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	<title>長崎市 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>長崎市 - NIHONMONO</title>
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		<title>「ほぼすべて独学」のスタイルを貫くスリップウェア作家　「てつ工房」小島鉄平さん/長崎県長崎市</title>
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		<pubDate>Thu, 17 Nov 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[スリップウェア]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/DSC07463a-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>長崎・油木町にて、「てつ工房」の屋号で作陶に励む陶芸家・小島鉄平さんは、昔ながらの技法と独自に研究した原料を用いた、普段使いのうつわを数多く手がけています。自らの目で見てきた動物たちの“生きる姿”を描く生き物シリーズをは [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/DSC07463a-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>長崎・油木町にて、「てつ工房」の屋号で作陶に励む陶芸家・小島鉄平さんは、<br>昔ながらの技法と独自に研究した原料を用いた、普段使いのうつわを数多く手がけています。<br>自らの目で見てきた動物たちの“生きる姿”を描く生き物シリーズをはじめに、<br>他ではなかなか見られない個性的な佇まいが魅力です。</strong></p>







<p>やわらかく丸みを帯びた櫛目や格子状の模様が代表的な<strong>スリップウェア</strong>だが、生き物をモチーフにひと際個性溢れるスリップウェアを作るのが、長崎市に工房を構える<strong>小島鉄平</strong>さんだ。<strong>陶芸はほぼすべて独学</strong>という小島さんに会いに、「<strong>てつ工房</strong>」へと足を運んだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">スリップウェアとは</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/11/kiji1-7.jpg" alt="" class="wp-image-31997" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>スリップウェアとは、「<strong>スリップ</strong>」と呼ばれる泥状の化粧土で装飾し、焼き上げた陶器のこと。やわらかで丸みを帯びた縞模様や波模様を代表とするスリップウェア独特の風合いには、<strong>手作業</strong>ならではのどっしりとした存在感を見ることができる。</p>







<h3 class="wp-block-heading">イギリス生まれ、日本育ちの器</h3>



<p>18～19世紀にかけてイギリスで盛んに作られてきたスリップウェアは、主にオーブン皿として、料理が焼けたらそのままテーブルへと運ばれ、日々の食卓を支えてきた。やがて工業化の波に呑まれ、大量生産品が一般的になるにつれて姿を消していったが、遠く離れた日本でスリップウェアに目を留めたのが、<strong>柳宗悦</strong>をはじめとする<strong>民藝運動</strong>の創始者たち。彼らとイギリス人陶芸家・<strong>バーナード・リーチ</strong>との出会いは、この器に再び光を当て、徐々にその認知度は上昇。2000年代に入るとその人気はますます高まり、若手の陶芸家もスリップウェアの技法を取り入れるなど、現在では比較的容易に手に入れることができるようになった。</p>







<h3 class="wp-block-heading">無限に広がるスリップウェアの模様</h3>



<p>スリップウェアといえば、<strong>丸みを帯びたやわらかい曲線が特徴的な縞模様や矢羽根模様</strong>。生乾きの化粧土の上からスポイトや筒で模様を描いたり、その上から棒で引っ掻くように模様をつけていく方法などがよく知られている。一枚一枚手描きのため同じ器は二つとなく、作家の個性が溢れるのもまたスリップウェアの面白さ。その中でも<strong>生き物をモチーフ</strong>に個性豊かなスリップウェアを作り続けているのが、長崎市に拠点を構える陶芸家・小島鉄平さんだ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji2-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<h2 class="wp-block-heading">サラリーマンから一転、陶芸家へ</h2>



<p>長崎市内にある小さなビルの一室。「てつ工房」に足を踏み入れると、目に飛び込んでくるのは囲炉裏とそれを取り囲む古道具。民藝や工芸にまつわる書物が棚に並び、まるでこじんまりとした小料理屋のような世界が広がっていた。出迎えてくれたのは、着物姿の小島鉄平さんだ。  </p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji3-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">お金は生活できるだけ。好きなことがしたい</h3>



<p>長崎市出身。大学卒業後に東京のレストランに就職するも、家と職場との往復で過ぎていく時間に自分が本当にやりたいことを見つけたいと退職を決意し、長崎へとUターン。その後は防水工や営業、肉体労働などの職を転々としたが、どれも長くは続かなかった。一方で、帰郷後に通い始めた陶芸にのめり込むようになった小島さん。物心ついた頃からものづくりが好きだった彼にとって、我を忘れて没頭できる貴重な時間だったという。抱き続けてきたのは、「<strong>お金は生活できるだけあればいい。自分が好きなことがしたい</strong>」という気持ち。陶芸の道へと進んだのは、自然な流れだった。</p>



