にも、日本酒をベースにした<strong>梅酒</strong>「<strong>歌酒</strong>」や、<strong>米麹</strong>を瓶の中で自然発酵させた「<strong>百年甘酒</strong>」なども人気を増している。甘酒は、「にっぽんの宝物」の<strong>世界大会で最優秀賞を受賞</strong>（2018）した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">長崎の日本酒を全国に広めたい</h2>



<p>先代が一度は機械化に舵を切りながらも、<strong>昔ながらの伝統製法</strong>である撥ね木搾りを<strong>現代に復活</strong>させ、<strong>花酵母</strong>という独自路線を開拓した4代目・嘉明さん。それを礎に、新たな酒造りの知識や技術をさらに取り入れようと試み続ける5代目の嘉一郎さん。「酒は寒造り」と言われるほど、寒い季節、寒い地域で造るのが品質的にも合っているとされてきたのが、これまでの日本酒。それを歯牙にもかけず、<strong>長崎の地</strong>で意気揚々と酒造りに向き合う吉田さん親子の姿には、むしろ清々しさが漂う。</p>



<p>「『日本酒って長崎でも造っているの！？』と驚かれることも、いまだに少なくありません。そうした従来の価値観を少しでも変えられるように、変化を恐れず、長崎の酒を胸を張って全国へと送り出せる酒蔵へと成長していけたらと思います」と、朗らかな笑顔で蔵の今後を力強く語る。現在生産量わずか90石ほどの小さな蔵ではあるが、自分たちがこだわった酒造りを貫き通すその信念に、長崎の日本酒の明るい未来が見えた。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33283/">“撥ね木”と“花酵母”　2つのこだわりから生まれる唯一無二の酒　「吉田屋」／長崎県南島原市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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