<p>「振り返れば大学時代、居候先に逗留していた陶芸家の方がいたんです。1週間くらい毎日釣りしたり、酒飲んで語り合って過ごすわけですよ。その生活を見て、陶芸家になったらこげな生活ば送れるとねえ……と羨ましく思ったのが、陶芸への入り口だったんでしょうねえ」と目を細めながら当時を語る。  </p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji4-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">気分転換に描いた絵が自分のスタイルに</h3>



<p>陶芸教室に通い始めてまもない頃、某美術系雑誌で特集が組まれたことをきっかけに注目を集めつつあったスリップウェアに小島さんも着目。教室の先生に技法を教わり自宅で試してみるも「素人に線画は難しくてなかなかうまくいかなかった」と振り返る。そんな時たまたま目にした書物に載っていたのが、バーナード・リーチの窯元（イギリス）で修行を積んだ、日本を代表するスリップウェア作家の故・<strong>船木研児</strong>氏の器だった。</p>



<p>「船木先生はスリップウェアでいろんな動物を描いておられるんですね。自分もなんとなく気分転換にと描いてみたら、それが意外と良かったんですよ。線より絵のほうが自分に合っとるかもしれんねえ、と思ったんです」</p>



<p>夜中まで自宅で器に絵付しては教室に持ち込んで焼くという日々。ついに「先生から自分で窯を買えと呆れられましてねえ」と、電気窯を個人で購入。<strong>釉薬</strong>の研究やスリップの技法も、ほぼ独学で習得した。  </p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji5-6.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">わずか3年でプロの道へ</h3>



<p>陶芸を始めて2年後の2011年に、小島さんは<strong>長崎陶磁展 審査員特別賞</strong>を受賞。翌年には同展の<strong>生活陶磁部門で最優秀賞</strong>を獲得した。この年、松屋銀座の「<strong>銀座・手仕事直売所</strong>」からも声がかかったことが、<strong>プロの道</strong>へと進むきっかけとなった。</p>



<p>「1週間在廊して欲しいと頼まれましてね。でも当時はサラリーマン。1週間も仕事を休むわけにもいかんでしょう。かといって断ったら、一生陶芸家にはなれんやろうねえ、と思いました」</p>



<p>これを機に仕事を辞めて陶芸に専念することを決意した小島さん。以降、「銀座・手仕事直売所」には毎年出店し続けるなど、着実にプロとしてのキャリアを築いている。</p>







<h2 class="wp-block-heading">小島さんといえば、生き物の絵</h2>



<p>小島さんといえば、躍動感あふれる生き物が描かれた器。定番の<strong>鹿、タコ、うさぎ</strong>をはじめ、近年は<strong>ぬりかべ、一旦木綿、鬼</strong>など、妖怪シリーズも人気だ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji6-6.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">3分で完成する小島さんの世界観</h3>



<p>スリップウェアは、生乾きの器に<strong>泥漿</strong>（でいしょう・スリップ：水と土を泥状に混ぜたもの）をかけたあと、上からすぐに別の泥漿で一気に絵を描き上げる。「乾いてしまうと絵が描けなくなるでしょう。絵付けにかけられる時間は、一皿<strong>わずか3分</strong>ほどですよ」と小島さん。 </p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji7-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>絵付をそばで見ていると、いとも簡単そうに見えるが、泥漿が入ったスポイトを握るその力加減は経験あってのもの。「点ひとつ取っても、大きさが微妙に違うだけでバランスがどんどん変わってくるんですよ。その強弱をスポイトでつけるのは本当に難しいですね」</p>



<p>またこの時、泥漿の水分量が多すぎると、絵が広がってしまいきれいに仕上がらなくなるほか、乾燥の工程でも収縮率の関係でひび割れや変形などが生じやすくなる。反対に水分量が少なすぎても、焼成時に色が剥がれてしまったりするため、泥漿の濃度調整はスリップウェアにとって非常に重要な要素の一つとなっている。</p>



<p>「化粧土の上で絵が染み込むスピード、線が広がる塩梅、焼いた時に出る色。こういうことを計算しながら濃度を調整するんですね。濃い薄いは本当に難しい。中には濃度計を使う方もいますね」  </p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji8-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">なるべく自分で作った自然のものを</h3>



<p>泥漿に使用するのは、天然顔料のベンガラ。また釉薬には、自分で炊いた木灰をベースに、<strong>島根産の来待（きまち）白石</strong>と呼ばれる希少な石を合わせて作る。「灰も買おうと思えば買えるんですが、どこ産の何という木が使ってあるとか、木以外の、例えば雑誌や新聞紙が混ざっていたりすることもあるので、自分で作ったほうが安心なんですよ。自分で作れるものは、できるだけ作るようにしています」と話す。  </p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji9-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>そのせいか、小島さんのスリップウェアはどことなく自然のやさしさが感じられるものが多く、絵の表情も軽快でユニークながらも、おおらかさが漂う。</p>



<p>サイズや形もさまざま。<strong>深さがありサラダをのせたりおでんなどにも使い勝手が良い7寸皿</strong>をはじめ、<strong>ケーキ皿や取り皿としても小回りが効きそうな5寸の平皿</strong>。<strong>3寸の豆皿</strong>にも丁寧な絵付けが施されていて、その動物や妖怪たちの表情や躍動感のある動きは見ていて飽きることがない。  </p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji10-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<h2 class="wp-block-heading">自分のスタイル確立を求めて</h2>



<p>「もともと絵を描くのは苦手なんで、ツラい時もありますね」と苦笑いしながら話す小島さん。しかし奇しくも、故・船木研児氏の器を目にしたことで生き物の絵をかくようになったことで切り拓けた今の道。「少しでも自分の絵が上手になれば」と、最近は自分ですった墨で水墨画を描くことが日課となった。</p>



<p>同時に、今新たに増やしつつあるのが、「<strong>墨はじき</strong>」で作る器だ。墨はじきとは、墨の成分を生かして白抜きするという古くからある技法で、角のない丸みが特徴のスリップウェアと比べると、パキッとした<strong>シャープな表情</strong>を描き出せるという点で対照的だ。  </p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji11-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>「陶芸の学校も出てないし、ちゃんとした師匠もいない。だからこそ、<strong>総当たり戦</strong>でやっていくしかないというのが本音。これから先もずっと続けていれば、いつかは自分の絵が描けるようになり、自分のスタイルに近づいていくんやないかなあと思います」と、朗らかに笑う。</p>



<p>自分が本当に好きなことがしたいと、たどり着いた場所にあったものと出会えた小島さん。ほんの少し遠回りをしたけれど、その全てを学びに変えてきた、と話す小島さんの作品はどこか優しくあたたかい。日常の、ほっと一息付けるときに手に取りたくなる不思議な安心感は、使い手が喜んでくれることにこだわり続ける小島さんの想いがあるからこそ。是非一枚は仲間に加えてみてほしい。気が付けば食器棚の最前列にいつもあるお皿になるはずだ。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/fde94d42f6c3d17fbd49b04b20534e3e.jpg" alt="" class="wp-image-47707" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/fde94d42f6c3d17fbd49b04b20534e3e.jpg 360w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/fde94d42f6c3d17fbd49b04b20534e3e-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">てつ工房 小島鉄平さん</figcaption></figure></div>


<p>自分なりに1つ1つ課題をクリアしつつ作品を完成させてきました。独自の工夫がなされた、自分ならではのうつわだと自負しております。ぜひお手元に置いて、たくさん使ってあげてください。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33775/">「ほぼすべて独学」のスタイルを貫くスリップウェア作家　「てつ工房」小島鉄平さん/長崎県長崎市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>艶めく飴色の芸術－－日本唯一のべっ甲専門彫刻細工師を訪ねて/長崎県長崎市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 08 Aug 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[彫刻]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/main-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>江戸時代、日本で唯一ヨーロッパに開かれていた「出島」を通じて独特な文化が花開いた長崎。ウミガメの一種「タイマイ」の甲羅を加工した装飾品「長崎べっ甲」も当時の文化の交流拠点・長崎から生まれ、その美しさで人々を魅了した。長崎 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/main-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>江戸時代、日本で唯一ヨーロッパに開かれていた「出島」を通じて独特な文化が花開いた長崎。ウミガメの一種「タイマイ」の甲羅を加工した装飾品「長崎べっ甲」も当時の文化の交流拠点・長崎から生まれ、その美しさで人々を魅了した。長崎べっ甲職人の第一人者である藤田誠さんの工房を訪れ、歴史と魅力を聞く。<br> </p>



<h2 class="wp-block-heading">べっ甲とは</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji1-2.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p>ぽってりと艶めくべっ甲飴のような黄色に、褐色や黒色の柔らかな模様。<strong>ウミガメの一種「タイマイ」の甲羅から作られる「べっ甲細工」</strong>は、その美しさと希少性で古くから高級品として珍重されてきた。</p>



<p>現在、<strong>ワシントン条約</strong>として知られる「絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」によって、べっ甲の原料となる「タイマイ」が全面輸入禁止となっている。つまり今後使用できるのは過去に輸入したストックのみ。<strong>原料に限りがある</strong>ことがべっ甲細工の価値をさらに高めている。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">べっ甲細工の歴史</h3>



<p>べっ甲細工の歴史は古く、<strong>始まりは6世紀の中国、隋の時代</strong>といわれる。日本に初めて伝わったのは奈良時代とされ、奈良県東大寺の「正倉院御物」には、べっ甲で作られその原料「タイマイ」の名が入った儀式用の仏具「玳瑁杖（たいまいのつえ）」「玳瑁如意（たいまいにょい）」や、べっ甲細工が施された「螺鈿紫檀五弦琵琶（らでんしたんのごげんびわ）」などの宝物が保存されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本におけるべっ甲細工始まりの地・長崎</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji2-2.jpg" alt="" class="wp-image-31998"/></figure></div>


<p>日本でのべっ甲細工の歴史は、<strong>鎖国時代の長崎</strong>から始まった。唯一世界に開かれていた貿易拠点「出島」が長崎にあったことがその理由だ。当時の長崎は、中国、オランダをはじめとしたアジア、ヨーロッパ文化の玄関口。多種多様な人、物、事が混ざり合った「和華蘭」文化が誕生し、多くの商人、名士、外国人が集まる一大拠点として賑わっていた。カリブ海、インド洋などから唐船やオランダ船で運ばれたべっ甲は、長崎の港で陸揚げされ、付近に住む職人たちによって加工された。これが<strong>「長崎べっ甲」</strong>の始まりであり、櫛のほか、かんざしや化粧箱、タバコケースなどが製作されていたという。美しく気品のあるべっ甲細工は、江戸の吉原、京都の島原と並ぶ三大花街である、長崎の「丸山」の芸妓や遊女たちにも愛され、華やかな世界を彩った。</p>



<h3 class="wp-block-heading">長崎から広まる技術</h3>



<p>江戸時代後期に開港条約が締結されたことで、長崎には多くの外国人が出入りするようになった。居留中の外国人にも「長崎べっ甲」は人気を集めていたため、職人たちは研究を重ね、外国人の生活に合わせて技術、デザインを考え出し、洗練させていった。これに伴って「長崎べっ甲」の知名度が国内外で高まり、江戸や大坂へ技術が広められていく。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「長崎べっ甲」の第一人者・藤田誠さんの工房へ</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji3-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>大正時代から100年余り、長崎べっ甲の彫刻細工師としての歴史を刻む藤田家。3代目である藤田誠さんの自宅工房は、港町・長崎らしい、すり鉢状に広がる住宅地の高台にあった。斜面を縫うように伸びる階段を上った先、眼下に町を望む一軒家。万力、小刀、彫刻刀、研磨用の機械などが所狭しと並ぶ工房で、笑顔の藤田さんが迎えてくれた。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">藤田家100余年の歩み</h2>



<p>問屋から材料を買い付け、デザイン、加工、彫刻を経て完成。藤田さんはこれらの工程全てを一人で行う、日本唯一の<strong>べっ甲専門彫刻細工師</strong>だ。店舗は構えず、自宅の工房で製作した作品を販売店に卸すというスタイルは祖父の安太郎さんが創業した当時から続いており、誠さんの代からは「<strong>喜山</strong>」というブランド名を掲げている。「山のような喜びがあるように、という願いを込めています。ブランド名を付けるのはなんだか気恥ずかしかったのですが、販売先からの要望で…」とはにかむ藤田さんは、<strong>べっ甲細工職人歴約60年</strong>。祖父から伝わる技術を、父・日吉さんの背中を見て学び、習得した。「『喜』という字に父の名前の一部が入っていることに後から気付き、このブランド名をつけて良かったと今では思っています」。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji4-2.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">藤田さんとべっ甲細工</h3>



<p>物心が付く頃からべっ甲細工に触れていた藤田さんだが、本格的に父に師事したのは16歳の時。当時流行っていたダンスホールで青春を謳歌する傍ら、職人としての腕も確実に上げていった。「仕事をすれば顧客から喜んでもらえる上、稼ぐこともできる。これがモチベーションになり、毎日が充実していました」。1980年代に結婚し、家族が増えたと同時にバブル期に突入。眠る暇もないほど仕事に没頭する日々が45歳まで続いた。「作っても作っても足りない時期。思い返してみると、一番良い時代を過ごさせてもらいました」。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji5-2.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p>「べっ甲あっての私の人生。感謝しかありません」と話す藤田さんだが、後継者は育てていない。原料の確保が難しいことに加え、べっ甲に代わる安価な素材の登場や生活スタイルの変化による需要の減少がその理由だ。「息子もべっ甲職人になると言ってくれましたが、やがて消えゆく運命にある職業。残念ですが止めました」。藤田さんに限らず、後継者をとる職人は年々減ってきている。60年ほど前まで、長崎県内には小売を含むべっ甲関連業者が約300件あったが、現在はわずか20件ほどに。現在の代から跡を継がせないという職人は少なくない。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">長崎べっ甲細工の作業工程</h2>



<p>タイマイの剥製、べっ甲のストック、彫刻刀、磨き機、改造した歯科技工用具。特殊な道具にぐるりと取り囲まれた作業机の前に座り、藤田さんは朝から夕方まで1日約10時間、ベっ甲細工に向き合う。</p>



<p>制作の始まりは「デザイン」から。美しい曲線、緻密な紋様の図案を全てフリーハンドで描く。べっ甲は1つとして同じ風合いのない天然素材であるため、デザインを活かす「素材選び」も重要だ。背甲（背中側の甲羅）、爪（甲羅の縁）、腹甲（腹側の甲羅）から相応しいものを選び、デザインの型に合わせて糸鋸（いとのこ）で切っていく。「この工程を『切りまわし』と呼びます。糸鋸は祖父の代からのもの。手の形に合わせて取っ手を替えながら使っています。職人に1番大切なのは、自分に合った道具を作り出すことです」と話しながら、藤田さんは糸鋸の取っ手を胸で固定し、切り口を自在に操る。</p>



<p>「切りまわし」の後、やすりや小刀を使って不要部分を一旦削る。長崎弁で「擦る」を「きさぐ」と言うことから、この工程は「きさぎ」と呼ばれる。キリキリと独特な音を立てて擦りながら「人によっては嫌な音かもしれませんが、僕らにとってはかわいい鳥のさえずり」と藤田さん。その笑顔から、仕事への愛と、愛嬌のある温和な人柄が伝わる。</p>



<p>板状の作品を作る場合、複数のべっ甲を重ねて圧をかけ1つに固めて厚さを均一にするが、その際、重ねたべっ甲がずれないよう、まずは熱した鉄板で仮付けを行う。この「火ばし」と呼ばれる工程の後、万力で一気にプレス。接着剤などを使用することなく、水、熱、圧力だけで1枚の板に仕上げる。これがべっ甲細工を「<strong>水と熱の芸術品</strong>」と呼ぶ所以。「きさぐことで甲羅の表面の繊維が毛羽立ち、ここに水、熱、圧力が加わってしっかりと絡まり合うのです」。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji6-1.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p>タイマイの産地は、キューバ、アフリカ、フィリピン、インドネシアなど。甲羅は、樹木の年輪のように成長に伴って瓦状に重なっていき厚みが出る。数ある産地の中でも<strong>カリブ産のタイマイが最も上質</strong>で、「色、透明度、肉の厚さが素晴らしい」と藤田さん。べっ甲は髪や爪と同じタンパク質でできているため、熱を加えると変形する。この性質を利用し、べっ甲職人は水と熱だけで曲げたり圧着したりする技術を編み出した。例えばかんざしのような反った形状に仕上げる場合、熱したこてを当てる「押しごて」の工程で柔らかくし、湾曲させる。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji7-1.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p>その後、「彫刻」「組み立て」を経て、「磨き」をかけて作品が完成。研磨用の機械で磨き上げられたべっ甲は、特有の滑らかな艶めきを放つ。「磨く工程で、表面の乱反射を正反射にします。凸凹をなくしてあげれば、べっ甲だけじゃなく心だって光りますよ」と藤田さんは茶目っ気たっぷりに話す。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">長崎べっ甲細工ブランド「喜山」</h2>



<p>藤田さんが手掛ける「喜山」の長崎べっ甲細工は全て、この小さな工房から生み出される一点もの。長崎べっ甲の第一人者にして日本唯一のべっ甲専門彫刻士による見事な透し彫りは、ため息が出るほどの美しさだ。現在藤田さんは、全国の取引先からの依頼に応える傍ら、1、2年に1点のペースで自らの技術を注ぎ込んだ芸術性の高い作品作りも進めている。それは「父から受け継いだ様々な教えを形にしたい」という思いから。「売れるか売れないかは二の次。自分の腕を保つためにも続けていきます。べっ甲細工は決して手が届きやすい値段ではありませんが、それでも僕の作品を選び、身に着けてくれる人がいる。本当にありがたいことです」。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">数十年に1度の会心作を求めて</h2>



<p>集中力と体力が不可欠な、長時間に及ぶ作業に日々向き合う藤田さん。現在75歳、精力的に仕事を続けられている秘訣を問うと「しっかり遊ぶこと」との答えが。「お金と時間ができたら、妻を連れて出掛けます。先日は排気量1800ccのハーレーダビッドソンのバイクに乗って四国に行ってきましたよ。遊ぶためには体づくりを欠かしません。筋力に伴って気力も沸き、それが良い仕事に繋がっていくんでしょう」。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji8.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p>べっ甲職人として歩んだ約60年で「これぞ会心作」と自身で確信できたのは3回ほど。「あと数回、あの喜びの瞬間を味わいたい。そのために90歳までは仕事を続けるつもりです」。数十年に1度の会心作を生み出す。熱い思いを胸に、藤田さんは今日も長崎べっ甲細工に向き合う。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/32381/">艶めく飴色の芸術－－日本唯一のべっ甲専門彫刻細工師を訪ねて/長崎県長崎市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>平和への願いをこめて「長崎原爆資料館」／長崎県長崎市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 19 Aug 2009 05:30:46 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[長崎県]]></category>
		<category><![CDATA[長崎市]]></category>
		<category><![CDATA[原爆]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/16980_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>記憶に残る展示室 1945年8月9日午前11時2分、長崎に原爆が投下された。空にはきのこ雲が立ち上り、一瞬にしてあたりの様子を消し去った原爆。多くの尊い命が奪われ、壊滅的な被害を受けた長崎が、世界で唯一の被爆国として、被 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/16980_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">記憶に残る展示室</h2>



<p>1945年8月9日午前11時2分、長崎に原爆が投下された。<br>空にはきのこ雲が立ち上り、一瞬にしてあたりの様子を消し去った原爆。多くの尊い命が奪われ、壊滅的な被害を受けた長崎が、世界で唯一の被爆国として、<span class="swl-marker mark_yellow">被爆の惨状をはじめ、原爆が投下されるに至った経過、および核兵器開発の歴史、平和希求などを、資料とともにストーリー性のある展示を行っている</span>。ここを訪れることで、“平和”について考えるきっかけとなるに違いない。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/16980_img01.jpg" alt="" class="wp-image-17312" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/16980_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/16980_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/16980/">平和への願いをこめて「長崎原爆資料館」／長崎県長崎市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>舶来の味「和泉屋のカステラ」／長崎県長崎市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 19 Aug 2009 05:30:32 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[長崎県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2009/08/4ed599a3f2883db4ed5243a6e6fd8131-1-1024x874.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>カステラの歴史 子どもから大人まで人気のカステラ。日本に伝えられたのは16世紀中期、ポルトガルの宣教師によって、当時南蛮貿易の窓口となっていた長崎に伝わったと言われる。当初のカステラは卵・小麦粉・砂糖で作ったシンプルなも [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/16982/">舶来の味「和泉屋のカステラ」／長崎県長崎市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2009/08/4ed599a3f2883db4ed5243a6e6fd8131-1-1024x874.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">カステラの歴史</h2>



<p>子どもから大人まで人気のカステラ。日本に伝えられたのは16世紀中期、ポルトガルの宣教師によって、当時南蛮貿易の窓口となっていた長崎に伝わったと言われる。当初のカステラは卵・小麦粉・砂糖で作ったシンプルなものであり、それぞれを同量混ぜ合わせ、蒸し鍋に入れて上下から焼いていた。ヨーロッパの菓子類としては珍しく乳製品を用いないことから、乳製品を生産、常用しない当時の日本に広がった。その後独自の焼き釜が開発、製法に変化をつけながら日本に合わせた食べ物となり、栄養価の高さから、医学に携わる者たちを中心に全国へ。その後も時代の変遷に従って徐々に変化し、砂糖だけでなく日本人の嗜好に合うよう水あめを用いるなど、日本人の味覚に合うように各地で工夫された。</p>



<h3 class="wp-block-heading">長崎名物カステラの老舗「和泉屋」</h3>



<p>長崎は、カステラが伝来した土地ということもあり、老舗が連なっている。その中のひとつ、<a href="https://n-izumiya.com/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">和泉屋</a>の特撰五三焼カステラ「舶来の匠」では、<span class="swl-marker mark_yellow">長崎カステラ古来の味を極めるために、徹底的に原材料にこだわり素材にもこだわっている</span>。風味や色合いに影響を与える鶏卵は、鶏の飼料から配合を指定した「当社専用卵」、食感を左右する小麦粉には、生地の気泡を優しく包むグルテン形成の少ないものを厳選し、味の決め手となる砂糖には、クセのない上白糖と高級和菓子などに用いる水あめ「餅米飴」を使用。また、「アカシア蜂蜜」を中心に使用することで、砂糖や水あめの上品な甘さを一層引き立てている。<br>熟練した職人が作り続けるカステラ、伝来の味。ぜひ召しあがれ。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="707" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2009/08/4ab33f1523b177b42d177421ab736248-1024x707.jpg" alt="" class="wp-image-29323" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2009/08/4ab33f1523b177b42d177421ab736248-1024x707.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2009/08/4ab33f1523b177b42d177421ab736248-300x207.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2009/08/4ab33f1523b177b42d177421ab736248-768x530.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2009/08/4ab33f1523b177b42d177421ab736248.jpg 1250w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>


<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/soumen1-1.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/32582/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">本当の“手延べ”を貫き続ける小さなそうめん屋 南島原・高橋謙作製麺／長崎県南島原市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">国内有数の素麺の産地である長崎県南島原市にある「高橋謙作製麺」は、昔ながらの手延べ素麺作りを行う老舗の製麺所です。 コシが強くのど越し爽やか、ふんわりとした上質&#8230;</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/16982/">舶来の味「和泉屋のカステラ」／長崎県長崎市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>アートを感じるホテル「Garden Terrace Nagasaki HOTELS &#038; RESORTS」／長崎県長崎市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 17 Aug 2009 05:30:43 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[長崎県]]></category>
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		<category><![CDATA[ホテル]]></category>
		<category><![CDATA[アート]]></category>
		<category><![CDATA[宿泊施設]]></category>
		<category><![CDATA[夜景]]></category>
		<category><![CDATA[リゾートホテル]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/17001_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>建築と夜景を愉しむホテル ヨーロッパやアジアとの交流拠点として歴史的街、長崎。異国の文化と芸術、歴史が息づく長崎の街を景観、建物、空間、サービスのすべてが「アート」になるホテルが「Garden Terrace 長崎」。敷 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/17001/">アートを感じるホテル「Garden Terrace Nagasaki HOTELS & RESORTS」／長崎県長崎市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/17001_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">建築と夜景を愉しむホテル</h2>



<p>ヨーロッパやアジアとの交流拠点として歴史的街、長崎。<br><span class="swl-marker mark_yellow">異国の文化と芸術、歴史が息づく長崎の街を景観、建物、空間、サービスのすべてが「アート」になるホテル</span>が「<a rel="noreferrer noopener" href="https://www.gt-nagasaki.jp/" target="_blank">Garden Terrace 長崎</a>」。<br>敷地内には、別荘のようにゆったりと堪能できる本館とコテージ2棟のスタイルが異なる客室があり、部屋から一望できる夜景は格別。ホテルの設計は、日本を代表する建築家、<a href="https://kkaa.co.jp/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">隈 研吾</a>氏によるもので、対岸には隈氏の作品のひとつである長崎県美術館が見える。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/17001_img01.jpg" alt="" class="wp-image-17373" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/17001_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/17001_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/17001/">アートを感じるホテル「Garden Terrace Nagasaki HOTELS & RESORTS」／長崎県長崎市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>江戸時代における日本の窓口「出島」／長崎県長崎市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/16989/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 17 Aug 2009 05:30:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/16989_img01.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>外交の面影を残す 江戸時代、オランダ商館が置かれ唯一西洋との貿易が許された、日本の近代化に多大なる功績を残した出島。この地には、現在19世紀初頭の建造物10棟が復元されている。また、明治期に建てられた旧出島神学校、旧長崎 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/16989/">江戸時代における日本の窓口「出島」／長崎県長崎市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/16989_img01.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">外交の面影を残す</h2>



<p>江戸時代、オランダ商館が置かれ唯一西洋との貿易が許された、日本の近代化に多大なる功績を残した出島。この地には、現在19世紀初頭の建造物10棟が復元されている。また、明治期に建てられた旧出島神学校、旧長崎内外クラブも現存する。ここ出島では、出島の歴史や生活をテーマとし、貿易と文化という2つの視点で出島誕生の経緯・出島での貿易品・オランダ商館員の生活といった内容を、資料や模型で紹介しているほか、出島を通じて入ってきた学問や動植物、オランダ商館員が研究した日本についても紹介している。<br>鎖国時代の日本において、最先端を行く出島の当時の様子がうかがえる。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="360" height="280" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2009/08/16989_img01_main.jpg" alt="" class="wp-image-27384" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2009/08/16989_img01_main.jpg 360w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2009/08/16989_img01_main-300x233.jpg 300w" sizes="(max-width: 360px) 100vw, 360px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/16989/">江戸時代における日本の窓口「出島」／長崎県長崎市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>利用者の視点に立つ「長崎県美術館」／長崎県長崎市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/16974/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 17 Aug 2009 05:30:03 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[長崎県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/16974_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国の中でも際立った人気の「長崎県美術館」 2005年4月に誕生した長崎県美術館は、ビジネスパーソンに仕事が終わってからも足を運んでもらうため、あえて夜8時閉館にしている。美術愛好家だけでなく、あらゆる人に足を運んでもら [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/16974/">利用者の視点に立つ「長崎県美術館」／長崎県長崎市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/16974_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">全国の中でも際立った人気の「長崎県美術館」</h2>



<p>2005年4月に誕生した<a href="http://www.nagasaki-museum.jp/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">長崎県美術館</a>は、ビジネスパーソンに仕事が終わってからも足を運んでもらうため、あえて夜8時閉館にしている。<span class="swl-marker mark_yellow">美術愛好家だけでなく、あらゆる人に足を運んでもらい、利用してもらおうという施設のコンセプトで、徹底的に利用者の視点に立ったサービスの提供を心がけている。</span></p>



<p>美術館棟2F～1Fへ通じる階段には、長崎県産である波佐見焼の陶板を用いた間接照明を設置。陶板の後ろから照明をあてることで、柔和な光が演出されている。また館内にあるカフェでは、ケーキやデザートとともに、公立の美術館では通常ありえない、ビールやワイン、カヴァ（スペインのスパークリングワイン）といったお酒を楽しむことが可能だ。こうした“非常識”さが受けており、年間入場者数が約35万人。全国の都道府県美術館のなかでも際立った人気がうかがい知れる。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">目指しているのは「呼吸する美術館」という、未来の美術館のかたち。</span>生き物が呼吸をするように、美術館の外にあるさまざまな情報や刺激を吸い込み、それを新しい形の刺激として再び外へと…。<br>美術館という存在が、従来の“固体”から“液体”へ変化し、地域とインタラクティブ（双方向）な関係を保ち、意見を吸収しながら、土地の記憶を呼び起こしていく。都市や離島などの地域、アジアやヨーロッパなどの世界、また美術以外のさまざまな分野と自在に連携しながら、美術館という建物の内部にとどまらない、新しいトポス（場）を創り出していく。まさに美術館という枠を超えて、呼吸しながら都市や地域を大きく活性化していく、今までにない視点をもった美術館を目指しているのだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/16974/">利用者の視点に立つ「長崎県美術館」／長崎県長崎市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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